「…生。先生?居ませんか?先生?
仕事を片付け、仮眠室でうたた寝をしていた頃。
彼は妙な声を耳にし、重い身を起こす。
そして布団から立ち、背中を掻きながら眠い目を擦りメガネに手を伸ばす。
(こんな時間に誰だろう…)
時計は昼過ぎ、彼の生活リズムが仕事のせいで破綻しているだけで生徒達は今頃カフェテリアで食事でも摂っているか、休憩でもしている時間。
そんな大切な時間にわざわざ己の元を尋ねるとは…そんな事を思いながら、彼は声のする方に向かった。
ドアノブに手を伸ばし、ドアをゆっくりと開けると…
「あの…その…は、初めまして、せ、先生…」
………ん?
見慣れない子だった。
アスガルドの生徒ならば、多くが制服であるセーラー服かブレザーを纏っているが、この生徒は違った。
カーキ色のTシャツ?に黄色のリボンとミニスカート、若干油臭い(失礼)コートに黄色の腕章、黒い大きなバッグ、ベレー帽…うちの学校の制服とは違った。
「…ハイランダー?」
「えっ…?あっ…はい…」
アスガルドとハイランダーは何かと関わりがある。旧ゲヘナ自治区域の線路や路線の復旧の為に彼はハイランダーから生徒を呼び寄せ、復旧や新線の建設、その他整備に充てていた。実際その伝手で何人かの生徒がハイランダーからアスガルドへ留学しており、アスガルド学園内の交通網整備なども行なっていた。そんなうちの生徒の一人が、自分に用があるのか。そんな事を思い、彼は棚に置いてあった名簿を開く。
「え〜と赴任生赴任生…」
生徒の顔、名前、学年、その他所属などが羅列された紙の束の中から彼女の顔と同じ顔の生徒を探す…
「…初めましてだな、アオバ。」
「あっ…はい…その…よろしくお願いします…」
「今日はどんな用事で来たんだ?」
カヲルはコップに麦茶を注ぎ、彼女に訊く。
「えっと…その…」
しかし声は終始震えており、何か辛い事でもあったのだろうか、と心配になる。
「…大丈夫か?アオバ?」
アオバの目から、一筋の涙が流れ、震えていた口の震えがおさまったその時だった。
「…私…ハイランダーを、辞めたいんです」
「辞めたい?」
カヲルは、予想外の展開に困惑する。てっきり友人関係の云々や体調、その他同性や他人にはあまり打ち明けにくい話題を口にするかと思いきや、斜め45度どころか背後から槍で突かれる形となり、彼は困惑する。
「…何か嫌な事でもあったんか?」
「はい…」
それから彼女が零れるように口にした彼女の居場所、貨物輸送管理部の有様は、控えめに言ってブラックそのものだった。
消耗品の自己負担、裏紙使用奨励、食事の不自由、過剰な上下関係、パワハラ、モラハラの数多…正直言って高校生のそれが過ごすそれでも、なんなら大の大人でも尻尾を巻いて逃げ出すそれだ。
「…辛かったんだな」
今日ばかりは、今ばかりは、シャーレの先生でも、アスガルドの学長でもなく、ただ心身共に疲れ切った彼女を慰める、そして寄り添う一人の大人であり人間だ。
「…それで話を戻すが」
「はい?」
「アオバはこれからハイランダーを辞めるとは言えど、それからどうするんだ?」
「もうこのまま、アスガルドに入っちゃおうかなって」
アオバは少し俯いているが、同時に覚悟を決めている顔だ。
「もう上層部に話はつけているので、あとは先生が人材局と法務局に働きかけてくれたら…」
「そうか、よくここまで頑張ったな」
そう言い、彼は大きな手で、帽子を外した彼女の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「へへ…」
困惑と安堵、喜びが混ざったような笑顔を露わにするアオバ。生徒のある種の成長を目にすることが出来て内面嬉しいカヲル。
「んじゃあ改めて、ようこそ、アオバ」