俺を倒して旅に出ろと言った親父が強すぎる   作:山雅将暉

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 やばい。カロリー高いってぇ。



地方リーグただ一度の熱戦 〜リトルフィートの足掛け〜

 

 9月8日。

 いよいよ開幕したイッシュリーグヒガキ大会。

 予選本選と『サイコキネシス』を主軸としたカトレアのバトルスタイルの安定感は凡人に崩せるものではなく、その大半が圧倒的アドバンテージを残したまま終わるという実に理想的な試合結果だったが、バトル中に欠伸を噛み殺し続けた彼女の錆落としとして、俺とのエキシビジョンマッチを重ねる回数が日に日に増えていった。

 

 しかし、このままカトレアが退屈に満たされたままイッシュリーグを勝ち抜くのかという危惧は杞憂に終わった。

 

———

 

 男はイッシュのとあるグレーな会社に勤める人事部の社員だった。訳あって、前任の社長が人事部に対する風当たりが厳しく給料も安かったために自身を含めた人事部の同僚たちはいつも火の車だった。

 

「しょうがねえなァ」

 

 いつしかそれが口癖になった男は、自身の代わりに不満を荒々しく口にするギアッチョという同僚のことを少し羨ましく思っていた。

 

 社名はパッショーネ。

 表向きは腕利きのトレーナーを派遣するクリーンな派遣会社という側面を持ちながら、イッシュの地下に潜むグレーな裏バトル闘技場を支配し、荒稼ぎの限りを尽くす会社だ。

 

 男・・・・・・ホルマジオたちが勤める人事部は派遣社員や新入社員を強くする研修も行っており、表向きの事業を円滑に進めるためにトレーナーたちを強く鍛える部署だった。

 

 しかし、裏バトルを主な収入源としていた前社長は人事部に大した価値を見出さず、彼らの給料は月を経るごとに減らされていった。

 

 いよいよ会社にストライキでも起こそうかと人事部が殺気立っていたそんなとき、転機が訪れた。

 

「今期からパッショーネの社長を務めさせていただきます。ジョルノ・ジョバーナです。以後よろしくお願いします」

 

 社長の代替わりだ。しかも、その人物は現在のイッシュ四天王だった。

 

 運営方針がすっかり変わって裏バトルから手を引いたパッショーネは、表向きの事業を本業とするべくトレーナーの育成に力を入れ始める。

 

「社長が代替わりを果たし、会社の体系は完全な実力主義へと変わる。今しかない。各自ポケモンリーグに参加し、社長に俺たちの力をアピールするぞ。」

 

 人事部長のリゾット・ネエロがそう言った。

 

「うまくやりゃあこれで貧乏生活もお終いか?」

 

 イルーゾォがニヤニヤと湧き立つ高揚感に支配されて口にする。

 

「で、でも俺にできるかなァ?」

「自信を持てペッシ。いつまでもマンモーニでいるんじゃねえ」

 

 尻込みするペッシにプロシュートが激励する。

 

「やっと狭っ苦しいオフィスとはおさらばだなソルベ」

「この狭さも心地よかったがなジェラート」

 

 相変わらずイチャつく同性カップル。

 

「ディ・モールト良い! 立場が向上すれば女性トレーナーたちが育てるポケモンを合法的に見れる!」

 

 彼の名はメローネ。『母性』が及ぼすポケモンの能力向上を研究テーマとする変態である。

 

 誰もが一様に不遇な立場向上を夢見て湧き立っていた。かく言うホルマジオもその一人だった。口では「しょうがねえなぁ〜」と言いつつも上がる口角を抑えられない。

 

 ガン!

 

 誰かがグラスの底を机に叩きつける音が鳴った。

 

「心機一転ってことかよォ。わかる・・・・・・スゲーよくわかる」

 

 わかる。と言いつつも彼は不機嫌を露わにするような歯軋りが止まらなかった。

 

「だが! これまで俺たちを不遇な立場に置いたパッショーネへの清算はどうする!? しっかり支払わせてやらねえと割に合わねえんじゃねえのか!?」

 

 奥底に沈めていた怒り。それを呑み込まず言葉を荒げたギアッチョ。だが、それは人事部の誰もが感じている感情だった。

 

「ギアッチョ」

 

 リゾットがギアッチョの震える肩を抑えるように手を添えた。

 

「おまえの怒りは最もだ」

「だったら———!」

「———だがその怒りは現状を変え得る要素には成り得ない」

 

 リゾットは誰よりも現実を知っていた。前社長が人事部を必要としない現実。現社長が自身らの力を必要としている現実。

 

 互いに必要としている関係ならば、より正しい評価を下して正当な報酬を受ける。それがリゾットの意思だった。

 

「っ!」

 

 ギアッチョもそれは痛いほどによくわかっている。

 

 品のある足音を奏でたリゾットが人事部長の席に座り、両手と足を組む。

 

「これから俺たち人事部は長期休暇を利用して六つの地方に散らばり、各地方リーグ優勝を目指す。目標人数は三人だ。俺はカロス地方。カントーはペッシとプロシュート」

 

「おう」

「わ、わかったよ・・・・・・」

 

「ジョウトはソルベとジェラート」

 

「だってよソルベ」

「優勝しようなジェラート」

 

「ホウエンはメローネとギアッチョ」

 

「クソが! こうなりゃあやってやるぜ!」

「ディ・モールト良い気合だ」

 

「シンオウはイルーゾォ」

 

「一人か? どうってことねえけどよ」

 

 そうしてやっと男にお鉢が回る。

 

「イッシュはおまえだ。ホルマジオ」

 

「しょうがねえなぁ〜」

 

———

 

 待合室でアローラ地方のリージョンフォームという現象であくタイプの品種となった相棒のペルシアンを撫で回すホルマジオ。

 

「あと二戦・・・・・・だな」

 

「ニャア」

 

 現在、準決勝第二試合待合室と銘打たれている部屋で感慨深い呟きを吐露する。

 

「おまえもここまでよく頑張ってきてくれたなぁ〜」

 

 よしよしと撫でる速度を速めるホルマジオにペルシアンが早過ぎると咎めるように尻尾で頬を叩いた。

 

「おっとっと、悪い悪い」

 

 気負うよりも競う。ホルマジオは周囲のトレーナーたちが発していた競技者精神に少し気遅れしていることがあった。

 

(俺はパッショーネでの立場を良くするために戦っている。それはわかっちゃいるんだが、自分の強さを証明するためだけに戦っている連中が少し眩しいぜ)

 

 だがホルマジオに背負うものがないわけではない。独り身ではあるが、火の車を共に回し続けた同僚がいる。冷遇されるべきではない仲間がいる。

 

「ホルマジオ選手。試合開始5分前です。所定の位置に移動してください」

 

 三度のノックを合図に待合室に入ってきたリーグスタッフが淡々と告げる。

 

———

 

「退屈ね」

 

 女は待合室のソファで足を伸ばして天井を仰いでいた。同部屋のパイプ椅子に座る男はメモ帳に記載したホルマジオの情報を洗っていた。

 

(ジョジョじゃねえか!)

 

 ふとホウセンは突っ込んだ。

 

(なんでパッショーネが会社になってるんだよ。しかもなかなかグレーな内情抱えてんなぁオイ。地下格闘技場を彷彿とさせる裏バトル闘技場の運営に、風俗、密輸・・・・・・汚いとこはとことん手を伸ばしてやがる)

 

 メモ帳に記載されていることはバトルスタイルだけではない。ホウセンはイッシュリーグに参加してからというもの、カトレアの対戦相手の情報を調べていくうちにバトルスタイルとはトレーナーの普段の行動に裏打ちされることを強く実感した。

 

「ねえホウセン」

 

 積み上げた感性には必ず背景がある。つまりそれはドラマだ。有り体に言えば、ホウセンは人のドラマを覗くことが楽しくなっていた。

 

(ジョルノが社長に就任したってことは前任の社長を蹴落としたってことになるんじゃねえか? まさか、ディアボロ?)

 

 母親譲りの調査能力で3日とかからずそれらを看破したホウセンにはある違和感があった。

 

(なんでヒットマンチームが生きている?)

 

「ねえ」

 

 しかし、その違和感はすぐに吹き飛んだ。

 

「話を聞きなさい」

「ぐぉ"お"お"!?」

 

 カトレア渾身のチョークスリーパーによって。

 

(そうかポケモンバトルだ! ポケモンバトルで勝てば大半のことが認められる世界観な以上、命のやり取りはよっぽどのことが無けりゃ起こり得ない!)

