俺を倒して旅に出ろと言った親父が強すぎる   作:山雅将暉

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シロガネ大会準々決勝最終試合 〜ビジョンファイト〜

 

 イツキはカントー地方ヤマブキシティの出身者。超能力者の聖地にしてエスパー使いの遺伝子を色濃く受け継ぐトレーナーたちがいる。優れた超能力とポケモンバトルの融合。それこそがヤマブキシティのトレーナーが追求するバトルスタイル。

 

 優れた能力に不幸は付き物だが、イツキにとっての不幸とはその優れた能力を認められなかったことにある。

 

 サッと机に並べられたカード。枚数は162枚。統一された幾何学模様の裏の絵柄。仮面を被るイツキは紫髪を揺らしてそれを捲っていく。

 

「ハートのクイーン、赤のリバース、青のドロー2、ダイヤの3、ドロー4」

 

 捲る前に絵柄を的中させていく姿は通常のマジシャンとそう変わらない。しかし、イツキはトランプとUNOを混ぜたカードでそれを為している。

 

 ペラッ・・・・・・。

 

「万事絶好調」

 

 僅か3分半でただ一つも間違えることなく全てを捲り終えたイツキは少々眉間にシワを作った。そこには満足感も歓びもない。あるのは空虚な信頼のみ。

 

「・・・・・・ボクが捉えられない世界は存在しない」

 

 自身の人生を弄び続けた超能力の大きさと矮小さ。それを測るためにこのジョウトリーグに参加した。

 

「・・・・・・ふう」

 

 控え室のソファに腰をより深く沈めたイツキはこれまでのバトルを振り返る。

 

 山本春木———対戦時間33分33秒。山本春木の降参により、一回戦最終試合はイツキの勝利。

 

 柊龍之介———対戦時間3分33秒。うち、柊龍之介の手持ちポケモン3体は一撃で倒されている。

 

「次はどんな試練を用意しようか」

 

 未だ上限が見えないと思い込んでいる自身の超能力に仄暗い好奇心を無理矢理湧き出したイツキは次の課題を考える。掘り起こす記憶は二回戦第二試合。

 

「・・・・・・決めた。ヤドラン一体で全て倒そう」

 

 この超能力には高すぎると感じるハードルがちょうどいい。これでボクの心はほどほどに熱くなってくれる。

 

 哀れな凡人は肥大化した自己意識に呑まれていた。

 

———-

 

 12月18日14:07。

 

「ギャロップ『ニトロチャージ』だ!」

「ブルゥ!」

 

 星野の指示に合わせ、ギャロップが鼻を荒ぶらせて“青い炎”を纏った。これまで使用した『ニトロチャージ』を『もらいび』によって火力増幅。最早それは『フレアドライブ』と同等の火力を有していた。

 

「っ、エビワラー『みきり』で躱せぇ!」

 

 対する日下部翼。なんとしてもその攻撃を受けまいとし、エビワラーに確定で躱せる『みきり』を指示。

 

 ドォンッと力強い脚力とともにギャロップが加速する。それは最高速度には程遠いが、目に見える脅威の恐ろしさをこれ以上ないほどに物語っていた。

 

「まだ・・・・・・まだだ!」

「エビッ」

 

 タイミングを見計らう日下部とエビワラー。眼前に迫る炎の熱量にエビワラーの頬に汗が伝う。

 

「ヒヒィンッ!」

 

 ギャロップがエビワラーの間合い寸前で踏み込んでさらに加速!

 

「今だァ!」

「エビワッ!」

 

 エビワラーの『みきり』。

 

 ギャロップの突進に合わせた正確な横っ飛び。エビワラーの間合いの進入スピードを加味して軌道修正不可能な位置へ軽いフットワークを見せつけるような鮮やかな回避。同時にエビワラーの拳に気合いが溜まる。

 

「『きあいパ———』」

「———ドリャアッ!」

 

 ギャロップに指示はされなかった。いや、星野が発した奇声こそが指示だった。のちに日下部翼は語る。

 

『絶対に曲がらないと思った角度を強引に曲がってしまう。彼の強さに、速度とは単なるスタート地点に過ぎない』

 

 ズザァッ!

 

「!?」

 

 日下部とエビワラーの思考が困惑で満たされる。ギャロップは今、右前脚を地上に押し当て、スポーツカーのドリフトのように身体を速度に乗らせて横滑りしたのだ。当然そうすればエビワラーに突進するための軌道が整う。

 

「ソリャァッ!」

「ブルッ!」

 

 そして、星野とギャロップはその瞬間を見逃さない。角度をつけ、エビワラーの身体が突進先のラインに乗った刹那、後ろ脚で力強く踏み込んで突撃!

 

「ビワァァァッ!?」

 

 突進の速度こそ僅かに減速したものの、纏う炎の熱量は到底エビワラーに耐えられるものではなかった。

 

「エビワラー戦闘不能! ギャロップの勝ち! よって勝者“星野好造”!」

「決まったァ! 準々決勝第三試合勝者は星野好造選手! 城島選手とともに元四天王の貫禄をこれ以上ないほどに見せつけてくれましたァ!」

 

 日下部翼のポケモンが全て倒れるまでに、星野が繰り出していたポケモンの数は僅か2体・・・・・・ゼブライカとギャロップのみ。観客はその威容に圧倒されていた。

 

「凄まじいな。四足歩行のポケモンってのは大抵背中がガラ空きになってバトルでは扱いづらいもんなんだが」

 

 智幸が言外にその弱点を克服していると口にする。

 

「それだけじゃあねェ。あの速度で脚を地面に引きずりながらちっとも負担を感じてねえ。とんでもねえ脚力だ」

 

 ホルマジオはその隣でギャロップの肉体的な仕上がりに驚いていた。

 

「攻撃のタイミングもピッタリ。独特な合図の仕方だけど、ギャロップが角度をつけるタイミングと突進するタイミングをしっかり見極めていたわ」

 

 カリンの着眼点はギャロップとの息の合わせ方だった。

 

「これが“ゴッドフット”か。おもしろい世界観を持ってんな」

 

 ホウセンが思わずニヤリと笑う。脚を使った独特な身体操作。それを極めたバトルスタイルは見たことがなかった。ワザではなく肉体を活かす四足バトル。

 

「ホウセン、おまえはここに居ていいのか?」

「そうだぜ。オメエの試合は次だろ」

 

 智幸とホルマジオがそれとなく早く行ったほうが良いのではと伝えるとホウセンも頷いた。

 

「だな。そろそろ行ってくる」

 

 フィールド整備の時間が10分ほど取られているとはいえ、リーグ委員会の仕事は早い。立ち上がったホウセンは軽く伸びをした。

 

「それじゃ、楽しみにしてるわね」

 

 カリンが開いた手を宙に置いた。なにかを待ち構えるようなその手にホウセンはパチンとタッチした。

 

「負けたら朝まで笑ってやるぜェ」

「そりゃ勘弁」

 

 揶揄い交じりに宣うホルマジオにも同じようにハイタッチ。そして、最後の人物は開いた手を宙に置いていなかった。ホウセンが開いた手を智幸に見せると彼は驚いたように目を見開いた。

 

「俺もか?」

「アヒャヒャッ! 付き合ってやれよトモ」

 

 見当違いなことを言った智幸にホルマジオが快活に笑いながらそう言った。

 

「やってあげて。余裕ぶっているけど、ちょっと緊張しているわ。ハイタッチのキレが悪かったもの」

「それは言わないお約束。まあそういうことだから、“弾み”つけさせてくださいよトモさん」

 

 再度火傷痕が残る手を見せられた智幸はフッと軽く笑って、開いた手を宙に置いた。

 

「思う存分暴れてこい」

 

 パァン!

 

「おうよ!」

 

 そのハイタッチはキレッキレだった。

 

———

 

 12月18日14:21。シロガネスタジアム第3控え室。

 

 フィールドが荒れていたおり、整備に時間がかかるために試合開始時刻は14:30に決定した。

 

 ホウセンが僅かに感じていた緊張は対戦相手のイツキがエスパー使いであることにあった。ホウセンがよく知る彼女は『サイコキネシス』の扱いが抜群に上手かった。纏って良し、遠距離攻撃を操作して良し、身体の部位を操作して良し。共に対策を講じたとはいえ、ホウセンが三度負けたダイア相手に一度で勝った。エスパー使いの強さを身に沁みて理解しているからこそイツキに対する警戒を片時も解いていなかったのだ。

 

「あら、随分遅かったわね」

 

 

「・・・・・・・・・・・・?」

 

 

 ホウセンが控え室のドアを開けたそのとき、白のドレスを身に纏い、自身の金髪を指でくるくると巻きながらソファに寛ぐ女性の姿を目の当たりにした。

 

「カトレア!? な、なんでここに!?」

「大切な試合の前に狼狽えないの。まるで浮気現場を愛しの妻に捉えられた夫のような顔ね」

 

 怒っているとホウセンは直感した。いや、直感ではない。カトレアの金髪を指先で巻く動作は不機嫌を示すことを知っているがゆえの結論だ。

 

「安心しなさい、怒ってはいないの。ただ気掛かりなことが一つあったけれど」

 

「・・・・・・それはなんでございましょうか?」

 

 冷や汗だらだらに慣れない敬語を使ったホウセン。どこかおかしいその口調に首を傾げながらカトレアが口にする。

 

「腕の火傷は大丈夫なの?」

「あ、ああ。これならすでに完治してるよ。痕こそ残っちまったけど、いい出会いがあった」

「・・・・・・へえ、そう。カリンと出逢ったきっかけなのね」

 

 なんか藪蛇を突いた気がする。というか間違いなく突いた。なにやってんだよ俺ェ。

 

「それと、後を気にしすぎたらダメよ。アナタは今でこそ輝くトレーナー・・・・・・それを忘れないで」

「!」

 

 それは舘智幸戦の序盤を見ていたとしか思えない忠告だった。

 

「カトレア・・・・・・まさかおまえ」

「なに? アタクシが腑抜けた好敵手の気を引き締めるためにわざわざシンオウから来たことがそんなにおかしいかしら」

 

 アナタが言おうとしていることを事前に理解して答えてあげると言わんばかりにカトレアは告げた。

 

「そこまで言ってない・・・・・・」

 

 ホウセンは気まずげに頭を掻いて、ソファに座る彼女に目線を合わせるために膝をついた。

 

「見ていてくれてありがとな」

「ウフフ。どういたしまして」

 

 けれどそれはそれとして。

 

 ガシッ!

 

「!?」

 

 カトレアのアイアンクロー。

 

「ぐぬおおおおおお!?」

 

 ホウセンには効果が抜群だ。

 

「気に入らないわ。どうしてアタクシに相談しなかったの?」

「ごごごごめん! いででッ、相談するまえに"! カリンが解決じでぐれたんだッ!」

 

 カトレアの視線がより一層冷たいものとなり、アイアンクローの威力が増してゆく。

 

「ぐああああ"!?」

 

 かと思えば、パッと手を離した。

 

「ッだ! はあ、はあ!」

 

 今度は優しくホウセンの両側の側頭部を包んだカトレアは入り乱れる愛憎のままに告げる。

 

「・・・・・・・・・・・・ホウセン。アナタのせいで頭がどうにかなりそう」

 

 

 ズキュウウウウン!

 

 

「ンウッ!?」

 

 ホウセン、今世二度目の口付け。

 

「もう待っててあげないわ」

 

 好戦的な笑みを目の当たりにして感じたのは屈辱。男でありながらまたもや自身がされる側・・・・・・受け身に回ってしまった拭えない悔しさ。

 

「・・・・・・こっの!」

 

 頬に添えられた細長い手指を握った。カトレアが愛おしい想いを湧き立たせて、その光景を見つめていた。

 

「退路を絶ったのはおまえらの方だからな」

 

 スッ。

 

「え?」

 

 頸を流れる長髪の内側に人肌の温かさを感じた。小指、薬指、中指と段階的に折られるたび温かさが広がってゆく。

 

「逃がさねえのは俺の方だ」

 

 

 ズキュウウウウン!

