相棒が僕を邪な目で見てるとかそんなのナイナイ! 作:邪神ナイナイ
「はわ……はわわ……はわわわわぁ……」
「そんなにガクブルするなって、大丈夫だって。私の後をついてくればいいから」
「そ、そんな事言われても……葵さんだってわかってるでしょ! 僕には無理ですぅ~~!」
道路に引いた白線に、ずらりと並ぶバイクの列。異音をかき鳴らすマフラーやエンジンに交じって、場違いなどノーマルなバイクとその座席で半べその僕。
心の底からの嘆きは、耳をつんざく異音に塗りつぶされて自分でもよく聞こえなかった。
そんな僕に葵さんは呆れるでも心配するでもなく、そっけなくヘルメットをかぶりながら自分のバイクにまたがっている。
「いいから。他の連中ぶち抜いてトップに出ろ、とは言ってない、私の後を追いかける事だけ考えろ。ここまでくるのと同じだ、それなら出来るだろ?」
「えぅ……、そ、それならまあ……」
言って、僕は周囲のライダーを見渡した。
皆、バリバリに改造したどう見ても道路交通法違反な感じのレーシングバイクである。葵さんにしたって、一体何百万するのか分からない早そうなスポーツバイクだ。それに比べて僕の乗っているのは、組織で用意してもらったのをそのまま、何も手を付けずに乗り回してるだけ。やっている事はガソリンの給油位である。というか、エージェント試験の一角でバイク免許こそ持っているけど、僕自身はペーパードライバーに毛が生えた程度だ。
明らかに場違いである。そして明らかに力不足。
実際、周囲のライダーも皆さんも「何だコイツ?」という排他的な視線よりもむしろ「大丈夫か……?」みたいな心配の視線を向けてきているし!
「やややや、やっぱ無理ですぅ!」
「おっ、そろそろ始まるぞ。位置につけ」
「話を聞いてくださぁああい!!(涙」
しかし泣き叫んでも時は止まらない。
スタートラインの横に設置されたライトが、カウントダウンを開始する。
3。
2。
1。
「ゴー!」
「スタート!!」
一斉にエンジン音が轟いて、ライダー達がスタートする。
揉みくちゃの混戦……理想のコース取りを巡って、早くも思惑が錯綜する。中には強引にぶつかっていってコースを奪う者も。
そんな中で、葵さんはまるですり抜けるようにしてライダー達を追い抜き、前に出る。僕も遅れないよう慌ててその背後にぴたりと張りつく。
瞬く間に先頭集団から抜け出すと、葵さんのバイクが唸りをあげて加速した。
「このままゴールまでつっぱしるよ!」
「わ、わかりました……て、この速度でカーブに突っ込むんです!? 無茶ですよぉ!!」
「いいからついてこい! お前ならやれるさ!」
ひぃーん、無茶ぶりもいい所だぁー。
い、いや、エージェントたるもの、ここで怯んではいけない! 今はプライベートじゃなく、お仕事で来ているんだ! 怖いからって逃げ出す訳にはいかない!
だ、大丈夫、大丈夫。組織から提供されたライダージャケットは市販の物とはくらべものにならない耐久性があるし、膝とかプロテクター入ってて身を守ってくれるし。仮にもし、コースアウトしたとしても、相棒が助けてくれるはず。そうだよね?! 助けてくれるよね!?
『ぶるるん』*1
よ、よし! そうと決まれば気持ちはちょっと楽になった……かもしれない!
「よぉしいい感じだ! このまま私についてこい!」
「ひぃーーん!!」
いやいや体を傾けすぎでしょうそれ!? ひぃ、アスファルトがちかーい!!
◆◆
◆◆
「ゴール!」
3位以下に影すら踏ませず、ゴールの白線をぶっちぎる葵さん。その真後ろに続いて、僕もゴールラインを駆け抜ける。進んだ先でギャリギャリッとドリフトしながらかっこよく停止する葵さんの横に、僕は安全第一でゆっくり減速しながらバイクを止めた。
「ひ、ひぃ、ふぅ……や、やっと、ゴールについた……」
「ははは、お疲れ様。これで2位はお前さんのものだ」
「俺は後について走っただけですよぅ……」
バイクのスタンドをたてて、ぺたりとアスファルトの地面にしゃがみこむ。
地面! 揺れない、安定した地面! 素晴らしい!