 

 脳みそに集約される僅かな酸素を用いてその結論に至ったホウセンだった。

 

「ねえ謝って。アタクシを無視したことを謝って」

「ご、ごめ"ん"カ"トレ"ア」

 

 パッと離されて、ホウセンはありったけの酸素を肺に送り込んだ。

 

(ってか、この世界を生きる人間に自分の知る世界を押し付けんのは失礼か)

 

 ホウセンは結局、調べたことと実際に見た人間性が全てだと思い直した。

 

「暴力令嬢め」

 

「なにか言った?」

 

「いやなにも」

 

 思わずぼそっと溢した一言を聞かれそうになったことに冷や汗を浮かべて明後日の方向を向いた。

 

「ところで、暴力令嬢からの質問なのだけど」

 

 ホウセンは反射的に「あ、俺死んだ」と思った。

 

「今回の対戦相手がアタクシを苦戦させるって・・・・・・本当?」

 

 空気が変わる。

 

 ホウセンも彼女が言いたいことはなんとなくわかった。想定していたよりも遥かにレベルの低いイッシュリーグでそんな期待をしていいのか、真っ直ぐとした闘争心を向ける相手に値するのかという疑問。

 

「期待していいと思うぜ。少なくとも、目に頼っているうちは絶対に勝てない相手だ。俺が保証するよ。今回のバトルは極上なものになる」

 

 カトレアはニヤリと悪戯な笑みを浮かべた。

 

「ウフフ、楽しみね」

 

———

 

「激戦巻き起こるイッシュリーグヒガキ大会は早くも準決勝! なかでもヒガキ大会を一層盛り上げるのはこの二人!」

 

 実況の声とともにホルマジオとカトレアがバトルフィールドに入場する。

 

「クレバーなバトルスタイルで相対した誰もがフィールドが広すぎると嘆く。ちいさな戦いはお手の者。大きいヤツが強いんじゃない、勝ったやつが強いんだ! “リトルフィート”ホルマジオ!」

 

 歓声があがる。

 

「今日も驚かせてくれホルマジオォ!」

「痛快なジャイアントキリングを待ってるぜ!」

 

 ホルマジオはその共鳴する声を照れ隠しをするように後頭部を掻きながら受け止める。

 

「エレガントな試合運びで数多のパワーファイターたちを袖に振る! 彼女の寝ぼけ眼を醒めさせるトレーナーは現れるのか!? 退屈な勝負は勘弁ね・・・・・・でお馴染み。"深窓令嬢"カトレア!」

 

 歓声があがる。

 

「綺麗だァ!」

「今日も素敵よカトレアさ〜ん!」

 

 カトレアはその大半を聞き流しながらトレーナーゾーンへ踏み込んだ。

 

「両者ともに圧倒的な実力で勝ち上がり、これまでで一番追い詰められた試合でも4体のアドバンテージを残しての勝利となっております!」

 

 実況と観客の熱が籠る傍らで、二人のトレーナーは互いにぶつける闘争心を露わにする。

 

「おいおい、ここまで勝ち抜いてきたトレーナーがどんだけ厳ついヤツかと思えば、こんな可愛い嬢ちゃんが出てくるたぁちょっぴり予想外だったぜ」

 

「ふわぁ・・・・・・みんなありきたりなことしか言わないのね。今にも退屈で眠ってしまいそう」

 

「ウヒヒッ・・・・・・退屈か。悪いがそれを感じる暇はやらねえよ。温室育ちの嬢ちゃんが俺のポケモンについてこれるかな?」

 

「そっくりそのままお返しします」

 

 審判がフィールドの中央に立つ。

 

「バトル形式は6vs6のフルバトル。ワザの制限は四つ。またバトルフィールドに繰り出した使用ポケモンが一度もワザを使わず交代することは反則行為となりますのでご注意を。そして、どちらかの手持ちポケモンが3体瀕死になるたびに30分の休憩時間が設けられます」

 

 二人は一つ頷いて告げられたルールを了承する。

 

「では両者ポケモンを!」

 

「まずはおまえだハリーセン!」

「ハリ!」

 

「この眠気が覚めるといいわね、ムシャーナ」

「ムシャ」

 

 ハリーセンが地面に鎮座し、ムシャーナがフィールド上を浮く。

 

(まずは相性不利なハリーセンで様子を見るのかしら)

 

 カトレアは先刻の発言とは裏腹に、その目は冴え渡っていた。抱く感情はこれから起こるバトルへの期待と絶対に勝つという意志のブレンド。

 

「・・・・・・」

 

 ホルマジオはまたもや気後れしそうな熱量を前に「しょうがねえなぁ」と胸中で呟き、審判の旗が振り下ろされる瞬間を今か今かと待っていた。

 

「先攻はホルマジオ選手! バトル開始!」

 

 審判のそれは、カトレアを倒せというホルマジオへの合図だった。

 

「『ミサイルばり』」

「ハ〜ッリ!」

 

 開幕早々、ハリーセンがその特殊な形をした尻尾をフィールドに叩きつけて跳躍。自身の身体を膨らませ、肉体に根差す全ての針を吐き出した。

 

 ハリーセンの『ミサイルばり』!

 

「『サイコキネシス』」

「ムシャ」

 

 ハリーセンの『ミサイルばり』がムシャーナの眼前で止められた。

 

「あ・・・れ?」

 

 『サイコキネシス』の制御下に置いた『ミサイルばり』をハリーセンに返す指示を出すつもりだったカトレアは、“なにもいない空中”を呆然と見上げた。

 

「『クイックターン』」

 

 ボン!

 

 ホルマジオの指示が下ると同時にムシャーナの眼前でハリーセンの丸い身体が“通常サイズに戻る”。

 

 ハリーセンは『ちいさくなる』を使っていた!

 

「っ! 『あやしいかぜ』!」

「もう遅い!」

 

 ハリーセンの『クイックターン』。

 

「ムシャ!?」

 

 ムシャーナに強烈なタックルを仕掛けたハリーセンはホルマジオの下へ帰ってゆく。

 

「出たァ! リトルフィートの代名詞『ちいさくなる』を活かした幻惑戦術! そして!」

 

「・・・・・・ッムシャ!?」

 

 ハリーセンの『どくのとげ』がムシャーナの皮膚を傷つけた。ムシャーナは毒状態となった。

 

「ホルマジオ選手のハリーセンの接触ワザは毒状態の合図だァ!」

 

「汚ねえぞホルマジオォ!」

「そこに痺れる憧れるゥ!」

 

 歓声とやじは表裏一体。

 

「うるせえぞこのヤロー!」

 

 ホルマジオにとって、その全てが自身の胸をくすぐる不思議と気持ちのいい声だった。ハリーセンを戻したボールをホルダーにかけ、別のボールを掴む。

 

(さすがね。決して強いとは言えない特性の潜在能力をここまで引き出すなんて・・・・・・)

 

 けれど、とカトレアはほくそ笑む。

 

「次はおまえだピクシー!」

「ピクッ!」

 

 愛らしく登場したピクシーに観客が「似合わねえ!」と揶揄い交じりのやじが飛ぶ。

 

「ムシャ」

 

 ムシャーナの目が開かれる。眼前には観客に決めポーズを見せびらかすピクシー。

 

 ムシャーナの『シンクロ』が発動した。

 

「ピクッ!?」

 

 ピクシーは毒状態となった。

 

「特性を鍛えているのはアナタのポケモンたちだけじゃないわ」

 

 カトレアは得意気な笑みを浮かべて金髪をたなびかせた。

 

「おおっと! これはカトレア選手、ホルマジオ選手への徹底的な意趣返し! これにはホルマジオ選手も———」

 

 

「ククク・・・・・・アッヒャッヒャッヒャ!」

 

 

 だがホルマジオもまた笑っていた。実況が思わず言葉を失っている合間にも、ホルマジオは目元を覆っておもしろおかしく笑っていた。

 

「バカが。気づけ。俺のピクシーの特性は『マジックガード』だ」

「ピクッ!」

 

 ピクシーは毒状態を意に返していない。

 

「・・・・・・へ?」

 

 羞恥心。それは人が最も避ける感情だ。誰だって人前で恥ずかしいと思うことはしたくない。なぜならプライドがあるからだ。人に見せる自分はそのプライドに見合う自分でなければならない。それが知性ある人に宿された共通点。

 

「〜〜〜ッ!!」

 

 カトレアは名のあるご令嬢ゆえにその感情が一際強かった。

 

「アッヒャッヒャ!」

「ピィクピクピク!」

 

 先程の得意気な表情が忘れられないのか、ツボに入ったホルマジオはピクシーとともに笑い転げる。

 

「・・・・・・・・・・・・戻ってムシャーナ」

「ムシャ」

 

 その屈辱はムシャーナを戻すことで一先ずは呑み込んだ。たとえ、はらわたが煮え繰り返って今にも超能力が暴走しそうな精神状態でも、明鏡止水と心に唱えれば耐えられる。

 

(明鏡止水よ、大丈夫。ホウセンの———明鏡止水———おまじないは———明鏡止水———効いて———明鏡止水———いるわ)

 

 ただ、手に取ったモンスターボールは煮え繰り返った胸の内をこれ以上なく語っていた。

 

「メタグロス!」

「メッタ!」

 

 すなわち、全力でぶちのめす!

