俺を倒して旅に出ろと言った親父が強すぎる   作:山雅将暉

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シロガネ大会二回戦 〜消えるライン〜

 

「ワイ ジョウトズ ピーポー!?」

 

 男の名は大阪トーマス。イッシュとカントーのハーフである。彼は何者をも翻弄する変化ワザを駆使したバトルスタイルだった。

 

「や、ヤミラミ戦闘不能! バンギラスの勝ち! よって勝者舘智幸!」

 

「素人にしてはまあまあだったな」

 

 一回戦第十二試合。所要時間1分03秒。一回戦最短の試合記録だった。

 

 そして、トーマスのバトルスタイルが新たに追加ルールを設けた。

 

 ポケモンが自分の意思でバトルフィールドの白線の外へ出た場合、5秒以内にバトルフィールド内へ戻らなければ対象のポケモンは戦闘不能扱いとなる。

 

 トーマス最後の秘策。バンギラスを前にしたヤミラミは『のろい』と『ゴーストダイブ』を併用し、バトルフィールド内外ランダムに姿を現し、20秒の時間を稼いだが、バンギラス渾身の『じだんだ』に耐えきれず敗北した。

 

 そのバトルスタイルゆえに舘智幸の疑念はより確かなものになった。

 

(できた素人ではあったが、それだけだ。チャンピオンリーガーにある勝つための歪な方程式ってヤツがまるで感じられなかった)

 

 テスト用紙100点と実技50点。舘智幸のトーマスに対する認識はまさしくそれだった。

 

(わからねえ。こんな舞台で本当に答えを見つけられるのか。俺がやらなきゃいけなかったことはチャンピオンリーグに向けて追い込みをかけることだったんじゃねえか? ・・・・・・俺は社長の厚意に逃げたんじゃねえのか?)

 

 しばらく疑念が膨らみ、舘智幸はフッと笑って結論を出すにはまだ早いと思い直した。

 

「なかなかいい速さしてんじゃねえの。やるとすりゃあ準決勝か。もどかしいねえ・・・・・・こういうのは焦れていけねえ」

「気が早いんじゃないか、好ちゃん。それに特定の個人だけを期待するのは勿体無いだろう。若い才能も捨てたもんじゃない」

 

 退場間際に垣間見えたとびっきりのレジェンド、星野好造と城島俊也。彼らと戦うことで見つかるなにかがあるはずだ。そう思い直して、舘智幸はゲートを去って行った。

 

———

 

 12月16日18:42。

 

「もしもし?」

 

 場所はシロガネリーグに参加している地方リーガーに設けられた宿泊施設。洋室と上品なベッドを誇る部屋と高層に建設されたそれは最早施設というよりホテルだった。

 

「久しぶりねホウセン」

 

 ホウセンは7階ロビーのソファーに腰掛けて、高層階ならではの景色を眺めながら、ライブキャスターからの声に耳を傾けた。

 

「そんなに経ってたか?」

「ええ、二週間と二日ぶりよ。最後の通話で随分とおもしろいことを語っていたわね。確か『あくタイプ使いの強い女とバトルした』だったわ」

 

 それはおもしろいという言葉の割には尖り過ぎた声色だった。可憐で華やぐそれに似合わない覇気が宿った声だった。

 

「ごめんカトレア。言い訳になるかもしれないけど、シロガネ山で迷っちまって通信を入れるタイミングがなかったんだ。俺もおまえともっと喋りたかったよ」

「・・・・・・ええ、アタクシもよ。あれからバトルの調子が絶好調なの。なぜだかわかる?」

 

 なにか薄ら寒いものを感じさせる暗い瞳にホウセンは最大限思考を回しつつもわからないと首を横に振った。

 

「アナタがどこの誰とも知らない女性を引っ掛けてライバル面させていることが腑が煮え繰り返るくらい気に食わないからよ」

 

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 どうにかあたりをつけていたカトレアの怒りの方向性が自分の想像するものと全く違っていたためホウセンは間抜けな声を出した。

 

「おかげで過ぎた怒りをようやくモノにできたわ。もう超能力の暴走なんて万が一にもありえない。それに先日、コクランとの連続フルバトルで勝率が九割を超えたの。なぜこのことを教えたかわかる? これがなにを意味するかわかる? アナタがチャンピオンリーグに上がってきたときにはあまりにも手痛い洗礼を浴びせたうえで今このときもアナタの記憶の片隅に浮かぶ女性を忘れさせてあげるという意思表示よ!」

 

「・・・・・・・・・・・・あっはは、楽しみにしてる」

 

 想像以上にキレてらっしゃるとホウセンは思わず空笑いを浮かべた。

 

 

「あなたの頭の片隅にいる女性って、もしかしてあたくしのこと?」

「!?!???」

 

 

 背筋が凍るとはこのこと。いくら景色に見惚れ、友人との会話を楽しんでいたとはいえヒールの履いた女性の足音を聞き流すことがあるのだろうか。答えは、廊下いっぱいにあるフカフカなカーペットだった!

 

「か・・・・・・カリンなんでェ!?」

 

 白く細長い人差し指がホウセンの額をなぞる。

 

「近くで見るとおでこの広さがちょうどいいのね。似合っているわよそのオールバック」

「や、やめろカリン! カトレアの前で馴れ馴れしく触れるんじゃあない!」

 

 淡い青髪をたなびかせるカリンの悪戯な笑みがすぐそこにあった。意外にもカトレアは驚いた様子もなく「あぁ、アナタが」と言わんばかりの納得した表情をライブキャスター越しに見せた。

 

「はじめましてカリンさん。アタクシはカトレア。ホウセンただ一人のライバルよ」

 

 カリンの不満げな面持ちがなお深くなる。

 

「ご丁寧にありがとうカトレア。カリンでいいわ。あたくしはあくタイプを愛するトレーナー。彼との関係は・・・・・・よき理解者と言ったところかしら」

 

 流し目を送られたホウセンは「間違いではないけども!」と精一杯言葉を濁しつつ答えた。

 

「・・・・・・なにをわかり合っているのか非常に興味があるわ。アナタが下心だけで女性と親しくなるはずないものね。いったいどれほど夢のある言葉でカリンを骨抜きにしたのかしら?」

 

 目をぐるぐると回し始めたホウセンは言葉を探しながらどうにか口を動かす。

 

「い、いや、誤解だ。俺はうまい言葉とかそういうの苦手なこと知ってんだろ。それで・・・・・・」

 

「世界で一番楽しいバトルをしてくれるそうよ」

「!」

 

 ホウセンの言葉を遮って楽しげな声がロビーに響いた。

 

「へえ・・・・・・ホウセンがそこまで言うなんて、よっぽど素敵な夢をお持ちなのね。カリン、アナタはどんな夢を見ているのかしら?」

 

 しかし意外にもカトレアは目を丸くして、カリンが口にしたその言葉に興味を持ち、彼女の人となりを知りたいと思い始めた。ホウセンがほっと安堵の息を吐く。

 

「ホウセンはね、世の人があくタイプのポケモンを好きになってほしいっていうあたくしの夢を応援してくれたのよ」

 

 話している最中もホウセンのオールバックをなぞる指が止まらないが、彼はカリンの事情を誰よりも知るためにそれを咎められない。

 

「けれど現実は少し厳しくてね・・・・・・長年払拭できなかった差別をあたくしのバトルだけで無くすのはどうしても限界があるの」

「・・・・・・そう。そちらの地方ではタイプ差別があるのね」

 

 カリンは引き続きホウセンの髪をなぞりながら頷く。

 

「一回戦第一試合。あたくしがこの大会最初のバトルをするトレーナーだった。彼らには・・・・・・酷いバトルに見えたのでしょうね。これから大逆転をと闘志に燃えるトレーナーとポケモン。その意志を瞬く間に挫くバトル」

 

 小川信成とのバトルを思い起こしながら苦い表情を作るカリン。

 

「でもね」

 

 ふと彼女は顔を上げる。その視線はホウセンへ真っ直ぐ向けられている。

 

「素敵だったわ。彼女たちが自分だけの強さを思う存分発揮する姿は。そしてつくづく思わされたわ。あくタイプ使いのカリンはホウセンとのバトルからはじまったって」

 

 頬に添えられた手をさすがにホウセンは掴んだ。

 

「そんなあなたが言ってくれたのよ? 世界で一番楽しいバトルをやろうって、最高の世界をあたくしに見せてくれるって」

 

 カリンは恍惚と笑む。

 

「素敵ね。夢のような世界を一緒に作るんですもの。きっとこの現実の何倍も尊い時間に逃げられるのでしょうね」

 

 それはどこか悲観的だった。ホウセンが課した現実逃避。彼女はそれに従っている。他ならぬ本人はその姿を苦々しく思っていた。彼はカリンに前向きな思いを抱いて欲しかっただけなのだ。

 

「っ」

 

 事ここに至ってホウセンは己の間違いに気づく。カリンはあのとき、前を向きたかったわけじゃない。そんな彼女に逃げ道を作ってしまった己の浅はかさに気づかれぬよう歯噛みする。

 

「そう、逃げるの」

 

 心の底から軽蔑するような声がライブキャスター越しに響く。

 

「不思議ねホウセン。アナタはカリンがそんなに哀れに思えたの?」

「!」

 

「哀れ? ・・・・・・あたくしが?」

 

 カリンが茫然自失にホウセンの右腕を掴み、その先にいるカトレアを睨む。

 

「取り消して。あたくしがいつ、ホウセンに同情を誘ったというの!?」

「落ち着けカリン」

 

 激昂する彼女にカトレアは「ふわぁ」と一つ欠伸を溢して、淡々と答える。

 

「今もそうじゃない。アナタは自分が可哀想だと思うから逃げるなんて言葉を使うのよ。まずはそれを認めなさい。そして、自分を憐れまない方法を精一杯考えるのよ」

「っ、好き勝手言ってくれるじゃない!」

 

 カリンは知らず知らずのうちにホウセンの右腕に爪を立てていた。

 

「ええ言うわよ。アナタは昔のアタクシそっくりだもの」

 

 僅かに震えるライブキャスターの画面でカトレアはそれに気づいた。

 

「あなたとあたくしのどこが———!」

「———自分自身の夢に疑惑を抱いているところ」

 

 その瞬間、カリンは遮られた言葉によって返すそれを失った。

 

「誰もがあくタイプを肯定する世の中を作りたい。とても良い夢だと思うわ。けれど、アナタはその夢から目を逸らそうとしている。見て見ぬフリを一度でも覚えれば、自分の進むべき道さえわからなくなるわ」

「・・・・・・」

 

 とうとうカリンはなにも言えなくなった。

 

「迷いのあるトレーナーの不利益を被るのはポケモンよ」

「!」

 

 大切なことはすぐそこにある。カトレアの言葉になにか思うところがあったのか、カリンの腕の力が弱まる。

 

「気概の無い行動は決して実にならない。アタクシたちはトレーナーだもの。それに・・・・・・アナタが戦おうとしているトレーナーは誰よりも夢に向かって走り続けている彼なのだから。彼に見合う夢を持っていないとね」

 

 カトレアに流し目を送られて、彼女の言葉に気を取られていたホウセンはやっと下を向いたカリンに気づく。

 

「おいカトレア———」

「———黙ってホウセン。今あたくしが話しているの!」

 

 咎めようとしたホウセンを他ならぬカリンが割り込んだ。緩まっていた腕を掴む力が強まる。「え、痛い」とホウセンが小さく溢すもカリンは自分自身への怒りでいっぱいだった。

 

「一生の不覚だわ。ええ、認めるわ。あたくしは良き理解者に出会った。かつてないほどに浮かれ、のぼせ上がり、小さな挫折で理解者に弱音を吐く弱い女に成り下がったわ。ホウセン・・・・・・あなたに哀れまれるほどに!」

 

 ガシッとホウセンの側頭を鷲掴みにして怒りに震えた表情を強引に見せたカリン。

 

「もう二度とあなたの前で悲劇のヒロインにならないから」

「・・・・・・んッ!?」

 

 

 ズキュゥゥゥン!

