昨日のバトルを終えて、ダイアは確認のために妻の書斎へ訪れていた。
「シキミ、今いいか?」
「ダイアくん、夜以外でお話しなんて珍しいですね」
彼女はニヤニヤと新しい小説に使うであろうフレーズを口ずさみながらダイアを歓迎した。
「揶揄うなよ。ご飯のときも、それ以外も、仕事中だって時々ライブキャスターで繋いでしょっちゅう話してるだろ?」
「・・・・・・怒ってます?」
「怒ってねえよ。ただ、そういう目的で接していると思われたくなかっただけだ」
「わかってますよ♪ダイアくんの愛情はちゃんと伝わってます」
「シキミ・・・・・・」
子持ち19歳の二人。ホウセンは浜辺で特訓している最中。なにも起こらないはずが———
「っと! 違う違う」
「ヤらないの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・別件だ」
———彼女の頬へ伸びかけた手をどうにか引っ込めて、ダイアは本題に入る。
「実はイダイトウっていうポケモンについてなんだが」
マズイ。非常にマズイ。このままではホウセンが咄嗟についた嘘が白日の下に晒されてしまう。
「いだいとう? ・・・・・・ああ! ヒスイ地方を泳いでいたと言われるバスラオの祖先ですね!」
しかし、彼女はイダイトウを知っていた。それは彼女が扱うポケモンのタイプをイダイトウが持ち合わせていたからだ。
「ヒスイ?」
「古代シンオウ地方の通称です。確かこっちの山に・・・・・・」
彼女が山のように積んだ本の一つ一つを指で数えていく。
「いや、いいんだ。気になるのはイダイトウがどういう習性があって、どんなタイプを持っているかだ」
「? どうしてイダイトウについて知りたいんです?」
「シャ〜ン」
山の間に見つけた本を取り出すために、目的の本に重なるそれをシャンデラの『サイコキネシス』で取り出した。
「ホウセンがゲットした」
「・・・・・・・・・・・・はい?」
俄かには信じがたい真実を耳にし、彼女が本を落としかける。
「どういう経緯でゲットしたのかはわからない。ただ、ホウセンが俺のポケモンを倒す存在を求めて出掛けたあの日、はじめて“ボール代”をせがまれた」
「ぼ、ボール代ですか? えぇ・・・・・・これまた高価な趣味に目覚めましたね」
彼女は、巷に囁かれている集めることを主としたオシャボ蒐集家、捕まえるポケモンを収めるため好きなボールで何度もチャレンジするオシャボ厳選家を想像した。
「いや、アイツの顔は不本意そうだったよ。元々プライドは高いヤツだし、むしろ『コイツ、ルアーボールで満足しなかった』ってイライラしてた」
「あぁ、イダイトウの方が妥協できなかったんですか」
「そういうこと。話は戻すが、イダイトウに危ない習性・・・・・・具体的に言うとトレーナーに危害を与えるものはないか?」
彼女は「う〜ん」と唸りながら、思い出すように手に持つ本のページを捲っていく。
「・・・・・・敵意には敏感に反応するけれど、それ以外は死んだ仲間の魂に影響を受ける優しいポケモンという感じですね」
「優しい・・・・・・ね」
ダイアは知っていた。彼女がゴーストタイプ贔屓に評価する癖を。
感じていた。イダイトウの気配が彼女のポケモンたちのそれに近かったことを。
「わかった。魂に影響を受けるってどんな風に?」
「オスは怒りで、纏う魂が赤く染まります。そして、メスは悲しみで白く染まります。論文によれば、オスとメスで能力に違いがあったようです」
ホウセンのイダイトウは赤。
