令和ゆるふわ女子大学生の、邪神的コンテンツ消費録 作:V01-125,734,943,672
◇
この世界は。私により繰り返されている世界には、命に重さが存在しない。
所詮、繰り返せば全て復活する塵芥。取り返しが付かないものなぞ存在せず、故にこそ全てが薄っぺらい──なんてね。
さて、37,465周目。
体感時間を殆ど全部スキップしているとはいえ、一応数字上はかなり膨大な時間──172兆年とかいう馬鹿みたいな時間が消費されているわけで。
ここまでやってて、未だ思い付いていなかった私が馬鹿みたいだけれど──まあ、ね。
凡そ13,000周前くらいに得たちょっとした変化が、遅効性の毒みたいに効いてきたって感じ。
アルコール由来の肝硬変、みたいな。
「というわけで。やあ、元気だった?」
「えぇ、誰……?」
やってきたのは自室。
ほら、だって考えてもみなよ。私だってこの能力を与えられる前は、普通のゆるふわ女子大学生してたんだから。
それは当然生活しているし、生きている。何も山奥で暮らしていた仙人ってわけじゃない。一般的無気力人類生活、謳歌してたって。
だから、私が
「私は君だよ。何かの間違いで『万象を消滅させることが出来る能力』を手に入れ、人類文明の興亡を数万回も眺めた邪神──的な、ね?」
私の姿を見た時点で、薄々予想していたのだろう。
『私』は改めて周囲を確認してから、大きく嘆息する。
それから私に向けて苛立ちを隠せないような視線を向けて。
「それで。力を得た私が何の用事? 『私は能力を得たけど君は?』っていう当て付けかな。だとしたらセンスを疑う。能力の代償に推察能力でも吸い取られたの?」
相手が自分であるとわかっているなら、『私』はそれを一切隠さない。
いつぞやルネに言っていたように、『一般論に迎合する。全ての意見に対しての反駁を用意しながらも、全ての意見に賛成能うよう備える』というスタンスを崩さず、その上で苛立ちを覚え続けている。
要は、今よりよっぽど手のつけられない性格だったって評価になるのかな?
まあでも、そんな様子も含めて立派なコンテンツなのでね。
苛立ちを隠さない。隠す必要を感じない。
私が『私』をコンテンツであると思っていること如き、『私』にはわかっている。だからこそ。その苛立ちを一切、隠さない。
それは決して消費されているから、などという尤もらしい理由ではなく。
「
言葉は止まらず。奔流となって私へと向けられる。
「格言を剽窃し、演技を貶し、空虚に生きる。どうして、
コンテンツとして他者を消費しているのだから、コンテンツとして自分が消費されること程度には何も思うところがない。それこそが、『平等』ってやつなのだから。
『私』が苛立つのは、私が
「思案する位なら、その自我ごと消滅させろよ。どうせ悩むだけ意味がない。結果だけ貪るというのなら、『私』の過ごすこの時間──この過程こそ、無意味なのだから。その思案形跡ごと、全て消滅させればいい。そんなこともわからなくなったのか。能力に胡坐をかき始めた人類は此処まで愚鈍となるのか」
悩むくらいなら、
悩むという事象は、結果ではない。どの視点から光を当てたとてそれは過程である。そんなものを見せるな、と『私』は言う。『私』は、それに苛立っている。
無駄なものを見せるな、と。
無意味なことに時間を使わせるな、と。
『コンテンツ』以外を届けるな、と。
消費することが出来ない。消化することが出来ない
我ながら酷いとは思う。
この能力を手に入れる前の私は、文字通り消費文明の走狗であった。
消費、消費、消費。
『固体は神が創り、表面は悪魔が創った』のだというならば、その表面だけを舐め取り、上っ面の味だけを楽しむ。それが、私であり『私』である。
「死ね。
ある意味で、消費文明という世界に完全適応した存在。
そもそも、私からすれば。この『私』はどうみてもコンテンツでしかない。そういう意味でも完璧に、ね?
「自我如き、消滅させてしまえ。偶然能力を手に入れたことを言い訳に逃避しないで。『自分は無能だ』と嘯きながら、能力を持つ自分を高みに置くその傲慢さ。消してしまえ。消してしまえ。コンテンツにすらならない。無駄でしかない。無用でしかない」
『私』は、言葉を緩めない。
それは、私が相手だからだとも。
他の人ならば。他者ならば、こうはならなかった。
「世間に
全てに賛成も反対出来る。
標榜として掲げるそれは、自我の希薄さを決して意味しない……なんてね。
「潤滑油の道化と化して行った、
「嗚呼、そうだね。私に創造能力は無い。改めて示されるまでもない、自明な事項だとも。だが──」
いや、まあ。でもさ。
だって、考えてもみなよ。
『未来からやってきた自分にキレてる過去の自分』なんて、どうみてもコンテンツでしょう。そんな新鮮なもの、コンテンツ以外の何物でもない。
要は。この『私』の反応は──防衛反応、みたいなもの。
今此処にいる私は、勿論ゆるふわ大学生をしていた時に未来から邪神と化した自分が挨拶しにきたりした経験はない。
一方、『私』にはそれがある。
だからこそ、というもの。
そう、落ち着いて考えてみれば自明な話だよね。
一周目の私と、今目の前にいる『私』。とてもじゃないけれど同一とは思えない。決定的に違う。
というか。幾ら自分自身が相手であっても、普通はここまで感情を露にしないでしょ。
そして、ここまでを振り返って私が感情を露に言葉遣いが
「そりゃあ、自分が相手なら。その尽く全部は
大体、気付いていないとでも思ったのか。
『私』は私なんだから。
私の言動や思考、それら全ては常に
そんなの、今に始まったことじゃない。コンテンツ消費は生まれもっての物であるが故に、当然ながらその出力も──アウトプットも粗雑なものとなる。
自明な真理だね。まさしく、言うまでもない。
粗雑な学習から得られるものは、粗雑なものだけ。
『誤った仮定からは、万象の事柄を示すことが出来る』──それだけのこと。
「感謝したいくらい。ようやく、整理が出来てきた。やはり頼れるものは自分自身だね」
私の言葉に反応し、『私』は苛立ちの沼から立ち上がる。
「──へぇ。いいじゃん、
結果が出力された瞬間にこれだっていうんだから、本当に私という存在は救いようがない。
ただ。根本的なところは私も『私』も同じ。
なので。私らしく
「──問おう。汝は、人類が嫌いか?」
「嗚呼、決まっている。群れることしか出来ぬ惰弱な劣等種。それでいて内乱分裂不和を日常とし、自らの愚かさを理解出来ぬその楽観性。決して
その答えが、全てだ。
「だけれど。それこそが、『好き』を意味する──でしょ?」
なるたけ、陳腐に。なるべく、月並みに。
可能な限り、平凡に言えば
消費文明に極限まで適合し、その行動を
うーん、それなら。『分厚さ』とやらの獲得。
即ち。
ゆるふわに。
さあ、
ケラケラ、と自嘲するように笑いながら。
37,466周目。レッツゴー。