俺を倒して旅に出ろと言った親父が強すぎる   作:山雅将暉

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 お、遅くなってしまいました。


シロガネ大会準々決勝 〜ヒールフィーバー〜

 

 12月17日21:12。ホウセンの客室。

 

「「かんぱ〜い!!」」

 

 疲れ切ったホウセンの目の前で二つのグラスが音を鳴らす。遅れてホウセンも「かんぱい」と手の中にあるそれを二つのグラスに打ち合わせた。グラスの中身は昨日飲み切れなかったロマネコンティ。

 

「なによ、元気ないわね」

 

「当ててやろうか? オメエの悩みはズバリ! 恋煩いってヤツだ!」

 

 だぁっはっはっは!とまだ飲んでもないのに豪快な笑い声をあげたホルマジオに「違えよ」とホウセンも釣られて口角を上げる。

 

「少し・・・・・・いや、かなり情けない姿を見せた。正直どんな顔して会えばいいかわからなかったけど、合わせる顔を勝手に作ってくれるいいライバルに恵まれた。で、今思ったわけよ」

 

 ホウセンがロマネコンティを唇に当てるように一口。ホルマジオが「あっ」となにかマズイものでも見たかのような反応を無視して、机の上に緩やかにグラスが添えられた。

 

「これからも思う存分無茶できるってな」

 

 年相応に弾けるような笑みを浮かべたホウセンに、丸机を囲む二人も満足げに微笑んだ。

 

「ありがとう。ホルマジオ、カリン」

 

 その言葉に二人は若干照れ臭く感じてロマネコンティを煽った。

 

 舘智幸とのバトルに思うところがあった二人は揃ってホウセンの元に訪れたのだ。偶然の出会いではあったが意気投合した二人。結果、ホルマジオはちょっとした懇親会と称して残っているロマネコンティを分ける口実を作った。

 

「それよかホウセンよォ、オメエ酒が苦手だったろ? 飲んで平気なのか?」

「なんでワイン淹れたのよ」

「そこは気分だろ。こういうめでたい日にはワインの入ったグラスで乾杯ってのがキマリだ」

 

 カリンは「わからなくはないわね。二人きりになったときの参考にするわ」と悪戯な笑みを携えて、唇を赤く濡らす。

 

「心配すんな、唇で触れただけだ。さすがの俺も飲んでない状態で酔うことはできねえよ」

「酔っていいんだぜ? なんせここはオメエの部屋だ」

 

 ホルマジオが「それに」とニヤつき、カリンを流し目で見る。

 

「今日は介抱してくれる女がいるじゃあねえか」

 

 完全に揶揄いモードになったホルマジオにホウセンは「はいはい」と適当に相槌を打つ。

 

「へえ、今日会ったばかりなのに随分あたくしとホウセンの関係に詳しいのね」

「悪ノリしねえの。まだ付き合ってねえだろ」

 

 ほら見ろとホルマジオがまたもや揚げ足を取りに行く。

 

「“まだ”ってことァ、悪いとは思ってねえんだろ?」

「・・・・・・・・・・・・酔ってんのか?」

 

 揚げ足を取られたホウセンはカリンを少々眺めて適当に反応を返す。

 

「ああ、酔ってるぜ。酔いすぎてあの衝撃の告白をうっかり———」

「———酔いやがれテメェ!」

 

「あははは!」

 

 ホルマジオの口に傾けられたグラスが直撃! カリンが子供のような笑い声をあげた。ゴボゴボと音を立てながらそれを飲み干していくホルマジオには少々アルコールが効いている。

 

「ば、バカがァ! この俺がたかが一杯如きで酔うわけねえだろうがよォ!」

 

 しぶとい。さすがホルマジオしぶとい! と悪ふざけを一つ挟んだホウセンはふと笑う二人を交互に見遣って、その表情に影が差す。

 

 ホウセンが二人に合わせる顔がなかったのは、なにも一つの理由だけではない。記憶するトーナメント表では明日、カリンとホルマジオの第一試合から準々決勝がはじまる。

 

「まぁた辛気臭い顔してる。ちょっと酔った方がいいんじゃない?」

 

 若干顔が赤らんだカリンが唆す。少々思案して、ホウセンは下唇を軽く舐めてグラスを傾けた。今度こそホルマジオがギョッとした。

 

「・・・・・・どっちにも勝って欲しい!」

 

 グラスを勢いよく置いたホウセンは思いっきり叫んだ。

 

「ほんと、かつてないほどレベルの高いジョウトリーグっつうおあつらえ向きの舞台でどっちかしかバトルできねえのすっごく勿体無い!」

 

 嘆くように、惜しむように紡がれる彼の言葉に二人は聞き入っていた。

 

「だから、俺が戦う分の一回取るんだからよ。最高の一戦にしてくれよ」

 

 同時に投げられた嫉妬心宿る視線に二人は思わず微笑んだ。

 

 

「もちろんよ!」(もちろんだ)

 

 

 二人の力強い首肯を受け、ホウセンはニッと笑ってバタンと丸机の上に突っ伏した。

 

「あちゃー、ダメだったか」

「いつもこうなの?」

 

「そうだ。コイツの酒の弱さは筋金入りだぜ」

「でも、そのおかげで素敵な本音が聞けたじゃない?」

「だな」

 

 ガチャッと客室ドアを開ける音が鳴る。ホルマジオの歩調に合わせて飲みかけのロマネコンティがワインボトルのなかを踊る音も。

 

「明日もコイツと一緒に飲もうぜ。どっちかが格別に美味い酒をよ」

「フフッ。ええ、恨みっこなしよ」

「ソイツァできねえ相談だ」

 

 きぃぃ・・・ガチャン。

 

———

 

 12月18日10:00。

 

 今日このシロガネスタジアムで4人のベスト8が決まる。

 

 準々決勝第一試合 カリンvsホルマジオ。

 

 準々決勝第二試合 安永誠vs城島俊也。

 

 準々決勝第三試合 星野好造vs日下部翼。

 

 準々決勝第四試合 ホウセンvsイツキ。

 

 己を信じる者、ポケモンを信じる者、能力を信じる者、未来を信じる者、あるいは未来に賭ける者。それら全て机上では正しく、また無力。己の主義主張はバトルに委ねられ、勝利こそが正しき結果である。

 

「「「うおおおおお!!」」」

 

「「「ホルマジオ! ホルマジオ!」」」

 

 認められぬ勝者がいる。その勝者を認められぬがゆえに対戦相手を持ち上げる。大衆が定めた“悪”がそうさせる。

 

「さあさ準々決勝第一試合の歓声は空前のホルマジオブーム! カリン選手はこの有り余るプレッシャーに対応できるのか!?」

 

「・・・・・・フフッ、あたくしらしいわね」

 

 それでもなお彼女は挫けない。彼の前で二度と膝を折らないという決意があるゆえに。

 

「油断、慢心、虚栄心。この“歓声”はあたくしに眠る全ての思い上がりを容赦なく打ち砕いてくれる」

 

「「「ホルマジオ! ホルマジオ!」」」

 

 カリンは逆境を強さへ変える。

 

 トレーナーゾーンに入ってからの彼女は凛とした表情でバトルフィールドを見つめていた。

 

「嫌な感じだぜ」

 

 同時に対極の位置に立つホルマジオはこの明らかに自身へと偏重している歓声比率と、それに動じないカリンから怖いとすら言えるほどに圧力を感じていた。

 

 審判がフィールドの中央に立った。

 

「準々決勝第一試合。バトル形式は6vs6のシングルバトル。ワザの制限は四つまで。どちらかのポケモンが3体戦闘不能になった時点で30分間の休憩を一度だけ設けます。また、ポケモン自らの意思で白線外に飛び出した場合は5秒以内にフィールド内へ戻らなければ対象のポケモンは戦闘不能扱いとなります。戻るまで交代行為も禁止。そして、持ち物の使用は認められません」

 

 開幕の儀式を終え、「それでは両者ポケモンを!」と力強く促された二人がモンスターボールをフィールドへ投げ入れた。

 

「ヤミカラスいきなさい!」

「ヤミィ」

 

「まずはオメエだハピナス!」

「ハピィ」

 

 ヤミカラスが宙を羽ばたき、ハピナスがどっかりとフィールドに降り立つ。二体のポケモンの出現を確認した審判がその手に持つ旗を振り上げた。

 

「先攻はカリン選手。バトル開始!」

 

「『アクロバット』」

「ヤミッ!」

 

「ヤミカラス突っ込んだァ!」

 

 ヤミカラスが独特な飛行の軌跡を刻んでハピナスに急速接近。

 

「『ちいさくなる』」

 

 ギュンッ。

 

「ヤミッ!?」

 

 ヤミカラスの『アクロバット』は当たらなかった。

 

「おっとこれは当たらない! ハピナス巧みなサイズ調整でヤミカラスの攻撃を見事に透かしたァ!」

 

 絶対に当たるタイミングでハピナスが突如その大きな五体のサイズを変え、ヤミカラスの攻撃が空を切る。

 

(おいで。どんなワザが来ようと先手は譲らないわ)

 

 サイズを元に戻したハピナスの決定機。

 

「『ふいうち』!」

「『ステルスロック』」

 

「!?」

 

 ヤミカラスの『ふいうち』は不発に終わった。

 

 ホルマジオのバトルスタイルの根幹は待ちと反撃。相手の動きに合わせ、的確な反撃を喰らわせる。なによりも忍耐強さと度胸が問われるそのスタイルはときに、“反撃しないことが最良の反撃となる場合もある”。

 

「ハピ」

 

 ハピナスの『ステルスロック』。数々の尖った岩石が宙にばら撒かれる。その落下点は———

 

「! 『アクロバット』で離脱!」

 

 ———ヤミカラスの頭上。

 

「ヤミッ!」

 

 上から雨のように降り注ぐ尖った岩石を針の穴に通すような正確な飛行で躱す。

 

 ギュンッ!

