相棒が僕を邪な目で見てるとかそんなのナイナイ! 作:邪神ナイナイ
博物館で起きた怪事件。それをきっかけに、僕は女になってしまった。
アダムの肋骨。
そう呼ばれるアイテムの仕業らしい。元に戻る方法はおろか、戻れるかどうかも分からない。
帰る場所の無い僕は、そういった不可思議なアイテムを管理している組織に拾われて、そこのエージェントとして働く事になった。
「記録(ログ)開始。実働隊員(エージェント)、黒川比瑪(ひめ)。時刻(レコード)2159」
レコーダーに、白い息を吐きかけるように記録を刻む。
「作戦主目標(メインミッション)、研究室の中枢破壊(デモリッション)。及び、違法研究の暴露(ディスクロージャ)。補助目標(サブミッション)として、拘留されている捕虜の解放(リリース)」
袖を捲り、蓄光素材の時計盤を確認する。コチコチと時を刻む腕時計は、否応なく進む時間を僕に指し示す。
今更後戻りはできない。
「時刻(レコード)2200、確認。作戦開始(ミッションスタート)」
レコーダーの電源を入れたまま、僕は数歩、前に進む。
途端に、下から吹き上げる風が髪とスカートを巻き上げ、バサバサと音を立てた。
「ああくそ、煩わしい。女の恰好ってなんでこう、色々と面倒なんだ……!」
愚痴りながらも視界を確認。こういう時、なだらかな胸は視界の邪魔にならなくていい。
見下ろして見えるのは、ごついブーツ。それが踏みしめるビルの屋上、そこからずうっと数十メートル下に広がる、深夜のオフィス街。
申し訳程度にビルの間に設けられた公園や散歩道に人の姿はない。まあ、こう寒くてはね。一方でこんな時間でも明かりがついている窓があるのは頭が下がるが、その数はそう多くはない。
僕達にはそれが都合がよい。
ビルの屋上に固定したフックの具合を確かめ、降下する。するする、とビルの壁を伝って中腹に差し掛かった僕は、4階の窓の前で動きを止めた。
素早くテープを窓に貼り、ハンマーでガラスを割り砕く。かしゃん、という軽い音と共に内側に砕けた嵌め殺しの窓から、素早く中へ。
「ふぅ。上手くいった」
周囲の確認をしつつ、部屋の奥に進む。
建物の見取り図に載っていない隠し部屋。階段や廊下からではたどり着けない秘密の小部屋……その部屋には入口もなく、ただ行き止まりの壁に、妙な文様が描かれている。
どことなくQRコードに似た雰囲気のある文様に、僕は端末を突きつけた。
「認証(アクセス)」
途端に視界が光に包まれ、歪曲する。あらゆる色が混ざり合い、サイケデリックな渦巻きを描いていく。それは最終的に黒一色となって暗闇が僕を包み……やがてその向こうに、一筋の光が見えて。
気が付くと僕がたっているのは銀色に輝く摩天楼の最中。
立ち並ぶのは、窓の無い墓標のようなビルの数々。透明なビニールチューブのような通路が街中に張り巡らされ、真っ黒な空をサーチライトが照らしている。
「……異空間かあ。何回来ても慣れないな、って、おっと。私語は厳禁だった」
慌てて口を塞ぎ、物陰に身を隠す。
ここは、異界に作られた研究都市。現実の取り締まりが及ばないこの場所で、悪い奴らが日々、非人道的な研究に明け暮れている。僕はそれをぶち壊しにきた法治の使者、という訳だ。
セキュリティに発見されていないか周囲を警戒していると、遠くから小さな爆発音が聞こえてくる。
どうやら、同業者がとっくに仕事を始めているらしい。はっとして時計で時刻を確認する。
「出遅れた、って訳でもないか。時刻はちゃんと守れよ……」
愚痴りつつも、僕はその場を駆けだした。
監視カメラを避けるようにして、ビルの陰から陰に忍びつつ移動する。だがすぐに、それが無駄な努力である事に思い至る。
「蜂の巣をつついた様だ、ってのはこの事だね」
既に研究都市は厳戒態勢のようだ。宙をいくつものドローンが飛び交って警戒している。全く、これだからガサツな同業者は困る、段取りが狂うと割りを食うのはこっちなんだぞ。
このままでは僕が発見されるのも時間の問題、ここから先は隠密性よりも速度が大事だ。
仕方ない。
僕は相棒に声をかけた。
「……ブラック!! 来い!」
『ブルルルゥ……ッ』*1
僕の呼びかけに、待ってました、と言わんばかりに即座に反応があった。
足元に広がる影が、俄かに肥大化する。当初の数十倍にも広がった闇の中から、不定形の何かが這い出して来る。最初は霧のようだったそれは瞬く間に質量を持ち、確かな形を得てじゅるり、影の中から這い出した。
姿を現したのは、馬に似た何か。
瞳は無く樹の洞のように落ち窪み、鬣は触手のように蠢き。足先には蹄ではなく熊のような爪が地面をひっかき、痙攣するように震える口元からは鋭い牙が覗いている。太く逞しい首筋にはずらりと鱗が映え並び、ビル街の照明を受けてぬらぬらと光っていた。
その首筋を、僕は優しくなでる。生える向きにそって鱗をなぞると、つるり、としたエナメル質の艶やかな感触を手袋越しにも感じられた。
「ちょっと急ぐ、よろしく頼む」
『ヒヒィン』*2
膝を折って姿勢を低くする相棒の背にまたがる。鞍なんて気の利いた物はないが、代わりに伸びてきた鬣が僕の体に絡みついてしっかりと固定してくれる。
