ここ、『金鳥の寄る辺』サザナミタウンに居を構える一軒家で一人の男が土下座していた。
「つぅわけだお袋頼む! ガントルを進化させんのに協力してくれ!」
男の名はホウセン。彼は今、一つの殻を破るための協力を母に求めていた。
「その心意気、とってもグレートです!」
「・・・・・・じゃあ」
「もちろん協力しますよ。というかホウセンくんはもっと私を頼ってください。私はもっと母親らしいことやりたいんです!」
それは親心というには私欲に満ちすぎていた。万年筆をスラスラと走らせて、新しい小説のネタにすることを隠さない大雑把すぎる姿勢を見せていた。
「サンキュー」
「うんうん。他にお願い事は?」
得意気に胸を張って、どんなことを手伝ってほしいのかなと期待していた彼女だったが。
「えっない」
「へ?」
ホウセンはそれだけを告げて本塗れの部屋から出て行った。
「・・・・・・親に甘えん坊な子どもの物語、書きたかったのになぁ」
彼女は寂しげにホウセンの背中を追いかけた。
———
時は進み、場所も変わり、曇り空のチャンピオンロード洞窟外。過酷な自然を生き抜いたポケモンたちが跋扈する環境をホウセンとギガイアスは悠々と歩いていた。
「ガイア」
ギガイアスは『あんな雑な対応でいいの?』と言わんばかりにホウセンの顔を覗き込んだ。
「いいんだよ。お袋は口は硬いが、筆は緩い。下手にこれからの予定を話して小説にされたら、親父に作戦がバレちまう」
「・・・・・・ガイア」
『いいのかなぁ』と溢れた一言。
「ギガイアス。さてはおまえ、余裕が出てきたな?」
「が、ガイア!?」
必死に関節をゴリゴリ言わせて可動域いっぱいに首を横に振ったギガイアスだったが、ホウセンはギガイアスの足元を覗き込んで「やっぱりだ」と得心がいった。
———
ホウセンは今回のローブシンゲットを目的とした遠征で、ギガイアスにある課題を課していた。
『ギガイアス。今回の遠征でおまえは一歩も歩くな』
『がいあ?(宇宙猫)』
それは『じゅうりょく』を発動したまま、遠征するというもの。はじめこそただ出力を安定して増加するだけで済んでいたが、チャンピオンロード手前でホウセンが悪魔のように囁いた。
『ここからは加重二倍で足は5cm浮かせろ』
『がいあ?(なんて?)』
事もあろうに、『じゅうりょく』で体重を重くしながら、『じゅうりょく』で足を浮かすというマルチタスクを課してきた。
———
ホウセンは念の為、定規で長さを確認して無慈悲に告げた。
「次は加重三倍で4cmだ」
「・・・・・・ガイア」
「許してくれギガイアス。俺だって辛いんだ」
「ガイア(ほんと?)」
「ああ。辛そうに四苦八苦しながら、成長していく姿が楽しくて———」
「ガイ?」
「———あっウソ、今のナシ。・・・・・・辛くってさぁ!」
ギガイアスのラスターカノン。ホウセンに効果は抜群だ。
———
怒れるギガイアスが先行し、主人のはずのホウセンはボロボロになりながらも追従する。
「いってぇ。気のせいか? おまえ特殊攻撃の方が得意なのギガイアス?」
「が?」
それはギガイアスにとっても目から鱗だった。本来なら無視するの決めていたギガイアスが、ホウセンに耳を傾けてしまった。
「いや、絶対そうだ。咄嗟に出たのが『ラスターカノン』な上に発動速度が『ロックブラスト』よりも速かった」
「が、が、ガイア!」
その現実にギガイアスは狼狽した。チャンピオンロードの洞窟で、色違いであるがゆえの迫害と常に戦っていたギガイアスは、同族がどのように自身を追い詰めていたか、痛いほど知っていた。
「ガイア! ガイア!」
『そんなはずはない』と首を横に振り続けるギガイアス。
「おまえ、同族が使ったワザを無意識のうちに使うようになっていたのか?」
思い出されるのは群れから追い出すためのワザ。『じならし』、『ロックブラスト』、『とっしん』、『いわなだれ』。そのどれもが物理攻撃に分類されるものであることをギガイアスは感覚的に理解していた。
「アイツらを見返したくて、アイツらのワザを使ってたのか?」
「がいあ」
ギガイアスは気がつけば自身の不甲斐無さに涙が出ていた。