 

 

「ンムゥ!?」

 

 深かった。先刻彼女から為したそれよりも遥かに深い口付けが彼女を襲った。荒々しく上唇を食まれたことでカトレアは反射的にホウセンへと抱きつき、顔を斜めに傾けてより強く彼に味合わせる。彼女の本能的な動きがホウセンから迷いを消した。

 

「・・・ンハァッ!」

 

 シンオウの女は知る。紳士を謳うイッシュの男が秘めていた荒々しさを。今カトレアは間違いなく、ホウセンを本気にさせた。

 

「あっ・・・・・・」

 

 合わせられた額から熱を感じる。今までよりも遥かに熱く、深く、想いの宿った熱を。

 

『準々決勝第四試合開始5分前。イツキ選手並びにホウセン選手はバトルフィールドに入場してください』

 

 機械的なアナウンスが呑まれそうになった熱を冷ました。

 

「行ってくる」

「・・・・・・ええ」

 

 離れていく熱を名残惜しく思いながらカトレアは告げる。

 

「アタクシ以外のエスパー使いに負けることは許さないわ」

 

 ホウセンは笑った。

 

「当然だ」

 

———

 

「さあ続きまして準々決勝第四試合! 準決勝の切符を手に入れるのは未来を視るエスパー使いか!? それともイッシュのエンターテイナーか!?」

「「「うおおおおお!!」」」

 

 目の周りを覆う仮面。マジシャンを彷彿とさせる格好に包んだイツキ。

 

 裾が太腿まで伸びる黒コートを羽織るホウセン。

 

 互いに紫髪。片やシンパシーよりも好奇心。片やシンパシーよりも先に闘争心。それぞれに違う想いを秘めながらもその強さは大差なく。

 

「俺はサザナミタウンのホウセン」

「ボクはイツキ。未来予知の超能力を持ったエスパー使いさ」

 

 入場早々イツキはこのシロガネ大会ではじめて自身に宿った圧倒的な力の正体を口にした。

 

「へえ、超能力」

「そうさ。キミを倒すための手順はすでに把握している。怖気付いたかい?」

 

 挑発するイツキにホウセンは不敵に笑う。

 

「まさか・・・・・・燃えてきた」

「・・・・・・!」

 

 イツキにホウセンの有り余る闘志が向けられる。

 

(ただのトレーナーではない・・・・・・と言わんばかりの態度だね。だけど、闘志だけでボクが描く最善の未来からは逃げられないよ)

 

[向かい合うホウセンとイツキ。更地同然のバトルフィールドに、鋭い槍のような腕を持ったポケモンが出現する]

 

(君の一体目のポケモンはシュバルゴだ)

 

 フィールドの中央に審判が立った。

 

「準々決勝第四試合。バトル形式は6vs6のシングルバトル。ワザの制限は四つまで。どちらかのポケモンが3体戦闘不能になった時点で30分間の休憩を一度だけ設けます。また、ポケモン自らの意思で白線外に飛び出した場合は5秒以内にフィールド内へ戻らなければ対象のポケモンは戦闘不能扱いとなります。戻るまで交代行為も禁止。そして、持ち物の使用は認められません」

 

 イツキとホウセンは頷く。了承の意を受け取った審判はお決まりのセリフを告げる。

 

「では両者ポケモンを!」

 

「まずはおまえだシュバルゴ」

「シュバッ!」

 

「いけ。ヤドラン」

「ヤドぉ」

 

 どこか気の抜けた表情で現れたヤドランへシュバルゴの鋭利な闘争心が突き刺さる。しかし、トレーナーと同様にどこ吹く風と受け流し、自分のペースで戦う意識を保っていた。

 

「先攻はイツキ選手」

 

 審判が旗を振り上げた。

 

「バトル開始!」

 

「『めいそう』」

「ヤドぉ」

 

「『メガホーン』」

「シュバ!」

 

 まずは挨拶代わりにヤドランの特攻と特防が上昇するなか、シュバルゴが全速力で突貫し、その鋭い腕を突き出した。

 

[ヤドランの胴体にシュバルゴの『メガホーン』が突き刺さる!]

 

 イツキが視た景色がサイコパワーによってヤドランに共有される。

 

「ヤドッ」

「!!」

 

 緩慢ながらも無駄のない動きで振り返ったヤドランは尻尾を噛むシェルダーの殻を盾にする。

 

 ガァァン!!

 

「シュゥゥッバァ!」

「ヤドォォォォ」

 

 さすがにシュバルゴのパワー全てを受け止めきれないと判断したヤドランは足の踏ん張りを敢えて緩めてシュバルゴの『メガホーン』に押されるように後退した。

 

「グレート。見事な受け流しだ」

「驚くのはまだ早いんじゃない?」

 

「ヤドッ」

 

 ヤドランの『みらいよち』。

 

 それは本来未来へ攻撃を送る行程を挟まなければならないワザ。強力なワザでこそあるが、現在攻撃できないという厳しい条件を抱えている・・・・・・はずだった。

 

 ヤドランの強力なサイコエネルギーの弾丸がシュバルゴに飛来する!

 

[シュバルゴが『みらいよち』を右腕に吸収した]

 

 そしてイツキは未来を視た。

 

「『メタルバーストッ』!」

「『めいそう』」

 

 シュバルゴが“自身に飛来する分だけのサイコエネルギー”を右腕に吸収した。シュバルゴの横を通り抜けたサイコエネルギーは異空間に侵入した。

 

 ヤドランがバックステップを踏みつつ『めいそう』した。特攻と特防が上がった。

 

「ヤドラン巧みな間合い管理でシュバルゴを寄せつけません! しかも異空間に設置される『みらいよち』によってホウセン選手にはかなりのプレッシャーがかかっています! 一つの動作を終えるたびに確実なアドバンテージを重ねるイツキ選手に打つ手はあるのかァ!?」

 

 距離を取られた。すでにステータスに差が開きつつあるうえに行動を起こすたびに生まれてしまう隙を有効活用される。

 

「なるほどこれはキツイ」

 

 自然とホウセンの頬に冷や汗が流れる。

 

「もう終わりかい?」

「いや、わかりはじめてきた」

 

 揺さぶりをかけたイツキは尚も不敵に返される闘争心を訝しむ。

 

(少しは揺らぐかと思ったけどまだ動揺しないか。ここまで勝ち残ってきただけのことはある。大した精神力だね。しかし、その闘争心はすぐに虚勢へと変わる)

 

「飛ばせ! 『メガホーン』!」

「バァァッシュバァァァ!」

 

 シュバルゴが『メタルバースト』のエネルギーを凄まじい速度の突きに連動させて射出した。

 

[ヤドランが『アシストパワー』で迎撃するも『アシストパワー』は『メタルバースト』に呑み込まれた]

 

「っ!? ヤドラン『まもる』だ!」

「ヤドッ!」

 

 ヤドランが少々動揺しながらもイツキの指示に従って正面に透明な障壁を張り、『メタルバースト』を防いだ。

 

(驚いたな。『めいそう』二回でも足りないなんて・・・・・・いや違う。あの『メタルバースト』にはそもそもワザを吸収する効果があると見ていい。想像以上に苦戦しそうだね)

 

 だがイツキはその動揺を楽しんでいた。

 

(ハハッ、こんな新鮮な刺激が欲しかった!)

 

「接近しろ! 『メガホーン』だ!」

「シュバッ!」

 

 ホウセンが危惧するのは『みらいよち』の襲撃。そろそろ異空間に潜んだサイコエネルギーの弾丸がシュバルゴに襲いかかってもおかしくはなかった。そのため、ヤドランに肉薄し、仮にダメージを受けても巻き添えにできる距離感で攻撃する。

 

[ヤドランが『メガホーン』を受ける。明後日の方向で『みらいよち』が炸裂している]

 

 安全策は悪手。現在の時間が限られている以上、常に一挙両得を追求するのがイツキたちのバトルスタイルだ。

 

 

「『カウンター』」

 

 

 ガァァン!

 

「シュッ!?」

「ヤッドォォッ!」

 

「シュバルゴ弾かれたァ!」

 

 “受けるはずだったダメージ”を糧にしたエネルギーがヤドランの拳に宿る。それはシュバルゴのパワーの倍近くの威力を生み出し、シュバルゴの身体を容易に弾き飛ばした。その先は・・・・・・。

 

「! まさか!」

 

 異空間からシュバルゴにサイコエネルギーの弾丸が飛来する。

 

 『みらいよち』の攻撃範囲内だ。

 

[シュバルゴが両腕でサイコエネルギーの弾丸を吸収する]

 

「『メタルバースト』!」

「シュバッ!」

 

(これで手一杯だ)

 

 シュバルゴが両腕を掲げたのを確認し、イツキは淡々と指示を下す。

 

「『みらいよち』」

「ヤッドォォォォ!」

 

 ヤドランの眼球からサイコエネルギーの弾丸が飛び出した。それはシュバルゴの手が届かない箇所・・・・・・すなわち背中に回り込む軌道を描いてシュバルゴに直撃した。

 

「シュバァァァ!?」

 

 そしてシュバルゴに命中しなかった『みらいよち』は異空間へと消える。

 

「ッ、シュッバァ!」

 

 ヤドランの『みらいよち』を受けながらもシュバルゴはなんとか異空間から襲ってきた『みらいよち』を吸収し切った。

 

「なんとシュバルゴ、背後からの一撃をものともせずワザを吸収してしまったァ!」

 

「へえ、これだけの多段攻撃でもキミの未来を崩せないか。おもしろい」

 

 深刻なダメージを負ったシュバルゴを前に、イツキはまだ指示を出さなかった。向かい合うガンマンのような緊迫した心持ちで構えるホウセンが次にどんな指示を出すのか興味を惹かれたためだ。

 

 どうする? また初弾の『みらいよち』に対処している合間に『めいそう』を使われたらいよいよヤドランに手がつけられなくなる。

 

「いいや、逆に考えるんだ」

 

 使わせちゃってもいいよと。

 

 ホウセンのなかでなにかがキレた。

 

———

 

「マジィなァ。このまま膠着状態に陥ればホウセンは負ける」

 

 ホルマジオが溢した言葉はカリンと智幸もまた感じていたことだ。速さに任せて接近戦を挑んでも『カウンター』で返され、なにもしなければバリエーション豊富な『みらいよち』に翻弄される。

 

「イツキくんのバトルは勝つためというより、勝ちの目を奪い続けて負けさせるスタイルね」

「ああ。あの超能力と『みらいよち』をどうにかしない限り勝てねえだろうな」

 

 未来を視ることができる彼だからこそ、『みらいよち』というワザを十全に扱える。その力の大きさにシロガネ大会の猛者の三人も戦慄せずにはいられなかった。

 

「そこまで便利なものかしら?」

 

 あまりに長い金髪を靡かせた令嬢がふと呟く。いつのまにかそこに立っていたその人物はフィールドを眺めている。

 

「! カトレア」

「おッ、嬢ちゃんじゃねえか!」

 

 カリンは少々の喜びと警戒を抱いて、ホルマジオは心底おもしろそうにカトレアを歓迎した。

 

「誰だ?」

「ホウセンとの付き合いが一番長ェカリンの恋敵だよ」

「そりゃまた複雑だな・・・・・・一応聞くが相手は?」

 

 智幸の疑問にひそひそと答えたホルマジオが今もフィールドで戦っているホウセンに指を指している間に、カトレアはカリンの隣に座った。

 

「どういうこと?」

「言葉通りよ。超能力にも制約はある。彼の場合は・・・・・・先の景色の一瞬を脳で視る未来視。多分、指定した未来を視るという意識を持つことがトリガーってところね」

 

 超能力に人生を振り回されたカトレアだからこそ、バトルで見せたイツキの僅かな反応とポケモンへの指示で理解できた。

 

「予知ではなく未来視か。なぜわかった?」

 

 智幸が問う。

 

「決定的だったのは『カウンター』。シュバルゴがただの『メガホーン』を繰り出したあのとき、彼は『メガホーン』よりも『みらいよち』がどのタイミングで飛び出すかを意識しているように見えたわ。でないと、あそこまでエレガントに『みらいよち』の攻撃ポイントに飛ばせない」

 

 カトレアが目を細めて「それに」と続ける。

 

「いくつかのパターンを予測して未来を視る予知なら先に『てっぺき』を使ってより盤石な勝利を選ぶわ」

 

 そうじゃないということは場面場面で対処せざるを得ない能力であることの証明。序盤でイツキが口にしていたあたかも勝利の未来は視えているような口ぶりはハッタリに過ぎなかったのだ。

 

「あれは未来視よ。ホウセンのシュバルゴが動き出す前に動揺していたのがいい証拠。事前の予知で見えていたなら彼の戦術に動揺しないはずがないもの」

「確かにな」

 

 カトレアが説明した理由は三人の得心を得るには充分だった。

 

「だけど一つわからないことがあるわ。イツキくんはどうして勝つための未来を視ようとしないのかしら。自分のこれからの行動を鑑みる未来視もできるはずよね?」

 

 カリンはカトレアがその理由もすでにわかっていると確信していた。しかし、カトレアは首を少々横に振ってバトルフィールドに視線を移した。

 

「その答えは彼のバトルを観ているうちにわかることよ。どんな能力にも使い手の精神性は強く表れる。良くも悪くも・・・・・・ね」

 

———

 

「『みらいよち』」

「ヤドォ」

 

 サイコエネルギーの弾丸がシュバルゴに飛来する。

 

[ヤドランから繰り出された初弾の『みらいよち』、そして異空間から襲った『みらいよち』ともにシュバルゴに直撃]

 

「なんだって?」

 

 その都合の良い未来を視た瞬間、イツキの思考は困惑で満たされた。容易に躱すことができる攻撃を敢えて受ける行動の意図を図りかねていた。

 

「『こらえる』」

「シュバ」

 

 だが、すでにシュバルゴは受ける覚悟を決めていた。もはやヤドランの『みらいよち』がシュバルゴに直撃する未来は避けられないのだ。

 

「なんとシュバルゴ! ここで捨て身の特攻だァ!」

 

 異空間からの『みらいよち』とヤドランからの『みらいよち』はシュバルゴの急所に当たった。

 

「ヤドラン、『めいそう』しつつ『カウンター』の用意を」

「ヤド」

 

 ヤドランの特攻と特防が上がった。

 

 爆煙に晒されたフィールドを予知することは可能だ。しかし、カメラの(視る)位置によってはシュバルゴの次の動作をみすみす見逃すことになりかねない。ゆえにイツキは備える。

 

 ヒュンッ!

 

 刹那、爆煙を突っ切って鋼色のエネルギー弾が現れた。シュバルゴの『メタルバースト』。その原型だ。

 

[ヤドランが迎撃に放った『みらいよち』のエネルギー弾は『メタルバースト』に吸収された]

 

(なんなんだよこの『メタルバースト』は。強いとか弱いとかのレベルとは根本的になにかが違う!)

