機動戦士ガンダムSEED / Re.00 -西暦の蒼き翼- 作:コエンマ
それではどうぞ!
世界中を席巻したソレスタル・ビーイングの声明から数日。
砂漠の平穏は、微熱を孕んだような不穏な緊張感に取って代わられていた。広場の古いモニターが映し出すのは、各地で紛争を圧倒的な力で鎮圧していく「ガンダム」と呼ばれる青と白の機体の姿だ。
その洗練された四肢、人間に近い機動、そして何よりも頭部の意匠──。
工廠で静かに佇む『フリーダム』を知る者たちが、その映像を見て何を想うかは明白だった。
「……キラ。あんた、あれを知っているの?」
震える声で尋ねた時のキラの表情を、エミリアは忘れられない。
『ガンダム』という単語がスピーカーから流れた瞬間、キラの顔から血の気が失せ、その瞳には恐怖とも、深い悲嘆ともつかぬ戦慄が走ったのだ。それは明らかに、見知らぬ新兵器に対する驚きではなく、過去に刻まれた深い傷跡に触れられた者の反応だった。
工廠の空気は、日を追うごとに冷え切っていった。
自分たちが手塩にかけて修復したあの美しい機体は、世界を敵に回すと宣言したテロリストの同類ではないのか。あの少年は、自分たちを隠れ蓑にして牙を研いでいたのではないか。
疑惑は毒のように、集落の女性たちの心に浸透していった。
数日後の午後。工廠のハンガーには、かつてないほどの人々が集まっていた。フィオを先頭に、集落の年配の女性たちや、生活を支える主婦たちまでもが、冷酷な視線を一点に注いでいる。
その視線の先にいるのは、コンテナに背を預けて立つキラだった。
「……動かないで」
フィオの声は低く、硬い。手には安全装置の外された一丁の拳銃が握られ、その銃口は真っ直ぐにキラの胸に向けられていた。
「フィオ姉さま、やめて!」
リアが悲鳴を上げて駆け寄ろうとするが、年配の女性に強く引き止められる。エミリアもまた、やり場のない困惑に拳を握りしめ、対峙するキラとフィオを見つめていた。
「答えなさい、キラ。あんたは……あの『ソレスタル・ビーイング』の仲間なの? あの映像に映っている機体と、このフリーダムは……同じ『ガンダム』なの?」
フィオの指先が、微かに震えている。それは恐怖ではなく、信じていた何かが崩れ落ちる音を、必死に食い止めようとする者の震えだった。
フィオの問いに、キラは静かに目を閉じた。その沈黙さえも、周囲の女性たちには肯定に見えたのか、罵声が飛び交い始める。
「黙ってないで言いなさいよ! 私たちを騙していたの!?」
「あんな化け物を持ち込んで、この集落を戦火に巻き込むつもりだったんだわ!」
「やっぱり男なんて信用できない! 恩を仇で返す気!?」
嵐のような追求。キラは彼女らの興奮が収まるのを待って瞼を開いた。
「違います」
キラの声は、驚くほど静かだった。彼は銃口を見つめるのではなく、フィオの瞳を真っ直ぐに見据える。そこに静かな、しかしハッキリとした意志を宿して、逃げることなく。
「僕は、彼らとは何の関係もありません。フリーダムもソレスタルビーイングが造ったものじゃない。それだけは断言できます」
「嘘よ! だったらあの映像に映ってるのとそっくりなその機体は何なのよ!」
集落の女性の一人が、ヒステリックな声を張り上げた。
「ガンダム……テレビであの化け物たちをそう呼んでいたわ。あんた、最初に機体の名前を聞かれたとき、黙り込んでたじゃない。本当はそれが『ガンダム』だって知っていたからじゃないの!?」
その問いに、キラはすぐには答えられなかった。 フリーダムはガンダムの名を冠するOSを搭載している。それは確かだったからだ。
しかし、ソレスタルビーイングのそれとは技術の根底をはじめとする何もかもが違う。
そもそも、フリーダムはここではない世界で生み出された技術の産物。同じなどと言うことは絶対に有り得ず、彼女たちの言い分は全くの見当違いと言っていい。それぞれの設計者が少し調べれば、それらがまったく異なる設計思想によって生まれたものだとすぐにわかったはずだ。
しかし、両者の姿は驚くほど酷似していた。似ているなどというレベルではない。その姿を見たことのなかった者たちから見れば、違いなど分からない。
『同じ』と言われれば言い返すことはできなかった。
キラにとっては成り立ちはどうあれ、あれは違うもの。自分は何も知らない。それが嘘偽りない真実だ。