「・・・・・・怒りか」
ダイアの中で少し警戒心が増した。挨拶に快く答えてくれたイダイトウの姿は知っている。そして、ホウセンと息ぴったりにバトルをしていたあの姿も。
「シキミ」
「はい?」
「俺って過保護かな?」
彼女はダイアが発した疑問点を正確に汲み取っていた。ダイアは、ホウセンをどの程度心配すればいいのかを測りかねている。
「う〜ん、ワタシもよくわからないんです」
少し悩む素振りを見せたシキミはへにゃりと笑って、両手を開いた。
「だよなぁ」
「でも、心配しすぎても大丈夫だと思います」
「・・・・・・どうしてだ?」
「ホウセンくんには絶対に折れない芯がありますから。ワタシたちがどれだけ心配しても、あの子は自分なりにまっすぐ育っていく気がします」
「そっか。まあ、そうだよな」
ダイアは思わず下を向いた。
自分が父親としてできることがこんなにも少ない事実に歯噛みしていた。結局、自分ができることはトレーナーとして、息子の一つの壁として、立ち塞がり続けることだけなのか。
「だから、成長しきるまでに“お節介焼きまくっても”大丈夫だと思います!」
そんな思いを、彼女は笑顔で晴れやかに吹き飛ばした。
「! ・・・・・・だな」
ダイアは腰のボールホルダーに触れて、一体のポケモンを出した。
「カブカッブ!」
「カブルモ?」
シキミは繰り出したポケモンに疑問符を浮かべながら、その行動を見届ける。
ダイアが膝をついて、カブルモと向かい合った。
「カブ?」
「カブルモ、おまえのレベルはホウセンたちのポケモンとそれほど差がない。なにより、ホウセンとの付き合いが一番長いポケモンはおまえだ」
「カブ!」
元気よく返事した。角をまっすぐ振り下ろして、首を縦に振った。
「カブルモ・・・・・・進化して、ホウセンのポケモンになる気はないか?」
「か、かぶ?」
その問いを投げられたカブルモの角は、先程と打って変わって右往左往とした。
「もしもホウセンが危なくなったら、アイツのポケモンとして助けてほしいんだ」
———
サザナミタウンの浜辺にて、ギガイアスとイダイトウを繰り出したホウセンは、敗因となった『メタルバースト』について考えていた。
「イダイトウ・・・・・・一応聞くが、ボスゴドラに『ねむる』を使う素振りはあったか?」
「ダイダイ」
宙を泳ぐイダイトウは首を横に振った。
「ギガイアス・・・・・・ボスゴドラが『メテオビーム』を受けたように見えたか?」
「ギガイア」
ギガイアスが可動域の狭い首を横に振った。
その二体の態度が、ホウセンに現実を受け入れさせた。
「信じ難いがあの『メタルバースト』は“ボスゴドラのダメージを回復させていた”」
ホウセンは、自分でも何言ってんだと思いながら解答を口にした。
「親父のボスゴドラが扱ったのは二種類の『メタルバースト』」
一つ、相手ポケモンのワザエネルギーを吸収して放つ『メタルバースト』。
「ガイ!」
二つ、自身の受けたダメージをエネルギーに変換させて放つ『メタルバースト』。
「ダイト!」
そして、ホウセンは苦々しげな表情でココアシガレットを噛みながら認めたくない現実を口にする。
「ガリガリ・・・・・・後者はボスゴドラの体力を回復させる。吸収系のワザを根っこからひっくり返す手順でな」
フゥと、タバコを吸っているわけでもないのに息を吐いた。
「まず身体に溜まったダメージを『メタルバースト』に移行し、本体は完全回復した状態が整う。しかも俺の推測が正しければ、あのボスゴドラは『がんじょう』個体だ。一撃を確実に耐える癖に、その状態が何度も復活する」
