相棒が僕を邪な目で見てるとかそんなのナイナイ! 作:邪神ナイナイ
そして後日。
本部の病室を、僕は御菓子片手に訪れた。見舞う相手は勿論、来夢さんである。
「こんにちは。来夢さん、元気?」
「おぉー、比瑪ちゃん! よくぞ来てくれた!」
これ見よがしに紙袋を掲げて見せると、ベッドの上で寝ていた来夢さんがばっと飛び起きて手を振ってくる。
「ふふ、退屈してそうだね」
「そうなんだよ、病室は暇な上に食事も味気なくて辛いよー! ねえねえ、早くお菓子頂戴ー!」
「はいはい」
紙袋から焼き菓子を並べ、ペットボトルのジュースを紙コップに注ぐ。同室の患者に配慮して声を潜めつつも、楽しいお茶会の時間が始まった。
「それで、具合は大丈夫?」
「そりゃもう、全く全然、問題なし! 一応、頭を打ったから経過観察の為に入院してるだけー。明後日には退院できそう!」
「それはよかった」
本心から安堵する。心配して損した、とは言わない。何事もなくて何よりだ。
これで彼女に何かあったら……そう考えると、無事な彼女の姿に視界が歪む。
いけない、いけない。僕は顔をぐしぐしと手で拭った。
「まあしっかし、あの後比瑪ちゃんが一人で全部なんとかしちゃうとは……くぅ、美味しい所を持っていかれた!」
「ははは。でもマリア司令も言っていたけど、あれはしょうがないよ。まさか遺産が死体を操っていただなんて、レアケースもいい所だよ」
「うーん。それはそうなんだけど、納得いかないのよねえ……“ジャバウォックの鋏”ってそんなに強い遺産だったっけ……?」
うーん、とベッドの上で頭を傾げる来夢さん。
それは……正直、僕も違和感を覚えている所だ。“ジャバウォックの鋏”は特定の遺産を示すのではなく、一定条件を満たした遺産の事を差すコードネームだ。条件さえ満たせば、そこらの園芸鋏でも成りえる可能性がある。
つまり、そう特別でも強い遺産でもないのだ。人の死体を動かすほどの力なんて、在る筈がない。その在る筈がない出来事が起きたのだから、そこには何か秘密があるのだろうけど……。
「ま、それを調べるのは俺らの仕事じゃないし。気にしてもしょうがないよ、今後気を付けよう」
「そうね。大事なのは失敗を繰り返さない事だもんね!」
「そうそう、その調子」
ベッドの上でガッツポーズをする来夢さん、すっかり調子は戻ってきたようだ。
これで僕も一安心。なんせ、あの日は僕の為に時間を割いてくれた訳だしね。せっかくの休日が台無しになってしまったのは申し訳なかったと思っているのだ。
「それじゃ、僕はここで。元気な顔が見れて良かった」
「あれ、まだ何かあるの?」
「うん、マリア司令から呼び出されてて。今回の件で、話を聞きたいんだって……ああ、そう難しい話じゃないと思うよ。後回しで時間を長く取ったみたいだから、半分ぐらいは家族としての話だと思う」
来夢さんはちょっと心配そうな顔をしてるけど、別に今回は大きな失敗もしてないし大丈夫。まあちょっと、おしかりはあるかもしれないけど、いつもの事さ。
「それじゃあね、お菓子は全部食べていいよ」
「ほんと!? ありがとう神様仏様比瑪ちゃん様!!」
「ははは、大げさだなあ」
はい。考えが甘かったです。
「待っていたぞ、比瑪。……私の言いたい事は分かるか?」
「はいぃ……」
指令室で待っていたのは、厳めしく眉尻を吊り上げたマリアさんであった。有無を言わせぬ不機嫌オーラに、僕はしょぼしょぼと竦み上がる他はない。
机の上を人差し指で叩き、マリア司令は手元の書類に目を向けた。
「おおよその報告は受けている。……何が不味かったか、自分から言ってみなさい」
「はい……。第一に、街中で遭遇した相手が指名手配犯であった事に気が付かなかった事。第二に、行動に遅れて、エージェント桐島を単独行動させてしまった事……」
「自覚はあるようだな」
ぱしっ、と書類を机の上に投げ捨て、マリアさんは腕を組んで僕を見る。
「例え休暇中であっても、エージェントはエージェントだ。常在戦場を忘れるとはけしからん。ましてや、ブラックの存在でお前の機動力は一般的なエージェントのそれを凌駕しているのに、出遅れるとは何事だ。本来ならば、お前が先行し桐島はそのフォローに回るべきだった。そうであれば、相手の情報を誤認していても不覚を取る事はなかっただろう」
「仰る通りでございます……」
しおしお……。い、いつもの事ながら、任務の事になると手厳しい……。
「……自覚があるのならまあよい。しかし、だ。今回、私が不快感を抱いているのは、そこではない」
「へ?」
「比瑪。お前を不本意な形で親元から引き離し、本来の戸籍を奪ったのは我々ではあるが……私は、それでもお前の保護者で居させてもらっているつもりだ。例え許可を得ておらず、ましてや恨まれる立場であっても、ご両親に代わりお前の保護者としての責任がある。エージェントなどさせておいて言えた義理ではないがな」
ぎ、と椅子を鳴らし、マリアさんが背もたれに身を預ける。その視線は、僕ではなく、遠くの誰かを見つめているように見えた。
え、何? 突然。
「え、ええと、はい。それは、僕も分かっていますが……」
「つまり、だ。私にはお前の言動の監督義務もある。そうだな?」
「?? ええと、はい?」
イマイチ要領を得ないマリアさんの言葉に首を傾げる。ええと、つまり、何が言いたいの?