 

 一世代に渡り受け継がれた『メタルバースト』の技術。それは現代の超能力を以てしても脅威に他ならなかった。

 

「『まもる』!」

 

 障壁を展開するために構えたヤドランの短い両腕。そこから障壁を為すエネルギーを送り込む。

 

 

「『ファストガード』」

 

 

 シュバルゴはその瞬間を狙っていた。この場面で必要なのは障壁を張らせないことではなく、『メタルバースト』の射線を塞げない程度に障壁の大きさを縮小せざるを得ない状況を作る。

 

 バチィィッ!

 

「ヤド!?」

 

 シュバルゴの『ファストガード』! シュバルゴが振るった腕にヤドランの右腕が弾かれた。

 

 ヤドランの『まもる』!

 

「ヤ———ヤドォォォォッ!?」

 

 しかしうまく決まらなかった。障壁の大きさが足りなかったのだ。ガラ空きになった右側から『メタルバースト』が襲った。

 

[シュバルゴの右腕に緑色のエネルギーが漲った!]

 

(『メガホーン』が来る! マズイ逃げられない!?)

 

 すぐさま最悪の未来を視たイツキはヤドランとイメージを共有。それによってヤドランに迷いを与えてしまった。

 

「決めろシュバルゴ! 『メガホーン』だ!」

「そのまえに殴り倒せ! 『カウンター』!」

 

 ヤドランの先出し『カウン———シュバルゴの『メガホーン』!

 

「シュバァァァ!」

「ヤドォォォ!?」

 

 明らかに動きの鈍ったヤドランの胴体に『メガホーン』が直撃。ヤドランがその圧倒的なパワーに押されて観客席のフェンスまで吹っ飛ばされた。

 

「ヤドラン!?」

 

 イツキが振り返る。すでに審判はヤドランの安否を確かめるために駆け込んでいた。

 

「・・・・・・ヤドラン戦闘不能!」

「決まったァ! 準々決勝第四試合初白星はホウセン選手がもぎ取ったァ!」

 

 審判の声がスタジアムに響くと共鳴するように歓声が湧き立つ。押され続けた序盤から瞬く間に逆転。そのドラマチックな試合展開に盛り上がらずにはいられなかった。

 

「恐れ入ったぜェ。あの『まもる』、狙って撃たせたな」

「だろうな。だがホウセンも『ファストガード』で『まもる』を破れる確証はなかったはずだ。それほど『まもる』の障壁は素早く、硬い」

 

 チャンピオンリーグでさえ『まもる』には絶大な信頼を寄せているトレーナーが数多くいる。智幸もまたその一人であるからこそよく知っている。

 

「フフッ、未来視を使うまでもないほどに安定したワザを破られる。とってもワイルドで素敵なパフォーマンス。今頃イツキくんの頭は真っ白でしょうね」

 

 どこか倒錯的な笑みを浮かべたカリンに周囲が引いた。

 

「けれど、未来視の穴を突くのが速すぎるわ」

「ああ、同感だ」

 

 一方で現役のチャンピオンリーガーのカトレアと智幸は長期戦で危惧するべき一つの問題を考えていた。

 

「! そうか、イツキが未来視の使い方を進化させるための時間があるってことだなァ?」

 

 ホルマジオがその危惧を口にし、問われた二人は頷いた。

 

「グレート」

「シュバ」

 

 シュバルゴが差し出した腕をホウセンは力強く握り、シュバルゴをモンスターボールに戻した。

 

「ここまでやるとはね。戻れヤドラン」

 

 イツキもまた気絶したヤドランをモンスターボールに戻した。

 

(アイデンティティが揺らぎそうだ。ポケモンバトルで未来を視ていながら対処が遅れるなんて今まで一度もなかった)

 

———

 

 超能力があった。たった一瞬の未来が視れる。

 

 しかし、そのようなチンケな能力者は世界でもざらにいる。それ以上の存在はヤマブキシティではありふれていた。超能力で潜在的な地位を築けなかったイツキは、必然的に増した慣習を為せと言わんばかりの視線に劣等感を感じずにはいられなかった。

 

 あの古臭い視線から逃げたかった。

 

 それでもポケモンバトルは強かった。一瞬だけ与えられる景色は却ってイツキの生来持つ判断力を遺憾なく発揮させてくれた。いつしか自身の超能力を認めてもらうためにやっていたポケモンバトルが歪なプライドを形成する。

 

 超能力者としての矜持とトレーナーとして積み上げた自負が入り混じったのだ。

 

———-

 

 イツキは知らず知らずのうちに胸の前で拳を握っていた。その仕草が酷く癪に触った。ヤマブキシティで晒された超能力者として期待できないならば女としての役目を果たせと言わんばかりの古臭い視線を嫌でも思い出してしまう。

 

(いや・・・・・・どうということはない。ボクの超能力はヤマブキシティにいた頃よりも解像度の高い景色を視れている。落ち着け。落ち着くんだ。負けなければ勝てる。ボクはそうやって勝ってきた!)

 

 開いた掌の中にモンスターボールを握る。

 

「まだまだ明るい未来は消えないよ。いけ、サーナイト!」

「サーナ」

 

「次はおまえだヒヒダルマ!」

「ダマッ!」

 

 サーナイトの『トレース』。しかしうまく決まらなかった。

 

「2・・・・・・いやもっと短い。1か?」

 

 ホウセンは考える。シュバルゴを起用したバトルでは『みらいよち』の爆煙に紛れて『メタルバースト』を放ち、その後『ファストガード』でヤドランの防御を崩すことができた。『メタルバースト』を低速で放ったため、着弾までのタイムは二秒半と少々長かった。が、イツキの反応は明らかに遅れて見えた。

 

「先攻はイツキ選手」

 

 一瞬で本当の未来を視る未来視か、常に二秒先を見続ける予測に近い予知なのか。ホウセンはこのいずれかと考えた。

 

「バトル開始ぃ!」

 

「『みらいよち』」

「『とんぼがえり』」

 

 ゆえに、次はさらにハイテンポのバトルを展開する。追いつけるならば前者、追いつけなければ後者だ。

 

「サァナァ〜」

 

 サーナイトの『みらいよ———

 

「ダマッ!」

 

 ダァン!

 

[突如ヒヒダルマの身に起きた究極の脱力。地面に沈むほどの深いそれを経て足先で地面を蹴った・・・・・・ヒヒダルマが消え、サーナイトの眼前に迫っていた]

 

「速———ッ!」

 

 ホウセンが範馬刃牙の『ゴキブリダッシュ』を参考に編み出した新たな移動法。その初速はとても景色で捉えられるものではなく、イツキが視た未来はすでに訪れていた。

 

「『まもるっ』!!」

 

 ———ヒヒダルマの『とんぼがえり』ダッシュ! 振り被った右拳は迸る炎を携えてサーナイトの眼前に迫っている。

 

「サナッ!!」

 

 ガァァン!

 

 ヒヒダルマの『ほのおのパンチ』はサーナイトの障壁に防がれた。同時にホウセンは確信を得る。

 

 前者だな。イツキが視る未来は本物。ヒヒダルマの加速に要した時間は1.2秒。サーナイトの眼前で“速度を緩めて”姿を捉えさせるまで0.3秒。イツキはヒヒダルマを捉える前から対処したってことは、指定した未来より最低1.5秒の間を視れる未来視って線が濃厚だ。

 

(バカな! ボクたちが『みらいよち』を撃ち損ねた!?)

 

 やむを得ずサーナイトは『みらいよち』を中断した。それもまた初めての経験だった。イツキは『みらいよち』の発射を妨害されたことはあっても、そもそも撃てない状況に陥ることはなかった。

 

(裏にはイダイトウとゾロアークがいる。2体ともゴーストタイプ・・・・・・わかっている。わかっているが、このヒヒダルマはここで倒さないとダメだ!)

 

 その状況がイツキに強烈な危機感を抱かせた。

 

「『はどうだん』!」

 

[『はどうだん』を顔面に受け、ヒヒダルマが大きくのけ反った]

 

 その動作には躱す素振りは微塵も見られなかった。

 

「なぜ受ける!?」

 

 再び困惑に満たされる思考。しかし、すでに未来はそこまで来ている。

 

「『アイアンヘッド』!」

 

「サーナッ!」

「ダァァァッ!」

 

 サーナイトの『はどうだん』はヒヒダルマの硬化した顔面に直撃した。ヒヒダルマの頭が大きくのけ反った。

 

(『アイアンヘッド』で受け流・・・・・・され、た?)

 

「ダッッマァァァ!」

 

 のけ反った反動を最大限に活かし、ヒヒダルマから豪快なヘッドバットが繰り出される。

 

 ドガッ!

 

「ザナ"ッ!?」

 

 超能力と言っても身体機能の一つに過ぎない。動揺すれば能力は十全に発揮できない。

 

「さらにもう一発!」

「ダマァァァ!」

 

 サーナイトの身体はガッチリ掴まれており、とても回避できる体勢ではない。しかし、ヒヒダルマの攻撃をもう一度受けきれるほどサーナイトは防御寄りに育てられていない。

 

「『まもる』!!」

 

 ヒヒダルマの『アイアンヘッド』はサーナイトの障壁に防がれた!

 

(考える時間は作った! なにかないか!? 対抗策は!?)

 

「『アイアンヘッドォ』!」

 

 三度『アイアンヘッド』の指示が下される。ヒヒダルマが再び頭をのけ反らせる動作にイツキは気づかぬうちに過呼吸になった。酸欠気味な脳みそで冷や汗交じりに答えを告げる。

 

 

「『かなしばり』だァ!」

「サァッナ!」

 

 

 サーナイトの『かなしばり』。ヒヒダルマの『アイアンヘッド』は発動しなかった。

 

(よし。頭で出せるワザが無くなった以上、サーナイトを捕まえるメリットはもう無い)

 

 『ほのおのパンチ』を繰り出すために一歩下がるその瞬間を刈り取ってやると冷静さを取り戻したイツキが闘志を燃やす。だが、相対するホウセンは一切の躊躇いなく人差し指を突きつけていた。

 

「『とんぼがえり』」

 

 ヒヒダルマのヘッドバット『とんぼがえり』!

 

「ザッ!?」

 

 サーナイトがヒヒダルマの頭突きを受け、怯んだ。そしてヒヒダルマはワザの強制力を活かして悠々とホウセンの腰に添えられたモンスターボールに戻り、水気を発したダイブボールが開く。

 

「ダイトォ!」

 

[イダイトウがサーナイトに凄まじい突進を喰らわせる]

 

「っ、『みらいよち』だァ!!」

 

 現れたイダイトウが描く最悪の未来を回避するため、イツキはサーナイトにサイコエネルギーの弾丸で迎撃させる。

 

「『ゴーストダイブ』」

 

 イダイトウが異空間へ入門した。サーナイトの『みらいよち』は当たらず、その全ての攻撃が未来へと放たれたのだ。

 

「GO」

「ダイットォォォ!」

 

 “異空間に留まったのは一秒きっかり”。すぐさまフィールドに現れたイダイトウはサーナイトに強烈な突進を喰らわせた。

 

「ザッナ"・・・・・・さなぁ」

「さ、サーナイト戦闘不能!」

 

 沈黙。

 

 誰もが追いつけていなかった。稀に見る高速戦闘。観客は純粋に移り変わる景色の処理に置いてかれ、優れたトレーナーもまた今の攻防の凄まじさは嫌でもわかる。だからこそ思考がまだバトルの最中に置いてかれている。

 

 ホウセンの引き絞られた指が掲げられる。

 

 パチンッ!

 

「グレート!」

「「「うおおおおお!!」」」

 

 指パッチンが歓声の合図となった。置いていかれていた意識が現代へと帰り、あらん限りの称賛の声で現実を塗り潰す。

 

「し、信じられません! なんとホウセン選手はイツキ選手が視る未来の裏をかいている! この男はどのようなシナリオを描き、どのようなトリックを使ったんだァ!? 教えてくれェ!!」

 

「OKだ」

 

———

 

 歓声の中に交じった低い声が全ての音を消した。いや、消えたのだ。誰もが気になるホウセンのシナリオに耳を傾けた。

 

「トリックは単純。ワザを受ける瞬間と当てる瞬間、それをイツキの気持ちになって逆算する」

「ぎゃ、逆算・・・・・・?」

 

 トレーナーゾーンで向き合うイツキが呆然と復唱した。

 

「わかりやすい三つの例を出そう」

 

 一つ目。とホウセンの人差し指が立てられた。

 

「最初のヒヒダルマの超速ダッシュの反応。イツキはヒヒダルマがワザを繰り出す前に思わず速いと口にしていた。側から見れば1.2秒の予備動作の末、0.3秒後にサーナイトの目の前に現れたにも関わらず、それが速力であると確信している。理由は単純・・・・・・ヒヒダルマがワザを使用する瞬間を視るように設定していたからだ」

「!!」

 

 当たっている。怖いほどに。目元を覆い隠す仮面の側を冷や汗が伝った。その反応だけで正しさを証明するには充分すぎた。

 

 二つ目。とホウセンの中指が立てられる。

 

「サーナイトが『はどうだん』を使ったとき。これは一番わかりやすかった。未来視の設定は[サーナイトのワザをどう防ぐか]だったが、ヒヒダルマは『はどうだん』を『アイアンヘッド』で受け止めていた。あたかも効いているようにのけ反ったため余計に混乱しただろう」

「なんで・・・・・・そのことを?」

 

 紫髪を握り、仮面の奥で動揺に揺れた瞳がホウセンを映す。

 

 三つ目。と薬指が立てられる。

 

「イダイトウを繰り出したとき。未来視の設定は[サーナイトがどんなワザを受けたか]。トモさん・・・・・・舘智幸とのバトルでイダイトウが地中を泳ぐバトルスタイルであることは知っていた。だからこそ仮に『まもる』を使い、突進のタイミングをずらされたらサーナイトは戦闘不能になってしまう。それを危惧して『みらいよち』を撃たせた」

 

(どうして・・・・・・どうしてわかるんだ!?)