「ギガ」
「イダイ」
バッシャアと海水を蹴り抜いた。
「悪夢だ! 夢よりもおそろしい悪夢が現実に来やがった!」
ホウセンの苦悩。それは他ならぬホウセンが夢見た世界だからこそ生じた悪夢。脳という器官が魚のように引き締まるほどに動かしても思いつかない突破口。
「ニコチン足りねえんだよ!」
ホウセンのストレスが溜まっていく。
「タバコ吸ったことあんのか?」
「あるよ! 辻バトルしてたときに小遣いの無えトレーナーにもらったんだ!」
「あ? ホウセンおまえ。公式トレーナーでもないのに金かけてたのか?」
「・・・・・・?」
なにかおかしい。ストレスで見逃してしまった気づかなければいけない違和感。
「お、親父ィ!? なんでそこにいやがる!」
「カブカブ」
ダイアの足下に佇むカブルモが楽しそうに笑った。この世界の未成年の定義は10歳未満である。
「・・・・・・未成年喫煙の話はあとだ。あとで母さんにたっぷり怒られてこい」
「勘弁してくれ親父! お袋の説教は謝罪会見に取材する意地悪記者よりもタチが悪いんだよ!」
「どうしてだ、シキミは別に怒らないだろ?」
「だから怖えんだよ! じょじょに罪を明らかにしてくる検事を目の当たりにした被告人みてえな心境になるんだよ!」
ホウセンが「なあ、わかるだろ!?」と理解を求めるも、ダイアは淡々と「それより」と自身の話を展開した。
「次はどんなポケモンを捕まえに行く気だ?」
そう問われてホウセンはそっぽ向いて唇を尖らせた。
「・・・・・・教えるかよ」
「決まってないんだな」
ダイアにもわかるほどの感情の起伏。その姿を見せてくれたことがダイアは嬉しかった。ホウセンが退屈に嘆く暇の無いバトルをできていると再確認したためだ。
「よかった、安心したぜ」
「性格わりぃ〜」
「そういう意味じゃない。・・・・・・旅に出るまでギガイアスとイダイトウ以外にポケモンを捕まえないつもりだったら、どうしようかと思ってたんだ」
ホウセンはダイアの言いたいことがなんとなくわかった。
このバトルのルールは互いの手持ちポケモンの数に合わせて行われる。それはつまり、ホウセンが勝てると思える最低限のポケモンの数をキープした上でバトルに臨むこともできる。
「舐めんな。そんな夢の無えことして堪るかよ」
「カブカブ!」
好戦的に返したホウセンにカブルモは嬉しそうに跳ねた。
ホウセンは隣に立つギガイアスとイダイトウに目配せしながら続ける。
「夢はポケモンの数以上にある。一つの夢が別の夢と繋がって、とんでもない奇跡を起こす。俺はそんな奇跡が見たくてバトルやってんだ」
「ギガ!」
「親父。仮にそんな現実的な手段でアンタに勝ったとしたら、俺はこの二体だけに与えられる夢に満足して終わっちまう」
「ダイト!」
「それは魂の堕落だ。そんなもの俺は認めない! 俺はこの魂を腐らせねえために、もっと熱く燃え上がるヤツらに会いに行く! そして、燃やし続ける熱意をもってアンタから立ちはだかり続ける壁を越えていく!」
「カブカッブ!」
ポケモンたちが熱に浮かされて騒ぎ出す。その光景を見てダイアは「俺がやるお節介はこれで最後かもな」と思った。
「いいだろう。そこで提案だ。セッカの湿原で一体のポケモンを捕まえてみろ」
(セッカの湿原って確かガマガルやマッギョたちの棲家だったか・・・・・・)
ホウセンははがねタイプ対策候補の一体として、母の本を読んでその生息地を把握していた。