あれだけ嫌っていたはずの同族に認められる努力をしていたという矛盾。もっとワザのレパートリーがあれば、ダイアに負けなかったのではないかという疑問。そして、己の弱さがホウセンに敗北を与えてしまったという確信に行き着いてしまった。
「オイコラ泣くな。そんな指示出した覚えはねえぞ」
「がいあ?」
「おまえがどんな人生送ってきたかは、おまえを捕まえてからしか知らねえけどよ。強くなれる可能性に気づいてどうして泣く?」
舌打ち一つ弾けさせたホウセンは、歩く方向を変えた。崖ではなく、洞窟の方へ。そこはギガイアスがまだダンゴロだった頃にゲットした場所だった。
「が、がいあ・・・・・・」
ギガイアスの『じゅうりょく』の制御が気づかぬうちに後ろへ流れた。人間で言えば足が竦む状態に近い。
「・・・・・・ついてこい」
ホウセンは「逃げるな」とは言わなかった。「立ち向かえ」とも言わなかった。そんな拘束力のある言葉よりもこの方が安心すると考えた。
「ガイア」
ギガイアスはただ頷いてついていった。そして、洞窟内部深くへ入り込むとそれはゴロゴロといた。
「ダゴ!」
「ガント!」
ダンゴロとガントルの群れ。それらはホウセンとギガイアスに警戒心を向けながら、ワザを発動させるエネルギーを溜めていた。
「いやがったいやがった。相も変わらず唆られねえ連中だな」
「・・・・・・」
「いいかギガイアス。俺は今から夢を見る」
「がい?」
「宙にコイツらが狙いやすい位置に浮いて、この結晶から———」
言いながらホウセンはギガイアスの水色の結晶に触れた。通常のギガイアスだとオレンジ色のそれは、エネルギーを吸収する器官。太陽光線のエネルギーが充分に溜まると光を放つ。
洞窟に入るときに光っていなかったそれは今、輝きに満ちていた。
「———『ラスターカノン』を発射する夢だ」
「ギガイア?」
「いいか? おまえは今日、『じゅうりょく』を維持するときにエネルギーをどこから持ってきた? 太陽光じゃねえよな、今日は天気悪いから」
PPというワザの使用回数の概念を知っているホウセンからすれば違和感塗れの光景だった。サザナミタウンからここまで一度も『じゅうりょく』を切らさずに来たことが。
「俺の予想が正しければ・・・・・・そのエネルギーは重力だ」
「ガッ!?」
ギガイアスは驚愕に包まれた。ホウセンも半信半疑だが、この光る水色の結晶に理由を求めるならそれしかないとも考えている。
「永久機関だぜすげえだろ。おまえの存在がノーベル賞だ」
ノーベル賞はこの世界にはない。ゆえにギガイアスはその言葉の意味がわからない。それでも、ホウセンがあまりにも誇らしく語るものだから、ギガイアスはすっかりその気になった。
「ダンゴダゴ!」
「ガントォォォォ!」
ダンゴロとガントルたちが攻撃の号令を出した。一斉に放たれる遠距離攻撃の数々をホウセンと未だに『じゅうりょく』を維持し続けるギガイアスは掻い潜り、真逆へ逃げたホウセンが岩陰から指示を出す。
「おまえにもうエネルギー切れという概念はない! 全部壊せギガイアス! 俺に夢を見せてみろォ!」
水色の結晶の上に鋼色のエネルギーが迸る。復讐でも、恐怖でもない。ただホウセンに夢を見せるために。
「ガィアァァァァァァ!」
ギガイアスが数えきれないほどの『ラスターカノン』を乱れ撃つ。一筋の光が無限に近い数で放たれている。
「「「ダゴ!?」」」
「「「ガントォォ!?」」」
そうして、ギガイアスの『ラスターカノン』は群れの大多数を瞬く間に蹂躙してみせた。
「ハッハァ! グレート、パーフェクト、アンビリーバブル! congratulations!」
(浮かす必要すらないとは恐れ入った。ここまでの波状攻撃、照準つける意味はないもんな)
「ガイアァァァ!」
「最ッ高の夢だギガイアス!」
———
「だ、だんご・・・・・・」
「がんとぅ・・・・・・」
地獄の方がまだ優しいと思えるほどの惨状を生み出した一人と一体は
「フハハハ! 無敵だ!」
「ガイアァ!」
喜びに満ちていた。新しい力とその使い方を知ったことで最高に思い上がっていた。
「見える! 見えるぞギガイアス! 親父のエアームドに黒星がつく光景が!」
