相棒が僕を邪な目で見てるとかそんなのナイナイ!   作:邪神ナイナイ

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第十一話 地獄の決勝トーナメント

 

 

 

 

 

「うぅ……緊張してきた」

 

「何を今さら。腹くくりさないな」

 

「はーい……」

 

 深夜の峠道。トラックの運転手でも通らないような丑三つ時に、ブォンブォンとエンジンの音が鳴り響く。

 

 スタートラインに並び、今か今かとその時を待っているのは、各地のトーナメントを勝ち上がったライダー達だ。最近は珍走団は減ったとは聞くけど、居る所にはいるものだなあ。あ、いや、彼らは別に珍走団という訳じゃないのか。あくまで公道レースにのめり込んでるだけで、ひと様に迷惑かける事をアイデンティティとはき違えた迷惑集団とはちょっと違う。事実こうして、人に迷惑をかけないよう深夜を選んでいる訳だし。

 

 まあ非合法活動であるのは変わらないけどね!

 

 まあしかし色んな人がいるなあ。気のせいかちょっと女の人が多い気がする。

 

 ボディラインを強調するようなライダースーツ姿を眺めて、僕は自分のやぼったいジャケットに目を落とした。悪目立ちしてないよね? ……してるよねえ、ヘルメット越しでもビンビンに視線を感じるし。

 

 い、いや、今更そんな事を気にしてもしょうがない。

 

 これはお仕事、お仕事。正式な命令書も出ている立派な作戦なのだ。気持ちをいい加減切り替えないと。

 

 きりっ!

 

「記録(ログ)開始。実働隊員(エージェント)、黒川比瑪(ひめ)。時刻(レコード)0112。作戦主目標(メインミッション)、非合法レースの上位入選(エントリー)。及び、出現するであろうクラスAへの対処(デストロイ)」

 

『ブルルゥ!』*1

 

 ミッションの記録を開始すると同時に、すっと気持ちが硬く冷たく武装される。ここからは、エージェントの時間だ。相棒も戦意高く嘶きを零す。

 

 よし。今日も頑張るぞ。なあに、そう不安に思う事はない、今回は凄腕の先輩エージェントが居るんだ、僕はあくまでそのサポート。異空間の研究施設に潜入するよりよっぽど危険性は低いのは自明の理。

 

 これまでのレースで、葵さんの実力はよくわかっているしね!

 

「……ふふ、どうやらやる気になったみたいだな。頼むぞ」

 

「はいっ!」

 

 葵さんに力強く返事を返し、僕はレースに意識を集中させる。

 

 係員の人がやってきて、ライダー達に声をかけた。スタッフが道路上から退避し、時計を確認する。

 

「それでは、これより峠激攻めトーナメント、決勝戦を始めます! ここまでくれば、言葉は無用。各々方、己が最速を証明せよ!」

 

 道路の脇に置かれたライトに、一つ目の光が灯る。途端にあれだけ騒がしかった選手たちは静まり返り、エンジンの嘶きだけが甲高く響く。

 

 二つ。ライダー達の間に緊張が走る。皆がハンドルを握りしめ、ギュゥウ、という音が聞こえてきそう。

 

 そして三つ目のライトが光った。

 

「時刻(レコード)0120、確認。作戦開始(ミッションスタート)」

 

 合図と同時に、ほぼすべてのライダーは同時にスタートラインを飛び出した。

 

 これまでの試合と全く違う、全員が全員、ほぼ同時だ。流石、決勝というだけあって遅れる者は一人もいない!

 

 僕も、葵さんに合わせてコンマ数秒の遅れで飛び出す。

 

 しかしその誤差に等しい遅れが、この決勝トーナメントでは致命的だった。

 

 私と葵さんの間は、数十センチも離れていない。なのにその間に、他の選手が我さきになだれ込んでくる。団塊状態から急速に秩序を取り戻していくライダー集団は、それぞれが最適なコース取りの位置に事故一つ起こさず立ち位置を決めていく。その中にあって、僕は完全に葵さんと分断されてしまった。

 

 不味い。

 

 本来ならばこのレベルのレースについてこれない僕がついてこれたのは、葵さんの走りを模倣していたからだ。完璧なコース取りで走る彼女の真似をする事で何とか走る事が出来たのに、僕と葵さんは今や違うラインを走ってしまっている。

 

 それはつまり、彼女の模倣をすればいいという訳ではないのだ。ここに来て、僕が走れる根拠が消失し、僅かな焦りが喉を乾かせた。

 

 葵さんは遅れてしまった僕の事なんか目に入らないといった様子で、無線一つなくどんどん先に走ってしまっている。

 

 このままでは、置いていかれてしまう。任務が果たせなくなる。

 

「落ち着け……落ち着け。まだ、手はある」

 

 僕は前を走る見知らぬライダーに目を凝らし、即座に彼女の動きをトレースした。これまでと違い、この場に集ったライダーは凄腕ばかり。葵さんがやっぱりその中で一つ頭が抜けているといっても、そう大差はない。彼女らの動きを真似ていても、そう置いていかれる事はない!

