「今回の議決は…」
カンカン、と、ガベルの音が議場に木霊する。
それまで騒然としていた評議会は、ガベルの音を境に沈黙する。
賛成:321票
反対:13票
「…依って旧衛隊に対する武力行使、並びに統一治安機構の動員に対し…
我々評議会は首肯すると決定する」
セイアの発言の後、議場から拍手が巻き起こるが、一部は不服と言わんばかりに議会で抗議を始める。
「ふざけるな!」
「同胞に銃を向けるというのか!?」
元パテル分派の生徒だ。旧衛隊には参加していないものの、旧衛隊に対する武力行使に何度も口を挟んで妨げてきた存在でもある。
それに応じて、反対票を投じた議員からワーワーと野次が上がる。
「そうだそうだ!」
「見捨てるな!」
しかしそんな野次も圧倒的多数の賛同者を前には衆寡不敵、ノイジーマイノリティの彼女らはすぐに衛視に取り押さえられ、銃で脅されながら議場を後にした。
「ふぅ…」
議長を務めていた百合園セイアは、自身の寝室に戻る。
どっと疲れがやってくる。エデン条約の時より体調は幾分もマシになったが、それでもティーパーティーのホストを務めていた以上それを引き継いだアスガルドでも議長などの重役を担ったりする場面は決して少なくなく、過度なプレッシャーが祟って体調を崩して吐いたり寝込んだりする事もあった。
「(今日は幾分もマシだな…)」
そんな事を思いながら、彼女は瞼を閉じ、深淵に意識を委ねた…
by夢の中
「……ふふっ、本当にすごいよ、君は。私がこう、手も足も出せない連中を鶴の一声でまとめるとはね…そしてアスガルドという、エデンよりはるかに未来ある礎……本当に、尊敬するよ」
嘗てのトリニティを一望出来るテラス、そこは百合園セイアの夢の世界にある場所だった。クスリと笑いながら、机にあるティーカップを手に取り、ゆっくりと飲む。
「…ここともお別れか……長いような、短かったような」
そんな思い出に浸っていた…その刹那。
……世界にノイズが走り出し、セイアの周りにあったものが崩れ始める。ただ崩れるのではなく、テーブルや茶菓子、風景やそれらが粉のように分解され、虚空に散っていくように。
っ!?
椅子が崩れ、セイアは尻餅をつき、腰を痛める……そしてすぐさま自分の周りを見渡す──どこを見ても真っ暗で、何も見えない……風のような感触が頬を走る以外は、何も感じない。自分の身体の重ささえもだ。幽霊になったような感覚だ。
突然の出来事に驚きと困惑を募らせている最中……突然、セイアの身体から霞がたなびき始める。こんな現象、初めてだった。霞によって真っ黒だった視界は今度は白く染まっていく。
そして白く染まった視界に今度は色がつき始める。
(これは…紅葉…?)
真っ白な地面には紅葉の葉が積もり、真っ白だった視界には銀杏の葉や紅葉の葉が舞い始める。色鮮やかなくれないの紅葉の風景に、どこか懐かしさを覚える。
(…気分が…良いな…暖かい…)
まるで秋のような気分の良い感覚に、彼女は良い気分になる。彼女は立ち上がる。頭のみならず全身が暖かい、そんな感覚に身を委ねて気持ち良くなっていたその時、ある足音と…声が聞こえてきた。足音的には人間──しかし
「っ……!?」
その気配と声は、おおよそ人間のそれでは無かった。
どこか妖しさを感じる空気、芯があるが柔らかい声、感性に直接干渉してくるような気配……声は男だが、気配だけで考えれば男とも女とも取れる、そんな声だ。
「初めまして……」???
(誰だ…この男!?いや、そもそも人間か?リリアじゃない?こいつは?)
「そう怖がらなくてもいい……私は君に…話がある─それだけだ」???
(……体が、震えている……どうなっている……!)
「さあ──その顔、見せておくれ」???
セイアの背後に…その声の主は現れた──顔を見せずとも無駄だ、そう思いセイアは、勇気を出し、振り返る。その時だった。
「初めまして、私は…譯コ舌菴ソ縺」
振り返ってみると、そこにあったのは……紺色の袴に身を包み、自分と同じように狐の耳と人の耳を有し、黄色い目と髪、そして
「…?君は何を言っているんだ?」
彼女は困惑する。彼の名前だけ聞き取れなかった。ただ発音が悪かった訳でもない。まるでその言葉にノイズがかかったようだ。他の言葉は聞き取れたにも関わらず、彼の名前(と思われる)部分だけ綺麗さっぱり聞き取れなかった。
「…おや?もう一度自己紹介が必要かな?私は譯コ舌菴ソ縺。君が先生と呼び慕う男、紅咲カヲル…
…彼の父親さ」
(ち…父親…?彼の…?いや、それよりも!)