 

 しかし、ヤミカラスの眼前に突如としてサイズを変えた岩石が現れた。

 

「ヤッ! ミィ!」

 

 すぐさま身体を回転させた推進力で飛行ルートをずらして回避したヤミカラスの判断力は驚嘆に値する。・・・・・・とホルマジオは胸中で呟きながらニヤケ面を浮かべる。

 

 パチンと引き絞った指を弾け鳴らした。指を鳴らしたのはハピナス。

 

「『たまごばくだん』」

 

 指示を下したのはホルマジオ。

 

 

 ボォン!

 

 

「ヤミ“ャッ!?」

 

 『ステルスロック』に張り付いていた『たまごばくだん』が爆発した。ヤミカラスは余波に巻き込まれた。

 

「! いつの間に!」

 

 先程生成した岩石に『ちいさくした』卵を埋め込んでいたところを客席に座るホウセンは見えていた。だがカリンには見えなかった。正面に立つトレーナーに決して悟らせない隠蔽工作。

 

「恐ろしいぜ」

 

 以前よりも遥かに冴えているその技術に客席から眺める彼は自然と呟いていた。ヤミカラスへのダメージはいいとこ四分の一。だが、『ステルスロック』を撒かれたフィールドでヤミカラスを交代する勇気を持つことは難しい。

 

「『アクロバット』」

「ヤミッ!」

 

 ゆえに突っ張る。

 

「しょうがねえなァ。『ちいさくなる』」

「ハピ」

 

 ヤミカラスの『アクロバット』は当たらなかった。これでは先刻の焼き直し。

 

「今よ! 『とんぼがえり』」

 

 だからこそアレンジを加える。ヤミカラスが『ちいさくなった』ハピナスの横を通り過ぎた瞬間の急降下。行き着く先は硬い大地。

 

 ダッ!

 

 ヤミカラスの『とんぼがえり』!

 

 大地を蹴ったことによって生まれたワザの強制力。サイズを戻しかけているハピナスへヤミカラスが突撃する。

 

「受け止めろ」

 

 ガチンッ!

 

「え?」

 

 完全にサイズを戻す前にハピナスが全身でヤミカラスを受け止めた。『ちいさくなる』を使用したポケモンは受けるダメージも高まる。前提知識を知るトレーナーほど、サイズを落としている瞬間を隙と捉える。仕留めようと動く。ゆえに隙が生まれる。

 

「『たまごうみ』並びに『たまごばくだん』」

「ハピッ」

 

 やや早口に指示された内容は至極単純。回復後に攻撃!

 

「『サイコノイズ』!」

「ヤァミィィィ!」

 

 ハピナスの“なにもない腹部のポケット”に卵が生成される。しかし、『サイコノイズ』を受けている影響でハピナスの体力は回復しなかった。捕まったヤミカラスはまだ脱出できていない。

 

「ハッピィ!」

 

 ボォン!

 

「ヤ“ミャッ!?」

「ウソッ!?」

 

 この状況を最大限有効活用するため、ハピナスは『たまごばくだん』を使用し、自分諸共ヤミカラスを巻き込んだ。

 

「残念! ハピナスの体力はたっぷりあるぜェ!」

 

 体力お化けのハピナスゆえに成立する戦術。だが、この爆風に晒されてさすがのハピナスもヤミカラスを解放せざるを得なかった。

 

 ハピナスのサイズが元に戻る。

 

「やってくれるじゃない・・・・・・」

「まだまだここから! 『ステルスロック』!」

 

 再びハピナスが尖った岩石を生成する。

 

「同じ手は喰らってあげないわ。ヤミカラス『アクロバット』! 『ステルスロック』に突っ込んで!」

 

 ヤミカラスが地上へ降り注ぐ岩石の雨へ突っ込んでゆく。『とんぼがえり』を併用し、岩石に弾かれ、またもや別の岩石に弾かれ、加速力を急激に高める。

 

 

 ・・・・・・はずだった。

 

 

「『たまごばくだん』」

「ハピ」

 

 ハピナスがカチッと立てた親指を緩く握るそれ以外の指へ重ねた。

 

 ボォン!

 

「ヤ“ッ!?」

(爆発!?)

 

 ヤミカラスの翼にはすでに『たまごばくだん』が仕込まれていた。タイミングは明白。先刻ハピナスに捕まったとき!

 

「! ヤミカラス避けて!」

 

 思わぬ反撃を喰らったヤミカラスが飛行体勢を大きく乱し、目の前から襲いくる岩石の雨に呑まれてしまった。

 

「・・・・・・やみぃ」

「ヤミカラス戦闘不能!」

 

 地上に倒れたヤミカラスに立ち上がる体力は残っていなかった。

 

「「「うおおおおお!!」」」

「ヤミカラスここに倒れる! ホルマジオ選手のハピナス、後続への圧力をかけるだけでなく、相対するポケモンをも倒してしまったァ! 恐ろしい仕事人だァ!」

 

「っ、ありがとう。戻ってヤミカラス」

 

 カリンは悔しげに下唇を噛んでヤミカラスをボールの中へ戻した。

 

(・・・・・・強い。さすがイッシュリーグベスト3ね。『たまごばくだん』を仕掛けられたことに気づけなかった)

 

「「「ホルマジオ! ホルマジオ!」」」

 

 カリンは深呼吸をして、「まだまだこれからよ!」と好戦的に笑った。

 

「お願いミカルゲ!」

「おんみょ〜ん。ん“ッ!!」

 

 ミカルゲに尖った岩が食い込んだ。

 

「カリン選手二体目のポケモンはまさかまさかのミカルゲ。その独特な身体からどんなワザが繰り出されるのか興味が尽きません!」

 

「先攻はカリン選手。バトル開始!」

 

 蟠る心を忘れて指示を出す。

 

 

「『のろい』」

 

 

「「「!?」」」

 

 会場中のどのトレーナーもが困惑に包まれた。まだ序盤も序盤。一体目のポケモンにそこまでするのかと言わんばかりに瞠目した。

 

 ミカルゲの『のろい』。ハピナスは呪われた。

 

「っ、おいおい!」

 

 ホルマジオも驚きに満たされたが、染みついた身体の動きは自然と最適解へと向かっていた。腰のハピナスのモンスターボールをすぐさま構えて、ハピナスを戻す。

 

「『かげうち』」

 

 バチッ!

 

 モンスターボールの光線がミカルゲに防がれた。

 

「おんみょ〜ん」

 

 ミカルゲが楽しげに笑う。それはホルマジオに向けられておらず、またハピナスでもなかった。

 

「ええ、楽しいわね」

 

 ミカルゲが彼女の言葉に頷いた。

 

「やられっぱなしでいられっかよ! ハピナス『ステルスロック』!」

 

 やむを得ずホルマジオがボールを片手に指示を出した。どうにか隙を作ってハピナスを戻す。そのための一手。

 

「『いたみわけ』」

 

 それによってミカルゲの回復するタイミングを許した。

 

「おんみ“ょ“!」

「ハピッ“!?」

 

 ミカルゲの『いたみわけ』。ハピナスとミカルゲの体力が均等に分配された。それに伴う痛みによってハピナスは『ステルスロック』を撃てなかった。ハピナスは呪われている。

 

「んだとォ!?」

 

 『サイコノイズ』によって齎された回復封じ効果は機能している。ハピナスはまだ回復できない。

 

「さあ、睨めっこよホルマジオ。少しでもあたくしの動きを見誤った瞬間・・・・・・あなたは負ける」

 

 仄暗い状況に晒されながらもホルマジオは快活に笑う。

 

「しょうがねえな。やってくれるぜオメエも」

 

 頬に伝う冷たい汗。ホルマジオの顎から滴り落ちたのが合図だった。

 

「今はとにかく煙だ! 連続『たまごばくだん』!」

「ハピッ!」

 

 ハピナスが卵を投げた側から生成し、またもや投げる。テンポは遅くとも数をこなせば巨大な煙がフィールドを包み、ハピナスの姿を覆い隠していく。

 

「戻れ!」

 

 少々移動したのを見計らってボールから光線を飛ばす。

 

 バチッ!