 

「アッハッハ。嬢ちゃんよォ、キレてんのか?」

 

「キレてないわ。アタクシをキレさせれば大したものよ」

 

 言葉とは裏腹にとても令嬢がしていい眼差しではなかった。

 

———

 

 選手の入場ゲートでそのバトルを覗いているホウセンが自然と口角を上げる。

 

(やっぱバトルはおもしれえ。ホルマジオさんの『ちいさくなる』の扱い方は異次元だ。“ワザの軌道と連動したポケモンの動き”、巧みな視線誘導と“移動法”は『サイコキネシス』を中心に戦術を組み立てるカトレアのバトルスタイルの天敵となっている)

 

 意図せずカトレアに与えられた課題。そのバトルの出会いにホウセンは運命を感じずにはいられなかった。

 

(これからのバトル展開、短期決戦で勝てるのはおそらくメタグロスのみだろう。それにホルマジオさんが長期戦に持ち込む戦術を持っていないとは考えにくい。あの『ちいさくなる』を破らない限りこの先苦しいぜ)

 

「頑張れよ、カトレア」

 

———

 

(嫌な感じだぜ。俺の戦術を見破ったヤツがどこかに居る)

 

 ホルマジオは感じていた。それはリゾットとのバトル、冴え渡る観察眼によって全てを見透かされたあの感覚に近いものだった。

 

「だが、少なくとも嬢ちゃんじゃねえ」

 

 言い聞かせるように小さく呟いたホルマジオは人差し指を指す。

 

「『リフレクター』」

「ピクッ」

 

 ピクシーの『リフレクター』。これからしばらく物理攻撃のダメージが半減する。

 

「『サイコキネシス』」

「メタッ!」

 

 メタグロスの『サイコキネシス』によってピクシーの動きが止められる。

 

「『かえんほうしゃ』!」

 

 だが動けないのは五体のみ。完全フリーな口から炎が発射される。

 

「飛んで!」

「メタッ」

 

 やむを得ず『サイコキネシス』を中断したメタグロスがピクシーの頭上を浮く。

 

「『まねっこ』」

 

 それはフィールド上のポケモンが最後に使ったワザを使って相手を攻撃する。

 

「ピクッ!」

 

 ピクシーの『サイコキネシス』。『かえんほうしゃ』の軌道が変わり、メタグロスの後を追い始めた。

 

(さあどうする? 『リフレクター』がある以上、メタグロスの火力でも一撃で仕留めんのはハードルが高えだろ)

 

 まだ互いに手札を見せただけ。軽いジャブの応酬。ギアを上げるのはこれからだ。

 

 

「『じゅうりょく』」

 

 

 ホルマジオとヒガキ大会に集まった全ての人間に生まれた共通の見解。その予想はカトレアという異端児によって覆された。

 

「ピク!?」

 

 突如ピクシーを襲った有り余る重さが『サイコキネシス』を解けさせた。コントロールしていた『かえんほうしゃ』が霧散し、メタグロスが完全にフリーとなっている。

 

(ヤバイ!)

 

「ピクシー『うたう』だ!」

 

 迷わず四つ目のワザを使用し、この状況下で有効な一手を打つホルマジオのトレーナーとしての技量の高さは驚嘆すべきものだった。

 

「決めるわ。『ヘビーボンバー』!」

「メッタァァ!」

 

 だが、それでも遅すぎた。

 

「ピクゥゥゥ!?」

 

 超重力の落下速度と威力を加算された効果抜群の『ヘビーボンバー』は、『リフレクター』の影響下にあったピクシーでも持て余す威力を誇った。

 

「ピクシー戦闘不能!」

「強烈ゥ! 『リフレクター』をモノともしない圧倒的パワーの前にピクシー倒れるゥ!」

 

(コイツは・・・・・・お遊びじゃあ済まねえな)

 

 ここに来て、ホルマジオにスイッチが入った。今大会初のリードを許したことが引き金となったのは間違いない。

 

「あら? もしかしてアナタ、キレてるの?」

 

「・・・・・・しょうがねえなァ」

 

 そのボールはホルマジオにとっての薬だ。相手の流れにバトル展開そのものを持っていかれそうなときに使う二重の薬。

 

(攻める意志、迷いのない判断ってヤツは結局、アドレナリンいっぱいの脳みそと無知が作り出すモンだ)

 

 自分と相手。相対するトレーナーに作用するとっておきの成分をフィールドに呼び起こす。

 

「行けハピナス!」

「ハピッ」

 

 丸い身体をドシンと重々しくフィールドに着地させたハピナスは温和な笑みを浮かべて短い手をいっぱいに広げ、存分に飛び込んで来なさいと言わんばかりの体勢でメタグロスを挑発する。

 

(無知のままでいられない脅威ってヤツを教えてやるよ)

 

「ホルマジオ選手の三体目はハピナス。今大会初出場のポケモンですが、あの温和な笑みに隠された秘策とはいったいなんなのかァ!」

 

 実況が一息つくのに合わせて審判が旗を上げる。

 

「先攻はホルマジオ選手・・・・・・バトル開始!」

 

 旗が振り下ろされる!

 

「『たまごばくだん』!」

「ハピッ!」

 

 ハピナスが腹部にしまっていた卵をメタグロスの頭上に投げ込んだ。

 

「かわして!」

「メタ!」

 

 メタグロスはすぐさま『サイコキネシス』を自身に施した高速機動で爆発範囲から退避。

 

「そこだァ!」

 

 ハピナスの『たまごばくだん』!

 

「メッタァ!?」

 

 メタグロスの急所に当たった。

 

「・・・・・・上手いわね」

 

 カトレアは思わず呟いた。爆発範囲から逃れるための逃走ルートを的確に潰した。

 

「けれど、まだまだメタグロスは元気いっぱいよ。『サイコキネシス』」

「メタッ!」

 

 メタグロスの『サイコキネシス』。ハピナスの動きが封じられた。

 

「塵も積もればっつぅだろ? 塵の恐ろしさを味合わせてやる。『たまごうみ』」

「ハピハピ♪」

 

 ハピナスの『たまごうみ』。ハピナスは体力の半分を回復した。

 

「行くわよメタグロス!」

「メッタァ!」

 

 ダァン!

 

 地盤が割れるほどの四つ足跳躍。『サイコキネシス』で動きを止められたハピナスは、頭上へ跳んでいくメタグロスを見上げることしかできなかった。

 

「『たまごばくだん』」

「え?」

 

 カトレアは己の耳を疑った。そんな指示をどうやって実行するというのか。

 

「ハピ! ハッピャァ!?」

 

 ハピナスの『たまごばくだん』。ハピナスは爆弾の余波に吹き飛ばされた。

 

「っ!!」

 

 一瞬でも視界から消えれば『サイコキネシス』は解かれる。ハピナスは敢えて爆煙の中心に居ることでメタグロスの視界から外れたのだ。

 

「『たまごうみ』」

 

「させないわ。メタグロス『じゅうりょく』!」

 

 ハピナスは強い重力に苛まれた影響で『たまごうみ』ができなかった。

 

 そして再び、あの連携ワザが牙を剥く。

 

「『ヘビーボンバー』!」

「メタッ!」

 

 メタグロスの高い攻撃力と重さ、高さをも味方にした超打撃。動けないハピナスには直撃必須。

 

 

「『カウンター』」

 

 

 ゆえに刺さる一手。

 

「っ! 止まってメタグロ———」

「メタァァァ!」

 

 ハピナスに『ヘビーボンバー』が直撃した。

 

「ハッピァァァ!」

 

 ハピナスの『カウンター』ストレート!

 

 制止させようとしたカトレアの横をメタグロスが通り過ぎてゆく。

 

「『じゅうりょく』を使った時点でソイツはブレーキの無え暴走機関車となんら変わらねえんだよ」

「ハピ」

 

「っ!」

 

 背後に倒れたメタグロスの安否を確かめることも忘れてカトレアはハピナスが振り抜いた拳に目を奪われていた。

 

「メタグロス戦闘不能!」

 

 

「なんとメタグロスここに沈むゥ! ピクシーの圧勝劇を瞬く間に塗り替えるハピナスの一撃! 状況は五分に戻され、全く予想できないバトルになってきたァ!」

 

 

———

 

「ありがとうメタグロス」

 

 まんまとしてやられた状況だったが、カトレアはいやに上機嫌な声色でメタグロスをボールに戻した。

 

(五分に戻されるなんて、ホウセンとのエキシビジョンマッチ以来かしら)

 

 苦戦は楽しむモノ。さらなる進化の未来を描くきっかけ。彼女は間違いなく今を楽しんでいた。

 

「戻れハピナス」

「ハピ」

 

 カトレアはまだ見ぬ光景の訪れを感じて思わず微笑んだ。

 

「フフ、楽しいじゃない」

 

「楽しい? 頭おかしいんじゃあねえのか。嬢ちゃんは今追い詰められているんだぜ」

 

 訝しげに顔を歪めたホルマジオは、念押しするように現状を口にした。

 

「ええ、極上の試練よ」

 

「・・・・・・あ?」

 

