俺を倒して旅に出ろと言った親父が強すぎる   作:山雅将暉

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 どうしよ。他作品のキャラ出そうと思ったら全部イニシャルDになっちゃった。

 追記:終盤少し変えました。この方がホウセンとカリンらしい。


シロガネ大会32のジム制覇者 〜ゼロの心〜

 

 12月15日

 

「さあやって参りましたァ! ジョウトリーグシロガネ大会!」

 

 実況の声に合わせてスタジアムの観客が雄叫びをあげる。

 

「寒冷に見舞われた後半シーズン。ですがご安心を! 今回のジョウトリーグは一味も二味も違う! 注目選手の紹介の前にその理由をお伝えしたいと思います」

 

 巨大な杯を立ち昇る聖火が降り頻る雪を溶かし、少量の水をさらに燃やし尽くさんと火力を強めていく。

 

「今期のジョウトリーグは歴代最小の人数となっております。そうなった経緯は近年カントーリーグのレベルが上がりに上がっていることに起因し、隣接するジョウトリーグはカントーリーグに対抗してある措置をいたしました」

 

 ザワザワ・・・・・・

    ・・・・・・ザワザワ。

 

「その一つがジョウト地方各ジムのレベル制限向上! 数多のチャレンジャーたちがふるいにかけられた一方、このシロガネスタジアムに立っている32のトレーナーはあまりにも厳しい登竜門を乗り越えた歴然の猛者たちなのです!」

 

 雪の一つが火種に当たった。しかし、それは点火していた火の消失を意味しない。まだ導火線のように着々と燃え続けている。

 

「かつて伝説と謳われた男たちと現役のチャンピオンリーガーも参加しております。ゆえに断言いたします! 今大会一番の損は期待しないことである!」

 

「!」

 

 ヒョイッとシガレットを細い指に絡め取られた。下手人は淡い青髪を上品に流して、嬉しそうに取り上げたシガレットを咥えた。

 

「この泥棒猫め、返せよ」

「未成年喫煙がバレたらまずいんでしょ?」

 

 フフッと軽く笑って我が物顔でそれを吸う。馴れていないのか、時折吸いきれずに少々咳き込んでしまう姿を微笑ましく思いながらホウセンはカリンからシガレットを取り返してそれを握り潰した。

 

「けほ。もったいないわね」

「今が開会式だってこと忘れんなよ。一応おまえは最速のジム制覇者だ。あのスクリーンにデカデカと喫煙中の女が紹介されるのは見てられねえ」

 

 さすがの彼女も寒いのか、今回はキャミソールの上にカーディガンを羽織っている。相変わらず鎖骨辺りがスカスカだなと思いながらホウセンは実況の声に耳を傾ける。

 

「まずはジムを最速で駆け抜けていったジョウトのレコードホルダー! カリン選手!」

 

「!」

 

 スタジアムの巨大スクリーンにカリンが映し出された。

 

「ほぅら手を振ってやれ。俺への感謝の気持ちを込めてな」

「・・・・・・フフッ」

 

 軽く笑ってカリンはカメラの方へ手を振った。髪を流す上品な仕草とは裏腹にヒールの先でコツコツと地面を鳴らす。

 

「続きまして!」

 

「痛ッ」

 

 そして、スクリーンと実況の紹介選手が切り替わり、待っていましたと言わんばかりにホウセンの足を軽く踏んだ。ヒールだろうがなんだろうが、あくまでも軽くだ。

 

「ありがとう」

 

 底冷えするような声で告げてカリンは明後日の方を向いた。いいようにしてやられたのが気に食わなかったのかは定かではない。

 

「どういたしまして。綺麗に映っていたぞ」

「! ・・・・・・あなたって本当に狡いわ」

 

 そう言ってカリンはその場から少し離れていった。

 

「イッシュリーグ前半シーズンベスト3! この男以上にワザを命中させるハードルが高い選手を私は知りません! “リトルフィート”ホルマジオ!」

 

 スクリーンに坊主頭が特徴的な男が映った。ホウセンはスクリーンの景色と現実を照らし合わせて目で追った。

 

「よう」

 

 ホルマジオはイッシュリーグの頃よりもさらに精悍な面持ちでホウセンに手を振った。見ればわかるほどに絶対に勝つという気概をひしひしと感じ、思わず口角を上げて軽くお辞儀する。

 

「お久しぶりです。お仕事は大丈夫ですか?」

「なぁに、この一ヶ月分死ぬほど頑張ってとった有給だ。誰にも文句は言わせねえ」

 

 安心しました。と二重の意味で投げられた言葉にホルマジオは一つ頷いてカリンの背中を目で追い、ニヤニヤと揶揄い交じりの笑みを浮かべた。

 

「それで? そっちはカトレアの嬢ちゃんほっぽって浮気か?」

「ええ、この地方の好敵手です」

 

 スクリーンが切り替わる。映ったのは緑色のレーシングスーツに身を包む男。

 

「そして、現役のプロレーサーにしてチャンピオンリーガー! あまりにも格の高い二足の草鞋! みなさんご存知の通り地方リーグの王者はその功績の報酬として4年間のチャンピオンリーグ参加期間を得ます。しかし、この男は未だ2年の参加期間を残してこの場に立っている! これほど嬉しい誤算はありません!」

 

 特段態度を変えることなく、ズズと鼻頭を擦り、キリッとした鋭い目を宿した自然体でその男は立っている。

 

「そういう意味じゃあねえだろ。ホウセンおまえ、一段と弁が立つようになったな。嬢ちゃんが今のおまえ見たらなんて言うかな?」

「さあ・・・・・・多分、修行を中断した彼女がシンオウから飛んできてバトルを仕掛けられると思います」

 

 ホウセンは空を仰いだ。

 

「この男は操作する車もバトルも速い! チャンピオンリーガーの経験が生み出す速さを私たちに見せてくれ! “レーサー”舘智幸(たちともゆき)!」

 

 舘智幸は歓声に促されてようやく手を振り上げた。

 

「で、誰が一番の好敵手に相応しいか・・・・・・俺に思い知らせる。カトレアとはそういう女です」

「怖いなぁ!」

 

 信頼という名の狂気を目の当たりにしたホルマジオは両手を前に出して後退りした。

 

「そしてお次はなんとォ! 元ジョウト四天王の二人だァ!」

 

「「!!」」

 

 談笑していた二人が思わずスクリーンを見上げる。そこには二人の中年男が映っていた。

 

「片や足を活かしたバトルスタイルを確立し、神の足と謳われた走法で四足歩行ポケモンの強さを広く知らしめた。人呼んで“ゴッドフット”星野好造(ほしのこうぞう)!」

 

「なあお姉ちゃん、このあとお茶しないか?」

「ごめんなさいおじさま。お断りするわ」

 

 スクリーンに映ったメタボな男はカリンをナンパしていた。あっさりと袖に振って立ち去るカリンに星野は名残惜しげに大きな手を伸ばした。

 

「・・・・・・・・・・・・片や」

 

 さすがの実況も面食らったのか、少し間が空いてもう一人の紹介に入る。

 