 

「おんみょ〜ん」

「チィッ!」

 

 ミカルゲの『かげうち』に防がれた。ハピナスは呪われている。

 

 すでに二回呪われている。体力を均等に分けられ、ミカルゲから溢れた体力の一部がハピナスに還元されたとはいえ、ハピナスの体力はあと一度の呪いで全て削れる。

 

「『たまごばくだん』!」

 

 現状を把握したホルマジオは賭けに出る。

 

「ハッピャァ!?」

 

 自爆によって強引に推進力を獲得したハピナスがミカルゲから距離をとった。戻せるタイミングはここしかない!

 

「戻れ!」

 

 光線がハピナスに当たった。ハピナスの身体がボールの中へ———

 

 

「『おいうち』」

 

 

 ミカルゲの『おいうち』!

 

「ハびッ!? ・・・・・・は、ぴぃ」

 

 ———戻る前にミカルゲがハピナスの意識を刈り取った。

 

「ハピナス戦闘不能!」

 

「あぁぁ! 惜っしい!」

「あとちょっとで戻れたろ!」

 

 観客の落ち込む声がスタジアムに響く。

 

「グレート。真っ直ぐで綺麗な執念だ」

 

 そんな空間に温かくハッキリとした言葉が彼女の鼓膜を叩いた。カリンには彼がどこにいるかはわからない。わからなくていい。ただ、今はひたすらに彼女たちらしいバトルをするのみ。

 

「ご苦労さんハピナス。・・・・・・戻す瞬間を狙ってやがったな。一杯食わされたぜ。だがよォ、ハピナスは最高の仕事をした。これからフィールドに根差す岩石がジワジワと効いてくる。ボディブローを喰らい続けるボクサーのようになァ!」

 

 ホルマジオが振りかぶってェ・・・・・・投げたァ!

 

「ヘァ!」

 

 現れたのは二つの星型が重なるポケモン、スターミー。

 

「俺が課した必要経費は高いぜ。せいぜい節約するこったなァ」

 

 ピシッと力強く指された人差し指を前にしてカリンとミカルゲは笑う。

 

「フフッ、連帯保証人に支払ってもらうわ」

「ヘッ、おっそろしい女だぜ」

 

 互いに高まる闘志に身を委ねて、自分が一番能力を発揮する最適解の体勢に移行する。ホルマジオは右腕を前に伸ばして立てた人差し指をミカルゲに重ね、カリンは身体の向きをフィールドから逸らしてホルマジオから見て横向きになり、振り返るような体勢でホルマジオを見つめる。

 

「先攻はホルマジオ選手。バトル開始ィ!」

 

 審判の旗がフィールドの中心を振り切った。

 

「スターミー『リフレクター』」

「ミカルゲ、『のろい』」

 

 一手目は互いに落ち着いた立ち回り。スターミーは物理攻撃に強い壁を張り、ミカルゲはハピナスに分けてもらった体力を消費し、スターミーに『のろい』をかけた。

 

 スッ!

 

(! もう交代?)

 

 ホルマジオがスターミーのボールを突き出した。

 

「『おいうち』!」

 

 反射的にミカルゲが動く。見た目に似合わない俊敏さで要石がすぐさまスターミーに接近し、ミカルゲの煙のような身体がスターミーに襲いかかる。

 

 

「『マジカルシャイン』」

 

 

「ヘァァァァ!」

「お“んみ”!?」

 

 瞬間、ミカルゲの視界を襲った白い世界。同時にミカルゲの身体は激痛に包まれた。

 

「『いたみわけ』!」

 

 しかし、ミカルゲの視界はまだ回復していない。ミカルゲは『いたみわけ』の対象を見つけられず、ワザは不発に終わる。

 

「もういっちょ『マジカルシャイン』だァ!」

「ヘァ・・・・・・ヘァァァァ!」

 

 スターミーが短い溜めを終え、眩い光を放った。スターミーは呪われている。

 

「・・・・今よ『かげうち』!」

「おんみょッ!」

 

 ミカルゲの『かげうち』。ミカルゲが影に潜み、『マジカルシャイン』がなにもないフィールドを通り過ぎた。

 

「・・・・・・戻れ」

 

 一泊置いて、再びホルマジオから送られるモンスターボールの光線。

 

 バチッ!

 

「おんみょ〜ん」

「ちょっ! ミカルゲ!?」

 

 視力が回復したミカルゲはスターミーに送られたその光線の軌跡に身体を割り込ませて防いだ。その行動の不味さをカリンはホルマジオの表情で知っていた。

 

「きやがったな間抜け」

 

 ホルマジオがニヤリと笑っていたからだ。

 

「『みずのはどう』!」

 

(『ちいさくなる』を使わない?)

 

「ヘッァァァァ!」

「おんろぉぉん!?」

 

 ミカルゲが『みずのはどう』で生成された水球に包まれ、宙に浮かされた。フィールドから離されてしまった以上、これでもう影には潜れない。

 

 スターミーは呪われている。

 

「いいわ。ミカルゲ責任を取りなさい! 『おいうち』!」

 

 カリンの厳しい一言にミカルゲが奮い立つ!

 

「トドメだ『マジカルシャイン』!」

 

 ミカルゲの『おいう———スターミーの『マジカルシャイン』!

 

 水の中を光が屈折し、バラついた白い光がさらに強まってミカルゲを強襲した。

 

「・・・お、おんみょ・・・・・・」

 

 水球が弾け、フィールドに落下したミカルゲの肌は焼かれたように焦げていた。

 

「ミカルゲ戦闘不能!」

「よし!」

 

「逃げる位置を限定させたのか、上手い駆け引きだなぁ!」

「このまま勝っちまえホルマジオォ!」

 

 ホルマジオは思わず作った握り拳を解いた。

 

「っ、戻ってミカルゲ。ありがとう」

「戻れスターミー。よくやった」

 

 スターミーが呪われた回数は計2回。仮にミカルゲが深追いしなければ、ボールに戻ったスターミーに『おいうち』が命中し、次のポケモンで『いたみわけ』を為し、さらに長く戦えていただろう。

 

 カリン残り4体。

 ホルマジオ残り5体。

 

「次はもっと息を合わせるわよミカルゲ」

 

 あの瞬間、動揺が焦りを生み、反射的な最適解に喰らい付いてしまい、ミカルゲはカリンと連携できなかった。明確な敗因を把握するがゆえの一言を告げて、互いに次のモンスターボールに触れる。

 

「アブソル頼むわね!」

「決めんぞピクシー!」

 

「ソル・・・・・・ソッ”!?」

 

 アブソルに尖った岩が食い込んだ。

 

「ピクピク♪」

 

 ここでホルマジオは勝負を決めに来た。あくタイプ使いであるカリンに対し、圧倒的有利なフェアリータイプのピクシーで開いた差をさらに広げる。

 

「これって・・・・・・」

「ああ。ホルマジオが勝負を決めにきた!」

 

 あまりにも明確な意思表示に観客たちが湧き立った。

 

「やらしい」

 

 溜め息一つ溢しながら思わず呟いたカリンにホルマジオは不敵な笑みを浮かべる。

 

「誰かさんに比べりゃあ、俺は幾分真っ直ぐな方だろうがよ」

「フウン・・・・・・まるであたくしが捻くれているとでも思っていそうな言い分ね。傷つくわ」

 

 審判が旗を掲げる。

 

「先攻はカリン選手・・・・・・バトル開始!」

 

 傷ついたから、一曲歌ってくれる?

 

「?」

 

 開始の合図に突如放り込まれた親しみある言葉。闘争とかけ離れた一言にホルマジオの脳が一瞬固まった。

 

「ソ〜ルゥ♪」

 

 アブソルの『ほろびのうた』。

 

「ピッ!?」

「なァッ!?」

 

 アブソルとピクシーはしばらく経つと戦闘不能になる。

 

 ホルマジオ、またしてもカリンに決定打を許す。

 

「いい歌声よアブソル。大事なお客さまを逃がさないでね」

「ソル」

 

 彼女の悪戯な笑みに合わせてアブソルの瞳が”キラリ”と光る。

 

 に、逃がさねえ気か! なにがなんでもピクシーをただで返さねえってか!? 冗談じゃねえぞ!

 

 ホルマジオがモンスターボールを突き出した。同時にアブソルが重心を低く構えていつでも跳び出せる体勢に移る。

 

「くっ! 『マジカルシャイン』!」

「! ピクッシィ!」

 

 その圧力に負けてホルマジオはモンスターボール片手に攻撃する決意をした。先刻のスターミーのバトルでタイミングは掴んだ。果てしない集中力を費やせば勝てると彼の脳がフル回転しはじめる。

 

「『つじぎり』よ」

 

 眼前に迫る眩い光を前にしてなお、アブソルの目は決してピクシーから離れない。刃のようなツノの威容が一段と濃く染まる。

 

「オマエ間抜けかァ!? 耐久戦のねえ『ほろびのうた』は脅威じゃねえんだぜ———」

 

 ズバッサァァァ!

 

「ビク"ゥ"ゥゥ!?」

「———は?」

 

 『マジカルシャイン』が『つじぎり』に切り裂かれた。そしてその勢いは眩い光を引き裂くに留まらず、ピクシー本体の急所を切った。

 

「あら、ラッキー♪」

 

 違う。反射的にホルマジオはカリンの幸運を喜ぶ一言を否定する。

 

 狙ってやがった。やぶれかぶれなギャンブルとはわけが違え! できるという確信があってやったんだ!