 浮かんだのは純粋な疑問。向上心豊かな競技者としての精神ではない。ホルマジオはまるで、ただ楽しんでいる子どもを見ているような心情だった。

 

「次はアナタ・・・・・・ランクルス!」

「ラック」

 

「しょうがねえなァ、スターミー!」

「ヘァ!」

 

 イキイキとしたカトレアに対して、ホルマジオは未だ気後れしている最中だった。

 

「先攻はカトレア選手・・・・・・バトル開始!」

 

「ランクルス『でんげきは』」

「スターミー『シグナルビーム』」

 

 互いに効果抜群のワザを繰り出したが、タイプ不一致で火力は互角。

 

「まずは遠距離攻撃ィ! 拮抗する二つのワザがフィールドに爆煙を巻き起こしたァ!」

 

 こうなれば隠れる手段を持つホルマジオの圧倒的有利。

 

「逃がさないで。『でんげきは』」

 

 だが『でんげきは』は必中ワザ。繰り出せば対象の元へと自動追尾していく。

 

 バツッ。

 

「ラクッ?」

 

「おおっとどうしたァ!? ランクルスの『でんげきは』がなにもない地面に落下したぞォ!」

 

 カトレアはその光景に既視感を覚えていた。イダイトウが『ゴーストダイブ』後に地中へ進出した結果、ゲンガーの絶対に当たるはずだった攻撃が地面に防がれたあの光景。

 

「コントロール不足じゃあねえかァ?」

 

 ホルマジオが得意気に笑う。

 

(スターミーは『あなをほる』を覚えないはず・・・・・・!)

 

「『シグナルビーム』!」

 

 カトレアの思考にノイズを齎した現状のX。

 

 バッシャァ!

 

 その謎は、ランクルスの背後から弾ける水面のように土が舞ったことで解かれた。

 

「まさか・・・・・・『ダイビング』!?」

「正解だ」

 

 スターミーの『シグナルビーム』!

 

「ヘェァァァァ!」

「ラクゥゥ!?」

 

 ランクルスには効果は抜群だ。

 

「『サイコキネシス』!」

「ッ、ラクッ!」

 

 すぐさまワザを撃ち終わったスターミーの身体を宙に固定し、地面に潜れない状況を作り上げる。

 

「忘れてんじゃあねえのか? スターミーの攻撃に手足は必要ねえ! 『シグナルビーム』!」

「ヘァッ!」

 

 スターミーの『シグナルビーム』。

 

「ラクッ!?」

 

 ランクルスには効果は抜群だ。

 

「息つく暇もない連続攻撃ィ! ランクルス絶対絶命かァ!?」

 

 

 ウフフ。

 

 

「あ?」

 

 フィールドに響く上品な微笑み。それは追い詰められているはずのカトレアから発せられていた。

 

「随分可愛いらしく足掻くのね。歯応えが無くて困っちゃうわ」

 

「ラック!」

「ヘァ!?」

 

 『サイコキネシス』によってスターミーがランクルスの下へ引き寄せられる。

 

「なにをするつもりだ!?」

 

 気がつけばホルマジオの背筋に冷たい汗が流れていた。得体の知れない戦術に、ポケモントレーナーとしての経験が警鐘を鳴らしたのだ。

 

「抱き締めてあげてランクルス」

「ラクッ♪」

 

 ランクルスの『まとわりつく』。

 

「ヘァァァァァァァ!?」

 

 スターミーの苦悶の声がバトルフィールドいっぱいに響く。ランクルスが身に纏う液体は、それ自体が驚異的なパワーを生み出す。

 

 全身で包まれたスターミーは、片手で岩をも砕くランクルスの膂力を身体全体で味わっているのだ。

 

「負けんなスターミー『シグナルビーム』!」

「ヘィァァァァァァァ!?」

 

 スターミーは指示を遂行できる状態ではない。

 

「ランクルス『じこさいせい』」

「ラク〜」

 

 ランクルスは『じこさいせい』で回復した。

 

「っ! 嬢ちゃんおまえ、悪魔かよ!」

 

「失礼ね。ハグをしてあげているだけじゃない」

 

 悪戯な笑みを浮かべるカトレアというトレーナーの底知れなさに、ホルマジオは今大会初めての戦慄を覚える。

 

「とどめよ。『でんげきは』」

 

 ランクルスの『でんげきは』。

 

「『ちいさくなる』だスターミー!」

「ヘッ、ァッ!」

 

 スターミーは攻撃を受けながらも、小さくなった体躯でランクルスの肉体の僅かな隙間を潜り抜け、拘束から逃れた。

 

「よくやった。もど———」

 

 バタリ。

 

「———へあ」

 

 重なった弱点ワザの連続攻撃。それに耐え得る鍛え方をしていないことはホルマジオ自身が一番よくわかっていた。

 

「スターミー戦闘不能!」

 

「・・・・・・ちッ」

 

 ホルマジオ一体のビハインド。

 

「耐えて耐えての大逆転! カトレア選手、ランクルスの圧倒的なパワーを活かした抱擁で見事スターミーを撃沈させましたァ! これでホルマジオ選手の残りポケモンは4体!」

 

 ハリーセンとハピナスは三つすでにワザを使っている。追い詰められている。疑いようのない現実。

 

「考えろ考えろ考えろ。まだここで終わっていいわけがねえだろ!」

 

 静かに自身を諭したホルマジオはある決意とともにポケモンを繰り出した。

 

「ハリッ」

 

 主の覚悟を充分に察したハリーセンは、身体の針を漲らせて闘争心を露わにする。

 

(きたわねハリーセン。猛毒状態にされるとキツイけれど、ハリーセンに『どくどく』を使わせると思えば悪くないわね)

 

「続行よランクルス」

「ラック」

 

 未だ解けてない序盤の急接近の謎。カトレアはそれを解くため耐久力に優れたランクルスで相手をすることに決めた。

 

「先攻はホルマジオ選手・・・・・・バトル開始!」

 

「ハリーセン『ミサイルばり』!」

「ハリッ!」

 

 早速序盤の焼き直し。カトレアは『じこさいせい』と呟き、目を凝らしてハリーセンの動きを注視する。

 

 ハリーセンの『ミサイルばり』。

 

(消えてない!?)

「ラック!?」

 

 完全に裏をかかれたランクルスは『ミサイルばり』全弾をまともに受けた。

 

「『サイコキネシス』!」

 

 だが見えているならばそれ相応の対応で迎え撃つ。

 

「ハリッ!?」

 

 ハリーセン本体がランクルスの凄まじい念動力に襲われる。

 

「叩きつけて!」

「ラック!」

 

 ランクルスの指の動きに合わせてハリーセンがフィールドに高速で落下する。

 

「“おまえの負けだ”」

「?」

 

 直前、『サイコキネシス』を受けても指示を出さなかったホルマジオがそう言った。

 

「ハリ」

 

 ハリーセンの目の色が変わる。

 

 

「ランクルス、ハリーセンともに戦闘不能!」

 

 

「あ・・・・・・」

 

 それは『みちづれ』の合図だったのだ。

 

「ホルマジオ選手のポケモンが3体倒れたため、30分の休憩時間を設けます」

 

———

 

「や、やられたわ! 『みちづれ』だなんて卑劣な手に!」

 

 控え室でワナワナと手を震わせるカトレアにホウセンは一つ頷く。

 

「ワザを一つ残してあからさまに狙ってやがった。謎を解くことに集中しすぎたな」

 

「わかっているわよそんなこと!」

 

 思わず激昂したカトレア。

 

「落ち着け。地力ではおまえが勝ってる」

 

「っ、なに? アタクシの指示が悪いって言いたいの?」

 

「そうだ」

 

 ギリッと唇を噛んで俯いたカトレア。彼女の顎を掴み、顔を強引に上げさせたホウセンは淡々と告げる。

 

「確かに謎を解けていない現状は完全に有利とは言えない。だが、謎が解ければ勝てると思うなよ」

 

「っ」

 

「俺が知るなかでホルマジオさんにはまだとっておきの隠し玉がある。謎に集中していてバトルが杜撰になるくらいなら今は過程をすっ飛ばせ」

 

「過程を・・・・・・?」

 

「近づかれるという結果に対する対処法だ」

 

「!」

 

 それはカトレアにとっての天啓だった。なにかに気づいたように目を見開いたカトレアの様子を見届けたホウセンは、彼女の顎を離して、控え室のドアを開ける。

 

「あとは自分で考えろ。楽しみにしてる」

 

 パタン。

 

「ええ・・・・・・楽しませてあげるわ」

 

———

 

 スゥ・・・・・・フゥゥゥゥ。

 

 あまりにも深く吸い込んだ息が煙となって吐かれる。喫煙所と銘打たれた部屋に、“たった今、向上心を忘れた”ホルマジオのシガレットの香りが充満する。

 

「失礼するぜ」

 

 ホルマジオの世界に乱入者がいた。

 

「! 先客はアンタだったか。序盤のバトルは非常におもしろかったですよ、ホルマジオさん」

 

「なんだァ? ここはガキの来る場所じゃねえぞ」

 

