「アギィ」
あまりにも早い朝でアギルダーはホウセンの部屋で目を開いて黄昏ていた。ホウセンの手持ちポケモン同士との仲は悪くない彼女は知っていた。
部屋の隅で眠るギガイアスの圧倒的火力、空中を泳ぎながら眠るイダイトウ自慢のワザを。まだホウセンに捕まえられてから一週間未満しか経たないまでも、同じトレーナーの下で戦うポケモンとして、彼らのワザを見せてもらっていた。
「アギ」
今回は勝てた。彼女がそう確信するほどに頼もしい連中だった。しかし、負けたのだ。他ならない彼女が負けを認めなかったから。
『このバトルで勝っても俺は旅に出る気はない』
脳を過ぎるあのセリフ。そうさせてしまったのは他ならぬ自分だ。今ベッドで眠る彼は、本来なら旅に出て野宿でもしていたかもしれない。
あまりにも過酷な特訓の夜、ホウセンはいつも言っていた。
『俺のバトルを楽しめるのは、カミツレという女がスターになるまでだ』
ホウセンは未来でも見ているかのようにそう言った。なんでも幼少期から(この世界がアニポケかゲームか区別がつかないため、ホウセンにとっては歪な)記憶を植え付けられているのだという。だからこそ彼は自分の好きなバトルで輝けるこの時代で、腕の立つトレーナーと戦い抜くのだといつも言っていた。
それはホウセンのタイムリミットだった。
ジリリリ!
「アギ?」
あまりにも長い見る時間に反して、そのときは殊の外あっという間に来た。
「・・・・・・ギガ」
「・・・ダイ」
「・・・・・・ふわぁあぁあ。クッソがよ〜、今いい夢見てたとこだろうがよ〜」
ゲットしてえと口にしながら起き上がったホウセンは、すぐさま寝巻きから着替えて、きずぐすりなどの必需品を入れたバッグを肩にかけた。
「よっし、目え覚めた〜」
「ギガッ」
「ダイトッ」
それぞれが声をあげるなか、アギルダーは声を出さないように口を閉じていた。
「アギルダー! 声掛けどうした?」
「・・・・・・アギ」
「っ・・・・・・おまえ」
ホウセンは目を開きっぱなしのアギルダーを見て驚く。あまりにも遅い世界を見続ける苦痛をずっと味わっていたのだから。
「脳は大丈夫か?」
「アギ」
アギルダーは軽く頷いた。それは本心だった。見続けることに慣れさせて、脳の処理速度を適切に調節し、脳機能も成長させた。
「なるほど、それがおまえの決意か」
「アギッ!」
もう二度とあんな惨めな敗北は刻まない。どんな負けも、正しく受け入れるために100%の人事を尽くす。それがアギルダーの美学となった。
「わかった。その美学を大切にしろよ」
ホウセンの言葉に静かに頷いたアギルダー。
パンパンと手を二回叩いたホウセンは「はい、注目!」とポケモンたちに号令をかける。
「今回の俺たちのターゲットは三体。一体目は“ヒヒダルマ”、晴天という味方をつけてやっと倒せたナットレイがいる以上、火力の高いほのおタイプポケモンの確保はマストだ」
「ガイア」
ギガイアスが力強く頷く。あの蔦の動きで切り札もなく長期戦に持ち込まれたら確実に勝機はなかったと自覚しているためだ。
「二体目は“ワルビアル”。『いかく』の個体であれば、シュバルゴの対策に使う。攻撃力を下げまくる立ち回りでシュバルゴの反撃を無害にする」
「ダイト」
「『じしんかじょう』の個体であればドータクンと対面させて、なにがなんでも倒して調子を上げさせる『つけあがる』型に仕上げる」
正直なところを言うとホウセンは、ヒヒダルマともう一体のポケモンの代替え案としてワルビアルを候補に入れた。話している際の熱の無さをホウセンのポケモンたちは敏感に感じ取っていた。
