機動戦士Gundam 喪服の魔女【第三部進行中】   作:王子の犬

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U.C.0081 - アナハイム・エレクトロニクス社視点 - 狂気の蠢動・技術者達の狂騒
《12》物理限界と「幽霊」の到来(U.C.0081年 1月〜3月)


 

 

 

 宇宙世紀〇〇八一年。

 

 「一年戦争」と後に呼ばれることとなる、人類史上未曾有の巨大な殺戮の嵐が辛うじて過ぎ去り、地球圏が「戦後復興」という名の、白々しく欺瞞に満ちた安堵と熱狂に浮かれていた頃のことである。

 地球連邦軍という巨大な官僚機構と、それに寄生し、あるいは支配せんとする巨大軍産複合体「アナハイム・エレクトロニクス(AE)社」の奥深くにおいては、次なる覇権を巡る血みどろの暗闘が、音もなく、確実に進行していた。

 彼ら――死の商人たち――にとって、先の戦争が残した教訓とは「平和の尊さ」などという無価値な戯言では断じてない。

 「いかにして次世代機動兵器(モビルスーツ)の技術的イニシアチブを掌握するか」という、極めて冷徹な命題に他ならなかった。

 その命題を解決するための至高の「生体部品(サンプル)」として、彼らは一人の壊れた帰還兵を買い取ったのである。

 ――シイコ・スガイ中尉。

 ア・バオア・クーの泥沼において、味方を物理的な盾とし、敵機に十字の聖痕を穿ちながら血路を切り開いた「喪服の魔女」である。

 連邦軍法務局によって北米オークリッジの軍事療養施設に幽閉されていた彼女は、莫大な賄賂と引き換えに書類上「行方不明、あるいは特務機関預かり」として処理され、AE社が暗礁宙域に擁する極秘テスト施設へと移送された。

 ここに残されているのは、狂気を孕んだ生体部品と、それに群がる技術者たちが織りなした、およそ倫理という概念から最も遠い場所に位置する、無機質で生々しい記録の断片である。

 

 

 

 宇宙世紀〇〇八一年一月。

 

 地球の重力井戸から遠く離れた暗礁宙域。

 かつての激戦が残した夥しい残骸(デブリ)が吹き溜まるこの絶海の孤島。

 アナハイム・エレクトロニクス社先進開発部門の極秘テスト施設は存在した。

 施設に移送されたスガイ中尉に対し、アナハイムの技術陣は直ちに最新鋭のシミュレーターを用いた初期機動テストを要求した。

 彼らが欲していたのは、連邦軍の極秘記録に刻まれた彼女の異常な空間戦闘データ――ワイヤーアンカーを支点とした慣性無視の急旋回、俗に「魔女の振り子(スイングバイ)」と呼称される、物理法則を嘲笑うかのような極限の機動データであった。

 だが、テスト開始直後、最新の物理演算エンジンを搭載したはずのメインフレームは、彼女の入力した機動プロトコルに対して致命的なエラーを吐き出し、文字通りの「完全停止(システムダウン)」を引き起こすこととなる。

 

『AE社 先進開発部門 第三データ解析室 社内通信(非公式メール)』

『送信日時:UC〇〇八一年一月二四日 〇三〇〇時』

『送信者:システムエンジニア ジョン・カーター主任』

『宛先:チーフ・プログラマーへの私的愚痴』

『……聞いてないぞ。

 なんだ、あの女のGのかけ方は。

 上が持ち込んできた「特務機関預かりの凄腕」だと聞いて、ある程度の無茶な入力は想定していた。

 だが、あれは人間の、いや、三次元空間に存在する物理的兵器の挙動じゃない。

 シミュレーターの演算結果を見たか?