 背が高く若い来訪者をホルマジオは訝しげに向かい入れた。

 

「確かに俺はまだ未成年のガキですよ。でも、ホウセンという一人の男はすっかりこの味を忘れられなくなってるんです」

 

 ホウセンと名乗った男はホルマジオと同じようにシガレットの先に火をつけた。

 

「なにより、相棒に少し厳しい口を利いちまったモンで。これで罪悪感を和らげたいんです」

 

「相棒?」

 

「アンタの対戦相手です」

「!」

 

 一言呟いてホウセンがシガレットを吸った。そして、ホルマジオの脳に先程恐ろしい戦術を見せたトレーナーが浮かぶ。

 

「カトレアの嬢ちゃんか」

 

 フゥゥゥゥと煙を吐き出しながら、ホウセンは首肯する。

 

「アンタはどうしてここに? 確かに序盤の勢いは見事に失速していましたが、アンタの戦術に不利なランクルスはもう倒せたじゃないですか」

 

(あぁ、コイツか)

 

 ホルマジオはバトルの最中に覚えた自身の『ちいさくなる』を使った急接近の戦術が見破られた感覚にようやく確信を持てた。

 

「なぜそう思った?」

 

「思ったというより、見えたと言ったほうが正しいですね。ハリーセンの『ミサイルばり』の幾つかがおかしな軌道を描いていたので。移動法のカラクリに気づきました」

 

「で? なぜランクルスが俺の天敵だとわかったんだ?」

 

「回復手段を持ち合わせているからです。『ちいさくなる』でワザのスペースを使ってしまうアナタにとって『どくどく』は移動法を狭めることにも繋がって、攻撃のバリエーションも極端に減ります」

 

 ホルマジオは天井を仰ぐ。

 

「そこまでわかんのかよ。恐ろしいマネージャーがいたもんだ。こりゃあ俺の負けか?」

 

 カトレアの側に自身の戦術を看破した者が居た。この情報を彼女が知れば敗色濃厚。なにより、彼には維持するはずだったモチベーションが消えていた。

 

「・・・・・・ちょっぴり、聞いてくれるか?」

 

 ホウセンがその一言に頷く。ホルマジオは自身の戦術を見破った彼だからこそ、胸の内に巣食う想いを吐き出す決意ができた。

 

「ポケモントレーナーとしての実績ってヤツは並の資格を凌駕する評価基準となっている。社長が変わって社風もめっきり変わるタイミングで俺たちは俺たちを正しく評価してもらうために各地方リーグへ散らばった」

 

「パッショーネの人事部、でしたよね?」

 

「そこまでわかってんのか。そうだ。俺たちは少しでも良い待遇を得ようと足掻いているわけだ」

 

 ホルマジオが無気力にシガレットを吸う。

 

「だが、その目的はすでに完遂された」

 

「?」

 

「さっき連絡があった。俺の同僚が三人、地方リーグを制覇したそうだ」

 

「おめでとうございます」

 

「ありがとよ。それによって、俺はもう暴れる必要が無くなったわけだ。目標人数はすでに達した。これ以上志高いトレーナーの道を邪魔するってのもなんだかスッキリしなくてよ」

 

 ホウセンは思わずシガレットを落とした。彼が想像するホルマジオのイメージは残虐さのなかに潜む兄貴分的な面倒見の良さが隠しきれないキャラだった。

 

 実際の彼は人事部としての精神性を高めた結果、面倒見の良さが前面に押し出された性格になっていたのだ。

 

「ホウセンとか言ったか? おまえはどう思う」

 

 煙とともに胸の内を吐き出したホルマジオ。ホウセンは少し悩む素振りを見せる。

 

「さあ、俺にはわかりませんよ」

「だよな」

 

 ホルマジオは再び煙を吸う。

 

 

「あれだけの戦術を編み出したアンタがモチベーションに困っている事実がわかりません」

 

 

 吐き出そうとした煙が口の端から溢れるように漏れた。ホルマジオは呆然とホウセンを眺めていたのだ。

 

「な、に?」

 

 ホウセンは落としたシガレットを拾ってそれを捨てる。

 

「ホルマジオさんのバトルは強さの種類がテーマになっていると思うんです。その最たるものが『ちいさくなる』。クレバーに立ち回りながらも「こんな強さもあるんだぞ」と力強く訴えてくる」

 

「俺がか?」

 

「ええ。なんて言ったらいいかな? ・・・・・・アンタにとっての神秘を他のトレーナーにも感じさせたい。そう感じました」

 

「俺にとっての・・・・・・神秘」

 

 反芻するワードがホルマジオのイメージを呼び起こす。

 

「だってホルマジオさん、長期戦向けの戦術の癖して状態異常系のワザは絶対に使わないじゃないですか」

 

 ガツンと頭を殴られたような衝撃だった。ホウセンは気づいている。ホルマジオの無意識さえも。

 

「そこに美学があるんです。『ちいさくなる』で強さを証明したいと思える美学が」

 

 気がつけばホルマジオは、手の中にあるシガレットごと拳を握り締めていた。

 

「ホルマジオさんが自分をどう思っているかはわかりませんが、アンタは明確な意志を持って強くなりたいと願っているトレーナーだ。そこに一切の偽りは無い」

 

「!」

 

「跳ね除ければいい。どんだけ志が高かろうが俺の理想には届かないと叫べばいい。ポケモンと証明すればいい。それがポケモントレーナーだ」

 

 ピピピピピピッ。

 

 ホウセンのライブキャスターの目覚まし機能が音を鳴らす。

 

「試合開始5分前のアラームです」

 

「そうか」

 

 ホルマジオは手の中に握り締めたシガレットを捨てて喫煙所をあとにする。

 

「ホルマジオさん」

 

 寸前でホウセンに呼び止められた。

 

「俺はカトレアにアンタの戦術を教えていません。彼女へのアドバイスは勝つために必要な心意気だけと決めています。彼女が嫌がるので」

 

「ハッ、確かにあの破天荒な嬢ちゃんが敷かれたレールを歩いてるとこは想像できねえな」

 

「なので思う存分、カトレアとフェアなバトルをしてください」

 

「フェア? 俺に一番似合わねえ言葉だな」

 

「いいえ、その認識は違います。トレーナーとポケモンの全能力を賭けて戦う。それがフェアなバトルです」

 

 ホルマジオはまたもや天を仰いだ。

 

(眩し過ぎるんだよおめえは)

 

 こんなにも自身のバトルを肯定されたのは初めてだった。

 

「へへッ、しょうがねえなぁ」

 

———

 

 ホルマジオの初めてのポケモンはアローラ地方にリージョンフォームしたニャースだった。10歳になったそのときから圧倒的な才能を宿していたホルマジオとニャースは早い段階で別の地方のジム巡りをすると決めていた。

 

 メレメレ島では負け無し。

 

 その戦績に傷をつけたのはトレーナーに連れられたポケモンではなく、野生のポケモンだった。

 

 たった一度の敗北がホルマジオにバトルスタイルを確立させた。

 

———

 

「長い30分も終わり! 両選手が再びバトルフィールドに戻ってきたァ!」

 

「ふぅ」

 

 トレーナーゾーンに立ったカトレアはもう二度と甘えた一手を打たないと言わんばかりに頬を軽く叩く。

 

「ぼちぼち反撃と行こうぜ」

 

 ホルマジオは一つのモンスターボールを片手に意気揚々と口にする。

 

「なにかいいことでもあったのかしら?」

 

「そう見えるかい?」

 

「ええ。前半の空笑いが無いもの」

 

「そうかい。俺ァ、心から笑えてなかったんだな」

 

 清々しい想いでカトレアの言葉を受け止めたホルマジオは、一際強い眼光をバトルフィールドへ向けた。

 

「それでは両者ポケモンを」

 

「いくぜベトベトン!」

「暴れるわよムシャーナ!」

 

「ベトォ」

「ムシャ」

 

 色鮮やかなベトベトンがフィールドに降り立ち、アローラのリージョンフォームというイッシュでは珍しいベトベトンに観客たちが賑やかに騒ぎ立てる。

 

「「「ウォォォォォ!」」」

 

「これは珍しい! ホルマジオ選手のベトベトンはアローラ地方の生態系に合わせたリージョンフォーム! 従来のベトベトンにあくタイプが加わっています。これはカトレア選手には厳しい展開になってきたァ!」

 

「先攻はホルマジオ選手」

 

 『みちづれ』を使用した場合のメリット。それは『みちづれ』の発動後に相手のワザに倒されてから効果が現れるという点にある。最後にワザを使ったのは倒したポケモンのため、先攻は『みちづれ』を成功させた側となる。

 

「バトル開始!」

 

 下準備を必要とする戦術が多いホルマジオには理想的な展開となる。

 

「『いわなだれ』!」

「ベェトォ!」

 

 ベトベトンの周囲に出現した大小さまざまな岩がムシャーナへ射出される。同時にカトレアはベトベトンを見失った。

 

「・・・・・・『マジカルシャイン』」

 