 

 

 カリン、決意の接吻。ホウセン、今世初のキス。

 

「・・・・・・全部奪い取ってあげる。気に入らない世の中も、初恋も、勝利も、なにもかもあたくしの思い通りに染めてあげるわ!」

 

 彼の眼前で下唇を舐めたカリンが勝ち気な笑みを浮かべていた。

 

———

 

 12月16日19:15。7階ロビーにて。

 

 茫然と一人で外の景色を眺めるホウセン。砂嵐走るライブキャスターの音が無常に響く空間に一人の男が踏み込んだ。

 

「よォホウセン。どうしたァ、まるで恋人の目の前で別の女にキスされたような顔してよォ」

 

 男の名はホルマジオ。今回の一件全てを隠れて聞いていた出歯亀である。触れた対象に施せるほど鍛えられた彼のポケモンたちの『ちいさくなる』は潜入捜査にうってつけだった。

 

「見ていたな!? アンタ一連の流れ全部見ていやがったなホルマジオォ!?」

「ハハハッ、まあ軽くワインでも飲もうや。ロマネコンティだぜぇ。給料上がって奮発しちまったァ」

 

 ビキビキと青筋を立てたホウセンは懐から財布を出して高いお酒にはあまり釣り合わない枚数のお札を机に叩きつけた。

 

「飲ませろ! 見物料込みだ!」

「アヒャヒャヒャッ! いいぜェ楽しもう!」

 

 グラスを二つ並べてトクトクと注ぐ美しいルビー色が彼女の薄い口紅を思い出させた。

 

「クッソがァ! ファーストキスは俺からしたかったァ!」

 

 机に突っ伏したホウセンをホルマジオがまた笑う。

 

「アヒャッヒャッ! 気にするとこそこかよ! オメェは見ていて飽きねえなァホウセン」

「どうすりゃあいいんだよ〜」

 

 注がれたロマネコンティをそのままに、ホウセンはすでに酔っ払ったような口調で嘆く。

 

「好きな女が二人になっちまったァ!」

 

 さすがのホルマジオもこの発言には瞠目した。ホウセンはカリンの口紅に似た色のロマネコンティを忘れるようにがぶ飲みしていた。その光景を苦笑い交じりに微笑ましく見守っていたホルマジオ。

 

「だがホウセンよォ。悪ィが、決勝でオメェとやるのは俺だぜ」

 

 それはホルマジオの意地だった。一回戦のホウセンのバトルを見て、ロマネコンティに押されてなお熱くなった胸の内から飛び出た漢の言葉。

 

「・・・・・・ククッ」

 

 それを受け止めたホウセンは酔いながらも好戦的な笑みを浮かべた。

 

「いいねえその闘志。だが俺の惚れた女は強いぜ。ほる・・・・・・まじ・・・お」

 

 半杯。ホウセンはたった半杯でダウンした。父親譲りのアルコールの弱さである。

 

「おいおい・・・・・・しょうがねえなぁ」

 

 結局払ったお金の元を取れずにダウンした彼をホルマジオが部屋まで連れて行って介抱した。

 

———

 

 12月17日10:00 天気は晴れ。シロガネスタジアム第3控え室。

 

 情報の公平性を保つために一回戦終える毎にブロックの順番は逆転する。昨日はカリンが第一試合を務めたが、今日は逆のブロックから試合が行われる。

 

 そのため、ホウセンが今日行うのは二回戦第二試合。相手はチャンピオンリーガー兼レーサー舘智幸。

 

「はい、アギルダー問題なしで〜す」

「シュバルゴも怪しいとこないよ〜」

 

 控え室で行われているのは持ち物検査兼、最終治療だった。別のブロックでポケモンにありったけのハーブをキメさせたトレーナーがいたらしく、まだ研修医段階のジョーイさんを総動員して、ポケモンのチェックを行っていた。

 

「あれ? このギガイアスエネルギー値おかしくない?」

「どれどれ〜?」

 

 ホウセンは控え室の端で天井を仰いでいた。

 

(あのときのカリン・・・・・・めっちゃ綺麗だったなぁ)

 

 恋に堕ちていた。

 

「持ち物検査は問題ないんですけど、このギガイアスだけ通常個体の5倍ほどのエネルギーを蓄えているんです」

「ガイア・・・・・・」

 

 ギガイアスは「助けて」という視線を送るも主人は昨日のキスのことで頭がいっぱいだった。

 

「う〜ん、まあオヤブン個体と似たような事例でしょ。大事なのは持ち物を持っているかどうかだし、問題ないと思うよ」

「・・・そうだね。うん! ハーブ系の成分も見られないし、ギガイアス異常なし!」

 

 ギガイアスがホッと安堵のため息を吐いた。

 

(・・・・・・やべえな)

 

 一方でホウセンは自身の中にある変化を感じ取っていた。

 

(カトレア以来かな、こんな気持ち)

 

 それは恋情とは少し違った。

 

(バトルがしたい。カリンのポケモンとじゃない。カリンとカリンのポケモンが生み出す世界観を思う存分体感したい)

 

 ホウセンに根差す「ポケモンの限界を引き上げる」という理念ではなく、トレーナー同士の本能により生まれた闘争心。

 

(なあカリン。今のおまえはどんな世界を創るんだ?)

 

 恥ずかしげに赤らんでいた表情が引き締まる。

 

「見たいな」

 

 自然と溢した小さな一言を検査されている彼の手持ちポケモンたちが敏感に聞き取った。

 

(いや、見るだけじゃ足りない。必ずその世界を体感する。これ以上ない確信だ。きっとおまえの創る世界はチャンピオンリーガーだろうが、元四天王だろうが、全てを些事だと思わせてくれるだろう)

 

 ギガイアス、イダイトウ、アギルダー、ヒヒダルマ、シュバルゴ、ゾロアーク。彼らのボルテージがホウセンの熱に浮かされて知らず知らずのうちに上がっていく。

 

———

 

 シロガネスタジアム第6控え室。

 

 公的な教育機関というわけではないが、舘智幸が社長と呼ぶ人物は車関係の商会を営む傍らレースとバトルの技術を速さを介して教える塾を開いている。社長の名前に因んで東堂塾。

 

「はい、バンギラスの確認終わりました〜」

「オッケー、次テッカニンチェックいくよぉ」

「了解で〜す」

 

 ただ塾と言っても教えるスタイルが運転技術がある前提なために、もっぱら腕利きのレーサーを輩出する塾だと思われがちだが、確かな実力を備えた塾の卒業生たちの大半は地方リーグベスト8レベル。そのなかでも抜きん出ている卒業生が舘智幸。

 

「智幸、調整は済んでるか?」

 

 そんな彼の恩師である東堂がタバコを吹かしたまま、深刻な表情で椅子に腰掛ける智幸に問いかける。

 

「・・・・・・バンギラスがまだ速度に慣れていないことを除けば概ね順調ですね。バンギラスも実際のバトルで合わせていける範囲ではあります」

「その割には随分浮かねえ顔をしてやがんな」

 

 東堂は気軽に「なにが気掛かりなんだ?」とタバコを吸いながら問う。

 

「・・・・・・ほんと、どうしていいかわからないんですよ。前半シーズンのチャンピオンリーグ初戦で俺は一つの壁にぶち当たりました。どれだけ能力を上げても絶対に砕けない壁。あれを砕くことに意識を割かれて攻撃できない時間が増えちまうんで、遅れた一手を取り返そうとするけど、気づけばワザのチョイスそのものがミスになっているんです」

 

 そのときのことを思い出しているのか、智幸の目が暗く染まり、どこでもないどこかを眺めている。

 

「かと言って今の戦術にこれ以上突き詰める部分があるとは思えないんですよ。代わりになる新しい戦術を生み出せばと試してはいるんですが、チャンピオンリーグで通用しないものばかりだし・・・・・・お先真っ暗です」

 

 それはとても一回戦最速で試合を終えた腕利きのチャンピオンリーガーがする顔ではなかった。彼を覆うあまりにも高い壁の影に智幸は完全に呑まれてしまっていた。

 

「俺一人の力じゃどうにもならない壁かも知れねえけど、今はとにかく———」

 

 

「———それは違うぞ智幸。おまえ、大事なことを忘れてるぞ」

「え?」

 

 

 突如東堂に差された咎めるような声音に智幸は思わず動揺する。

 

「それは間違いなくおまえ自身の問題だぞ。わかんねえのか?」

「社長・・・・・・」

 

 恩師だからこそ、智幸はその言葉の意味を捉えようとする。

 

「舘智幸選手。バトルフィールドに入場してください」

 

 結局理解する前にリーグスタッフから声をかけられ、意味を問う時間もなくなり、智幸は思考を回しながら席を立つ。

 

「智幸・・・・・・思いっきりバカになってみろ。そうすりゃあ、今のおまえの欲しがっている答えが、多分見つかるぜ」

 

 どこか確信的に呟いた東堂の声が智幸の鼓膜を叩き、脳を激しく揺らした。

 

———

 

「さあさ、二回戦第一試合は未来を見ているとしか思えないバトル展開で圧倒したイツキ選手が早くも三回戦へ駒を進めました。彼の次なる対戦相手がこの第二試合で決まります!」

 

「「ウォォォォォ!!」」

 

 興奮冷めやらぬ歓声がシロガネスタジアムいっぱいに響く。

 

