相棒が僕を邪な目で見てるとかそんなのナイナイ! 作:邪神ナイナイ
「しま……きゃあ!?」
そのまま犯人は完全に立ち上がると、腕に組み付いたままの来夢さんを背後の給水タンクに叩きつけた。凄まじい音と共にタンクがへしゃげ、来夢さんがめり込むようにして崩れ落ちる。
解放された少女は、しかし組み付かれていた左手をダランとさせていた。
当然だ、あんな無茶をすれば骨折、あるいは筋が完全に断裂する。あの腕はもう、二度と使いものに……。
そう思った端から、少女は何事もなかったように、ゴキン、と音を立てて腕を戻した。
「……え?」
人体はプラモじゃない。関節を戻したところで、そう元に戻る訳じゃない。なのに犯人は、何事もなかったかのように、砕けた左手と右手で鋏を持ちながら、来夢さんに迫っている。
咄嗟にサイレンサー付きのハンドガンを引き抜き、少女に向ける。
声での威嚇は無意味。意識をこっちに向けさせるために足先に何発か撃ち込む。
「止まりなさい! 貴女に、逃げ場は……ひぃ!?」
「…………」
振り返ってこちらを見る、少女の視線。黒髪の間から覗くその瞳は、まるで消しゴムのように乾ききっていた。黒いボタンのような瞳は、あらぬ方向を見たまま動かない。
……死んでる。
この犯人の少女はとっくに死体と化している。死体が、動いて人を襲っている。
視界の端で、ぎらり、と“ジャバウォックの鋏”が刃を光らせた。
まさか……。
「魔剣型殺人……まさか、その少女の死体を操って!? 本体は、犯人は……遺産の方!?」
「……!」
咄嗟に鋏に銃の狙いを向けた途端、少女が動いた。
とても人間とは思えない跳躍で、隣のビルへ。そのまま走って、次のビルへ。
逃げる気か。いや、でもそれより来夢さんの確認が先だ。
「来夢さん、生きてる!?」
僕は急いでビルの谷間を飛び越え、来夢さんの元に向かった。
彼女は給水塔に叩きつけられてから、ぴくりとも動かない。凹んだタンクに血の跡を見つけてひやりとするも、彼女の胸はかすかに上下している。
叩きつけられて、後頭部を打って気を失った? いやでも、頭を打ったなら油断はできない、すぐに手当てしないと……!
緊急キットを取り出してしゃがみこむ。でも、彼女にアンプルを打ちこむ直前で、手が止まる。
ここで彼女の手当をするのも間違ってはいない。
だが、ここであの鋏を逃がせばどうなる? 奴は再び姿をくらまし、そしてまた、犠牲者を増やすだろう。そしてあの少女の亡骸も解放される事なく、その手を血で汚す事になる。
普通に生きていただけの人達が。
血生臭い事とは無縁だったはずの人達が、また。
さっきの、首を切り裂かれて死んでいた人みたいに。
また、犠牲者が出る。
かつての、僕自身のように。あの研究所で消えていった、子供たちみたいに。
僕自身の、愚かさ故に。
それは。断じて、許容できない。
「来夢さん、御免!」
手当の代わりに緊急ビーコンをその場に叩きつけて、僕は踵を返した。
「相棒!!」
『ヒヒィン!!』*1
実体化した相棒の背中に移り、鋏を追跡する。人間とはくらべものにならない機動力で屋上を飛び越え、動く死体を追撃する。
だが、追いつくよりも先に、奴が雑踏に紛れる方が早い。
大通りの商店街、立ち並ぶビルの列が途切れるまで、あと10m。それまでが勝負だ。
「記録(ログ)。作戦メンバーが脱落(リタイア)。単独で任務を続行(コンテニュー)する。標的の狙いは作戦領域からの離脱(エスケープ)。射撃による無力化(クリア)を試みる。……相棒、出せ」
僕の指示に従って、ずるり、とその背中から生えてくるのは、原始的なマスケット銃。流石に当時ものではなく、ライフリングを施され、高性能無煙火薬を用いたそれは、現代基準で作られた新造品だ。
激しく揺れる馬上では、連射性能があっても意味がない。一撃で、仕留める。
深呼吸して、銃を構える。
「標的を確認(ターゲットインサイト)」
狙いに集中。しかし視野狭窄になってはいけない。対象にピントを合わせたまま、視野は可能な限り広く。この街の一角を視界に収めたまま、ターゲットを注視する。
極限の集中で、時間がゆっくりに感じられる。
標的が離脱するまで、ビルの屋上があと二つ。猶予はあまりない。
それを追い、ビルの谷間を相棒が跳躍する。体がゆっくりと頂点に向かって上昇していくのが分かる。駄目だ、今、撃っても弾が逸れてしまう。
狙うなら頂点。落下を開始するほんの一瞬手前が、ベストタイミング。