 ワンテンポ置いてカトレアがムシャーナに全体攻撃を指示した。

 

 『いわなだれ』は『マジカルシャイン』に相殺された。

 

「ベトォッ!?」

 

 攻撃を受けて『いわなだれ』に張り付いていたベトベトンが元のサイズ戻る。

 

「おいおい・・・・・・」

 

(ホウセンよォ、マジで教えてないんだよな? ・・・・・・いや、アイツはそんなヤツじゃあねえか。あらかじめ接近されると想定して範囲攻撃で対処したんだろう)

 

 内心驚愕に呑まれかけたホルマジオはしかし、ベトベトンのタフさを信じて迷わず指を突き立てる。

 

「『ベノムショック』!」

「ベトォッ!」

 

 その素早い判断が『ちいさくなる』の謎を解くのに脳を回したカトレアに一手遅らせた。

 

「っ、『マジカルシャイン』!」

 

「む、ムシャ!?」

 

 ムシャーナに最大威力の『ベノムショック』が当たった。ムシャーナは毒のダメージを受けている。

 

「っ、ベトベトンがいない!?」

 

 『ベノムショック』の対処に視界を割いてしまったカトレアがまたもやベトベトンを見失った。

 

「これぞホルマジオ選手のバトル!」

 

 相対した誰もが『フィールドが広い』と嘆かせてしまう小さな強さ。

 

「ベトベトン『かみつく』攻撃!」

「『あやしいかぜ』!」

 

 咄嗟にカトレアは小さくなったベトベトンの軽さを利用し、風で吹き飛ばす策を練った。

 

(いい作戦だ。だが)

 

 ベトベトンには効果はいまひとつだった。

 

「すでにベトベトンはサイズを戻しているッ!」

「っ!!」

 

 ベトベトンの『かみつく』攻撃。ムシャーナには効果は抜群だ。

 

「『マジカルシャイン』!」

「『ベノムショック』!」

 

 ムシャーナは怯んで動けない。

 

「ベットォ!」

「ムシャァ!?」

 

 ムシャーナに最大威力の『ベノムショック』が直撃した。

 

 ベトベトンが吐き出した毒素の塊がムシャーナを蝕み、すでに体内を漂っていた毒素と反応して凄まじいダメージを与えられた。

 

「・・・むしゃぁ」

「ムシャーナ戦闘不能!」

 

「キレッキレなホルマジオ選手ゥ! バトルを再開して早くも追加の30分休憩時間だァ!」

 

「ふざけんなホルマジオォ! 最高かよおまえェ!」

「後半が楽しみだぜェ!」

 

———

 

「『あくび』でも使えばよかったかしら」

「さあな。でも謎は解けたんだろ?」

 

 すっかり眠気まなこが取れているカトレアが『ミックスオレ』を飲んで思案顔で呟いた。ホウセンも言葉を返すも、カトレアはより顔を苦々しいものに変えた。

 

「頭が痛いわ。『ちいさくなる』の対処にワザを使わないといけないうえに、勝てる作戦も考えないと」

 

「それか自分だけの新しい戦術を編み出すか・・・・・・だな」

「やめて、脳が沸騰しそう」

 

 最早退屈を感じている暇もないといったカトレアの様子に思わず笑みを浮かべて見守るホウセン。

 

「少し整理したいわ」

 

 ふとカトレアがそう言った。ホウセンは「わかった」と頷き、メモ帳を開く。

 

「まず『ちいさくなる』使用後の急接近についてからいこうか」

 

「遠距離ワザに張り付いて、ワザの射出速度そのものを利用して接近する技術ね」

「グレート」

 

 ペラリとページを捲る。

 

「ベトベトンとハピナスが使用したワザは?」

 

「ベトベトンが『いわなだれ』『ちいさくなる』『ベノムショック』『かみつく』。ハピナスが『たまごばくだん』『たまごうみ』『カウンター』ね」

「OKだ」

 

 単なる確認作業。それを必要とするほどにカトレアの脳は追い詰められていた。『ちいさくなる』の急接近ももちろん脅威だが、『ベノムショック』を対処している間に視界から消えたことのほうがカトレアにとっては重要だった。

 

「見失わないことがこんなにも難しいバトルははじめてよ」

 

 範囲攻撃で対処自体はできても決定的なダメージを与えるにはいかなかった。

 

「・・・・・・」

「なにか言いたげね?」

 

「ちょっと言葉を探してる」

 

 ホウセンの思案顔をカトレアが覗き込む。

 

「見失わないためのワザを使うか、型に嵌めた動きをさせるか・・・・・・でしょ?」

「・・・・・・読心術?」

 

 使えないわよと返したカトレアは伸びをした。

 

「そんなことしなくてもホウセンの考えていることはわかるわ」

 

 してやったりと笑みを浮かべたカトレアは最初の休憩時間とは対照的に落ち着いた精神状態で意識をバトルに向けた。

 

「退屈なバトルにはしないから」

 

———

 

(神秘か)

 

 入場ゲート前。ホルマジオの頭をホウセンの言葉が過ぎった。

 

(ベトベターに『ちいさくなる』を使われたとき、俺とニャースは卑怯だとその戦法を罵った。だが、バトルが終わって俺たちに宿ったのは畏敬の念。『ちいさくなる』を使用した状態でワザを喰らうと通常よりも大きなダメージを受ける。小さくなったベトベターにニャースの『だましうち』が直撃してはじめてそれがわかった)

 

 卑怯ではない。

 

(全身全霊をかけた戦術だった。ベトベターの気迫に押されて気がつきゃあ俺たちは負けていた)

 

 同時に。

 

(どんなチャチな力も、くだるくだらねえは使い手が決めるとわかった)

 

 入場ゲートの先から早く来いと歓声が急かす。

 

「なにが琴線に触れたのかもう覚えちゃいねえけどよォ! その神秘をモノにしてえって思ったんなら、トレーナーとしてもう止まれねえよなァ!」

 

 ホルマジオは会社員である前に、一人のトレーナーだったことを思い出した。

 

———

 

「長い長い30分が今終わったァ!」

「「「ウォォォォォ!!!」」」

 

 待ち時間で溜まったフラストレーションを吐き出すような歓声がバトルスタジアムいっぱいに響く。

 

「両選手の再入場を確認。それでは両者ポケモンを!」

 

 審判の声にも熱が入る。ここからは休憩無しのノンストップバトル。

 

「いきなさいエルレイド!」

「決めるぞペルシアン!」

 

「エル」

「ニャア」

 

 万全のエルレイドとアローラペルシアンがフィールドで向かい合った。

 

「先攻はカトレア選手」

「「・・・・・・」」

 

 最早前口上は無い。語るべきことは闘争という言語によって交わされる。

 

「・・・・・・バトル開始ィ!」

 

「『れんぞくぎり』!」

「『ねこのて』!」

 

 肘の刃を目一杯伸ばして突っ込んだエルレイドに対して、ペルシアンはその手を翳してワザを発動する。

 

「エルァ!」

 

 エルレイドの『れんぞく———ペルシアンの『ちいさくなる』———ぎり』は当たらなかった。

 

(ペルシアンも『ちいさくなる』を!?)

 

「続けて『ねこのて』!」

 

 ホルマジオの指示に合わせて、ペルシアンが元のサイズに戻り、すれ違ったエルレイドの背後で手を翳した。カトレアの指示が遅れる。

 

 ペルシアンの『うたう』。エルレイドは眠ってしまった。

 

「っ、戻ってエルレイド!」

「戻れペルシアン!」

 

「おおっと! ここで両選手ポケモン交代だァ!」

 

「お願いシンボラー!」

「どんどんいくぜハピナス!」

 

 最後に交代したのはホルマジオ。よって先攻はカトレア。

 

「『スキルスワップ』!」

「そうくるかよ『たまごうみ』!」

 

 シンボラーの『スキルスワップ』。シンボラーの特性は『てんのめぐみ』になった。ハピナスの特性は『マジックガード』になった。

 

 ハピナスは『たまごうみ』で回復した。

 

「『エアスラッシュ』」

「ボォッラァ!」

 

 『てんのめぐみ』によって怯む確率が上昇したシンボラーの『エアスラッシュ』がハピナスを襲う。

 

「『たまごばくだん』」

 

 狙うはハピナスに命中するであろう『エアスラッシュ』の通り道。

 

「ハピッ!」

 

 ハピナスの『たまごばくだん』によって『エアスラッシュ』が防がれる。

 

 ヒュン。

 

 そして、前もって仕掛けた『たまごうみ』によって可能になった『たまごばくだん』の連続攻撃。

 

「っ、シンボラー避けてッ!」

 

 ギュン!