「あ! 酒井さんこっちです!」

 

 そんななか、現役東堂塾の塾生二宮大輝が同じく塾生の先輩、酒井を歓声に負けず劣らずの声量で呼び込んだ。呼ばれた酒井は二宮が取っておいた隣の席に腰掛ける。

 

「ギリギリ間に合ったかな。大輝、第一試合はどうだった?」

「・・・・・・どうと言われても、柊選手の遠距離攻撃全てが『サイコキネシス』に捕まって、そのまま自分に返ってくる感じ。なんというか、本当に未来を見ているとしか思えない試合運びでした」

 

 ニキビが目立つ酒井の顔が笑みを浮かべる。ポケモンバトルに興味を持っていなかった後輩の二宮が戦慄しながら語るその姿を嬉しく思ったからだ。余程感情移入したのだろう。

 

「エスパー使いは超能力を持つトレーナーが多いからな。トレーナーの超能力と連携したエスパーポケモンの厄介さはなかなかのものだよ」

 

 酒井もまた智幸と同じく二足の草鞋を履く人間だった。センスで走る二宮に比べて、酒井は知識で走るドライバー。それはトレーナーとしても同じことで、ポケモンバトル初心者の二宮の解説役には持ってこいの人物だった。

 

「ところでトモさんの調子はどうだった?」

 

 酒井はこれからバトルする智幸について聞いた。

 

「・・・・・・悪そうではないんですけど、トモさん自身がイマイチ乗り気じゃなさそうでしたね」

 

 酒井の笑みが深まる。それは決して性格の悪い喜びではなく、集中している姿だった。ドライブ中もバトル中も、集中力が高まれば高まるほど笑みが深まるのが酒井という男だ。

 

 因みに東堂塾ではその笑みを浮かべる姿から「スマイリー酒井」と呼ばれており、誰も彼の下の名前を知らない。

 

「チャンピオンリーグでの敗北が尾を引いているのか・・・・・・」

「まあでも、トモさんが負けるとは思えません。きっと、二回戦最速記録を打ち出して勝ち上がりますよ」

 

 心配する酒井に対し、二宮は尊敬する智幸をただ信じていた。

 

「きたぞォ! チャンピオンリーガー舘智幸だ!」

「最速で負けんなよホウセン!」

 

 バトルフィールドに二人のトレーナーが入場した。誰もがチャンピオンリーガーという圧倒的実績を信じて疑わず、シロガネリーグの空気は明らかにホウセンが挑戦者だった。

 

「さァて、お手並み拝見といこうか」

 

「フフッ、待ち遠しいわね」

 

 そんな会場の空気感で二人のトレーナーがその挑戦者の勝利を信じていた。

 

「素敵な舞台を創るわよ。あなたと一緒にね」

 

———

 

 審判がフィールド中央に立つ。

 

「二回戦第二試合。バトル形式は6vs6のシングルバトル。ワザの制限は四つまで。どちらかのポケモンが3体戦闘不能になった時点で30分間の休憩を一度だけ設けます」

 

 通常のリーグとほぼ変わらない内容。しかし、一回戦を鑑みて追加されたルールがまだある。

 

「また二回戦からは追加ルールとして、自らの意思で白線外に飛び出した場合は5秒以内にフィールド内へ戻らなければ対象のポケモンは戦闘不能扱いとなります。戻るまで交代行為も禁止ですのでご注意を。そして、持ち物の使用は認められません」

 

 一通りルールを語り終えた審判が旗を掲げて「では、両者ポケモンを!」と叫ぶ。

 

「いくぞテッカニン」

「テッカ!」

 

「ヒヒダルマ!」

「ダマッ!」

 

 テッカニンがフィールド上スレスレを飛び、ヒヒダルマが両の掌を叩いて気合いを入れる。

 

「やると決めたからには素人が相手でも手加減はしない。プロとしてのプライドを持って戦う」

 

 智幸が力強く宣言する。受けたホウセンは好戦的に笑う。

 

「場外の称号なんて意味ないでしょう。この場で出せる能力が全てだ。全部出し切ってアンタを倒す!」

「・・・・・・それでいい」

 

 見覚えのある闘争心溢れたトレーナーの顔を前にして、智幸の表情に再び影が差す。

 

(出し切って・・・・・・か。それで叶うはずだった未来を捨ててもか?)

 

 安定して勝つ。プロとしての評価が高まれば高まるほど求められる資質。時には勝つべきバトルのために呑まざるを得ない敗北もある。智幸はそれを知っている。

 

「先攻はホウセン選手」

 

 ヒヒダルマが腰を低く、拳を胸の位置に構える。

 

「・・・・・・バトル開始ィ!」

 

「中距離『ほのおのパンチ』!」

「ダマッ!」

 

 審判の旗が振り下ろされると同時にヒヒダルマの拳が炎を纏う。点の打撃ではテッカニンを捉えることは至難、ゆえに風圧を味方にした面攻撃を可能とするボクシングスタイルの素早いジャブ。

 

「『つばめがえし』」

 

 『ほのおのパンチ』は当たらなかった。

 

(わからねえ)

 

「!」

 

 テッカニンは元の位置から大きく急上昇し、それを躱していた。

 

「『ゆきなだれ』!」

「ダマッ!」

 

 すぐさまより広範囲のワザをチョイスし、テッカニンの逃げ場を奪っていく。

 

 シュン!

 

 はずだった。

 

「ダマ!?」

 

 テッカニンの『つばめがえし』! ヒヒダルマの急所に当たった。

 

(こんなバトルにいったいなんの意味があるってんだ)

 

 原理は至極単純。『つばめがえし』の予備動作となる急上昇からの急降下で回避と急接近を為し、ワザを繰り出す前にテッカニンの右腕がヒヒダルマの胸の中心を叩いた。

 

「今ッ!」

「ダマ!」

 

 ワザを受けたと感じたヒヒダルマが反射的に腕を伸ばす。

 

(こんなところに俺の探している答えなんて・・・・・・あるもんか)

 

「『れんぞくぎり』だ」

「テッカァ!」

 

 それをテッカニンは巧みな旋回飛行で回避しながら、伸びてきたヒヒダルマの腕を切り裂き、離脱する。

 

「テッカ」

 

「・・・・・・おいおいマジか」

 

 ホウセンが思わず苦笑いを浮かべる。なんのことはない基礎技術の延長にあった今の動き、それだけでヒヒダルマが捉えられないほどの差をありありと感じさせられた。

 

「速い速い! 智幸選手のテッカニンがさらに『かそく』してゆくゥ!」

 

(バカバカしいぜ。これ以上は時間の無駄だ。こんなバトルに答えがないことはやる前からわかりきってたことだ)

 

 当たる当たらないの次元ではない。ただ、最適なラインを飛んでワザを受けただけでヒヒダルマはそこそこのダメージを負った。

 

(自信を持って終わらせてやりゃあいい。アドバンテージを取ってしまえばそれで終わりだ)

 

 智幸は溜め息一つ溢してテッカニンにさらなる指示を出す。

 

「『バトンタッチ』」

「っ、させるか! 『ほのおのうず』!」

 

 テッカニンの背から生成されたバトンが宙を舞う。これが成功してしまえば次に繰り出すポケモンがテッカニンの上昇した素早さを引き継いで降り立ってしまう。最悪次のポケモンに素早さが引き継がれても『ほのおのうず』で交代を縛って対処法を考えるためのチョイス。

 

 スカッ。

 

 テッカニンは宙を舞うバトンを置いてヒヒダルマに突っ込んだ。

 

「なにッ!?」

「ダァマァァ!」

 

 ヒヒダルマの『ほのおのうず』。テッカニンには当たらなかった。

 

 華麗に躱したテッカニンの右腕が白く光る。智幸もその速度に連動して指示を出す。

 

「『つばめがえし』」

「ガード!」

 

「テッッッカァ!」

「ダマァ!」

 

 今度は直撃ではなかった。ヒヒダルマがなんとか腕を割り込ませてガードしたが、テッカニンはすぐさま弾かれるように旋回して、地面スレスレのバトンを手に取り、智幸の下へ戻ってゆく。

 

「やられた・・・・・・!」

 

 今のは防がれても問題ない攻撃だからこそ、敢えて見える速度を維持しながらワザを繰り出したことにホウセンは気がついた。

 

「『バトンタッチ』の知識はあるようだが、ヒヒダルマの速度で止められるほどテッカニンは遅くねえ」

「!」

 

 智幸が次のモンスターボールをバトルフィールドに投げ込んだ。

 

「バンギラァ!」

 

 現れたのはバンギラス。ホウセンは見覚えのあるその光景に「王道だねえ」と小さく溢して目を細める。

 

「ダマ?」

 

 どこかつまらなさそうな声を出したホウセンにヒヒダルマが思わず振り返った。

 

「おもしろくねえよな。このまま攻撃力と素早さの暴力で終わっちまうってのはよ」

 

(なんだ?)

 

 智幸は『バトンタッチ』後のバンギラスを目の当たりにしたどのトレーナーとも反応が違った。苦い表情、辛い表情さまざまだったが、ホウセンのように対抗心を露わにするトレーナーは見たことがなかった。

 

「今のワザ構成なら活かせるぜ、プロレス技をよ」

「!」

 

 ヒヒダルマが目を見開き、笑みを浮かべて頷いた。

 

「なにをする気かは知らねえが、させねえよ。『ストーンエッジ』」

「ギラッ!」

 

 バンギラスが鋭利な岩の刃を周囲に展開し、同時に地面を力強く叩き、巨大な岩の柱を地面から生やす。

 

 バンギラスの二重『ストーンエッジ』!

 

 カロス流と一般的な『ストーンエッジ』の重ねがけ、地面から生える岩の柱はヒヒダルマの背後を囲み、射出された岩礫を受けざるを得ない状況へ追い詰めた。

 

「ロープができたぞ! スワンダイブ式でお見舞いしてやれ!」

「ダマ!」

 

 ヒヒダルマが背後に生えた岩の柱を土台にバンギラスの頭上へ跳躍する。

 

(『ボディプレス』か)

 

 しかし、智幸もなにをしようとしているのかを読んでいる。

 

「バンギラス『じだんだ』だ」

「ギラァァ!」

 

 バンギラスが智幸の指示に合わせて足を振り上げた。

 

「『ほのおのうず』」

 

 その瞬間、すでにワザの発動待機状態だったヒヒダルマが『ほのおのうず』を吹き掛けてバンギラスを炎の中へ捕えた。

 

「!」

 

 智幸は完全に裏をかかれた。なぜならバンギラスが炎の中に包まれるということは、今まさにバンギラスへ飛び込んでいるヒヒダルマの影響はどうなるか、わからないはずがない。

 

(“次、”どうするつもりだ!?)