「カブッ!」
「? っ!!」
しかし、カブルモの鳴き声でダイアがなにをしようとしているかわかった。
「チョボマキか!」
「そういうことだ。一緒に行くぞ」
ダイアはエアームドを繰り出し、『そらをとぶ』の用意をした。
———
セッカの湿原。湿気の多い空間が崩れず、雨も降っていないのに、湿度は雨天時のそれと見紛うほどだった。
「親父。アンタがゲットするポケモンを限定するなんてはじめてじゃねえか。なんかキッカケでもあったのか?」
ダイアは少し迷った。話すべきか否か。
「・・・・・・強いて言えばバトルと、おまえが浜辺で話していた『メタルバースト』の考察だ」
「考察? ・・・・・・あぁ、当たってたか?」
イダイトウのことは言わないまでも、胸の内にある真実を語った。
「100点満点の解答だった。レベルの調節で秘密があるという事実でわかりやすくなっていたことを加味しても、あそこまで早く答えに辿り着いたのは母さん以来だ」
「へえ、お袋とバトルしたりすんのか。ちょっと意外だな」
「意外?」
「ああ、お袋は基本小説書いてたり本読んでたりで創作にかかりきりなイメージがある」
「はは」
ダイアは小さく笑った。ホウセンはムッとなって「なんだよ」と問うた。
「俺から言わせりゃ、バトルしないシキミの方が新鮮だよ」
「?」
疑問符を浮かべたホウセンにダイアは続けた。
「ホウセン。俺に勝ったら旅に出るという約束に一つ条件を追加していいか?」
「聞くだけ聞いてやるよ」
今歩く泥濘のように重い空気が流れたことを察したホウセンは足を止めて耳を傾けた。
「旅に出る前にシキミと一度バトルしろ。一応断っておくが、俺に勝ってからな。・・・・・・そして、シキミに勝っても負けても旅に出ろ」
真剣な表情でそう告げたダイアにホウセンは毅然とした態度で頷いた。
「わかった」
グチャグチャとした泥濘を二人は再び歩き始める。
「チョボマキの棲家は?」
「もうちょいだ。バテんなよ」
「親父こそ腰いわすなよ〜」
「そんな年じゃねえよ」
軽口を交わしながら計15分歩き続けて、僅かに緑が生える湿原にチョボマキの群れがいた。
「いた」
「チョボッ」
「チョボマッ」
殻を開けて閉めてを繰り返して、移動するチョボマキ。歩くというよりも跳ねるという表現が近いだろう。
「チョボォ〜」
当然個体の中にはその移動法が焦ったく思うものもおり、泥濘から外れて地面に『いえき』を放ちながら、その上を滑って進む個体もいた。
「へえ、器用なもんだな」
と感心するが、ホウセンの中でその個体は手に入れたいと思えるポケモンではなかった。
(あれは楽をするための工夫だ。確かにチョボマキの夢を体現しているが、俺が求めているのはあくまで未知のバトル理論)
「どうするホウセン?」
チョボマキにバレないよう姿勢を低くしながらダイアが問う。ホウセンは少し考える素振りを見せて、泥濘の中へイダイトウの入ったボールを放り込んだ。
「ん?」
「隠れてこそこそはガラじゃねえ」
「ダイトォ」
すぐさま空中回遊に移行するイダイトウ。突如空中に出現したイダイトウにチョボマキたちは驚きながらも殻の中へ籠った。
「聞けぇチョボマキ! これから俺のイダイトウが地中を泳ぐ!」
「チョボッ?」
「チョボマ?」
襲いにきたのではないのか? と思い、チョボマキたちが殻を開き始める。
「イダイトウへ最初に攻撃を当てたヤツにだけ、“殻を破る権利をやる”! 『アクアジェット』!」
ズシュァァァ!