 

「……!」

 

「! 今……!」

 

『ブヒヒィン』*2

 

 そうやって後をぴったりくっついて追っていくと、僕の存在にじれたのか、うっとおしかったのか、模倣していたライダーの走りに乱れが生じ始める。素人の僕でもはっきりとわかるようなコース取りの乱れ、それをついて前に出る。抜き去ったライダーの存在は頭から忘却し、次のライダーにぴったりと張り付き、その走りを模倣する。

 

 そうやって八艘飛びのようにライダー達を乗り換え、僕はなんとか、中央集団に交じって走る葵さんの元に辿り着いた。

 

 ふ、ふぅ。なんとかなったね!

 

『……上出来だ。心配する必要は無かったな』

 

「え、心配してくれたんです? だったら声の一つでもかけてくださいよぉ」

 

『はははは』

 

 誤魔化すように笑って、葵さんがさらに速度を上げる。僕は慌ててその動きに合わせてついていった。

 

 そのまま、コースの流れにそって過ぎゆく濁流のように、夜の峠を駆け抜けていく僕ら。行程の半ばを過ぎた頃には、中央集団はやがて先頭集団になり、ぽつぽつと落伍者が現れ始めていた。

 

 ひゅう、と葵さんが無線の向こうで口笛を鳴らす。

 

『いいな、思ったより数が減った。流石は黒川、何人のライダーの心をへし折って来たんだ?』

 

「人聞きの悪い事を言わないでくださいよ!? 俺は後ろにつかせてもらっただけです!」

 

『いや……普通、得体のしれない奴にミリ単位で行動をトレースされたら気味悪くって平常心なんか保てないんだが……まあいっか。それより、仕掛けるぞ。このまま一気にぶち抜く!』

 

 言うなり早くもアクセル全開で加速していく葵さん。遅れないよう、僕も速度を上げてその後についていく。

 

 まばらに走っていた先行ライダーのテールランプの光、その間を駆け抜けるようにして前にでる。後塵から一転して先頭に立った葵さんだが、その走りは緩まない。峠のきついカーブを倒れる寸前まで体を倒し、刃のように走り抜けていく。見ればバックミラーの後ろ、後続車のライトの光が道路の起伏へと消えていく所だった。

 

 完全に葵さんの独壇場、独走状態だ。

 

 確かに一般の車輛に比べれば、組織の手が入ってるバイクはちょっとしたインチキかもしれないが、それだけでこれだけの差は開かない。

 

 やっぱり元々走り屋だったんだろう。それが何でエージェントに? 独走状態で少し気が緩んだのか、今更ながらそんな疑問がふと頭に沸いて出た。

 

「すっごい……独走だ……!」

 

『油断するな黒川! ここからが本番だ、いつ何が起きても対応できるように備えろ!』

 

「っ! りょ、了解です!」

 

 無線越しの激に、僕も気持ちを引き締める。

 

 そうだった。

 

 レースで独走一位になるのはあくまで前提に過ぎない。僕らの仕事は、ここからが本番だ。

 

 葵さんの後に続いて、真っ暗な山道を走る。

 

『ブヒヒィ……』*3

 

「……ん?」

 

 不意に、何か生臭いというか、ほんのり甘い香りのようなものを感じて、僕はヘルメットの中で顔をしかめた。

 

 なんだろ。バイクに乗って走っている時に、それもフルフェイスのヘルメットをかぶっていて、そんな匂いを感じる筈が……。

 

 しかし困惑している間にも、その匂いはどんどん強くなっていく。肌にもじとりとした湿気のようなものが絡みついてきて……気が付けば、僕達が走っていた山道は、山道ではなくなっていた。

 

 周囲にはいつの間にか紫色の霧が立ち込めている。コースも到底車が走る事を考えてないような酷いうねり具合で、未知の脇には痩せこけたミイラのような枯れ木が枝を伸ばしている。走るアスファルトも、まるで何か大きな生き物の肌のように、乾いていながらもどこか生々しいぬめりを帯びているように見えた。

 

 異界だ。

 

 一体いつの間に引き込まれたんだ?