 

 ヒヒダルマは“気合いを入れて”炎の渦へ飛び込んだ。

 

「『きあいパンチ』!」

「ダァァァマァァァッ!」

 

 ヒヒダルマの『きあいパンチ』ラリアット!

 

「バンゴォ!?」

 

 バンギラスの急所に当たった。

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 

 長い沈黙が会場を包んだ。維持できずに砕けた岩の柱が否応なしにそれを伝え、掲げられた白く太い右腕が勝者が誰かを語る。

 

「ぁ、ば、バンギラス戦闘不能!」

 

 審判がようやく結果を告げた。

 

「ちょ、超エキサイティング! あまりにもパワフルなプロレス技がバンギラスに直撃ィ! なんとなんと二回戦第二試合の初白星はサザナミタウンのホウセンだァ!」

 

「「「うおおおおおお!!」」」

 

「う、嘘でしょ酒井さん。専門じゃない俺でもバンギラスの強さはよく知っているつもりです。それがこうもあっさり・・・・・・!」

「高さと腕力に弱点、いろいろな要素が重なってバンギラスの体力でも耐えきれないダメージが出てしまったってとこだろう。けど、バンギラスはあくまで新戦力。トモさん本来のポケモンは甘くないぜ」

 

 有り余る歓声がシロガネスタジアムに響く。動揺、称賛、喜び、悔しさ、さまざまな感情が共鳴する声に含まれていた。

 

「・・・・・・戻れバンギラス」

 

 バンギラスを戻す傍ら智幸は自身の甘さを自覚した。

 

『・・・・・・バンギラスがまだ速度に慣れていないことを除けば概ね順調ですね。バンギラスも実際のバトルで合わせていける範囲ではあります』

 

 合わせる暇など無かった。後半シーズンの初め、ジョウトリーグのジムがレベル制限を大幅に上げることと城島俊也と星野好造がジョウトリーグに参加することを東堂から伝えられていた智幸は彼らに対抗するための新戦力としてバンギラスを起用した。他のポケモンに比べれば付き合いこそ短いが、トレーナーたちと戦う毎にバンギラスの強さへの信頼は確かなものになっていった。

 

(速さに慣れていないことが裏目に出たか。認識を改めねえとな。ヤツは俺とバンギラスの隙を突けるトレーナー。ある程度戦術を晒さねえと足元を掬われる)

 

 動揺は確かにあったが、それでも揺るがない強さを確信している智幸が次のモンスターボールに手をかけつつ己を戒める。

 

「出番だカクレオン」

「レオン」

 

 フィールドに現れたカクレオンはヒヒダルマと同じく拳を胸の位置に構えた。

 

「へえ」

「ダマ」

 

 明らかに近距離戦をしようとするその動きにホウセンとヒヒダルマが好戦的に笑う。

 

「バトルはまだ序盤も序盤! ここからどんな展開になってゆくのでしょうか! 目が離せません!」

 

 実況の声に当てられて、会場全てのトレーナーの集中力が高まる。

 

「先攻は智幸選手。・・・・・・バトル開始ィ!」

 

「『かげうち』」

「レオッ!」

 

「『ほのおのパンチ』」

「ダマッ!」

 

 影を宿したカクレオンの拳とヒヒダルマの炎を纏う拳。両ポケモンが構えながら最高速度で接近する。

 

「ダァッマ!」

「レオォ!」

 

 あと一歩踏み出せば相手の間合い。互いに拳を振りかぶって眼前のポケモンに向かって突き出す。

 

 ぐらぁ。

 

「ダッ?!」

「!」

 

 瞬間にヒヒダルマの影が彼の足を掴んで踏み込みを阻止し、体勢を大きく崩させた。

 

「『グロウパンチ』だ」

 

 カクレオンの『グロウパンチ』がヒヒダルマの頬に突き刺さった。ヒヒダルマの身体がパンチの威力に押されて吹っ飛ばされてゆく。

 

「『ゆきなだれ』!」

 

 ヒヒダルマが飛ばされながらカクレオンの頭上に巨大な雪雲を生成し、重い雪を降らせる。

 

「『かげうち』」

 

 だが今度はカクレオンが影に潜った。現れる場所はヒヒダルマの影である。

 

「っ、『ほのおのうず』」

「ダッ———」

 

 ヒヒダルマの『ほのおの———「『ふいうち』!」

 

 ドゴォ!

 

「だっぁ!?」

「っ!!」

 

 口から吐こうとした炎をカクレオンは勢いよく飛び出させた舌の打撃をヒヒダルマの喉に喰らわせることで完全に防いだ。

 

「・・・『きあいパンチ』」

「!」

 

 しかし、ホウセンはここでヒヒダルマを切り捨てる道を選んだ。このワザ選択でカクレオンの特性を知る。ヒヒダルマもそれを理解しながら全力で気合いを入れる。

 

「『かげうち』」

 

 ヒヒダルマの『きあいパンチ』。カクレオンの身体を擦り抜けた。

 

「『グロウパンチ』」

「『ほのおのうず』」

 

 カクレオンがヒヒダルマの背後をとった現状を鑑みて、先刻の『ほのおのうず』封じを使えないがゆえのワザ選択。カクレオンもまた先制ワザではないためにヒヒダルマのワザの発動を許した。

 

「ッ・・・・・・レオッ!」

「ダッ・・・・・・まぁ」

 

 カクレオンは『ほのおのうず』に包まれた。ヒヒダルマは倒れた。

 

「ヒヒダルマ戦闘不能!」

 

「互いに落ち着いた立ち回りでステータスのアドバンテージを獲得しました。先程とは打って変わってトレーナー同士の駆け引きが光るバトルです!」

 

「なんというか、地味な戦いでしたね」

「お互いに次を考えたバトルだったからな。慎重になればなるほど大輝の言う通り、派手さが無くなっていくさ」

 

 『ダルマモード』を発動できないほどに深いダメージを受けたヒヒダルマを見て、ホウセンは確信する。

 

「グレート。随分珍しいカクレオンじゃねえか」

「・・・・・・もう気づいたのか」

 

 カクレオンの特性は『へんげんじざい』。それに『ほのおのうず』の影響下にあることで、カクレオンは交代する手段を失った。

 

「フルバトルの心得も理解しているようだな。だが忘れてねえか? おまえはテッカニンの速度についていけていない」

 

 こんな小さなアドバンテージを獲得したところで対処できない問題は未だあるのだと言わんばかりに智幸が語る。

 

「そうだな。俺はテッカニンの速度にまだ慣れていない」

 

 対するホウセンもそれは自覚している。

 

「安心しろよ。アンタに心配されるほど俺のポケモンは弱くねえ」

 

 それでもなお好戦的な笑みが崩れない彼に、智幸の眉が不満げに動いた。

 

(その自信はどこからくる? ポケモンか、トレーナーとしての能力か。俺を前にして崩れないその不敵な態度はなんなんだ)

 

「おまえで決める! シュバルゴ!」

「シュバァ!」

 

「いつも通り勝つぞカクレオン」

「レオン」

 

 互いにポケモンに声をかけて戦う精神状態へと切り替わる。

 

「先攻はホウセン選手」

 

———

 

 ホウセンには僅かな迷いが芽生えていた。ヒヒダルマが入ったボールに静かに触れる。

 

(らしくねえことをした。ヒヒダルマ、こんな退屈なバトルをさせちまってすまなかったな)

 

 約束を果たしたい。観客席のどこかにいる彼女と決勝で戦いたい。今はただ、その感情がなによりも強かった。

 

「必ず勝つ」

 

 小さく呟いた彼に、観客席に座る彼女は違和感を禁じ得なかった。

 

「・・・・・・バトル開始ィ!」

 

「『つばめがえし』!」

「シュバッ」

 

「『ふいうち』」

「レオッ!」

 

 カクレオンの『ふいうち』。“ゾロアークには効果は抜群だ”!

 

「ゾロッ」

「!」

 

 『イリュージョン』が解けた。同時に受けたダメージを右腕に集約する。全ての受けたワザのダメージを1.5倍にして返す『メタルバースト』。それのあくタイプ版。

 

「『ほうふく』だァ!」

「ロァァァ!」

 

 ゾロアークの『ほうふ———「『まもる』」———-く』はカクレオンに防がれた。カクレオンを捕らえていた『ほのおのうず』が解けた。

 

(おいおい対処が速すぎねえか!?)

 

「肩透かしだな。戻れカクレオン」

 

 バインド状態から解放されたカクレオンを智幸がすぐさま戻す。

 

「これはチャンピオンリーガーとしての経験値が光る展開ィ! 完璧なタイミングで放たれた『ふいうち』と『まもる』でゾロアークが早くも満身創痍だァ」

 

 マズイのはそれだけではない。

 

「ろ、ロァ」

 

 ゾロアークの『ほうふく』はまだシュバルゴの『メタルバースト』の域に到達していない。ただ受けたダメージを反射する従来の『ほうふく』であるということ。

 

「くっ!」

 

 事ここに至ってホウセンの表情が苦しげに歪んだ。

 

「フーディン!」

「ディン!」

 

 智幸が次に繰り出したのはねんりきポケモンのフーディン。見てわかるほどにエスパーのエネルギーをスプーンに宿したその姿には一分の隙もない。

 

「・・・・・・心外だな」

 

 相性不利でどうにかなると思われているのか。そんな心情をありありと表す闘志がホウセンから湧き上がる。

 

「『かげうち』!」

 

 力強い指示に従い、ゾロアークが影に潜む。

 

「気配を感じ取れ」

「ディン」

 

 フーディンが目を瞑る。

 

「これは探っているぞ! 果たして影に潜むゾロアークをフーディンは捉えられるのか!?」

 

 しかし、二秒、三秒と経ってもフーディンからの反撃は訪れない。

 

(完全に見失っているのか? バカな。チャンピオンリーガーがか?)

 

 ひしひしと感じる違和感。その答えを示すようにフーディンの身体が赤く染まった。

 

 

 フーディンの特攻と特防が上がった。

 

 

(しまった『めいそう』か!!)

 

 探り合っていると思い込ませての能力上昇。ホウセンが慌てて口走る。

 

「『はいよるいちげきィ』!」

「『テレポート』」

 

 ヒュンッ!

 

「ゾロッ!?」

 

 ゾロアークの『はいよるいちげき』は当たらなかった。

 

「あ・・・・・・れ?」

 

 眼前から消えた景色は確かに見届けた。だが、それ以降フーディンの姿を完全に見失っている。というより、見えない。

 

「フーディンがゾロアークの背後をとったァ!」

「!」

 

 実況の言葉でようやくカラクリを理解する。フーディンはゾロアークの影に隠れ潜んでいたのだ。サイズの大きいポケモンほど生じるトレーナーの死角。それはポケモンが作る死角である。

 

「『サイコキネシス』」

「フゥゥディンッ!」

 

 ガコッ!!