 

「そして、危惧したってことはイツキ・・・・・・おまえはイダイトウが繰り出すワザを把握できていなかったってことになる」

「ぁぁ・・・・・・」

 

 バレる。必死に貼り付けていたメッキが剥がれ落ちる。

 

「1.5秒だ。脳内時間でおまえは指定した未来の1.5秒間だけ視れる。あとはおまえが動揺する景色を1.5秒以内にあらかじめ作っておくだけだ」

 

 それよりも我慢できない現実があった。なにを言ったんだコイツは。あらかじめ1.5秒の景色を作ると言ったのか。

 

「は、ぁ? できるわけがない。だってキミはボクたちと違ってテレパシーを繋いでいないじゃないか! 明確な言葉も交わさずにあんな連携をとれるはずがない! とれて堪るか!!」

 

 そうだ。なにか別のトリックがあるはず。イツキはそう思った。そう思おうとした。

 

「“それ”必要か?」

「・・・・・・へ?」

 

 “それ”とはなんだ。なにを指す“それ”なんだ。イツキは言われた意味が一瞬わからなかった。そして、“それ”が『言葉』であるとようやく気づく。

 

「俺はポケモンたちが活躍する景色を見ようとしている。そして、ポケモンたちは自分が活躍しつつ俺が勝つ景色を見たいと思っている。ポケモンたちの美学(ニーズ)に合ったバトル展開(脚本)を描くうちに勝つために必要な要素は自ずと限られてくる。それがベストシナリオとなる」

 

 わからない。この男がなにを言っているのか全くもって理解できない。

 

「それさえ共有できていれば問題ない。あとはバトルの最中にらしくない行動をさせるときのみ『言葉』で軌道修正させるだけだ」

 

「美学? らしくない? たったそれだけの行動原理であれだけの連携が・・・・・・」

 

 イツキは理解した。ホウセンというトレーナーと手持ちポケモンの連携は彼がポケモンたちの性格の解像度を限りなく高めているためにできることだと。

 

(どうしてボクはこれほどの心意気を持てなかった)

 

 ホウセンにあってイツキにないもの。それは意識の違いだ。トレーナーとして勝ち続けるためのメンタリティをホウセンは持っている。

 

「随分話し込んじまったな・・・・・・続けるぞ」

 

(もういい)

 

 2体のビハインド。しかもヒヒダルマにはほとんどパーフェクトゲームに近い形で勝ち逃げされたうえに超能力も看破された。もう折れていい理由は充分にある。降参すればいい。一回戦で戦った山本春木のように。

 

「おまえには期待してんだぜ」

「はぇ?」

 

 降参するために挙げそうになった右腕が宙で止まった。

 

「指定した未来を視る。つまり、選択した行動を成功させるためのアプローチができる。俺はその超能力に可能性を感じてならない。俺がおまえだったら・・・・・・バトル中に断念せざるを得なかった戦術を通せる未来が視たい。おまえは誰かが捨てるはずだった夢を拾える」

 

 宙で止まった右手が空を握った。

 

「それをボクに言ってなにになるんだい?」

 

 イツキが問うとホウセンは少々鬱陶しく思ったのか、懐からシガレットを取り出しそうになる手を抑えて口にする。

 

「ドラマだ」

 

 なにをわかりきったことをと告げられたその一言に彼女は惹かれた。

 

「ありきたりな脚本は見飽きてんだよ。おまえはここまで来たんだろ? だったらトレーナーとしてのプライドを賭けておまえだけのドラマを作ってみろよ」

 

 主役か・・・・・・。ずっと認められたくて必死だった。あの疎外感が嫌いだった。下に見られることに腹が立って、湧き上がった反骨心すら薄っぺらいプライドで覆い隠して旅に出た。

 

 そうだ。ずっと飢えていた。上に立ちたいと。その先に手に入れたかった自信があるはずだ。

 

「フフ、いいだろう! キミは選択し、ボクをその気にさせた。もうどんな未来が来ようとキミが恨む権利はないけど、いいかい?」

「あぁ、思いっきり楽しもうぜ!」

 

 寝ぼけ眼を浮かべていたイダイトウの瞳がキリリと尖る。バトルの再開を予感したためだ。

 

———

 

「いくよナッシー!」

「ナッシィ」

 

 椰子の木の巨体がフィールドに降り立つ。三つの木の実のような顔がそれぞれ違う方向を見るため彼女の死角はほとんどないように感じさせる。

 

「イツキ選手の三体目はナッシーだァ! 互いに弱点を突ける以上、トレーナーとの連携が重要なファクターとなるでしょう。果たしてイツキ選手はこの常軌を逸したシナリオライターを越えることができるのかァ!!」

 

「先攻はイツキ選手」

 

 実況の前口上に区切りがついたと見るや、審判が旗を振り上げた。

 

「バトル開始ィ!!」

 

 そして振り下ろされた。

 

「『ねむりごな』!」

 

 ナッシーが巨体を揺らし、自身の周囲に粉を振り撒いた。イダイトウが近づきにくい環境を作ったそのとき、イツキの未来視が発動される。指定した条件は[二秒後のイダイトウの位置]。

 

[イダイトウの位置は変わらず鱗が弾丸のように放たれている]

 

「『スケイルショット』!」

「『みらいよち』で迎撃!」

 

 イダイトウの『スケイルショット』とナッシーの『みらいよち』が激突! 『みらいよち』が『スケイルショット』を突っ切った!

 

「『クイックターン』」

 

[すでに『みらいよち』を回避したイダイトウ。右側からナッシーに強襲する。その間、別の『みらいよち』がイダイトウの側を通過していた]

 

 これまでなら相手の動きを鑑みて別の位置に炸裂する『みらいよち』を活かす。相手を無理矢理動かすワザのチョイスをしていた。

 

(リライト。パターンBに移行)

 

 しかし、イツキは気づいた。気づいてしまった。ワザを繰り出した場合の未来も視れるという自身の長所に。

 

[ナッシーが散布した『ねむりごな』をイダイトウは地面に尾を打ちつけ跳躍して回避!]

 

 ニヤリとイツキが笑みを浮かべた。

 

 イダイトウの『クイックターン』! イダイトウに『みらいよち』は当たらなかった。

 

(ありがとうサーナイト)

 

「『ねむりごな』」

 

 ナッシーの頭部の一つが振り撒いた『ねむりごな』にフッと息を吹きかけた。粉は息に流され、『クイックターン』で加速したイダイトウが通るルート上に散布される。

 

「『クイックターン』で上昇しろ!」

 

 眼前に迫った『ねむりごな』を回避するためイダイトウが減速して再び地面に尾を打ちつけた。

 

「ダイットォォォ!?」

 

 サーナイトの『みらいよち』がイダイトウを襲った。

 

「!」

 

 『ねむりごな』を散布した区域の直前、わざと減速させるだけのスペースを空けていた。サーナイトの『みらいよち』を確実に当てるために。

 

 誘導された!? いやそれよりも・・・・・・まさか、待ちの姿勢が無くなってるのか。

 

 自然とホウセンの腕に鳥肌が立つ。今度はこちらが追いつかなくなる番か、とかつてない危機感が彼の強心臓を打った。

 

「追い込むよ! 『みらいよち』!」

「『ゴーストダイブ』!」

 

 イダイトウが異空間に潜った。ナッシーの『みらいよち』がイダイトウのいた空間を過ぎていき、サイコエネルギーの弾丸は未来に旅立った。

 

(指定。イダイトウの出現地点)

 

[イダイトウがナッシーの頭上から出現する]

 

 凝縮された未来視の情報量は僅か0.5秒。『ねむりごな』をフィールド上に配置している以上、イツキにとってそれは確認作業に過ぎなかった。上から来るか、下から来るかの違いだ。

 

「ナッシィ」

 

 すでにテレパシーによってナッシーとイメージは共有できている。いつもと思考の仕方が違うとはいえ、バトル中何度も望まぬ未来を見せられて訓練されていたイツキのポケモンたちは並々ならぬ心臓を持っている。

 

「GO!」

 

 1.5秒きっかり異空間に潜んだイダイトウが出現。衝突まで僅か0.2秒。未来視対策として時間をいっぱいに使ったが、イツキはもう視ている。

 

「焦らないでナッシー」

 

 まるで赤子をあやすような優しく落ち着いた声でナッシーを僅かに右に一歩ずらさせて留まらせる。

 

「ダイトォォォォ!」

 

 イダイトウが異空間から現れて0.1秒。

 

 ドォン!

 

「ダイッ!?」

 

 サイコエネルギーの“弾丸の一発”がその0.1秒をジャストミート。イダイトウの突進がナッシーの側を通り過ぎてゆく。

 

「『ギガドレイン』!」

「ナッシィッ!」

 

 ナッシーの葉が草エネルギーを纏って柔軟性のある鞭のように伸びてしなり、イダイトウに巻き付いた。イダイトウの牙や身体が届かない絶妙な間合いで。

 

[イダイトウが口内に白いエネルギーを溜めて放つ]

 

(ただでは転ばないってわけだね)

 

「っ、『れいとうビーム』!」

「ナッシー。キミが好きな場所に投げつけろ!」

 

 イダイトウが口内に冷気を溜める最中、ナッシーが予想だにしない指示に一瞬混乱した。しかし、一つの頭が動揺しても残り二つの頭が早くと急かす。

 

「ダッ!?」

「なッ、ナッシィィィッ!」

 

 考えることに疲れたナッシーは本能のままにわかりやすい場所、背後の斜め上67°の位置へとぶん投げる。

 

 どこに投げたいって? そんなもん一番気持ちいい場所以外にあり得ない!

 

 ドドドドッ!

 

 宙に投げ出されたイダイトウに“時間差で出現した”『みらいよち』が直撃した。数々の弾丸を受けたイダイトウの身体は宙に浮ける力を持ち合わせておらず、バタンとフィールドに落下した。

 

「・・・・・・だいとぉ」

「っ、イダイトウ戦闘不能!」

 

「い、イダイトウが倒れたァ! ホウセン選手の作戦が明らかに崩れている。イツキ選手に塩を送りすぎたかァ!?」

 

 『みらいよち』の時間差攻撃・・・・・・いや待て問題はそこじゃねえ。『クイックターン』で加速したあの場面、イダイトウが回避するポイントを『ねむりごな』で限定された。おそらく、ナッシーからはじめた未来視はイダイトウのワザの出出しと位置を中心に組み立てている。サーナイトまでの未来視はワザを受ける未来が中心だった。

 

「よくやったイダイトウ」

 

 ホウセンがイダイトウをダイブボールに戻した。その姿を見送ったイツキは問う。

 

「後悔しているかい?」

「少しだけな」

 

 だが。とホウセンは爽やかに笑う。

 

「楽しいぜ」

 

 観客席では誰もが頭を抱えていた。あれほどトレーナーたちの心を掴んだ全ての動作に意味があった高速戦闘が見る影もない。

 

「やっぱり対処法を教えたのは不味かったな。これがこの勝負の墓穴にならなきゃいいが・・・・・・」

「負けたときはそうなるでしょうね。そして彼はアタクシたちの気も知らないで心底楽しそうに悔しがるわ」

 

 あからさまに不機嫌な様を隠さず金髪を弄るカトレアはふぅと溜め息を吐いてトレーナーゾーンに立つホウセンを睨んだ。

 

「だァッもうッ! なんで言っちまったかなァ!」

 

 ホルマジオも思わず頭を掻いた。

 

「でもホウセンらしいわね。彼は中途半端な勝負を嫌うもの。あのまま未来視の弱点を突き続けるバトルは我慢できなかったのよ」

「わかる! 漢としてすげェわかるが、だとしてもだろォがよォ!」

 

 ホウセンと戦ったトレーナーたちは知っている。敵味方問わず最高のパフォーマンスを追求した果てにドラマを生み出し、誰よりもロマンに生きるリアリストの美学を。

 

 智幸は呆れ、カトレアは怒り、ホルマジオは焦り、カリンは喜びながら、自身らが認めたトレーナーがこのまま良いようにやられる展開はあり得ないと確信している。

 

「戻ってナッシー。少し休んでて」

 

 フィールドではイツキがナッシーを温存するため、モンスターボールに戻していた。

 

「さあ、空のフィールドに最初に降り立つポケモンはなんだァ!?」

 

「ならお先に。ギガイアス!」

「ガイアァァァ!!」キラッ⭐︎

 

 水色結晶輝くホウセンの相棒がフィールドに小さなクレーターを作り出して降り立った。

 

「来たぞォ! チャージ時間無しのギガイアスだ!」

「ホウセンが早くもエースカードを切ってきたァ!」

 

 なにやってんだよホウセン。と言わんばかりに消沈していた観客たちが水を得た魚の如く湧き上がった。

 

「大したエンターテイナーだね」

 

 イツキにとってはただ場の空気を掴むだけの話ではなかった。ナッシーを戻したこれ以上ないタイミングでギガイアスを繰り出された。

 

「一つ・・・・・・いいアイデアを思いついた」

「? アイデア?」

「まあいずれわかる。おまえが俺の作る未来を受け入れられるか、今から楽しみだぜ」

 

 不敵な眼差しがイツキに緊張を齎す。それを呑み込んで手に握ったモンスターボールを天高く投げた。

 

「頼むよブーピッグ!」

「ブーピッ!」

 

 そして、イツキが繰り出したブーピッグもまた胴体の中心と額にある真珠を光らせて気合い充分に四股を踏んだ。

 

「先攻はホウセン選手・・・・・・バトル開始ィ!」

 

 イツキの未来視が発動する。

 

[ブーピッグが流砂に足を巻き込まれる]

 

(『メテオビーム』じゃないのか!!)