ぬめり、と僕の細い腰と脚に触手が絡みついてくる感触を、服越しにもはっきりと感じられる。背筋に走るぞくっとした感触を噛み殺して、僕は手綱を取り踵で相棒の脇腹を蹴った。
すっくと起き上がる相棒。途端に視界が高くなる。
高すぎてちょっと怖い。そんな僕の怯えを悟ったように、腰に絡みつく触手がより強く締め付けてくる。
「だ、大丈夫。……いくよ!」
『ブヒヒィン!』*3
掛け声とともに、相棒が駆け出した。鋭い爪で道路を刻みながら、どっしりとした巨体が失踪する。その馬上は、驚くほどに安定している。脈動する相棒の肉体の動きを太ももの内側で感じながら、僕は目的地を見据えた。
目指すは、研究都市の中央、一際大きな建物。だけどそこに辿り着くまでに邪魔者が居る。
ふわふわ、と空を漂う無人ドローン。僕達の存在に気が付いたのであろう、赤くランプを光らせて接近してくるそれに、僕は躊躇う事なくショットガンの銃口を向けた。
「記録(ログ)。敵防衛ドローンを排除(イレイズ)」
ぱん、と発砲。
ショットシェルから吐き出された無数の鉛玉、そのいくつかが命中して火花を散らす。バランスを崩したドローンは、ひっくり返るようにしてビルに激突。
どぉん、と爆発するその下を、相棒が足を止める事なく駆け抜ける。ぱらぱらと振ってきた破片が頭にかかって、手で払いのけた。
「このまま、通路の上に!」
『ヒィイン!』*4
馬上の僕の体を触手でしっかりと固定すると、相棒は地面を割り砕いて高く跳躍した。そのまま、半透明のパイプの上に飛び乗る。
大きな亀裂が入ってヒヤリとするも、パイプは相棒の着地に耐えた。
そのまま、不安定な円筒の上を、爪を食い込ませながら失踪する相棒。近づいてくるドローンは、僕がショットガンで撃ち落とす。
「このまま、ビルの中腹に飛び込んで!」
『ブルル!』*5
ぶわ、と鬣が広がって、僕を守るように前に広がる。相棒は低く姿勢を落とすと、目的地に向かって跳躍した。
お腹が浮くような浮遊感。鬣の間から、迫ってくるビルの壁が見える。衝突に備えて、僕は相棒の背中で身を低くした。
衝撃。
相棒の一撃が壁を砕き、僕達はビルの内部に侵入した。
バラバラと瓦礫が転がる中、内部を照らす照明が明滅している。
「記録(ログ)。目的地内部に突入成功(アサルトサクセス)」
ヂヂ、と点滅していた照明がぱっと光、その下に照らし出すのは地獄絵図。
ビルの内部に広がる光景に、僕はうっ、と息を呑んだ。
「ひどい……」
ビルの内部は、ガラスの監獄のようになっていた。
その中に、鎖でつながれた子供たちがたくさん閉じ込められている。日本人だけじゃない、外国人と思わしき人もたくさん。
皆、絶望にどんよりと濁った瞳で、突然の闖入者を見つめている。
「聞いてないぞ、こんなにたくさん人が捕まってるなんて……!」
怒りに心が沸騰する中で、利己的な己が冷静に囁いている。
数が多すぎる。今すぐ彼らを解放する事は不可能だ、作戦失敗のリスクが高まる。そして作戦失敗は、僕の身も危うくなることを示している。
責任感や義務感や使命感より、我が身の可愛さに、僕は今すぐの彼らの救助を断念した。
「ごめん、皆……! 後で必ず助けるから!」
『ブルルッ』*6
相棒を影に戻し、奥へ向かう。すれ違う子供たちの、僕を責めるような視線を振り切って奥に向かう。
事前情報によれば研究施設の中枢はこの上だ。
予定では、他に参加したチームと協働して乗り込む手筈になっているが……。
「……くそっ。だから先走る奴は嫌いなんだ」
端末を確認する限りでは、彼らはここに辿り着く前に足止めを食らっているようだ。彼らが敵の注意を引いているおかげで、僕が問題なくここに辿り着けたという側面は確かにあるのだろうが、僕一人でここに来れても意味がない。
しかし、彼らの到着を待っている訳にもいかない。こういう時は、一人でも作戦を遂行するのがエージェントの掟だ。
僕は銃を手に階段を駆け上がり、上の階層を目指した。
「ふむ……」
薄暗い部屋の中で、一人の男が監視カメラの映像を見つめている。
解像度の低い映像の中では、壁を突き破った侵入者が、ビルの中を移動している様子が捕らえられている。
長く黒い髪の、若い女だ。恵体という訳ではないが、年頃を考えれば将来性はある方だろう。特別美人という訳ではないが、内に秘めた生命力が抑えきれずに溢れ出している……そんな、自然的な魅力に満ち溢れた少女だ。時代の流行りに囚われず、誰からも魅力的に見えるような。
事実、活動的に脈動する白い肢体は、年下趣味の無い男が思わず目を奪われたほどである。
ただエージェントとしてはお世辞にも洗練されているとは言い難いが。
それでも単体での突入を成功させたのは、その保護者の御蔭だろう。
数秒の間、カメラに映った黒い獣。馬に似ていたが、牙と爪と鱗を持つ馬など馬ではない。
新人の若い女と異形の獣。その組み合わせに一つだけ男は心当たりがあった。
「……アダムの肋骨、それにビースト。面白い」
男は小さく笑うと、ビルのシステムに介入を始めた。
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