機動戦士ガンダムSEED / Re.00 -西暦の蒼き翼- 作:コエンマ
それではどうぞー!
静寂が支配する砂の窪地。
風に削られた岩肌が巨大な牙のように突き出し、その中心でかつて『家』であった工廠艦の残骸が、夕日に焼かれて赤黒く沈んでいる。
キラは、砂に半ば埋もれたハッチの煤けた装甲によって作られた影の中で、呆然と空を見上げていた。どこまでも高く、澄み渡る西暦の空。だがその向こう側には、自分を繋ぎ止めるものは何一つない。
自分を追いかけてきたエミリアとリア。そのことに目を見開いたキラだったが、すぐその表情を苦し気に崩すと、彼女たちに背を向けようとする。自分がここにいることは彼女たちにとって災いしか齎さない。
「……待って、行かないで! キラ!」
背後から響くエミリアの叫びと、リアの荒い息遣い。
二人は静かに離れようとするキラの前に砂を蹴立てるようにして回り込むと、逃がさないと言わんばかりにその両脇に立ち塞がった。
キラは力なく首を振る。その瞳には、深い諦念と守りたいものを失い続けた者が宿す色彩が混じり合っていた。
「……ダメだよ、エミリアさん。僕が力を……あの機体を持っているせいで、皆が……一緒にいたら、君たちにまで危害が及んでしまう……それだけは、絶対に嫌なんだ」
キラの言葉は、己を責める刃のように鋭く、そして悲しい。
リアはキラに近寄ると、服の裾をギュッとつかんだ。見上げるその瞳は悲しみに揺れつつも、キラの言葉を否定するように強い光を帯びる。
「お兄さん、それは違います……私たち嫌だなんて思ってません。おかしいですよ……貴方は、何も悪いことをしていないのに……」
「リアちゃん……でも……」
尚も離れようとするキラに、リアは涙を浮かべた瞳で首を横に振った。胸に抱いたピンク色のハロをぎゅっと抱きしめ、キラの服を掴む手に力がこもった。
「私、お兄さんの目を見てわかったんです。あの時のお姉ちゃんと同じ瞳をしてたから……」
リアの声は震えていたが、その奥には揺るぎない確信があった。
「悲しくて、寂しくて、全部諦めていて……でも、誰よりも優しい目。お姉ちゃんも、あの日、自分より誰かを助けるために火の中に消えたんです。お兄さんにあるのは、お姉ちゃんと同じ光です。だから信じられる……お兄さんは、嘘つきや悪い人なんかじゃないって……!」
『シンジテルー! キラ、シンジテルー!』
『トリィ! トリィッ!』
リアの腕の中で、ハロがパタパタと耳を動かし、無機質な、しかしどこか温かい電子音声でその言葉を繰り返した。トリィもそれに応えるように空を舞う。
「皆も見る目ないわよね。アンタみたいな単純なお人よしが、誰かを騙してどうにかするタイプかっての」
エミリアもまた、砂まみれの軍手で額の汗を拭い、キラを真っ直ぐに見据える。いつもと同じ、包み込むような雰囲気と声色。今のキラには普段と変わらない彼女の『優しさ』がとても眩しく映る。
「フィオだってきっと信じてた。あの子リーダーだし、責任感の強い子だからあんな態度をとったけど、あんたを追い出すつもりなんてなかった。ただ、みんなの恐怖を鎮めるためにああするしかなかったのよ……私も信じてる。証拠なら、もう持ってるんだから」
「証拠……?」
キラが怪訝そうに眉を寄せた。自分が嘘を言っていない確信がエミリアにはあると聞こえた。
だが、当事者ですら証明などできないことを一体どうやって。
エミリアは深く息を吐いた。その瞳にはキラに対するまっすぐな信頼とその背後にある『何か』に対する畏怖のような感情が見える。そして数瞬の後、彼女は覚悟を決めたようにその『名』を口にした。
「ZGMF-X10A フリーダム……そして、ZGMF-X09A ジャスティス」
キラの心臓が凍りついたように止まった。彼女は今、何を言ったのか。
「な、なん……で……その、名前を……」
全身の血の気が引き、視界が激しく揺れる。その名──自分と、そしてかつて世界の友が駆る機体の、あの戦火の記憶に刻まれた名前。なぜ、この世界の人間である彼女がそれを、その形式番号までをも知っているのか。
「アンタが集落からいなくなった後にね。私とリアでみつけたの」
凍り付いたように後ずさるキラにエミリアは近寄り話し始めた──―。
「これじゃない……これも、違う……っ……!」
地下倉庫の薄暗い空間に、エミリアの鋭い声が反響する。
ひんやりとした湿り気と、古い機械油の匂いが鼻をつく。そこには、かつてキラと共に見つけ出した工廠艦の残骸から運び出した、膨大な数の資材が山積みにされていた。
エミリアは、荒い呼吸を繰り返しながら、手当たり次第に木箱やコンテナを暴いていく。キラがジープを走らせ、砂塵の彼方へと去ってから幾何か。残されたフィオたちが沈痛な面持ちで立ち尽くす中、彼女はこの地下倉庫へと足を進め、取り憑かれたように籠り続けていた。
この薄暗い倉庫へ飛び込んだ、彼女のただ一つの目的。
それはキラにかけられた「ソレスタルビーイングの密偵」という疑いを晴らすための物理的な証拠が、この山と積まれた資材の中に眠っているのではないかと思ったからだ。彼が何者であるかを証明する「何か」が。
確証など何もない、ジャンク屋としての勘に近い、小さな可能性。だが彼女はそれに一縷の望みを賭けるしかなかった。証明できなければ、キラはこのまま異分子として自分たちから完全に切り離されてしまう。
(お願い……見つかって……!)