だが、そんな言葉を並べたところで、混乱し殺気立つ今の彼女たちにどう響くのか。
女性たちの鬼気迫る叫び。キラは胸の奥を抉られるような痛みを感じながら、それでも偽ることはせず正直に言葉を絞り出した。
「……確かに、その名には聞き覚えがあります。でも、それは彼らとは違うものです。別の……僕のいた場所の言葉なんです……彼らと僕たちの間には、何の繋がりもありません」
「……そう。あんたの瞳には、嘘はないように見えるわ」
フィオは銃を握る力をわずかに緩めた。彼女の直感は、キラを信じろと告げている。しかし、彼女は一人の少女である前に、この集落を背負うリーダーだった。
「でも、あんな映像を見せられて、はいそうですかと納得できるほど、私たちは平和ボケしてないのよ……あなたが何者であれ、あの機体が外の世界にバレたら、私たちは真っ先に消されるわ……!」
苦し気な表情を隠さず、銃を下げることもない。守りたいものは同じはずなのに、どうしてこうなってしまうのだろうか。
俯くように歯を噛み締めることしかできないなか、嫌な沈黙だけが続く。しかし針の筵のようなその時間は、一人の少女によって終わりを告げた。
「そんなの勝手な言い分よ!」
それまで黙って耐えていたエミリアがもう我慢できないといった風に怒りの声を上げた。キラを庇うように前に飛び出し、両手を掲げて全員に叫ぶ。
「キラがこの二ヶ月、どれだけ私たちのために働いてくれたか忘れたの!? 壊れて諦めてた発電機を元に戻してくれたのもキラ、動かなくなった農機具を徹夜で修理してくれたのもキラ! 私たちの代わりに子供たちに勉強を教えてくれたのだってキラよ! あの誠実さが、全部演技だったって言うの!? そんなこと私は信じないわ!」
「エミリアさんの言う通りです! お兄さんは優しい人です! 怖い人じゃありません!」
リアも、フィオの服の裾を掴みながら必死に叫んだ。 工廠員の少女たちも、互いに顔を見合わせながら、戸惑いと擁護の声を上げる。だが、一度火がついた大衆の恐怖は、身近な者たちの言葉さえ燃料にして燃え上がった。
「あんたたちは毒されてるのよ! その技術とやらに目が眩んで、正体不明の男に集落を売り渡すつもり!?」
「もし軍が押し寄せてきたら、誰が責任を取るの! リア、あんたも騙されてるだけよ!」
「もういいわ……。この男を捕まえて、基地に突き出しましょう。そうすれば、私たちは潔白を証明できる」
「ダメです!」
「そんなことさせないわ!」
「世の中の情勢もわからない子供は黙ってて!」
言い争いは泥沼と化した。
キラを信じようとする工廠員たちと、恐怖に支配された住人たち。怒号と罵声が飛び交い、リアの泣き声がハンガーに虚しく響く。
キラはその光景を、耐え難い自己嫌悪と共に見つめていた。
(……僕がここにいたら……みんながバラバラになってしまう……)
彼が願ったのは、ただの平穏だった。自分を拾ってくれた彼女たちが、笑って過ごせる明日。だが、自分が存在することそのものが、この場所の均衡を壊していく。
決断するしかなかった。
「……わかりました」
キラの静かな、だが決定的な声に、喧騒が止まった。
「僕が出ていきます……ここにいたら、皆さんを本当に危険にさらしてしまう」
「キラ……? 何を……言っているの?」
エミリアが顔を白くして彼を振り返る。それには答えず、前髪で視線を隠したままキラはフィオに告げた。
「フリーダムはここに置いていきます。OSのロックは絶対に外せません。けど、万一に備えて、外部から無理にこじ開けようとしたり、解体しようとすれば、システムに加えて機体そのものも時間差で自壊するように設定してあります。解体するとなったら遠くに逃げてくれればいい……これ以上、皆さんに迷惑はかけられません。政府軍に渡すなり、不要なら砂に埋めるなりしてください」
言うなり、キラは外に向けて歩き出した。キラの行く先にいた女性たちが悲鳴を上げて横にずれていく。
歩く道筋に、自分を見上げる一人の少女を見つける。大勢の反対の中庇ってくれた彼女。
どうしていいかわからないといったリアにキラは何も言うことができなかった。言えばきっとこの集落の混乱が増すだけだ。
(……嬉しかった。ありがとう……)
