議決から三日後、執務室にて。
「…ああ畜生」
彼は仕事に励んでいた。
しかしここ最近と言うもの、旧衛隊の被害把握やらなんやらで外で仕事をする機会も多くなっており、正直一日中執務室で仕事に励めるだけかなり良心的な部類とも思えるぐらいほどの仕事量にまで膨れ上がっていた。
「まだ
「はい…旧衛隊の所業も所業なので、弔いと言わんばかりに最大火力で殴り込もうと言う意見が大多数を占めており…」
「まさかとは言わんが命令無視で本部凸ってる野郎はいねぇよな?」
「今の所訓練場から脱走した生徒はいませんが…」
「いないなら良いって問題じゃねぇ、質と統制は作戦の成功失敗に直結する。昨日も言った通り、上が蚤取り眼ばっかしてたところでそれが効くとは限らねぇ、作戦当日まで変な行動を起こさないようコントロールするように」
「はっ、はい!」
彼は連絡を切る。先日深夜の激情化に加え、ただでさえ多い仕事量に彼の苛々は蓄積し、正直もう一度激情化しても*1おかしくないぐらいには荒立っていた。
「あ〜畜生どいつもこいつも足手纏いになりやがってあいつらは本当に旧衛隊を討つ気があるのかよもう本当に…」
増える仕事、発散出来ないキチゲ…彼は疲れを少しでも癒す為に仮眠を取ろうとベットに潜り込む……そんな時、扉を誰かがノックするのが聞こえた。
「…ん?どうぞ」
たまにくる侍従かと思い、開けるように指示した。しかし来客は彼の予想とは異なる生徒だった。
「失礼します…先生。」
「スズミ?どうしてこんなところに…それに顔、真っ青だぞ?」
カヲルの元に現れたのは、トリニティ自警団の生徒、守月スズミ。しかしその顔は青く、具合も悪そうだ。
「先生……お仕事は……いえ、聞くまでも…ありませんね」
「俺は心配ない……スズミ、どうした?具合悪いのか?」
「……先生が旧衛隊の件で迷っていると聞いて…」
「わざわざありがとうな、こんな時間にこんなところまで来てくれて」
「……はい、こちらこそ…──先生、その目は?」
「目?」
「はい、目です。分からないなら、私が手鏡貸しましょうか?」
「ああ、感謝する」
スズミから借りた手鏡で自分の目を見つめる…
先日の激情化の残り香だろうか、右目の瞳孔は暗い赤色に染まり、左目の瞳孔も元の黒目にノイズが走ったような状態になり、少しづつではあるがこちらも暗い赤色に染まりつつある。
「まあ、ほっとけば治るだろうし、治らなきゃ保健局の世話になれば良い。そう、生徒が案ずる事じゃないさ」
「……………」
しかしスズミは黙りながらカヲルに近づく、近づいていくたびに、カヲルが変わってるのか見えてしまい、顔を顰める。
「あの…?」
「…………先生。噂、聞きましたよ」
「……え?」
「自分の頭を何度も銃で撃った……そして以前の先生と、大きく変わってしまったこと」
「スズミ?なんで急にそんなことを」
「先生はいつも通り、いつも通りで良いんです…シャーレやアスガルドの執務室で仕事をして、時たまミレニアムの生徒さんと一緒にゲームをしていてください………」
「スズミ、やっぱお前今日様子が変だぞ。一度落ち着いて…?」
スズミは詰まっていたものを吐き出したかのような、そんな表情と声でカヲルに自分の想いを伝える、それは常々スズミがカヲルに対して思っていたこと。
「私が、先生の変化に気づけなかった、放置したから……こんな、ことに……」
「……スズミ、そうじゃない。ここまでになったのは俺の」
「先生のせいではありません……私が先生に、頼りすぎていたのが原因なんです」
「…」
「………先生がここに来る少し前、連邦生徒会長が突如いなくなった時……私達トリニティ自警団は大忙しでした」
神隠しに遭ったかのように言伝も残さず突然いなくなった
もしそうだとしても日々増え続ける依頼に各生徒からの様々な要望や提案、その他諸々が団長としての矜持と周囲の期待と雁字搦めになりスズミを精神的に追い詰めていっていた……そんな状況に、カヲルが現れた。
「先生が赴任してから、トリニティの治安は格段に改善されました……自治区を我が物顔で闊歩していた不良やヘルメット団を先生が粗方片づけてくれたおかげで私達の負担も、大きく減りました──だからこそ、頼ってしまった……いえ、頼りきってしまったと言った方が良いでしょう」
「………」
カヲルの脳裏で、同じく自身に
「先生は強いのだから任せても平気だ、どんな事件も解決する、先生という役職に就いたのだから頑張ってもらうのは当たり前…………なんて、考えを……私は持ってしまっていたのです」
「…それは仕方ないっつーか、そこまで気にしなくても」
「その結果が今この状況なのです…!──私は先生に全てを背負わせた、私が、ただの……ただの異世界から来た人間に、全てを!──私が貴方をそこまで、追い詰めたのです!」
スズミはカヲルに頼り切りになっていたことに対してひどく後悔をしていた、カヲルがあまりにも強すぎるので、その力を依存してしまっていた…そしていつしかカヲルが先生であることしか頭に無く、カヲルが自分と同じ人間であることを忘れていた……それを、スズミは後悔していた。
「…
「……」
「そんな、そんな状況にしてしまったのも、私が、私が…!!」
「それは違う。今回の件は、俺の失態のせいだ」
「貴方をそうさせた原因は私でもあるのです………だから、だから先生…お願いです……どうか、どうかもう…旧衛隊との戦いからも…手も引いてください……──」
尊敬していた連邦生徒会長が突然失踪した、あの日古聖堂で尊敬していた先生が炎に巻かれた、そして先日、先生が自傷に手を伸ばした(と言う噂)……その事実は、スズミの心に到底癒えない傷を残していた。自分を生徒だと、友達だと言ってくれたカヲルという
「だから、だから先生……どうか、どうか…!」
「──すまないがスズミ、こればかりは手を引けない」
「…弔いのためですか?」
「ああ」
「弔い……なら──ならば、何故!!大人しく墓地に行って花を手向けるぐらい出来ないんですか!!」
「俺は死んでない、というか、半分
「っ…そうならば、先生は…!」
「死ねない俺なら犠牲になってもいい……なんて思ってたのは大昔だ」
「………少し前まで…は?」
「ああ──
俺は元の世界で、勇敢に死ぬのが一番名誉あると…耳に胼胝が出来るほど言われたからな。…だから、前にここに来た時はもうそりゃ分からない、どれが本当の
「貴方は…」
「ああ、俺はこの世界で
俺は他の人達とは違う、生徒達と同じ視点に立っている人間としての先生……それでやっていくってことにした」
「同じ……視野」
「頼れる存在は大人──って勝手に考え違えてたみたいでな…生徒達が俺を頼ってきてくれたのは俺が先生だからじゃない……俺が生徒を頼っていた上、生徒にとって頼れる友人だったから、頼ってきてくれていた……そんな大事なことを、俺は見落としていた」
「…せ……先生?」
カヲルは明るく、元気に……いつものような顔と態度で、改めて誓った。その時のカヲルは先生では無く、一人の人間として誓っていた。
「
そんないつもの感じのカヲルにスズミは安堵し、笑みと涙をこぼす。
「…先生、どうか、これで終わりにして下さい……どうか、お願いします」
「ああ、了解」
………自分らしく彼は、何がなんでもみんなを助ける──そう誓ったのであった。