「三体目の候補は“ウルガモス”。しかし、ウルガモスを育てる以上、特殊攻撃型以外に育てる余地がない。合理的に捉えれば理想的なポケモンだが、ウチにはすでにギガイアスとアギルダーがいる。仮に親父が『ひかりのかべ』を起用するようになると、こっちはイダイトウを出すしかなくなる」
強制的にイダイトウを出さされる状況は避けたい。とホウセンは締め括った。
「理想は“ヒヒダルマ”、第二候補で“ワルビアル”だ。それとギガイアスとイダイトウには悪いが、今回の特訓メニューはアギルダー向けに仕上げた」
「アギ?」
「いいかアギルダー、今回の目的地はリゾートデザートだ。常に砂嵐が巻き起こっている乾燥地帯。以前と同じ戦い方だとまた熱中症で倒れる環境だ」
「アギ」
「その環境下でギガイアスとイダイトウに指示を出しながら、俺を今回のターゲットまで連れていけ」
「あ、アギ?」
アギルダーは困惑した。自身の主人がなにを言っているのか一瞬わからなかった。呑み込んでなお生まれてくる無限の困惑に戸惑っていると、ホウセンはまた手を叩いた。
「よしいくぞ」
「ギガ!」
「ダイト!」
「アギ? アギァ!?」
———
リゾートデザート。イッシュに存在する砂漠地帯。常に砂嵐が巻き起こり、並のポケモンでは暮らせない異次元の環境、ここにいるポケモンはさぞ強いだろうとアギルダーは思う。
「アギ(イダイトウ、水)」
「ダイト(了解だ)」
熱い砂嵐のなか、イダイトウの『ウェーブタックル』によって生成された水がアギルダーの乾燥した肌に染み渡る。
「ギガ(ペースを落とすか?)」
「アギァ(いや、進む)」
「いやぁ、苦労している手持ちポケモンの前で飲むおいしい水は死ぬほど美味えな! 水なのに甘いっつうか、ミツハニーのハニー蜜よりも甘美な味わいを感じるんだよなぁ。な〜ぜな〜ぜ?」
アギルダーとイダイトウは激怒した。
「あっそっか。これはおまえたちの不幸の味かぁ! いやぁ、おまえたちの不幸は甘くて美味しいよぉ。もっと分けてくれぇ」
必ずかの邪智暴虐の主を裁かねばならぬと決意した。アギルダーたちには法がわからぬ、という建前で私刑に走る作戦を立てていた。イダイトウの『ウェーブタックル』を『さきどり』してホウセンを海の彼方まで吹っ飛ばし、イダイトウのそれでさらに向こうへ送る。
「ガイア(ホウセンに悪気はない)」
ギガイアスが控えめにフォローするもイダイトウとアギルダーの決意は固かった。
「そういや、ここらで最近広まっている噂がある」
そして、ホウセンは時折こうしてアドバイスをくれるので、アギルダーたちはホウセンの話を聞かざるを得ないのだ。
「なんでも、古代の城付近で陣取っていたヒヒダルマがあるポケモンに襲われているって話だ」
「アギ(そのポケモンってなんだい?)」
「さあな。白い身体にケッキングのような逞しい身体を持っていたと聞いている。あと、頭にデカいコブがあったとも」
この性悪なオスめ、とアギルダーは吐き捨てた。ホウセンは間違いなくそのポケモンがどんなものか目星がついている。
「クククッ、どんな破天荒な生態してんだか」
楽しげに笑う姿は既知のなかにある未知に期待するときのそれだったからだ。
今もアギルダーについてきてはいるが、決まった方角をチラチラ見ては遠足前の子どものように目をキラキラさせている。
「アギ(西へ行こう)」
「ダイト(賛成だ!)」
だからこれはちょっとした仕返しなのだ。古代の城からじょじょに離れていくたびに残念そうな表情を浮かべるホウセンでイダイトウとアギルダーは溜飲を下げていた。
「ギガイ(時間の無駄にならなければいいが・・・・・・)」
理性的な言葉を溢したギガイアスは重力操作で軽く浮きながら彼女たちについていった。
———
「ダッマッカ!」
「次」
「グロコ!」
「センスねえ。次」
「バリバリダ〜!」
「おまえはダメ。次」
もう何時間歩いた?