「一手で制する理論派バトルを展開し、誰もがこの男の最大パフォーマンスを崩すこと叶わず、数多のトレーナーが神の手に呑まれました! 人呼んで“ゴッドアーム”城島俊也(じょうしまとしや)!」

 

 スクリーンの画面は切り替わらなかった。その眼鏡をかけた痩せた男は星野の隣に居たからだ。

 

「フラれたな、好ちゃん」

「城ちゃん・・・・・・どうやらメタボな中年はタイプじゃなかったらしいな。時間をかけていいならあの綺麗なお姉ちゃんをじっくり口説きたかったんだが」

 

 言葉を区切って星野は好戦的な笑みを浮かべた。

 

「久々に血が騒いでそれどころじゃねえんだ」

 

 優しげなその笑みに似合わない圧力を周囲に感じさせる星野に釣られて城島も頷く。

 

「中年暴走族の気まぐれのようなもんだが、楽しみだよな」

 

 既視感バリバリなその景色をホウセンは喜ばしく受け止めた。ホルマジオという前例があったのもあるが、彼らの技術がどのようにバトルへ活かされているのか、好奇心が刺激されて仕方なかった。

 

「それより、また腹が出たんじゃないのか? あんたぁ少しコレステロール減らさないと長生きできないよ」

「ほっといてくれ。太く短くが俺のモットーなんだ。それに医者の忠告は聞かないようにしているんでね」

 

 はは、と笑った城島が「こいつぁ言われたな」と嬉しげに星野の腹を小突く。

 

「ジョウト地方はチャンピオンという圧倒的な地位が長らく空席でした。空席の期間だけこの両雄の不敗神話が続いたということでもあります! しかも、最終的には七年前にお二人とも四天王の座を自ら降りています。つまり、まず間違いなく今大会でどちらかの不敗神話が崩れる!」

 

 伝説を壊す。甘美な背徳感を宿したその言葉に観客たちもシロガネ大会に集まったトレーナーたちも湧き立った。

 

「優勝トロフィーを手にするのは伝説か! ベテランか! はたまたルーキーか! 勝者はただ一つゥ!」

 

「「「うおおおおおおお!!」」」

 

 スタジアム一帯が歓声で満たされる。

 

「それではお待ちかね! トーナメントの組み合わせを発表いたします!」

 

 スクリーンに表示されたトレーナーたちの証明写真がシャッフルされるトランプカードのように舞い踊る。ピタッと綺麗に並べられた瞬間、トレーナーたちは血眼になって自身の位置を探す。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「真逆のブロックだな」

「ですね。もし戦えるとしたら決勝になりますね」

「偉く弱気じゃあねえか。“もし”なんて言葉ぁおまえの口から聞くことになるとは思わなかったぜ」

 

 ホルマジオが再び揶揄い交じりに話しかける。

 

「ええ、そっちにはカリンと城島俊也が居ますから」

「・・・・・・なるほどね」

 

 事ここに至って、ホルマジオは自身が誤解していたことに気づく。ホウセンは己が勝ち上がると信じている。ただ、ホルマジオが勝ち上がってくるかどうかはわからないと宣ったのだ。

 

「ケケ、俺も舐められたもんだなぁホウセン。おめえも決勝まで負けるんじゃあねえぞ」

「もちろん。ただ・・・・・・トロフィーは俺が取るんで」

 

 大きな決意とともに、二人は拳を突き合わせた。

 

———

 

 12月16日。

 ジョウトリーグシロガネ大会の一回戦が開始する。今大会での3vs3は一回戦のみ。よりシビアなポケモン運用が求められる条件で臨む一回戦だったが、今回はゾロアーク、ヒヒダルマ、イダイトウでいくと事前に決めていた。三体ともバトルスタイルを知られることで駆け引きが生まれ、戦術が広がるタイプだからだ。

 そして、相手は『ゼロ理論』という独特なバトル理論を展開する池田竜次(いけだりゅうじ)だった。

 

———-

 

 カリン、ホルマジオ、城島、星野と順調にシロガネ大会の注目株が二回戦へ進出していく。控え室のモニター越しに4人ともまだまだ底知れない強さを秘めて勝利する姿を見てホウセンも気合いが入る。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 一方でホウセンの対戦相手である池田は控え室で瞑想していた。

 

 なにも考えず、意識は無へと沈む。

 

 『ゼロ理論』とは平たく言えば、ポケモンが確立したスタイルを貫き通すための理論だ。ポケモンにはさまざまな育て方があり、その分だけ戦術も存在する。しかし、それを十全に活かすためにはトレーナーの腕が良くなければならない。

 

 そこで池田が出した結論とはトレーナーが迷わずポケモンを運用できる精神状態を保つというものだった。そのために育て上げたポケモンの役割を明確にし、トレーナーは無の心で指示を出す。動揺しないトレーナーのポケモンには精神的なノイズが極端に少ない。その点を重視したがゆえに生まれた理論だ。

 

「池田選手。お時間です」

 

 スタッフの声でようやく沈んでいた池田の意識が浮かんできた。

 

「もう時間か・・・・・・」

 

 カジュアルで落ち着いた服装にシャープに纏まった輪郭と短髪。エンジュシティの池田竜次が立ち上がる。

 

(このシロガネ大会、いかに心の雑念振り払って戦いに臨めるかが肝だ。無になることこそ理想的なバトルスタイルだと俺は信じている)

 

———

 

「「「ウオオオオオ!!」」」

 

 ゲートを潜ると歓声の嵐に苛まれる。激しい雨足に巻き込まれながらも熱気は少しも衰えていない。

 

「まずはこの男! ワイルドなオールバック紫髪! それがイッシュ流行りのヘアスタイルなのか!? カリン選手の威容に隠れていましたが、今シーズンのジム制覇速度はなんとベスト2! 強気な姿勢に裏打ちされたドラマを見せてくれ! サザナミタウンのホウセン選手!」

 

 ピチャ、ピチャと歩くたびに水溜りを鳴らしてしまう環境を確認しながらホウセンは腕を掲げた。

 

「そして、こちらも負けず劣らずなワイルド角刈り! それが寺の跡取り息子のヘアスタイルなのか!? 彼が提唱する『ゼロ理論』に裏打ちされた冷静堅実を地で行くあまりにも強いメンタルはポケモンに最高の仕事をさせること間違いなし! エンジュシティの池田竜次選手!」

 

 池田もまた雨の強さを確認しながら歓声に応えるように手を振った。

 

 チャプッ。

 

 二人のトレーナーがそれぞれのトレーナーゾーンに立った。フィールドはすでに軽度の沼地と化している。

 

「池田さん、アンタが提唱する『ゼロ理論』しかと見届けさせてもらうぜ」

「ほう、俺の理論を知ってもらえているとは光栄だ。だが、この場で舌戦をしたところで観客は味気なく感じるだろう。理論の中身はバトルで嫌というほど思い知らせてやる」

 

 好戦的に笑うホウセンと平静な面持ちを崩さない池田。雨に濡れながらも闘争心は湧き立っていた。

 