『ぶひひぃ』*2
「つ、疲れた……」
「ははは、お疲れさん。っと、ほいほい」
僕がそうやって休んでいる間、葵さんは走り寄って来たスタッフと何やら問答している。葵さんを取り囲んでいるのは、若い女の子ばかり。皆、ヒーローを見るみたいな視線で彼女を褒めたたえているようだ。
まあ気持ちは分かる。さっそうとレースに乱入してきた謎のライダーがそのまま並み居る選手をごぼう抜き、山の一つ向こうに置き去りにする勢いで独走で一着。しかもその正体はスタイル抜群のイケメンお姉さんと来たもんだ。性別問わず夢中になっちゃうよね。
僕も当事者じゃなかったらきゃあきゃあ言っていたかもしれない……いやイケメンは男女関係ないよねって話でね!?
しかし……。僕は首を巡らせて、走ってきたコースに目を向けた。今、3位のライトの光が辛うじて見えてきた頃合いだが、結局今回は標的のクラスAは現れなかったな。
葵さんがぶっちぎりで一位だったのは間違いないはず。何か他に条件があるのか……?
お尻の汚れをはたいて立ち上がる。と、ちょうど何かの手続きを終えたらしい葵さんが声をかけてきた。
「うっし、今晩はこれで終わりだ。とっととずらかるぞ、それに警察がこっちに向かってきているらしい」
「了解しました」
耳を澄ますと、遠くからパトカーのサイレン音が近づいてきている。僕らは一応、政府非公認の秘密組織のエージェントだからね。警察につかまったりしたら一生の笑い物だ。
慌ただしく撤収を始めるスタッフの皆さんにぺこり、と頭を下げて、僕は颯爽と走り去る葵さんの後ろを追った。
そのまま、山を下りて都市部に向かう。
ここまでくればもう大丈夫かな……。信号待ちで停車する間に、僕は葵さんに今晩の事を語り掛けた。
「今日は残念でしたね」
「ん? 何が?」
「何って、標的ですよ。せっかく葵さんがぶっちぎりだったのに、奴は現れませんでしたね」
僕がそういうと、葵さんは何故か数秒、無線機の向こうで沈黙した。
なんぞ?
「……いや、すまん。言ってなかったな……今日のアレは、予選なんだ」
「はい?」
「ええと、だからな。奴が狙うのは本当の凄腕……つまり、レースの決勝戦なんだ。んで、今のは予選で、次に参加者を絞り込むトーナメントがあって、本番はその次なんだ」
えっと。
つまり?
「……あと二回、こうやって夜の峠を走らないといけない、って事……ですかぁ!?」
「あ、あー。うん。そういう事になるかな……?」
う、嘘でしょ……?!
今日みたいなギリギリレースを、あと、あと2回……?!
「ま、まあ大丈夫だって。決勝戦が本番だから、勝つ必要があるのは実質あと一回だから、いけるいける、よゆーだって。今日だって危なげなく走り切ったじゃないか」
「い、いやでも、だってぇ!」
「じゃ、今日はこれで解散! 次回の日程はまた追って連絡するから、気を付けて帰れよ! それじゃ、バイバイ!」
挨拶を最後に、ほんとにどこかに走り去ってしまう葵さん。残された僕はというと、慌てて周囲にコンビニを探すと、逃げ込むようにその駐車場に転がり込んだ。
なんせ、後ろをついていくだけだったので現在位置がどこで何やら。帰り道もわからない。
「えっと、スマホ、スマホ。今、ここが現在地で、最寄の帰還ポイントがこうだから、ここを曲がってこういって……うぅ……これ、今日中に帰れるかなあ」
『ぶるるん』*3
「相棒……う、うん、分かった、俺頑張るよ! これもエージェントの仕事だもんな!」
しょうがないが、これも任務の一部だ。
警察に見つかったら補導される恐れもあるし、警戒しながら本部に戻ろう。ある意味、スニーキングミッションのいい練習だ。
「ようし。時刻(レコード)2155。作戦開始(ミッションスタート)。主要作戦目標は自宅への帰還(カムバック)。警察車両に発見されずに遂行する。いくぞ、相棒!」
『ブヒヒィン』(副音声:ちぇっ、けっきょくその鉄の駄馬でいくのかよー。それだったらさあ、もう迎え呼んだ方がよくね? あの年増偽装おばさんに連絡とったらタクシーの一つでも出してくれるでしょ。その乗り物ここに置いて帰ろうぜぇー)
相棒のやる気に満ちた「頑張って!」という声援を受けて、僕は夜の街に繰り出した。
よおし、頑張るぞ!!