ガトリングガンよりもさらに濃い密度で放たれる『ラスターカノン』。まだ『ラスターカノン』しか試していないが、ホウセンはすでにその先にある岩ワザ最強の特殊攻撃がどのように放たれるのか気になってしょうがなかった。
チャプンと洞窟内の川から音がした。
「ハハハ・・・・・・あ?」
取るに足らないその音がホウセンの琴線に触れた。
「ギガ?」
主人の違和感に反応したギガイアスが疑問符を浮かべながらも警戒態勢に入った。
(なんだ、なにかがおかしい。“あんなところに湖があったか?” 三年前に来たときにはなかったはずだ。洞窟内の水漏れが重なってできた深さ約0.6mの水溜りがあっただけ)
「確認するぞギガイアス」
ホウセンがその湖にギガイアスが放つ結晶の光を当てて覗くと、深さはまるで変わっていなかった。しかし、広さは水溜りのそれではなく、完全なる湖だった。
(水位が下がり続けている? さっきの『ラスターカノン』で底に穴が空いたのか。水の行き場は地形的に地下道)
ホウセンが天井に視線を向ける。そこには穴が空いていた。大きくはないが、小型のポケモンが入れる程度の穴。その淵から水が滴っていた。
(いや、穴は元から空いていたのか。川の底に穴を空けたにしては流れる水量が少なすぎる。『ラスターカノン』だったら、もっと大きな穴が空いていた)
「連戦だギガイアス」
ギガイアスは頷いた。
「見てたんだろ? 戦いたいなら出て来いよ」
ホウセンは湖に話しかけた。
チャピッと湖の水が揺れる。それはじょじょに大きく、幾つもの波紋を生み、水面が下から押し出されるように上昇し、衝撃が増大していく。
(なるほど、『たきのぼり』で作った通り道だったのか)
と当初の揺れを感じ取ったホウセンはあたりをつけていたが、その揺れはじょじょにホウセンが想定していたものを越えていく。
「っ、おいおい。こいつは『たきのぼり』の威力じゃねえ!」
ズシャッと天井に炸裂したけたたましい突進音とともにその正体がわかった。
バスラオの『ウェーブタックル』!
「バッスゥゥゥ!」
「しろすじ・・・・・・だと!?」
天井にハマったしろすじのバスラオは自身の尾をビチビチと揺らし、体勢を整えると湖の中へ着水した。
「バスッ」
「マジか・・・・・・水量が増してやがる」
(いや、それよりこのバスラオ。見物してたにしては身体が綺麗すぎる。洞窟の端から端まで満たす究極の全面攻撃。それをコイツは無傷で凌いだのか)
ホウセンとギガイアスの慢心が風化していく。
(なんか最近、こればっかだよな。慎ましい気持ちになった)
だが。
「ギガイアス、今はこの慎ましさとはさよならだ」
「ガイア!」
今か今かと待っているバスラオに向かい合ったギガイアスが雄叫びをあげる。
「俺の名はホウセン。コイツは相棒のギガイアス。バスラオ、俺たちの挑戦を受けてくれ」
「バスッ!」
バスラオは水面に力強く尾を叩いて了承の意を示した。
(予定変更だ。コイツを必ずモノにする!)
———
「バァッスゥ!」
バスラオの『ウェーブタックル』!
とんでもない水量を纏ったバスラオが宙を泳ぐようにギガイアスへ突進する。
(この威力、『てきおうりょく』か。それに、生み出した莫大な水で地上でも水中と同等以上に戦える空中回遊を実現している)
「ギガイアス『じゅうりょく』で軌道を変えろ!」
ギガイアスの『じゅうりょく』はすでに、射程範囲内全てを対象とした加重と減軽を可能にしていた。
宙を泳ぐバスラオに突如訪れた尾鰭の重さ、感覚の僅かな狂い。
ギガイアスにはあたらなかった。
「よし!」
「バスッ!?」
それがバスラオの『ウェーブタックル』を外させた。
(相手のワザを外させるテクはもうほとんど出来上がっている。上々だ。次はこれを試す)
「『ラスターカノン』!」
「ガィアァァァ!」
バスラオのみに狙いを絞った前面攻撃。
ホウセンは眩しい鋼色の光に呑まれたバスラオを瞬き一つせずに見ていた。
バスラオの———
「そういうことか!」
———『みがわり』。
自身の『みがわり』を陰にして、本体を後ろに隠す。本来は面を一掃する『ラスターカノン』の波状攻撃に死角が生まれる。バスラオ一体分の僅かな死角。
(だが飛ばしすぎだ。『ウェーブタックル』に絶対の自信を持っていようとHPを減らしすぎている。ここからどうやって捲る気だ?)