 フィールドの中央に審判が立つ。

 

「一回戦第十一試合。バトル形式は3vs3のシングルバトル。ワザの制限は四つ。また『みちづれ』や『だいばくはつ』などを使用し、ダブルノックダウンとなった場合は使用したポケモンが先に戦闘不能になったと看做します。以上がルールとなります」

 

 審判が旗を掲げてボールを繰り出せと合図を出す。

 

「ところでホウセンくん。アンタに聞きたいことがある」

「? はい、なんでしょうか?」

 

 しかし、ボールを繰り出す前に池田が問う。

 

「アンタにとってポケモンバトルとはなんだ?」

 

 その問いに一瞬だけ戸惑った様子を見せながらもホウセンはニヤリと笑って宣言する。

 

「不便の証明」

 

 池田は訝し気な表情を浮かべ「不便?」と聞き返す。

 

「池田さん・・・・・・俺にとって不便とは夢のはじまりだ。だがそれは必ずしも不便であればいいわけじゃねえ。便利の格とは現在地・・・・・・より高い夢を見るためには満たされた現実を把握した上でより深い不便を知る。その果てに得た現在地のさらに先、それが俺たちの目的だ」

 

 池田は一瞬呆気に取られた。しかしすぐさま感嘆したような表情を浮かべて軽く手を叩く。

 

「・・・・・・おもしろい。君の言い分から察するに、夢を追い続ける行為そのものが目的のように聞こえる。結果ではなく、より良い過程を手に入れるためのトレーナーということか」

「That's right」

 

 改めて己の感性を強く押し出したホウセンは満足気に頷いた。

 

「実におもしろいよ。俺が知るトレーナーの在り方と全く違う」

 

 池田がボールに手をかける。

 

「そんな君がどんなバトルをするのか、興味が出てきたぜ」

 

 モンスターボールが宙を舞う。

 

「オニッ!」

 

 現れたのはオニゴーリ。質問に答えたお礼かはわからないが、池田はわざと先にポケモンを出したのだ。

 

「気を遣わせたな池田さん。いくぞゾロアーク!」

「ゾロ!」

 

 その好意をそのまま受け取るのはホウセンの流儀ではない。現れたゾロアークに会場一帯が動揺に包まれる。

 

「こ、これはゾロアーク? なのでしょうか!?」

 

 ジョウト地方に生息していないこともあって身近ではないゾロアーク。そのうえホウセンのゾロアークはヒスイ地方時代の生態が残っている希少種。

 

「古代のポケモンと似たようなもんだと思ってくれ。ウチのゾロアークは所謂先祖返りってヤツだ。当時の時代の生態がそのまま残っている」

 

「・・・・・・なるほど。どうやら現代のゾロアークとはタイプも異なっているように見える」

「その通り。ノーマルとゴーストだ。おもしれえだろ?」

 

 続いて情報を開示された池田だったがそこに不満はない。むしろ、それがホウセンにとってのフェアなファイトに繋がるならと喜んでその情報を脳に刻んだ。

 

「ここまで気持ちのいい男は久々だ」

 

 ポケモンは出揃った。あとは審判が合図するのみ。

 

「先攻は池田選手。バトル開始ぃ!」

 

 旗が振り下ろされた。

 

「オニゴーリ『フリーズドライ』だ!」

「オニッ!」

 

 あっという間に変わる世界観。濡れた地面を瞬く間に覆い尽くした白銀世界。パキパキと音を立ててゾロアーク諸共氷の世界へ誘った。

 

「まずは環境を活かしてきたか。『かえんほうしゃ』」

「ゾ・・・・・・ロ・・・・・・アァァック!」

 

 『かえんほうしゃ』の熱にゾロアークを覆っていた氷が溶かされる。生憎の雨天で威力こそイマイチな炎がオニゴーリの下へ向かっていく。

 

「戻れオニゴーリ」

 

 それが命中する前にすぐさま池田はオニゴーリを戻す。

 

「早くもオニゴーリを戻したァ! しかし、雨で濡れた環境を利用し、オニゴーリが作り上げた氷のフィールドはまだ溶けていない! ホウセン選手のポケモンは動きにくくなりました!」

 

 そう。肝はそこにある。『フリーズドライ』でゾロアークの動きがある程度阻害されたのは池田にとって思いがけない幸運だったが、本命は攻撃ではなくフィールドを作ることにある。

 

「いくぞヤレユータン!」

「ヤレヤレ」

 

 そして池田が次に繰り出したのはノーマルとエスパータイプを併せ持つヤレユータン。地に足つくポケモンでありながらもヤレユータンはその氷のフィールドに腰を下ろして、葉で作られた団扇を構えた。

 

「撃ち合いがお望みかい?」

「かもしれんな」

 

 自身が持つポケモンの全力を最高の場とタイミングで発揮する。それこそが『ゼロ理論』。

 

「きちんと育てられたポケモンには役割が宿る。体力、攻撃、防御、速さ、それぞれに鍛えられた能力を活かせる場面がある」

 

 だが、人の心というのは弱いものだ。

 

「なぜなら感情がある。感情は冷静な判断と正確なバトル展開の邪魔をする。たとえばこのフィールドのコンディション。ポケモンが一歩を踏み出せない焦りやフラストレーション、滑る路面に対する不安とこの環境にポケモンが対処できるかという疑惑。そうした人間の持つあらゆる感情は必ずポケモンにミスを生む。全ての感情を無心の状態でポケモンが出せる最高のパフォーマンスを発揮する。『ゼロ理論』はポケモンの能力の対話からはじまるんだ」

 

「なるほど・・・・・・能力の対話と来たか!」

 

 池田が人差し指を突きつけた。

 

「『サイコキネシス』!」

 

 ヤレユータンの『サイコキネシス』。ゾロアークの動きを止めた。

 

「壁に叩きつけろ!」

「ヤレ!」

 

 ヤレユータンの団扇が力強く振るわれた。合わせてゾロアークの身体が超高速にスタジアムの壁へ放り込まれる。

 

(なぜなにも指示を出さない。諦めたのか?)

 

 池田は目の前の光景を見送る最中、耳を傾けて雨音響くフィールドのなかに潜むホウセンの声を拾おうとした。

 

「『とんぼがえり』」

 

 それが聞こえたのはゾロアークが壁に叩きつけられる直前も直前。

 

「ロアァァッ!」

 

 ゾロアークが壁に『とんぼがえり』を打ちつけた。必然、起こりうるワザの強制力。

 

 ヒュン!

 

「なにッ!?」

「ヤレッ?」

 

 池田は離れた視点から見ていたがゆえにゾロアークの身に起こった異常な現象をしかと見た。スタジアムにゾロアークが拳を突きつけた瞬間、弾かれたようにヤレユータンの眼前へ迫ったその景色を。

 

「『じごくづき』!」

「『さいはい』だ!」

 

 ゾロアークの『とんぼがえり』!