泥濘畝る湿原。イダイトウが地中に潜った証明。
「チョッ!」
「ボマッ!」
そして、ホウセンの言葉を理解したチョボマキたちの一部が湿原の中へ飛び込んだ。
「どういうつもりだ?」
ダイアはホウセンの意図を図りかねていた。ホウセンは問われたことを答えるために、二本指を立てた。
「・・・・・・ここで重視するべきは二つ。一つ目は速さへの憧れ」
「憧れ?」
「遅い自分を捨てて速くなりたいと思い日々を送るチョボマキ。ソイツはありとあらゆる速さの憧れを持っているはずだ」
「なるほど、モチベーションか。もう一つは?」
問われたホウセンは湿原を泳ぐイダイトウを指差した。
「『アクアジェット』を攻略できるほどの知略か反応速度が欲しい。速さは魔性だ。速いヤツほど、速く動くことだけを求めて他を疎かにする危険性がある。しかし、速いだけで勝てないとわかる脳があるヤツは速さに対する慢心がない」
「アギルダーになった際に生じる慢心の改善か。反応速度の方は?」
「言葉通りだ。自分の速さを咄嗟の判断でモノにできる反応速度はアギルダーになったときに最大の武器となる」
ダイアは舌を巻いた。八歳でそこまで考えていると知れば、この行動を止める理由はない。
「だいたいわかった。・・・・・・だが、時間が過ぎれば過ぎるほど反応速度の能力は計れなくなっていく。イダイトウの『アクアジェット』に適応し、規則を見破った個体がそろそろ現れるぞ」
「わかってる」
ホウセンはダイアに告げられた問題点に対する解答をイダイトウに伝える。
「『ウェーブタックル』に切り替えろ! おまえのタイミングで『アクアジェット』と交互に運用しつつ、死ぬ気で逃げ切るんだイダイトウ! 制限時間は2分だ!」
「ダイッ!」
「チョボッ!?」
「チョッ!?」
イダイトウの纏う水量が変わった。それだけではない。突如設けられた制限時間にチョボマキたちの動きが精彩を欠いていく。
(一つ不安な点があるとすれば、この厳選方法は『れいせい』な個体が勝つ可能性があること。能力下降の仕組みがこの世界にあるのかはわからないし、特殊攻撃力が上がる展開は望むところだが、できれば速い個体がほしい)
イダイトウの『アクアジェット』。
「ボマッ!?」
またイダイトウの速さが変わった。『ウェーブタックル』のときは圧倒的水量で攻撃が弾かれ、『アクアジェット』は速すぎて攻撃が当たらない。
「チョボッ!」
「ボッ!」
「チョボマッ!」
湿原に残ったチョボマキはあと五体。他のチョボマキは、イダイトウの攻撃に吹き飛ばされたわけでも、体力に限界がきたわけでもない。
ただ、諦めた。
(今残ってるチョボマキも悪くはない。ガッツはあるし、『ようかいえき』を固めて地雷爆弾にするヤツも『むしのていこう』で範囲攻撃するヤツもいる。みんな工夫しながら努力している)
しかし、ホウセンはそれでも物足りなさを感じていた。
———
気に入らねえ。
「チョボ・・・・・・」
そのチョボマキは苛立っていた。この“遅い世界”が煩く騒ぎ散らすこの現実に。
ズシュァァァ!
もっと静かに泳げ。
「ボマッ!」
チョボマキの『むしのていこう』。
もっと静かに攻撃しろ。群れの危機ってわけでもないんだから。
「残り40秒!」
その煩さの中心はあの人間だ。気に入らねえ。同族が進化できると喜びを騒ぎ立てる要因となった人間。乗せられた同族も、乗せたあのオスも・・・・・・全部気に入らねえ!
チョボマキの殻が開いた。
「残り30秒!」
上等だ! その30秒でテメエの視界を紫に染めてやる!
チョボマキはホウセンに『ようかいえき』を飛ばした!
「っ! っぶね!」
ホウセンは咄嗟に避けた。
(あのチョボマキ。さっき、『ようかいえき』で滑っていたヤツか)
「チョボマッ!」
「途中参加なら受け付けるぜ。ターゲットはあそこの———」
「———ボマッ!」
チョボマキの『むしのていこう』!
チョボマキが空中に跳ねて、蛍火のように輝くエネルギー体の虫たちでホウセンを囲んだ。
「なるほど、俺が気に入らねえってか。手え出すなよ親父」
「・・・・・・怪我すんなよ」
さあ恐怖しろ! おまえがこの領域に踏み入れたことを後悔させてやる!
「いいね!」
「チョボッ?」
ホウセンは笑っていた。そして、『ようかいえき』を放とうとしていたチョボマキは捉えていた。ホウセンの人差し指がスッと上へ流れたのを。
ズシュァァァ!
