相棒が僕を邪な目で見てるとかそんなのナイナイ! 作:邪神ナイナイ
「比瑪ちゃん、いるー?」
朝食の片づけをしていると、ドンドンと扉を叩く音がした。
僕は重ねた皿を流しに置くと、玄関に向かう。
組織の施設内にある個人寮に、不審者が来る事はない。声の響きから、概ね来客は想定できていた。
それでも一応チェーンをかけて少しだけドアを開く。扉の向こうに居たのは、私の予想通りの人物だった。
「来夢さん。おはよう」
「おっはよー、比瑪ちゃん!」
ドアの向こうに待ち構えていたのは、僕と同じ偽装高校生の恰好をした女子。白のメッシュが入った黒髪をツインテールにした彼女の名前は、桐島来夢(らいむ)。
僕とはエージェント養成学校でルームメイトだった仲だ。卒業してエージェントとして一人前になった今も、僕の事を色々と気にかけてくれている。
「今日も朝からお洒落ばっちりだね、来夢さん」
「へへーん、そうでしょ? キメキメでしょ?」
誉め言葉に、ちょりーす、と決めポーズを取る来夢さんに、パチパチと拍手。
僕と違って彼女は傍から見ると本物の女子高生にしか見えないぐらい、お洒落にファッションを着こなしている。メイクもばっちりだし、耳にはピアスがじゃらじゃら。スカートは太ももが視えそうなぐらい短いし、ソックスだって左右の長さが違うアシンメトリー。華やかな繁華街を群れでうろついてるギャルそのものである。
街中ですれ違っても、誰も彼女がエージェントだなんて思わないだろう。
「そういう比瑪ちゃんは相変わらず地味なよーに見えて校則違反ぶっちよね」
「べ、別に本物の高校生じゃないからいいじゃないか。だ、大体、なんで制服なのに首元とか鎖骨とかお腹とか露出するんだよ! そっちのほうがおかしいって!」
「はは、鎖骨どころか首もアウト判定なのウケるー。身持ち硬すぎなーい?」
僕は、一切手を加えてないじみーな黒い上下のセーラー服に、首元や手首まで隠すインナースーツ、スカートの下はスパッツだ。どこに出てもおかしくはない普通の恰好……のつもりだが、マリアさんに言わせるとインナースーツが校則違反になるらしい。解せぬ。
そりゃ男だった時は気にしなかったけどさ! 女になっちゃったからにはこう……駄目じゃん!
「っと、別にファッションの話をしに来たんじゃなかったってば。流石比瑪ちゃん、この私に作戦目標を誤認させるとは……同じエージェントすら誑かす魔性の女めぇ」
「俺は全くそんなつもりないんだけど!? ……で、用事ってなに?」
「んもぉー、そんなの決まってるじゃん! 同期のよしみで、無事任務達成して戻ってきたのを労いに来たのよぅ」
僕が身を引くと、勝手知ったる我が家のようにつかつかと部屋にあがってくる比瑪ちゃん。僕は苦笑して彼女が脱ぎ散らかした靴をそろえ、食器棚からカップを二つ取り出した。薬缶にたっぷりの水を入れてコンロにかけて、来夢さんを追う。
彼女は奥の部屋で、まるで自分が部屋の主であるかのように堂々とベッドに腰かけていた。
「相変わらずなーんもない部屋ね。ぬいぐるみの一つや二つ、置いたらどう?」
「あのねえ。エージェントがあんまり部屋に私物を置くのもどうかと思うよ」
「えーそんな事はないと思うけどぉー」
そんな事を言う来夢さんだって、ギャルっぽい言動はあくまでキャラ付けだ。彼女の自室は参考書や銃器ばかりだという事を僕は知っている。
それに正直、好きな物……かつての自分を思い起こさせるような物を、部屋には置きたくない。
「まあいいや。それよりどうだった? 今回の任務」
「ん……」
覗き込んでくる来夢さんの視線に、少し考える。
彼女は同期として純粋に、僕の事を心配してくれている。そんな彼女に、馬鹿正直に真実を告げるべきだろうか。
僕がやむを得ず、たくさんの人を見捨てざるを得なかった事を伝えれば、彼女は僕の苦しみに理解と同情をよせてくれるだろう。だがそれは、彼女に甘えているだけではないか?