 

 警戒心たっぷりに睨みつけられた彼女は肩を竦めて、あたかも悪戯がバレた子どものように残念そうな表情を作った。

 

「バレてるのね。そうよ、あたくしのアブソルは『きょううん』ではあるけれど、それを抜きにしても急所に当てるのが上手いの。運って不思議よね。たった一つワザが外れるだけで拮抗していた勝負が容易く傾くもの。だからアブソルは幸運の惹きつけ方を覚えたのよ。ワザポケモン問わず、当たりどころの悪い場所に刃を沿わせる・・・・・・それだけで幸運は振り向いてくれるの」

 

 止まらない自慢話は「よく効くでしょ」と得意げな笑みで締め括られた。満足そうに息を吐いたカリン。

 

「マジかよ・・・・・・」

 

 驚くホルマジオに彼女は得意げな笑みをより深くして、モンスターボールを手に取った。

 

「ッ!!」

「そろそろフィナーレね」

 

 『つじぎり』によって負った深手で忘れていた。ホルマジオは思い出す。ピクシーにタイムリミットがあったことを。

 

「戻れピクシィィィ!」

 

 モンスターボールの光線がピクシーに触れる。なぜか妨害はない。『おいうち』で攻められようと今のピクシーの体力ならば耐えきれる。

 

 バチッ!

 

「ッ、戻らねえ!?」

 

 ピクシーはアブソルの『くろいまなざし』に捉えられている。

 

「2、1、戻って」

「ソル」

 

 カリンがカウント0.5でアブソルをボールに戻した。一方ホルマジオは一度弾かれたモンスターボールの光線を再び飛ばした。

 

「ぴッ!? ・・・・・・ぴくぅ」

 

 が、0.2秒ほど遅く。ピクシーはすでに倒れてしまっていた。

 

「ピクシー戦闘不能!」

 

「っ、しょうがねえなァ。ピクシーご苦労さん」

 

 ホルマジオが悔しさ滲み出る表情でピクシーをボールに戻す。音の攻撃はほぼ100%避けられない。聞こえた瞬間に攻撃が成功しているためだ。音より速く動くのは余程素早さを上げたテッカニンでもなければ不可能。ここへきてホルマジオ自慢の戦術に明確な弱点が生み出された。

 

「だが・・・・・・脅威ってのは謎があるからだぜ。必ず打たざるを得ない一手をよォ、綺麗に打たせねえバトルは山程やってきた! ここで素直に押される俺じゃあねえぜ!」

 

 それにより却ってホルマジオの闘志に火が点いた。

 

「フフッ、いいわね。そーゆーの素敵よ。だけど彼と戦うのはあたくし」

「いいや俺だァ!」

 

「マニューラ!」

「ハリーセン!」

 

「「まだ終われねえぞ(ないわよ)!」」

 

 戦いの宴はようやく中盤に差し掛かる。

 

「マニュッ・・・・・・マッ“!?」

 

 マニューラに尖った岩が食い込んだ。

 

「ハリィッ」

 

 現れた2体のポケモンは高まる熱に晒されてより一層闘志を漲らせて、それぞれの爪と針をキラリと光らせた。

 

「先攻はホルマジオ選手。バトル開始!」

 

「『つぼをつく』!」

「『くさわけ』!」

 

 ハリーセンが長い尻尾を駆使して自身のツボを突き、能力を上げる。二段階上がった能力は防御力。マニューラもまたハリーセンにタックルを喰らわせつつも素早さを一段階上げた。

 

「マニュ“ッ!?」

 

 ハリーセンの『どくのトゲ』に触れた。マニューラが毒状態となった。

 

「・・・・・・戦えるわねマニューラ?」

「ッ、マニュッ!」

 

 開始早々の毒状態。しかし知れたこと。ハリーセンがこれまでのバトルで触れた相手を確定で毒状態にするほど『どくのトゲ』を鍛え上げていることなど承知のうえ。

 

「ハリーセン『どくばりセンボン』!」

「マニューラ『みやぶる』」

 

 本来『みやぶる』とは『みきり』と違い攻撃を躱すワザではない。しかし、ハリーセンの身体中の針が瞬間的に伸びて放たれた『どくばりセンボン』の攻撃の軌道を『みやぶる』ことで身体に針は掠りもせずマニューラは完璧に躱した。

 

「! 『つぼをつく』!」

「『サイコカッター』!」

 

 ハリーセンが『つぼをついた』。防御力がぐーんと上がった。

 

「マッニュ!」

「ハリ”ッ!!」

 

 マニューラの『サイコカッター』。ハリーセンには効果は抜群だ。

 

 ザッ!

 

 マニューラが一旦距離を取り、手応えのなさを感じて『サイコカッター』を繰り出した右手をチラリと見る。パートナーの様子を鑑みてカリンの疑惑はより確かなものとなった。

 

「『つぼをつく』の能力上昇を自分で選択してるわね」

「正解だァ。日頃から『つぼをつく』を使いまくることでどの部位のツボを突けばどんな能力が上がるのかを徹底的に覚えさせた。もちろん、小さくなるのも自由自在だぜェ!」

 

「ハリッ!」

 

 ハリーセンの『つぼをつく』。ハリーセンの身体が小さくなり回避率がぐーんと上がった。

 

「ホルマジオのヤツ誘ってんな」

 

 観客席のホウセンがふと呟いた。毒状態のマニューラにより濃い接近戦を強要させて『どくばりセンボン』を当てるタイミングを窺っている。いや、最悪の場合『とどめばり』もあり得る。仮に膠着しても『つぼをつく』で際限なく能力を上げられるうえに毒はマニューラを時間経過でじょじょに蝕んでゆく。

 

「『くさわけ』」

 

 カリンはマニューラに突貫させた。

 

「『つぼをつく』」

 

 ホルマジオはハリーセンの防御力を最大まで上げさせる。眼前に迫るマニューラのタックルを前にして落ち着き払った態度で淡々と能力を上げる。

 

「マニュッ」

「ハリィ」

 

 ボンッと果てしなく重い水風船を叩いたような音が鳴った。マニューラは再び身体を刺した『どくのトゲ』に苦悶の表情を浮かべる。

 

「ニュ”ゥ”」

 

 マニューラは猛毒状態となった。

 

「!」

「『どくばりセンボン』!」

 

「ハァッリ!」

 

 ハリーセンの針がまたもや伸びる。しかしその軌道はすでに『みやぶっている』。

 

「マニュ」

 

 マニューラには当たらなかった。

 

「っ、これでも当たんねえか!」

 

 さしものホルマジオもその圧倒的な回避能力に瞠目するもすぐに切り替えてハリーセンに指示を出す。

 

「次は命中率だ。『つぼをつく』」

「ハリ」

 

 ハリーセンの命中率がぐーんと上がった。ここでホルマジオはワザを確実に当てる作戦にシフトした。

 

「『くさわけ』」

 

 カリンは愚直にマニューラを突貫させる。

 

「マニュッ!」

「ハリ」

 

 三度同じ光景。しかし、ハリーセンがツボを突くよりも速くマニューラのタックルが命中した。

 

「そのまま『サイコカッター』!」

 

 妖しい光を放つ爪がハリーセンに振り下ろされる。眩く、鋭く、“研ぎ澄まされた”それにホルマジオは反射的に指示を出していた。

 

 

「『まもるゥ』!」

「ハリッ!」

 

 

 マニューラの爪が弾かれた。

 

「決めるぞ飛ばせ! 『どくばりセンボン』!」

 

「きたぜ!」

「ホルマジオがようやく動いたァ!」

 

 返しは伸びる針とは少し違う。『ミサイルばり』と『どくばりセンボン』の融合を果たした針は伸びながら発射され、その爆発的な初速の速さにマニューラの素早さを持ってしても受けることを余儀なくされた。

 

「そこよ」

 

 退屈を感じ始めていた観客が湧く最中、カリンはマニューラの回避が遅れる瞬間を狙っていた。

 

 高まった素早さがマニューラに一瞬の『とぎすます』時間を与える。

 

「マッニュ“!」

 

 マニューラの『サイコカッター』! 『どくばりセンボン』を貫いてハリーセンの急所を斜め十字に引き裂いた!