 

「ヤレ!!」

 

 ヤレユータンには効果が抜群だ。ゾロアークがホウセンの下へ戻ってゆく。

 

「これは上手い! ヤレユータンの『さいはい』で『とんぼがえり』を強制発動させたァ! ゾロアークがモンスターボールのなかへ帰ってゆくゥ!」

 

「グレート。さすが『ゼロ理論』」

 

 ホウセンが軽く拍手し、モンスターボールを手に取った。雨足が僅かに弱まった。

 

(冗談だろ。まさかあんな方法でヤレユータンに接近するとは。それに・・・・・・雨がやんできている)

 

 一方で目に見えた動揺はないが、池田の心中は穏やかじゃなかった。

 

「いくぞヒヒダルマ!」

「ダマッ!」

 

 その真っ白い肉体に池田は「ガラルか」と一言溢して、ヤレユータンを戻した。

 

「おっと! 池田選手再びポケモンを交代するようです!」

 

「出番だオニゴーリ!」

「オニ!」

 

 雨の環境下で起こったこおりタイプ対決。氷点下に慣れているヒヒダルマなら氷のフィールドのハンデは無い。運命は純粋なトレーナーとポケモンの技量に委ねられる。

 

 最後に交代したのは池田。よって先攻はホウセン。

 

「ヒヒダルマ『がんせきふうじ』」

「オニゴーリ『ウェザーボール』!」

 

 生成された岩石がオニゴーリに真っ直ぐ飛んでゆくが、雨のエネルギーを得た『ウェザーボール』が瞬く間に粉砕した。

 

「ダマ」

 

 ヒヒダルマは『ウェザーボール』を躱した。

 

「かかったな」

 

 池田が思わず溢す。オニゴーリはすでにヒヒダルマが回避した先にいた。

 

「接近戦か!」

「ダマ!」

 

 ホウセンとヒヒダルマが好戦的に笑う。

 

「『イカサマ』だオニゴーリ!」

「『グロウパンチ』!」

 

 『イカサマ』と『グロウパンチ』がかち合った!

 

「・・・オニ!」

「・・・ダマ」

 

 結果は互角。ヒヒダルマの攻撃力が上がった。

 

(これ以上『イカサマ』で撃ち合うのはマズイか)

 

 撃ち合うたびに攻撃力が高まっていくのなら、仮にオニゴーリが倒されたときは池田の次のポケモンに負担がかかる。

 

「オニゴーリ前方に広げろ。『ひやみず』だ」

 

 オニゴーリが雨の力によって強められた『ひやみず』がヒヒダルマの眼前いっぱいに広がり、後方に下がる以外の逃げ道はない。

 

 これ以上攻撃力の差を広げないという明確な意思表示。

 

「まだまだァ! 突っ込めヒヒダルマ! 『グロウパンチ』!」

「ダマァ!」

 

 

 そう思わせる池田の罠だった。

 

 

 『ひやみず』はただの目眩し。

 

「『ウェザーボール』」

 

 本命はその『ひやみず』をも纏った『ウェザーボール』でヒヒダルマを確実に仕留めること。

 

「ダマァ!?」

「!」

 

 凄まじい威力の『ウェザーボール』にヒヒダルマが吹っ飛ばされる。ヒヒダルマの攻撃力が下がった。

 

「『がんせきふうじ』!」

「『ウェザーボール』」

 

 すでに威力の格付けは済んでいる。だからこそ、ホウセンとヒヒダルマは工夫を凝らした。

 

「オニッ」

 

 頭上から迫る『がんせきふうじ』によってオニゴーリは否応なしにより深い射角で『ウェザーボール』を放たざるを得なかった。

 

「今だ」

 

 迎撃した一瞬の隙・・・・・・ヒヒダルマの『あなをほる』。ヒヒダルマは地面に潜った。

 

(ワザはすでに使い切っている以上、今ある手札で最善を尽くす!)

 

「穴に向かって『ウェザーボール』!」

「『つららおとし』!」

 

 オニゴーリが『ウェザーボール』を生成したときには、頭上に巨大な氷柱がいくつも生成されていた。

 

「っ、迎撃しろ!」

 

 オニゴーリの『ウェザーボール』が『つららおとし』を撃ち落とした。

 

「これでマイナスだ」

「っ!」

 

 ホウセンの言葉の意味を池田は反射的に理解する。段々と対処が遅れてきている現状。すでに一手を許さざるを得ない。

 

 地面から飛び出したヒヒダルマの『グロウパンチ』アッパー! ヒヒダルマの攻撃力が上がった!

 

「ニゴォッ!?」

 

 オニゴーリの身体が空中に投げ出される。

 

(なんつー布石だ。腹立たしいが・・・・・・この勝負は捨てる!)

 

「オニゴーリ『ひやみず』だァ!」

「トドメの『がんせきふうじ』!」

 

 互いに直撃した。ヒヒダルマの攻撃力が下がった。オニゴーリは倒れた。

 

「オニゴーリ戦闘不能!」

 

 これでヒヒダルマの攻撃力は通常(ゼロ)に戻った。

 

「オニゴーリ倒れるゥ! ヒヒダルマの見た目に似合わないクレバーな戦いが勝ち星を拾ったァ!」

 

「痺れるぜ『あなをほる』からのあの強烈なアッパーカット!」

「どっちも接近戦と遠距離戦の切り替えが上手いな」

「かっこいいぜヒヒダルマァ!」

 

 歓声に応えるようにヒヒダルマが手を振る。

 

「よくやったオニゴーリ」

 

 一方で池田は冷静な態度を崩さず、オニゴーリの頑張りを労いながらボールに戻していた。クールとはまた違う。確実に今勝っているはずのホウセンは心の安定感が齎す独特な威圧をヒシヒシと感じていた。

 

 池田が別のモンスターボールに手をかけた。

 

「いくぞ! クロバット!」

「バット!」

 

 現れたのはまん丸とした身体から四つの翼が生えた毒々しい色のポケモン。

 

「・・・・・・!」

 

 そのクロバットを見て、ホウセンのなかで散らばっていた点が線で繋がった。

 

「なるほど。オニゴーリもヤレユータンもやけに動揺が少ないと思っていたが、道理で」

「もうわかったのか・・・・・・その通り。俺のポケモンたちの特性は『せいしんりょく』で統一されている。ポケモンにもまた心がある。動揺するのはトレーナーだけではない」

 

 徹底したゼロの精神論。ポケモンとトレーナーが最高のパフォーマンスを果たす『ゼロ理論』の全容がようやく掴めた。

 

「いいね。だが、100%を出す理論でも120%の現実には叶わねえだろ?」

 

 ここで池田がはじめてムッと顔を少し顰めた。池田のトレーナー人生は不確定要素との戦いの歴史。確実性のない現実を消去し続けることで池田のバトルスタイルは確立されている。

 

「君なら、それができると?」

 

 いや、正確にはまだ確立できていない。まだ『ゼロ理論』は発展途上。

 

「NO。俺なら・・・・・・は少し違う」

 

 そんな池田にホウセンが告げた言葉は否定ではない。訂正である。

 

 

「誰もがその権利を持っている」

 

 

 理解しながらも捨てざるを得ない理論だからこそ、池田はそれを否定しなければならなかった。

 

