機動戦士Gundam 喪服の魔女【第三部進行中】   作:王子の犬

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はじめまして。もしかしたらお久しぶりです。


【第一部】U.C.0079 - ジオン軍視点 - ア・バオア・クー防衛戦
《01》開戦前夜から接敵まで(12月30日 21:00〜12月31日 07:00)


 

 

 

 宇宙世紀〇〇七九年一二月三〇日二一〇〇時。

 絶対的な漆黒が支配する暗黒の海を、人類の傲慢を具現化したかのような『神の槍』が貫いた。

 ゲル・ドルバ照準によって放たれたそれは、ア・バオア・クー要塞の分厚い観測用防弾ガラス越しですら網膜を灼くほどの、極めて暴力的な決戦兵器「ソーラ・レイ」の閃光であった。

 光の奔流は瞬く間に星の海を横断。

 レビル将軍座乗の旗艦を含む地球連邦軍主力艦隊を、一切の抵抗すら許さぬまま原子の塵へと変換したのである。

 

 「熱源反応、多数消滅。敵第一大隊、壊滅」

 

 ——通信管制室からのオペレーターの絶叫が艦内スピーカーを震わせる。

 直後、死の恐怖に怯えていたジオン公国軍の兵士たちは、堰を切ったように爆発的な熱狂の渦に巻き込まれた。

 

 

 

 二二〇〇時。

 勝利という名の集団ヒステリー。

 要塞内部。鉄と機械油の臭いが立ち込める薄暗い通路。

 

「連邦も終わりだ!」

「ジーク・ジオン!」

 

 整備兵たちが叫び、階級の壁を忘れて抱き合う。

 パイロットたちは歓喜の涙を流していた。

 彼らがそう錯覚するのも無理からぬことではあった。

 最高司令官と戦力の半数を一瞬にして喪失した連邦軍に、この難攻不落の宇宙要塞を攻略する能力など残されているはずがないと、この時点における誰もが信じて疑わなかったからだ。

 ハンガーに鎮座する愛機リック・ドム。

 その重厚な紫と黒の装甲を見上げながら、私自身もまた、明日には終戦条約が結ばれ、サイド3の故郷へ生還できるという、甘美で絶望的な勘違いに深く酔いしれていたのである。

 

 

 

 二三〇〇時。

 紫煙と安物の合成コーヒーの臭いが充満するパイロット待機室。

 学徒動員の若年兵たちが、明日の初陣で己の挙げるであろう戦果について、興奮気味に議論を交わしている。

 その淀んだ空気の片隅。

 非常用照明の暗がりに落ちるベンチ。

 ソロモンから命からがら逃げ延びた古参の中尉が、幽鬼のように小刻みに震えていた。

 

 「白いヤツ以外にも、ヤバいのがいる」

 

 ——焦点の定まらない泥沼のような瞳で宙を見つめながら、彼はうわ言のように紡ぐ。

 

「『喪服を着た大砲』だ。

 真っ黒に塗られたガンキャノンだが……あれはキャノンタイプなどという生易しい代物ではない。

 上半身に戦艦の装甲みたいな鉄板を被り、足の装甲はひっぺがして異常なスラスターを積んでいる。

 遠距離からではなく……狂ったような速度で懐に飛び込み……僚機をワイヤーのようなもので引き寄せて盾にし、至近距離からキャノンをぶち込んでくる死神だ」

 

 と。

 それを聞きつけた血の気の多い若手パイロットが、

 

「いくら魔改造していようが動きの鈍い後方支援機にすぎず、ドムのジャイアント・バズの格好の的だ」

 

 と鼻で笑い飛ばした。

 

「接近戦で遅れをとるか」

「ホバー機動の真髄を見せてやる」

 

 周囲も同調して哄笑した。

 が、ソロモン帰還兵の歯の根が合わぬ震えが止まることはなかった。

 祝宴のごとき要塞の歓喜の空気。

 暗がりで囁かれる不気味な噂——そのあまりにも極端なコントラスト。

 まるで煌びやかな祝宴のテーブルの下で毒蛇が鎌首をもたげているかのような、名状しがたい悪寒となって私の背筋を駆け抜けたのである。

 

 

 

 日付が変わり、宇宙世紀〇〇七九年一二月三一日。

 

 

 