 

「なっ!?」

 

 ゾロアークの身体がスタジアムの壁に突き刺さった。

 

「ホウセン選手反応できない! ゾロアークはァ!?」

 

 実況の声に急かされて審判がスタジアムの壁へ走っていく。確認を終えて旗を振り上げた。

 

「・・・・・・ゾロアーク戦闘不能!」

 

「あまりにも鮮やかァ! これが噂の『消えるライン』と呼ばれる技術でしょうか! 智幸選手のポケモン最大の武器は相手の死角に最高速度で滑り込むこの技術! 本来『消えるライン』とはレーサーの高等技術なのですが、智幸選手はプロレーサーの経験を見事なまでにポケモンバトルへ活用しているゥ!」

 

 やべえ。とホウセンが胸中で独りごちる。

 

(俺のバトルってなんだっけ?)

 

 有り余る使命感が彼本来のバトルを忘れさせた。

 

———-

 

 一方で智幸は、ホウセンがゾロアークを戻す景色を失望を含んだ視線で見送った。

 

(がっかりさせてくれるぜ。おまえのヒヒダルマには俺の探す答えを持っている可能性があった。バンギラスを繰り出したあのときのおまえは冴え渡っていた。だが蓋を開けてみれば、たかだか一体ポケモンがやられた程度で肝心のトレーナーがこれか)

 

 重い溜め息が溢れる。智幸はこの憂鬱な時間を早く終わらせたかった。

 

「戻れフーディン」

 

———

 

「さあ智幸選手はリードを取った試合では負け無し! このまま勝負が決まってしまうのか!?」

 

 智幸がフーディンを戻した一方で、ホウセンはよりよいバトルのイメージが浮かばない脳を最大限回しながらモンスターボールを手に取った。

 

「・・・・・・フゥ、頼むぞアギルダー!」

「アギッ」

 

「終わらせるぞダーテング」

「ダァッ!」

 

 大胆にも新しいポケモンを出してゆく智幸。これで場に出た智幸のポケモンは5体目。早急に勝負をつけるという意思表示。

 

「先攻はホウセン選手」

 

(落ち着け。今はただリードを取り戻せ)

 

「・・・・・・バトル開始ィ!」

 

 頭はクールに。

 

「『むしのさざめき』!」

「『ふきとばし』」

 

 意外! ダーテングは『むしのさざめき』ごとアギルダーを吹き飛ばしてしまった。

 

 ポン!

 

「! またかよォ!?」

「イダイ?」

 

 開いたのはダイブボール。すなわちイダイトウがフィールドに姿を現した。

 

「『リーフブレード』」

「ダーッテン!」

 

 ダーテングが『ふきとばし』の残り風に乗って『かぜのり』を発動して攻撃力を上昇させつつ接近する。

 

(まったく、なんてザマだ)

 

 既視感のあるその光景にホウセンは遠い目をしながら、空笑いを浮かべた。またカトレアにどやされる、と。

 

「イダイトウ・・・・・・俺に夢を見せてくれ」

「ダイトォッ!」

 

 ここにきてようやくもう一度自身のバトルを取り戻すため、ホウセンは動いた。

 

———

 

 イダイトウの『アクアジェット』! イダイトウは地中に潜った。

 

「んっ!? なんだ!?」

 

 智幸が目に見えて動揺し、ダーテングの動きが止まった。

 

「『おはかまいり』!」

 

 倒れたポケモンの幻影が地中に潜航するイダイトウへと吸収される。

 

(冗談じゃねえぞ!! 地中を泳ぐだけに飽き足らず、なぜ『おはかまいり』がバンギラスのエネルギーまで吸収できている!?)

 

「GO!」

「『まもる』!」

 

 ガキッン!

 

 ガラスが割れる間近な衝撃音を響かせ、冷や汗混じりにダーテングがどうにかそれを防ぐ。弾かれたようにその魚体をフィールドに落としたイダイトウ。

 

「『クイックターン』!」

 

 バシャッ!

 

 そして尾鰭が力強くフィールドを叩き、再びダーテングに急速接近!

 

「ダイットォォ!」

「だぁぁぁ!?」

 

「『リーフブレードォ』!」

 

 しかしそこはチャンピオンリーガー舘智幸。ダーテングもまた、ダメージを受けた状態でワザを繰り出すことに一寸の躊躇いもない!

 

 ダーテングの『リーフブレード』! 

 

 空いた右手が刃と化し、イダイトウへと振り下ろされる。

 

「『こおりのキバァ』!」

 

 イダイトウもまた凍てつく牙で噛み付いた。

 

「イダイトォ!?」

「ダァッテ!?」

 

 効果は抜群だ!

 

(これ以上長引かせるのはマズイ!)

 

 それは本能だった。培った経験に裏打ちされたその感覚が智幸にイダイトウを確実に仕留めろと囁いていた。

 

「全開だダーテング! 『リーフストーム』!」

 

 ダーテングが舞い散る葉の嵐を展開し、それはイダイトウの下を巻き込むような軌道を描く。必然、イダイトウは宙を浮かざるを得ない。

 

「潜らせねえってか。上等だ。来いよ舘智幸ィ! ケリつけてやらァ!」

 

 ヒュン!

 

 ダーテングが『リーフストーム』のなかを突っ切り『かぜのり』による攻撃力上昇を携えて、団扇のような腕が刃へ変わる。

 

「イダイトウ『おはかまいり』!」

「ダーテング『リーフブレード』!」

 

「ダイットォォォォォォ!」

「ダァァァッテンンンン!」

 

 威力はイダイトウの方が遥かに上! ならばとダーテングはノーガードでの撃ち合いに切り替えた。

 

 必ず耐えてみせる!

 

 必ず仕留める!

 

 異なる意志がぶつかった果てに残ったのは有り余る歓声と、フィールドに沈む2体のポケモンの身体だった。

 

「イダイトウ、ダーテング共に戦闘不能!」

 

「「「うおおおおおお!」」」

 

「惜しくもイダイトウも倒れてしまったァ! これでホウセン選手は3体のポケモンを失いました。この30分の休息がさらなるドラマを生み出すことでしょう! みなさま、暫しの休憩時間をお楽しみください」

 

———

 

 10:32。シロガネスタジアム第3控え室。

 

「・・・・・・やっちまったなぁ」

 

 ホウセンはシガレットを吹かしながら先刻の失態を省みる。

 

(すでにタネが割れていたとはいえ、ヒヒダルマはまだやれただろうし、ゾロアークに至っては俺のミスだ。イダイトウが流れを変えてくれなきゃあ勝機は完全に無くなっていただろう)

 

 コンコン、ガチャッ。

 

「思いっきり調子崩してたな。ひでえバトルだった」

 

 カツカツ。

 

「・・・? カトレア?」

 

 聞き慣れないヒールの音を耳にしながらもホウセンは思わず遠いシンオウにいる彼女の名前を口にした。

 

「ハズレ」

 

 淡いウェーブがかった青髪。黄色のキャミソールと白のロングパンツ。どれも彼女の洗練されたスタイルと美を強調する。

 

「・・・・・・悪い、間違えた」

 

 心底申し訳なさそうに謝る彼にカリンは安堵させるような優しい微笑みを浮かべてシガレットを取り上げた。

 

「大丈夫? 随分追い詰められていたじゃない。それに・・・・・・」

 

 カリンがそれを吸って緩やかに宙へ吹きかける。

 

「あなたらしくなかったわね。ホウセン」

 

 はい、間接キス。とカリンはシガレットをホウセンに咥えさせた。

 

「まるであのときのあたくしと同じ。使命感に駆られて目の前のバトルが楽しめなくなっていたわ」

 

 ホウセンが向いている方向の壁へ腕を組んで寄りかかったカリン。彼はただ投げられた言葉に重々しく頷いた。

 

「おまえほど高尚な志を持ち合わせている気はないが、先を見据えながらのバトルってのは、目の前の戦いを疎かにすることが痛いほどわかった」

 

 カリンが椅子に座るホウセンに目線を合わせる。

 

「聞いてあげる。ワケを話して」

 

 勝ち気な言葉を使いながらも態度は真剣そのものだった。わざわざここまで来てくれたことに加えて、あまりにも真っ直ぐなその目に押されて、ホウセンは片手間にパイプ椅子を開いて、隣に置いてカリンに座らせた。

 

 

「・・・・・・・・・・・・くだらねえ下心だよ」

「・・・・・・へ?」

 

 

 予想していた答えよりも遥かに浅い理由にカリンが間の抜けた声を出した。

 

「ずっと、おまえとやる決勝戦が楽しみで仕方ない。そんなできたスケジュールが実現するかもわからねえのにな」

「もう・・・・・・心配して損したわ」

 

 面目ない。とホウセンが頭を掻きながら謝る。大した理由もないのに調子を崩したことを心から申し訳なく思った。

 

「でも、聞けてよかった」

 

 しかし隣に座るカリンは満足そうに笑った。

 

「? なんで・・・・・・」

 

 ぼんやりと聞いた彼に、彼女は悪戯な笑みを浮かべた。

 

「片想いは嫌だもの」

 

 自分だけが求めていたわけじゃなかった。その事実を彼女は喜んでいたのだ。

 

「約束は忘れていいわホウセン。ひたすら前を夢中に走って。そうすればきっと会えるから」

 

 頬に添えられた細い手がホウセンの熱を感じ取った。自然と彼の口角が緩やかに上がる。シガレットが発する煙が邪魔になったのか、ホウセンはそれを握り潰す。

 

「ごめんなカリン。俺は勝ちたい理由を人に委ねられない」

「フフッ、いいじゃない。そーゆーの素敵よ」

 

————

 

 10:50、天気はやや雲がかかっている。シロガネスタジアムバトルフィールド。

 

「さあさあ! 注目の両雄の再入場! 前半はチャンピオンリーガー舘智幸選手にリードを取ったホウセン選手でしたが、今や1体分のビハインドを抱えた苦しい展開だァ。ここからホウセン選手は逆転できるのか!?」

 

 智幸は変わらずレーシングスーツに身を包んでいるが、前半とは明らかに覇気が違う。

 

(相性有利の相手に相打ちとはな。俺も焼きが回ったもんだぜ)

 

 最早ホウセンを前にした智幸に、彼が素人という考えはない。きっちり勝って次へ進む。流れを変えたイダイトウが智幸に闘志を呼び起こした。

 

「両選手再入場を確認。それでは両者ポケモンを!」

 

「逆転といこうぜアギルダー!」

「アギ」

 

「きっちり決めるぞカクレオン」

「レオ」

 

 フィールドに再登場した2体のポケモンが理性ある瞳で互いを睨みつける。

 

———

 

「バトル開始ィ!」

 

「『アシッドボム』」

「アッギッ!」

 

 旗が振り下ろされると同時にアギルダーが毒爆弾を飛ばす。

 

(カクレオンの短所は立ち上がりの遅さ。しっかりと火力を出すためには下準備が必要なタイプ)

 

「躱して『グロウパンチ』」

「レオ!」

 

 概ねホウセンの予想通り。カクレオンが軽いフットワークを活かしてアギルダーに接近する。

 

(しっかりと攻撃する・・・・・・そこに隙がある!)