ホウセンには確信があった。このバスラオが自身の思い上がりを崩すという確信。
「バッスァァァァァァ!」
バスラオの目の色が変わる。
(なんだ? 『げきりん』か?)
否!
バスラオの『がむしゃら』!
(卵ワザ覚えてんのかいッ!)
「『ラスターカノン』!」
急速接近するバスラオに対し、ギガイアスのチャージがコンマ3秒ほど遅れていた。
実現仕立ての『ラスターカノン』。バスラオはそれをすでに二度防いで観察していた。光る結晶から放たれる瞬間を。
ガリッ!
「ギガ!?」
その弱点を容赦なくついた連撃。
額の結晶への噛みつき。身を翻して後頭部へ尾鰭の殴打。それに加えて意識が飛びかけたギガイアスに目を覚まさせる頭突き。
以上もってして、バスラオの『がむしゃら』は完遂された。
(待て待てなんだ今の高等技術!? ギガイアスの『ラスターカノン』を出出しで防いだ上に、的確な『がむしゃら』の打撃。プロトレーナー付きのポケモンでもここまでの動きはなかった)
地上に落下し、すぐさま魚体を跳ねさせたバスラオは宙で身を翻してギガイアスへ照準を合わせる。
バスラオの『ウェーブタックル』!
(身体機能を最大限に活かしたリカバリー。惚れ惚れするぜ)
「バァッスゥ!」
圧倒的水量を纏って突撃してくるバスラオを視界から外したホウセンは、ギガイアスが未だに“足を数cm浮かせている”事実にニヤリと笑みを浮かべた。
「横に加重移動!」
「・・ガイ!」
バスラオの目の前でギガイアスがスライドした。
「ば?」
本来ならあり得ない。身体機能的に考えてできない移動方法。バスラオがポケモンたちの身体を見て養ったポケモンの身体機能の限界を算出する頭脳と観察眼でも辿り着くことのできなかった答えがそこにあった。
「? ———バッ!」
だが、バスラオは野生のポケモン。その動揺もコンマ数秒で呑み込んだ。
「『ラスターカノン』!」
「ガィアァァァァァァ!」
至近距離から放たれた鋼色の光がバスラオを包んでゆく。
なぜだ? わからない? 筋肉は嘘をつかないはず。なんだこのポケモン・・・・・・筋肉が嘘をついてやがる!
戦闘不能に陥る直前のバスラオは、そんな心境で負けた。
———
「おまえ筋肉オタクだろ」
ひんし直前から治療されて起き上がったバスラオは開口一番、ホウセンに褒められたと認識した。
「なんて言えばいいんだろうな。そうだ藤原拓海。イニシャルDの藤原拓海を思い出した。自分が乗っている車の性能と環境を活かしたアドリブで最大限の速さを生み出すあれだ」
「バス? (車とはなんだ?)」
「人間を乗せるめちゃくちゃ速い機械だ」
「バス(よくわからん)」
「ハハハ、こんな洞窟で暮らしてたなら当然だろうな」
「バス(今俺をバカにしたか?)」
「してねえよ脳筋」
「バスバスバッス(バカめ。それは俺にとっての褒め言葉だ)」
「あっそう。話を戻すが、藤原拓海の初めての挫折はエンジンが壊れるところからはじまる」
「バス(だからわからん。エンジンとはなんだ?)」
「車の心臓みてえなもんだ」
「バス!? (なんだと車は死んだのか!?)」
「機械だっつったろ脳筋。要は生命体ではないが、人間を最大限速く走らせるためにある存在。おまえで言うところの近道に作った穴だ」
「バス(なんだ、生きてはいないのか)」
「だが愛着抱くモノには魂が宿る」
「バス(わかるぞ。俺もこの穴を素通りする輩は食い殺したくなる)」
「その魂を藤原拓海は一度失ったんだ」
「バス(拓海ぃ)」
「その後、藤原拓海は車のエンジンを変えて再び峠を走る。車体の動かし方に特化していた藤原拓海は、エンジンの知識も学び始めて隙のないドライバーへと育っていく」
「バスゥ!? (なにっ!? 車は死んだんじゃないのか!)」
「話聞け。生命体じゃないんだ。俺たちは腕がなくなれば生えることはないが、車はどこが壊れてもパーツを入れ換えれば大抵直せる。機械もそんな感じだ」