祈るような、あるいは縋るような気持ちで、エミリアは作業を続ける。鈍く光る金属の塊や、見たこともない複雑な回路の束を一つずつ丁寧に調べ続けていく。
これらはすべて、フリーダムを見つけた場所で共に発見された「場違いな工芸品」だ。機体を修復するために幾度となく触れ、キラの驚異的な知識と指示のもとで利用してきたパーツ。だが、その一つ一つが、ユニオン、人革連、AEUのどの技術体系にも属さない、異質な輝きを放っていた。
(……みんな、心のどこかで気づいていたはずよ)
フリーダムを直している最中、誰もが口にしようとはしなかった。だが、全員が胸の奥に抱えていた明確な疑問。
──―フリーダムやこのパーツはどんな人間達によって造られ、どこから来たものなのか
──―それらを熟知しているあの少年、キラ・ヤマトとは一体何者なのか
あまりにも洗練され、あまりにも異質で高度な技術の結晶体たち。キラ自身の能力が異常なほど高すぎたことも、その疑念をより深くするには十分すぎるものだった。
だが彼女たちは、キラに一度としてそれを問いただすことはなかった。それは異能に匹敵するほどに優れた能力を持ちながら、アンバランスすぎるほどの優しさを彼が宿していたからだ。
どこへ行っても困らないほどの力を持つのに、それを誇ることもなければ、他者と比べてを見下すこともしない。どれほど称賛しても彼は寂しく笑うだけ。それは傍から見る彼女たちに強い違和感を感じさせていた。
だからだろうか。それが彼にとって触れられたくない部分であると直感的にわかってしまった。
もしそれを問いかけてしまったら、今ある穏やかな日常が崩れ去ってしまう予感がして。答えを求めることは、キラという少年の存在そのものを根底から揺るがしてしまうような気がして。皆、それを明らかにすることを無意識に避けていた。
だが、今はその「異質さ」こそが、彼を救う鍵になる。そう思い、自分はここにきたのだから。
「う、んしょ……!」
背後で聞こえた小さな衣擦れの音に、エミリアは勢いよく振り返った。そこには、小柄な身体を丸め、自分と同じように重いコンテナを動かそうとしているリアの姿があった。
「リア! 危ないからよしなさい。ここは埃っぽいし、重いものは私がやるから……」
「いいえ。私も、やります……!」
リアは、エミリアの制止を遮るように顔を上げた。いつもはフィオやエミリアの背中に隠れ、他人に意見することなどなかった引っ込み思案なリアが、見たこともないほど強い光を瞳に宿して自分を見つめ返していた。
「私もキラお兄さんを信じてます……お兄さんは自分を見せることをいつでも躊躇ってた。それでも、私たちのために一生懸命、力を貸してくれたの。だから……何もしないで待ってるなんて嫌なんです。私だって、あの人の力になりたい……!」
「リア……」
エミリアは一瞬、呆気に取られたように目を見開いたが、すぐに唇を噛み締め、力強く頷いた。
「そうね……わかったわ。でも、怪我だけはしないように気をつけるのよ!」
「はいっ!」
二人は、薄暗い倉庫の中で再び資材の山と格闘を始めた。重い鉄の箱を動かし、油にまみれた緩衝材を剥いでいく。