 

「ボラッ!?」

 

 “元のサイズに戻った”『たまごばくだん』がシンボラーに直撃した。

 

「『ちいさくなる』をワザにも適応させたのね!」

「その通り! 呑み込みの早い嬢ちゃんのことだァ、これからのバトル展開がどうなるか、想像に難くねえだろう?」

 

 ハピナスの『ちいさくなった』『たまごばくだん』が再投下される。

 

「『ミラクルアイ』!」

「ボラッ」

 

 それは本来、相手に回避をさせないワザ。あくタイプであってもエスパーワザを作用させることが可能なワザ。カトレアはそれを『たまごばくだん』の軌道を正確に追わせるためにシンボラーに使わせた。そして目論見通り、シンボラーは『たまごばくだん』を視界に捉えた。

 

「『サイコキネシス』!」

「ボォラァァ!」

 

 『たまごばくだん』が『サイコキネシス』に操られてハピナスの下へ向かう。

 

「関係ねえよ! 飛び込めハピナス!」

「ハピッ!」

 

 ホルマジオの指示にハピナスは迷わず従い、鈍重に見える身体とは思えない跳躍力で跳んだ。

 

「え?」

 

 ハピナスに『たまごばくだん』が当たった。

 

「『カウンター』だァ!」

 

 眼前を飛ぶシンボラーへハピナスの拳が振り抜かれた。

 

「ハピャァァァ!」

「ボラァァァ!?」

 

「っ、頑張りなさいシンボラー! 『エアスラッシュ』」

「コイツを忘れちゃあいねえか? 『ちいさくなる』!」

 

 ハピナスのサイズが『ちいさくな——-「ハピャッ!?」———ハピナスに『エアスラッシュ』が命中した。

 

「なっ!?」

 

「舐めてもらっては困るわ! シンボラーはアタクシの指示を終えたときから『ミラクルアイ』を継続させているのよ!」

 

 ハピナスが怯んだ。

 

「とどめの『サイコキネシス』!」

「ボォォッラァァァ!」

 

 シンボラー全力の『サイコキネシス』!

 

「ハピャァァァ!?」

 

 精一杯浮かせてフィールドに叩きつけられたハピナス。

 

「立て! 立ってくれハピナス!」

「ハ・・・・・・ピ。はぴぃ」

 

 ・・・・・・だったが、最後は安定した体勢を保てず倒れてしまった。

 

「ハピナス戦闘不能!」

「大健闘のハピナスがここで倒れましたァ!」

 

「くっ・・・・・・ありがとな、ハピナス」

 

 ハピナスはどこか満ち足りたような表情でボールに戻った。同時にホルマジオは気づく。自身が本気で悔しがっている事実に。その悔しさを認識する頃にはホルマジオは笑っていた。

 

「へへッ、堪んねえなァポケモンバトルってヤツはよ!」

 

 そこにあったのは充実だった。

 

「まだまだ暴れるぜェ! ペルシアン!」

「ニャア!」

 

「続行よシンボラー!」

「ボラッ!」

 

「先攻はホルマジオ選手! バトル開始!」

 

 ビュン!

「ボラッ!?」

 

 合図とともにペルシアンが最高速度でシンボラーの眼前へ跳んだ。

 

「はや———!」

「———『ねこのて』!」

 

 ペルシアンの『かみつく』攻撃!

 

「ボラァァァ! ・・・・・・ぼら」

 

 たかが『かみつく』。しかしこれまで蓄積したダメージとタイプ一致の火力に『テクニシャン』の特性が上乗せされた一撃。シンボラーには耐えきれなかった。

 

「し、シンボラー戦闘不能!」

「なんと突き放されたと思われたホルマジオ選手! たった一手で追いついてしまったァ!」

 

「「「ウォォォォォ!」」」

 

 気がつけばホルマジオは歓声に応えるように右腕を掲げていた。

 

「やられた・・・・・・シンボラー戻って。さらに磨きがかかっているわね」

 

「嬢ちゃんの相棒のおかげさ。アイツのおかげで俺ァ、会社員からただのポケモントレーナーに戻った」

 

 ブチッとなにかがキレる音がした。

 

「そう・・・・・・ところで、あの人とどこで出会ったのかしら? 先程の休憩時間はやけにタバコ臭く感じたけれど、そのせいなの?」

「っ!?」

 

 ホルマジオとペルシアンは思わず後ろ足を一歩下げた。なにかがやばいことはわかるが、なにが彼女の逆鱗に触れたのか一向にわからないホルマジオは。

 

「・・・・・・喫煙所だ」

 

 ホウセンを売った。

 

———-

 

「ホルマジオさん、そりゃあねえって!」

 

 ゲートの先で思わず嘆いたホウセン。トレーナーゾーンでカトレアが仄暗い笑みを浮かべながら、ボールに手をかける。

 

「ふふ、しょうがない人。あとでたっぷりわからせてあげないと」

 

 不穏な単語が現在進行形で発せられているのをリアルタイムで聴いているホウセンはカトレアがなにに怒っているのかわかっていた。

 

 アタクシ以外のトレーナーに助言したのね。ホウセンはアタクシの相棒なのに。

 

(に、逃げるか?)

 

「逃がさないわよ。このバトルに勝ってたっぷりお説教してあげる」

 

 耳のいいホウセンだからこそ聴こえる声量でカトレアが呟いた。

 

「いくわよエルレイド!」

「えるぅ」

 

 エルレイドは眠っている。

 

「戻れペルシアン」

 

(なるほど、エルレイドはすでにワザを使い切っているベトベトンで対処する気か)

 

「いくぞベトベトン!」

「ベトォ」

 

 すでに手札は割れているが、ベトベトンの懸念事項はまだある。

 

(仮に起きてもベトベトンの特性があれだったら、長期戦は不利になる)

 

 タイプ相性の有利はない。カトレアのような一つのタイプを極めたトレーナーに降りかかる試練。それは相性不利なタイプが一貫してしまうことが多い。これに尽きる。

 

(ここでカトレアが持つ安定感を取り戻せるかどうかが勝負を分ける)

 

「先攻はカトレア選手・・・・・・バトル開始!」

 

「『ねごと』!」

 

 エルレイドが立ち上がり、肘の刃を目一杯伸ばす。

 

「っ、ベトベトン『ちいさくなる』!」

 

 エルレイドの『せいなるつるぎ』は当たらなかった。

 

「エルッ!」

 

 振り抜いた直後、エルレイドの目が覚める。

 

「ベトォ!」

 

 背後にはすでにベトベトンが佇んでいる!

 

「『かみつく』!」

 

 ベトベトンの『かみつく』攻撃。

 

「『アンコール』」

「エルッ!」

 

 エルレイドの『アンコール』。ベトベトンはしばらく『かみつく』しか使えない。

 

「ベトッ!」

「エルッ!?」

 

 エルレイドに『かみつく』が当たった。

 

「・・・・・・ダメか」

 

 ホルマジオが溢した一言でホウセンは確信する。

 

(やはりベトベトンの特性は『どくしゅ』。しかもエルレイドは『ねごと』の最中に『せいなるつるぎ』を使っちまった。残すワザは一つ)

 

 カトレアが聖母を思わせる微笑みを浮かべて両手を広げた。

 

「さあ、殴り合いましょう!」

「いいねぇ!」

 

 戦っている二人にしかわからない不合理の世界が今、創造された。

 

「『れんぞくぎり』並びに『せいなるつるぎ』」

「臆すなベトベトン『かみつく』攻撃!」

 

 エルレイドが振り被った肘の刃にベトベトンが噛み付いた。

 

「ルァッ!」

「ベトォッ!?」

 

 迷わずもう一方の刃でベトベトンの身体を引き裂くも、振り終えた刃をベトベトンが掴んでいる。

 

「ベトッ!」

「エルゥゥ!?」

 

 胴体に噛み付いたベトベトンがさらに噛む力を強めていく。エルレイドも負けじと刃を振るった。

 

 二度、三度、四度と続く剣戟がベトベトンの体力を確実に削っていく。

 

「「負けるな!」」

 

 そして、それはきた。

 

「エルッ!?」

 

 エルレイドはベトベトンの『どくしゅ』に触れて毒状態となった。ベトベトンのアンコール状態が解けた。

 

「『ベノムショック』!」

「ベェット!」

 

 最後の一手。問答無用の安定択。エルレイドの下へ毒の液体が迫る。

 

「『からげんき』!」

「エル! ルァァァァ!」

 

 『ベノムショック』はすでにある毒素に反応してはじめてワザの威力が高まる。つまり、発射されている最中、ワザの威力自体は数値化すれば60と言ったところだ。

 

 エルレイドの肘の刃が『ベノムショック』を引き裂いた!