 

 接近する傍らカクレオンが頬を窄める。いつでも『ふいうち』を発動できるように構えている。

 

「『ねんちゃく』していこうぜ」

「アギッ!」

 

 カクレオンの拳がアギルダーへ突き出される。アギルダーの世界がゆっくりと進む。

 

 スッ!

 

 ワンステップ後ろに下がって突如突っ込み『グロウパンチ』の外を突いていく。

 

 しゅる・・・・・・ピシッ!

 

「レオ!?」

「なにッ!?」

 

 その最中にアギルダーが帯でカクレオンの目元を縛って完全に捕らえた。

 

「『むしのさざめき』!」

 

 捕らえた帯から伝わる強烈な音波がカクレオンの体力を瞬く間に削ってゆく。すでに帯で捕えられている上に攻撃は帯を介して行われている以上『まもる』は意味を為さない。

 

「戻れ」

 

 智幸がモンスターボールの光線を放ってカクレオンを戻す。

 

「アギ」

 

 バチッ!

 

「っ!?」

「あ、アギルダーがモンスターボールの光線を遮ったァ!!」

 

 アギルダーが光線を身体でブロックしたせいでカクレオンは戻せず、そのまま継続する『むしのさざめき』のダメージに苛まれる。

 

「それなら、『かげうち』だ!」

「れ、レオッ!」

 

 カクレオンが影に潜り、一時的にフィールドから離れて帯から逃れた。

 

「平気かカクレオン?」

「レオ!」

 

 ダメージを受け続けていたとはいえ、受けていたときはかくとうタイプに変わっていた。効果は今ひとつ。まだまだカクレオンは戦える。

 

「いや、チェックメイトだ」

「?」

 

 智幸がホウセンの発言を訝しむ。

 

 ボォン!

 

「レオォ!?」

「ッ!?」

 

 少ししてカクレオンの目元が爆発した。アギルダーが粘着液でくっつけたのは帯だけではない。『アシッドボム』の成分を帯の内側から分泌していたのだ。

 

 カクレオンの特防がガクッと下がった!

 

「『むしのさざめき』!」

「アァッギィ!」

 

「『まもる』!」

「れ、レオ・・・・・・」

 

 カクレオンの『まもる』は間に合わなかった。『むしのさざめき』が急所に当たった。

 

「・・・・・・れおん」

「カクレオン戦闘不能!」

 

 翻弄し、惑わし、最後まで徹底したワザを使用しない技術を前にカクレオンは対応できなかった。会場の観客は目にする。

 

「グレート」

「アギ」

 

 ホウセン9歳。ベストコンディションの姿である。

 

「フフッ、やればできるじゃない」

 

———

 

「なんという攻防か! ワザを使うだけがバトルじゃない! そう言わんばかりのポケモンの限界を引き出すバトル展開に私も熱いものが込み上げてきます!」

 

「さ、酒井さん。今のはいったい?」

「・・・俺も見た通りのことしか言えないな。アギルダーが分泌する粘着液を利用してカクレオンを離さなかったことはわかる。だが、『アシッドボム』はいつ仕掛けられたのかまるでわからない」

 

 知見の広い酒井もさすがに今の攻防を離れた位置からでは無用な疑惑が残って解き明かせなかった。

 

「なるほどな。戻れカクレオン」

 

 が、フィールドにいる智幸は自身の目を信じて『アシッドボム』を仕掛けられるタイミングは帯に捕えられたあの瞬間しかないと確信している。

 

(よくついてくるもんだ。昔の自分を見ているような気分だぜ)

 

 だがここから逆転は有り得ない。智幸はとっておきの3体のポケモンを残している。

 

「いくぞフーディン!」

「ディン!」

 

 先刻よりも気合いの入った登場に、ホウセンとアギルダーの気が引き締まる。

 

「ホウセン・・・・・・だったな。俺は公式試合で一度リードを取った相手に負けたことがない。このアイデンティティを維持するためにおまえを確実に倒す」

 

「世間からの評価がそんなに大事か。いいぜやってみな! 俺の作り上げる世界から逃げれるもんなら逃げてみろ!」

 

 ホウセンもまたそんな理由で負けてやれるほど腑抜けていない。勝つためのバトルよりも勝ち取りたい夢を描いてみせる。

 

「先攻は智幸選手! バトル開始ィ!」

 

「『サイコキネシス』!」

「『さきどり』!」

 

 フーディンの『サイコキネシ———アギルダーの『サイコキネシス』。

 

「ディッ!?」

「なんだッ!?」

 

 効果は今ひとつだ。だが、智幸はその『さきどり』の異常性を早くも感じ取った。フーディンが『サイコキネシス』を受けた程度でワザを繰り出せなくなるはずがないからだ。

 

「なら『めいそう』だ!」

「模範解答だな。アギルダー『アシッドボム』! ありったけフィールドに敷き詰めろ!」

 

 智幸がその指示内容に困惑する。しかし、その間にもフーディンは自身の強化行動に移り、アギルダーは『アシッドボム』を空へいくつも吐いて、フィールドを地雷原のように設置してゆく。

 

(ちっ、フーディンの『テレポート』対策か!!)

 

 これでアギルダーの背後を取りづらくなった。

 

「だが爆発するタイミングを選ぶ権利は俺たちにもある! 『シャドーボール』だ!」

「悪手だぜ。『さきどり』」

 

 フーディンは繰り出そうとした『シャドーボール』を生成できず、アギルダーの手の中にあるそれを呆然と見ていた。

 

「『サイコキネシス』だ!」

「ディン!」

 

 だがこの程度で転ぶほどチャンピオンリーガーは甘くない。フーディンが『シャドーボール』を支配下に置き、アギルダーへ追従させる。

 

「っ、『みがわり』!」

「アギッ!」

 

 『みがわり』アギルダーが『シャドーボール』を受けた。『みがわり』は役目を終えた。

 

(俺より早く次の攻撃に移る気か? だが『テレポート』の移動対象は地上だけじゃねえ。なによりこの作戦は誘爆しねえように『むしのさざめき』は使えねえだろ?)

 

 すぐさま戦術の弱点に気づいた智幸がフーディンに指示を出す。

 

「フーディン『テレポート』!」

「ディン!」

 

 フーディンが『シンクロ』で智幸の意思を汲み取り、アギルダーの上をとった。必然、智幸の視線もうえへ上がる。

 

「跳べアギルダー!」

「アギッ!」

 

 なにをしようとしているのか気づいたのか、ホウセンも慌てながら力強い指示を出し、アギルダーがフーディンの下へ跳んだ。

 

「ジ・エンドだ! 『サイコキネシス』!」

「『むしのさざめき』!」

 

 目の前に迫るアギルダーをしっかりと視界に収めたフーディンはここへきて困惑する。

 

 

「「アギッ!!」」

 

 

 なぜ2体いる!? おまえは『みがわり』の指示を受けてないんじゃないのか!?

 

「やれフーディン!」

 

 片方の『みがわり』が影になって主人はアギルダーが2体いることに気づいていない。思考を『シンクロ』している暇もない。二分の一のフィフティーフィフティー!

 

 フーディンの『サイコキネシス』! 片方のアギルダーが地上に叩き落とされた! 智幸がその景色を目で追った。

 

 

 ボン。

 

 

 『みがわり』は役目を終えた。

 

(いない? アギルダーが消えた!?)

 

 しゅる・・・・・・パシッ!

 

(これはフーディンが発する音じゃない。いるのかそこに!?)

 

 見上げれば先刻のカクレオンと同じようにフーディンがアギルダーの帯に捕まっていた。

 

「なんだとォ!?」

「やれ!!」

 

「アッギィィィ!!」

「ディィィン!?」

 

 アギルダーの『むしのさざめき』! 効果は抜群だ。

 

「今だ。突き落とせ!」

 

「アッギ!」

「ディン!?」

 

 今度は粘着液を切っていた。接着性のない液体と帯はフーディンを容易に離し、地面へ放り投げた。

 

(マズイ! フィールドは『アシッドボム』が爆発している真っ最中! 『テレポート』か!? いや、上に逃げれば『むしのさざめき』の餌食! 攻撃ワザも『さきどり』で対処される! 俺はなにを信じて指示を出せばいい!?)

 

 考えろ考えろ考えろ! チャンピオンリーガーとしての意地を果たせ!

 

「・・・・・・」

 

 ホウセンは先に動くことはしない。智幸の口が動いたその瞬間に後の先をとる。

 

「いや、信じるべきはフーディンだ」

「!」

 

 智幸の言葉にホウセンは恐れていた事態が起こる瞬間を感じ取った。

 

「フーディン合わせろ! 俺にじゃない! アギルダーにだ!」

「! ディン!」

 

 智幸の指示にすぐさま応えてフーディンがアギルダーの思考と『シンクロ』していく。

 

「っ、“やれ”。『みがわり』!」

「『テレポート』だ!」

 

 アギルダーの『むしのさざめき』!

 

 『みがわり』はフェイク。アギルダーはホウセンの合図を受けて『むしのさざめき』を使用した。

 

 フーディンの『テレポート』! 『むしのさざめき』の効果範囲・・・・・・フィールドの外へ逃れた。そのときには『アシッドボム』の連続爆撃は終えていた。

 

「5!」

 

 すぐさま審判の5カウントが始まる。

 

「4!」

 

「『サイコキネシス』!」

「『さきどり』!」

 

「3!」

 

 戻っている時間が惜しい。今獲得したアドバンテージを最大限活かしてフィールドに戻る。

 

 フーディンの『サイコ——-アギルダーの『サイコキネシス』。フーディンが白線からさらに遠ざかった!

 

「2!」

 

「『テレポート』!」

「『アシッドボム』!」

 

 『テレポート』を使用する前に放たれた『アシッドボム』がすぐさま爆発してフィールドを爆煙が覆った。これで座標転移は使えない!

 

「1!」

 

「まだだ! 自分に『サイコキネシス』!」

「『さきどり』!」

 

 フーディンの『シャドーボール』!