「先攻は池田選手! バトル開始ィ!」

 

 雨が止んだ。

 

「クロバット『クロスポイズン』だ!」

「バットォ!」

 

 鋭い翼が空気を裂くようにクロスされ、斜め十字の毒がヒヒダルマに襲いかかった。

 

「『がんせきふうじ』で迎え撃て!」

「ダマッ!」

 

 ヒヒダルマが生成した数々の岩石が斜め十字の毒に幾つもぶつかり、やっと相殺される。

 

「『アクロバット』!」

 

 その頃すでにクロバットは間合いを大きく詰めていた。

 

「バットォッ!」

「ダマァッ!?」

 

 ヒヒダルマがクロバットの突進を受けて、巨大な身体が飛ばされる。なぜならすでに大地から足を離していたからだ。

 

「なにを!?」

 

 わざわざ踏ん張りを無くして無防備な状態でワザを受けたヒヒダルマに困惑が隠せない池田。

 

「ダァマ」

「バト?」

 

 未だ推進力を誇示したままのクロバットの翼にヒヒダルマの腕が絡んだ。

 

「投げろ!」

「ダマァ!」

 

 ヒヒダルマの巴投げ!

 

「バッ!」

 

 クロバットが空へ投げられた。

 

「なんと・・・・・・これはワザではない! 歴とした柔道技!」

 

 実況の声が動揺走る観客たちの鼓膜を強く叩く。疑問が氷解すると同時に僅かな動揺を抱えた池田がバトルフィールドに取り残される。

 

「『つららおとし』!」

「っ・・・『アクロバット』!」

 

 降り落ちる幾つもの氷柱の隙間をクロバットが超速で羽ばたいてゆく。回避に特化したその動きはヒヒダルマの速度でも捕らえられるものではない。

 

(なぜその位置で拳を構えている!?)

 

 ヒヒダルマはボクシングスタイルの構えをとっていた。捕えられないと捉えられないはまた別の話だ。その速度域にヒヒダルマは慣れている。

 

(クロバットは真逆の位置に向かっているんだぞ!?)

 

 羽ばたくクロバットにヒヒダルマが狙いをつける。

 

「『グロウパンチ』」

 

 ヒヒダルマが眼前に降り落ちた氷柱に『グロウパンチ』を喰らわせた。ヒヒダルマの攻撃力が上がった。

 

 バキッ・・・ヒュンッ!

 

 砕けた氷柱が礫となってクロバットを襲う。

 

「バッ!?」

 

 さしものクロバットも羽を撃った衝撃に動揺を隠せなかった。飛行する軌道が僅かに乱れ、その先にはヒヒダルマが走り込んでいる。

 

「『がんせきふうじ』」

「『アクロバット』だ!」

 

 飛来する岩石をクロバットが針の穴に糸を通すように切り抜けていく。

 

「バッ!」

 

 が、さすがに無傷とはいかず、一つの岩石がクロバットの上左翼に命中した。

 

 クロバットの素早さが下がった。

 

「いけ! 『グロウパンチ』!」

 

 落下するクロバットにヒヒダルマが拳を振り被る。そして、落下点に撃ち込む正確な正拳突きが放たれた。

 

「クロバット“最高速度”で『きゅうけつ』だ!」

「!」

 

 しかし、クロバットの翼は四つある。その翼の主目的は加速ではなく、旋回速度。

 

 クイッ!

 

「ダマッ?」

 

 クロバットがヒヒダルマの『グロウパンチ』を擦り抜けた。そう錯覚するほどの緩急を宿した旋回。

 

「バットォ!」

 

 クロバットの『きゅうけつ』!

 

 あまりにも速く噛み付き、すぐに離して羽音もなくヒヒダルマの脇を通り過ぎる。だが、威力はそれで成立する。

 

「だ・・・・・・ま?」

 

 ヒヒダルマは感じるはずの痛みもなく、その巨体をフィールドに横たわらせた。

 

「ヒヒダルマ戦闘不能!」

 

 審判が旗を掲げた。

 

「なんという旋回速度! あの体勢から立て直すに飽き足らず、まさかまさかのトドメを刺したァ! これぞ揺るがない強さ『ゼロ理論』の真骨頂ォ!」

 

「あ、ありのまま起こったことを話すぜ。クロバットが絶対に避けられないヒヒダルマの『グロウパンチ』を喰らったと思ったら、クロバットはすでにヒヒダルマの脇を通り抜けていた」

「だ、だよな? やっぱそう見えたよな!?」

「すげえな『ゼロ理論』。あのシチュエーションでもポケモンの潜在能力を100%引き出せるのか」

 

 あの速度域は並のトレーナーでは捉えられない。なにより知識ある者は『がんせきふうじ』による素早さ下降でクロバットは速度を出せないと考える。

 

「戻れクロバット」

「バット」

 

 だが、クロバットは落下速度をそのまま旋回の速度に流用して、残像が残る緩急を生み出しつつ、最高速度の『きゅうけつ』を喰らわせた。

 

 もちろんそれだけの落下速度を緩めずに活かすには相応の恐怖心と戦わなければならない。そこに池田が提唱し、実演してきた『ゼロ理論』が活きてくる。

 

「グレート。まだまだ奥が深いな『ゼロ理論』! お疲れさんヒヒダルマ。ゆっくり休め」

 

 ヒヒダルマがボールに戻される。

 

(よく言う)

 

 手放しで称賛するホウセンに池田は内心で独りごちる。

 

(アドリブ特化のトレーナーなどポケモンの基礎能力の振れ幅が大きく、不確定要素に満ちた存在だと思っていた。だが、コイツはどうだ。ワザの追加効果を最大限に活用しながらも、そのナチュラルっぷりに俺の心は乱されている)

 

 池田はようやくその事実を認めた。だからこそクロバットを戻した。

 

(認めよう。俺は今のバトルで慌てていた。ヤツの前で迎撃に回った際には俺の弱さが必ず露呈する。そして、時折垣間見える理性的なホウセンの試合運びが俺のバトルにトドメを刺す)

 

 皮肉なものだ。と池田は自嘲する。

 

(その理性的な試合運びに俺は隙を見出したのだからな。認めざるを得ない・・・・・・『ゼロ理論』の弱点を)

 

 片方が戦闘不能になってからポケモンを交代するこの場合、最初にポケモンを繰り出すのは当然ホウセンだ。

 

「さあ、コイツは俺が誇るもう一つの古代だ。イダイトウ!」

「ダイトォ!」

 

 バスラオの面影を宿した巨大な魚体が姿を見せたとき、スタジアムが再び驚愕に包まれた。

 

「まさかソイツも・・・・・・!」

「ゾロアークと同じ時代を生きたポケモンだ。名をイダイトウ。みず、ゴーストタイプを併せ持つ、古代バスラオの進化系」

 

 その神秘がシロガネ大会に初参戦!

