8月31日早朝。
「ほい、二日遅れだけど9歳の誕生日おめでとう。万年筆はシキミからだ」
「サンキュー」
ダイアがホウセンに何気なく渡した誕生日プレゼントの上質なメモ帳と万年筆。
「は?」
それがカトレアの逆鱗に触れた。
「うごぉぉぉ!?」
カトレア、怒りのヘッドロック。ホウセンには効果は抜群だ。
「な・ん・で、教えてくれなかったのかしら?」
言い訳を述べよと言われていることは有り余る力で嫌でも察せられた。腕の力が少々弱められたことによって喋る余裕は十分にできたが、この拘束からは逃れられない。ダイアはすでに部屋をあとにしていた。
「だって一昨日は"、修行期間だった"ろ"! お"ま"えの負担に"なるこ"とはした"く"なか"ったんだ!」
「優しいのね。アタクシに誕生日を祝われるよりもアタクシが勝つことを優先してくれたことは評価するわ。・・・・・・けれど」
「あがぁ"ぁぁ!」
カトレアの力がさらに強められる。
「アナタはアタクシのサポーターではなく、旅のパートナーよ。・・・・・・パートナーの誕生日ぐらい祝わせてよ」
カトレアは軽く抱き締めているつもりだった。しかし、超能力がオフになっておらず、ホウセンの首は絞められっぱなしだった。
———
その後、必死のタップにより、どうにか力強いヘッドロックから解放されたホウセンだった。
「ふぅ、死ぬかと思った」
「・・・・・・ごめんなさい」
「いいって。カトレアにとってそれだけ大事なことだったんだろ? むしろ嬉しかったよ」
爽やかに笑う彼に赤くなる頬を抑えられないカトレアであった。
「青春ですね〜」
「「っ!?」」
その存在はいつのまにかそこにいた。微笑ましいものを見るような顔をしながらスラスラとメモ帳に万年筆を走らせる姿はデバガメそのもの。
「お袋!?」
「シキミさん!?」
ここはホウセンの部屋だ。扉が開く音一つせずに入ってきた異常マフラーお化けにホウセンが「また変なこと書かれるんじゃないか」と顔を青ざめさせた。
「はい♪シキミです」
パタンとメモ帳を閉じて、しゃがんだ体勢から一気に伸びをした彼女はニヤニヤと笑みを浮かべて唇を動かす。
「まずはカトレアさん。ジムの制覇おめでとうございます。ホウセンくんはその代償をもらったみたいですが、おもしろかったので許します♪」
「あぐっ!」
カトレアの心に手痛いダメージ。
「そしてホウセンくん。誕生日を祝いたいという乙女心を無視した采配お見事でした♪」
「がはっ!」
ホウセンの心に手痛いダメージ。
二人に反省を促すことも兼ねてしっかりと精神的なダメージを与えたシキミは「それと」と言葉を区切る。
ゾッと明らかに雰囲気が変わったシキミに、二人が身構える。
「ホウセンくん・・・・・・カトレアさんのイッシュリーグが本格的に始まる前に、ダイアくんとの約束を果たしましょう」
「!」
ホウセンの脳裏にセッカの湿原の会話が思い起こされる。
『旅に出る前にシキミと一度バトルしろ。一応断っておくが、俺に勝ってからな。・・・・・・そして、シキミに勝っても負けても旅に出ろ』
それは四天王としてのシキミが放つ圧だった。底知れないなにかを感じるホウセンは好戦的な笑みを浮かべて右手を差し出した。
「了解だ。俺からの挑戦、受けてくれるか? 四天王シキミ」
「フフ、承りました。アタシの全力で以て、アナタの牙を砕きます」
カトレアがその光景を息を呑んで見届けた。
———
指定された時間は15時。朝のうちにポケモンセンターでバッジの登録を済ませたカトレアは少々緊張感を宿らせた面持ちでホウセンに問う。
「どうするの?」
場所はいつもの浜辺。ゾロアを肩に乗せたホウセンは鍛錬に勤しむ手持ちポケモンたちから視線を外さず端的に答える。
「俺のポケモンたちが出せる最大値を出すしかない」
その表情には気負いよりもワクワクの側面が強く表れていた。
「最大値って・・・・・・アナタね、シキミさんはゴーストポケモン使い。妨害ワザには事欠かない相手よ」
「だな」
ヒヒダルマの中距離『ほのおのパンチ』。シュバルゴは『メタルバースト』で腕にエネルギーを吸収した。
「下手したら全員『ちょうはつ』を使わざるを得ない展開になってもおかしくないわ」
イダイトウの『ゴーストダイブ』。ギガイアスは『じゅうりょく』で躱した。
「それなんだが・・・・・・今回俺は『ちょうはつ』を使わない」
アギルダーの『いばる』。シュバルゴが混乱した。
「はい? なんのつもりホウセン」
シュバルゴが『メタルバースト』で混乱状態を吸収した。
「俺は確かに親父のギギギアルを倒す際に『ちょうはつ』を使った。だがあのときはなによりも勝ちたかったからだ。ドラマティックなバトルを信条とする俺のスタイルじゃない」
シュバルゴの『メガホーン』。アギルダーの『さきどり』・・・・・・エネルギーを奪い切れなかった。
「・・・・・・もしかして、アタクシが使わせた? アタクシのせいで」
ギガイアスの『メテオビーム』。シュバルゴの『メガホーン』・・・・・・アギルダーにはどちらも当たらなかった。
「それは違う。俺は“カトレアのおかげ”で誰よりも勝ちたいという心を持って親父に挑んだ。俺が親父に勝てなかったのはそういう精神論で遅れをとっていたからだと今ならわかる。だからおまえが俺に引け目を感じる必要はないし、俺の流儀に付き合う必要もない」
イダイトウの『ウェーブタックル』。ギガイアスは『じゅうりょく』で重量を増してその攻撃を受け止めた。
「俺はなカトレア・・・・・・おまえのバトルが見れなくなることがなによりも怖い」
ギガイアスの『ソーラービーム』。『ゴーストダイブ』を使ったイダイトウには当たらなかった。
「ええ。アタクシも同じ」
イダイトウの『ゴーストダイブ』。ヒヒダルマは巴投げで受け流した。
「・・・・・・今回の機会は貴重だと思う。勝っても勝たなくてもいい勝負。それはどんなバトルよりも自由にできるという意味でもある」
ギガイアスの『ソーラービーム』。アギルダーの『アシッドボム』。シュバルゴの『アイアンヘッド』・・・・・・イダイトウの『みがわり』は役目を終えた。
「そういうこと。ウフフ。アナタのドラマティックなバトルを伸ばす貴重な機会ね」
イダイトウの『ゴーストダイブ』。シュバルゴは『メタルバースト』と『ファストガード』の脊髄反射で受け止めた。
「そうだな。本気で遊んでくる」
ホウセンは踊る胸を抑えるのに必死だった。
———
15時。ポケモンセンターで回復を済ませたホウセンが、ゾロアを肩に担いで浜辺のバトルコートに踏み込む。
「待っていましたよ」
「こっちのセリフだお袋」
「ゾロッ」
トレーナーゾーンのなかに入った両者は好戦的な笑みを浮かべた。