キラは震えるリアに視線で頷き、精一杯の笑みを返した。最後に背後で呆然とするフィオとハッとしたような顔をするにエミリアに感謝の視線を送ると、誰にも止められない速さでハンガーを飛び出した。
外に停めてあったジープに飛び乗り、アクセルを踏み込む。錆びた車体が重低音の唸りと寂しげな砂煙を上げた。
「ま、待って、キラ! どこに行くつもりなの!? この砂漠にたった一人で……!」
フィオの制止も、キラには届かなかった。
背後で自分を呼ぶ声が遠ざかっていく。キラは耳を塞ぐような思いでそれを聞き流し、走り続けた。
エンジン音が響くのみの静寂の中、キラはジープを走らせていた。
どこへ行くべきか。どこへ行けるのか。
この世界のどこにも、自分の居場所なんてないのかもしれない。空は青く、砂漠は果てしなく続いている。その無慈悲な広大さが、今のキラには酷く重い。
そのままどれぐらい走り続けただろうか。
ふと、視界の端に巨大な影を捉え、彼は無意識にブレーキを踏む。そこは周囲を切り立った岩場に囲まれた、砂漠の窪地だった。
あたりには、古い航空機の残骸や、錆びついたコンテナが散乱している。
そして、その中央に横たわっていた物体にキラは目を見張って立ち止まった。目の前に広がっていたのは、見覚えのある歪な巨躯。
「……あ……」
キラは車を降り、ふらふらとその残骸に歩み寄った。
それは、かつての世界でザフト軍の主力戦艦として運用されていたローラシア級戦艦の残骸だった。それも通常のローラシア級ではなく、無理やり作業用に改造したような突貫工事の跡が見て取れる。
船体はあちこちがひしゃげ、砂に半ば埋もれているが、その無骨なシルエットは間違いなく、自分と共にこの地へ辿り着いたかつての世界を示す『証』にして、今はただひとつの『繋がり』だった。
「ここだったんだ……皆が、僕を見つけた場所……」
灼熱の風が吹き抜け、錆びた船体を鳴らす。
自分はどうしてここにいるのか。あの日、あの戦いの果てに、自分は何を守りたくてここへ来たのか。
「ラクス……カガリ……アスラン……」
大切な人たちの名前を呼んでも、帰ってくるのは乾いた風の音だけだ。
自分はまた、力を持ち、その力ゆえに孤独になり、誰かを傷つけてしまった。
フリーダムさえなければ。自分がモビルスーツに乗れるような人間でなければ。
絶望が、膝から崩れ落ちそうになるキラを押し潰そうとしたその時、砂漠の彼方から、猛烈な勢いで接近してくるもう一台の車のエンジン音が聞こえてきた。
キラが顔を上げると、激しい砂煙の中から見覚えのあるジープが滑り込んでくる。車が完全に止まるより早く、それぞれの座席から二人の少女が飛び出してきた。
「キラ!!」
「キラお兄さん!」
「……エミリア、さん……? それに、リアちゃんも……」
二人は息を切らし、顔を真っ赤にしてキラの元へ駆け寄った。エミリアの目には怒りと、それを上回るほどの必死さが宿っていた。リアの瞳も涙で揺れており、その両手にはピンク色のハロが携えられ、エミリアの肩にはトリィが留まっている。
そこにキラに対する怯えは無かった。
走ってきた二人はキラの目の前で倒れるようにして止まる。先に息を整えたエミリアが怒鳴り声をあげながら顔を起こした。
「勝手に……勝手にいなくなるんじゃないわよ、このバカ!!」
エミリアの叫びが、広大な砂漠の静寂を、鮮やかに塗り替えていく。横でその裾を掴むリアも涙を流しながらキラを見つめている。
砂漠の静寂。 目の前にあるザフトの戦艦。そして、自分を追ってきてくれた異世界の少女たち。
運命の歯車は、キラの意思を置き去りにしたまま容赦なく、そして力強く回り始めていた。
【後書き】
何とか書きあがりましたので急いで投稿しました。
その分、少し推敲と文章を寝かせる時間がとれなかったので多少の粗さはあると思いますが、そのあたりはご勘弁を。
今回のお話を境に、非ログインユーザーの方からも感想の受付を可能としました。すべてに返信はできないと思いますが、よろしければどうぞご活用ください。
それでは次回予告です。
[ =次回予告= ]
課せられし罪科に己の心が軋む
独りだと思っていた。誰とも分かち合うことなどできないのだと
だが例え世界が見捨てても、人は彼を孤独になどしない
次回 『
血に染まる歴史が、新たなる絆を生む