 〇〇〇〇時から〇五〇〇時にかけての時間は、「嵐の前の静けさ」という陳腐な表現がひどく似合う、苦痛に満ちた沈黙であった。

 美酒に酔う時間は短かった。

 ソーラ・レイに半身を焼かれた連邦残存艦隊は、降伏するどころか艦列を再集結させ、このア・バオア・クーに向けて狂気の進軍を開始したのである。

 頭目を失い退路を断たれた連邦軍は、もはや統制の取れた軍隊としての体裁を投げ捨てた、復讐と憎悪に駆られて刺し違える覚悟の獣の群れと化していた。

 事態の深刻さを悟ったジオン軍司令部は、即座にN、S、E、Wの各フィールドへ防衛部隊の再配置を命じた。

 Nフィールドの防衛線に立たされた私は、計器類が鈍く光るリック・ドムのコクピットに押し込められていた。

 漆黒のメインモニターに敵の姿はまだない。

 だが、濃密なミノフスキー粒子の向こうから這い寄る数万という連邦兵の巨大な殺意を肌で感じていた。

 視線を横に向ければ、昨日までペンを握っていたような学徒兵たちが最新鋭のゲルググに乗り込み、通信回路に恐怖の息遣いを漏らしている。

 

 「我々には要塞砲とドロス級の圧倒的火力がある」

 

 と己に言い聞かせるも、操縦桿を握る掌には冷たい汗が滲むばかりであった。

 戦争という巨大な狂気は、この五時間という残酷な猶予を経て、彼我を後戻りのできない破滅へと導こうとしていた。

 

 

 

 〇六〇〇時。

 連邦軍艦隊の先鋒が有効射程圏内に到達。

 一斉にメガ粒子砲の火蓋を切った。

 対するジオン側も、超大型空母ドロスとドロワを中核とする重厚な防衛網から猛烈な砲火を打ち返す。

 宇宙の暗闇で赤、黄、緑の極彩色が網の目のように交差する艦隊決戦が始まった。

 戦艦の装甲は容易く貫かれた。

 推進器に引火したサラミス級やムサイ級が次々とプラズマの球体となって爆散する。

 無数の命と破片が散乱していく。

 ソーラ・レイの直撃を受けた軍隊とは思えぬ連邦の執念。

 私はただ息を呑むほかなかった。

 

 

 

 〇七〇〇時。

 激烈な砲撃戦が続く中、連邦軍は次なる手を打ってきた。

 小型のパブリク突撃艇の群れが特攻同然に躍り出て、対空砲火で吹き飛ばされることも厭わず、特殊なミサイルを一斉にばら撒いたのだ。

 

「ビーム撹乱膜だ!」

 

 という中隊長の切羽詰まった声。

 宇宙空間は瞬く間に黄色と緑が混ざり合う、極めて毒々しく不気味な色の膜に覆い尽くされた。

 ビーム兵器の威力を減衰・拡散させるこの撹乱膜は、レーダーのみならずパイロットにとって唯一の頼みであった光学センサーの視界をも著しく奪い去った。

 澄み切った宇宙を、腐敗した泥水のような有様へと完全に変貌させたのである。

 パイロットたちは、底なしの泥沼に沈み込むかのような強烈な閉塞感に襲われた。

 

「各機、直ちに出撃せよ! 撹乱膜の中へ突入し、敵MS部隊を迎撃しろ!」

 

 大隊長の号令のもと、私は強力なGに耐えながらリック・ドムを射出させ、濁りきった毒々しい色の空間へと飛び込んだ。

 周囲には学徒兵たちのゲルググやザクIIも進み出るが、「前が見えません」とパニックを起こす声が通信機から響く。

 

「索敵センサーのゲインを最大にしろ。実体弾と格闘戦の用意だ!」

 

 と、私は叫んだ。

 ビームが封じられたこの泥沼の視界では、必然的にバズーカやマシンガン、そしてヒート・ホークやヒート・サーベルを用いた、極めて原始的で凄惨な超近接格闘戦へと移行していくのである。

 黄色い靄が渦巻く向こう側から、まるで墓場から蘇った亡霊のごとく、ジムやボールの無機質なシルエットがぼんやりと浮かび上がり始めていた。

 血みどろの乱戦の幕開けである。

 その時、私の脳裏に昨夜の待機室で怯えていたソロモン帰還兵の言葉と、それを嘲笑した若者の言葉が不意にフラッシュバックした。

 

『喪服を着た大砲』

『キャノンタイプなんてドムの機動力の敵じゃねえよ』

 

 もし、この視界の効かぬ泥沼の戦場に、至近距離での殺し合いを強要される、遠距離支援の常識を捨て去り狂った機動力で懐に飛び込んでくる「黒い悪魔」が潜んでいたとしたら……。

 ドムの分厚い装甲を震わせる熱核ジェット推進器の力強い轟音とは裏腹に、氷のように冷たい死の予感が私の背筋を駆け抜ける。

 この濁った靄の奥底で、巨大な蜘蛛が巣を張って獲物を待っているかのような、耐え難い恐怖。

 ア・バオア・クーの、最も長く血塗られた泥沼の戦いが、今まさに始まろうとしていたのである。

 

 

 

 

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