相棒が僕を邪な目で見てるとかそんなのナイナイ! 作:邪神ナイナイ
夜の峠に、バイクのエンジン音が響く。
ハイビームで道を照らしながら、ヘアピンカーブを高速で駆け抜けていく一台のバイク。巧みなドライビングテクニックで、速度を落とす事なく走り抜ける。
ただ、見るものがいれば、その走りは焦りに満ちていたように感じただろう。まるで何かに追い立てられるように、何かから逃げるように。
しかし、この場に目撃者は居ない。彼の走りを見届ける者は居ない。
たった一人の、追跡者を除いては。
ぱからっ、ぱからっ、という規則正しい軽やかな音が、走るバイクの後方、闇の中から追い上げてくる。先行するライダーの背中が小さく強張る。
それは次第に速度を上げてバイクに並び、そして終には追い抜いていく。行く先を照らすハイビームの光の中に、何某かの影が伸びる。
……それは、異形であった。
四つの足で大地を駆ける、得体のしれない何か。伸びる光の中で、躍動する何かがバイクを抜き去っていく。
行く先には、峠の終わり。ゴールラインの無い終点で、影が足を止めた。
振り返る何か。
止まる事なく走り続けるバイクのライトに、ゆらり、と浮かび上がる異形。その手には、ギラリと光る凶器が握られていた。
ブレーキ音。
衝突音。
硬いアスファルトの大地を、肉が転がる生々しい打擲音。
そして、明滅する赤い光。
点滅しているのは、大破して転がるバイクのハザードランプ。チッカチッカと明滅するその光の中に、道路に横たわるライダーの姿が浮かび上がる。倒れ込んだその姿は、もはやぴくりとも動くことはない。
チッカ、チッカ。
ハザードランプは点滅し続ける。
ぱから、ぱから。
闇の中を、軽快な足音が遠ざかっていく……。
「……ライダーの連続不審死の調査ぁ?」
マリア司令からの、僕へ直接の任務通達。
珍しく、名指しの事例に僕は首を傾げながら不審げな声を上げた。
「使命? 俺を?」
「そうだ。今回の任務の主要エージェントから、名指しでお前が指名された。言っておくが間違いでも勘違いでもない、今回の相手は直接、黒川比瑪をご所望という事だ」
デスクの上で肘をつくマリア司令が、一枚の履歴書を差し出してくる。
そこにはウルフカットの凛々しい女性の顔が、正面と側面それぞれのアングルで掲載されていた。
「藤堂葵。性別女性、25歳、AB型。19の時に特異事象に巻き込まれた事で適正を確認。以後、組織のエージェントとして活動……へぇ、元一般人なんですね。え、でもこの事件解決記録のスパン……うへえ」
「まあ野良の鳳雛、伏龍というのはどこにでもいるものだ。それが本人にとって望ましいかどうかは別として、な」
「はぁ……しかし、そんな凄腕エージェントさんが、なんでまた俺みたいなC級エージェントをご指名で? 人手が欲しいならそれこそ来夢さんでも……」
見た所、藤堂さんとやらは現場叩き上げの実力派だ。
言っちゃ悪いが、僕はそんなにエージェントの才能はない。正直いえば、親の七光り、司令の被保護者、というのが組織での僕の立ち位置だ。才能はないが貴重な遺物の所有者であるし、本人にもその意思があるからとりあえずエージェントさせておこう……そんな程度の存在である。
ぶっちゃけ居ても居なくても変わらない存在だ。
なんでそんなのをわざわざご指名なのか。足手まといが増えるだけでは?