だが、こんな真昼間のど真ん中で発砲する訳にはいかない。何か、ちょうどいいトラブルがないか。拡大した視野で探す中、ゆっくりと落下していく鉄格子が見えた。標的が逃げる際に、蹴りつけて破損させた落下防止のフェンス。それが、人の居ない路地裏に落ちていく。
落下速度と距離、相棒の跳躍を即座に計算。
ベストタイミングだ。あれを利用しよう。
銃の狙いを、標的に合わせる。少女の手で光る、血塗れの刃。これまで多くの命を吸ってきた邪悪な鋏に、狙いを定める。
3。
2。
1。
「……射撃実施(ファイア)」
ガッシャアン! と白昼只中、商店街に異音が鳴り響いた。
歩道を歩いていた人々が、びっくりして肩を竦める、あるいは鞄を取り落とす。
ざわざわとさざめきが広がるなか、たまたま近くにいた人間が音の出元を覗き込んだ。
「なんだあ……?」
覗き込んだ先には、路地裏の隙間、室外機の間に落ちてぐしゃぐしゃになったフェンスらしきもの。その根元のコンクリートは酷く劣化して白くくすんでいた。
「うわ、あぶねえなあ」
「自然劣化か? 誰か落ちてないよな?」
「びっくりした、何の音?」
わあわあ言いながら、人が集まってくる。その誰もが、突然の異音を訝しみながらも、不安は浮かべていない。中には意味もなくスマホでパシャパシャと写真を撮る者も居る。
何人かは当然のように頭上を見上げ、破損した屋上を見つけるが、そこに何かしらの異変を見出した者は居なかった。
その様子を、僕は離れたビルの屋上から見下ろしていた。
「記録(ログ)。作戦成功(ミッションコンプリート)。主目標第一段階の達成を確認。これより帰投する」
跨る相棒の足元では、一人の少女がぴくりともせずに倒れ込んでいる。その足元には、砕けた鉄の破片が散らばっていた。
聖別されたライフル弾は、忌まわしき呪いの刃を見事撃ち抜いた。鋏はその交差点から打ち砕かれ、もはや原型をとどめていない。
怪しげな輝きを放つそれを、ぐしゃり、と相棒が踏みつけて、鋭く分厚い爪の下でバキバキと音を立てて砕いた。
『ブルルゥ』*2
ふんす、と鼻を鳴らして脚をどけると、そこに残っていたのは粉々になった金属の破片。そこにもう、あの怪しげな輝きは宿っていなかった。
「……標的、“ジャバウォックの鋏”を回収(サルベージ)します」
上着の中からピンセットとケースを取り出し、破片を回収する。万が一があるので慎重に。何人もの命を奪った呪われた刃は、無機質な黒いケースの中に収納された。
何事もなく作業を終えた僕は、倒れ伏す少女の亡骸に目を向ける。
遺体は死後、かなりの期間を酷使されたのだろう。こうして見ると、どうして街中を歩いている時に違和感を覚えなかったのかが不思議でならない。これもまた、あの呪われた刃の魔性の力によるものだったのか。僕は自分の上着を脱ぎ、彼女の亡骸を隠すように被せてやった。
そして、手を小さく合わせる。
「…………」
彼女が。実際はどうだったのかは知らない。
最初から巻き込まれただけの犠牲者だったのか。身を守る為に手を伸ばした先にたまたま呪われた刃があっただけの不幸な女だったのか。それとも、最初から殺人犯で、鋏で殺人を繰り返す内に魔性に魅入られてしまったのか。
今となっては、分からない。
ただ、他人事のようには……思えなかった。
僕もまた、遺産の呪いに蝕まれた一人。きっと、彼女のような人間も、僕のような人間も、過去未来数多居るのだろう。
だけど、だからといって、軽んじられるのは嫌だった。
「せめて死後は安らかに」
『ブルゥン……』*3
相棒が顔を寄せ、慰めるようにぶるぶると鳴いてくる。僕もまた、相棒の頬におでこを宛てて、小さく笑った。
言葉が通じないから、実際の所相棒が何を考えてるかなんて僕にはわからないけど、いつだって隣にいる彼の御蔭で、僕は随分と救われている。それだけは、間違いない事実だった。
「さ、後始末は処理班に任せて、今は一刻も早く来夢さんを連れて撤収しよう。悪いけど、彼女を背中に乗せて運んでもらってもいいかい?」
『ぶひぃん』*4
お。渋るかと思ったが、意外とノリ気っぽいぞ、相棒。助かった、僕一人じゃ来夢さんを抱えて本部に戻るとかちょっとムリムリカタツムリ。
地上に集まっている野次馬に発見されないように、僕は相棒と一緒に来夢さんを連れてこの場を離脱する。
そうして、せっかくの休日は降ってわいた任務で終わってしまったのであった。まる。
「あ、せっかくの服を持って帰るの忘れた……まあいいや、処理班の人が持って帰ってくれるでしょ」
『ぶるる』*5