機動戦士ガンダムSEED / Re.00 -西暦の蒼き翼-   作:コエンマ

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なんとか書き上げました。それでは第5話どうぞー。

チェックはしましたが、書き上げたばかりのものを投稿しましたので、ミス等ありましたらご勘弁を


第05話  偽りの均衡

 

  

 アザディスタン隣国、その国境沿いに位置する政府軍第14前線基地。砂漠の熱を吸い込んだコンクリートの塊は、逃げ場のない熱気と停滞した軍規の緩みを体現するように、重苦しく沈黙していた。

 

 乾いた風が吹き抜けるたび、古びた基地のトタン屋根が神経を逆撫でするような音を立てて軋む。 かつては国境警備の要衝であったはずの場所だが、今や最果ての辺境であるのをいいことに、中央政府からの目も届かぬ汚職と怠惰が支配する砂漠の(おり)と化していた。

 

 フィオ・マックスウェルは、使い込まれた軍用ジープの運転席で、乾いた熱風に目を細めた。基地のゲートを通り抜ける際、重武装の兵士たちが下卑た視線が彼女の体を這いまわる。

  

「……相変わらず、最低の場所ね」

  

 彼女は小さく吐き捨てると、車を降りた。

 

 砂塵にまみれたポンチョの裾を翻し、迷いなくその重厚な扉を開き、進んでいく。幾度となく訪れたこの場所。鼻を突く安っぽい鉄の匂いと、男たちの脂ぎった体臭が混じり合う空気。

  

 彼女の背中に、兵士たちの下卑た視線が無遠慮に突き刺さる。己が任務のことなどどこかに捨て置いたような蛮行。だが、フィオは視線一つ動かさない。

 

 彼女にとってのこの基地は、集落という小さな共同体を守るために差し出さなければならない「対価」を支払う取引の祭壇だった。この腐りきった「権力」という名の暴力から守るための汚れた交渉。その度に否応なしに人の闇を見せられた。

  

 フィオがこれまで仲間を守り通して来れたのは、単に運が良かったわけでも彼女の統率力が優れていたからでもない。基地の幹部たちに裏金を回し、時には自らを卑小な存在に貶めてまで、大国の軍事介入という濁流から、小さな「掃き溜め」の平穏を守り抜いてきたのだ。

  

 埃の舞う長い廊下を、重い足取りで歩いていく。使い古されたブーツがコンクリートの床を叩くたび、彼女の胸のうちは不快感に染まる。

 

 廊下の突き当たりにある一際華美な装飾が施された執務室。その重厚な木製の扉をフィオは乱暴に叩いた。

  

「……失礼するわ」

  

 重い扉を開け、冷房の効きすぎた部屋に足を踏み入れる。 そこにいたのは、恰幅のいい体躯を軍服に押し込み、脂ぎった顔でニヤつく男だった。重厚なマホガニーのデスクに深々と腰掛け、安物の葉巻を燻らせている。

 

 この基地の実質的な指揮権を握る司令、名をバシム。人革連所属下の政府軍で大尉を仰せつかっている。

 

 彼はかつての上司に賄賂を握らせ、あるいは弱みを握って失脚させ、その座を奪い取った野心家だった。権力に傅き、上層部に媚びを売り、卑怯な手段も躊躇わず行使して、ここまで上り詰めてきた。だがその野心の裏側には、常に何者かに取って代わられることを恐れる小物の歪んだ劣等感が透けて見える。

 

 フィオが最も忌み嫌う人種の典型であった。

  

「やあ、フィオ。今日もいい顔をしているな。砂漠の薔薇も、私に会いに来る時は少しは棘を隠してくれればいいのだが」

  

 革張りの椅子に深く沈み込み、バシムはグラスに注がれた高価な酒を揺らす。小太りの体躯を窮屈な軍服に押し込み、常に卑屈さと傲慢さが同居する笑みを浮かべていた。

  

 フィオは冷ややかな一瞥をくれ、こちらを見据える男の正面に立った。

  

「無駄口を叩きに来たわけじゃないわ。用件は何? 今日は機材の横流しの相談じゃないはずよ」

 

「そう急かさずともいいではないか。君のような美しい客人を迎えるのに、金の話ばかりでは色気がないだろう? 喉を潤す時間はたっぷりある」

  