錆びついたボルト、用途不明の電子基板、鈍く光る装甲の断片。それらを一つずつ検分していく作業は、砂漠で一粒の宝石を探すような果てしないものに思えた。
その時、リアが積み上げられたコンテナの深い隙間に、不自然な反射を見つけた。屈みこんで目を細めながらもそれを確認したリアが声を上げる。
「エミリアさん! 何か……奥に何かあります!」
大人の手では決して届かない、鋭利な資材が重なり合う隙間。リアは躊躇うことなく細い腕を差し込み、指先でその「光るもの」を慎重に引き抜いた。
「何か見つけたの!?」
駆け寄ったエミリアが、リアがの手のひらに乗った物体を見やる。
彼女が指先を伸ばして取り出したのは、鈍い銀色の光を放つ平たい物体だった。光ディスクのような透明な円盤と、それを保護する硬質で滑らかなメタリックケースが一体化したような構造。エミリアたちの知る情報記録媒体とは明らかに規格が異なるが、それが何らかの『記録』を封じ込めたものであることは直感で理解できた。
「お手柄よ、リア……!」
エミリアは震える手で、腰のベルトに下げていた携帯用デバイスを起動した。三大国の軍が使うような最新鋭のものではない。この掃き溜めでかき集めたパーツを組み合わせ、オフラインでの解析を前提とした旧式仕様の工具だ。
頑丈さだけが取り柄の前時代的な代物。こんなものでデータが読み取れるかどうかは、もはや天に祈るしかなかった。
「お願い、動いて……!」
祈るような思いで接続端子を同期させ、ノイズ交じりの画面上を無機質な文字列が滝のように流れ落ち、何度もエラーの赤い表示が点滅した。それが重なるたびに、二人の顔に焦燥が浮かんでいく。
だが、キラが以前OSの調整用に組んでくれたデコード・プログラムが、奇跡的にそのデータの扉をこじ開けた。読み込みゲージが急加速し、情報媒体の深部へと潜り込む。
展開できたファイルは全体の極々一部であった。だが、その中央に一つの型式番号が表示された瞬間、エミリアは肺の中の空気がすべて抜け出していくような衝撃に襲われた。
「ぜ、ZGMF-X10A……フリーダム……? こ、これ、あの機体の……フリーダムの設計図だわ!」
エミリアの指がデータをスクロールしていく。だが、読み進めるほどに、その顔からは目に見えて血の気が引いていった。体はガタガタと震え出し、取り落としそうになるデバイスをなんとか掴み続ける。
「し、信じられない……何よ……これ……!!」
そこに記されていたのは、自分たちが修復した『フリーダム』とその対となる兄弟機『ジャスティス』の詳細なデータ、そしてエミリアたちの想像を絶する「歴史」と「殺意」の記録だったのだ。
あらゆる物理干渉を無力化し、無敵に近い防御力と万能性を獲得する『フェイズシフト装甲』。
数の利を一瞬で無に帰す『マルチロックオンシステム』。
そして、それらを支える動力源として存在し、途方もないエネルギーを無尽蔵に、かつ半永久的に生み出す『核エンジン』。
画面をスクロールするたびに現れる、想像を絶する性能や破壊力を秘めた武装の数々。
(扱っているエネルギーのレベルが違いすぎる……私たちの常識どころか、三大国の誇る最新技術でも比較にすらなっていない……こ、これほどまでに桁違いなものだったなんて……っ……!)