アギルダーは度重なるダメ出しに疲労困憊だった。腕のいい個体はいたはずだ。特にあの黒いポケモンは即戦力どころかエース間違いなしの卓越した個体だったはずだ。
「あ、あぎ(なにが、ダメなんだ)」
「ダイトォ!(ホウセンよぉ、おまえまさか噂の個体が出るまで粘る気なのか?)」
「・・・・・・・・・・・・いや、ソンナツモリハナイ」
「ダイト(図星じゃねえか!)」
砂嵐は未だに強く吹き荒れ、さしものイダイトウも水エネルギーを生成し続けた疲れが出ていた。
「ダイト(第一、なんで俺が出す水を『ウェーブタックル』に限定させた!? 疲れるって言ったよなぁ!?)」
「え、なに言ってんの? 疲れるからに決まってんじゃん」
「ダイト(性格悪くなってねえかおまえ! このままじゃ全員野垂れ死にだぞわかってんのか!?)」
「大丈夫大丈夫。そろそろアギルダーが『みずしゅりけん』のコツを掴みはじめる。トランキーロ、あっっせんなよ」
「ダイッ!(スッと言えスッとォ!)」
アギルダーにとってこれ以上なく癪に障るが、ホウセンの目論見は正しかった。
片手で空気中の僅かな水分を凝縮して手裏剣とするこのワザをアギルダーはモノにし始めていた。
「あ〜、おいしい水がもう無くなるな〜。すぐ帰るには目標のポケモンゲットするしかねえよな〜」
白々しいオスめ。とアギルダーは吐き捨てた。確かに『みずしゅりけん』はもう完成しているが、ホウセンは食料の一切を持参していない。この環境下で空腹に陥ることはアギルダーたちも避けたかった。
「アギ!(わかった行ってやるよ古代の城に!)」
「そういうと思ったぜ」
———
「噂によるとソイツはポケモン人間問わず、自慢の体術をかけるそうだ。体術をかけるためにワザを使い、体術をかけられない相手はワザで強制的に接近戦を仕掛けさせる。このワザってのは十中八九『ちょうはつ』だろうな」
それもとびっきりイラつくヤツと締め括ったホウセンを流し目で確認し、アギルダーはやはりコイツはポケモンのことについては誰よりも知っていると認識する。
「アギ(フンッ、攻撃ワザを使わないポケモンにここらの連中はびびってんのか)」
「そうだな。それほどの体術ってことでもある。俺はその体術とワザが連動する瞬間を見たくてしょうがないんだ」
ワクワクと興奮を隠さないホウセンにアギルダーはイラついていた。この砂嵐で視界が死ぬほど煩くなっている自身の心境を知りながら、テンションを上げている主にイラついてしょうがなかった。
軽い溜め息と同時にアギルダーが瞬きをした。
ヒュン!