 這い回るような視線。フィオは内側から湧き上がる激しい嫌悪感を、鉄の意志で押し殺した。彼女が男性不信を抱くに至った原因の半分は、この男のような存在が日常的に自分の尊厳を値踏みしてくるからだ。

  

 バシムが顔を上げる。立ち上がった彼はフィオの返事も待たずに距離を詰め、慣れた手つきでその細い肩を抱こうと湿った手を伸ばしてくる。

 

 だが、フィオは流れるような動作でその手をいなした。そして応接用のソファから最も遠い位置に立って告げる。

  

「手短にお願いするわ。私の時間は、あんた達が思っているほど安くないの」

  

 拒絶の色を隠そうともしない彼女の態度に、男は一瞬不愉快そうに顔を歪めたが、すぐに卑屈な笑みでそれをごまかした。

  

「相変わらずつれない女だ。そう急ぐこともあるまいに」

  

 下卑た笑いを浮かべ、わざとらしく椅子に戻る。だが、その瞳の奥には、いつもとは違う獲物を見つけた狩人のような、濁った光が宿っていた。

  

「そういえば気になる噂を耳にしてな。私が独自に調査した結果がここにあるが、少し見てもらえるかな?」

 

 そう言って、バシムはデスクの上に数枚の写真を放り出した。

 

 それらは非公式な偵察機が捉えたであろう画像の転写だった。望遠で捉えたものを一点に寄せて引き延ばしたもの。さらに熱源ログの解析図も併せておかれている。捉えられた対象は自分たちの暮らしている掃き溜めだ。

 

 その一角、砂漠の廃工場の中に鎮座するあの『巨大な灰色の物体』の輪郭が、歪なノイズと共に浮かび上がっていた。

  

「近頃、君たちの工廠が随分と騒がしいというじゃないか。その中で受けた報告の一つ、砂漠で見つけたという例の『拾い物』……あれは一体、何だね?」

  

 フィオの背筋に氷のような戦慄が走った。

 

 乱れそうになる息を飲み込み、表情が変わらないよう全神経を集中させて堪える。だが、内心では焦りが彼女の足元から這い上がってきていた。

  

(……単なる言いがかりを交えたブラフ、と考えるのは危険ね。でも誤魔化すしかない……!)

  

 心の中で舌打ちをして、状況的に自然な言い訳を構築していくフィオ。一体どこから漏れたのか──あるいは、あの工廠艦が残した熱源ログを、彼らの無能なレーダーも辛うじて捉えていたということか。

 

 僅か一秒足らずの逡巡。肩をすくめた彼女は興味はないという風に吐き捨てた。

 

「……ただの残骸よ。私たちが拾うのは、いつだって誰かが打ち捨てた、使い古しのガラクタだけ。知っているでしょう?」

 

「ガラクタ、か。だとしたら、随分と熱心に修理をしているようじゃないか。腕利きの整備士総出で、大事そうにハンガーに隠してな」

  

 男は机に身を乗り出し、声を低めた。ポーカーフェイスなど微塵も感じさせないその立ち振る舞い。三流役者の芝居がかった仕草に反吐が出そうだった。

  

「隠し立ては無用だ。あの機体はどこから来た? ユニオンか、それともAEUの極秘開発機か?」

  

 気付かれている。いつまでも隠し通せるとは思っていなかったが、ここまで早かったのは完全にフィオの計算外だった。しかもこれほどまで正確に情報を掴まれているとは。

  

(……この卑怯者にあの機体の存在を知られた……最悪ね)

  

 こちらの内心を知ってか知らずか、男は再び距離を詰めてくる。

 

 フィオを壁際へと追い詰めるようにすると腕をついた。不快な香水の匂いと、腐った果実のような体臭が鼻をつく。

  

「だんまりか。だがどちらにしろ、そんな不穏なものを我が軍事領内で放っておく道理はないぞ」

 

「接収しようと考えているなら無駄よ。あれはあんた達が使っている時代遅れの『鼻』や愚鈍な『棺桶』とは違う。私たちだって自分たちだけではまともに扱えないし、それはあんた達が奪っていったところで同じこと。ここの基地の連中には単なる鉄の塊だわ。私自身も機体の情報なんかほとんど認知できていないし、その全貌なんか知りもしないのよ?」

  