 

「き、驚愕です! なんとホウセン選手のジョーカーは一枚ではなかった! そして、三体目のイダイトウを繰り出すや否やまたも所持するタイプの開示! この男のフェアプレー精神が誰も彼もを魅了するゥ!」

 

「「「ウォォォォォ!!」」」

 

 スタジアムが大きな歓声に包まれた。同時に池田も清々しく笑う。

 

「まったく、君は勝つのが申し訳ないほどに誠実な男だよ」

「気にするな。俺が勝つ」

 

 闘志たっぷりに好戦的に笑うホウセン。池田もその闘争心を心地よく思いながらモンスターボールを投げた。

 

「いくぞヤレユータン!」

「ヤレヤレ」

 

 バトルフィールドのところどころに霧が現れた。

 

「これまた特殊な環境になってきたな」

「望むところ。悪条件こそ『ゼロ理論』の真骨頂だ」

 

 今、池田の心は開いている。

 

「先攻はホウセン選手! バトル開始ィ!」

 

 審判の熱のこもった声が張り上げられた。

 

「『うずしお』!」

「イダイ!」

 

 まずはヤレユータンの視界からイダイトウを外すために巨大な渦を正面に作らせた。

 

「『サイコキネシス』」

「ヤレ」

 

 ヤレユータンが『うずしお』を止めた。

 

(どうくる?)

 

 池田がトレーナーゾーンのなかで動けるギリギリの範囲を歩いて、『うずしお』の向こう側を覗き込む。

 

「いない?」

 

 『うずしお』の影に隠れているのか。

 

 バッシャァ!

 

 その考えが池田の脳を過った瞬間、激しい水音が『うずしお』のなかに響いた。

 

「い、イダイトウが『うずしお』を泳いでいるぞ!? これはどういう作戦だァ!?」

 

「『スケイルショット』」

「ダイト!」

 

 『サイコキネシス』に止められているのはあくまで『うずしお』がヤレユータンの下へ向かう推進力のみであり、渦の流れそのものは止められていない。

 

 イダイトウの防御力が下がった。素早さが上がった。

 

 それを利用した渦中弾撃!

 

「『イカサマ』!」

「ヤレ!」

 

 ヤレユータンが団扇に『イカサマ』のワザエネルギーを纏い、風に変えて『スケイルショット』の軌道をずらした。

 

「これでマイナスだ。『クイックターン』!」

「ダイトォ!」

 

 イダイトウが渦の中から弾かれたようにヤレユータンへ突進する。狙いは団扇を振り抜いたヤレユータンの無防備な横腹。

 

「『リフレクター』!」

 

 だからこそ、その状態でも放てるワザをチョイスする。

 

「ダイッ!」

「〜〜ッ、ヤレ!」

 

 イダイトウの『クイックターン』が軽減された。イダイトウが再び『うずしお』の中へ戻ってゆく。

 

「だと思ったぜ! 『さいはい』!」

「?!」

 

 ヤレユータンが『サイコキネシス』を解くと同時に団扇を振るう。『さいはい』の対象はイダイトウではなく『うずしお』。

 

「ダイトォ!?」

 

 力強く歪な渦が形成され、イダイトウが呑まれるほどの流れがイダイトウの脱出を拒む。

 

 このままイダイトウの体力が削られ、ヤレユータンが勝つ。

 

「『ゴーストダイブ』」

 

 脳裏に浮かんだシロガネ大会全ての人々のシナリオをこの男は壊す。

 

「使えるのか! ・・・・・・『サイコキネシス』!」

 

 苦々しい表情を作った池田だったが、すぐにヤレユータンへ指示を出し、巨大になった『うずしお』を自身の周囲に留めて防御体勢に入る。

 

「『スケイルショット』」

 

 異次元空間が僅かに開かれる。

 

「右後ろだ!」

「ヤレ!」

 

 放たれた鱗の弾丸を渦が食い止めた。

 

「ヤレ?」

 

 だが、肝心のイダイトウが居ない。未だ異次元空間の中に居るのか?

 

 バッシャァ!

 

 いや、渦の中に潜んだのだ! その身は『スケイルショット』入り混じる渦に苛まれたのか、僅かに傷ついている。

 

「いけ!」

「これでトドメだ! 『イカサマ』!」

 

 ホウセンと池田が吠える。ヤレユータンもすぐさま動く。団扇を振り被り、向かってくるイダイトウに合わせた振り下ろしを放つ。

 

「『クイックターン』!」

 

 バキィ!

 

 突如起こる想定外の加速。

 

「なにィ!?」

 

 イダイトウを襲った渦に潜む『スケイルショット』。それを尾鰭で弾いて加速したのだ!

 

「ダイットォォォォ!」

「ヤレェェッ!?」

 

 イダイトウの『クイックターン』。ヤレユータンの急所に当たった。

 

「や・・・れ・・・」

 

 強烈な突進が腹部に炸裂したヤレユータンが前のめりに倒れる。

 

「ヤレユータン戦闘不能!」

「グレート」

 

 審判が旗を掲げる。

 

「・・・・・・素晴らしいよホウセン。『うずしお』に吸収された『スケイルショット』をも利用するとは恐れ入った」

 

 あれは不確定要素の塊だった。渦の中に潜む鱗がどのタイミングで都合よくイダイトウに当たるのかなど考えるだけで億劫だ。

 

 だがホウセンには見えていた。ヤレユータンの後ろに置かれた『うずしお』の角度によって僅かに光を反射し煌めく鱗を見逃さず、イダイトウへ合図を出した。

 

「こっちも『さいはい』には驚かされた。ワザそのものに指示するという発想は微塵もなかったぜ。まさしく新世界」

 

 互いにポケモンをボールに戻した。

 

「そこまで大袈裟なものではないさ。日々の鍛錬が生んだ副産物だ」

 

 ホウセンはなるほどと得心がいったように頷いた。池田がモノにしていない技術を本番で扱う姿に若干の違和感があったためである。

 

(相手のワザに頼る。らしくもないことをしたが、これも人の心が及ぼす弱さか? いや、その弱さが無ければイダイトウが『うずしお』をいくつも展開してさらなる機動力を手に入れ、『サイコキネシス』で捕えることも困難になっていただろう。必ずしもミスではなかったはず・・・・・・)

 

 しかし池田の内心は違った。あの『さいはい』は自身の理論から大きく外れた不確定要素の多いものだった。

 

「ふっ」

 

 池田はまた自嘲する。

 

(まったく、これだからバトルは嫌になる。ゼロの心に努めようとしても、鎮めようとしている闘争心が憧れという燃料に点火して、手がつけられなくなる。いっそのこと心を開いてみるか? 新しいゼロの形が見えるやもしれん)

 

「クロバット!」

「ゾロアーク!」

 

 クロバットの入ったボールとゾロアークが入ったボールがフィールドへと投げられた。

 

「バット!」

「ゾロ!」

 

(いやダメだ。ポケモンの負担を最小限にバトルをすれば、自ずと100%のパフォーマンスを発揮する。こういうときこそゼロの心だ。クロバットに余計な負担をかけるな・・・・・・結果はあとでついてくる)

 

 本番も本番。ジョウトリーグシロガネ大会という大舞台で大会きっての理論派の池田に葛藤が生まれるが、自身の心を強く諭し、どうにかメンタルの安定を取り戻す。

 