 

「アギッ!?」

 

 生成速度の速い『シャドーボール』をアギルダーに喰らわせてフーディンは爆煙立ち昇るフィールドへ走る。

 

「0!」

 

 

 フーディンの足は白線の外に居た。

 

 

「アギルダー、フーディン共に戦闘不能!」

 

 

 アギルダーもまた体力を削り切られ、フィールドに横たわっていた。

 

「大波乱! アギルダーを倒し切ったフーディンがまさかの反則で失格でェす!」

 

「惜っしい!」

「あと少しで戻れたのに!!」

「あの『シャドーボール』さえ無ければ!」

「あんなのありかよォ!」

 

 観客たちが各々別の悔しさを抱えて、フーディンとアギルダーの戦いは終わった。

 

「よくやったアギルダー」

 

 チャンピオンリーガーのポケモン相手に2体抜き。大健闘を果たしたアギルダーを労わりながらホウセンがボールに戻す。

 

「やられたぜ」

「ディン」

 

 どこか清々しい笑みを浮かべた智幸の言葉に、フーディンが頷く。未だ動ける五体をバトルに向けられない経験などこれがはじめてだと言わんばかりにフーディンは自身の手を見つめた。

 

 フィールド外に出て咄嗟に智幸の指示通りに『サイコキネシス』を使ってしまった。あれが敗因だろうとフーディンは結論づける。

 

「結果論をいくら考えても仕方ねえよ」

「ディン・・・・・・」

 

 フーディンの機微を感じ取った智幸がそう言うが、フーディンの悔しさは消えなかった。

 

「勝負の行方がどうなろうと、これからもこの清々しい悔しさを俺たちは忘れねえ」

「ディン」

 

「戻れフーディン。ベストを尽くしてくる」

 

 モンスターボールの光線とこの敗北を受け入れてフーディンが戻ってゆく。智幸はホウセンを睨みつけんばかりの気迫を放った。

 

「やってやる!」

「グレート! 応えるぜその闘志に!」

 

 ホウセンもまた負けず劣らずの気迫を放ち、その闘争心に対抗する。

 

「りょ、両者ポケモンを!」

 

 審判が有り余る気迫に押されながらも旗を掲げた。

 

「テッカニン」

「シュバルゴ」

 

「「最高速度で駆け抜けろ(迎え撃て)!」」

 

「テッカ!」

「シュバァ!」

 

 テッカニンの自慢の爪を磨くような仕草をして集中力を高めている。シュバルゴも軽く槍の腕を突き出し、調子を確かめる。

 

「先攻はホウセン選手! バトル開始ィ!」

 

「『スマートホーン』!」

「『れんぞくぎり』だ!」

 

 ビュンッ!

 

 まずは持ち前の速度でテッカニンが急接近。それに合わせてシュバルゴが腕を突き出すも、再び巧みな旋回飛行で瞬く間に懐へ潜り込み、爪を構える。

 

 ガキン!

 

 テッカニンの『れんぞく———シュバルゴの『ファストガード』!

 

「テカッ!?」

 

(『ファストガード』か。ちょっとした珍事だぜ、テッカニンの速度が通用しない!)

 

 さしものテッカニンも自身の速度について来られたのが驚いたのか、すぐさま距離を取る。

 

「『メタルバースト』!」

「シュバァァァ!」

 

 その隙にシュバルゴは受けた軽度のダメージをすぐさま両腕の中心に球体として生成する。

 

 ダイアのボスゴドラとキリキザン、それと同質の『メタルバースト』。

 

「撃て『スマートホーン』!」

「シュバァッ!」

 

 それの中心にシュバルゴの『スマートホーン』が叩きつけられた。さらなる威力を宿した『メタルバースト』がテッカニンへと向かう。

 

「躱せ!」

「テッカ!」

 

 造作もないと言わんばかりに旋回して躱したテッカニン。

 

 クイッ!

 

「テカ!?」

「! 追尾してやがる!」

 

 だが、『メタルバースト』は『スマートホーン』の必中性能を宿していた。過ぎ去ったと思われたそれがテッカニンを再び追いかける。

 

「シュバ」

「ッ!」

 

 シュバルゴの『ファストガード』!

 

 気づけば逃走経路はシュバルゴに防がれていた。完全に『メタルバースト』と挟み込まれたテッカニンはシュバルゴが飛べるという事実を身をもって実感する。

 

「『つばめがえし』!」

「テッカ!」

 

 それがどうした! と言わんばかりにテッカニンはシュバルゴの眼前スレスレを急上昇し、やや速度を落として急降下の体勢に入る。

 

 間抜け! テメェで喰らってろ!

 

 必然、シュバルゴの眼前に『メタルバースト』が訪れる。

 

「『メタルバースト』」

「シュバ」

 

 だが、ホウセンとシュバルゴは眼前の脅威に落ち着いて対処する。右腕でエネルギーを吸収し、遅れてやってくるテッカニンは空いた左手で迎え撃つ。

 

 ガキン!

 

 テッカニンの『つばめがえし』はシュバルゴの『ファストガード』に防がれた!

 

「『エアスラッシュ』!」

「『ドリルライナー』!」

 

 ぐわん。

 

「テッカ!?」

 

 テッカニンの打撃を止めたシュバルゴの左手が回転し、それに巻き込まれたテッカニンの『エアスラッシュ』は照準を合わせられずにあらぬ方向へ飛んでいき、飛行体勢が完全に崩れた。

 

 そして、反転したテッカニンの世界が鋼色に輝く腕に満たされた。

 

「『スマートホーン』」

「『バトンタッチ』!」

 

 最後の置き土産。テッカニンの頭上に生成されたバトンはシュバルゴの直接的な不利益ではなく、仲間へ託すためのもの!

 

「テッカァァ!? ・・・・・・てっかぁ」

 

 テッカニン戦闘不能。バトンをフィールドに置き去りにして彼は倒れた。

 

「テッカニン倒れるゥ! 速すぎる速度に惑わされず、シュバルゴの『ファストガード』が完全にその速度に対応したァ!」

 

「や、やべえ。なにが起きたか全然わかんなかった。酒井さん・・・・・・!」

「俺もだよ。高度なトレーナー同士の異次元ゾーンだ。トモさんのテッカニンの動きをある程度知っているホウセンだからこそシュバルゴで合わせられたんだろう。傍目から見れば時折ワザがかち合う音ぐらいしか聞こえなかったけど、フィールドでは凄まじい心理戦が起きていたはず」

 

 あの速度に合わせられることに戦慄しながらも、酒井はテッカニンが倒れている事実を鑑みてどうにかフィールドで起きていたバトルに理解が追いついた。

 

「戻れテッカニン。よくやった」

 

———-

 

「さあ、舘智幸選手最後のポケモンはいったいなんだ!?」

 

(解せないな。『バトンタッチ』は不発に終わったはず。なのに胸騒ぎが止まらねえ)

 

 シュバルゴもまたその漠然とした不安感を味わっている最中だった。これで舘智幸が終わるとは思えない。相手が強者ゆえに生じた共通の見解。

 

「やるなホウセン。公式戦でリードを取り返されたのはこのバトルがはじめてだ」

「悪いねえ。とっておきのブランドに傷をつけちまって」

 

 不敵に笑うホウセンの頬に一筋の冷や汗が伝っていた。智幸がモンスターボールに手をかける。

 

「いいんだ。結局、どんなブランドがつこうとフィールドに踏み込めばトレーナー一人のポケモン6体。条件はなにも変わらねえ」

 

 落ち着いた雰囲気がそこはかとなく不気味だった。

 

「俺たちのテクニックを証明するだけだ。いくぞランターン!」

「ラン♪」

 

「ランターンだァ!!」

「「「うおおおおお!!」」」

 

 繰り出されたランターンはイダイトウと違って宙を泳ぐことはできずに地上を跳ねる。

 

「ラン!」

 

 ランターンはテッカニンのバトンを受け取った。ランターンはテッカニンの素早さを引き継いだ。

 

「! さっき落としたバトンが!?」

 

「驚いたろ? これもチャンピオンリーガーの技術だ。といってもフィールドに残す形になる以上、初見の相手にしか通じねえんだが、今はこれで充分。全力でおまえを倒す」

 

 限りない本気。前半とは明らかに違う闘志にホウセンもまた好戦的な笑みを浮かべた。

 

「全力ねえ、嬉しいぜ舘智幸。今の俺にこれほど燃える言葉は存在しない!」

「シュバッ!」

 

 シュバルゴが構える。

 

「2体抜きいくぞ。気合い入れてけランターン!」

「ラン!」

 

 ランターンが尾鰭をフィールドに叩きつけた。

 

「先攻は智幸選手! バトル開始ィ!」

 

「『あまごい』」

「ラン」

 

 ポタポタピチャッ・・・・・・ザァァァ!

 

 立ち上がりは落ち着いた下準備。天候が雨に変化し、フィールドが濡れてゆく。

 

(? ランターンの特性に『すいすい』はなかったはず。雨を降らせる意味はなんだ)

 

「『ドリルライナー』!」

「シュバッ!」

 

 思考を回しながらシュバルゴがランターンへ突っ込む。対処するべく智幸も指示を下した。

 

 

「『エレクトロビーム』」

 

 

 ホウセンは己の耳を疑った。それはブリジュラスの専用ワザだろうと精一杯胸中でツッこんだ。

 

 ランターンの『エレクトロビーム』!

 

 だが、低速とはいえ実際に放たれている!

 

「っ、『メタルバースト』」

「シュバッ」

 

 すぐさま凄まじい電気光線を止めるべくシュバルゴが右腕でそれを吸収する。

 

「『みずのはどう』だ!」

「ラン!」

 

 だがシュバルゴが吸収し終えるよりも速く、数えきれない雨粒が水球となってシュバルゴの身体を包んだ。

 

 バリバリッ!

 

 必然、腕に溜めた電気エネルギーが不純塗れの水へと発散していく。

 

「ヤロウこれが狙いだったか!」

 

 シュバルゴの急所に当たった!

 

「トドメだ。『エレクトロビーム』!」

「ラ〜ンタァッ!」

 

 雨天下の『エレクトロビーム』にチャージ時間はないに等しい。あまりにも速い超威力の電撃を何発も発射できるうえに、撃つたびに特攻が上がってゆく。

 

「『ファストガード』」

 

 だからこそ撃つ前に速すぎるチャージを防ぐべくシュバルゴが水球から飛び出してランターンの光放つ頭部の丸い突起を叩いた。

 

 バチッ!