「シキミのヤツ、テンション上がってんな」
「それはホウセンくんも同じですね。アタクシの余計な忠告を無視したぐらいですから、退屈なバトルをすれば許さないわ」
途中で敬語が外れたカトレアに、ダイアは苦笑いを浮かべながら審判の位置に立つ。
「これより四天王シキミとホウセンのバトルをはじめる。ルールは6vs6のフルバトル。両者自由に交代して良し。では、両者ポケモンを!」
「鮮烈な序章を紡ぎましょう、ブルンゲル!」
「ブルゥ」
「はじめからクライマックスでいくぜ、ギガイアス!」
「ガイア!」キラン⭐︎
———
『なあシキミ』
『? どうしたんですかダイアくん』
シキミは神妙な顔で尋ねてきたダイアに向き直る。彼女は新しい小説を書いている最中だった。
『忙しいことはわかってる。だが———』
『———やってほしいことがあるんですね?』
言葉を遮って答えを急かした。
『旅に出る前にホウセンとバトルをしてほしい』
シキミは呆気にとられた。てっきり、その深刻な表情から逆算して借金でもしたのかと邪推したが、そうでないことにシキミは安心して答えた。
『お安い御用ですよ! もうそんなに深刻な顔するからなにかあったのかとドキドキしましたよ』
『・・・・・・本気でだ』
デスクチェアに向き直って万年筆を手に取ったシキミはダイアの言葉に固まった。
『それ・・・・・・冗談じゃないですよね?』
再び振り返ったシキミの前には真剣な面持ちをそのままにしたダイアが頷いていた。
『う〜ん、わかりました。ただ、心折られることがあったらダイアくんが励ましてあげてくださいね』
『その必要はねえよ。アイツは俺とのバトルで日に日に成長している。トレーナーとしても、人間としても』
———
(ダイアくんは高い見識を持っている。それは一緒に旅をしていたアタシが一番よくわかっている。でも、果たして、ホウセンくんが本気のアタシの域に達しているかは疑問です)
シキミは強者として至極当然な思いを浮かべた。
(技量どうこうではなく、レベルが違う。それをひっくり返すなにかがあるとダイアくんは思った。それならアタシはただその推測を信じましょう)
それでいながら謙虚に、夫とともに積み上げたバトルをするだけだと、開いたメモ帳に万年筆を添えて気を引き締める。
「先攻はホウセン。バトル開始!」
ダイアが右手を振り下ろした。
「『メテオビーム』!」
(いきなりチャージありの大ワザ?)
ギガイアスの『メテオビーム』!
「は?」
それはシキミの想定していたセオリーから大きく外れていた。普通チャージしなければならない大ワザがチャージ無しで飛んできた。
「っ、『まもる』!」
ブルンゲルは『メテオビーム』を防いだ。
シキミが早くもワザを使わされる。
「おいおい・・・・・・ただのノータイム『メテオビーム』になに驚いてんだお袋?」
(ウソでしょ!? なにそれホウセンくん! 君はアルセウスが定めた常識を逸脱したの!?)
戦慄。それ以外の一切が排除された感情のなかでシキミは無意識に目の前に起こった現実をメモ帳に記す。
「・・・・・・まだ含み笑いを浮かべるのは早いよホウセンくん」
「ブルッ!」
すぐさま思考を切り替えた。目の前に悠然と立つトレーナーは自身が知らない世界観を生きるトレーナーだ。
「『しおふき』!」
ブルンゲルの『しおふき』。ブルンゲルから発せられた莫大な水量が雨となってギガイアスに襲いかかる。
「『すなおこし』」
ギガイアスの特殊攻撃力アップはなにもワザだけに作用するわけじゃない。ギガイアスが特性『すなおこし』を特殊攻撃と定義することで、ギガイアスが巻き起こす砂粒の一つ一つが強大な火力を宿す。
『しおふき』は『すなおこし』に相殺された!
「なにそれ!?」
動揺するシキミの筆が止まらない。その間にホウセンは人差し指を真っ直ぐに突き立てた。
「『ソーラービーム』!」
「『ハイドロポンプ』!」
(レベルでは負けてない。『メテオビーム』一回分であれば、まだ火力はブルンゲルの方がう———)
『ソーラービーム』は『ハイドロポンプ』を突っ切った。
「ブルゥッ!?」
ブルンゲルには効果は抜群だ。
ギガイアスは一度の『メテオビーム』で六回分のステータス上昇が得られる。
「———やっばい! ・・・・・・けど」
ブルンゲルの『のろわれボディ』。ギガイアスは『ソーラービーム』を封じられた。
「今度はこっちの番です! 『ハイドロポンプ』!」
「ブゥッル!」
シキミが好戦的な笑みを浮かべて指示を出す。ブルンゲルから有り余る水量が放たれる。
「『じゅうりょく』」
ブルンゲルがギガイアスの発する『じゅうりょく』に地面に磔にされた。
「チェック。『メテオビーム』!」
「っ! ブルンゲル!」
「ガィアァァァ!」
「ブルゥッ!?」
ブルンゲルの急所に当たった。ブルンゲルは倒れた。
「ナイスギガイアス!」
「・・・・・・」
返答がない。
「・・・・・・がいあ」
「? あっ!」
ホウセンはすぐにその答えに辿り着いた。
「ブルンゲル、ギガイアスともに戦闘不能!」
ダイアのコールにカトレアが苦々しい顔を作った。
「・・・・・・『みちづれ』ね」
まだ勝負ははじまったばかり。
———
「悪いギガイアス。テンション上がりすぎた」
「ありがとうブルンゲル」
ホウセンとシキミがポケモンたちをボールに戻す。
「油断しすぎよ」
「わかってる。次はミスしない! ゾロア、おまえもしっかり頭に入れておけ」
「ゾロッ」
カトレアの一言を返しながら、ホウセンは誕生日プレゼントにもらったメモ帳にサッと万年筆を走らせてゾロアを撫でた。
(やんばいっ)
一方シキミは語彙力が死んでいた。まだ一体目なのにホウセンが相棒のポケモンを投げてきたこともそうだが、ギガイアスが放つ圧倒的な特殊攻撃力の暴力とノータイムチャージワザに動揺されっぱなしだった。
スラスラと走る筆が抑えられない。ホウセンと同じく、今起きたことの対処法を大急ぎでメモ帳に記す。
「両者、次のポケモンを」
ダイアの言葉に急かされて、シキミとホウセンがボールホルダーに手をかける。
「デスカーン!」
「カッカ!」
「いくぞヒヒダルマ!」
「ダマ」
二体のポケモンがフィールドに降り立つ。
「知ってるかお袋」
「?」
ふとホウセンが語りかける。
「ヒヒダルマの『ダルマモード』に『ミイラ』は作用しない」
ビキッとシキミのこめかみに皺が寄った。
「ご高説感謝するよホウセンくん」
その声音は内容に反しておどろおどろしいものを含んでいた。それに震えたのはダイアだった。
「い、いくぞ? バトル開始!」
———
(なんのつもりで情報を渡したかはわからないけど、絶対泣かす!)