刹那、白い悪魔が横切った。
「ギガイア!(敵襲)」
ギガイアスが叫ぶ。アギルダーがそちらへ視線を向けると一瞬のチャージでエネルギーを口内に溜めたギガイアスが白いケッキング型コブ頭に照準を合わせている最中だった。
「ダマァッ!」
「ギバッファァァ!?」
顎への掌底。ギガイアスの『メテオビーム』は口内で暴発した。
「おっと、あれはガラルヒヒダルマじゃないか! どうしてコンナトコロニ!? ギガイアスは戦闘不能か!?」
「アギ!(アンタは黙ってろ)」
そう言っている間にも状況が動く。
「ダッマ!」
「ガイ!?」
ヒヒダルマがギガイアスの上半身に位置する結晶を掴み、胴体に足をかけた見事な巴投げを決めた。
「ガィァァァ!?」
ギガイアスは砂の中に顔面から突っ込んだ。
「あちゃー、体勢変えられちゃあ『じゅうりょく』操作も形無しか。課題が増える増える」
「アギ(イダイトウ『アクアジェット』で特攻!)」
「ダイトッ!(承知したぜ!)」
アギルダーの『みずしゅりけん』。
アギルダーが放った『みずしゅりけん』が砂嵐に紛れる僅かな太陽光を反射してヒヒダルマの目を潰した。
「ダマ!?」
そして、思わず目を覆ったところにイダイトウが強襲をかける。
イダイトウの『アクアジェット』。
「ダッマ!」
しかし、うまく決まらなかった。
「ダイト?(今、なにが?)」
ホウセンは見ていた。イダイトウの『アクアジェット』がガラルヒヒダルマの特徴たるコブ頭に直撃したとき、大きく仰け反り、『アクアジェット』の勢いを後方回転に変えて受け流したのだ。
「こりゃ凄い!」
「ダッマ!」
思わず溢した称賛にヒヒダルマは嬉しそうに胸を張った。
「アギ?(手応えは?)」
「ダイト(見ての通りまるでない)」
それぞれの位置にいた二体が一箇所に集まる。
「ガイアァァァ!」
「「「っ!!」」」
同時に離れた位置で埋まっていたギガイアスが、身体を浮かせて地面から顔を出し、宙で引っ張られるように体勢を整えて地面に着地した。
(ほお。ギガイアスのヤツ、重力の方向を任意で操作できるようになったのか。これまでのギガイアスはあくまで自身の体重を軽くする軽重力と横Gを増幅させた加重移動が主だったが、ギガイアスが地面と定義した方向に通常の重力を向ける能力へと進化している)
ギガイアスは今、常に落ち続けていたのだ。体重の重い下半身で向きを調節できるように重力の向きを僅かに変え続けて、大地に着地した。
「いいぞ! おもしろい! ヒヒダルマ、もう一回ギガイアスを投げてみろ!」
「ダマ?」
ホウセンはヒヒダルマをけしかけた。
「ガイアァァァ!」
ギガイアスもかかってこいと挑戦を持ちかけた。
「ダッマ!」
ならばヒヒダルマに乗らない理由はなく、その逞しい白腕を掲げて再びギガイアスに組み付いた。
(さあ今度はどんな技でくる?)
ヒヒダルマは重いギガイアスの四つ脚の一つに左腕を入れ、上半身の長めの結晶を引っ張って背中に担ぎ上げた。
「おいおい、そりゃ腕がある前提の技だろ!?」
「ダッマァァァ!」
ヒヒダルマの肩車!
担いだ相手を地面に引き落とす柔道の技術。本来なら地面に落ちるまでの猶予が極端に少なく、脚を担ぎ上げられているため地面に腕や脚を割り込むのは非常に困難。
「ガイ!」
ギガイアスの『じゅうりょく』!
刹那、ヒヒダルマの背からギガイアスの重さが消えた。
「ダマ!?」
第三者の視点で眺めるホウセンはわかりやすくそれを捉えていた。
ヒヒダルマに担ぎ上げられたギガイアスは己にかかる重力の方向を空へ変更し、空へ一度落下した。すぐさま先刻と同様に下半身の体重と絶妙に方向をズラした重力で体勢を整え。
ズシン!