 フィオは動きを封じられつつも再び男の手をいなし、デスクの反対側へと視線を向ける。 嫌悪感で吐き気がするが、ここで感情を爆発させるわけにはいかない。

  

「ほう? だが、修理しているということは直る当てがあるということだ。確かお前たちのところには優秀なメカニックが何人もいたな? 彼女たちの力を借りつつ、より設備が整った我が基地内で修復した方がよほど合理的だと思うが? 機体のデータもすべて抽出してからの方が確実だろう?」

  

 細められた男の目が至近からフィオを見つめる。だが、一切譲ることなくフィオは男の顔を正面から睨みつけた。

  

「……不可能だと言っているの。機体の内部システムは、見たこともないほど複雑な電子ロックでガチガチに固められているわ。以前、うちの工廠班を総出で当たらせたけれど、その入り口を見つけることすらできなかった。ハッキリ言ってお手上げよ」

  

 フィオは事実を折り混ぜながら慎重に言葉を選んでいく。

 

 自分の利益を拡大させることに関しては鼻が利き、手も早いこの男のことだ。干渉すること自体が不利益だと見せなければ即座に自分の元に抱き込もうとするだろう。

 

 それだけは絶対に避けねばならない。少なくともその機体が『彼』が問題なく扱えるレベルになるまでは。

  

「あの機体はまだ修復の途中であちこち欠損している。何より……システムを完全に把握しているのは一緒にいた機体の『パイロット』だけよ。あの人無しではそもそも直せもしないし、ましてや起動させるなんて不可能だわ」

  

 フィオは冷徹に言い放った。男の眉がぴくりと跳ねる。

 

「パイロットだと……?」

  

 キラの性別や年齢、名前、そして機体名すらも決して口には出さない。それは彼女が直感的に理解している、この不条理な世界から集落と少年を守るための防衛本能だった。

  

「そのパイロットとやらを説得すれば済む話だ。領域内で勝手な軍事行動をしたことを軍の施設で尋問(ケア)してやってもいいんだぞ?」

 

「やめておきなさい。あの人は私たちをある程度信頼してくれているようだけれど、機体の根幹に関わることだけは何を聞いても答えてくれない。元々あの人自身、修復には賛同的じゃなかった。もしあんたたちが強引な真似をすれば、機体を自爆させるかシステムを完全に焼き切るでしょうね。そうなれば、あんたの手元に残るのは文字通りただの鉄クズだけよ」

 

「……チッ、扱いにくいものだ」

  

 フィオの毅然とした言葉に、バシムは忌々しげに舌打ちをした。

 

 彼は自らの手足を使って泥臭い調査をするタイプではない。あくまで安全な場所で、果実だけを掠め取るのが彼のやり方だ。自分たちに扱えない、解析もできない「呪いの箱」を無理に奪って、爆発でもされたら目も当てられない。

  

 しばらくの間、執務室にはエアコンの唸りだけが響いていた。 説き伏せられないことを理解したのだろう。忌々しげにフィオから離れた。

  

「……戦力として役に立たん機体など、ただの粗大ゴミだ。今はその言葉を信じてやろう。使い物にならないスクラップを預かったところで予算の無駄だからな」

  

 大仰な手ぶりで失望感を見せる男。その顔には隠せないくやしさが滲んでいる。本当にくだらない、とフィオは嫌悪一色に染まった視線をその背中に向けていた。

 

 バシムが振り返る。

 

 その目をつまらなそうに細め、しかしこれだけは言っておくと前置きをしてつづけた。

  

「いずれにしろ、修復が終われば我が軍に協力してもらう。加えて、こちらからの『依頼』には優先的に応えろ。必ずな。それがこの地で生きていくための条件だ。機体のパイロットには依頼受諾の条件でも聞いておけ」

 

「……いいでしょう。あの人が了承するなら筋は通してあげる。話は終わりね」

 

 フィオは男を一瞥もしない。扉に手を掛けながら悪態をついた。

  

「さっさと帰らせてもらうわ。これ以上ここにいると、服にカビが生えそうだから」

 

「フン……可愛げのない女だ……」

  

 男は興味を失ったように手を振った。

 

「行け。せいぜい大事に飼っておくがいい」

 

 フィオはそれ以上何も言わず、執務室を後にする。

 

 背後で閉まった扉の重厚な音。

 