彼女は母親である前に一人のトレーナーだった。
「『つららおとし』!」
「ダマァ!」
先攻はホウセン。ヒヒダルマが生成した氷柱がデスカーンの頭上に降り落ちる。
「『シャドーボール』!」
「カッ!」
デスカーンの四本腕『シャドーボール』。
棺桶の身体から飛び出す四本腕それぞれから『シャドーボール』を放ち、『つららおとし』を完璧に迎撃した。
「なるほど」
まあそれぐらいはなと言わんばかりの態度にシキミのボルテージが上がる。
「『サイコキネシス』!」
「目眩しだ」
デスカーンの目が光ると同時にヒヒダルマがちゃぶ台を返すように砂浜を巻き上げた。フィールドが簡易的な砂嵐に見舞われる。
「『ゴーストダイブ』」
シキミはわざと聞こえるように指示を出した。ホウセンの動揺を誘う一手。『ゴーストダイブ』は『まもる』などの攻撃を防ぐワザを擦り抜けて攻撃してくる防げない攻撃。
「冷静に対処するぞ」
「ダマ」
ここに来てホウセンはクールだった。簡易的な砂嵐がそろそろ晴れ始める。
「デスカーン、目にもの見せてあげましょう! 『ボディプレス』!」
ヒヒダルマの背後の空間からデスカーンの腕が現れる。
「後ろだ!」
「遅いよ!」
ヒヒダルマがその腕をとり、技をかけようとした瞬間、新たな腕が現れてヒヒダルマの両腕と左足を掴んで拘束した。
「いっけええええ!」
「カカァァァ!」
デスカーンの『ボディプレス』!
真正面に出現したデスカーンがその棺桶の身体で押し潰さんとヒヒダルマにのしかかる。
「『とんぼがえり』」
「ダマ!」
プレスやのしかかりとは地面に挟まれてはじめて効果的なダメージを生み出す。
「カッ!?」
ヒヒダルマの『とんぼがえり』左足上段蹴り。ヒヒダルマはボールに戻った。
「なん———!?」
ゆえに潰される前に『とんぼがえり』の戻る強制力を活かしてヒヒダルマを撤退させる。デスカーンは顔面に蹴りを喰らった衝撃に押されて拘束が緩んでいたため容易だった。
「グレートだヒヒダルマ」
「・・・・・・やられた」
シキミはここで自身が挑発に乗せられたことを察した。
(『ダルマモード』に『ミイラ』が作用しないことを伝えて、『つららおとし』でアタシにとって理想的な遠距離戦を演じる。そのうえで、『ゴーストダイブ』を扱う決定機を生み出し、近距離ワザを使わせる・・・・・・この一連の流れ全てホウセンくんの手のひらのうえ)
一流トレーナーの試合運びを見せられたような気分を味わったシキミは思わず笑う。
「ホウセンくん・・・・・・君は小説家に向いてるよ」
「本職から言われると説得力凄えな」
興味無さそうにそう溢したホウセンはゾロアを撫でて、次の一手を打つ。
「戻れゾロア」
「ゾロ(了解だぜブラザー。作戦開始だ)」
それはゾロアの『イリュージョン』を活かした幻惑戦術。
(うっわぁ、それすごい困る)
困惑するシキミに、ホウセンは一度ボールホルダーを弄る仕草をしてボールを投げる。
「いくぞアギルダー!」
「アギ」
(このアギルダーは本物なの?)
・『シャドーボール』
・『サイコキネシス』
・『ゴーストダイブ』
・『ボディプレス』
デスカーンのワザは『サイコキネシス』を除いてどれもがヒスイ地方のゾロアには通用しない。シキミは、憧れのポケモンであるがゆえにゾロアのタイプを知っていた。
ノーマル・ゴーストタイプ。その圧倒的な耐性を。
「戻ってデスカーン」
ここでシキミはデスカーンを引かざるを得なかった。
(頭冷やそう)
ふぅ、と深呼吸したシキミ。ダイアが自身を落ち着かせる彼女を肯定するように頷いた。審判役を務めながら彼は、思いっきりシキミ側だった。
「逃がして良かったのホウセン?」
「良かったよ。ゾロアはまだレベルが低い方ダカラナ〜」
カトレアも思いっきりホウセン側だった。二人して白々しい演技をしながらシキミの繰り出すポケモンを待った。
「・・・・・・ここに転機を齎して、ゴルーグ!」
「ルーグ」
砂浜に巨体が出現する。ゴルーグはヒヒダルマを彷彿とさせるボクシングの構えをとりながら軽くシャドーボクシングをする。
ブワッと風圧がホウセンとアギルダーに送られる。
「いいねえ。気合入ったゴルーグだ」
「アギ」
先攻はアギルダー。
「『みずしゅりけん』!」
「アギ!」
アギルダーの『みずしゅりけん』。水製の手裏剣がゴルーグに迫る。
(純正のアギルダーだったかぁ!)
シキミは驚きをそこそこに、ゴルーグに指示を出す。
「『かみなりパンチ』!」
「ルグッ・・・・・・ルーグ!」
ゴルーグの『シャドーパンチ』。繰り出した拳から霊体の拳が飛び出した。
ホウセンはゴルーグの行動を咄嗟にシキミのフェイクと結論づけた。なんらかの合図で違うワザを出すように促したのだと。
「『さきどり』!」
「アギ!」
アギルダーの『かみなりパンチ』!
「っ!?」
———
(なんで『かみなりパンチ』が!?)
今回の勝負ではじめての動揺がホウセンの身体を駆け巡る。
ゴルーグの『シャドーパンチ』は『みずしゅりけん』を破壊したがアギルダーには当たらなかった。アギルダーの『かみなりパンチ』はゴルーグに効果が無かった。
互いにノーダメージ。だが、『さきどり』という伏せ札を思わぬ形で透かされたホウセンの方が精神的ダメージがでかい。
(わかったぞ。連動させているんだ。『シャドーパンチ』と『かみなりパンチ』を一つの動作に落とし込んでいる)
だが、シキミの伏せ札は至極単純なそれだったために殊の外動揺が少なかった。
「どんどんいきますよ! 『かみなりパンチ』!」
「『アシッドボム』!」
ゴルーグの『シャドーかみなりパンチ』!
「アギ!」
アギルダーはそれを見切り、最適な高さの跳躍で躱して、口を窄める。
クイッ!
(曲がっ———!)