地面に降り立つ。
「ギガイア(遍く万象我が大地へ降る)」
ギガイアス・・・・・・覚醒。
「グレート!」
と同時に回収。
「ガイ?(なぜ?)」
珍しく最高にハイになっていたギガイアスが呆然としながらホウセンのモンスターボールへ収められていく。
「アギ!(ちょっとなんでギガイアスを戻す!?)」
「だってギガイアスで楽されちゃあ特訓にならねえよ」
「ダイト!(この鬼がァ!)」
二体のポケモンの嘆きがリゾートデザートに響き渡った。
「ダマ・・・・・・」
そんななかヒヒダルマは、己の手を呆然と眺めていた。左腕は間違いなく脚の間を捉えていたのに、気がつけば絶対的安心感を齎す心地よい重さが消えていた。
なのに、ギガイアスが着地した地面には軽いクレーターができている。あれは重さが無ければできないクレーターだ。もうわけがわからなかった。
「ダマ!(もう一度だ!)」
しかし、己の体術が“ワザ”に屈することなどあってはならない。ヒヒダルマはそんな想いで開いた手を中段に構えた。
「OK! ミートゥーだ!」
トレーナーも応じた。ならばポケモンバトルだ!
「アギァ(戦うのはアタシらだろうが!)」
アギルダーの『むしのさざめき』!
目に見える音波がヒヒダルマに直撃する。しかし、ヒヒダルマは動じることなく前へ踏み出す。スムーズに前へ進む体重移動に乗って、その身体が加速していく。
「ダッマァ!」
ヒヒダルマのラリアット!
(避けられないワザは受けの強いプロレス技にシフトして対抗するか。どうするアギルダー? ワザじゃない以上、『さきどり』は不発だぜ?)
迫るヒヒダルマに対し、アギルダーの視界がゆっくりと流れてゆくなか、アギルダーの引き絞った指がヒヒダルマの眼前にもっていかれる。
パチン。
アギルダーの『アシッドボム』。
「ダッマァァァ!?」
足元に設置されていた『アシッドボム』が炸裂する。爆風だけを受けたアギルダーは後方に跳躍して距離を取り、衝撃を受けたヒヒダルマは大地を転がりながらも背中で受け身をとった。
(いい。前を意識させて足から崩す。プロレスってのは受ける覚悟に比例して防御力を増している。受ける前提のワザにはめっぽう強いが死角からの攻撃には弱い。覚悟を決める時間がないからな)
なによりホウセンはアギルダーが演出に使ったあの指パッチンを気に入っていた。
「アギ(イダイトウ!)」
アギルダーが地中を回遊するイダイトウに合図を送った。もちろんアギルダーと正面で戦っているヒヒダルマも知るところ。
イダイトウの『ウェーブタックル』!
「ダッッッマ!」
しかし、ヒヒダルマは避けなかった。
「ダイトッ(コイツッ!)」
胴体を明け渡すように晒し、真正面から受け止めながら『ビルドアップ』で防御力を向上させている。
「ほう!」
(体術とワザが早くも融合し始めている! レベル差によってイダイトウが押し切れていないことを加味しても、踏ん張りがしっかりと効いている上に体重移動も絶妙だ!)
ホウセンは、『てきおうりょく』イダイトウが現段階最高火力ワザを受け止められるその景色に興奮を覚えずにはいられなかった。
「アギ(下がりなイダイトウ!)」
「ダイトォォッ!(冗談じゃねえ! 俺の筋肉が負けて堪るかァ!)」
悪い癖が出たな。とホウセンは胸の内で独りごちる。その強烈な既視感は奇しくもボスゴドラと相対したあのときと同様のものだった。
イダイトウの『ウェーブタックル』が止められた。
「ダ、イ(な、に?)」
(それはおまえのバトルじゃねえだろイダイトウ。確かにおまえは進化して強くなった。強くなったことでおまえのバトルは筋肉とワザ・・・・・・言っちゃ悪いが基礎能力を押し付けるバトルに変化してしまったんだ)
イダイトウの放水が止まった瞬間、ヒヒダルマは抱き抱えるようにイダイトウの胴体に手を回し、イダイトウの跳ねる魚体を完璧にロックした。
「ダッマ!」
ヒヒダルマのジャーマン・スープレックス!
