ー禪院直影sideー
3月。桜の蕾が膨らみ始めた今日、私は中学校の卒業式を迎えた。
一般社会における「義務教育」の終わり。だが、私にとっては「禪院家次期当主」として、より深く呪術の深淵へ、そして権力の中心へと足を踏み入れるための通過点に過ぎない。
式典は、驚くほど淡々と進んだ。
校長が述べる「輝かしい未来」などという言葉は、呪いに塗れた日々を送る私には酷く空疎に響く。だが、隣に座る瑠陽の横顔を見れば、その空疎な時間さえも、彼女と共に過ごす「平穏」の一部として愛おしく思えた。
「……卒業生代表、禪院直影」
名前を呼ばれ、壇上へ上がる。
六眼で捉える景色は、掌握しているとは言え相変わらず情報の奔流だ。祝辞を述べる私の背後、校舎に潜む数々の禪院の影。校門の外で待機している東雲の呪力。そして、最前列で私を見つめる父・直政の、当主としての鋭い視線。
「 後輩たちの今後の活躍と母校の発展を祈念し、答辞と致します。卒業生代表、禪院直影」
淀みなく言葉を紡ぎ、降壇する。
拍手の中、私は真っ直ぐに瑠陽の目を見た。
彼女は少しだけ誇らしげに、そしていつものように慈愛に満ちた微笑みを浮かべていた。
One hour later
式が終わり、教室での最後のホームルームも済ませて、私は校門へと向かう。
そこには、既に荷物をまとめた瑠陽が待っていた。
「お疲れ様、直。立派な答辞だったわよ」
彼女が歩み寄ってくる。
私は彼女の肩に手を置き、静かに告げた。
「あぁ、これで終わりだ。明日からは、名実ともに『術師』としての日常が始まる」
「ええ。高専へ行くにしても、家に残るにしても……私は貴方の隣にいるわ。忘れないでね?」
瑠陽の言葉に、私はフッと口角を上げた。
忘れるはずがない。私の世界は、彼女を中心に回っているのだから。
「若様……、お迎えに上がりました」
校門の外には、黒塗りの車と、一級術師の東雲が立っていた。
東雲は卒業証書の筒を持った私を見て、微かに目を細める。
「おめでとうございます。……ですが、本家にて御当主様がお待ちです。加茂家と五条家から、卒業祝いが届いておりますので。まぁ、加茂は牽制も含めているのでしょうが」
「ふん、相変わらず気の早いことだ」
私は瑠陽の手を取り、車へと促す。
中学を卒業した今、私はもう「子供」という盾を使えない。
呪術界という伏魔殿で、瑠陽を守り抜き、禪院を塗り替える。
そのための力は、この3年で十分に蓄えた。
「行こうか、瑠陽。私たちの『本番』は、ここからだ」
車が走り出す。
バックミラーに映る学び舎が小さくなっていく。
私は影の中から遊雲の感触を確かめ、隣で私の手を握る瑠陽の体温を感じながら、次なる戦場へと視線を向けた。
さぁ……始めよう
不敗を掲げる私の戦を、私の最愛を守る