◆◆
一方、その頃。藤堂葵は、レースで火照った体を持て余したまま、幹線道路を一人走っていた。
目的地は特にない。ガソリンが切れるまで……朝焼けが山の向こうにのぞくまで、ひたすらただ走りたい気分だった。
本当ならもっと速度を出したい所だが、本番を前に警察相手に手を煩わせられるのは御免被りたい。しかし、物足りない速度では一向に体の熱は抜けそうに無かった。
光の線が描くハイウェイを走りながらも、彼女の目は闇の向こう、走り抜けた山道のヘアピンカーブを見ている。
予選というだけあって、手応えの無いレースではあった。本気を出すまでもなく独走できたことに、もしかしてライダーのレベルが下がっているんじゃないか、という落胆もある。
ブランクのある自分にまけているようではまだまだ。次の本選トーナメントでは、もう少し楽しませてもらいたい所だ。
しかし。手を抜いて走ったという訳でもない。
にもかかわらず、レース中、真後ろに張り付くライトの光が、バックミラーから消えた事は一度も無かった。
黒川比瑪。
葵が今回の任務に指名した、まだ年若いエージェント。
「……何者だ?」
その新人エージェントの噂は、彼女もちょっとは聞いていた。
マリア司令の秘蔵っ娘。1級暗黒生物を飼いならす闇の申し子。他のエージェントが全滅しても必ず自分だけは生還する死神。
彼女に纏わる噂は数多くあったが、その殆どが概ね好意的なものとは言い難かった。
だからまあ、てっきりとっつきにくい性格の悪い奴だと、葵は思い込んでいた。
それでも今回の任務に指名したのは、他に適格者が居なかったからだ。
足手纏いは要らない。かといていざって時に割って入られるのも困る。ほどほどに役に立ち、かつ、ほっといても死にはしない、そんな自分勝手な条件。
その条件において、彼女ほどの適役はいなかった。
また噂通りの人物なら、万が一、葵が命を落としてもそう気にしないだろう、そう考えたのだ。
「こんばんわ! 藤堂葵さんですね! 俺は黒川比瑪、よろしくお願いします!」
だが、そんな先入観は顔合わせで忽ちどこかに行ってしまった。
埠頭で待ち合わせた私の前に現れたのは、何所から見ても純朴そうな唯の小娘だったのだ。到底、世界の闇とは縁遠そうな、キラキラとした純粋な瞳。彼女の影に潜む、息が詰まるほどの濃密な暗黒の気配がなければ、てっきり何かの手違いかと思っていたかもしれない。
少なくとも、優秀なエージェントには到底見えなかった。
正直言うと葵は落胆した。これではとても役には立ちそうにないし、むしろ巻き込んでしまうのは気が引ける。だから彼女は、軽いツーリングと見せかけて、それなりに厳しいドライブに彼女を誘った。これで脱落するようなら、帰らせる口実が出来る。
だが彼女は、葵の走りについてきた。振り切るつもりの彼女の走りに遅れる事なく、そればかりか影に潜む相棒と会話にふける余裕すらあった。
素人なのは間違いない。ただ観察力と学習力が異常だった。
正直言うと、気味が悪い。あんな鏡写しのような動きで後ろに張り付かれたら、平常心を保つのも一苦労である。相手が同じエージェントだと知っている葵でも動揺を抑えるのに幾ばくかの精神力を必要としたのだ、何も知らなければドッペルゲンガーかゴーストだと思うかもしれない。
「まあいい。思わぬ収穫だったと考えよう」
考えてみればあの年でエージェントなんぞやっているのだから、常人離れした特異性の一つや二つ、
もっていて当たり前だ。そしてそれ故に、エージェントの道を志したのも納得できる。
葵もまた同じだったからだ。
彼女の運命の全ては、あの夜に狂ってしまった。世界の裏側を知ってしまい、その恐怖と恐れを抱いたまま一生を暗闇の中で震えて過ごすか、手に蝋燭と刃を持ちさらなる闇に踏み込んでいくか。その選択を強いられた時、彼女は迷わず後者を選んだ。
そして、ついにその時が来た。
「今度こそ、奴を……!」
ハンドルを握る腕に力が入る。
奴が活動を再開するのは六年ぶりの事だ。何か条件があるのか、その詳細は分かってはいない。ただはっきりしているのは、今を逃せば次に相まみえるのは再び何年も先の事だという事だ。
それは事実上、今回が最初で最後の機会という事にもなる。この過酷な業界で、数年後も自分が現役でいられるとは、葵も考えてはいない。
「首を洗ってまっていろ。絶対に、逃さない……!」
暗闇の向こうに闇より昏い何かを凝視して、葵は夜のハイウェイを駆け抜けた。
そして、一週間後。
峠レースの決勝トーナメントのスタートラインに並ぶ、葵と比瑪の姿があった。