イダイトウが声を上げる間もなく、ヒヒダルマの強烈な後ろ反り投げによって頭から地面に埋まった。
「アギ!?(イダイトウ!?)」
「頭冷やせ」
「ッ!」
アギルダーもまさかイダイトウが止められるとは予想していなかったのか、動揺の声をあげたところをすかさずホウセンが注意する。
「ダマ・・・・・・」
一方、ヒヒダルマの方もまた意気消沈していた。
「ヒヒダルマ・・・・・・おまえ」
ワザにワザで返してしまったことを恥じている。
「ざけんじゃねえぞヒヒダルマァ!」
それを理解したホウセンは怒り狂った。
「ダマ?」
ヒヒダルマは呆気にとられた。今自身は敵であるはずの存在に叱責されている。
「いいか! 決めてカッコイイのは競技の世界だ! バトルではワザで勝った方がカッコイイ、なぜだかわかるか?」
「ダマ・・・・・・(対戦相手を倒せるから)」
「そうだ! ワザを出してカッコ悪いなんてイメージは付かねえんだよ! だからおまえの体術で相手を倒せるようにワザを連動させろ! 心・技・体揃わねえ技術に価値なんか生まれねえ!」
「ダッマ?(ワザを連動?)」
「そうすればおまえは二度美味しいポケモンになれる! 決めてカッコイイ! 勝ってカッコイイだ! おまえは有り余る観客に最高に贅沢な夢を魅せてやれる存在になれるんだ!」
「ダ・・・マ(贅沢な、夢を、魅せる、存在に!)」
ヒヒダルマは思い出した。ガラルの闘技者だったあの頃の己の姿を。
———
ヒヒダルマはとある空手家のポケモンだった。ありとあらゆる体術に傾倒し、それをポケモンたちにも身につけさせるポケモン体術バトル理論を展開したガラルリーグの一挑戦者であった。
「ヒヒダルマ・・・・・・お主は出来過ぎる」
バトルの最中、主人に言われたその言葉は褒め言葉ではなかった。ヒヒダルマがどの手持ちポケモンよりも体術の才能があったために起きたトレーナーとポケモンの齟齬。
トレーナーは勝ち抜きたかった。
ヒヒダルマはこのカッコイイ技術で称賛されたかった。ワザで勝つのではなく、体術の意義を説くバトルをヒヒダルマはしていた。そうすれば、己と主人が称賛されるからだ。
そうして観客達も珍しいヒヒダルマの体術に沸き上がり、数えきれないほどの肯定がヒヒダルマに、主人が提唱したバトル理論は間違いではない=自身と主人のバトルこそが最も肯定される戦い方なのだと認識させた。
それは間違いではないが、観客からの称賛がヒヒダルマにトレーナーのために勝つという意識を失わせていった。
「目立ちたいのならばお主一人でやってくれ。我は勝ちたいのだ」
そう言って主人はガラルから遠く離れたこのイッシュの砂漠に自身を置いていった。
どれほど体術を決めても砂粒しか返ってこないこの寂しい砂漠に。
———
「反省はとっくに終わってるよなぁ!? お手本を魅せてやれイダイトウ! おまえとっておきのバトル理論!」
「ダイトォォ!」
「ダマ!?」
現実に帰ったヒヒダルマが目の当たりにしたのは、雄叫びをあげて地中を泳ぐイダイトウ。その速度は尋常じゃないが、真正面から来るならばいくらでも受け止められると言わんばかりに再び胸を張った。
バシャッ!
だが、ヒヒダルマの防御体勢を嘲笑うかのように軽くジャンプし、イダイトウの目の色が変わる。
イダイトウの『がむしゃら』!
ガブッ!
「ダッマ!?」
ヒヒダルマのコブ頭に噛み付き、怯んだところを魚体を空中で縦に回して尾鰭を後頭部に殴りつけ、意識が飛びかけたところを強烈な頭突きで起こされるも、身体は地面に転がっている。
「だ、だま?(いま、たいじゅつを?)」
わけがわからない。あの魚体でなぜ体術が成立する?