「アギャ!?」
アギルダーに『シャドーかみなりパンチ』が命中した。
ワザが曲がった景色は見えてはいたが、空中に跳んだことによってアギルダーは避ける術を無くした。
「・・・・・・アギッ!」
アギルダーの身体が痺れた。
代償はあまりに大きかった。
「次は迂闊に跳ぶな」
「アギ(わかってるよ)」
奇しくもドータクンのときと同じ、速く動けないバトルがアギルダーに強いられた。
「ゴルーグトドメいっくよ〜! 『かみなりパンチ』!」
シキミがハイテンションで指示を出す。同時にアギルダーの世界がゆっくりと進む。
「ルートは見えたな? 『とんぼがえり』!」
速く動けないアギルダーにホウセンはワザの強制力で強引に速さを生み出させる。
アギルダーの『とんぼがえり』。
すなわち、背後に『とんぼがえり』を撃つことによって、生じる後退する効果でゴルーグの懐に接近する。
「ルグッ!?」
「ちょっ!?」
『シャドーかみなりパンチ』の間を巧みに擦り抜けてゴルーグの胸に飛び込んだアギルダーは指示を待つことなくワザを繰り出す。
アギルダーの『ギガドレイン』!
「ルグァァァ!?」
「バカ!」
それはホウセンの想定する景色とは違った。ゴルーグの側を通り過ぎながら『ギガドレイン』を繰り出すヒットアンドアウェイ。しかし、アギルダーは麻痺状態の現状を鑑みて賭けに出た。
「アギャァ(このまま搾り尽くしてやんよ!)」
ゴルーグの攻撃力で倒される前にゴルーグを倒す賭けに。
「『ゴーストダイブ』!」
「ルーグッ!!」
ゴルーグがアギルダーを連れて異次元空間へ飛び込んだ。
「っ! アギルダー!」
勝負の行く末は異次元空間で、あまりにも短く行われた。
ゴルーグの『ゴーストダイブ』。その巨体が異次元空間から出現する。
「あ・・・・・・ぎ」
倒されたアギルダーを伴って。
「アギルダー戦闘不能!」
「・・・・・・このやろう」
ホウセンは自身が描く夢の浅さに歯噛みした。
———
(あっぶない! ほんと、ヒヤヒヤさせてくれますね。バトルのたびにダイアくんが疲れすぎてるとは思っていましたが)
悔しがるホウセンの前でシキミもまた冷や汗をかいていた。自然とダイアに視線を送った彼女にサムズアップが返される。
(それは疲れますよ。こんなバトル、チャンピオンリーグでも稀です)
「ふぅ。戻ってゴルーグ」
胸中で独りごちたシキミはモンスターボールを取り出してゴルーグを戻す。すぐさま別のモンスターボールを投げる。
「デスカーン!」
「カッカ」
「? ここでデスカーン?」
ホウセンは疑問に思いながらボールホルダーのモンスターボールをなぞる。
(もうゾロアのストレスは懲り懲りです。理想の対面はあげるので、その悪戯っ子を早く出しなさい!)
「へえ」
怒り心頭に発するオーラを感じたホウセンは挑戦的な笑みを浮かべてモンスターボールに手をかける。
「出て来いゾロア!」
「ゾロッ」
カトレアは思わず苦い顔をした。その顔にはなぜ隠さなかったのかと言葉より雄弁に語っていた。
「・・・・・・どうして『イリュージョン』を解いているんですか?」
対面するシキミはより一層不気味に感じていた。
「これは挑戦だ」
「ゾロ」
たった一言。それが妙にシキミの心を揺さぶった。なにを企んでいるかわからない。そのイメージはシキミの専売特許では無くなった。
(怖いですね)
反射的にそう思った。
「知ってるかお袋。ゾロアの『イリュージョン』はゾロアの進化系統のみ存在する特性だが、『ミイラ』の影響は受ける」
「!」
再び行われる情報の開示。もうシキミはその行為を舐めているとは思えなくなっていた。
「はじめよう」
「ゾロ」
「慎重に進めますよデスカーン」
「カッカ」
一世一代のイリュージョンがはじまる。
「『シャドーボール』!」
「こっちも『シャドーボール』!」
ゾロアの『シャドーボール』はデスカーンの『シャドーボール』に弾かれた。
経験の差。それは正面に放たれたゾロアのそれと、入射角を計算して放たれたデスカーンのそれで明らかだった。
「見たな?」
「ゾロ(見たぜ)」
ゾロアがニヤリと笑う。
(問題なく迎撃できたのに胸騒ぎが止まらない)
ホウセンが人差し指を突き付ける。
「“ゾロア”『シャドーボール』!」
合図が来た。
ゾロアの『シャドーボール』。
(もう受ける前提で仕留める!)
「『サイコキネシス』!」
「カッ!」
デスカーンの耐久力を信じるがゆえの一手。
『シャドーボール』のイリュージョンが解けた。『シャドーボール』は『しっとのほのお』だった。
「カッ!?」
だが、ホウセンはシキミがゾロアとの心理戦を嫌がるタイミングを待っていた。デスカーンの視界が炎一色に染まり、『サイコキネシス』の対象は『しっとのほのお』に変えられた。
「『かげうち』!」
「デスカーン後ろ!」
遅い。
「“ダマ”!」
ヒヒダルマに化けたゾロアの『かげうち』パンチ。
「カッ!?」
デスカーンが『サイコキネシス』で『しっとのほのお』の維持を優先するか迷った一瞬の隙に、巨大な拳が背中を叩き、そのパワーのあまりデスカーンは『しっとのほのお』のなかへ飛び込んだ。
「ゾロ」
ゾロアの特性は『ミイラ』になった。
「カァァァッ!?」
「デスカーン『シャドーボール』!」
デスカーンはそれどころではなかった。目の中に入った炎を冷ますのに全ての腕を使って覆っている。
「『シャドーボール』!」
ホウセンとゾロアはその背中を容赦なく攻撃する。
「カッ!? ・・・・・・かぁ」
デスカーンの急所に当たった。デスカーンは倒れた。
「デスカーン戦闘不能!」
「ゾロォォォォ!」
「きたか!」
おや、ゾロアのようすが・・・・・・?