画面に映し出されたフリーダムのスペックは、まだ未熟なエミリアにも理解できてしまうほど次元の違うものだった。
単機で現行のMS師団を一方的に壊滅せしめ、一国の軍事力すらもあざ笑うほどの力を持つ、文字通りの「神の雷」。戦場そのものを支配し、歴史を強引に書き換えるために生み出された究極の決戦兵器。
今の世界を席巻するMSの常識を数世代分、あるいはそれ以上に飛び越えるようなデータが並べ立てられている。
そして、それが生まれるに至った背景。『血のバレンタイン』と呼ばれる事件から始まった巨大な戦争も。
遺伝子を調整された人間「コーディネイター」と、自然のままに生まれた人間「ナチュラル」……二つに分かれた人類による狂気と憎悪に満ちたの争いの連鎖。
憎しみによって塗りつぶされた、星を滅ぼしかねないほど凄惨な、出口のない殺し合いの歴史。
「こんな……こんなことって……!」
エミリアの思考は飽和し、混乱の極致にあった。何より、このデータが示す「歴史」にはそのどこにも、ユニオンやAEU、人革連、ソレスタルビーイングの名すらも存在しない。それが意味することが一体何なのか。
「このデータが本物だとしたら……それじゃ、フリーダムは……キラは……!」
荒唐無稽すぎる推測が頭の中に直感的に閃く。普段なら一笑に付される与太話。
だが、頭に思い浮かんだその考えは、今のキラを取り巻く不自然を、極めて自然なものへと挿げ替える道筋を描き出してしまったのだ。
フィクションなどではない。
彼は……この凄惨な歴史の果てに、この究極の『力』を一人で背負い、この世界へ流れ着いたのだ、と
エミリアの全身に鳥肌が立った。
自分たちが直していたのは、単なる強力なモビルスーツなどではなかったのだ。この世界の物理法則や倫理観を根底から覆し、
自らの力となるはずのフリーダムの修復に対し、キラが何故あれほどまでに否定的だったのかようやくわかった。その力の大きさと及ぼす影響の甚大さを知るが故だったのだ。
火遊びなどという話では済まされない。一歩間違えば『破滅』を呼ぶ力を、自分たちは弄んでいたのだから。
「エ、エミリアさん……こ、これ……見て……」
リアの声が震えていた。彼女もまた、画面に映し出された映像──核の炎に焼かれる巨大な衛星の映像や、地球に住む生命を一撃で薙ぎ払える巨大レーザーの図解……恐怖で顔を蒼白にしていた。
キラの背負った孤独と重圧の正体がリアにも伝わったのだろう、震える声のまま、彼女はエミリアの手を力一杯引いた。
「エミリアさん……! これは、私たちが持ってちゃダメなものです……っ。フリーダムもこのデータも……あの人以外が持つことは許されない……っ! じゃないと……誰かがこれを見つけたら……!」
リアの鋭い叫びが、混乱の極致にいたエミリアの意識を貫いた。
そうだ。この力はあまりにも巨大すぎる。この世界におけるパンドラの箱そのものだ。
もしもこのデータが三大国や野心のある者の手に渡ればどうなるか。
そうなればもう争いは止まらない。世界は瞬く間に、終わりなき軍拡と殲滅の嵐に飲み込まれる。
誰が勝利しようと屍の山しか残らない。紛争根絶を掲げ、高潔さを示すソレスタルビーイングですら、決して例外ではない。
OSに解析不能なロックをかけ、分解を試みれば自爆するように仕掛け、自分を追い出した者たちにすら「不要なら砂に埋めてほしい」と告げて去ったキラ。
彼は知っていたのだ。
この力に耐えうる『心』を持たない者が握れば、どれほど人を狂わせるかを。普通の人間や国家の手に渡れば、それらが救いようのない破滅と争いを呼び、決して消せない業火の火種になることを。
(これを……こんなものを……あの子はたった一人で抱えていたの? こんな……世界を丸ごと焼き尽くすような人類の業を……!)
最強の剣を握りながら誰よりも争いを拒み、ただ静かに微笑んでいたあの少年。
エミリアは悟った。
この力を『守るための
その悲しみの深さを身をもって知りながら、だが誰より優しい心を宿したあの少年以外にいない。
彼が持っているからこそ、この「破壊の化身」はかろうじて「救い」の形を保っているのだから。
「──リア、すぐ支度をしなさい! キラを追いかけるわよ!」
「はい……っ!」
二人は地下倉庫を飛び出し、熱風が吹き荒れる地上へと駆け出した。背負うものの重さは、もはや自分たちの手に負えるレベルではない。だが、だからこそ、彼を独りにしてはいけないのだ。
もはや一刻の猶予もなかった。キラは今、その巨大な力の重みに押し潰されそうになりながら、一人で孤独な戦いに向かおうとしている。
(キラ……今行くわ。お願いだから、まだ諦めないで……!)