 

「なっ!?」

「ハリィッ!? ・・・・・・は、り」

 

 あれほどの鉄壁を誇っていたハリーセンがいとも容易く崩れ落ちた。

 

「マニュァァッ!」

「残念♪火力勝負ならマニューラは負けないわ」

 

 雄叫びをあげたマニューラは『とぎすます』を用いた確定急所の純粋火力をハリーセンにぶつけたのだ。

 

「! カリンテメェ、はじめからこのシュチュエーションを狙ってやがったのか!」

「フフッ、素敵でしょ」

 

 戦慄するホルマジオを前にカリンは笑みを浮かべて湧き上がる陶酔感に浸った。

 

「は、ハリーセン戦闘不能! ホルマジオ選手の手持ちポケモンが3体倒れたためこれより30分の休憩時間に入ります!」

 

 結果だけを見ればマニューラの完勝。ハリーセンが与えられたダメージは毒状態のみ。それでもマニューラの体力は半分近く減っていた。

 

———

 

「冴え渡ってんな」

 

 吹っ切れたカリンの勢いはホウセンの目から見ても冷や汗を流すほどに凄まじいものだった。心から楽しんでいる。トレーナーとポケモンの駆け引きを。こんなにもトレーナーの力がポケモンを引き出したバトルはあっただろうかとホウセンは思案を巡らせる。

 

「隣、いいか?」

「!」

 

 ズズッと慢性鼻炎気味の鼻の音とともに告げられた聞き覚えのある声にホウセンは驚いた。

 

「舘さん!?」

「トモでいい。座るぜ」

 

 声の主は黒シャツ姿の舘智幸だった。結局彼は返事を聞かないままにホウセンの隣の席に腰を下ろした。

 

「レースの方はいいんですか?」

「バカ言え、負けるつもりなんざ毛頭なかった。リーグ全勝を想定してスケジュールを調整していたんだ。まあ、おまえに負けちまったけどな」

 

 その笑みに自嘲は欠片もなかった。清々しく、目は燃えるように鋭く研ぎ澄まされていた。

 

「今は新しい戦術の形を探している。特にハリーセンの『つぼをつく』は中々のものだったが、マニューラに強化のタイミングを与える待ちの姿勢がよくなかったな」

「まあ、ホルマジオはそういう男です。彼は元来『ちいさくなる』を駆使したカウンタータイプ。攻めてきた相手の隙を突くスタイルの欠点とも言えますね」

 

 フッと軽く笑った舘智幸は「敬語もいらねえ」と口にし、ホウセンも「じゃあ遠慮なく」とその厚意を受け入れる。

 

「ホウセン、おまえはどっちが勝つと睨んでいる?」

「・・・・・・ペルシアンがどれだけ暴れるかによる」

「ペルシアン?」

「ホルマジオの相棒で恐ろしく速い。なにより『ねこのて』でこれまで出してきた手持ちポケモンのワザを自由に出せる。ただ今回はピクシーがあまりワザを使えなかったこともあっていつもよりワザのバリエーションが無い。カリンのポケモンを4体削り切れるかどうか」

 

 舘智幸は少し考える素振りを見せてなるほどと頷く。

 

「後半戦はホルマジオがペルシアン以外のポケモンでワザを積極的に使う展開になるってわけか」

「その通り」

 

 ホルマジオのエースを前にカリンが耐え切れるか否か、タフなバトルがはじまる。それがホウセンの予想だった。

 

「悪くねえ。だが、おまえの予想には一つ穴がある」

「?」

 

 疑問符を浮かべたホウセンに舘智幸はフィールドに指を差す。目で追うとフィールドにはハピナスが残した『ステルスロック』があった。

 

「・・・・・・!」

「察しが良くて助かる。そう・・・・・・ルールの関係でカリンの残る手持ちポケモンは実質3体だ。これまでのバトルを見る限り、カリンはどのポケモンもそつなく扱える駆け引きを重視したトレーナーだが、ホルマジオもそれは同じ。状況で見れば圧倒的エースを所持するホルマジオが有利だ」

 

 よく見えている。そう思いながらホウセンは誰もいないフィールドを見渡し、ルールとフィールドの関係で生まれる落とし穴を強く脳に刻んだ。

 

「だったら、勝負の行方はカリンが新しい戦術を生み出せるかにかかってる」

「随分と肩入れするな。知り合いか?」

 

 問われたホウセンはふっと軽く笑みを浮かべて組んだ足の膝に頬杖をついた。

 

「惚れた女だからかな」

 

 どこかおちゃらけた様子でそう言ったホウセンは表情を引き締めて続ける。

 

「それに・・・・・・俺のギガイアスを火力勝負で追い詰める女が圧倒的な力に為す術なくやられる姿は想像できねえよ」

 

「! そうか。まだなにが起こるかわからねえな」

 

———

 

「要塞ハリーセンが崩れ、ホルマジオ選手がリードを奪われたところからバトルははじまります。さあここからカリン選手が安定して勝ち切れるか、はたまたホルマジオ選手が逆転を果たすのか、手に汗握る展開です!」

 

 そう言いつつも実況は冷め始めたスタジアムの興奮を感じずにはいられなかった。

 

「また耐久戦かねぇ」

「ワクワクしねえんだよな」

 

 度重なる忍耐力を強いられるトレーナー同士の駆け引きに観客がついていけていないのだ。

 

 カツカツ、スタスタとそれぞれの足音を響かせる二人のトレーナーに対する期待はどれほど残っているか。そんなことに二人は興味を抱かない。

 

((ノってきた・・・・・・!))

 

 ホルマジオはハリーセンの新戦術の有用性で、カリンはそれに対応できている自身とポケモンに好調を強く実感する。

 

「両選手の入場を確認。それでは両者ポケモンを!」

 

「お願いブラッキー!」

「やるぞペルシアン!」

 

「ブッ!? ブラッキィ」

「ニャア」

 

 ブラッキーに尖った岩が食い込んだ。

 

「「!」」

 

 後半開始早々ホウセンと舘智幸が想像していた展開はものの見事に裏切られた。

 

「そうか。『たまごうみ』で耐久できる以上、どのタイミングで出してもいいのか」

「ホルマジオも大した役者だぜ。『ちょうはつ』を警戒して出せないと思ってた」

 

 本来ならカリンのポケモンに全てワザを使わせたうえでフィールドに出すのがペルシアンにとって一番理想的な環境だったはず。その考えをわかったうえで繰り出されたペルシアンに智幸とホウセンは舌を巻いた。

 

「へえ、エース登場ってわけ?」

「バッチリ予習されてんなァ」

 

 今回のジョウトリーグではまだペルシアンを使っていない。イッシュリーグのログを観られたのだと察したホルマジオはしかし、「関係ねえがよォ」と闘志を漲らせる。

 

「先攻はホルマジオ選手。バトル開始ィ!」

 

「『ねこのて』」

「ニャア」

 

 ペルシアンの『ねこのて』。ペルシアンの『つぼをつく』・・・・・・素早さがぐーんと上がった。

 

「『じこあんじ』」

「ブラァ」

 

 ブラッキーがペルシアンの能力をコピーした。

 

「だァ! そうくるかァ!」

「つまらない下準備はここまでよ」

 

 カリンの一言にホルマジオも覚悟を決める。安定した勝利はもう望めないのならば、攻めて攻めて攻め尽くして勝ち取るのみ!

 

「わァったよやってやる! ペルシアン『ねこのて』!」

「ブラッキー『アイアンテール』!」

 

「ニャッア!」

 

 ペルシアンの『ミサイルばり』!

 

 ペルシアンの体毛が針となって射出され、ブラッキーを強襲する。迫る『ミサイルばり』を前にしてブラッキーは上昇した素早さを最大限に活用し、時折『アイアンテール』を交えて『ミサイルばり』の中を駆け抜ける。

 

「ブラッ?」

「! いない!?」

 

 しかしその先にペルシアンはいなかった。

 

 ギュン!

 

 『ミサイルばり』の影で『ちいさくなっていた』ペルシアンがサイズを戻す。隠密バトルの面目躍如。位置はブラッキーの真横。距離は1.5mほど。『アイアンテール』で迎撃し辛い絶妙な位置どり。

 

「『ひやみず』」

「ニャッ!」

 

 バシャアッ!

 

「ブッ!?」

「!」

 

 ブラッキーが振り返る瞬間を狙った目潰し。しかも攻撃力が下がった。

 

「『ねこのてェ』!」

「『ほえる』!」

 

 ペルシアンの『ねこのて』・・・・・・『マジカル———ブラッキーの『ほえる』。ペルシアンがホルマジオの元へ戻ってゆく。

 

 

 あ、いける。

 

 

 瞬間、赤い光線に吸い込まれてゆくペルシアンを前にカリンの身体は脊髄反射に近い速度感で指示を出していた。

 

「『おいうち』!」

「ブラッ!」

 

 ブラッキーの赤い瞳が輝き、フィールドの砂が残像を作った。

 

「ニャ“ゥ”!?」

「っ!! ペルシアン!」

 

 額に直撃した強烈な打撃!

 

 すでに次のポケモンを出す用意をしていたホルマジオは思わぬ反撃に瞠目する。が、ペルシアンは倒れることなくホルマジオのボールへ吸い込まれた。

 

「あッぶねェ!」

 

 耐久力が高くないペルシアンだからこそ常に抱いていなければならない不安感。ホルマジオの固まった身体がどうにか落ち着いた。しかし、思考は荒ぶっていた。

 

 マジィな! ブラッキーの耐久力でこのコンボを連発されりゃあ俺のポケモンが保たねえ。それになにが怖えって、カリンにはヘルガーがいる。

 

 そう、この『ほえる』と『おいうち』のコンボはヘルガーでも実現可能。交代攻撃を繰り返されればトータル体力が著しく減少し、長期戦が不可能になる。

 

「やるしかねえか」

 

 手にしていたモンスターボールを腰に戻し、代わりのそれを掴み、ありったけの力を込めて投げ込んだ。

 

「ベトベトン!」

「ベトォ」

 

「ホルマジオ選手最後のポケモンはアローラ地方のベトベトン! 果たしてブラッキーの『ほえる』と『おいうち』のコンボをどうやって凌ぐ!?」

 

 凌ぐ? 違えな。守りに入れなくなった以上攻めるのみよ!