「バス(そんなモノか)」
「そうそうそんなモン。脱線したが、俺が言いたいのは、おまえはワザの知識が甘く、筋肉に傾倒しすぎてるってこと。おまえはエンジンの重要性を知らなかった頃の藤原拓海だ」
「バス(なんだと? 鍛え上げた筋肉は嘘をつかないぞ!)」
「だが今日、ギガイアスにこう思ったんじゃないか? コイツの筋肉嘘つきやがったって」
「バッ!? (なぜそれを!?)」
「やっぱりか。そう言う顔してたぜおまえ」
ホウセンはギガイアスの入ったボールを見つめて言葉を続ける。
「俺はゲットしたくなったポケモンの気持ちがわかる。ソイツがどんな夢を見たくてなにをしているのか理解したとき、俺はソイツと同じ位置に立てる」
「バス(ならば俺がどんな夢を見ているか当ててみろ)」
「自分の肉体を最強“と”する夢」
「バ、バス(な、なぜそう思う?)」
「・・・・・・おまえのバトル理論は肉体的な強さが中心にある。相手の可動域、呼吸、走行速度、攻撃力、生来の肉体が齎すアドバンテージをひっくり返して、おまえ自身の肉体が最強と認識されるために・・・・・・バトルで勝つ」
バスラオは知らず知らずのうちに唾を呑み込んでいた。
「そんな夢を抱いたが、おまえは自分の肉体の限界を早い段階で知っていた。おそらく『ウェーブタックル』を覚えたそのときから」
「バスバス(その通りだ!)」
「そして行き着いたのが、相手の筋肉を最大限殺して、自身の肉体を活かすバトルスタイル。そのスタイルを他ならないおまえ自身が認められていない」
「バス(なぜわかる!?)」
「最大威力のワザとそれを効果的に活かすパワーバトルをしていたからだ。おまえは自身の肉体の弱さを嘆いている。だから自分より大きく強大なポケモンに己の身一つで立ち向かうことで、そのコンプレックスを忘れたいんだ」
突きつけられた己の心境にバスラオは思わず下を向いた。
「バスゥ(そうだ。俺はもっと強い肉体が欲しかった)」
「・・・・・・一つ聞かせてくれ。おまえはどうしてそう思うようになった?」
「バス(嘆きだ)」
「ナゲキ?」
「バスバスバッスゥゥゥ! (ポケモンではない! 純然たる感情の嘆き! 生まれてからずっと聞こえるのだ。同族たちの嘆きが! もっと強ければと、もっと大きければとどうしようもない現実を嘆いて死んでいった彼らの声が!)」
「声だと?」
「バスバスゥ! (信じてもらわなくて結構! 俺はこの嘆きを筋肉に変えてバスラオを最強に至らしめる!)」
———
(“生まれてからずっと”聞こえる嘆き・・・・・・ね)
ホウセンはその存在を認知した瞬間、夢を見た。
「今確信した。おまえは最強のポケモンになれる」
「バス(気休めはよせ)」
「いやなれるね。最強とは不敗ではない。誰よりも強く、勝つべきときに勝ったモノを人は最強と呼ぶ」
その言葉には信じる力があった。疑心一つない曇りなき確信。バスラオは感情を知っていた。この世界に生まれてから聞こえたありとあらゆる無念、その無念に至る過程すらも知っていた。
ホウセンが洞窟内の壁の前に立つ。
「バスラオ、ただ声を聞け。おまえは敗者の無念を力に変えることができる」
バスラオはわかった。ホウセンがこの壁を壊してみせろと言っていることに。
「バッスァァァ!」
ありったけの水量を生み出し纏う。
「違う。水は消せ。寄り添うように聞くんだ」
そう言われてバスラオは水を消し、瞑想状態に入る。
聞こえる。
『もっと』
『もっとほしい』
『もっと力が!』
聞けと言われてわかった。
誰もがただ嘆いているだけではなかった。むしろその貪欲さを嘆きと捉えた己が恥ずかしくなった。
「バス! (受け取れ! 我が手向けを!)」
その声は洞窟内半径15m全ての魂を熱狂させた。
(冗談だろ。確かにそのワザは戦闘不能に陥ったものが多ければ多いほど、より強く効果を発揮する。だが、それはあくまで“倒れたポケモンが味方だったら”だろ!)