マフラーのような毛が取っ払われ、背中から新たに長い毛皮が顔を越えるほどに伸びる。四足歩行だった足はシャープの体型に至ると同時に立ち上がり、鋭い爪を持った両手を手に入れる。
「さあ、新時代の到来だ!」
ホウセンが歓待の雄叫びをあげた。
「アーク・・・・・・」
五体は黒、毛先などところどころが青みがかっている。ヒスイ地方の色違いゾロアーク。
「ゾロアーク・・・・・・戻れ」
「ウソでしょホウセンくん!?」
「ゾロ!(ウソだろ兄貴!?)」
その神秘を前にしてホウセンは、ゾロアークをモンスターボールに戻した。これにはゾロアークに興奮していたシキミも突っ込まざるを得なかった。
「ちょっと! これから進化したゾロアークのパワーを試していく展開でしょ常識的に考えて! ホウセンくん、君はそれでもイッシュ人ですか!?」
「うるせえ! 俺には俺のプランがあるんだよお袋」
「———っ! そういうところはダイアくんそっくりです!」
「ごはっ!?」
ダイア、思わぬダメージ。
「進化して『ミイラ』の特性がリセットされているか、確証が持てなかっただけでしょうに」
一方カトレアはその行動に理解を示していた。
「ああ、そういうことですか。・・・・・・戻ってデスカーン」
シキミもその説明で納得がいった。
(予想以上にクールですねホウセンくんは)
倒置法になっている自分に「あっ」と気づき、シキミは自身の心が激しく揺れ動いている事実を受け止める。
(楽しんでる。こんなにもワクワクするバトルは本当に久しぶり。ダイアくんとマジでやりあってたあのときに近い気分)
そして、笑みが浮かんだ。
(確信がある。イッシュのバトルが新時代を迎える。こんなおもしろい歴史の転換点をアタシはダイアくんと一緒に味わい尽くせる・・・・・・あぁアタシはなんて、なんて)
「果報者なんでしょう」
「「っ!?」」
濡れた舌が唇を薄く彩らせた。
「シキミ・・・・・・顔」
「はっ! いけないいけない」
ダイアに軽く注意されたシキミは万年筆の端で頬を軽く叩いて表情を引き締める。
(さて、ゾロアークが確実に来ないとわかっているボーナスタイムをしっかりとモノにしないと。四天王の面目躍如といきましょうか)
———
(なんか嫌だな。母親の女を感じる顔ってのは)
ホウセンは倒置法で独りごちる。しかし、その一方でしっかりと警戒しないといけないプレッシャーを感じてもいた。
すでにブルンゲルとデスカーン。四天王のポケモンを二体も倒していた。シキミもまたその現実と自身の地位にある誇りを鑑みて、意識を切り替えた。
パタン。
「っ!!」
その動作にダイアが驚く。シキミにメモ帳を閉じさせることができたトレーナーは数少ない。自身もその一人であるがゆえに、その行動の異常性を感じ取った。
「・・・・・・さて、捲りましょうか。シャンデラ!」
「シャ〜ン」
(うっわなんだコイツ)
シャンデラの身体は燃えていた。通常個体のようにシャンデリアの見た目から納得のいく位置に炎を漂わせるのではなく、身体全体に紫色の炎を常に薄く纏っているのだ。
「燃費の悪そうな見た目をしてやがる」
(まだイダイトウを出すには早い。早いが・・・・・・)
軽口の裏に潜む思考で冷や汗を浮かべたホウセンは意を決してその冷たいボールから手を離した。
「ヒヒダルマ!」
「ダマ!」
「あれ? イダイトウじゃないんですね」
(なんで知ってる!?)
バッとホウセンが審判役のダイアに視線を向けると、ダイアは「ごめん」と言わんばかりの仕草で答えた。
「親父ぃ」
「いやほんっとすまん」
心底反省したその態度にホウセンは強く出れなかった。
「手持ちポケモンがバレた程度で怯まないの」
「・・・・・・わかってるよ」
そして、優しくも厳しいカトレアの言葉でようやく切り札ポケモンがバレている事実を呑み込めた。
「先攻はシキミ・・・・・・バトル開始!」
「『ねっぷう』」
「『あなをほる』」
互いに素早い指示がポケモンたちに送られる。
シャンデラの『ねっぷう』・・・・・・穴の中にいるヒヒダルマには当たらなかった。
「『つららおとし』」
ヒヒダルマは穴の中にいる状態でシャンデラの頭上に巨大な氷柱を生成した。
「『ほのおのうず』」
シャンデラが纏う炎が回転し、瞬く間に氷柱を溶かしてゆく。
(どんな温度だよ。いくらなんでも溶けんのが早過ぎる!)
「いけ!」
しかし、シャンデラが上を意識している今がチャンスと思い直したホウセンがGOサインを出す。
ヒヒダルマの『あなをほる』!
「『ちいさくなる』」
シャンデラのサイズが急激に小さくなると、ヒヒダルマが掲げた拳を風に流される木の葉のように華麗に回避した。
「『ねっぷう』」
元のサイズに戻ったシャンデラが紫色の炎を風に変えて、ヒヒダルマを吹き飛ばす。
「ダマァァァ!?」
「慌てんな『とんぼがえり』だ!」
ここでホウセンはワザの強制力に再び縋る。
「繋げて『ほのおのうず』」
「シャン」
「ダマッ!?」
だが、『ねっぷう』の気流を『ほのおのうず』が絡め取り、巨大な竜巻の牢獄となってヒヒダルマを閉じ込めた。
「・・・・・・なんつぅワザだ」
あまりにも熱い風に吹かれるなかでホウセンは呆然と紫色の竜巻を見上げる。
(『ほのおのうず』の逃がさない効果と『ねっぷう』の威力を借りた相乗効果ですげえことになってる。これがワザの連動)
モンスターボールの干渉も、ポケモンの動きさえも封じるワザの掛け合わせ。
「・・・・・・だまぁ」
それが終わる頃にはヒヒダルマは立っていられなかった。
「ヒヒダルマ戦闘不能!」
すぐさま無言でヒヒダルマをボールに戻した彼は新しいボールに触れる。
「・・・・・・きたこれ」
ホウセンのなかで新しい世界が切り拓かれた。
———
「ふぅ・・・・・・少し休んでてシャンデラ」
「シャン」
ワザを一つ残してシャンデラを温存できるこの状況は明らかにシキミ有利。残りの手持ちポケモンの数も4体と3体。
(アドバンテージはアタシにある。・・・・・・けれど今、ホウセンくんに見せてしまった技術が墓穴にならない保証はない)
手持ちポケモンいっぱいに戦って確実にリードをとる。シキミのスタンスは決まった。
「フワライド!」
「フワ〜」
「いくぞシュバルゴ!」
「シュバッ!」
(もうゾロアークがどうこう考える必要がないワザ構成で押し切る)
「先攻はホウセン・・・・・・バトル開始!」
はじまってすぐ、ホウセンは限られたトレーナーゾーンの中で最大限シュバルゴに近づいた。
「シュバ?」
「端的に言うぞシュバルゴ。『てっていこうせん』と『メタルバースト』の連動だ」
課題だった遠距離攻撃手段はそれでクリアできる。
そう締め括ったホウセンにダイアはまたもや「なに言ってんだコイツ」と言わんばかりに戦慄し、カトレアは愉快そうに微笑んだ。
「『ねっぷう』!」
しかし、今はバトルの最中。その隙を見逃すほどシキミは甘くない。そのうえ、出てきたポケモンの正体がシュバルゴと割れた今、積極的に弱点を突ける。
「『メタルバースト』」
「シュバ」
『ねっぷう』はシュバルゴの『メタルバースト』に吸収された。
「それ・・・・・・ダイアくんの」
シキミが愕然と口にする。同時にシュバルゴを出した意味がわかった。
(ホウセンくんはアタシとダイアくんがライバルだったことを知っている。そして、世間的な評価でダイアくんより強くなったことも。そこから逆算してアタシが『メタルバースト』を対処できると仮定した。・・・・・・『メタルバースト』の対処にワザを使わせる気だ)
「シュバ!」
シュバルゴが自身の輝く腕を掲げた。
「っ!?」
「なに、それ?」
シキミはエネルギー弾以外のそれを知らなかった。当然ダイアも。
それはホウセンとシュバルゴが生み出したオリジナル。『メタルバースト』の吸収位置と発散位置を腕に固定する技術。しかし、腕に固定する関係上、遠距離攻撃としての『メタルバースト』は完全に捨てている。
「『てっていこうせん』!」
そのデメリットを克服する手段として、ホウセンはそのワザを選んだ。
「シュゥゥバァァァ!」
シュバルゴは『メタルバースト』とともに『てっていこうせん』を腕から突き出した。
「フワ"ッ!?」
速度はまさしく光線。腕に溜めたエネルギーを後追いの莫大なエネルギーが押し出した。シュバルゴの突きを放つ速度と連動し、その速度はとても目で追えないものとなった。
(勘弁して! もうお腹いっぱいなの!)