 

「『いやなおと』!」

「『ほえる』!」

 

「ベェェットォォォ!」

「ブゥラァァァァァ!」

 

 『いやなおと』と『ほえる』は相殺された。

 

「『かげうち』」

 

 ブラッキーが喉の調子を確かめる動作を僅かに入れた瞬間にすかさず先制ワザを差し込んだ。ブラッキーの眼前にベトベトンが現れる。

 

「『アイアンテール』!」

 

 すぐさまブラッキーは反転。その拍子にベトベトンへ己の尻尾をぶつける・・・・・・算段だった。

 

 ギュン!

 

「っ!!」

 

 ベトベトンの『ちいさくなる』。ブラッキーの『アイアンテール』は当たらなかった。

 

「「『いやなおと(ほえる)』!」」

 

「ベェトォォォ!」

「ブゥラァァァ!」

 

 度重なる喉の酷使。しかし流体のベトベトンと違い、ブラッキーには明確な声帯が存在している。声量勝負ではベトベトンに分がある。

 

「・・・ァァァ———キッ!?」

 

 いよいよ吠え続けることができなくなったブラッキーが咳き込んだ。

 

「『ドレインパンチィ』!」

「ベェットォ!」

 

 振り被る流体の拳。咳き込んだ影響でブラッキーに避ける余裕はない。

 

「『じこあんじ』!」

 

 ギュン!

 

「なッ!?」

 

 ブラッキーはベトベトンの回避率をコピーし、『ちいさくなった』影響でベトベトンの拳が空を切った。カリンが一瞬「いいワザね」と言わんばかりに微笑んで、すぐさま人差し指を突きつけた。

 

「『アイアンテール』!」

 

「ラァッキィ!」

「ベトォ!?」

 

 今度はベトベトンに避ける余裕がなかった。ブラッキーはサイズを戻す前に攻撃動作をすでに完了し、ベトベトンの胴体に当てる瞬間にサイズを戻したのだ。

 

「ベトォ!!」

 

 弾き飛ばされた流体をどうにかフィールドに付着させて体勢を整えたベトベトン。

 

「『おいうち』」

 

 そんなベトベトンの眼前にブラッキーの鋭い爪が振り翳されていた。

 

 どうする? 『ちいさくなる』か? いや、さっきの焼き直しになるだけだ。ワザもすでに四つ使っている。仮にワザを使えてもこの戦術を打開できる気がしない。駆け引きで負けている・・・・・・このまま負けるのか俺たちは?

 

「根性見せろベトベトン!」

「ッ、ベトッ!」

 

 暗雲立ち込めていたベトベトンの思考をホルマジオの言葉が振り払った。根性・・・・・・それはつまるところ———

 

 ベシャッ! グムゥ!

 

「ブラッ!?」

「!? しまった!」

 

 ブラッキーの振り下ろした右手がベトベトンの流体に取り込まれた。

 

 ———受ける覚悟である。

 

「さあ魅せるぜベトベトン! 俺たち得意の殴り合いだァ!」

「ベェェェトォォォ!」

 

 雄叫びとともに『ドレインパンチ』がブラッキーの顎を打ち抜き脳を揺らす。吹き飛びかけたブラッキーの身体はベトベトンの流体がしっかりと捕らえたまま。

 

「ウオオオオオ!」

「いいぜホルマジオ!」

「どんどんやれェ!」

 

 湧き立つ観客に比例してカリンに焦りが肥大してゆく。

 

「『ほえる』!」

「ブゥッラァァァ!」

 

 しかし、うまく決まらなかった。ブラッキーの身体に貼り付いて、自身の身体をしっかりとフィールドに留めている。

 

「まだまだいくぜェ! 『ドレインパンチィ』!」

「ああもう! 付き合うわよブラッキー!」

 

 ベトベトンの『ドレインパンチ』!

 ブラッキーの『おいうち』!

 

「ベトッ!」

「ブッ!」

 

 ベトベトンのワザは効果抜群。ブラッキーはいまひとつ。『アイアンテール』は尻尾を振るう状況にないため使用不可能。この状況を打開できる策は。

 

 ベトベトンの『ドレインパンチ』!

 ブラッキーの『おいうち』!

 

「ベッ!!」

「ブゥッ!?」

 

 ブラッキーの急所に当たった。ベトベトンの『どくしゅ』に触れた。ブラッキーは毒状態になった。

 

「っ! ブラッキー地面に『アイアンテール』!」

「! ブゥッラァッ!」

 

 ドゴォッ! と凄まじい打撃音を響かせ、ブラッキーは『アイアンテール』の衝撃で強引に自身の身体を僅かとはいえ宙に浮かせた。カリンがモンスターボールを右手に掴む。

 

「今よ『ほえる』!」

 

 同時にモンスターボールから『ほえる』体勢に入ったブラッキーへ赤い光線が放たれた。

 

「『かげうち』」

 

 バチッ!

 

 しかし、モンスターボールの光線の軌道は『ほえる』の範囲外。ベトベトンは悠々とブラッキーの背後に回って光線を遮り、拳を握った。

 

「『ドレインパンチ』」

「っ、『アイアンテール』!」

 

 ブラッキーの『アイア———

 

「ベェットォ!」

 

 ———ベトベトンの『ドレインパンチ』! 効果は抜群だ。

 

「・・・・・・ぶ、らっきぃ」

「ブラッキー戦闘不能!」

 

 審判の声に合わせてベトベトンの流体の右腕が掲げられた。

 

「す、素晴らしい! ベトベトンの流体を活かしたアグレッシブな攻撃がブラッキーの戦術を見事に破ったァ!」

「「「ウオオオオオ!」」」

 

 そのあまりにも見事なシナリオに観客が湧き立った。

 

「・・・・・・ありがとう。ゆっくり休んでブラッキー」

 

 カリンの相棒がここで倒された。

 

———

 

「ベトベトンの特徴を活かしたいい闘いだったな。ホルマジオが吹っ切れるまで少し時間がかかったが、そのロスも『ドレインパンチ』の回復で取り戻せている」

 

 智幸の言葉にホウセンは苦々しい顔を作った。

 

「・・・・・・こういうとき、特定のタイプ使いは不利だな。一つの決定打が手持ち共通になっちまう。これはホルマジオが上手かったとしか言いようがない。『ちょうはつ』を敢えて使わず、カリンに退かない程度の自信を抱かせてブラッキーを温存させなかった」

 

 なによりフィールドには『ステルスロック』がある。戻すリスクを居座るリスクが上回らなければ基本戻さない環境だ。

 

「トモさん」

「なんだ?」

 

「チャンピオンリーガーのアンタから見てホルマジオはどうだ?」

 

 鼻を啜りながら智幸はその問いに答える。

 

「そうだな。俺の経験から言うと、一つの戦術に拘るヤツってのは総じて対策されることに慣れている。なぜだかわかるか?」

「・・・・・・その戦術を使うとはじめから決めているから」

 

 智幸は首肯して続ける。

 

「そうだ。ああいうタイプには妥協がない。手持ちポケモンを共通する戦術に揃え、自分の戦い方に突き詰める技術のみを取り入れて戦術を成長させることに終始している。その分対応される場面は増えるが、やることが限られているだけに持ち直しもまた早い。滅多にできるモンじゃねえ。ホルマジオは俺から見ても強い」

「なるほど、アンタ好みの戦術がわかってきた」

 

 見透かしたようなその発言に智幸は訝む表情を作った。

 

「じゃあカリンについての評価はわかるか?」

 

 問われたホウセンはコクリと頷いて答える。

 

「本番の判断力とアイデアはジョウトリーグ随一ってとこかな。だが事前に仕込む戦術が少し未熟だと思っている」

「・・・・・・驚いたぜ。ここまで言い当てられちゃあな。結論から言うとカリンの手持ちにはタイプ以外の戦術的な統一感はほとんどない。バトルスタイルも戦術もポケモンによってまるで違う。それはいいんだが、トレーナーの能力に比重がかかりすぎていることが気にかかる」

 

 疑問符が浮かんだ。

 

「? それのどこが悪いんです?」

 

 思わず許されたはずのタメ語を忘れて質問した。

 

「ポケモンの限界ってヤツは全てを出し切ってはじめてわかるもんだ。たとえば俺のテッカニンが出せる最高速度。おまえのギガイアスが出せる最大火力。追い追われて、撃ち合い、そうやって限界を知っていく。トレーナーの駆け引きだけじゃ生み出せない世界だ」

「そうっすね」

 

 どうにもほどほどの目上言葉が落ち着いてホウセンは中途半端な敬語を発することを決めた。

 