理解不能のままヒヒダルマはそれでも立ち上がった。わからねばならないと思わされる技術だったためだ。ヒヒダルマは拳を胸の位置に構えたボクシングスタイルをとった。
「ダイト(おかげで目え覚めた)」
「ダマ?(なにを言っている?)」
「イダイ(俺のバトルを思い出せた)」
イダイトウの表情は雲一つないと言えるほど晴れやかなそれだった。
対してヒヒダルマは考える。
俺のバトルとはいったい・・・・・・なんだ?
体術に傾倒したがゆえの悩み。ワザを使わないという枷を己に課したがゆえに生じたバトル的アイデンティティの消失。
「イダイ!(ホウセンもういっちょ見てくれや!)」
「許可するやれ」
イダイトウの挑戦的な言葉にホウセンは食い気味に答えた。
イダイトウの『アクアジェット』。
ヒヒダルマは己が通常の同族よりも素早いことを理解している。砂から跳ねた瞬間からでも、この体勢ならば防御に合わせることはできると感じてボクシングスタイルを解かなかった。
バシャッ!
またしても緩い跳躍。噛み付き攻撃に合わせたカウンターを放つためヒヒダルマは咄嗟に右ストレートで合わせる。
イダイトウの『クイックターン』!
が、すり抜けた。
「ダッ”マ“ァ”!」
突如曲がったイダイトウの魚体が空いた右脇腹に突き刺さる。
これは紛れもない体術の駆け引き。受けた瞬間、ヒヒダルマは妙な達成感に満ち溢れていた。ただ、かけるだけの体術ではない。相手の未熟さを問いかけるカウンター返し。
「ダッ! ダマッ!」
少々咳き込んで体勢を整える。
『共に成長へ誘うやり取りこそ格闘技の醍醐味だ』
かつての主人の言葉を思い出し、ヒヒダルマは自身が狭い殻に閉じこもっていた事実を自覚した。原点などすぐそこにあった。
ヒヒダルマが体術をなにより尊ぶのは、己を倒した元主人の技がカッコよかったからだ。それは決して、己が恥晒しにもひけらかしていた見せかけの強さなどではない!
「ダッマァァァ!」
決意の咆哮が響き渡る。
「いいね! 最終ラウンドといこう! 戻れイダイトウ!」
「イダイ(あとは頼んだ)」
イダイトウが託す相手は一体のみ。
「アギ(任せな)」
———
ヒヒダルマの『ゆきげしき』。
吹き荒れていた砂が雪へと姿を変え、規則性のある降り方がリゾートデザートに一つのリングを作った。
(コイツ『ごりむちゅう』じゃねえのか!)
ホウセンにとっては嬉しい誤算だった。ワザのバリエーションが豊富に戦えるガラルヒヒダルマに夢が広がった。
「ダマ(このリングに上がってくれるか?)」
「アギァ(いいのかい? アタイはアンタの流儀に沿うバトルはできないよ)」
「ダッマ(構わない。ただ今は見たいのだ。かつての主人が完成させようとしたバトルを)」
そこまで言われちゃねと微笑んでアギルダーはリングの中へと跳躍した。
「ダマッ(刮目しろ我が体術の神髄を!)」
「アギ(来な!)」
アギルダーが両手を広げて迎え入れるような体勢を作った瞬間、ヒヒダルマは足、腰、拳に伝達する純粋なる衝撃を生み出していた。
ヒヒダルマの『れいとうパンチ』正拳突き!
冷気を携えて。
アギルダーの『さきどり』。
「ダマッ!?」
しかし、アギルダーにはワザを使用する行為そのものを悪手へと変える手段がある。ヒヒダルマの冷気が瞬く間にアギルダーに吸収される。
「アッギィ!」
アギルダーの『れいとうパンチ』!
「ダッ———!」
まともに頰にはいった拳。
ガシッ!