正直な僕の意見に、何故かマリアさんは苦笑い。
「もう少しお前は自分の評価を客観視した方がいいが……まあいい。今回のご要望の理由ははっきりしている、機動力だ。お相手は、単独、孤立無援の状態でも一定以上の機動力を維持できる高機動戦力を欲している。それでお前に白羽の矢が立った」
「つまり、ブラック目当て、という事ですか」
「そういう事になるな。どうだ、納得したか?」
それなら大いに納得である。むしろ目の付け所が良い、と褒めたたえたいぐらいだ。
僕はへっぽこだが相棒は凄いのは疑う余地はない。エージェントなんか続けてまだ五体満足なのは十割こいつのおかげである。そのブラックが評価されているのは我が事のように嬉しい。
「凄いね、ブラック。お前、凄い評価されたみたいだよ」
『ぶるるぅん』*1
そっかそっか。まあしかし、あんまりお前におんぶで抱っこでもいけないしな。僕ももうちょっと頑張ろう。
「わかりました。そういう事なら不満はありません。今回の任務、拝領させて頂きます、マリア司令!」
「そうか、うむ。では、こちらの方で話を進めておく。詳しい日時等は後でまた伝えるから、渡した資料によく目を通しておくように」
「はい!」
そんなこんなであっという間に顔合わせの日が来た。
指示に従って、待ち合わせ場所である港の埠頭に向かう。しかしなんでまた港なんだろうな、書類によれば事件が頻発しているのは山間部って話だけど……。
ついでに言うと、今回の待ち合わせ、バイクに乗ってこい、というのもまた変な話である。そりゃエージェントだからバイクの一つや二つ乗れるけど、なんで?
ま、会えばわかるか。
そういう訳でやってきました大海原!
この辺りは倉庫街になっていて、一般の建物は殆どない。日は既におちて真っ暗だけど、だだっぴろくて見通しがよく、それでいて電灯がいくつも立ち並んで周囲を明るく照らしている。
海からは爽やかな潮風。地形も平らなせいか、こんな時間なのにジョギングに勤しんでいる人の姿もちらほら見える。訝し気にこちらを見る男の人にぴょこ、と頭を下げて、僕はバイクを押して『関係者以外立ち入り禁止』のポールを横切って敷地に入った。関係者ですので。
「えーっと、場所と時刻は……このあたりで間違いないね。えーと、どこかなどこかな……あれ?」
見渡す先、闇の中にぼーっと浮かび上がる赤い光。タバコか何かの柔らかな光と漂ってくる甘い香りに誘われるように近づくと、闇に慣れてきた目がそこに佇む人影を見出した。
スタイルに自信がないととても着れない、体のシルエットが浮かび上がるようなピチピチのライダースーツ。それが思い上がりでも勘違いでもなくビシバシに似合っている、長身モデル体型のウルフカット美女。珍しくタバコではなく葉巻を曇らせるその人物こそ、僕が探していた同僚の姿であった。
藤堂葵。
僕はバイクを押して行って、彼女にぺこり、と頭を下げた。
「こんばんわ! 藤堂葵さんですね! 俺は黒川比瑪、よろしくお願いします!」
「……あぁ。お前が黒川か。私の事は葵でいい」
葉巻を外し、ふぅ……と煙を吐く葵さん。僕はちょっと距離を置いた。
「ちょっと待ってろ。火を消す」
言って葵さんは携帯灰皿を出すと、とんとん、とその上に灰を落とした。そこに、びゅう、と潮風が吹き付ける。
紙タバコと違って葉巻は火が付きにくく消えやすい。今の一陣ですっかり火が消えてしまった葉巻を葵さんは別の入れ物に片付け、胸の谷間に閉まった。
……い、いや、今さらっとやったけどなんか凄いものを見たような……。え、物が入るデカパイって実在すんの? いやマリアさんも寄せたら普通に仕舞えそうだけど、え? 本当に物を仕舞うの?
「どうした? 自分の足元を見て。灰でも落ちてるか?」
「い、いえ……ナンデモナイデス……」
「?」
見てたのは足元じゃなくて胸元なんだけどね畜生! いや別に胸が大きいとか小さいとかほんとどうでもいい事だけどね、なんてったって僕は男だもの!