 

「ラン!?」

 

 チャージしていた電力が霧散する。僅かとはいえチャージ時間が存在する以上、その瞬間は妨害できる。

 

「参ったぜ、ここまでやられちゃあな。凄えよおまえは」

 

「『ドリルライナー』!」

「シュバァッ!」

 

 シュバルゴの『ドリルライナー』! ランターンには効果は抜群だ!

 

「だがここから追い抜きは有り得ねえ。『エレクトロビーム』!」

 

 ランターンが吹っ飛ばされながらありったけの電力をチャージする。その最中に起きた異常に、さしものホウセンも瞠目した。

 

 

 ランターンの『ちくでん』。ランターンの体力が回復した。

 

 

「うそ・・・だろ?」

 

 ランターンの『エレクトロビーム』! シュバルゴの急所に当たった。

 

「しゅばぁ・・・・・・」

「シュバルゴ戦闘不能!」

 

 今、ホウセンはダイアのボスゴドラが『メタルバースト』を放ったときと同質の絶望感溢れる技術を目の当たりにしていた。

 

「シュバルゴ2体抜きならずゥ! いいやそれよりランターンの異常性が輝きすぎている! なぜランターンが『エレクトロビーム』を扱えている!? 素早さだけでなく特殊攻撃力も次々と増加していくランターンにホウセン選手打つ手はあるのかァ!?」

 

(そうだまずそれが知りたい)

 

「おかしいだろ! ランターンに『エレクトロビーム』は!?」

 

 対抗手段よりもホウセンは、ランターンがどのようにして『エレクトロビーム』を使うに至ったかが気になった。

 

「戻れシュバルゴ・・・・・・」

 

 ホウセンがシュバルゴをモンスターボールに戻しながら考える。

 

(こういう通常そのポケモンが覚えられないワザを使うためには事前にワザを使ったうえで『まねっこ』がベターではあるが、そうじゃない。ランターンは間違いなく『スケッチ』を覚えないし、『エレクトロビーム』も覚え・・・・・・・・・・・・待てよ?)

 

 一つだけ可能性のあるワザをランターンは覚える。ホウセンはそのことを思い出した。

 

「まさか、『ものまね』か?」

「正解だ。俺のランターンは『ものまね』の対象を『エレクトロビーム』に絞って撃っているだけだ」

 

 悔しいが納得はできてしまった。

 

「・・・・・・ふぅ、とんでもないなポケモンってのは」

 

 思わず天を仰いだホウセンは胸元に伸びかけた手をどうにか抑えて禁煙に努める。

 

(あぁあ、早く吸いてぇ!)

 

 突如降って湧いた悪夢からの現実逃避がしたくて仕方なかった。それと同時にこんな現象を生み出せるポケモンバトルにワクワクしてしょうがない。

 

「ラストォ! 頼むぞギガイアスゥ!」

「ガイアァァァ!」

 

 ギガイアスの『すなおこし』! 雨が砂嵐に書き換えられた。

 

「やるぞギガイアス。ここで俺たちが勝つのが一番ドラマティックだ!」

「させるかよ。勝ち切って先へいくぞランターン!」

 

「ガイア!」

「ランタ!」

 

「互いに最後のポケモンが見えたァ! 2回戦第2試合最後のバトルが今———」

 

「先攻はホウセン選手! バトル開始ィ!」

 

「『メテオビーム』!」

「『とびはねる』だ!」

 

「———はじまったァ!」

 

「ガイアァァァ!」

「ッラン!」

 

 ギガイアスの速射『メテオビーム』! ランターンには当たらなかった。ギガイアスの特攻がぐぐぐーんと上がった。水色結晶の光が全て消えた。

 

「・・・・・・・・・・・・おまえも人のこと言える立場か?」

 

 智幸が速射『メテオビーム』を前にして思わず溢す。

 

「知ってるか? 隣の芝生は青いんだ。ソイツにしかない技術を見れば羨ましく思うのが人の性ってもんだ」

 

 ピチャッ・・・・・・ザァァァ!

 

 砂嵐が再び『あまごい』に上書きされる。『とびはねる』を使ったランターンが上空で『あまごい』を使用したのだ。

 

「なるほど、俺も捨てたもんじゃねえな」

 

 智幸の硬い口角が上がった。

 

 ゴロゴロ!

 

 空に雷が走る。ランターンがチャージした電力の一部が雷雲となって反応している。

 

「はじめようぜ舘智幸。最後のバトルを」

「ああ・・・・・・こっからは遠慮しねえぜ!」

 

 ギガイアスの水色結晶が輝いている。すでに自身に有り余る『じゅうりょく』をかけてエネルギーを回復させていた。

 

「『メテオビーム(エレクトロビーム)』!」

 

「ガィッアァァァ!」

「ラ〜ンタァァァ!」

 

 ぶつかり合う巨大な二つの光線。電撃と星のエネルギーが弾け、拮抗するも、じょじょに星のエネルギーが優勢に傾いていく。

 

「っ、『みずのはどう』!」

 

 ここで智幸はランターンに周囲の水を操作させてギガイアスに多段攻撃を仕掛けることにした。

 

 ランターンの『みずのはどう』!

 

 そして相棒のランターンも課せられたマルチタスクにそれぐらいの技術はできて当然と言わんばかりに対応する。

 

「これぐらいあっちの世界では日常茶飯事だぜェ!」

 

 迫る『みずのはどう』を前にしてギガイアスは範囲攻撃に切り替えるかと迷いを見せる。

 

「なら適応するだけだ! 『じゅうりょく』!」

 

 その迷いを瞬く間にホウセンが払拭した。解くことの方が少なかった『じゅうりょく』であれば———

 

 ギガイアスの『じゅうりょく』! 『みずのはどう』とランターンが重力に押されて落下した。

 

 ———マルチタスクなど造作もない!

 

「決めるぞ! 『グラニテブラストォ』!」

「っ、負けるなランターン! 『エレクトロビーム』!」

 

 ズドォン!

 

 拮抗は起こらなかった。起こるはずもなかった。ステータス上昇に加え、『グラニテブラスト』は『メテオビーム』と『ソーラービーム』の融合。ランターンの『エレクトロビーム』がなす術なく霧散し、その魚体が吹っ飛んでゆく。

 

「まだいける! 『エレクトロビーム』!」

「ラン"ッ!」

 

 吹っ飛ばされながらもランターンは回復と撃ち合いを試みる。

 

 

「『ボディプレス』!」

 

 

 が、突如正面に現れた巨大な岩石の足が問答無用でランターンの意識を暗い向こう側へ連れてった。

 

———-

 

「・・・・・・らんたぁ」

 

(負けた・・・・・・か)

 

「ら、ランターン戦闘不能! ギガイアスの勝ち! よって勝者サザナミタウンのホウセン!」

 

「決着ゥ! あまりにも高い壁を乗り越えて三回戦に進むのはホウセン選手だァ!」

「「「うおおおおおお」」」

 

 待ち侘びた勝利の審判が下され、観客が大いに湧いた。

 

「か、勝った?」

 

 一方、勝者は夢中になっていたバトルから現実に戻され、呆然と呟く。

 

「勝ちだよ、おまえの」

 

 智幸は告げる。自身に清々しいまでの敗北を刻みつけた勝者へ荒れ果てたフィールドを超えて歩み寄る。

 

「勝利の女神ってヤツが何処かにいるとしたら、ソイツを感動させるだけのなにかがおまえにあったってことだろ。今日は・・・・・・俺の負けだ」

 

 差し出された右手をホウセンはいろいろな感情が湧いたまま握った。

 

「マッジで負けるかと思った! 『エレクトロビーム』『ちくでん』ってなんだよぉ」

「俺から言わせりゃあ、おまえのギガイアスの方が異常だった。『グラニテブラスト』ってどんなワザなんだ?」

 

 聞いてもつまんないっすよ。と宣うホウセンに構わず、「聞かせてくれ」と智幸が詰め寄る。

 

「『メテオビーム』と『ソーラービーム』の融合。言ってしまえばそれだけです」

 

 それだけ。あまりにも高度な二つのチャージワザの融合と聞かされ、智幸は呆然と頷いた。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・そうか。どこからエネルギー引っ張り出してきてんのか気になるがそこまでは聞けねえ———」

「———重力と太陽光をエネルギーに変えているんです。俺のギガイアスには二つのエネルギー貯蔵庫があって、重力エネルギーを『メテオビーム』、太陽光エネルギーを『ソーラービーム』に変えて発射します」

 

「おまえバカだろ」

 

 智幸が二重の意味で告げた言葉にホウセンは「よく言われます」と頭を掻いた。

 

「だが、おまえとバトルできてよかったぜ」

「?」

 

 手を離した智幸がそう言った。

 

「悪かったな。序盤はおまえを舐めていた」

「はい。ちょっとイラつくぐらいには感じてました。不必要な交代も多かったですし」

 

 だろうな、と区切って智幸は続ける。

 

「全力は尽くしたが、死力を尽くしたバトルができたとはまだ言えねえ」

 

 でしょうね。とホウセンが相槌を打つ。

 

「次はチャンピオンリーグでだ。そこで俺は、今度こそ死力を尽くすと誓おう」

「!」

 

 否が応でも察せられたその言葉の意味にホウセンは少し驚いたのちに口角を上げた。

 

「待ってるぜ。サザナミタウンのホウセン」

 

 退場してゆくレーシングスーツに身を包んだ大きな背中。

 

「ああ! 今度は死ぬ気でだ!」

 

 言葉の強さの割に爽やかなその声音を受けて、智幸は背中越しに手を振った。

 

 優勝候補チャンピオンリーガー舘智幸。2回戦敗退。

 

 退場ゲートを潜ってすぐ先に智幸の後輩と恩師が立っていた。

 

「社長、大輝、酒井」

 

「トモさんお疲れ様です。凄いバトルでしたね!」

「大輝に説明するのが大変なバトル展開ばかりでしたよ」

 

 二宮と酒井に称賛され、緩く口角を上げた智幸は、相変わらずタバコを吹かしている恩師に心からの感謝を伝えた。

 

「ありがとうございました。社長が俺になにを言いたかったのか、わかりましたよ」

「トモ・・・・・・」

 

「プロとして高いモチベーションを保つためには戻るべき原点が必要なんだと・・・・・・苦しくて迷ったとき、俺はどんなバトルに立ち返ればいいのかわかったんです」

 

 一息吐いて心底満足そうに智幸は口にする。

 

「今は、清々しい気持ちですよ」

 

「そうか」

 

 タバコの煙が目に入っちまったと言わんばかりに目を軽く掻いた恩師は、左腕で智幸を緩く抱き締めた。

 

 





 智幸。君強すぎるって!
 いやあ、まさか倒すシナリオ考えるのに一週間かかるとは思わんって。結局フーディン倒せなかったし・・・・・・。

 うん、バトルって楽しい!
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