「すまないね。耳が遠いのかもしれない。君の名前だけ聞き取れないんだ。」
彼女は口にする。表面上はカヲルの父を自称するその男に対し強気に当たっているが、実際は未知と対面している恐怖で気が狂いそうなのを堪えているだけだ。
すると父親を自称する男は口にする。
「すまないね。
男の笑顔は、秋特有の太陽の光と相まって眩しい。しかしそれ以上に妖艶で、どこか惹き込まれる所がある。そして
(人の言葉…?奴は人間ではないと?)
「人の言葉で表すなら………ミツネ……とでも言った方が良いのかもしれない。さて、このままではろくに会話もできないだろう……お茶は…好きかな?」
相手が困惑しているにも関わらず、それを気にも止めずに話を続ける彼の名は譯コ舌菴ソ縺、人間語で言うなればミツネ…人ではないと自らを暗喩するそんな存在がセイアの夢の中に干渉し、会話を持ちかけてきた。
突然現れたミツネは机と椅子を取り出し、セイアをそこに座らせると…自分も座り、湯呑みに注いだ抹茶をセイアに差し出した。
「紅葉の場に机と椅子…見合わないな…」
「君が先刻使っていたものだ。無理なら変えられるが」
「いや、君に兎や角言う筋合いはない。出してくれただけ感謝するよ。ただ…」
秋特有の良い匂いと抹茶の匂いが混ざり、どことなく良い匂いになる。しかし、それ以上に彼女には気になることがあった。
「………何故、私の夢に?」
彼女の頭の中に疑問が残り続ける。
「私は……人間ではないのでね、……他者の夢にこうして干渉する事が出来るんだ。」
「人間ではない…?」
「…ん?―ああそうか、君達の世界には居ないんだったな……
「なんの話をしているんだ!?それに、人間以外の知的生命とは一体どういうことだ……――貴様は、本当に、何が目的で!」
「君は好奇心が旺盛だね……セイア。…幼い時の息子にそっくりだ」
「私の名まで…」
「ゆっくりと、わかりやすく説明しよう……まずは、私の住む世界についてだ」
ミツネは一つ一つ丁寧に、自分の世界について説明を行っていった。(詠唱開始)
遥か昔、人々は
そして様々な「世界」のうち一つ、『
「…つまり、青丘の化け狐の君は、他者の精神に入り込む事が出来るという訳か?」
「まあ、そういったところだ。では何故、私の住む青丘とは全く別の世界の存在である君に干渉できたのか……気になるだろう?」
「……ああ」
「答えは少し複雑、人の繋がりだ」
「つ…繋がり?」
「ああ………私が君まで干渉できたのは…ここ、キヴォトスと深くつながりのある―ある存在が、関係している」
「…それは?」
「……言うなれば、雷帝だ」
その瞬間、彼女の背筋が凍りつく。
嘗てゲヘナを鉄拳の恐怖で支配した暴君であり策略家であり発明家であり政治家。
「私は
「…恐ろしいな」
「私はそうして、
彼女はこんな傍迷惑な事をしてまで、コイツが何をしたいのか、と思い、気になって彼に訊く。
「なあ…ミツネ」
「?…どうした、セイア」
するとミツネは何かを思い出したような顔をする。
「そうだった。肝心な事を忘れていた」
そう口にして紅茶を飲みながら、彼は席を立つ。そして、彼女に近づく。
「報告がある。」
「ほ…報告?一体何が」
「…接触した。」
彼女の頭の中に?が点滅する。
「君は何を…」
その瞬間、彼女は背筋が凍るような感触を味わう。
(色彩!?早く先生を…)
精神空間からなんとかして抜け出そうと右往左往しているセイアを諫めながら、ミツネは言葉を続ける。
「ただ、息子が接触したのは幸いにも
ミツネがそこまで口にしたところで、セイアは何も言えなくなってしまう。
「神秘が色彩に接触すれば
そしてこれだけ、これだけで良い、これだけは
「…何を伝えたら良いんだ?ミツネ?」
「…昔から彼は感情が激しくてね。よく半殺しにされたものだよ。だからこそ、『踏み留まれ』、これを伝えてくれ」
「ああ、約束するよ」
セイアがそう口にした途端、風が轟々と吹き出し、そしてただでさえ眩しかった太陽の光がどんどん強くなる……
そうしてセイアは…長い、長すぎる夢から…覚めるのであった