 

「なにィ!?」

 

 威力が高まった『れんぞくぎり』に連動させた『からげんき』に遠く及ばない。

 

「決めて!」

 

 さらに一歩踏み込み、間合いを完璧に合わせた刃がベトベトンの柔軟性溢れる肉体を引き裂いた。

 

「レイッドォォォォ!」

「ベトォォォォッ!?」

 

 ベトベトンの急所に当たった。

 

「ベトベトン!?」

「べ・・・・・・とぉ」

 

「ベトベトン戦闘ふ———」

 

 バタリ。

 

「エルレイド・・・・・・」

「・・・えるぅ」

 

「こ、これはァ! なんとダブルノックダウンだァ!」

 

「「「ウ、ウォォォォォ」」」

「なんてバトルだ! 堪んねえ!」

「次で最後かよォ!」

「どっちも頑張れェ!」

 

 実況が告げる。ベトベトンとエルレイドが共に倒れた事実を。カトレアとホルマジオが言葉少なく倒れたポケモンをボールに戻す。

 

「そ、それでは両者最後のポケモンを!」

 

 審判の合図とともにボールが投げられる。

 

「アナタで最後よゴチルゼル!」

「ケリをつけんぞペルシアン!」

 

(ワザのレパートリーは『ねこのて』を使うペルシアンが圧倒的に有利。それにあのペルシアンは好きなワザを『ねこのて』で出している節がある。『奥の手』を出さずに勝つのは難しいな)

 

———-

 

(ホウセン、アナタがなんと言おうとアタクシは全部出し切るわ)

 

 だろうな、行ってこい。思いっきり楽しめ。

 

(ええ、エレガントに踊るわ!)

 

 ゲートの先から感じたオーラの流れ。カトレアは生き生きとした心境でそれを受け取った。

 

「来いよカトレア!」

「いくわよホルマジオ!」

 

「バトル開始ィ!」

 

「ゴチルゼル『ドレインパンチ』!」

「『ねこのて』で迎え撃てペルシアン!」

 

 ゴチルゼルの『ドレインパンチ』とペルシアンの『かみつく』がかち合った。

 

「ルゼ」

「ニャッ」

 

 結果はややペルシアンが優勢。

 

「『ちょうはつ』!」

「『バークアウト』!」

 

 ペルシアンは挑発に乗った。『バークアウト』はゴチルゼルに効果抜群だ。ゴチルゼルの特攻が下がった。

 

「どうしたカトレアァ! そんな甘っちょろい攻めでペルシアンを崩せるとでも思ってんのかァ!?」

「崩してみせるわよ!」

 

 さらにボルテージが上がっていく。

 

「『ドレインパンチ』よ!」

「『バークアウト』だァ!」

 

 ゴチルゼルが素早く接近する。ペルシアンは『バークアウト』を撃たない。

 

(どうして撃ってこないの!?)

「ルッゼ!」

 

 ゴチルゼルが拳を突き出したそのとき。

 

「ニャッ!」

 

 ドゴォ!

 

「ルゼェッ!?」

 

 ペルシアンの尾がゴチルゼルの腹を力強く突いた。

 

 ペルシアンの『だましうち』。

 

「やってくれるぜ。俺のペルシアンはよォ!」

「それはアタクシのゴチルゼルも同じよ!」

 

 ゴチルゼルはペルシアンの尾を掴んでいた。

 

「ルゥッゼル!」

「ニャ!?」

 

 ゴチルゼルの『ドレインパンチ』! ペルシアンが天高く吹っ飛ばされた。ペルシアンの挑発状態が解けた。

 

「『ねこのてェ』!」

「ニャッ!」

 

 ペルシアンが天に手を翳す。ペルシアンの周囲に針の形をしたエネルギーが生み出され、ゴチルゼルの下へ射出される。

 

 ペルシアンの『ミサイルばり』。

 

「っ、『サイコキネシス』!」

 

 思わず指示した内容はハリーセン戦の焼き直し。

 

「走れ!」

 

 ではない。止められた『ミサイルばり』の上をいつの間にか『ちいさくなっていた』ペルシアンが駆ける。

 

「『バークアウト』!」

「ニ"ャ"ア!」

 

「ルゼッ!」

 

 ゴチルゼルが耐えながら『ミサイルばり』を維持し、幾つかをペルシアンに向けて射出するも、ペルシアンには当たらない。

 

「とんでもねえ失策だったなァ!」

 

 とは言っても『ミサイルばり』の数は残り少ない。ホルマジオは早くも勝負をかける。

 

「とどめだペルシアン! 『ダメおし』!」

「解いて! 『ドレインパンチ』!」

 

 『サイコキネシス』での制御を諦めたゴチルゼルは、真正面から超高速で向かってくるペルシアンに拳を構える。

 

「決めろォ!」

 

 ここからはペルシアンの独断! 『ダメおし』か『だましうち』か仕留められると判断したほうで仕留める!

 

 ペルシアンの『だましうち』!

 

「ルゼッ!?」

 

 突き出された拳の上を尾が叩き、その推進力でペルシアンの身体が宙を回転する。体勢を崩したゴチルゼルの背に向かって爪を構える。

 

 ペルシアンの『ダメお———ゴチルゼルの『サイドチェンジ』!

 

「ニャッ!?」

「なん・・・・・・だと!?」

 

 ペルシアンとゴチルゼルの位置が入れ替わった。

 

「『ドレインパンチ』!」

 

 ゴチルゼルの振り下ろし『ドレインパンチ』!

 

「ニ"ャ"ヴ!?」

 

 ペルシアンの急所に当たった。

 

「にゃ、ぅ」

 

「・・・・・・ペルシアン戦闘不能!」

「「「ウォォォォォ!!」」」

 

「決まりましたァ! 決勝進出はカトレア選手ゥ!」

 

 スタジアムいっぱいに祝福の声が湧き上がった。

 

———

 

「が、カ"ト"レアざん。ごめ"ん、俺が悪がっだ!」

 

 バトルが終わり、バトルフィールドから退場したカトレアが最初にしたことは、ロビーでホウセンにチョークスリーパーをかけることだった。

 

「未成年喫煙は厳禁と言ったわよね?」

「ごめ"ん。ぎゅうげいじがんに"ぢょっどきづぐい"っだもんだがらざいあぐがんがわいでぎで、す、すっぢゃいまじだ」

 

 心なしかチョークの拘束力が緩んだ。

 

「タバコはどこに隠し持っていたの? ギガイアスに聴いてみようかしら?」

「や、やめでぐれ! あ、あいづは口がかるぅ“ぅ"ぅ"!?」

 

 チョークの力が強まった。

 

「まだ続ける気?」

「や、や"め"ま"ず! ぎ、ぎん"え"ん"ばんざい"」

 

 パッとようやくカトレアの拘束が離された。それと同時にカトレアが空の手を差し出した。

 

「ぅ・・・・・・」

 

 ホウセンは苦々しげな表情で『ハッピーアワー』という安いのが特徴な銘柄をその手に乗せた。

 

「はい♡これでホウセンは健康ね♪」

「あんまりだぁ」

 

 上機嫌にスキップしながらゴミ箱にタバコを捨てたカトレアと対照的にホウセンは地面に崩れ落ちていた。

 

「よォ」

 

「あら?」

 

 そこに坊主頭が特徴の偉丈夫が現れた。ホウセンはその男に憎々しげな視線を送った。

 

「ホルマジオさんアンタだな!? 俺の未成年喫煙をチクったのは!」

「あっ、まあ、確かに俺だが」

 

 ホルマジオには負い目があった。自身のモチベーションを高めてくれたホウセンへの負い目が。

 

「クソッタレェ! 成人したら絶対高いキセルを奢らせてやるゥ!」

「なに言ってるの? アナタは一生禁煙よ」

「あんまりだァァァ!」

 

 とうとう泣き崩れたホウセンになにを言おうか迷っていると、ホウセンは突如真顔で立ち上がった。

 

「ふぅ、スッとしたぜ」

「変わり身早えなッ!?」

 

「いつまで引き摺ってても現実は変わりませんので」

 

 コイツの精神状態はどうなってやがんだ。とホルマジオが驚愕に呑まれている間に「それでホルマジオさん、要件はなんですか?」とホウセンから切り出した。

 

「ホウセン・・・・・・おまえさんはこれからリーグに参加する予定はあるか?」

 

「あら、バトルのお誘いかしら」

 

 カトレアが微笑ましく言った言葉にホルマジオは頷いた。

 

「ぶっちゃけると嬢ちゃんの言う通りだ。俺ァ然るべき場所でおまえさんと戦いたい」

 

 その目は喫煙所で不貞腐れていた頃の暗さを一切排除していた。ホウセンはそのあまりにも真っ直ぐな目を見て好戦的な笑みを浮かべる。

 

「アンタ風に言えば、しょうがねえなぁ・・・・・・だ」

「場所は?」

 

 

「ジョウトリーグシロガネ大会。そこでやろうホルマジオさん」

 

 

 のった!と一言告げて、ホルマジオは差し出された右手を力強く握った。その新しい出会いを祝福するようにカトレアは微笑んだ。

 

 





 読者の皆様に相談です。僕はカトレアが越えたあまりにも高い壁の数はもう充分だと思っています。というより、このままのペースでいくとホウセンとバとる予定だった相手もカトレアに回さないといけないことになりかねません。

 あとカトレアのゴチルゼルが強すぎる。逆転場面がパターン化するのはよろしくないけど、ゴチルゼルが負ける姿が想像できない。

 僕は、僕ァこのままジョウトリーグ編に行ってもよろしいでしょうか!?
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