エミリアとリアは砂塵の中で目を細め、彼が消えた地平線を見据えたまま走り出した──―。
陽光がその勢いを失い、砂漠特有の急速な冷却が空気を震わせ始めていた。
アザディスタン隣国の荒れ果てた「掃き溜め」。巨大なクジラの死骸のように横たわる工廠艦の影が、砂丘を長く、どす黒く侵食している。キラ、エミリア、そしてリアの三人は、かつて出会ったその場所で、運命の分岐点に立ち尽くしていた。
「あんたの無実を証明したかった……だから、勝手に……ごめんなさい」
エミリアの声は、吹き抜ける乾いた風に混じって、消え入りそうなほど微かだった。彼女は作業着の懐から、掌に乗るほどの小さな黒い長方形を取り出した。それは、この世界のいかなる国家の規格とも合致しない、
エミリアは躊躇いがちに、だが決然とした動作でそれをキラへと差し出した。
「中を覗かせてもらったわ。……いえ、私たちの解析機じゃほとんど読み取れなかったけど、そこにはあの機体の全てが記されていた。フリーダム、ジャスティス……それに付随する、見たこともないモビルスーツのデータ。そして……」
彼女は一度言葉を切り、苦しげに喉を鳴らした。
「……それらが投入されたという、あまりにも悲惨な戦争の記録も」
キラは震える手でそのデバイスを受け取った。指先に触れる冷たい金属の感触が、封じ込めていたはずの記憶を呼び覚ます。
それはおそらく、あの最終決戦の混乱の中、工廠艦のどこかに紛れ込んでいたバックアップデータなのだろう。キラが何も答えられずにいると、エミリアの声が砂漠の風に乗って、より重く、静かに響いた。
「あまりにも出来すぎたフィクションだと思ったわ。でも、記録されていた年表、私たちが知るものとは根底から異なる技術体系……すべてが机上の空論や夢物語なんかじゃなく、実現可能な方法として成立していた。そして何より……私たちがこの手で触れたあの機体の構造。どれをとっても、今の西暦の技術とは噛み合わない」
エミリアの視線が、逃げ場を塞ぐようにキラを射抜く。隣に立つリアもまた、祈るような、それでいてすべてを悟ったような瞳で彼を見つめていた。
「キラ……貴方は、私たちの知らない場所から来たんでしょう? ここではない、どこか遠い世界の住人なのよね?」
決定的な問いが、静寂を切り裂いた。
もはや偽ることも、誤魔化すこともできない。キラは乾いた唇を強く噛み締め、長く、重い沈黙に沈んだ。背後の工廠艦から漏れる金属の軋み音が、彼の心と共鳴するように寂しく響く。
やがて、彼は観念したようにゆっくりと顔を上げた。その瞳には、隠し続けてきた膨大な孤独と悲哀が、夕闇に溶け出すように溢れ出していた。
「……僕は、成り行きでモビルスーツのパイロットになった人間でした」
ポツリ、ポツリと言葉を紡ぎ始める。それは、この砂漠の住人にはおよそ信じがたい、血と硝煙に塗れた「向こう側」の物語だった。
「戦いたくなんてなかった。でも、守りたいもののために、刃を振るい続けるしかなかった。戦いの中で多くの人を傷つけ、多くの友を失いました……そんな中で、ある人から託されたのが、あの機体……フリーダムだったんです」
キラの独白は、熱を帯びた風に乗って砂漠の空気に溶け込んでいく。
突如として平穏を奪われ、望まぬ戦場へ放り出されたこと。
再会を誓って別れたはずの、誰よりも大切だった親友と、互いの命を削り合って殺し合わねばならなかったこと。
そして……一人の少女から平和への願いと共に託された、あの自由の翼のことを。
「あの戦争の終わりに……僕は巨大な光に飲み込まれた。仲間たちがいて、帰る場所があって……本当ならあそこで死ぬはずだったのに……でも気づいたら、僕はあのボロボロになったフリーダムと一緒に、この砂漠で貴女たちと出会っていた……護りたかったものを置き去りにしたまま……僕はこの世界にいたんです」
語り終えたキラの頬を、一筋の熱い涙が伝い、乾いた砂の上に吸い込まれて消えた。
エミリアとリアは、その壮絶な告白を、一言も漏らさずに受け止めた。目の前の少年が背負ってきた十字架のあまりの重さ。この世界で彼が見せていた、あの透き通るような穏やかな微笑みの裏側に、これほどの絶望が潜んでいたことを、彼女たちは初めて心の底から理解した。
「……そうだったのね。あんたは世界を救おうとして、世界に弾き飛ばされてきたんだわ」