『ぶひひぃん』*2
影で相棒が鼻を鳴らす。と、それを聞き咎めたのか、僅かに顔を硬くした葵さんが腰に手を当てた。……気が付かなかったけど、ライダースーツと一体化するように、腰には革のホルスターが巻き付けられている。
僕は焦った。
「……話は聞いているが。本当に影に暗黒生物を住まわせているのか……」
「あっ、あ、相棒は大丈夫なんです! 基本的に大人しくて良い子なので! う、撃たないで!」
「わかってる。だからお前さんを指名したんだからな。まあ、聞くのと見るのは大違いって事で勘弁してくれ、こっちこそ悪かった」
バツの悪そうな顔で腰から手をあげ、ひらひらと振る葵さん。ほっ、よかった。
「ま、悪意のある暗黒生物が影に潜んでたらとっくに発狂しているだろうからな。黒川さんが常軌を逸したレベルでマイペースで鈍感なら話は別だが」
「え、えへへ……。あ、それと、比瑪でいいですよ」
「了解したよ、お姫様」
葵さんはニヒルに笑うと、ヘルメットをかぶってバイクに颯爽と跨った。
跨る動きで足の長さが強調されるというか、仕草も洗練されていて、な、なんかカッコいい……! これが、大人の女の人……!
あ、いや、マリアさんが大人じゃない、とは言わないけど、いつも椅子に座ってるからさ。
「ついてこい、話は道中、無線で説明する」
「わ、わかりました!」
僕はというと対照的にもたもたしながらバイクにまたがり、颯爽と走り出す葵さんのテールランプを必死に追いかけた。
夜の町を風を切って疾走する。
バイクは車と違って、ダイレクトに風が来る。組織から提供されたライダージャケットは割と暖かいんだけど、それでも自分の体を晒して時速数十キロで移動するというこの事実に、どうにも慣れない。何か小石でも飛んで来たらどうしよう、という不安ばかりが頭をよぎる。
『ぶるるる……』*3
「うう……し、仕方ないでしょ! バイクには乗り慣れてないんだからさあ!」
相棒が影でぶひぶひ文句を言ってるけど、しかたないじゃん! そりゃあ、お前は確かにバイクと同じかそれ以上の速度で走れるし、いつも僕はそれに跨らせてもらってるよ? なんなら車高はお前の方がはるかに高いし。で、でも、バイクはただの鉄の塊で、危なくなった時のフォローとかしてくれないじゃん! 全部僕にかかってるじゃん! 自分ほどこの世で信用ならないものある!? 大体、今の女の体、いまだにしっくり来てないし!
「ひぅう~」
ひーん、と涙目になりつつ、おっかなびっくり葵さんを見失わないようにだけ集中する。ここで逸れてしまったら一人で帰れる自信がないよー。
赤に変わった信号を前に、ゆっくりと停車する。私の前で同じようにバイクを止める葵さんは、出発以降一言もしゃべっていない。
と、そこでずっと沈黙していた無線がざざ、と鳴った。
『……上出来だ。へっぴり腰の割りにはちゃんとついてきてるじゃあないか』
「も、もしかして試してたんですかぁ!?」
『そりゃあそうだろ。お前がどれぐらい乗れるかで作戦も変わってくるんだから。ま、今の所大丈夫そうだな。そのまま私についてこい』
青信号に変わった交差点を左に曲がる葵さん。
その後を必死においかけると、彼女はどんどん、坂を駆け上っていく。
そこで僕はいつのまにか、海沿いの道が山道に変わっている事に気が付いた。まあ日本なんて山と海ばっかりで平地がないから、別に珍しい話ではないのだが……一体どこに向かっているんだろう。
見通しの悪い山道を、先行する赤いテールランプを頼りに走る。カーブをぎゅんぎゅん曲がっていく葵さんに倣って、僕も体を傾けてカーブを切り返す。うひぃ、道路が近いよー。
『さて。話は聞いていると思うが、念のために確認と行こう。事の始まりは1ヵ月前。走り屋どもが峠でレースに勤しんでいた時の事だ。ぶっちぎりで一位を走っていたはずのライダーが突如姿を消し、2位以下だけがゴールラインを越えた。独走していた一位のライダーの道中を確認した奴はいなく、もしかすると事故って峠から落ちたんじゃないかと連中は大騒ぎ。最終的に警察まで動く大騒ぎになった』
「……最終的に、一応見つかったんでしたっけ、一位の人」
『ああ、たまたま通りがかった一般人からの通報でな。三つ隣の山の道路に倒れていたそうだ』