……彼女は友達だ。僕の、大切な友達なのだ。
「残念ながら、ほぼ失敗。最低限の目標は達成できたというだけで、主犯っぽいのには逃げられたし、補助目標も達成できなかったんだ。俺ってばやっぱエージェントの才能がないみたい」
「あららー。そりゃまた、残念。評価また下がっちゃいそうね」
「そのうち、どころかすぐに来夢さんに先を行かれそうだね。もし上司部下で組む事になったら、その時はお手柔らかに。捨て駒だけは勘弁してね?」
冗談めかして僕が笑うと、来夢さんもにかっと笑みを浮かべた。
「その時は生かさず殺さずこき使ってあげるわ! 本気を出さない自分の怠慢を後悔するようにね!」
「俺はいつでも全力全開でこのありさまなんだけど……」
どうにも、彼女は相棒の事抜きでも僕を過大評価している節がある。そんな大層な人間じゃないんだけどな、僕。
「ふふん、まあ、無事で元気なら結構! ねね、ところでこの後用事ある? 任務明けだから休暇貰ってるんでしょう?」
「え? まあ、数日は暇だけど……」
「じゃあ決まりね!」
がばあ、とベッドから来夢さんが立ち上がる。
「今から街に出るわよ! これはもう決定事項、30分後にエントランスに集合、いいわね!」
「え、ちょ、ま」
「そうと決まったら私もお化粧やりなおさなきゃ! アデュー!!」
どたどたどた、と走って部屋を出ていく来夢さん。戸惑ったままに差し伸ばした僕の手は彼女を押しとどめる事は適わず、開け放たれたドアがゆっくりと閉まるのを僕は茫然と見送った。
いつもの事ながら、生きる嵐のような女の子である。
手を降ろす傍ら、キッチンでは沸き立った薬缶がぴぃーーと音を立てていた。薬缶を降ろし、一人分だけお茶を淹れる。
「……あつっ。……冷めるまでに、準備しておくか」
『ぶるるぅん』*1
影で相棒がなんか不機嫌そうに鼻を鳴らす。お前、何か知らんけど来夢さんの事嫌いだよな……。
◆◆
「比瑪ちゃん遅ーい!」
「ご、ごめんごめん」
時間通りにエントランスに向かうと、すでにそこでは来夢さんが待っていた。
周囲の奇異の視線を気にせずに手を振る彼女に、僕も慌てて走り寄る。
「ご、ごめん、待たせちゃった」
「んもー、あれから化粧やりなおした私より遅いってどういうつもりー? 全く、そんなにどんくさいんじゃエージェントやっていけないわよぅ?」
ぷりぷり起こりながら、間近で来夢さんが僕の顔を覗き込んでくる。内心どきどきして首を引きながらも、僕は彼女のしたいようにさせた。
真剣な顔で僕を観察していた来夢さんが、一転してにかっと笑みを浮かべる。
「まあでも、ちゃんと化粧してきたみたいだから、よし! 比瑪ちゃんも少しはお洒落ってものを分かってきたみたいねぇ」
「はははは……」
思わず浮かぶ苦笑いを、意識して押さえる。
彼女の言う通り、今日の僕は最低限の化粧をしてきた。まあ、彼女みたいにアイシャドウだのつけまつげだのバッチバチに決めるなんて程遠い、ファンディーションとかチークとか軽く施したぐらいだけどね。それでも僕からすると一大決心かつ一大難事なんだ。
正直今でも不快感がものすごい、自分の肌に何かが塗りたくられてるという事への違和感がぬぐえない。世の中の女の子、よくこんなの一日つけていられるなあ。
「えへへ……」
「でも正直ファッションは論外っていうか。インナースーツ脱いだのは評価してあげたいけど、逆。それならまだ着ていた方がよかったんじゃなーい?」
「えっ」
だ、だってスーツ脱げっていったじゃないか!? 僕は高層ビルから飛び降りるような覚悟でインナー脱いで首元を出したっていうのに!