「『ゴーストダイブ』」
シキミが胸中で嘆きながら、どうにか耐えたフワライドに指示を出す。
フワライドが異次元空間へ飛び込んだ。
「戻れシュバルゴ」
「へ?」
シュバルゴがモンスターボールに戻された。
(待ってよもう!)
それはシキミにとって一番困る一手だった。しかし、ホウセンの手の中にあるダイブボールがシキミの助けとなった。
(・・・・・・ハッ! そっかそうだった! イダイトウはダイブボールに入ってる!)
思いがけない幸運。僥倖。
「イダイトウ!」
「ダイトォ」
巨大な魚体が空中を回遊する。
「『ちからをすいとる』!」
「フワ〜」
イダイトウが出てきた瞬間、異次元空間から出現したフワライドがその魚体に絡みつく。
フワライドの『ちからをすいとる』。イダイトウの攻撃力が下がった。フワライドの体力は回復した。
「『おはかまいり』」
刹那、感じ取るこれまでの戦いの残り香。
「ダイト!(我が手向けを聞き遂げよ!)」
フィールドに残ったこれまで倒れたポケモンたちの残存エネルギー。それは魂となってイダイトウの力となる。敵味方問わず。
「ちょっ———!?」
それはシキミの知るものとは明らかに違った。あくまで倒れた味方の力を借りるものだったはずだ。しかし、ブルンゲルのエネルギー体、デスカーンのエネルギー体までもがイダイトウに吸収されていった。
イダイトウの『おはかまいり』!
「『かなしばり』!」
「フワッ!」
そのやばさを目の当たりにしたからこそ、シキミは伝家の宝刀を迷わず引き抜いた。
イダイトウの『おはかまいり』は発動しなかった。
「ハハッ、まあ対処するよな。・・・・・・恐れ入ったぜお袋、先出しの『かなしばり』とか聞いたことねえ」
(よく言うよ。こっちはビビりっぱなしなのに)
快活に笑うホウセンに対して、シキミは冷や汗を浮かべてそれでも笑った。
(でも、頭がスッキリしてきた)
「『クイックターン』」
イダイトウの『クイックターン』。イダイトウがホウセンの下へ戻っていく。
「好きに戻りなよ。アタシたちも好きにバトルするから!」
ゼロに帰る。
———
「飛び出せ『メガホーン』!」
「シュバァァァ!」
「フワ"ッ!?」
交代と同時にあまりにも早く飛び出したシュバルゴがフワライドに『メガホーン』を喰らわせる。
「負けないでフワライド! 『ねっぷう』」
「それは見切ってる! 『メタルバースト』」
炎宿す熱風を前にしてシュバルゴはただ両腕を前に翳した。
「『かなしばり』」
シュバルゴは『メタルバースト』を吸収できなかった。それはシュバルゴの『メタルバースト』を封じられたのではなく、フワライドが『ねっぷう』の動き自体を『かなしばり』で止めたがゆえに起きた現象。
「———んだそりゃ!?」
『メタルバースト』が封じられても受ける前提で組み立てていたホウセンのシナリオが崩された。
「『ゴーストダイブ』」
フワライドが異次元空間へ飛び込んだ。
「やっぱり『メタルバースト』は使わせるに限ります。バトルがつまらなくなってるよホウセンくん」
「っ!!」
シキミの一言でそれを強く自覚する。
「フワ」
シュバルゴの背後にフワライドが異次元空間から現れた。フワライドの『ねっぷう』!
「なら、おもしろくしてやるよ! 『スマートホーン』!」
「シュバッ!」
シュバルゴの『スマートホーン』。それは相手ポケモンに必ず命中する必中のワザ。腕が指し示す先へ高速で向かうその性質を利用して、シュバルゴが『ねっぷう』の範囲外から大きく弧を描いてフワライドに接近。
「解除」
しかし、それはまだシキミの描いたシナリオの上だった。
「フワ」
フワライドが『ねっぷう』の『かなしばり』を解除した。
「シュバァァァ!?」
放っていた『ねっぷう』と、フワライドが現在進行形で放っている『ねっぷう』にシュバルゴが挟み込まれた。
「シュバルゴ!」
まともにそれを受けたシュバルゴは、宙に浮く力も無くして砂浜に落下していく。
「しゅばぁ」
「シュバルゴ戦闘不能!」
(まだだ! まだ浅い!)
万年筆の端を額に押し込んでホウセンは凝り固まった世界を広げる。
———
「楽しい♪」
シキミが思わず微笑む。描いた世界観がポケモンたちのワザや能力によって現実に落とし込まれる。
4対2。ホウセン2体のビハインド。
(やっぱりこんなに楽しいことやめられない♪)
「戻ってフワライド」
思い通りの世界がそこにできたことでシキミは猛烈に昂っていた。
(もっと、もっと描きたい! この現実に!!)
「ゲンガー出ておいで!」
「ゲンガァ」
意気揚々とゲンガーを出した。対してホウセンはボールホルダーに手をかけずに「出て来い」とだけ口にした。
「ダイト」
現れたのは空中回遊する魚体。それがどちらかわからない。けれど、シキミには最早どっちでも良かった。
「先攻はホウセン・・・・・・バトル開始!」
「『ゴーストダイブ』!」
「ダイト!」
イダイトウが異次元空間へ飛び込んだ。
ゾロアークの四つ目のワザか、イダイトウのすでに使ったワザか判別がつかない。
「『くろいまなざし』!」
本来ゴーストタイプのポケモンには作用しないワザだが、シキミのゲンガーはそんな枷からとうに解き放たれている。
ゲンガーの『くろいまなざし』。ゲンガーはイダイトウを捕捉した。
「『あくのはどう』!」
「ゲンッガァァァ!」
クイッ!
『あくのはどう』はなにもない空中を追うように放出されるも砂浜に激突した。
「っ!!??」
(ゲンガーがミスをしたというより、イダイトウを追っていた『あくのはどう』が追いきれない場所に飛び込んだような・・・・・・)
「『おはかまいり』!」
ズシュァァァ!
熱い砂浜が盛り上がり、伏せていた地中回遊が牙を剥く。
イダイトウの『おはかまいり』!