 

 予測していたものと全く違う未来を視て少々の驚いたが、イツキに動揺はない。

 

「『すなじごく』」

「『サイコキネシス』」

 

 ギガイアスが流砂を生み出す瞬間、ブーピッグは自身に『サイコキネシス』を施し、宙に浮くことで難を逃れた。

 

[ブーピッグが地面に落とされる]

 

 ズンッと空間に重さが宿る。

 

「ブピッ!?」

「これは『じゅうりょく』かァ! ブーピッグが過重力空間に押されて落下したァ!」

 

(ふざけっ———まだ指示を受けていないだろう!)

 

 ギガイアスが“一瞬だけ”『じゅうりょく』を展開していたのだ。ブーピッグが『すなじごく』の中へ沈んだ。

 

「ブーピッグ『サイコキネシス』で脱出するんだ!」

「ブッ! ピッ!」

 

 沈む流砂の中でどうにかサイコパワーを頼りにブーピッグはいつの間にか“砂嵐”が巻き起こっている空間へと跳躍した。だがこれではブーピッグが的になる。

 

「『メテオビーム』」

 

 ギガイアスの特攻が6段階上がった。

 

「『ミラーコート』!」

 

 それが狙いだった。水色結晶から放たれる星のエネルギーの多段攻撃を受けた。途轍もないダメージとなったが、ブーピッグはその受けたダメージを反射する。

 

「なんとブーピッグすかさず大威力の『メテオビーム』を反射ァ! どうするギガイアスゥ!」

 

(キミのギガイアスの機動力は知っている。さあどう躱す!)

 

 イツキの脳内にギガイアスの景色が映し出される。

 

[ギガイアスは巨大なエネルギー弾を生み出した]

 

「は?」

 

 一瞬設定をミスったかと思ったが、そんな初歩的なミスはあり得ない。[ブーピッグの『ミラーコート』をどう対処する?]という問いになぜかギガイアスは巨大なエネルギー弾を生み出したという景色が帰ってきたのだ。

 

「グレート。『ウェザーボール』!」

「ガイアァァァ!」

 

「なにィ!? 攻撃準備だとォ!?」

 

 ギガイアスの口から現れたエネルギー弾が砂嵐ごと吸収して巨大になってゆく。その間も反射された『メテオビーム』は刻一刻と近づいている。

 

(それでどうこうできる次元じゃ———)

 

 『ウェザーボール』が『メテオビーム』を呑み込んだ。いや、掻き消されたと言った方が正しい。反射された『メテオビーム』が『ウェザーボール』に触れた瞬間、プヂュンと音が鳴り、『メテオビーム』が完全に消えた。

 

「め、『メテオビーム』が完全に掻き消されたァ!!」

 

「なんだよっそれ!?」

 

 イツキが動揺する間にも『ウェザーボール』は天に輝く太陽を彷彿とさせるサイズに膨れていく。ギガイアスが発する砂嵐を吸収して。

 

「まさか・・・・・・『すなおこし』で巻き起こした砂嵐を吸収して威力が高まっているのか!」

「YES!」

 

 ブーピッグはまだ着地できていない。このままでは『ウェザーボール』の直撃を受ける。だが『サイコキネシス』で自身の身体を操る技術には自傷ダメージがつく。

 

「発射」

「ブーピッグ『サイコキネシス』で回避しろ!」

 

 それでもイツキは迷わず指示を出した。そして未来を視る。

 

[飛行して横に逸れたブーピッグの背後を『ウェザーボール』が追いかける]

 

(バカな! ワザは全て使ったはず。いったいどんな原理で動いている。落ち着いて考えろ。『じゅうりょく』は一方向にのみ加重がかかるから細かいカーブは描けない。じゃあ後ろから『メテオビーム』をこまめに撃ち込んで軌道修正? いやそれも有り得ない。ギガイアスが『メテオビーム』を撃てるのは結晶が光っているときだけ———)

 

 ギガイアスの『ウェザーボール』。ブーピッグが『サイコキネシス』で空中機動に移って回避してゆく。

 

「ブーピッグが回避・・・・・・できていない!? まだ『ウェザーボール』がブーピッグのあとを追っているゥ!!」

 

 そして、ギガイアスの結晶の輝きを確認しようとしたときにイツキは気づいた。ギガイアスの結晶は輝いていなかったが、フィールドに落とした『ウェザーボール』が『すなじごく』の渦の流れに沿うような軌道を描いていることに。

 

「っ、『あやしいひかり』!」

 

「ブーピッ!」

「が、がい?」

 

 意外! ブーピッグは『あやしいひかり』でギガイアスを混乱に至らしめた。それにより『ウェザーボール』の軌道をコントロールし、ブーピッグを追従していた『すなじごく』の動きが完全に止まった。『ウェザーボール』は留まった『すなじごく』の上を流されるのみ。

 

「精密なワザの動きはブーピッグを捉えてこそ発揮できている。それなら捉えられているという事実を利用する!」

「嫌な手打ってきやがった。しっかりしやがれギガイアス!」

 

 しかしギガイアスは正気ではない。そして、判断力を欠いたギガイアスの下にブーピッグが飛び込んだ。

 

「『がむしゃら』!」

 

 残り少ない体力を利用しためちゃくちゃな連打。

 

「ブーピピピピピッ!!」

「がががッ!!」

 

 ギガイアスの体力がブーピッグの体力に合わせられた。

 

「トドメだ! 『サイコキネシス』!!」

「『じゅうりょく』だァ!」

 

(『メテオビーム』じゃない!? だがもう関係ない!)

 

 解消すべき疑問より先に仕留めてやる。そう言わんばかりの速射『サイコキネシス』。

 

 ギガイアスの『じゅうりょく』!

 

 だが、ギガイアスの『じゅうりょく』の方が速かった。ホウセンの手持ちポケモンとなる以前より、ギガイアスは『じゅうりょく』の扱いを欠かさなかった。最早その発動速度は先制ワザにすら届く。

 

「こ、これはァ!!」

 

 マイクに実況の驚愕を表す声が響いた。

 

「逃げろブーピッグ!!」

 

 次いで主人の方針転換を示す指示が飛ぶ。ブーピッグとてイツキの指示内容はテレパシーでとっくに共有している。わかっているのだ。強烈な横Gに引っ張られて『ウェザーボール』が背後に迫っていることは。しかし『サイコキネシス』での高速機動を為すだけの体力がもう残っていない。

 

 ここで確実に仕留める!

 

「ブゥッピィィ!」

「ガイッ!?」

 

 ギガイアスの身体は支配下に置いた。だがそれ以上ダメージを与える手段がない。壁に叩きつけるのも、ギガイアスの身体を浮かせてフィールドに叩きつけるのも時間がかかる。『ウェザーボール』着弾の方が速い。

 

(わかった。キミの覚悟を尊重する!)

 

[背後に迫る『ウェザーボール』。ギガイアスの身体がブーピッグの下へ引き寄せられる]

 

「ブッ」

 

 託されたビジョンにブーピッグは一つ頷いた。

 

「ギガッ!?」

 

 ブーピッグの『サイコキネシス』! ギガイアスがブーピッグの下へ引き寄せられる。

 

「!」

 

 明らかなるその狙いは『ウェザーボール』の巻き添え。

 

[新たな『すなじごく』が作られ、その流れに沿った『ウェザーボール』がブーピッグのみを巻き込んでギガイアスの眼前でカーブした]

 

「『あやしいひかり』!」

「っ、こんのっ!!」

 

 懸念点は真っ先に排除する。両手が『サイコキネシス』に集中していようと『あやしいひかり』はブーピッグの真珠の光で発動可能。

 

 抵抗が弱まったギガイアスを引き寄せ、ブーピッグが組み付いた。ギガイアスに取り付いた瞬間浮かべたニヤケ面がイツキに残った微かな罪悪感さえ奪っていった。

 

「ブーピ」

 

 ブーピッグ一切の悔い無し。

 

 ドォォォォン!!

 

 思わず顔面を腕で覆うほどの大爆発。積み重ねた過ぎたる火力が残り僅かな体力に突き刺さった。

 

「ブーピッグ、ギガイアスともに戦闘不能!!」

「ダブルノックダウゥゥゥゥゥゥン!」

「「「ウオオオオオ!!」」」

 

 そして、イツキのポケモンが3体倒れた。激闘の結末は30分の休息の先に委ねられる。

 

———

 

「ハハハハッ、ア〜ッハッハハハ! してやられた。詰め将棋じゃねえんだからよ。ハハッ」

 

 ゲートから退場し、控え室で天井を仰ぐ最中、わかりやすいシナリオを描いたもんだと自身に呆れ返っていた。それ以上にイツキの進化した戦術に対する感嘆があった。その相反する感情に笑うしかなかったのだ。

 

「生温い既知だった。シャンデラの『ほのおのうず』を利用した回転戦術はシャンデラを中心に稼働していたからこそ、あくまで自分の手に負える範囲でのコントロールができていた。だが今回は火力が大き過ぎた。ギガイアスも、まさか直接自分の攻撃を喰らって倒れるなんて夢にも思わなかっただろうな」

 

 あまりにも滑稽なピエロに成り下がった。

 

「さて、シュバルゴ、アギルダー、ヒヒダルマ、ゾロアーク。うちの2枚看板がやられちまった。おまえらが勝たないと俺は次に進めない」

 

 全てのモンスターボールがわかっていると言わんばかりに強く揺れた。

 

「このバトルが終わりゃあ次は元四天王。俺たちもさらに成長しよう。・・・・・・もう甘ったれた台本は描かねえからな」

 

 求められる期待はかつてないほどに高まってゆく。

 

「それとゾロアーク。ちょっと出てきてくれ」

 

 そして今、最も実現したい夢の対象に最後の打ち合わせを為す。

 

———

 

「半端ねえなァ。未来視の使い方が洗練されていくイツキもスゲェが、ホウセンの発想力も鳥肌モンだ」

「・・・・・・確かにすげえが、さっきのホウセンはアイデアに拘りすぎていたな。あの場面、『ウェザーボール』の制御を早々に手放し、『メテオビーム』を直に当てりゃ、あとはギガイアスの機動力で躱せていたはずだ」

 

 カトレア。と智幸が尋ねる。

 

「『メテオビーム』はギガイアスの結晶が光っているときのみ速射できるんだよな?」

「ええ、その通りよトモユキ。大した観察眼ね」

 

 この中で一番ホウセンとの付き合いが長い彼女の意見を聞いて、智幸は漠然と感じていた不安感を確かなものとした。

 

「突発的なアイデアを戦術に組み込む動きは確かに有効だった。が、イツキの対応力が明らかに増してきている。このまま持久戦に持ち込まれた場合、アイデアに合わせたワザをチョイスするホウセンの方が先にガス欠するだろう」

「・・・・・・」

 

 しかも、すでに晒した手札は未来視を視るまでもなく確実に効かない。アドバンテージをとっているのはホウセンだが、時間をかける分だけ敗色濃厚となっていく。短期決戦以外に勝ち目はない。智幸、ホルマジオ、カトレアはこの勝負が長引かないことを祈る。

 

「それはワザの使い方を正統なものに限らせた場合の話」

 

 しかし、カリンの見解は違った。

 

「バトル中の状況に合わせた連携と事前に合わせる戦術は深さが違う。この30分のインターバルが彼をもっと深い次元に送り込むわ。あたくしはね、もしこのまま順当に決勝でホウセンと戦えるとしたら、彼に考える時間を与えることが一番怖いの」

 

 カリンは知っている。半月ほど前のバトルでヘルガーと対面させたヒヒダルマは拳以外を起点とした超加速を実現させていなかった。あの『とんぼがえり』を繰り出されるたびに『ふいうち』を出さざるを得ない事実が恐ろしくて・・・・・・そして高揚して堪らない。

 

「随分嬉しそうに話すのね。アナタにとっての脅威でなくて?」

「そうね、愛しい脅威よ。彼とのバトルはいつも一つ上の次元を魅せてくれるもの。そうして気がつけば、想像するだけで満足できない世界観が芽生えてくる」

 

 あの楽しさはとても言葉で言い表せないわ。

 

 優雅に微笑んだカリンはカトレアから発せられる嫉妬の感情に密かな優越感を抱いていた。

 

「女って怖ェ」

 

———-

 

「観客のみなさんお待たせしましたァ! 両選手の再入場が長い30分の終わりを告げたァ!!」

 

「待ってたぜこのときをよォ!」

「早く始めてくれェ!」

「ホウセンもっとスゲェの見せてくれ!」

「温い戦術なんてぶっ潰しちまえよイツキ!」

 

 シロガネスタジアムはかつてない熱狂に震えていた。あまりにもスケールの大きな攻撃規模とそれをものともしないイツキの対応力、その両方にロマンを感じてならなかった。

 

「両選手再入場を確認。それでは両者ポケモンを!」

 

 ホウセンはトントンと頭の冴えを確かめるように額に人差し指を当てて、モンスターボールに手をかける。

 

「いくぞシュバルゴ!」

「シュバッ」

 

 イツキもまた仮面を外してアメジストの瞳と整った顔立ちを露わにし、自身の視界を広く保ってモンスターボールを握った。

 

「ルージュラ!」

「ジュラァ」

 

「!」

 

 未来視を使わなかったわけではない。未来視を使用していながらこの選択に落ち着いたのだ。

 

「わかっているとは思うけど、ボクは本気でキミに勝ちたい」

「安心しろ。その点は疑ってねえよ」

 

 イツキは心底安心したように軽く微笑んだ。かと思えば、力強く握った拳で胸を叩き、闘志に溢れた面持ちを晒して告げる。

 

「超能力者のイツキはもういない。偽りのプライドには二度と呑まれない。キミに勝ってボクはポケモントレーナーとしての矜持を手に入れる!」

「ならば俺は誇れるドラマを以っておまえを打ち砕く!」

 

 空気が痛いほどひりつく一方で心地良い緊張感を感じていた。これは最早ポケモン同士の格付けではないのだ。イツキは己の全てを賭ける怖さと燃える闘志を自覚して歓喜した。

 

(ボクは空っぽな人間なんかじゃなかった!)