「ダイトォォ!」
泥濘を泳いでいたイダイトウが空中のチョボマキに向かって飛び跳ねた。
ふざけんな! これはアタシらの喧嘩だ! 無粋なヤロウが間に入ってくんじゃねえ!
イダイトウの『アクアジェット』はチョボマキの『まもる』に防がれた。
さらに宙へ投げられたチョボマキは、高速回転する己の身体をそのままに、イダイトウへ照準が合う瞬間を見計らって唇を窄めた。
「ボシュゥゥゥ!」
チョボマキの『ようかいえき』!
刹那、イダイトウは己の失態を悟った。限界まで身を捩るが大きくなりすぎたこの身体は被弾面積もまた大きい。
ビシャッ!
イダイトウの胴体にそれがかかった。
「残り23秒・・・・・・とんだ食わせモノだな」
「ダイ」
空中回遊するイダイトウは頷きながらホウセンの下へ戻った。
「ボマッ!」
そして、地面に降り立ったチョボマキは尚も好戦的に構える。
「ィダイ」
「いい。おまえはボールに戻ってろ」
唸り声をあげたイダイトウをホウセンが止めた。ホウセンの指示に従い、イダイトウがボールに戻っていく。
「やりたいんだろ、喧嘩」
「チョボッ!」
「じゃあ五秒だ。六秒以上は喧嘩しねえ。それでいいか?」
「ボッ!」
「交渉成立だな」
チョボマキの了承を聞き遂げ、ホウセンはジャージを脱いで、ダイアの方へ投げた。
「おいホウセン・・・・・・」
「手え出すな親父」
またもや振るわれぬダイアの親心。
それを知らずにホウセンは、懐から取り出したコインを親指で天に弾いた。
決闘の合図。
チョボマキはそれを察した。あのコインが落ちた瞬間、最も正当な方法でヤツをぶちのめせる夢を見た。だから、その誘いに乗った。
ズシュッ!
湿地帯の泥が宙を舞った。まだコインが落ちていないにも関わらず。
くいくいとホウセンの人差し指が挑発的に揺れた。ゴングは鳴らしてやったと言わんばかりのその態度にチョボマキは無意識のうちに神聖視していたその決闘に文字通り泥をかけられたことを察した。
ヤロウブッコロシテヤリャア!
チョボマキの『ようかいえき』。
ホウセンは首を傾けて避けた。
チョボマキの『むしのていこう』
ホウセンは泥をさらに跳ねさせてチョボマキの視界を塞いで、『むしのていこう』を回避するため低く身を屈め、泥だらけの地面に伏せた。
知ってか知らずかそこはチョボマキの目の前だった。
チョボマキの唇が窄んだ。
これで終わりだァァァ!
チョボマキの『ようかい———』
———カコン。
「目に見えるモノに捉われすぎだ」
チョボマキの殻が背後から回り込んだホウセンの右手に閉じられた。
視界が!?
「極論、勝ち方にスタイルはいらないんだ。もっと広い夢を見ろ」
夢だと・・・・・・夢。夢って、なんだっけ?