「アギ!?」
すかさず腕を掴んで衝撃を回転エネルギーに移行して、アギルダーの胴体に足をいれる。
「———ッマァ!」
ヒヒダルマの『きしかいせい』巴投げ!
「グレート!」
腹部への痛みを感じながら上空に飛ばされたアギルダーはすぐさま手の中に水を生成する。
アギルダーの『みずしゅりけん』。
このとき、ヒヒダルマは反射的に『れいとうパンチ』を使わなかった。ワザを忌避したのではない。ワザを取られるという純然たる現実を鑑みた判断だ。
「ダマッ!」
ヒヒダルマの『きしかいせい』瓦割り!
アギルダーの『みずしゅりけん』を完璧に叩き割った。
「アギ」
(当然と言えば当然だな。『みずしゅりけん』はそこまで威力の高いワザじゃない。それにアギルダーの狙いもバレたな)
無論、アギルダーも承知している。自身の狙いが『みずしゅりけん』からの『れいとうパンチ』であると悟られた以上、違う一手で差をつけるしかない。
「アギ!」
アギルダーの『むしのさざめき』!
まだ空中にいる状況を活かした上からの波状攻撃。
ヒヒダルマの手刀『れいとうパンチ』!
その遠距離攻撃をヒヒダルマは掌に乗せた冷気を高速で振り下ろすことで飛ばし、『むしのさざめき』を真っ二つに叩き切った。
後手に回らざるを得ないが、アギルダーのワザを見てから対処するヒヒダルマの体術ワザにさしものホウセンも言葉を失っていた。
(だがアギルダーはこっからだ!)
ホウセンの感じた予感を肯定するようにアギルダーがヒヒダルマの懐へ飛び込む。
「ダマ(来い!)」
拳を構えてどんなワザにも対処する。その気概と覚悟は間違いなくあった。
シュルッ・・・・・・ピシッ!
「ダマッ!?」
しかしここに来てアギルダーはヒヒダルマの脇を通り過ぎ、帯でヒヒダルマの目を塞ぐという搦め手を繰り出した。ヒヒダルマが拳を握ったからこそ指せる一手。もし仮に手が開いたままであれば、帯を掴まれていただろう。
「アァギィィ」
アギルダーの『きあいだ———
「ダァマァァァァ!」
まだだと叫んだ。この帯を掴み、とっておきのワザを使えばまだ逆転できる。今度こそ決別するんだ。知らない誰かの肯定を鵜呑みにし、主人の想いを蔑ろにした己の弱さと!
ヒヒダルマの『きしかいせい』一本背負い!
ビリッ!
しかし、アギルダーは帯を切ったため不発に終わった。
アギルダーの『きあいだま』!
ヒヒダルマの目の前が真っ暗になった。
———
「だま?」
目を開くとそこは綺麗な海が広がっていた。三体と一人がヒヒダルマの目覚めに気づいたのか、こちらへ振り返る。
「グレートだ。バトルとは親善試合じゃねえ、真剣勝負だ。おまえは今日、真剣勝負の世界に踏み入れたのさ」
トレーナーが誇らしげに口にする。その手には一つのモンスターボールがあった。
「ほらよ」
トレーナーがそれをヒヒダルマに投げるように手渡した。
「ダマ?」
「壊したけりゃ壊せ。しかし、壊さねえと決めたなら一切の妥協は許さねえぞ」
トレーナーの手がヒヒダルマの肩に乗った。
「おまえの体術はバトルの道具に成り下がるだろう、ワザを出さないバトルを許さないことが増えるだろう」
トレーナーが海を背に両手を広げた。
「だが保証しよう! このホウセンはおまえが描く最高の夢を見てやるよ!」
そうして新しいトレーナーは、己の夢を見ると言った。見失ってばかりだった己を、見逃さないとばかりに目を輝かせていた。
ヒヒダルマはホウセンに己のボールを手渡した。