ホウセンは驚愕の光景を見ていた。倒れ伏していたダンゴロたちの紫色のエネルギー体が、瞬く間にバスラオへと吸い込まれていく。
バスラオの『おはかまいり』
ホウセンの目の前が真っ白に染まった!
———
「バス(俺を手に入れろ)」
「っ、いいの、かッ!」
「バス(いい。ホウセン、俺のトレーナーはおまえでなければならない)」
「かっこういいことッ、言ったみたいなッ、顔してんじゃねえ!」
「バス(キマっただろ)」
「キマって、ねえよ! おまえ、いまっ!」
ホウセンは洞窟に空いた新たな穴の淵に掴まっていた。
「落ちかけてるんだぞ!?」
下は底の深い崖だ。バスラオが『おはかまいり』で突っ込んだ勢いが止まらず、崖下に落ちそうになったバスラオの尾を掴んでどうにか助けた状況だった。
足をかけてどうにか穴の中へ登っていくホウセン。
「つか『ウェーブタックル』使えよ! もっかいっ、空中回遊見せてみろよ!」
「バスバッス(なんだそのイカしたスラングは! 次から使いまくるぜその名称!)」
「いいからっ、使えってんだよ!」
「バス(無茶言うな。体力が減るんだ)」
「甘えてんじゃねえっ! 反動ダメージ稼がねえとっ! 進化できねえだろがおまえはッ!」
バスラオの脳に電流走る。それは衝撃だった。自分が進化できるという思いも寄らない事実の可能性を知ったからだ。
バスラオの『ウェーブタックル』
凄まじい水量を纏ったバスラオがホウセンの手から離れて、穴の中へ入っていく。
「このッ! 現金すぎんだろがッ!」
どうにかホウセンも登って洞窟内へ入っていく。
「バス(俺は進化できるのか!?)」
「・・・・・・いいから帰って特訓するぞボケ」
———
ホウセンはダイブボールを買う羽目になった。それはバスラオの居心地を考えたからではなく、バスラオがゴネたからだった。『いじっぱり』なバスラオはこうと決めたら譲らない頑固な性格だった。
しかも、進化する方法が明かされたとあっては黙っていられず、今まで弱くはないが強くもない肉体で頑張っていたバスラオは道行くポケモンに喧嘩を売って、倒し尽くし、帰宅する頃にはすっかり暗くなっていた。
「ダイトォ!」
「静かにしてろイダイトウ。親父にバレたら秘密兵器の意味がねえ」
「ダイト」
現在は進化を終えたイダイトウの試運転をしている最中だった。
「トウ?」
だがイダイトウは疑問だった。自身を完膚なきまで倒したギガイアスとホウセンが、まるで針穴に細い糸を通すようなシュミレーションをしながら特訓している姿に違和感があった。
「強いよ。親父は強い。俺は親父を倒さなければ、この広い世界で思い上がれるトレーナーにはなれないと思わされるほどに」
そんな疑問を察したホウセンが、海辺に映る月を眺めながら言った。
「・・・・・・それよりイダイトウ。おまえはよかったのか、バスラオをやめて。まだ声は聞こえるんだろ?」
ホウセンの問いに、イダイトウは誇りを胸に頷いた。
同族の願いは背負う。だが、同族の願いは“バスラオのまま最強になること”でなく、“純然たる強さ”を手に入れたいというものだった。
ホウセンがヒスイの知識を話したことで、イダイトウは現代の同族たちが己と同じではない事実に気づいた。
その上で同族たちに憧れを見せ続けるためにイダイトウとなる決意をした。
「フッ、いい顔してんじゃねえか」
イダイトウが作った凛としたその表情に満足気な笑みを作ったホウセンは、眼前で広がる浅い『すなあらし』の中へ入った。
「上々だギガイアス。だが、エアームドが低空飛行してこなかった場合は、高低差の調整がよりシビアになる。『じゅうりょく』の訓練は怠るな」
「ガイア!」
『すなおこし』を発動させていたギガイアスが頷いた。
「イダイトウ、次はおまえだ。速度特化にチューニングした『アクアジェット』でギガイアスを翻弄してみせろ。この夜で、最低三回はギガイアスに『ウェーブタックル』を当てろ」
「ダイットォ!」
「エアームドの次は重量級の可能性が高い。仮にギガイアスが負けてもエアームドに追いつけるだけの機動力を手に入れろ」
「ダイトッ」
イダイトウは車の用語が好きになった。
なぜ励ます材料に藤原拓海だったのか。それはバスラオに車の話をさせたかったからだ。