 

 審判がフィールド中央に立つ。

 

「先攻はホウセン選手」

 

「盛大な前口上が終わり! 今! バトルがァ!」

 

「バトル開始ィ!」

「始まったァ!!」

 

 実況が思わずポケモンたちが動き出すよりも早く口にする。実際シュバルゴは開始直後に動き出していた。ルージュラの下に凄まじい速度で駆け寄り、右腕を突き出した。

 

[シュバルゴが突き出した手の先から真っ暗なエネルギー弾が撃たれる]

 

「『シャドーボール』!」

「『あくまのキッス』!」

 

 突き出された右腕を掴んだルージュラが唇を窄めてシュバルゴに迫る。

 

「『かげうち』」

「ゾロッ!」キラッ⭐︎

 

 ゾロアークの『イリュージョン』が解けた。

 

 ドプン。

 

 シュバルゴ時の腕とゾロアークの腕の変化によってルージュラの掴む力が僅かに乱れた隙にゾロアークは影に潜んだ。

 

「見くびって貰っては困るよ。どこから来るかなんて手に取るようにわかる」

 

 イツキが未来視を用いる。条件は[ゾロアークの出現地点]。

 

[ルージュラの背後から蹴りが飛び出す!]

 

「今度は逃がさない。『サイコキネシス』!」

 

 ゾロアークがルージュラの影から飛び出した。同時にルージュラが僅かに横にずれて躱して振り返り腕がまだ影に入ったままなゾロアークを視界に収め、『サイコキネシス』で動きを固定させる。

 

「ゾッ!?」

 

「これで決める! 『あくまのキッス』!」

「ジュゥ———」

 

 ルージュラが再び唇を窄める刹那。

 

「やれ」

 

 ホウセンが合図を送った。イツキは最大限に警戒したが、未来視を使う間もなくそれは訪れた。

 

 ルージュラの背後から異空間を経由してゾロアークの右腕が現れた。

 

「ルージュラ後ろぉ!!」

「ジュッ?」

 

 テレパシーは基本未来視の情報共有を中心に扱っている。無論未来視の死角はイツキの現実的な視点でカバーすることになっているが、間に合うかどうかはまた別の話。

 

「『シャドーボール』」

「ゾロッ」

 

 ゾロアークの『シャドーボール』!

 

「ジュラァァァッ!?」

 

 異空間繋ぎに放たれた影色の弾丸。それはルージュラの意識を刈り取るまではいかなくとも深刻なダメージを与えた。

 

「・・・・・・『ゴーストダイブ』で空間を繋いだ!?」

 

 そう異空間に侵入し、異空間から飛び出す『ゴーストダイブ』というワザの特性を利用した一手。

 

[ふらついたルージュラにゾロアークが畳み掛けるように真っ黒なエネルギー弾を放つ]

 

「手ぇ止めんな! 『シャドーボール』!」

「『みらいよち』で迎撃しろ!」

 

 しかしゾロアークは『みらいよち』が放たれるや否や影色の弾丸を右手の中に収めながら影に潜り、サイコエネルギーの弾丸を完璧に回避。たちまち『みらいよち』は異空間へ潜り、未来へと旅立った。

 

(なんで『かげうち』!? そんな指示受けてないだろ!)

 

 イツキの感性に急かされて未来視が発動する。

 

[ルージュラの背後からゾロアークが出現し、“影色の弾丸を生成する動作に入る”]

 

 バッ!

 

 未来視の共有を終えたルージュラはすぐさま振り返る。そこには色違いヒスイゾロアーク特有の青みがかった黒い両腕が現れており、その中心に影色の弾丸を“生成する間近だった”。

 

「『サイコキネシス』!」

 

 

 違和感。

 

 

(待て。なぜ『シャドーボール』を生成する前に姿を晒した? というか“すでに作っていた『シャドーボール』はどこいった?”)

 

「ジュラッ!」

 

 ルージュラの『サイコキネシス』! ゾロアークの『イリュージョン』が解ける。

 

「はっぁ?」

 

 ゾロアークに扮していたそれは・・・・・・影色の弾丸だった。

 

「ロアァァァッ!」

「ジュォッ!?」

 

 一瞬遅れて対角線の先から突き刺さる『ゴーストダイブ』上段蹴り。『サイコキネシス』の制御に集中していたルージュラはものの見事に意識を揺さぶられ、『サイコキネシス』の支配から逃れた影色の弾丸を掴んだ黒い腕が襲いかかる景色を最後に意識が完全に途絶えた。

 

「る、ルージュラ戦闘不能!!」

「ぞ、ゾロアークの『イリュージョン』がルージュラを見事に幻惑し、刈り取ったァ!!」

 

 誰もが見える景色に疑いを持たせる。待たざるを得ない景色を作る。これこそゾロアークの新しい夢の戦術『ファントムシャドウ』。

 

「やってくれるぜホウセンのヤロウ。イツキに偽物の未来を見せやがった」

 

 力強いガッツポーズを決めたホルマジオの一方で、智幸はトレーナーゾーンから自身へピースサインを送るホウセンを呆然とした表情で眺めていた。

 

「『消えるライン』・・・・・・」

 

 得も言われぬ喜びがあった。仮にホウセンがチャンピオンリーグに出場するとしたら限りない脅威が増えたことには変わりない。にも関わらず、智幸は自身の戦術に新たな価値を生み出したバトルに感動していた。

 

「無意味じゃなかったってわけか」

 

 折られたはずの武器は決して(なまくら)などではなかった。他ならぬ好敵手が証明してくれた。

 

「真似したいほどおもしろかったのでしょうね。ボール投げる瞬間からウズウズしてたもの。よく我慢した方よ」

 

 カトレアは心底楽しげに告げると智幸もまた満足げに頷いた。そんななかカリンは考え込むように口元に手を当てる。

 

「けど、少し早いんじゃない?」

「仕掛けんのがかァ?」

「ええ」

 

 ホルマジオが返した質問にカリンは頷いて続ける。

 

「侮る気はないけれど、ゾロアークのパワーでも充分ルージュラを押し切れたように思えるの。あの戦術を仕掛けるタイミングはルージュラを倒したあとでも遅くなかったはずよ」

「いや、逆だ」

 

 その疑問に否をつけたのは『消えるライン』の発案者でもある智幸だった。

 

「ズッ。むしろ早ければ早いほどいい。死角を取られるという意識を生ませるのがあの戦術最大の長所だ。死角を警戒するあまりまた別の死角ができる。イツキの超能力がカトレアの読み通りの力だったら、未来視の対象を選ぶ時点で迷いが生まれる」

「! ふうん、そういうこと。想像以上に思考を割かれるわね。タフなバトルになりそう・・・・・・“お互いに”」

 

 カリンが目を細めて見つめるバトルフィールドではイツキが愕然とした表情でルージュラをボールに戻していた。

 

(な、なにもさせてくれなかった・・・・・・。ボクの視る景色を限定させるためのトリック。どんな未来を視るにも明確な意識が必要になる。そのデメリットを利用し、意識する前にのみ有効な初見殺し)

 

「だけど、もう覚えた!」

 

 イツキが力強く宣言するとホウセンとゾロアークはやり甲斐があると言わんばかりに笑った。

 

「今度は惑わされてあげないよ。いけナッシー!」

「ナッシィ」

 

 先刻イダイトウに完勝を果たしたナッシーが降り立った。ゾロアークがホウセンに視線を送る。

 

「ゾロ(やっていいのかブラザー?)」

 

 ホウセンは笑って頷いた。“思う存分やれ”と。

 

———

 

 12月18日準々決勝第四試合30分休憩時間にて。

 

「ゾロアーク。おまえはタイプ一致って概念を知ってるか?」

「ゾロ(タイプ一致?)」

 

「自分が所持するタイプの攻撃ワザを使用すると威力が通常より高まる現象のことだ」

「アーク(それなら知ってるぜブラザー。同じ分だけのエネルギーを使ってもなぜか威力に差が出るあの現象だろ? 『かえんほうしゃ』と『ハイパーボイス』撃ち比べると違和感がスゲェんだよ)」

 

「そうそれだ。俺もカリンとホルマジオのバトルを見たときに違和感が湧いた」

「ゾロ(え? どんな?)」

 

「おまえがどうして『メタルバースト:ほうふくバージョン』ができないのか?」

「ゾロゾロゾロ(あああぁ! 聴きたくないぃ! 聴こえないよぉ!)」

 

「落ち着け。責めたいわけじゃない。ただ純粋になぜヘルガーにできておまえにできないのかが気になるんだ」

「・・・・・・ゾロ(で、さっきのタイプ一致の話が関係してるって?)」

 

「俺はそうじゃないかと考えている。おまえが『ほうふく』の特訓をはじめて3ヶ月半。カリンはシュバルゴが『メタルバースト』を撃つところをこの大会でしか見れていないはずだ。つまり、1日足らず。しかも特訓無しのぶっつけ本番でヘルガーは『ほうふく』をマスターしたと考えられる」

「ゾロ(自信無くすわぁ)」

 

「その理由の一端にタイプ一致が絡んでる。結論から言おうゾロアーク、おまえがあの『ほうふく』を真似するのは無理だ」

「ごはッ!! ぞ、ぞろぉ(あたしの3ヶ月半・・・・・・)」

 

「だから違う方向からアプローチをかけていこう」

「ゾロぉ(どんな風に?)」

 

「弱々しい声を出すんじゃねえ。いいか? 変化ワザにもタイプ一致は適応される」

「ゾッ(あんた正気か?)」

 

「正気だ。すでに俺たちは目の当たりにしている。親父のギギギアルの『ギアチェンジ』。カトレアのゴチルゼルの『サイドチェンジ』。お袋のゴルーグの『のろい』とかな」

「ゾロ(じゃあギガイアスの『じゅうりょく』とアギルダーの『さきどり』は?)」

「あれは〜・・・・・・・・・・・・才能?」

 

 ガクン。

 

「ああごめんごめん。落ち込むなって! ホルマジオのポケモンたちは『ちいさくなる』の対象を拡張してたからまだ可能性あるって!」

「ぞろ(才能なんてクソだ)」

「はいはいクソだな。でもそのクソに対抗するために、おまえは正統な手順で強くなるしかないんだ」

 

 ・・・・・・・・・・・・コクン。

 

「よし。覚えとけよ? 今日のバトルのテーマは———」

 

『タイプ一致の変化ワザ』

 

———

 

「先攻はイツキ選手!」

 

 控え室での主人とのやり取りを思い返してゾロアークはフィールドを踏み締めた。緊張からではない。闘争心からでもない。ただ純粋な好奇心にだ。

 

「ロァ・・・・・・」

 

 我慢を重ねたのはホウセンではなくゾロアークの方だった。実際に結果が出るかはわからないため、成功率を高めるアプローチとしてルージュラ戦は動いていた。あとは実行するのみ。

 

「バトル開始ぃ!!」

 

 旗が上がった。さあ撃ってこい。おまえが撃たねえと始まらねえだろ。

 

「『みらいよち』!」

「ナッスィ!!」

 

 ゾロアークに迫るサイコエネルギーの弾丸。いつでも動ける体勢を保ち、急かす心を抑えて待った。

 

「躱して『シャドーボール』!」

 

 来た。合図だ。

 

 ダッ!