 彼女はデブリ帯(仮想空間)において、自機の相対速度を一切殺さずにワイヤーを射出し、それを旋回の支点にしてベクトルを「瞬間的に」一八〇度反転させようとした。

 慣性制御(AMBAC)の計算式が、彼女の入力した極端なトルク変化と推進剤の爆発的なパルス噴射に全く追いつけなかったんだ。

 結果として、物理演算エンジンは矛盾を起こし、熱暴走してシステムが完全に落ちた。

 ハードの不具合でも、プログラムのバグでもない。

 彼女の操縦が、「機械の限界」という概念を根本から無視しているんだ。

 彼女の頭の中にある空間認識モデルにおいては、機体の質量や推進器の耐久値といった物理的制約が、完全に欠落しているか、あるいは極限まで歪められているとしか思えない。

 あれはテストパイロットじゃない。

 機械を自壊するまで追い込む、純粋な「破壊衝動の塊」だ。

 あんなバケモノを実機に乗せる気か?

 機体はおろか、シミュレーターの筐体すら、彼女の入力を受け付ければすぐにスクラップになるぞ。

 今すぐ上に進言してくれ。

 あの女は、我々の手におえる代物じゃないと』

 

 この悲鳴にも似た愚痴は、技術者たちの純粋な「()()」と「()()」を如実に表していた。

 彼らはまだ理解していなかったのだ。

 彼女がア・バオア・クーで叩き出した戦果が、システムの限界などという些末な問題を、自らの狂気と生存本能だけで強引にねじ伏せた結果であったという事実を。

 

 

 

 宇宙世紀〇〇八一年二月。

 

 シミュレーターでの限界を早々に悟ったアナハイム・エレクトロニクス社技術陣は、狂気的とも言える性急さで、実機を用いた宇宙空間での機動テストへと移行した。

 用意されたのは、次世代量産機のスタンダードとなるべく開発が進められていた「RGM-79N ジム・カスタム初期試作型」である。

 オーガスタ系の優秀な推進器と、極めて堅牢な次世代フレームの基礎構造を持ったこの機体であれば、彼女の異常な機動にもある程度は追従できると踏んだのである。

 しかし、その傲慢な目論見は、宇宙空間でのテスト開始からわずか「三分」で、絶望的な形で打ち砕かれることとなる。

 

『AE社 先進開発部門 機動兵器限界稼働評価レポート』

『文書番号:AE-ADD-TEST-0081-02-14』

『対象機体:RGM-79N(プロトタイプ・フレーム〇三号機)』

『搭乗パイロット:シイコ・スガイ(特務機関出向)』

『[実機テスト結果・要約]

 結論から具申する。

 連邦軍の次世代標準フレーム強度では、対象パイロット(スガイ中尉)の機動を三分以上支えることは、物理学的に不可能である。

 本テストにおいて、対象はデブリ宙域(セクターB)におけるワイヤーアンカーを用いたスイングバイ機動、および連続的な空間格闘戦マニューバを実施した。

 テスト開始から二分四五秒後。

 機体の慣性制御システムが対象の入力に完全に追従できなくなり、機体は自機の質量とスラスターの推進力が生み出すねじれトルクの板挟みとなった。

 テレメトリーが記録した最大横Gが、信じ難いことに「一四.二G」に達している。

 強化人間やサイボーグでない限り、パイロットの眼球が頭蓋骨の奥に陥没し、内臓が破裂してもおかしくない致死的な負荷である。

 しかし、対象パイロットのバイタルサインには、一時的な血圧上昇以上の深刻なダメージは記録されていない(このパイロットの生理的耐性については、後日別部門での調査を要請する)。

 致命的だったのは機体側である。

 三分〇二秒、腰部フレームの中心核――ドラム・フレーム接合部――および両脚部のショックアブソーバーに、設計限界の四〇〇%を超える瞬間的な過重が加わった。

 結果、フレームには微細なマイクロ・クラックが無数に発生し、完全な金属疲労による破断寸前(九八%の構造的致命傷)の状態に陥った。

 直後にパイロットが推進器を強制停止させたため、空中分解こそ免れたものの、回収された試作〇三号機は、自重を支えることすら不可能な完全なスクラップと化していた。

 繰り返すが、既存の、あるいは現在想定されているいかなる連邦軍規格の機体フレームをもってしても、彼女の「魔女の機動」を制御・維持することは不可能である。

 我々は、彼女の操縦をテストする前に、まず「彼女の狂気に耐えうる異常なフレーム」を新たに創造しなければならないという、全く予期せぬ設計上の袋小路に直面している』

 