———
泥だらけになったホウセンは右手を離したにも関わらず、殻を閉じて籠っているチョボマキを抱えて、ダイアの下へ戻っていった。
「久しぶりに見たよ。ポケモンと戦うヤツ」
「へえ、一応いたのか」
ダイアは軽口を叩いて、懐から取り出した業務用タオルをホウセンの頭に乗せた。
「どうだった?」
「『せっかち』なチョボマキだよ。勝ち筋が見えるとすぐに食い付く」
「・・・・・・そうか」
「だけど、反応速度と反射神経は文句なしの一級品だ」
カコン。
チョボマキが殻を開けた。
「コイツはスマートな戦いに憧れながらも、視野が広がることを怖がっていた」
「? 視野が広がるのが怖い?」
「おそらく、コイツの見る世界は“誰よりも遅い”」
会話なんて長ったらしくて聞く気はなかった。どうせ目と耳の感じ方が合わないから。
「耳は正常だが、視界だけがスローなんだ」
「そんな状態でよく迎撃できたな」
ダイアは一つ勘違いをした。遅いという定義がズレていた。
「逆だよ。その状態だから迎撃できたんだ」
「? ・・・・・・! そんなことが有り得るのか!?」
視界の情報だけが脳内でスローに変換される。それは謂わば、音声が正常ながらも遅送りで流れるテレビを見る感覚に近い。
彼女の物理演算能力と視神経が発達しすぎているがゆえに起きた不具合。音声の1を知るたびに、彼女は視界で5を知ることができる。
現実的に流れる音声とスローな映像約五つ分の情報の差異がチョボマキにとっては煩わしくて仕方ないのだ。
「チョボ」
それを理解してくれる者が現れたからこそ、煩わしい視界でも理解者を見ることを選んだ。
「な? 最高のポケモンだ」
チョボマキは気付けばその男のボールホルダーを目で追っていた。
———
サザナミタウンに戻った二人は自宅にある交換機材の前に立った。
「ホウセン・・・・・・」
「ん?」
「俺は最初、カブルモをおまえに渡すつもりだった」
「へえ・・・・・・なに!?」
思わず振り返ったホウセンが目の当たりにしたダイアは、後頭部を掻いて、未だに迷いがあることが目の動きでわかった。
「今も渡したいと思っている。カブルモも了承した。ホウセン、おまえはどうしたい?」
「・・・・・・ちょっと頭追いつかねえ。とりあえずカブルモ出してくれ」
「わかった」
まだ進化を終えていないカブルモが姿を現した。
「カブカブ」
元気に手を挙げたカブルモに対し、ホウセンはなにを言おうか迷いながらポツリポツリと話しかける。
「・・・・・・カブルモ、正直俺もおまえがほしい」
「カブ〜♪」
照れるように頭を掻いたカブルモ。
「おまえも、おまえの進化系のシュバルゴも最高に格好いい。ワザだってそうだ。いつか親父のボスゴドラと同じ『メタルバースト』を扱えるようになると思うと夢が広がる」
「カブカ、カブ」
カブルモはホウセンの目を真っ直ぐに見て頷いて、話を急かすように手招きした。
「すまん・・・・・・らしくないな」
「カブ」
小さい頃は面倒見のいい兄貴のような存在だった。大きくなってもそれは変わらなかった。ノリが良くて、ギガイアスを持っていなかったときの辻バトルはいつもカブルモがやっていた。
最早、手足も同然の二人だからこそ。
「納得できない!」
「カブ!」
認められないものも共通していた。
「わかってねえなぁ親父! もっとドラマティックにゲットしたいんだよ!」
「カブッ! カブカブ!」
「ん、え? 俺?」
なぜか二人に詰め寄られたダイアは戸惑いながらも自身を指差した。
「そうだよ! ったくゥ」
「カブゥ」
なにがなんだかわからねえと目を右往左往させたダイアは、突然ホウセンに人差し指を突きつけられた。
「じゃあ、条件はこっちで決める」
「じょ、条件だと?」
「ああ、俺が親父を倒したら、カブルモをもらっていく! それが条件だ! どうだカブルモ?」
「カブ! カブカブカブ〜♪」
「よし!」
通じ合い過ぎている二人についていけないダイアは、渇いた笑いを浮かべながらカブルモのモンスターボールを取り出した。
「わかったわかった! カブルモは俺に勝つまで預かっておくよ」
「わかりゃいいんだよ。ほんっと“ロマンの欠片もない”親父だぜ」
「うぐっ!」
それは古傷というには傷み過ぎていた。ダイアはプロポーズの際、シキミからこの言葉を返されるほどに大雑把すぎる男だった。
「はやくこうかんしようぜ」
「どうしたんだ親父?」
「うるせえ! 細けえことはいいんだよ!」
これからダイアはデートプランにより一層気をつけるようになった。
あまり描写していなかったカブルモで感動シーンはなんか違うなと思い、こうなった次第ですハイ。