 

 ゾロアークが走り出す。『みらいよち』の弾丸に向かって。ホウセンは「あっちょ、どっから行く気だ!?」的な顔をしていたが知らないフリをした。

 

 ゾロアークは弾道を見切り、身体をバチュルに変えて弾丸の雨を素通りする。

 

「逃すな!!」

「ナッシィ!」

 

 その瞬間をすでに視ていたイツキたちの行動は早かった。弾丸の雨を抜けた先に陣取り、ナッシーが頭頂から生える葉をエネルギー体の鞭に変えていた。

 

 ゾロアークの『イリュージョン』が解ける。

 

「ナッシィ!」

 

 同時にナッシーがその鞭をこちらに振り下ろしたが、ゾロアークは半身の体勢をとってこれを回避し、影色の弾丸を生成。ナッシーがさらに鞭を振り上げようとした瞬間に弾丸を顔面に放つ。

 

「弾き飛ばして!」

「ナッシィッ!」

 

 ナッシーが鞭を振り上げ、弾丸の軌道を上方へ逸らした。その隙にゾロアークはナッシーの股下を通り抜け、両手を対称に構えてあたかも影色の弾丸を生成する動作をとった。

 

「は?」

 

 イツキが再び困惑する。それは“影色の弾丸を生成しないことに対してか”、それとも“ナッシーが影色の弾丸に撃たれることに対してか”。

 

「『まもる』」

 

 指示は来た。弾き飛ばされた影色の弾丸を見上げる。・・・・・・方向、角度良し。

 

「ロア」

 

 ゾロアークの『まもる』。

 

 ボンッ。

 

 影色の弾丸の軌道上に気持ち斜めに添えられた絶対障壁。遠隔ながらもその効果に一切の翳りなし。しかし、斜めに設置されていたため弾丸は『まもる』の障壁を跳ね返り、軌道が変わった。

 

「ナシ"ッ!?」

 

 ナッシーには効果は抜群だ。

 

「ちょ、跳弾・・・・・・!」

 

 イツキが愕然と口にする。

 

「な、なんとゾロアーク! 弾かれた『シャドーボール』を『まもる』でさらに弾き・・・・・・いや、跳弾を撃ったァ!!」

 

 ゾロアークの狙いは『まもる』を利用した跳弾を放つことだったのだ。タイプ一致の『まもる』は通常のそれより射程が長い効果を持っていた。しかも展開する位置を本体から離しても効果は変わらない絶対障壁。ゾロアークはそれをモノにした。

 

(発想が異次元だ! 『まもる』で跳弾を撃つなんて)

 

 イツキが頭を抱えそうになる衝動を抑えて未来を視る。条件は[ゾロアークの行動]。

 

(もう見逃さない。一挙手一投足全てを視界に収めて対処する!)

 

 ナッシーにもその意思は伝わり、より一層警戒を露わにした。

 

「『シャドーボール』」

 

 ゾロアークが生成してナッシーに放つまでイツキは敢えてなにもしなかった。ゾロアークの動きを捉えるために。

 

[ゾロアークはその場から動かなかった]

 

「はぇ?」

 

 ナッシーはすでに弾丸の軌道上を飛び退いている。だが不安は消えない。次にゾロアークがなにをするか全くもってわからない。

 

「『かげうち』」

 

 ゾロアークはその場から動かず、ただ手を伸ばした。ナッシーが躱した影色の弾丸に向かって。

 

 影色の弾丸から伸びる影が腕となって動き出す。影の腕は弾丸を瞬く間に掴んでナッシーの方へ投げた。

 

「ぎ、『ギガドレイン』!」

「ナッシィ」

 

 ナッシーが頭頂の葉を鞭に変え———。

 

「ロアークッ!」

「ナ"シッ!?」

 

 ———ゾロアークの『かげうち』。

 

(なんッで今動くんだよぉ!!)

 

 背後からの強襲。ナッシーの後頭部を強烈な蹴りが襲い、『ギガドレイン』を発動できなかった。

 

「だったら『こうごうせい』!」

 

 ここでイツキは四つ目のワザを指示。ナッシーは影色の弾丸を受ける前提で回復体勢に入った。

 

「ナッシ"!!」

 

 効果は抜群だったが、回復はできている。

 

 ブオンッ。

 

 そして異空間から『みらいよち』が襲いかかる。対象はもちろんゾロアーク。背の高いナッシーの後頭部を蹴っていたため、ゾロアークは空中を漂っていた。逃げ場はない。

 

「『まもる』」

 

 ホウセンが出した指示にイツキはようやくほくそ笑んだ。

 

(『みらいよち』は『まもる』を貫通する)

 

 ゾロアークが障壁を作り出した。自身の足元に。その光景を見てイツキは得意気だった顔を歪ませた。

 

「ま、まさか!!」

「ゾロッ!」

 

 ダッ!

 

 ゾロアークが『まもる』を足場に跳躍! 『みらいよち』の弾丸を見事に躱した。

 

「止まらないゾロアーク! キレキレです! 覚醒したゾロアークをイツキ選手とナッシーは止められるのか!?」

 

(クッソォ! 予測できなかった!)

 

 悔しさのあまりイツキは下唇を噛んだ。予測だ。予測さえできれば未来視で視れる。ホウセンはただイツキの思考に宿る死角を突いているだけ。それはつまり、トレーナーとしての差だ。

 

「『シャドーボール』」

「ロアック!」

 

 跳躍したゾロアークが影色の弾丸を生成、速射。そして、跳躍時の推進力が残っているうちに『ゴーストダイブ』で異空間へと潜った。

 

「待て待て待って!」

 

 今一番されたくない行動をされたイツキはナッシーに指示を出すのも忘れて頭を抱えた。

 

「か、躱して!」

 

 ナッシーはすでに行動に移している。横っ飛びで影色の弾丸の軌道から逃れつつ、飛んですぐに『こうごうせい』で回復する。

 

 落ち着け。

 

 あまりにもクレバーな行動に、ナッシーが言外に伝えたいことを察した。イツキは一つ頷いて対処法を告げる。

 

「『みらいよち』で迎撃!」

 

 そもそも“シャドーボール”が無くなればいいのだ。それだけで全ては救われる。

 

「ナッシィ!」

 

 ナッシーの三つの頭からサイコエネルギーの弾丸が発射される。ゾロアークに近づかれぬように頭頂部の葉をすでにエネルギー体の鞭に変えていたため、妨害はできなかったのだろう。集中力を使えばナッシーで充分に戦える。

 

「勝った!」

 

 そう確信した瞬間訪れる悪夢の指示。

 

「『まもる』」

 

 どこに? なにを? 守る対象がないのに『まもる』などとは片腹痛いと観客の大半は思った。あの“シャドーボール”はゾロアークが化けたものなのかと腕利きのトレーナーとイツキは一瞬疑った。

 

 ブオン。

 

「ゾロ」

 

 しかし、ゾロアークの本体はナッシーから離れた位置に異空間から現れた。つまり今まさに落ちている影色の弾丸は本物。

 

 ゾロアークが天に右手を翳し作られる絶対障壁。それはあまりにも滑らかな曲線を描いていた。

 

 スゥ。

 

 そして滑り台を滑り降りるが如く、『まもる』の曲線に沿って影色の弾丸は落下。その先はナッシー!

 

「結局来るのかい!!」

 

 嫌気が差しまくったイツキは声に出してツッコミながらもイメージはナッシーと共有していた。

 

「ナッッシィ!」

 

 ナッシーは再び横っ飛びで躱しつつ『ねむりごな』を振り撒いた。『こうごうせい』で回復できる環境を整え、仮に遠距離戦になったとしてもゾロアーク本体が割り込めない環境を。

 

「最早無敵! ほんの少し見栄えは悪いけど、この勝負勝たせてもら———」

「———-『ゴーストダイブ』だ」

 

 ゾロアークがなにもいない眼前に向かって拳を振り被った。

 

[ナッシーの左後方から異空間を介して右腕が出現し、殴られる]

 

「避けて『こうごうせい』!」

 

 異空間からの殴打をナッシーは飛び退いて回避! 続けて回復!

 

「『シャドーボール』」

 

 殴打が外れるや否や異空間から出したままの右腕から影色の弾丸を生成して飛ばす。

 

「『ギガドレイン』!」

 

 鞭化した葉が影色の弾丸を撃ち落とす。

 

 ヒュン!

 

 が、その先にもう一発『シャドーボール』が迫っていた。時間差で放たれたそれを避ける術はなく、やむを得ずナッシーは受けて『こうごうせい』を続行する。

 

「なぁッシィ!」

「ハッハァ! タフだねぇ!」

 

 ホウセンが楽しそうに笑う。イツキにはその笑みが悪魔のものに見えてしょうがなかった。コイツはバトルの悪魔だと、反射的にそう思った。

 

「だが終わりだ。『かげうち』」

「させないよ! 『みらいよち』!」

 

 互いに指示を受け、最大限の行動を為そうとしたその瞬間。

 

 グラァ。

 

 ナッシーの身体が傾いた。躓いたのだ。足元の影を通過点に伸ばされた手に足を取られ、その重たい体躯がフィールドを転がる。

 

「『シャドーボール』」

「防げ『ギガドレイン』!」

 

 ナッシーは影色の弾丸を弾いた! しかし、それは先刻のシチュエーションと同じ。いや、尚悪い。迎撃どころの体勢じゃない。だからナッシーは転がることにした。

 

「!」

 

 少しでも動いて狙いを絞らせないための行動。それによって、『ねむりごな』の範囲から出てしまった。

 

「っ、ナッシー戻ってくれ!」

 

 不味いと感じたイツキがモンスターボールの光線を飛ばした。ゾロアークの位置からこれを妨害する術はない。

 

「『まもる』」

 

 バチッ!

 

 モンスターボールの光線は『まもる』に弾かれた。

 

「あっ・・・・・・」

 

 そう。ゾロアーク本体が妨害する術はないはずだった。ほとんどのワザを防ぐ絶対障壁さえ無ければ。

 

「『シャドーボール』」

 

 転がり続けるナッシーに影色の弾丸が飛来した。それは明らかに低速ではあったが狙いは正確だった。

 

 ドォン!

 

「なっしぃ・・・・・・」

「ナッシー戦闘不能!」

 

「粘りに粘ったナッシーここで倒れるゥ! 最後の最後まで諦めなかったファイティングスピリットはイツキ選手最後のポケモンに託されたァ!」

 

 観客が湧き立つ。次のバトルが最後かもしれない。そう思うと叫ばずにはいられなかった。

 

「そうか、こういうことかァ。トモ、オメエが言ってた意味がやっとわかったぜ。トレーナーの焦点をずらすってことだな?」

「あぁ。正確には視るべき場所をいくつも作る。だが、人間の目が二つを越えることはない。トレーナーの警戒心は必ず目に現れる。それに合わせて死角を突く」

 

 ズッと鼻を啜った智幸はどこか誇らしげに告げる。

 

「俺のやりたかった究極系をアイツは平然とやっている。一つのワザをあそこまで警戒させんのは今の俺では無理だな」

 

 次に浮かぶのは対抗心。なにがなんでも越えてやるという戦術の親としての意地が湧いてきた。

 

「「・・・・・・」」

 

 対してカリンとカトレアには危機感があった。

 

「どうしたァ二人とも? まだなにかあるんじゃねえかってツラだぜ」

 

 4対1。ホウセンの獲得したアドバンテージは圧倒的だ。この状況を覆す要素をイツキは持っているのかとホルマジオは言外に尋ねていた。

 

「いいえ、この試合に負ける要素はほとんど皆無と言っていい状況よ。ただ、ここからゾロアークが倒される展開になったらおもしろくないと思っただけ」

「おいおいカトレア。もうホウセンのゾロアークはイツキの未来視を完璧に攻略したんだぜ? ダメージも受けてねえだろ。こっから負けるってどういう展開だ?」

 

 カトレアの言葉にホルマジオの疑問がさらに深まると、頬杖をついたカリンが口にする。

 

「『シャドーボール』を使えなくなって負ける」

「・・・・・・なんだと?」

 

 ホルマジオが気づかなかったのはその悩みと無縁だったからだろう。カトレアは一つのワザを主軸にするため、そのワザを使える回数の管理をしっかりこなしていた。カリンも同様の悩みを持っているため気づけた。

 

「使い過ぎなのよ。ゾロアークはすでに十発も『シャドーボール』を撃ってるの」

ワザの使用不能状態(PP切れ)か」

 

 智幸の言葉にカリンは頷いて続ける。

 

「ええ、あたくしは『ふいうち』を使うときにそうなることが多いから気づけたの。一発や二発は問題ないのだけど、四発目から明らかに動きの質が落ちて六発以上は使えないわ。ゾロアークの『シャドーボール』はかなり撃てる方のワザではあるけど、十発目は明らかに弾速がおちていた」

 

 残弾数はそう多くない。ゾロアークのメインウェポンが無くなれば、イツキの未来視に対抗できる戦術は無いに等しい。

 

「けどよ・・・・・・ホウセンはもう負けねェだろ」

「ええ。でも最後まで勝ちきってくれないとおもしろくないじゃない。エレガントに4体残して準決勝に進んでほしいわね」

 

 カトレアが告げた高すぎるハードルにホルマジオは思わず「マジかコイツ」とドン引きしていた。すでに勝利は決まったものでもなお求める先がある。

 

「それに・・・・・・それほどの芸当ができないと次の相手は厳しいものね」

「「!!」」

 

 いや、求めなければならないのだ。カリンは震える手を握り合わせて自身にそう諭す。

 

「あたくしも武者震いが止まらないわ」

 

 彼女が見つめるフィールドで彼は顎に伝ってゆく汗を拭っていた。

 

———

 

(サイコソーダ飲みてえ〜)

 

 現在、彼を悩ませている問題は二つ。未来視を先読みした動きを常に計算したことによって生じた脳疲労。なんでもいいから糖分が欲しい状態だった。

 

(あ〜、見てんなー)

 

 もう一つは。

 

「やるな、イッシュの兄ちゃんも。あのレベルのトレーナーに4体も差をつけてやがる」

「そうだね。特にあの発想力には驚かされる。ゾロアークの戦い方はギガイアスのときと違ってバトル前に戦術として確立していたんだろう。完成度が段違いだ」

 

 次に戦う星野好造。そして城島俊也が油断なくホウセンのバトルを観察している。このジョウトリーグシロガネ大会を一体も落とされることなく突破してきている二人がホウセンの戦術を警戒している。

 

「ふぅ・・・・・・」

 

 否応なく与えられるプレッシャーからか、笑い始めた膝に両手を付いて深呼吸を一つ。

 

(いいね。本気で戦いに来てる歴然の猛者の圧は。これでいいのかと常に問いかけられている気分だ)

 

 笑みを抑えきれない。先に笑っていた膝を叩いて気を引き締める。一頻り叩いたあと跳ね返るように背を逸らしたホウセンは親指以外の全てを立てた右手を掲げる。

 

「これはホウセン選手! 4体差でバトルを終えるという意思表示でしょうか!? 予告ホームランならぬ予告ゲーム! 今までのバトル展開からも疑う余地はありません。この男! ゾロアークで勝負を決める気だァ!!」

 

「「「うぉぉぉぉぉ!!」」」

「やっちまえホウセン!」

「イッシュのガキに負けんじゃねえぞイツキ!」

「最高のバトルを見せてくれェ!!」

 

 沸き立つ歓声にスタジアムが揺れ動く。

 

(だったらよぉ、アンタらがくれたガソリン燃やして突っ走るだけだ!)