「このバトルを見た限り、カリンのポケモンでそれができていたのはアブソルだ。ポケモンだけでなくワザにも急所に当てる技術はポケモンの限界を越えた技術だ。あれはわかりきってねえと対処できねえ」

「・・・・・・言いたいことが段々わかってきましたよ」

 

 つまり智幸が言いたいことは。

 

「カリンのポケモンだからこそできる。トレーナーとポケモンで作り上げたアイデンティティがアブソル以外にない」

 

 駆け引きは突き詰めれば誰でもできる。チャンピオンリーガーというレベルの高いステージで揉まれて育ったその認識が智幸に辛口な評価を出させた。

 

「あまり考えたことなかったっすね。トレーナーとポケモンで作り上げるアイデンティティ・・・・・・」

「独自性ってのは唯一無二の武器になる。かく言う俺もテッカニンとフーディンしかできてねえが、繰り出せば否応なしに流れを掴む技術はそれだけで脅威になる」

 

 智幸が挙げたポケモンたちはおそらく、『消えるライン』を使用可能なポケモンたちであることは彼と戦ったホウセンは察せた。トレーナーに気付かれず、死角に潜むか潜まないかの駆け引きは智幸とそのポケモンたちだからこそ仕掛けられる特殊な駆け引き。

 

(俺も今のところギガイアスとアギルダー、あとシュバルゴだけか。しかもシュバルゴは親父の手があって完成した形だし、なんか言いようのない悔しさが湧いてくる話だ)

 

 イダイトウの地中回遊、ヒヒダルマの格闘技、ゾロアークの『イリュージョン』を使った駆け引き。よくできた戦術でこそあるが、ギガイアスの『じゅうりょく』と『メテオビーム』、アギルダーの『さきどり』と『ねんちゃく』、シュバルゴの『メタルバースト』に比べれば唯一性からは遠い。

 

「ポケモンって深いっすね」

「まったくだ」

 

 と、同意しつつも智幸は「だが忘れるなよ」と念を押す。

 

「独自性のある技術ってのは質がいいほど広まるもんだ。容易に真似られるかどうかは問題じゃねえ。重視するべきは最大限警戒してやっと対処できる技術であるかだ。その点、カリンとブラッキーはホルマジオのベトベトンにワザを使わせる程度には警戒される戦術を一瞬の閃きで生み出した。さすがのセンスだ。精神的な負担はむしろホルマジオの方にかかっているだろう」

 

———

 

 なんとか持ち直したはいいが、ホルマジオの脳裏にはヘルガーへの警戒心が常に潜んでいた。それほど『ほえる』と『おいうち』のコンボは脅威だ。

 

 だがこっちの手持ちポケモンが一体になりゃあ、脅威じゃなくなる。それまで死ぬ気でエンジンをかけまくる。慎重になるのはあとでいい。

 

 ただペルシアンを残す意識を持つことを忘れずにとホルマジオは自身の脳に言い聞かせた。

 

「ごめんなさいね。辛い役目を任せるわ。マニューラ!」

「マニュッ! まッ“!?」

 

 マニューラに尖った岩が食い込んだ。フィールドに降り立った時点でマニューラは満身創痍。しかし、ベトベトンへの有効打は存在する。

 

「先攻はカリン選手。バトル開始ィ!」

 

「『みやぶる』!」

 

 マニューラは『みやぶった』。

 

「戻れベトベトン!」

 

 即座にホルマジオはベトベトンをボールに戻した。これで見破られた状態を解除した———

 

 その景色を見届けてカリンは指示を出す。

 

「ここしかないわ! 『サイコカッター』!」

 

 ———見破った対象がベトベトンであれば。

 

「マッニュァァァ!」

 

 バギッ・・・・・・ピキピキ・・・ボォン!

 

 フィールドを漂っていた『ステルスロック』が崩壊した。

 

「・・・・・・ま、にゅ」

 

「ッヤロウ! それが狙いだったか!!」

 

 戦慄するホルマジオを前に限界を迎えたマニューラが倒れる。

 

「マニューラ戦闘不能!」

 

「ありがとうマニューラ」

 

 間髪入れずマニューラをボールに戻し、カリンは別のモンスターボールを強く握った。

 

「やってくれんじゃねえか。頼むスターミー!」

「マニューラの分まで頑張るわよアブソル!」

 

「ヘァ!」

「ソル」

 

 『ステルスロック』は無い。尖った岩が食い込むことはもうない。その実感がアブソルの闘志に火をつけた。

 

「先攻はカリン選手。バトル開始!」

 

「『つじぎり』!」

「『でんじほう』!」

 

 刹那、側頭から伸びる刃を構えたアブソルは『でんじほう』を溜めるスターミーに狙いをつけた。

 

「ヘァッ!」

 

 それが予想以上に速く発射されてもアブソルのやることは変わらない。凶運宿る線に刃を沿わせるのみ!

 

「ソルァァァッ!」

 

 アブソルの『つじぎり』。スターミーと『でんじほう』の急所に当たった。アブソルは麻痺した。

 

「へ、ああ・・・・・・」

「スターミー戦闘不能!」

 

「『でんじほう』ごと引き裂きやがった!」

「半端ねえパワーだ。いくら弱点とはいえこうもあっさり・・・・・・」

 

「スターミーご苦労さん」

 

 ホルマジオがスターミーを戻す。カリンの方は・・・・・・。

 

「続行よアブソル」

「ソル」

 

 アブソルで継続。ホルマジオの残る手持ちポケモンは全てあくタイプ。このタイミングでブラッキーの戦術をヘルガーで使っても旨みは薄いという判断なのか。

 

「だったらよォ、このまま押し切るぜ! ベトベトン!」

「ベトォ」

 

 麻痺状態のアブソルとほぼ全快のベトベトン。しかし、アブソルには不利をひっくり返すワザがある。

 

「先攻はホルマジオ選手。バトル開始!」

 

「ベトベトン『いやなおと』だ!」

 

 ド安定の音ワザ。『ほろびのうた』を相殺できるうえ、仮にアブソルが積極的に攻めてきてもベトベトンの耐久力であれば一発は耐えられる。

 

 

「『からげんき』」

「!」

 

 

 アブソルの防御力はがくっと下がった。

 

「ソッルァ!」

「ベトォッ!?」

 

 ベトベトンの急所に当たった。

 

 ただ一つ想定外だったのはその一撃があまりに強力だったこと。

 

「『ドレインパンチ』!」

「! 『つじぎり』!」

 

 そして、それでもなおベトベトンが倒れなかったこと。

 

「ベトォ!」

「ソルゥッ!」

 

 ベトベトンの拳とアブソルの側頭の刃がかち合った。威力は互角。

 

 ビリッ!

 

 アブソルの身体が痺れた。運命の悪戯か、それはホルマジオとベトベトンにとって望ましいシチュエーションだった。

 

 ガクン。

 

 なッ!? ベトベトンの体勢が崩れた!?

 

 しかし、ベトベトンの体勢が少々前のめりに構え過ぎていた。アブソルが後退する瞬間に入れ過ぎた力が流れ、ベトベトンの流体がべちゃりとフィールドに弾ける。

 

「ここしかないわよ! 『からげんき』!」

「ソルゥァァァ!」

 

 ベトベトンの急所に当たった。

 

「べ・・・・・・とォ!!」

「踏ん張れベトベトン『ドレインパンチ』!」

 

 アブソルには効果は抜群だ!

 

「ッ!? ソゥッ!!」

 

 だがアブソルもまだ耐える!

 

「「決めて(決めろ)!『からげんき(ドレインパンチ)!』」」

 

「ソルァァァッ!!」

「ベェットォォォ!!」

 

 ドゴォッと力強い打撃音が響いた。互いに鍔迫り合いに持ち込む体力は残っていなかった。どちらの拳も頬に直撃。

 

「そ・・・・・・るぁ」

「ベトッ・・・・・・べぇとぉ」

 

「アブソル、ベトベトン共に戦闘不能!」

 

「ダブルノックダウゥゥゥン!」

「ハッハァ! パねえ殴り合いだァ!」

「さすがのベトベトンも立っていられなかったかァ」

「そりゃあ無理だろ。アブソルのあの攻撃を何発も受けりゃあ倒れて当然だ」

 

 カリンとホルマジオがアブソルとベトベトンをそれぞれボールに戻す。これで互いに残り一体。次が今試合最後のバトル。

 

「フフッ」

「へへッ」

 

 しかし二人に気負った様子はない。

 

「「楽しむわよ(楽しもうぜ)!」」

 

 高らかにモンスターボールが投げられた。

 

「ルガァ」

「ニャア」

 

 ヘルガーとペルシアンがフィールドに降り立った。鋭い眼差しを飛ばし、一挙手一投足見逃さんと言わんばかりに隙を窺っている。

 

「それでは先攻はコインで決めます。表がカリン選手、裏がホルマジオ選手とさせていただきます」

 

 カリンとホルマジオが首肯するのに合わせてピンと審判がコインを投げた。まだ勝者も敗者もいないその時間が観客たちには待ち遠しくて仕方なかった。

 

「・・・・・・裏! ホルマジオ選手が先攻です」

 

 審判がコインを懐に仕舞い、旗を掲げる。

 

「それでは・・・・・・バトル開始ィ!!」

 

「『ねこのて』!」

「『だいもんじ』!」

 

 ペルシアンの『みずのはどう』はヘルガーの『だいもんじ』で蒸発され、フィールドが軽度の水蒸気に包まれた。

 

「・・・・・・完全に読まれてんなァ。大したモンだぜ」

「フフッ、さあ挨拶は終わりよ! あたくしたちのなかに燻った熱はここで存分に吐き出すわ!」

 

 水蒸気が晴れる。ペルシアンとヘルガーはまだ動いていない。フィールドに立つ彼らはわかっている。ここからだ・・・・・・!