「あのねえ、脱いだところでそれに工夫がなければ、ただの没個性量産女子高生のマネキンでしょー? それならインナー着てた方がまだ、真面目な顔して校則やぶってますっていうロックさがあってマシってものよ。はぁー、しょうがない。今日という今日は比瑪ちゃんを御洒落に大改造してあげるから、覚悟なさい」
「ひ、ひぃー……お、お手柔らかに……」
お、女の子のファッションはわからない……!
困惑しつつも、僕は来夢さんと一緒にエントランスの操作盤に触れる。エントランスといっても目の前にあるのは通りに繋がる扉ではなく、複雑な魔法陣のような図形が描かれた壁だ。端末を翳し、キーワードを提示する。
「認証(アクセス)」
視界が光に包まれると同時に、ぐにゃりと平衡感覚が消失する。数秒の浮遊感を味わった後に、重力が戻り、同時に足の裏にしっかりとした床の感触。
気が付けば僕らは、薄暗いバックヤードの中に佇んでいた。壁際にはラックがあり、何らかの備品がいくつも備えてある。床にもいくつも段ボール箱が積まれていて、その下に隠れるように小さな魔法陣があった。
「さ、レッツゴー」
「う、うん」
来夢さんに続いて部屋を出る際、ちらりと振り返ると出てきた部屋には『スタッフオンリー』の看板。
人気のない廊下を進むと、急に目の前が開けた。
ざわざわという人の気配。だだっぴろいホールに老若男女問わず様々な人がカバンやキャリーケースを手にして集まっている。いくつか集まる奇異の視線に身を低くするようにして、僕はずかずかと進む来夢ちゃんの背中にくっついていった。
「ちょっとぉ、もう少し堂々としてよ。気にする方が変にみられるよ」
「それはわかってるけど……」
二人してロビーの大扉を潜ると、そこは大都会のど真ん中。振り返ると、全国展開している大手ビジネスホテルの看板が、出てきた建物の入り口にでかでかと掲げてあった。
木の葉を隠すなら森の中。このビジネスホテルは、組織のフロント企業だ。その裏ではこうして、関係者の出入りする秘密の通路が隠してあったりする。働いているのも、組織の関係者が多い。政府と距離を置いている以上、資金源も活動拠点も自分でどうにかしないといけないという訳である。
目の前に視線を戻すと、ぶぉおん、と音を立ててタクシーが走っていく。反対側からは、現役の本物の女子高生らしき集団がおしゃべりしながらやってくる。一瞬「どこの制服だろ」みたいな視線を受けて、僕は竦み上がって来夢さんの後ろにこそこそと隠れた。
「比瑪ちゃんねえ……」
「いや、だって……」
心底呆れた視線を向けてくる来夢さん。
僕としてはやり辛いんだよぅ! ただでさえ身分偽装してる偽女子高生だし、おまけに変なアイテムで性別変わってるだけで精神は男なんだよ。オマケにエージェントは表社会で通じる職業じゃなくて、実質フリーターである。
事実だけを並べたら、女装して女子高生に化けてる無職フリーターって犯罪者の匂いしかしない。
本物の現役から見たら、僕の恰好なんて変なとこしかないだろうし……来夢さんもよくもまあ、あんな風に堂々としていられるなあ。
「……はぁ。もー、しょーがない。今日はそんな比瑪ちゃんを一端のシャレオツ女子高生に仕立て上げちゃうんだから、覚悟しなさい!」
「よ、よろしくお願いしますぅ……」
「ささ、行くわよー。うっふふふ、今日はどんな風に着飾ってあげようかなー」
ひょい、と伸びてきた来夢さんの指が、当たり前のように僕の手を掴んでひっぱる。はわっ、と一瞬ドキリとするが、ここで振り払うのもなんなので、しぶしぶ、指を握り返してひっぱられるがままについていく。
手の中の来夢さんの指はちょっとひんやりしていて、でもすべすべしている。
「…………ふふ」
小さく笑って、優しく来夢さんの指を、僕はしっかりと握り返す。
雑踏と車の雑音に紛れて、影の中で相棒が笑う声が聞こえた。
『ぶひひん』*2