ふむ。マリアさんから渡された資料と同じ話だ。ただ、なんだろう、資料によればあくまでまだ調査段階の話だったけど、葵さんの口調は何か確信があるような感じだ。
「成程。それはおかしな話ですが、それだけならウチが動くにはまだ弱いのでは? 事象泡沫化の対象にもなっていないようですし」
『そうだな。この事件そのものは、疑わしいものがあるものの事故死として処理されたよ。だが、同様の事件が三つも四つも起きれば、流石にうちの組織も目をつける。いずれも山中、夜のレースでの事。そして失踪するのは決まって、1位を独占していた凄腕ライダーだけだ。そして組織が介入を始めて判明したが、ライダーの死因は転倒によるものじゃない。……頚部切断による出血性ショック死。死んだライダーは皆、走行中に切り殺されたんだ。その事実が事象泡沫化の対象になって、警察はこの事件を殺人事件として認識できていないんだろう』
僕はとっさに自分の首元に手を当てた。
脳裏に、幼い頃に聞いた都市伝説がちらりと過ぎる。道にワイヤーが張ってあって、知らずに通りがかったライダーの首がころん……なんていう奴だ。思わず首を縮めて、僕は風防の下に頭を屈めた。
「そ、それは、怖い話ですね……。しかし、随分とお詳しいですね。俺がマリア司令に貰った資料によると、ライダーの連続不審死そのものは転倒によるもの、とされていましたが」
『……前例があるんだ。もう何年も前に、同じようにライダーを狙った案件があった。当時の生存者はたった一人。そいつの証言によると、コースを走っていたはずが、気が付けば知らない山道。さらに背後から追いかけてくるのは、得体のしれない何か。必至に逃げても追いつかれ、追い抜かれると……ずんばらり。そいつは手にした刃で、ライダーを切り捨てた』
「……異空間に引きずり込んで一方的にデスゲームを仕掛けてくる……?」
『ああ。その時の生存者はたまたま、放り出された先で組織の関係者がいた事で治療が間に合った。組織もすぐさま原因の追究を始めたが、身の危険を感じたのか当時の事件はそれを最後にぱったりと途絶えた。以降、この事件は半ば忘れ去られていたんだが……』
ここに来て、そいつが活動を再開した、という事か。
異空間に人間を引きずり込み、特定のルールの元に殺傷する。成程、過去に起きていた事件と今起きている事件、ただ似ているだけ、というより繋がりがあると見た方がいいだろう。
遺物の引き起こす事件にはいくつかパターンがある。今回のは法則性、というか物語性があるタイプ……クラスA(アノマリー)案件という訳か。
っていうか、調査の手伝いって聞いてたけど、この流れ、もしかして……。
「あの。もしかして、俺が呼ばれたの、調査というか下調べじゃなくて……」
『ああ……待て。目的地についた』
「へ……?」
たどり着いた先は、どこぞの山道手前の駐車場だった。もう夜中というにも拘わらず、そこには多数のバイクがあつまり、ライトで明るく照らされていた。集まっているのは皆ファンキーな感じのお兄さんお姉さん。彼らは突然やってきた葵さんを訝しむような目でしげしげと眺めている。
不躾な視線を全くものともせず、バイクを止めてヘルメットを脱ぐ葵さん。夜闇の中、ライトアップされるウルフカットの美女の姿に、一転して会場の雰囲気が好意的に盛り上がった。
いや、待って待って、これって所謂、賊の集会場じゃないの?
ま、まさか……。
「あ、葵、さん……? 何を……」
「いや何、奴は腕のいいライダーを狙って、レース中に介入してくる。ならば、私達がレースに参加して一位を持っていくのが一番確実で手っ取り早い。ついでに犠牲者も防げて一石二鳥だ。いい考えだろう?」
唖然とする僕に、葵さんは心底自分の正しさを疑っていない笑顔でにっこりと笑いかける。
ええと……つまり、レース? 僕が? 葵さんの後ろをついていくので精一杯の腕前で、この山道っぽい急勾配を? バイクで?
「あ、あわわわわ……」
「ほら、エントリーするぞ。ついてこい。ぼさっとしてないで、早く」
い、嫌だあーー! 事故る! 死んじゃう! 僕まだ死にたくないよぉーーーー!!
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