 廊下を歩きながら、彼女は深い吐息を漏らした。

  

(……これで少しは、時間が稼げる……)

  

 かつての自分なら、あんな化け物じみた機体は真っ先に軍に売り払って、集落の安全を買っていただろう。だが、今は違う。あの少年の抱える孤独と、エミリアたちが注ぐ熱意を見てしまった。

 

 何より、あの機体──フリーダムが完成すれば、この基地の連中のような卑劣な小物の理不尽な要求に対し、自分たちの足で立つための「力」になり得るかもしれない。機体の性能は未知数だが、あの内部構造を思い出せば、ティエレン2,3機ぐらいならなんとか対抗するぐらいはできるはず。

 

 修理を強行したエミリアの判断は、正しかったのだ。

 

 集落を守るためなら、自分を汚すことも、無能な男に頭を下げることも厭わない。それが彼女の選んだリーダーとしての『戦い』だった。

 

(……早く帰らなきゃ)

 

 フィオは一度も振り返ることなく、基地を後にする。 外に出た瞬間、肺に溜まっていた不快な空気をすべて吐き出す。

 

 バシムが小心者で、利権を最優先する性格であることは熟知していた。だからこそ、今ここで無理に接収しても何の利益にもならないと判断したはずだ。当面の間、集落の安全は担保された……フィオはそう確信していた。

  

 

 

 

 

 

 

 フィオが去った後の執務室。椅子に腰かけて扉を見つめたままの男は、その顔を醜く歪ませていた。

  

「……『あの人が了承するなら』だと? 片腹痛い。私をやり込めることができたと考えているようだったが、やはり女だな。甘すぎる」

  

 彼は手元の端末を操作し、暗号通信を立ち上げた。

  

「……計画通りに進めろ。果実が熟すまで奴らは生かしておくが……頃合いを見て、あの『掃き溜め』を片付ける。手に入れた機体と共にあの小生意気な女、泣いて這い蹲る姿を拝んでやるとしよう……」

  

 男の瞳には、湿り気を帯びた邪悪な企みが宿っていた。

 

 フィオは、彼の小心さを熟知しているつもりでいた。だが、欲望に目が眩んだ小物が、時としてどれほど大胆で残酷な賭けに出るかまでは読み切れていなかった。

  

 男の口元に、醜悪な歪みが浮かぶ。 それは、砂漠の静寂を切り裂き、平穏を蹂躙しようとする、欲に塗れた裏切りの予兆。

 

 吹き抜ける夜風が、砂漠の熱を奪っていく。

 

 静寂の裏側で、破滅へのカウントダウンは静かに時を刻み始めていた。

 




 【後書き】

今日はキラ視点ではなく、フィオを中心に据えたお話でした。

そういえば、質問がきておりましたので紹介します。


[ クロスオーバーってなってるけど刹那達はいつ出るんですか? ]


おっと時系列について話していなかったですね。

キラがこの世界に来たのは刹那達が武力介入を宣言するより前の段階です。メタになるので明確にまだと描写はできなかったですが、なんとなく気づいていた方が多いと思います。

進みがゆっくりで焦れている方もいるやもしれません。ですが、自分がいろいろやった結果、これが一番自然ということに落ち着きましたのでご了承を。

始めは刹那達が登場している状態でキラが来るという形で考えていたのですが、それだとどうやってプロットを組んでも話に無理があったもので。

AIに設定だけ投げてお任せしたら、次元超えてきたらいきなりフリーダム直ってたとか、刹那達に拾われて会って会話したらすぐ協力体制で装甲や動力知らないはずなのにボロボロだった機体を数日で元通りとかトンデモストーリーばかりだったので。「いやそうはならんやろ」「んなことが起きるかっ」「なんかCBが感じのいい慈善事業家集団みたいになっちゃった!?」等々、出てくる生成結果にツッコみながらプロットを修正していき、今の形になりました。

進みの遅さも作品の味だと思っていただけるとありがたいです。

さてさて次回……ようやく話が大きく動くっ……かもしれません。




   [ =次回予告= ]


 守りたかった、そのための力だった

 欲するものと要するもの

 明日を探して迷うキラに、天使の産声が響き渡る



 次回  『 変革の鐘 』



 必然とは、決して逃れ得ぬ呪いの楔

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