 冷徹な数値が並ぶこの報告書は、アナハイムの技術者たちにとって、彼らの誇る技術力が「一人の狂った人間の肉体と直感」に完全敗北したという、屈辱的な事実の宣言証書に他ならなかった。

 

 

 

 宇宙世紀〇〇八一年三月。

 

 テスト施設という閉鎖空間において、シイコ・スガイ中尉という特異点の存在は、技術的な側面だけでなく、施設スタッフの精神衛生にも深刻なダメージを与え始めていた。

 コックピットに搭乗し、Gの暴力に身を委ねている時以外の彼女は、あまりにも静かすぎた。

 彼女は誰とも口を利かず、喜怒哀楽の感情を一切表に出さない。

 ただ精密な自動機械(オートマタ)のように食事を摂取し、睡眠をとる。

 それ以外の時間は、自室や休憩室の片隅で、無表情に壁を見つめているか、唯一の私物である古い詩集――ディラン・トマスのものと確認されている――を眺めているだけであった。

 

『暗礁宙域テスト施設 管理部 申し送り事項』

『UC〇〇八一年三月度・施設内セキュリティおよびスタッフのメンタルヘルスについて』

『……前略。

 本報告の主眼は、特務パイロットであるスガイ中尉の、施設内における処遇とスタッフへの影響に関するものである。

 対象であるスガイ中尉の施設内での素行には、何ら規律違反や攻撃的な兆候は認められない。

 彼女は極めて従順であり、与えられたスケジュール通りに動き、要求された作業、テスト搭乗を淡々とこなしている。

 しかしながら、施設スタッフの大多数が、彼女に対して深刻な「忌避感」と「恐怖」を抱いている事実を報告せざるを得ない。

 メカニック班のチーフは、彼女の姿を「歩く虚無」と形容した。

 

「彼女の目は、生きている人間のそれではない。

 我々を見てはいるが、何も認識していない。

 まるで、自分がすでに死んでいることに気づいていない亡霊のようだ」

 

 という証言は、決して彼一人の被害妄想ではない。

 彼女が休憩室に現れると、それまで雑談に興じていた技術者たちは、蜘蛛の子を散らすように退出してしまう。

 誰もが、彼女の周囲一メートルだけ温度が数度低く設定されているかのような、説明のつかない不気味な冷気を感じているのだ。

 特に、彼女が一人で古い本(詩集)を読んでいる時の異様さは群を抜いている。

 ページを捲ることもなく、ただ一箇所をじっと見つめ、音を立てずに唇だけを動かしている。

 ある清掃スタッフは、彼女の背後を通り過ぎようとした際、理由のない強烈な悪寒に襲われ、その場で嘔吐してしまった。

 

「彼女の背後には、死神が立っている。

 あの女は、人間じゃない。

 人間の形をした、ただの『穴』だ」

 

 と、彼は錯乱状態で訴えた。

 現在、施設内では彼女を「幽霊」として扱う暗黙のルールが形成されつつある。

 スガイ中尉への接触は、職務上必要な最低限の確認作業のみに留めること。

 そして、休憩室で彼女が本を読んでいる時は、絶対にその背後に立たないこと。

 迷信やオカルトの類ではない。

 極限のテスト環境下にあるスタッフの精神の摩耗を防ぐための、現実的かつ緊急の防衛措置である。

 上層部には、彼女の人間性を「解凍」するか、あるいはスタッフと彼女の生活動線を完全に分離する等の措置を早急に講じられたい』

 

 人間としての生気を完全に喪失した「幽霊」。

 だが、その幽霊は、モビルスーツという鉄の棺桶に入った瞬間にだけ、機体を軋ませ、空間を切り裂く「魔女」へと変貌する。

 アナハイム・エレクトロニクスの技術者たちは、自らの理解を超えた恐怖に震えながらも、彼女が叩き出すその「狂気のデータ」の麻薬的な魅力から、もはや逃れることができなくなっていた。

 彼らはついに、軍の規格や安全基準といった倫理の枷をかなぐり捨てた。

 魔女を乗せるためだけの「異形の箒(キメラ)」の鋳造へと、自らその手を血に染めていくことになるのである。

 

 

 

 

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