 

「葵さん! 周囲が……」

 

『……来るぞ。気合を入れろ』

 

「え? 来るって、何が……」

 

 要領を得ない葵さんに問いただすよりも早く、僕は背後から聞こえてきた足音に振り返った。

 

 そう、足音だ。

 

 一定のリズムで、硬い何かが地面を蹴り飛ばす音。それが、背後の霧の向こうから、急速にこちらに接近してきている。

 

 ぱから、ぱから。

 

 ぱから、ぱから。

 

 それは馬の蹄の音色。やがて霧の中に、一際大きな影が浮かび上がったかと思うと、それは僕らの背後に姿を現した。

 

『でやがったな……! 異界の主……っ!』

 

「……?!」

 

 無線越しに葵さんが張り詰めた呟きを零す。僕はというと、目の前に存在する異形に言葉を失い息を呑むばかりだ。

 

 道路のアスファルトを駆けるのは、やせ衰え、骨と皮ばかりの青白い肌の騎馬。虚ろに落ち窪んだ眼下の中で、紫色の鬼火のような光がゆらゆらと燃えている。

 

 それが背中に乗せているのは、銀色に輝く総金属製の全身甲冑。片手に剣を、片手に手綱を持つその騎士には、しかし首がなかった。露になった首筋からは血の代わりに馬と同じく紫色の鬼火が、今も途絶える事の無い鮮血がしぶくように燃え上がり、疾走に合わせて後方に長く尾を引いている。

 

 首無し騎士《デュラハン》。

 

 バイクと首無しライダーの逸話は、僕でも知っているぐらいメジャーな都市伝説である。恐らく何らかの怪異が、現実空間に干渉するにあたって人々の間に存在するパブリック・イメージを利用したのだろう。

 

 そしてそれは、犠牲者の血によってより影を濃く落とす。

 

 間違いない。僕達が追っていた相手……レース中にライダーを引きずり込み、事故死に見せかけて殺害していたのは、この怪物に他ならない。

 

「葵さん!」

 

『速度を上げるぞ! 奴に追いつかれるな!』

 

 言うが早いが、前を走るバイクがエンジン音を高らかに響かせてこれまで以上の加速を見せる。慌ててその後を追いながら、私は一瞬だけ背後を振り返る。

 

 早い。

 

 確かにデカイ分普通の馬より歩幅は広いかもしれないが、アクセル全開のバイクに追従してくるなんて……!

 

「ど、どうするんですか葵さん!? 追いつかれたらヤバそうなのはもう空気で分かりますけど!」

 

『勘が良いな。このグリムワールドにはあるルールが敷かれている……“敗者には血を”とな。追い抜かれずにゴールにたどり着く事だけが奴を打倒する手段だ、死ぬ気で私についてこいっ!』

 

「え、ええ……っ!?」

 

 グリムワールド……内部に居る者に対し、特定の強制力を持った異界の事だ。その強制力は異界の主すらも例外ではない。葵さんの言う通りなら、ここでデュラハンを撃った所で奴を倒す事はできないだろう。

 

 だけどどうして彼女はそんなに詳しいんだ? まるで、前からあのデュラハンを知っていたような……。

 

 いや……まさか。

 

 相手を知っていたから。あのデュラハンが異界の主だと知っていたから、この任務を受けたのか?

 

「っ!」

 

 思索にふけっていた僕だけど、背後から聞こえる蹄鉄の音がすぐ後ろにまで近づき、葵さんのバイクがさらに加速した事で思索を打ち切り、ハンドルコントロールに集中した。

 

 考えるのは後だ。

 

 今はとにかく、葵さんの後についていくしかない。

 

「作戦主目標(メインミッション)、グリムワールドの勝利条件達成に変更(スライド)……!」

 

 大丈夫ですよね? 勝算があるから、この任務を受けたんですよね?

 

 し、信じてますからねー!?

 

 滲んできた涙でちょっぴり霞む視界の中、僕はとにかく身を小さくしてハンドルを握りしめた。ひぃい、背後から煽るように蹄の音が聞こえてくる、怖いよー!

 

 

 

 

*1
(副音声:うへへへ、ついにうちのマイスイートガールが天下に名を轟かせる日がやってくるとは……! けけけ、伏して仰ぎ見るがいい凡俗ども、そしてマイスイートガールをぺろぺろできるのは俺様だけという事実に涙するがいい!)

*2
(副音声:うーん、流石にこれは同情しちゃうね。人間でなくてもドッペルゲンガーって不気味だからねえ。流石マイデンジャラスガール、本人はオンリーワンなのに他人のオンリーを蝕んでいくぅ)

*3
(副音声:ん? なんかキモイ奴の気配がしてきたぞ……?)

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