 

 残弾数5発。心許ないが、ここで勝ち切ってこそのドラマ。最後までハングリー精神全開で行く。その決意が宿った4本指。

 

「ハハ・・・・・・まったく、ここまで嫌味の無い勝利宣言ははじめてだよ。それで負けていいとはならないけどね」

 

 イツキが最後のモンスターボールを手に取った。

 

「来い!」

「ゾロ」

 

「勝利の未来を掴むぞネイティオ!」

「ティオォ!!」

 

 ボールが天高く放り込まれ、せいれいポケモンネイティオが羽ばたく。

 

「ダメ・・・・・・違う・・・・・・いやこうか。・・・・・・できる。・・・・・・勝てる!」

「ティオ」

 

 試合再開前からイツキは未来視を活用した超高精度シミュレーションでバトルの試行回数をネイティオと重ね、新たな戦術を完成させた。

 

「ゾロアーク・・・・・・勝利の鍵は異空間だ」

「ゾロ」

 

 同時にホウセンも新たな一手をゾロアークに伝える。

 

「先攻はイツキ選手! バトル———」

 

 誰かが息を呑んだ。誰かが手を握った。誰かが、誰かが・・・・・・そんなことどうでもいい!

 

「———開始ィィィ!!」

 

 ネイティオが急降下して突っ込んだ!

 

「『でんじは』!」

「っ! 『まもる』!」

 

 ネイティオの『でんじは』は『まもる』に防がれた。

 

 だがネイティオの変化はそれに留まらない。微弱な『でんじは』で自身の身体を包み、金色の輝きを背負って滞空していた。

 

(『でんじは』を自分に撃ち続け、『マジックミラー』で反射させているのか。その発想は無かった!)

 

「『ゴッドバードォ』!」

「ディオォォォ!!」

 

 今のネイティオに触れるのは悪手。帯電した肉体に拳を振り抜こうものならすぐさま麻痺状態へと至る。しかし、みすみすパワーを溜める時間を与えるわけにはいかない。

 

「『シャドーボール』!」

「ゾロ!」

 

 ゾロアークの『シャドーボール』が放たれる。残り四発。

 

「躱すんだ!」

「ティオ」

 

 ネイティオには当たらなかった。だが、撃って終わりではない。

 

「『まもる』」

 

 ゾロアークの『シャドーボールピンボール』。ネイティオの側を過ぎていった『シャドーボール』を跳ね返す。

 

 バチッ!

 

「なにッ!?」

 

 はずだった。『まもる』の絶対障壁は一部のワザを除いて必ず防ぐ。それはネイティオが纏う『でんじは』であっても例外ではない。

 

(『シャドーボール』がぶつかる前に『でんじは』で『まもる』を相殺された!)

 

 そして『ゴッドバード』のエネルギーは溜まった。

 

「行け!!」

「ティオ!」

 

 ネイティオが凄まじいエネルギーを纏って特攻する。二度目の『まもる』は失敗の可能性を秘めている。ゾロアークの絶対障壁が揺らぐ絶好の決定機。

 

「『ゴーストダイブ』」

 

 そこでホウセンは異空間への侵入を選択。すぐさま空間に穴を空けたゾロアークだったが。

 

「『サイコキネシス』!」

「ティオッ!」

 

 ネイティオの『サイコキネシス』がゾロアークの動きを止めた。躱すことは不可能。

 

 

「飛び込むんじゃねえ! 移すんだ!」

「ッ!!」

 

 

 瞬間、ゾロアークの脳に電撃走る。異空間に侵入する行程の一つが余計だったのだ。開く、飛び込む、侵入では遅い。ならば、開いた時点で侵入している状態を作り出す。

 

 ネイティオの『ゴッドバード』!

 

 ブォン・・・スゥッ!

 

「ティオ!?」

 

 ネイティオの『ゴッドバード』はゾロアークの身体をすり抜けた!

 

「なにが起こったァ!? ネイティオの身体がゾロアークをすり抜けたぞォ!?」

 

(グレート! 異空間に繋がる穴をゾロアークの体内で生み出し、穴のサイズを大きくする。それを『ゴッドバード』が被弾する位置で完璧に実行した。結果現実世界に存在しないゾロアークの身体にぶつかることなくネイティオはすり抜ける。見事としか言いようがない!)

 

 そしてホウセンはもう一つの事実を確認した。それは『ゴーストダイブ』の異空間に侵入できるのは同じく『ゴーストダイブ』を使用したもののみ。

 

「最高だゾロアーク! 『シャドーボール』!」

「これしきのことで止まらないぞネイティオ! 『エアスラッシュ』だ!」

 

 身体をすり抜けた現実はイツキにとっての想定外だったが、度重なる非現実を受け止め続けた精神が動揺を許さなかった。すぐさまネイティオ最高の迎撃ワザを13通りシミュレートし、最良の指示を出した。

 

「ロァック!」

 

 だがその間にゾロアークは『シャドーボール』を放っていた。残り三発。もうこれは躱せない。

 

「ティィッオ!」

 

 だからこそネイティオは『シャドーボール』を受けながら、『でんじは』で帯電するエネルギー、『ゴッドバード』で溜めたエネルギー全てを翼へ流し、『エアスラッシュ』へと流用した!

 

「ゾロ”ッ!?」

 

 それに直撃したゾロアークは“麻痺”した。

 

「土壇場で決めてくるなぁおいッ!!」

「浅いぞ! 次で決めろ!!」

 

 二人のトレーナーが人差し指を突きつける!

 

「『シャドーボール』連射!」

「『サイコキネシス』!」

 

 ゾロアーク最後の『シャドーボール』三連射。弾丸に隠されてゾロアーク本体こそ捉えられなかったが、全ての『シャドーボール』を止めた。

 

「ティオッ!」

 

 ネイティオはゾロアークに効果がなく攻撃に転用できない『シャドーボール』をすぐさま明後日の方向へ放り投げ、ゾロアーク本体を探す。

 

「頭上の『シャドーボール』だッ!!」

「ティッ!」

 

 ゾロアークの『イリュージョン』が解けた。

 

「なんとゾロアーク! 『シャドーボール』に化けていた!!」

 

 つまり、打ち切った『シャドーボール』の残弾数はあと一発!

 

「ッ! 『サイコキネシス』!」

「『かげうち』!」

 

 ゾロアークの『かげうち』右ストレート!

 

「ディォッ!?」

 

 ここで速かったのはゾロアークだった。麻痺状態とはいえ先制ワザの優先度を宿した速さはアニポケ世界でも健在。ネイティオの顔面がゾロアークの右ストレートに打ち抜かれ、フィールドに落下してゆく。

 

「『シャドーボール』!」

「ロォッア!」

 

 今度こそゾロアーク最後の『シャドーボール』!

 

「それはもう視た! 『サイコキネシス』!」

「ティオッッ!!」

 

 『サイコキネシス』に『シャドーボール』が止められた。

 

「『ゴーストダイブ』」

「!?」

 

 ここで『ゴーストダイブ』!? 『かげうち』じゃないのか!?

 

「ゾロッ」

 

 イツキの困惑を置いて現実は進んでいく。次の一手が読めない状況だが、時間はできた。イツキが未来視を起動する。

 

 ———やれ。

 

 集中する意識の狭間にふと聞こえた声。今日嫌になるほど聞いたその声にイツキは未来視を中断して現在のネイティオを視界に入れる。

 

「ロォッアァッッ!!」

 

 ドゴォッ!!

 

 ゾロアークの『ゴーストダイブかげうち』右ストレート!

 

「ディ”ィオ”ォォッ!?」

 

 ネイティオの身体が宙を舞って、イツキの眼前で倒れる。

 

「そう・・・か」

 

———

 

 どうしようもない現実で腑に落ちた。最後の最後で未来視を使用する余裕を錯覚させ、『かげうち』の速度を借りた『ゴーストダイブ』でネイティオの体力を削り切った。

 

「ネイティオ戦闘不能! よって準々決勝第四試合の勝者はサザナミタウンのホウセンンンッ!!」

 

「決まったァッ! 覚醒したゾロアークが最後まで止まらず、ホウセン選手は見事に有言を実行したァッ!!」

「「「ウォォォッ!!」」」

 

「これ以上にドラマティックな結末があったでしょうか!? ここまで胸を熱くさせる試合が果たしてあったでしょうか!? これぞイッシュのエンターテイナーホウセン選手! ———ドラマティックシナリオライターの誕生だァッ!!」

 

 かつてない熱狂に沸いた。

 

「「「ホウセン! ホウセン! ホウセン!」」」

 

 このバトルにはトレーナーのスピリットがあった。知恵、戦略、強引さ、己だけの強さを押し付け合った。ポケモン最高のパフォーマンスがあった。時に真っ直ぐ、時に妥協し、勝つための全てを尽くした。

 

「「「イツキ! イツキ! イツキ!」」」

 

 歓声が強まり、イツキはネイティオを戻して再び仮面を装着した。

 

「君の・・・・・・君たちの勝ちだ」

「ああ!」

「ゾロッ!」

 

 満足そうに笑うホウセンたちの顔を見て、イツキは天を仰ぐ。

 

(ボクもあんな顔したかったなぁ)

 

「楽しかった。今までで一番楽しいバトルだった」

 

 気づけば口ずさんでいた。ゲートをすぐに抜けるはずだったのに、デコボコなフィールドを横断してホウセンに歩み寄っていた。

 

「最後まで観ていくよ。君のバトルをこれからの対戦相手に堪能させてやってくれ」

「ハハッ、わかったよ。ウンザリするほど楽しませてやる」

 

 フッと小さく笑みを浮かべてイツキは振り返って歩き出す。デコボコのフィールド、トレーナーゾーン、ゲートを潜ってその先を歩く。

 

「明日はより一層濃いバトル展開が期待できそうです! 星野好造vsホウセン。城島俊也vsカリン! 片や一瞬の熱を制す肉体派バトル! 片や読み合いを制す頭脳派バトルが予想できるでしょう!」

 

 そうしてやっと止め過ぎていた涙が仮面の中で流れ始めた。

 

———

 

 12月18日15時03分。シロガネ山の選手村ホテルにて。

 

「イェーイッ!」

「っしゃあ!」

 

 ホルマジオとハイタッチ。

 

「やったな」

「っしゃあ!」

 

 智幸ともハイタッチ。

 

「もっと他に喜び方があるんじゃない?」

「っしゃあ!」

 

 カリンともハイタッチ。

 

「無理よ。糖分足りてないって顔してるわ」

「っしゃあ!」

 

 カトレアともハイタッチ。そして、差し出されたサイコソーダをゴクゴクと飲んでゆく。

 

「ッあ〜、死ぬかと思った。脳細胞破裂するぅ」

「ロビーで座り込まないの。椅子ならこっちにあるから」

「ったく」

「しょうがねェなァ」

 

 床に尻をついて足を伸ばしたホウセンを見兼ねてホルマジオと智幸がそれぞれ脇と膝裏を抱えてエレベーターまで運ぶ。そうしてエレベーターが上昇し始めてやっとサイコソーダが脳を回り始めたホウセンが立ち上がる。

 

「正直一番キツかった。少しでもリードを許したらもう勝てねえって思いながらずっと頭回してた」

「見てるこっちもヒヤヒヤだったぜ。オメエの汗半端なかったもんなァ」

 

 未だにホウセンの首には薄いタオルがかけられている。頬に伝うそれを拭いながら頷く。

 

「それとトモさん。戦術貰った」

「なぁに、あっちの世界じゃ日常茶飯事だ。次は俺がお前の戦術を盗む。恨みっこ無しだぜ」

 

 智幸と共に好戦的な笑みを浮かべながら、ホウセンは壁に寄りかかった。

 

「「ちょっと、あたくし(アタクシ)にはなにもないの?」」

 

 同時に両頬を引っ張られた。

 

「気持ちよく勝てたぜ」

「あっそ」

「良かったわね」

 

 フンと不機嫌そうに顔を逸らした二人を見届けてホウセンの意識は途絶えた。

 

「おい、ホウセン起きろォ!」

 

 耳に入る声も『ちいさくなって』いった。

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