困惑する僕を前に、マリアさんは小さくため息をつくと、何やら机の向こうでガサガサやりはじめた。椅子の隣に、紙袋? そこから、何かを取り出して……あ。
「それで。これは。なんだ?」
「うわあああああ!?」
マリアさんが取り出したブツ。
それは紙細工というか、網というか、到底衣服のそれとは言えぬ代物。そう、なあなあで来夢さんに買わされた、夏用の服(?)である。
そ、そりゃあ一考の余地はあるとは思ったけど! 完全にアンコントローラブルな状況は想定してないよぉ!
「あ、いや、それは、その! その下に別の服を着てですねえ……?!」
「ほう。その下に着るという服は、このブラジャー以下ビキニ水着未満の物体の事か?」
「はわわわわわわわわ」
全部把握されてるぅー!! ど、どうして! 処理班の人には僕の服だから直接返してね、って伝えておいたのに! どうしてマリアさんのとこに持っていちゃうのぉ!?
保護者だからよね! 当然かぁ!
「別に個人の服飾の好みに文句は言わんが。流石に公共良俗というものを意識する必要があると思うぞ。もしお前がわいせつ物陳列罪で捕まったりしたら、私は司令としてどういう顔をすればいいのだろうな?」
「あ、あの、マリアさん、そ、それはですね……」
ど、ど、ど、どうしよう。何を言い訳しようが買ってしまったのは事実!
マリアさんに、頭のおかしい子だと思われてるぅー! 違うのー! それは来夢さんが、そのー!
何と言ったらいいのか分からず、口をあわあわさせて言葉に迷う僕。そんな僕をじっとマリアさんは厳しい目で見つめて……不意にくすっ、と噴き出した。
「……っ、ぷぷぷ、ははははは! そう弱り切った顔をするな、冗談だ、冗談」
「ほへ…………?」
「事情は桐島から聞いている。この服のチョイスも奴だろう? ちょっとからかっただけだ、本気で言ってる訳じゃないよ」
席から立ったマリアさんが、紙袋を手に僕の方にやってくる。ほい、と手に紙袋を渡されて、そこでようやく、僕は彼女に揶揄われていたのだと理解した。
子供っぽいとわかっていながら、ぷぅ、と頬が膨らむ。
感情のままに僕はマリアさんを糾弾した。
「ひどい!! 騙された!!」
「はははははは。人を心配させた報いだ、休暇に出かけて行ったと聞いていたのに、作戦報告が届いてこっちは吃驚したんだぞ。おまけに怪我人が出てるし」
「う゛」
それは、まあ。確かに……。
で、でもこっちだって休日潰れちゃったんだし、被害者は僕の方! 遊ばれる謂れは決してないぞ!
「あと服のチョイスがちょっとどうかと思ったのも事実だぞ。まあ、私は最近の若い子の流行りを知らんが……そういうのが流行ってるのか? ちょっとここで着て見なさい」
「え゛」
「どうした、着るつもりで買ったのだろう? 似合っているか見てやろう」
い、いや、それは、そう、なんだけど。
あらためて言われると、その、恥ずかしい! だ、大体、なんで保護者の前でそんな恥ずかしい服を着なきゃ……!?
「……駄目?」
「駄目。心配かけた罰だ、それとも報告書を増やす方がいいか?」
「ひぃーん……」
それを引き合いに出されたら選択肢はない。
しぶしぶ、僕はマリアさんの前でファンッションショーをする羽目になったのだった。
そしてあらためて思う。マリアさんは褒めてくれたけどやっぱこの服おかしいって! ちゃんとした普通のを後で買っておこう……。
ええっと。どんな服がいいかな。通販でファッション誌取り寄せようかな。それなりの恰好をしてたら、来夢さんも変な服を押し付けてこないでしょ。最初からこうしてればよかった……。
でも、うぅ……どんどん、男らしさから遠のいていくなあ。ほろり……。
「う、ううーん。ど、どう思う、相棒? 変じゃない? ……そう? じゃあ、これにしようかな……」
『ひひぃん』*1