「ゲンガァァァ!?」
ゲンガーの胸に、イダイトウを伴ったこれまで倒れた6体分のポケモンの打撃が直撃した。
「・・・・・・げんがぁ」
「げ、ゲンガー戦闘不能!」
僅か15秒の攻防だった。
(やら・・・・・・れた?)
3対2。ホウセン1体のビハインド。
「も、戻ってゲンガー」
シキミはなんとかゲンガーをボールに戻すもその精神的ショックは計り知れないものだった。
(・・・・・・高くついちゃったなぁ)
アドレナリンに唆されたシンデレラタイムが解ける。
・ブルンゲル
・デスカーン
・ゴルーグ
・シャンデラ
・フワライド
・ゲンガー
そのうえ、シキミはホウセン同様、全ての手持ちポケモンを出していた。
(多分、イダイトウは『ゴーストダイブ』と『おはかまいり』の同時発動ができない)
互いに伏せている四つ目のワザを加味しても情報戦は五分。
「よし! 次行こっか。ゴルーグ!」
「ルーグ」
アギルダー戦のダメージを悟らせない悠然とした佇まいで、ゴルーグが降り立った。
———
「続行だイダイトウ!」
「ダイトォ!」
力強く叫んだイダイトウ。気合い十分な両者を確認し、ダイアが右手を挙げる。
「先攻はシキミ・・・・・・バトル開始!」
「『のろい』」
「っ!?」
刹那、突如として訪れた自傷ワザがホウセンに動揺を齎した。
ゴルーグの『のろい』。イダイトウは呪われた。
(倒れてない? アギルダーが半分も削れなかったってことか。どんなカラクリだよ)
ホウセンは「いや」と意味を求める自身の脳を律する。
「ルーグ!」
ゴルーグはシキミを悲しませまいと持ち堪えた。
「それだけがドラマじゃねえよな! 『クイックターン』!」
「ッ、ダイトォォ!」
イダイトウは呪われながらも、ありったけの水量を纏って突撃する。
「『ゴーストダイブ』!」
「っ、ならこっちも『ゴーストダイブ』だ!」
冷静に異次元空間へ入門させたシキミに対抗して、ホウセンも後を追わせる。
バチッ!
ここで起きた世界のバグ。
「ルグッ!?」
「ダイト!?」
開きすぎた異次元空間の広さのあまり、イダイトウとゴルーグが現実世界へ追い出されたのだ。
「『かみなりパンチ』!」
経験者のシキミの指示は速かった。眼前に迫った電撃迸る紫色の拳。
「『まもる』!」
「ッダイ!」
イダイトウは『シャドーかみなりパンチ』を防いだ。イダイトウは呪われている。
「『クイックターン』!」
イダイトウ四つ目のワザを使わされた。事実を噛み締めたホウセンの苦々しい表情とは裏腹にイダイトウの『クイックターン』は気持ちがいいほど直撃した。
「る・・・・・・ぐ」
「ゴルーグ戦闘不能!」
イダイトウがダイブボールに戻っていく。
「ゾロ」
ゾロアークが現れた。
「きたきた♪待ってたよ」
シキミが両手を広げて歓迎の意を露わにする。
———
(イダイトウとゾロアークの長所は理想的に活用できている。それでも五分に持ち込まれるなんて、やはり四天王の実力は隔絶していると言わざる得ませんね)
けれど。
(ホウセンがドラマを追求しなかったバトルは存在しない。少なくともアタクシはそう思っている)
なにかが起きる。起こさなければホウセンじゃない。そんな心境でカトレアはバトルを見守る。
———
「お願いフワライド!」
「フワ」
三度フワライドがフィールド上を浮く。
「ゾロアーク合図はしない。止まるな・・・・・・俺を信じろ」
「ククッ、ゾロ(合わせてみろよブラザー)」
挑戦的に笑うゾロアークにホウセンはただ一つ頷いた。
「先攻はシキミ・・・・・・バトル開始!」
「『ねっぷう』」
まずシキミはフワライドの周囲に『ねっぷう』を展開させ、砂粒を押し上げ竜巻と化したそれでゾロアークの接近を阻害する布陣を整えた。
「『ポルターガイスト』」
ゾロアークの『ポルターガイスト』。フワライドの『ねっぷう』の竜巻がじょじょに狭まっていく。
「『ゴーストダイブ』」
フワライドは異次元空間に逃げていった。
「ゾロ!」
ゾロアークが異空間を移動するフワライドを追いかける。
「見えているんですか・・・・・・『かなしばり』」
フワライドが異次元空間から出てきて『ねっぷう』の竜巻を『かなしばり』で維持する。
———
「いいかゾロアーク。ヤツの狙いは近距離戦を誘発することにある。『ちからをすいとる』で攻撃力を極限まで弱めたうえで体力を回復し、イダイトウと対面する」
「ゾロ『その理想的な対面を作らないことが私の役目か? 私も低く見積もられたものだ』」
「NO」
「?」
「その現状を鑑みて近距離戦で圧倒するのが一番ドラマティックでグレートだ」
「!」
———
「ゾロォ(しみったれた遠距離戦はここまでだろブラザー!)」
「そうだ、いけ!」
砂浜を高速で駆け抜けてフワライドの前を跳んだゾロアークは両手それぞれに黒のエネルギー弾を生成する。
ゾロアークの『シャドーボール』!
「『ねっぷう』」
ゾロアークが放ったそれを風で流すべくフワライドが攻撃体勢を整えた。
「『かげうち』!」
ゾロアークの『かげうち』アッパーカット!
「捕まえて!」
「ッ、フワ!」
攻撃を受けたとわかった瞬間、フワライドも落下しはじめたゾロアークを追いかける。
スッ!
ゾロアークの身体を『シャドーボール』が擦り抜けた。
「フ"ワ"ッ!?」
フワライドには効果が抜群だ。
先刻放った『シャドーボール』の直線上にフワライドとゾロアークがいた。しかし、ゾロアークはノーマルタイプ。ゴーストタイプワザの『シャドーボール』は擦り抜け、フワライドに命中した。
「『かげうち』!」
「『ゴーストダイブ』!」
フワライドのゴース———ゾロアークの踵落とし『かげうち』!
「フ"ワァ"! ・・・・・・ふわぁ」
それを受けたフワライドに、もう飛ぶ力は残っていなかった。『かなしばり』を受けた竜巻は霧散していく。
「フワライド戦闘不能!」
ここにきて要塞フワライドの牙城が崩れた。
「つまんなくなってんぜ? お袋」
ゾロアークを戻しながら告げられたホウセンの一言。
「! ・・・・・・言ってくれますね!」
シキミは笑うしかなかった。
1対2。シキミ一体のビハインド。
———
「いくぞイダイトウ」
「ダイトォ」
「まだ! まだ終われませんよシャンデラ!」
「シャン」
魚体とシャンデリアの肉体がフィールドに鎮座する。
片や『のろい』二回分の消耗。片やダメージ無し。しかし実態はもっとシビアだ。
(イダイトウの一撃を受ければ、敗色濃厚。アタシがホウセンくんの全てを見届けるためにはイダイトウをノーダメージで倒さなければいけない・・・・・・ハードルたっかいな〜)
苦笑いを浮かべるシキミは、ホウセンが為した連続ノックアウトを嬉しさ半分悔しさ半分で受け止めた。
(ここまで倒され続けたのはダイアくんとのバトル以来かな)
ボスゴドラは衝撃的だったな〜とかつてを振り返る。
「先攻はシキミ」
三度目の先攻。その事実がシキミの意識を引き締める。
「バトル開始!」
「『ねっぷう』!」
シャンデラの『ねっぷう』!