エミリアが、そっと優しくキラの震える手を包み込んだ。整備士らしい、硬くて温かい掌。リアもその隣で、小さな手を重ねる。
「ガンダムが何かなんて、もうどうだっていい。あんたが歩んできた道が、今のあんたを……こんなに優しい人にした。それだけで、私たちが守る理由には十分よ」
キラはその温もりに触れ、初めて自分がこの異質な世界に、一人の人間として受け入れられたことを感じていた。偽りのない自分として、この場所に立っているという実感。
(──戻ろう。フィオさんや、みんながいる場所へ……)
拒絶されるかもしれない。だが、もう嘘はつきたくない。ありのままの自分として、彼女たちの力になりたい。キラがそう決意し、一歩踏み出そうとした、その時だった。
静寂を切り裂き、砂丘の向こうから猛烈なエンジン音と、風を切る音が響き渡った。一瞬ののち、猛烈な勢いで砂を巻き上げながら、一台のジープが三人の目の前に滑り込んできた。
「キラくん! エミリア!!」
車から転がり落ちるように出てきたのは、工廠員の少女、メイだった。だが、いつも皆を和ませていたあの陽気な笑顔は、どこにもない。
彼女の服は無残に引き裂かれ、露出した肌には紫色の打撲痕や、痛々しい擦り傷が生々しく刻まれていた。
「メイ!? どうしたの、その怪我はっ!?」
エミリアが悲鳴に近い声を上げ、駆け寄って彼女を支える。メイは絶え絶えの呼吸の中で、裏返った声を絞り出した。
「……基地の、バシムの部隊が……! いなくなったキラくんをエミリア達が追っていった直後に、軍用ヘリとアンフが押し寄せてきて……! フリーダムが……フリーダムが、接収されちゃったの……!」
「なっ……何ですって!?」
エミリアが絶句する。フィオからは、最近の政府軍の動きに注意するよう警告はされていた。だがこれほど早く、ここまで強引な実力行使に出るとは誰も想像していなかった。完全に虚を突かれたのだ。
「フィオさんも、工廠の女の子たちも……抗議した人はみんな乱暴に縛られて……基地に連行されちゃった……! 子供や若いお母さんたちまで、人質として連れて行かれたの……! あのままじゃ、みんな…………!」
そこまで言い終えると、メイは糸が切れたように意識を失い、砂の上に崩れ落ちる。キラが慌てて彼女を抱きかかえると、かろうじて脈は確認できた。
命に別状はないことに安堵しながらも、胸の奥を掻きむしるような感情が渦を巻いた。
(僕のせいだ……僕が、あの場所から逃げ出したせいで……!)
激しい怒りと、それ以上に深い後悔の火がキラの瞳に灯る。自分が去れば平穏が保てると思った。だがその甘い見通しが、自分を助けてくれた人たちを最悪の暴力に晒してしまった。
「……あの男……! 最初から、こうするつもりだったんだわ!」
エミリアが血の出るほど拳を握り、砂を叩きつける。
キラは一人、遠くの地平線に揺れる蜃気楼の先を見つめた。まだ見えぬその先には、卑劣な略奪者が待ち構える政府軍基地がある。
欲望のために他者を踏みにじり、力無き者の叫びを嘲笑う悪意。それは、かつての世界で彼が何度も、嫌というほど見てきた醜悪な人間の姿そのものだった。
自分を救い、傷ついた翼を繋ぎ直してくれた大切な家族たちが、今、冷たい牢獄の中で恐怖に震えている。かつての世界の悲劇と重なるその姿が脳裏をよぎった時、キラは静かに立ち上がっていた。
「……行かなきゃ」
低くなった自分の声が、静かに砂漠へ溶けていく。
それはもはや、迷える少年の独り言ではなかった。数多の戦場を支配し、最強の名を背負わされた戦士の響き。
再び、この手を血で汚すことになるだろう。再び、自分を縛り付ける呪いである『剣』を抜くことになるだろう。
だがその背中には、もう一欠片の迷いも存在していなかった。
砂塵の彼方から、戦火の風が吹き始める。
夕闇がすべてを覆いはじめる中、蒼きの翼の主は再びその在り方を問われようとしていた。
【後書き】
思ったより早めに投稿することができました。
構成上から、いつもよりちょっと長めの文章になっています。
同じような表現を繰り返さないようにするなど、グダらないように気を付けたつもりではありますが、読みにくかったらすみません
それでは次回予告!
[ =次回予告= ]
砂の中に潜む悪意、自らの後悔が生んだ業
沈黙する翼の眼下で、少女の叫びが木霊する
次回 『 決意の輪郭 』
研がれた力は、ただ一つの願いの為に