 

「上等だァ!! 『ひやみずゥ』!」

「『だいもんじ』!」

 

「ニャッアァ!」

 

 ペルシアンの周囲に生成された『ひやみず』がヘルガーに向かっていく。

 

「ルゥガァァ!」

 

 対抗するように“やや低速”で放たれた『だいもんじ』は『ひやみず』をあっという間に蒸発させ、ペルシアンの眼前に迫る。

 

 さっきのがマックスじゃなかったのか!!

 

「躱せペルシアン!」

「ニャッ」

 

 ペルシアンには当たらなかった。

 

「そう、躱すのね」

「ルゥ!」

 

 ヘルガーが『だいもんじ』の射線上に回り込んだ。

 

「もったいないから貰っていくわ」

「! ッまさか!」

 

 ヘルガーの『もらいび』! ヘルガーのほのおワザの威力が上がった。低速で放っていたがゆえにヘルガーがそれを受け取ることができた。

 

「『だいもんじ』」

「ッ! 『あなをほる』だァ!」

 

「ルッガァァァ!」

「! ニャゥッ!」

 

 その圧倒的火力に瞠目しつつもペルシアンがフィールドの地中に潜って『だいもんじ』を躱した。

 

「腰が引けているんじゃない? 『スモッグ』」

「あァ?」

 

 ヘルガーの『スモッグ』。フィールドが毒ガスで包まれた。広範囲に広げられたそれは穴の中にも侵入しているが、地上にいるヘルガーの方が受ける影響は大きいはず。

 

———

 

「あぁ、なるほど。悪魔的だ」

「ん?」

「その発想はなかった」

 

 言いつつホウセンはハンカチを口に当てて最低限の自衛を試みる。

 

———

 

「『だいもんじ』」

 

 カチッと火打石を叩いたような音が鳴った。充満していたガスは可燃性。そこには充分な酸素と着火源が加われば・・・・・・。

 

 チュッボォォォォッ!!

 

 『スモッグ』が引火した! 瞬く間に迸る炎が空間を塗り潰し、宙、地中例外なくその爆発に巻き込まれた。

 

「フフッ、爽快ね」

「ルガぁ」

 

 ヘルガーの『もらいび』。ヘルガーのほのおワザの威力が上がった。

 

 あちこちに残火が見られはじめた頃、カリンとヘルガーはまるで心地良いハイキングでもしているような晴れやかさを感じさせる笑みを浮かべていた。

 

「正気かテメェ!?」

 

 ボゴォとフィールドに穴が開く。

 

「ニ“ャゥ”ゥゥ・・・・・・!!」

「ルガッ!?」

 

 身体を『ひやみず』で濡らしたペルシアンが火傷に苛まれながらもヘルガーの顎を打ち上げた。

 

「ッ・・・・・・ルガァ」

 

 しかしそれも軽傷。ヘルガーは悠々と体勢を整えた。

 

「無事か!?」

「ニャ“ァ“!」

 

 ペルシアンが吠える。自前の『ひやみず』の攻撃力下降と火傷状態で物理攻撃は最早脅威足り得ない。だが闘志は欠片も途切れていない。

 

「・・・・・・しょうがねえな!」

「ニャァ」

 

 ペルシアンがニヤリと笑う。同時に能力上昇を示す赤い光がペルシアンを包んだ。

 

「『わるだくみ』ね」

「キレちまったぜ。それと俺ァさっき『正気か?』と言った。なぜ言ったのかわかるか?」

 

 次で最後。誰もが感じる終幕の訪れ。

 

「それはオメエがやったことは俺たちに速く倒してほしいって合図ってことだぜ! 忘れたのか? どの距離でも俺のペルシアンの方が素早いってことをよォ!!」

「さあ? 試してみないとわからないんじゃない?」

 

 ホルマジオの問いにカリンは好戦的に笑う。ペルシアンとヘルガーが距離を探る。といってもヘルガーがベストで飛び込める距離をペルシアンが刻ませない形でだ。

 

「やるぞペルシアン」

「ヘルガー油断は厳禁よ」

 

「ニャ!」

「ルガ!」

 

 睨み合うポケモンとトレーナー。互いに隙はない。動き出すとすれば些細なきっかけが必要だ。

 

 ボッと残火がフィールドのどこかで燃え上がった。

 

「『ねこのてェ』!」

 

 ペルシアンの『みずのはどう』!

 

 タイムラグはほとんどない。僅かに手を挙げただけですでに水球の発射体勢に入っている。

 

 飛び込めるモンなら飛び込んでみろ! 撃ち合いは分が悪いぜ。もう『だいもんじ』の火力じゃあ足りねえからよォ!

 

 言葉よりも雄弁に語るホルマジオの面持ち。脅威を前にするヘルガーは覚悟を決めて右前足を構えている。それを目の当たりにしてカリンの決意は固まった。

 

「勇気も蛮勇も結果が決める。けれどあたくしはあなたの勇気を尊重するわ」

「ルガァァァ!」

 

 ヘルガーの咆哮がスタジアムいっぱいに響いた。

 

「いきなさい!」

 

 ビュンと風よりも速くヘルガーが飛び込んだ。

 

 無謀とは言わねえぜ! オメエらと俺たちの見える世界は違え。どこに死角が隠れていようと暴いて乗り越えてやる!

 

「『ほうふく』」

 

 ギュィィィ!

 

 ヘルガーの右前足がブラックホールとなって『みずのはどう』の大半を吸収した。

 

「これは・・・・・・シュバルゴの!?」

 

 『メタルバースト』の遠距離攻撃吸収。それを参考に『ほうふく』で実現させたヘルガーの新しい武器。それがペルシアンの眼前に迫っていた。

 

「『ねこのて』!」

「ニャア!」

 

 ガチンッ!

 

 ペルシアンの『まもる』! ヘルガーの攻撃が弾かれた!

 

「畳みかけろ『ひやみずゥ』!」

 

 瞬時にペルシアンの周囲に生成された『ひやみず』がヘルガーを襲———「ニ“ャゴォッ!?」

 

 

 ヘルガーの尻尾『ふいうち』がペルシアンの喉に突き刺さった。ペルシアンは怯んだ。

 

 

「『ほうふく』」

 

「ルゥゥッガァァァ!」

 

 堪らず後退したペルシアンの額にあまりにも重い一撃が振り下ろされた。

 

———-

 

「ペルシアン戦闘不能! ヘルガーの勝ち! よって勝者カリン選手!」

 

「決まったァ! 高度な駆け引きを制して準決勝に進むのはカリン選手だァ!」

 

 スタジアムは有り余る拍手に反して歓声は少なかった。

 

「・・・・・・ダメか」

「まあ、観客の需要とバトルの流れが一致することは少ない。ファンってのは身勝手で当然の存在だぜ」

 

 智幸は至極残念そうに呟いたホウセンをフォローするようにそう言った。

 

「でもこのままじゃ、カリンの夢は遠ざかる」

 

 フィールドでペルシアンをボールに戻したホルマジオが合図を出し、二人が早々に退場した。観客の反応が芳しくなかったためだ。

 

「なにが不満なんだろうな・・・・・・いいバトルだったじゃねえか」

 

———

 

「負けたぜ」

 

 カリンとホルマジオは退場後、スタジアムのロビーで固い握手を交わしていた。

 

「まさかあの『メタルバースト』を真似てくるたァ思わなかった」

「フフッ、凄いでしょ」

 

 自慢げに微笑んだカリンに面食らいながらもホルマジオは若干腹立たしげに首肯した。

 

「今ので確信した。今夜の一杯は今までで一番複雑な味がするだろうぜ」

「フフッ、変なこと言うのね。お祝いのワインほど美味しいものはないでしょう?」

「俺が負けてなけりゃな!!」

 

 だァクソッと心底悔しそうに頭を掻いたホルマジオはふと影の入った笑みを浮かべる彼女に向き直る。

 

「応援してるぜ。アイツよりもな」

「!」

 

 自分でクサイことを言っている自覚が芽生えてきたのか、ホルマジオは明後日の方向を向き、ちょうどよくそこにあった自販機の方へ歩きはじめた。

 

「言いてえことはそれだけだ。俺が勝つまで負けんなよ」

 

 そのありきたりな言葉が彼女を纏っていた影を僅かに取り除いた。

 

「ええ」

 

 

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