「「!」」

 

 そのとき白い悪魔が顔を出した。

 

「こ、これは霧だァ! 雨上がりの湿ったフィールドがこの寒冷に冷やされ、視界を真っ白に染めてゆくゥ!」

 

「ざけんな! 見えねえだろうが!」

「バトルは続行するの!?」

「決着つけずに終わるとか冗談じゃねえぞ!」

 

「少々お待ちください! リーグ委員から連絡が・・・・・・届きました! 続行です!」

 

 どうやって。という観客の疑問に答えるように、観客席の最前列から巨大なスクリーンが飛び出した。同時にカメラ付きの小型ドローンがいくつも飛翔する。

 

 ピッと、スクリーンに映像が映る。六方向のドローンカメラで映し出す六つの視点で区切られており、バトルの状況は一方向からよりもよく見える。

 

「観客のみなさまはスクリーンに映る映像でバトルをご視聴ください! ホウセン選手並びに池田選手はこのままバトルを続行していただきますが、よろしいでしょうか!?」

 

「OK! 臨むところだ!」

「いいだろう。『ゼロ理論』の真価を見せてやる!」

 

 劣悪環境大いに結構。すぐさま了承した二人に「ありがとうございます!」と実況が感謝の言葉を送り、赤外線スコープを取り付けた審判が声を張り上げる。

 

「では! 先攻は池田選手! バトル開始ィ!」

 

 最早聞こえるのは旗が振り下ろされる際に生じた僅かな風切り音のみ。

 

「『アクロバット』!」

 

 クロバットの羽音はホウセンとゾロアークに届かない。

 

———

 

「引き付けて『とんぼがえり』!」

 

 指示する最中、ホウセンの頬に冷たい汗が流れた。

 

(やっべ、まずったな。クロバットは超音波で障害物を特定できる。霧の重さなんて無いに等しい。クロバットから発せられる超音波は霧を障害物と捉えないだろう)

 

 クロバットの『アクロバッ———

 

「ゾロッ!」

 

 ———ゾロアークは地面に撃った『とんぼがえり』でその場から離脱して躱した。

 

 ゾロアークが通り過ぎたことによって霧の中に生じた僅かな穴と風。ホウセンはその気配を頼りに指示を出すしかないのだ。

 

(待てよ? 池田さん自身は見えない前提で指示を出しているってことは・・・・・・あえてヤバいモノを見せたらどうなる?)

 

「『かえんほうしゃ』!」

「ロアァァァ!」

 

 ゾロアークの『かえんほうしゃ』。霧で埋め尽くされた空白を抜ける炎の光がクロバットの影を作った。

 

「『アクロバット』!」

 

「バットォ!」

「ロア"ッ!?」

 

 ゾロアークの脇腹にクロバットの鋭い突進が襲う。同時に、“クロバットは羽音もなく離脱した”。

 

「グレート。隙ありだ」

「ゾッ、ゾロ!」

 

 少々咳き込んだゾロアークがまだまだいけると声を上げる。

 

「体力も充分だな」

 

 ホウセンの言葉にゾロアークは頷く。痩せ我慢ではないことが気配の強さでわかった。

 

「さあ行こうぜゾロアーク。三千世界の向こう側へ!」

「ロアァァァ!」

 

 その声は池田の耳にも届いた。

 

———

 

(どういうことだ? 今追い詰めているのは間違いなく俺たちだ。なのになんだ。この奇妙な威圧感は・・・・・・)

 

「『クロスポイズン』!」

 

 池田は直感的に遠距離ワザを指示した。

 

「『かえんほうしゃ』!」

 

 互いに遠距離攻撃。おそらく火力は互角だろうと先刻の『かえんほうしゃ』であたりをつけていたクロバットは紫の斜め十字を刻んだのちにすぐさま旋回する体勢に入った。

 

 『かえんほうしゃ』に『クロスポイズン』が直撃した。“ゾロアークの『イリュージョン』”が解けた。

 

「バッ!?」

 

 ゾロアークは『かえんほうしゃ』に姿を変えていたのだ。当然『クロスポイズン』は受けるが、報酬はクロバットの実物。その姿を完全に捉えた!

 

「どうしたクロバット!?」

 

 動揺を滅多に口に出さないクロバットがその声をあげたことで池田にも精神的乱れが伝播する。

 

「躱すんだ『アクロバット』!」

 

 咄嗟に出した指示は回避。迷う必要のない安定択。

 

「『ハイパーボイス』!」

 

 提示された対抗策は、このシチュエーションだからこそ刺さる範囲攻撃。

 

「ロアァァァッ!!」

「バッ〜〜〜!?」

 

 咄嗟に上の翼で耳を塞いだクロバット。彼女を今空中に飛ばしている翼は足のように生えたそれのみ。

 

「『じごくづき』!」

 

(ふざけんな! なぜこの視界で近距離戦を選べる!?)

 

「『きゅうけつ』!」

 

 池田の指示に応えるべく、クロバットがどうにか立て直して飛行体勢を維持し、ゾロアークの下へ向かう。

 

「ゾロ(見つけた!)」

 

 それが狙いだった。ゾロアークは『ハイパーボイス』を命中させたあとクロバットを見失っていたのだ。そこにまんまと自身の下へ突進するクロバットを完璧に捕捉した。

 

「バッ!」

 

 クロバットが一瞬躊躇った。引き返すか? 再び距離を取れれば・・・・・・しかし、飛行速度は完全には落とせない!

 

「ロォッアァァァ!」

 

 ゾロアークの『じごくづき』!

 

「バァァァッ!?」

 

 クロバットの急所に当たった。

 

「クロバット!?」

 

 池田はクロバットの悲鳴を聞き、トレーナーゾーンから出れないながらも安否を確認する。

 

「・・・・・・ばっとぉ」

 

 弱々しい声が静かなフィールドに響いた。

 

「クロバット戦闘不能! ゾロアークの勝ち! よって勝者、サザナミタウンのホウセン選手!」

 

 ホウセンとゾロアークが握り拳を作った。

 

「決まったァ! 見えないバトルを制し、二回戦に進出するのはホウセン選手です!」

 

———

 

 スクリーンに表示されたホウセンの写真の下に刻まれるwinnerの文字。観客席の中列。緑のレーシングスーツが際立つ男に顎髭が似合う男が尋ねる。

 

「トモさん、なんでゾロアークがあそこに? ・・・・・・俺にはクロバットとかなり距離があるように見えましたけど、気がついたらクロバットは間合いを詰められてて」

 

 トモさんと愛称で呼ばれた舘智幸。鼻頭を軽く擦り、考える素振りを見せてレース関係の後輩である男・・・・・・二宮大輝に答える。

 

「・・・・・・考えられるのは『かえんほうしゃ』にゾロアークが変身していたってとこだろう」

 

 え!? と二宮が驚いてスクリーンを何度も見ながら先程の光景を思い出す。そんな彼とは裏腹に、智幸の心情はナイーブとしか形容できないものだった。

 

 智幸はスランプ気味だった。トレーナーと腕利きのプロレーサーの二足の草鞋。聞こえはいいが、どちらかが崩れればどちらも崩れる可能性を秘めた綱渡りに他ならない。

 

 前半シーズンのチャンピオンリーグで智幸は一回戦敗退を喫した。智幸はチャンピオンリーグのなかでも腕利きと評されるほどのトレーナー。前半シーズンより以前は三回戦未満の成績をとったことがなかった。ゆえに精神的ダメージを負った。

 

 その影響はレースにも及び、トレーナーとしてもレーサーとしても成績が振るわない現状に、トレーナーとレーサーとしてのノウハウを叩き込まれた恩師からある言葉を貰った。

 

『騙されたと思ってやってみろ素人相手のフルバトルってヤツを。おまえの探している答えが多分見つかるぜ。ジョウトリーグに出てみろ』

 

 しかし、彼が実になると感じたバトルは今のところ元四天王の二人のみ。

 

(社長。素人とバトルする意義はなんですか?)