「ここで決めるぞイダイトウ!」
「ダイトォ!」
イダイトウの『クイックターン』!
眼前に迫る『ねっぷう』を圧倒的水量を纏った突進で突っ切っていく。
「尾を使え!」
「ダイッ・・・・・・ットォォ!」
その熱量に苦しみながら、地面に打ちつけた尾鰭の弾みでイダイトウが加速する。
「っ! 『ちいさくなる』!」
シャンデラにはあたらなか———「『ゴーストダイブ』だ!」———った。
イダイトウが勢いのままに異次元空間へ入門する。
一発。一発決めりゃあ勝ちなんだ!
(凌ぐ! “最小限”のダメージで!)
「『ほのおのうず』!」
「シャァァァン!」
シャンデラが自身の下に『ほのおのうず』を展開し、有り余る炎を纏ってシャンデリアの肉体が回転する。
「いけイダイトウ!」
「受け流してシャンデラ!」
イダイトウの『ゴーストダイブ』。シャンデラは小さく灯る燭台の部分でそれを受けた。
「っ!?」
(ワザの威力を回転に変える!)
凌いだシャンデラの眼前には、ガラ空きのイダイトウの魚体があった。
「あたれェ!」
「シャァァァン!」
シャンデラの『ほのおのうず』ボディブロー!
「ダイトォォォォ!?」
イダイトウの急所に当たった。『ほのおのからだ』に触れて火傷した。
「イダイトウ!」
「ダイ・・・・・・」
未だ空中回遊を続けるイダイトウ。
「だ・・・・・・い」
だったが、イダイトウはすでに力を使い果たしていた。
「あとは任せろ」
「イダイトウ戦闘不能!」
———
「ラスト・・・・・・今日のトリはおまえだゾロアーク!」
「ゾロォォォォ!」
ゾロアークが雄叫びをあげる。
「一層気合を入れましょうシャンデラ! アタシたちの最終章がはじまります!」
「シャン!」
シャンデラが豪華絢爛な身体を回転させる。
「先攻はホウセン・・・・・・バトル開始!」
ゾロアークの『シャドーボール』。
「っ! 『ほのおのうず』」
開始早々の指示無し攻撃に驚きながらもシキミは指示を出す。
「シャン!」
砂浜から立ち昇る『ほのおのうず』が『シャドーボール』を打ち上げた。
「突っ込め!」
「ゾロッ!」
その隙にゾロアークが接近する。
「『ねっぷう』!」
『ちいさくなる』で受けに回るのを反射的にマズイと感じたシキミは広範囲ワザで対処する。
シャンデラの『ねっぷう』がゾロアークに当たった。
「あれ?」
『シャドーボール』の『イリュージョン』が解けた。
(やばい! 最初の『シャドーボール』を対処している間に———)
「ゾロッ!」
「シャンッ!?」
ゾロアークの『かげうち』足刀蹴り! シャンデラの『ほのおのからだ』でゾロアークが火傷した。
だと思ったよ。シャンデラに触れれば無条件で火傷すんだろ? ここからは短期決戦の殴り合いだ!
「『シャドーボール』!」
ホウセンがやっと指示らしい指示を出す。
「ゾロォ!」
滑らかな体重移動でゾロアークが右手に生成した『シャドーボール』を振り被る。
「『ちいさくなる』!」
ゾロアークの『シャドーボール』は当たらなかった。シャンデラのサイズが戻る。
「『あくのはどう』!」
「シャン!」
絶好の決定機を前にしてシキミはシャンデラ四つ目のワザを迷わず切った。
「『かげうち』!」
手の中にある『シャドーボール』を置き去りにしてゾロアークがシャンデラの影から現れる。
「『ほのおのうず』!」
「シャァァァン!」
ガァン!
ゾロアークの『かげうち』アッパーが回転するシャンデラの燭台とかちあった。
威力は互角。明暗を分けるのは一手の差!
「『ポルターガイスト』!」
「っ!」
鍔迫り合いに陥ったゾロアークは“置き去りにした『シャドーボール』”を操作し、シャンデラを襲う。
「『あくのはどう』!」
シキミは受けることを許容した。最早迎撃が間に合わないならば、ワザの撃ち合いで遅れた一手を埋める!
「ゾロォォォ!?」
「シャァァン!?」
ゾロアークとシャンデラの急所に当たった!
今回のバトルでまともにワザを受けなかった二体がはじめて直撃を受けた。
ザッ!
フワッ!
「ゾロッ!」
「シャン!」
まだ二体は倒れてない。
「ゾッ!?」
ゾロアークの身体を火傷が蝕んでいる。
耐えていたはずの身体、なけなしの精神力、たった一つの些細なきっかけがゾロアークが張り詰めた糸を切り裂いた。
「楽しかったぜ、ゾロアーク」
「ぞ、ろ・・・・・・」
意識を失う間際に聞き遂げたホウセンの一言にゾロアークは満たされた。
「ゾロアーク戦闘不能! シャンデラの勝ち! よって勝者シキ———」
「———やっったぁぁ!!」
シキミがトレーナーゾーンを飛び出してダイアに抱きついた。
———
イチャイチャしはじめた二人を置いて、ホウセンとカトレアが砂浜の帰路につく。
「ギガイアスとシュバルゴのバトルは酷かったわね」
「ぐうの音も出ねえ」
バトル前に言っていた遊びとはなんだったかと言わんばかりにカトレアが咎める。
「アナタならもっとおもしろくできたはずよ」
「・・・・・・かもな。でもあのときはアイデアが出なかった」
フルフルと湧き上がるなにかの感情を精一杯耐えるように拳を震えさせる彼女に、ホウセンはそれらしいことをなにも言えなかった。
「・・・・・・つまらなくはなかったわ」
けれど。
「ホウセン、アナタもアタクシと同じくらい悔しがりなさい。不公平よ」
その言葉に柄にもなくニヤケ面を浮かべたホウセンだった。
「っ、アタクシは笑ってと言った覚えはないわ!」
鳩尾を超能力無しに全力で小突くカトレアにホウセンは逃げることもせずにただ笑っていた。
「いや悪い。・・・・・・俺はもう一人でバトルしているわけじゃない。そのあたりまえが嬉しくてな」
「〜〜〜ッ! バカバカバカァ!」
ちょっとだけキレが戻ってきた気がします。地の文に感情が入り込む感じで緊張感生み出してたことを思い出せました。