 

 彼にとって地方リーグ以下のトレーナーは悉く素人という認識だった。それだけチャンピオンリーグとの差が大きいということでもある。

 

「わからねえ」

「? トモさん」

 

 二宮が訝しげに智幸の顔を覗き見る。

 

「大輝・・・・・・俺はな、正直言って社長がなに考えてんのかよくわかんないんだ。多分、俺が煮詰まっているのを知って、気分転換のきっかけを作ってくれようとしてるんだと思う」

 

 だがな。と区切って智幸が立ち上がる。

 

「俺の方は地方リーガーになにかを期待しているわけじゃない。レース一本のおまえに言ってもしょうがないが、プロとアマにどれくらいの差があるのか・・・・・・よく見ておけよ」

 

 智幸の言葉に純粋な二宮は「はい!」と素直に返事をした。その純粋さと社長の言葉が智幸を動かす原動力となった。

 

 智幸は階段を降り、入場ゲートに向かった。

 

———

 

「・・・・・・負けた」

 

 バトルフィールドの中心で池田が右手を差し出した。

 

「『ゼロ理論』。なかなか崩すのに苦労しましたよ」

 

 差し出した手を取り、熱い握手が交わされた。観客がありったけの歓声を二人に送る。

 

「最後に一つ聞きたい」

「はい、なんでしょうか?」

 

 そんななか池田は問う。

 

「『アクロバット』で離脱していたクロバットをなぜ捕捉できた?」

 

 完全なモノとしていたクロバットの隠密飛行に隙があるという可能性を鑑みて、クリアしなければいけない課題がまだあるのではないか。池田はそこをハッキリさせたかった。

 

「いえ、見えてませんでしたよ」

「なに?」

 

 ホウセンの答えに池田が訝しげに顔を歪める。

 

「俺は池田さんに“捕捉できていると思わせた”だけです」

「!」

 

 目から鱗とはこのこと。

 

「ゾロアークが一度でもクロバットを視界に捉えたなら、見失ったという希望的観測に縋るわけにはいかない。『ゼロ理論』にはそれを許さない心の強さがあった。だからこそ、俺はアンタの理論に勝機を託すことができました」

 

 あの瞬間、最もホウセンが信じていたモノが自身の理論であったこと。彼が言っていた三千世界の向こう側の意味・・・・・・それが自身の心であったこと。

 

「クッ・・・・・・ハハッハ!」

 

 その事実を受け止め、池田は爽やかに、高らかに、霧の中で笑い声を響かせた。

 

「そこまでやられちゃ仕方ない。想像を絶するパフォーマンス・・・・・・完敗だよホウセン」

 

 『ゼロ理論』は未だ未完成。

 

———

 

 バトルの熱気も収まり、ゲートから立ち去るホウセンはタオルを持ってきてないことを後悔しながらビチャビチャな身体で廊下を歩いていく。

 

「お疲れ・・・・・・」

 

 気怠げな女の声とともにタオルがホウセンの頭に乗せられた。

 

「! カリンか。助かるよ、危うく風邪引くとこだった」

「・・・・・・」

 

 ホウセンが頭を拭きながら話しかける一方でカリンはなにも言わない。

 

「やっぱ気になるか・・・・・・一回戦のことは」

 

 美しい美女の顔に影が差していた。

 

「フフッ、あなたになら隠す気力も湧くのかと思ったのだけど」

 

 カリンがそっとタオルを掴んで、ホウセンの頭を震える手で少々乱雑に拭いていく。

 

「あなただからダメなのね」

 

———

 

 一回戦第一試合。それは午前に行われた。

 

「ストライク『つるぎのまい』だァ!」

 

 カリンvs小川信成のバトルはカリンが圧倒的アドバンテージを獲得し、パーフェクトゲーム間近でもあった。

 

「小川頑張れェ!」

「得意の根性見せてくれェ!」

 

 しかし、観客の熱は小川に傾いていた。理由は小川のバトルスタイルにあった。小川が信条とするのは進化前のポケモンで成し遂げるジャイアントキリング。如何にも大衆ウケするそのスタイルが観客の心を奪った。

 

「こっから大逆転だ! 『むしくい』攻撃!」

 

 もちろん、小川にそのつもりなど一切ない。ただ自分のスタイルを貫きたかっただけだ。

 

「『ふいうち』」

「・・・・・・ッルガ!」

 

 ヘルガーの『ふいうち』がストライクの顎を正確に撃ち抜いた。

 

 昂った観客の熱に反してあまりにも呆気ない幕引き。

 

「ざけんなッ! 正々堂々バトルしやがれ!」

「まだまだこれからだったろうが小川ァ!」

「やっぱあくタイプって卑怯だな」

「好きになれんわあくタイプ」

 

 それが謂れのない中傷を増長させた。

 

———

 

「ねえホウセン・・・・・・あたくしはどうすればいいの?」

 

 必死に視界を埋め尽くそうとする白色の狭間に涙を流している女がいた。

 

「・・・・・・バトルは好きか?」

 

 ホウセンはただそう聞くことしか思いつかなかった。

 

「・・・・・・ええ、好きよ。あなたのおかげでもっと好きになったの」

「そうか」

 

 涙を流しながら歪に笑うカリンの頭をホウセンが撫でる。

 

「じゃあ今はバトルに逃げろ」

「逃げ・・・る?」

 

 カリンが首を傾げる。

 

「逃げて逃げて逃げまくって。さっきの罵声が心地いい言葉に変わるまで戦いに逃げろ」

 

「・・・・・・その先になにがあるの?」

 

 カリンが思わず聞き返す。震える手がホウセンの項に回り、揺れる瞳を隠す余裕もない弱々しい姿がそこにあった。

 

 ホウセンがニヤリと笑う。

 

「俺と世界で一番楽しいバトルができる」

「っ!!」

 

 その言葉だけで胸の内に巣食っていたネガティブな感情が少し風化した。

 

「約束しよう! このサザナミタウンのホウセンが、カリンに最高の世界を見せてやる!」

 

 要は現実逃避である。その頼りなくもどこか心地いい真意に気づいたカリンがクスリと笑う。

 

「ウフフ、なによそれ」

 

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