機動戦士Gundam 喪服の魔女【第三部進行中】 作:王子の犬
宇宙世紀〇〇八一年四月。
『アナハイム・エレクトロニクス社 先進開発部門 第二次機動検証機・基本コンセプト策定会議』
『記録日時:UC〇〇八一年四月一二日 一〇〇〇時』
『音声記録トランスクリプト(抜粋・極秘指定)』
『議長:先進開発部門主任設計技師 H・フォン・ブラウン(仮名)』
[録音開始]
主任設計技師:
「……というわけで、オーガスタ系の標準フレームでは、あの女の『振り子』には三分と耐えられないことが実証された。
ならばどうする?
我々があの極限の空間機動データ、ひいてはAMBACシステムの到達点たる完璧なデータを得るためには、機体側をあのバケモノの出力に合わせて『歪ませる』しかないのだ」
若手技師A:
「しかし主任、フレーム自体の材質をルナ・チタニウム合金等の高剛性素材に全面置換するには、予算の決済が下りません。
それに、あの慣性無視の
相反する要求ですよ」
主任設計技師:
「だから、あり合わせの部品で『キメラ』を作るのだ。
幸い、我が社の各部門には、連邦の次期量産機コンペに向けた試作品のジャンクが腐るほど転がっている。
いいか、上半身の重過重とペイロード問題には、現在開発が難航している『RGC-83 ジム・キャノンII』のチョバム・アーマー技術を強引に流用する。
見た目は鈍重な亀になるが、あの女がどれだけ乱暴に機体を振り回してもコックピットブロックだけは守られる」
若手技師B:
「待ってください!
上半身にチョバム装甲を着せれば、当然ながら自重は劇的に増加します。
そんな重い上半身で、どうやってあの『振り子』のような超機動を?」
主任設計技師:
「下半身を軽くすればいい。
脚部の装甲を極限まで剥ぎ取れ。
そして、腰部と脚部に、今クラブ・ワークスの方で開発している『
これで推力とAMBAC作動の問題はクリアできる」
若手技師A:
「正気ですか!?
上半身は重装甲のキャノン系、下半身は装甲ゼロで大推力のスラスター群?
重心バランスが完全に破綻しています!
そんな極端なトップヘビーかつピーキーな機体、人間がまともに操縦できるはずがありません!
何より、急加速時のGでパイロットがミンチになりますよ!」
主任設計技師:
「(嘲笑するような鼻息)お前はまだ分かっていないのか?
我々が相手にしているのは、人間ではない。
あれは、一四Gの負荷を受けても血圧すらまともに上がらない、狂った生体部品だ。
重心が破綻していようが、彼女のイカれた空間認識能力なら勝手に補正して飛ぶさ。
いいか、図面の美しさなどどうでもいい。
連邦の規格などクソ食らえだ。
不恰好で構わん、チョバム装甲と推進器のキメラを作れ。
パイロットの居住性?
気にするな、
我々が欲しいのは、あの女が機体を限界まで振り回した時に叩き出される『究極のデータ』だけなのだからな」
[録音終了]
ここに、後に「RGC-83 ジム・キャノンII "ウィッチズ・ブルーム"」と呼称されることとなる、呪われた魔改造機の基本コンセプトが確定した。
巨大企業の技術者たちは、科学の発展という美名の下に、自らの倫理観を喜々としてドブに捨て去ったのである。
宇宙世紀〇〇八一年五月。
魔改造機「ウィッチズ・ブルーム」の開発は、AE社の持つ莫大な資本と、技術者たちの狂気的な情熱によって、異例のスピードで進行していた。
上半身にチョバム・アーマー、下半身に巨大な試作ブースト・ポッドを接合するという狂気の沙汰は、徐々にその醜悪な物理的シルエットを形成しつつあった。
しかし、機体の兵装システム――とりわけ、スガイ中尉の戦闘ドクトリンである「聖痕戦術」の核となるワイヤーアンカーの設計段階において、それまで施設内で「歩く虚無」として一切の意思表示を行わなかった彼女が、突如として明確な、背筋の凍るような「
AE社が彼女のために用意したのは、両肩と左腕の専用シールド先端に内蔵される「電磁アンカー・ユニット"スティグマMk-II"」であった。
技術陣は、貫通力と標的の保持力を最大化するため、アンカーの
装甲を容易に貫抜き、一度食い込めば返し刃によって容易には抜けなくなる、極めて実戦的な形状であった。
だが、テスト用コックピットでのシミュレーション中、投影された兵装の設計図を見た瞬間、彼女の虚ろな瞳に、一瞬だけ、凍てつくような暗い炎が宿ったのである。
『AE社 暗礁宙域テスト施設 第二ハンガー』
『兵装フィッティング・テスト通信記録(録音データ)』
『日時:UC〇〇八一年五月一八日 一四二〇時』
[録音開始]
兵装担当技術者:
「……以上が、新造した電磁アンカー・ユニット"スティグマMk-II"の仕様となります。
スガイ中尉、聞いていますか?
アンカーヘッドの形状は、貫通抵抗を極限まで減らした三枚刃の銛〈ハープーン〉型を採用しました。
これなら、ジオン系のチタン合金装甲はもちろん、連邦製のルナ・チタニウムでさえ、打ち込み角度次第ではぶち抜くことができます。
巻き取りモーターの出力も強化してありますから、敵機を引き寄せる際のトルクも……」
対象者(スガイ中尉):
「……違う」
兵装担当技術者:
「え? 今、何か仰いましたか?」
対象者(スガイ中尉):
「……形が、違うわ。これでは、駄目」
兵装担当技術者:
「駄目、とは?
中尉、この銛型は、当社のスーパーコンピューターが弾き出した、現行の装甲材に対する最も貫通効率の高い……」
対象者(スガイ中尉):
「(技術担当の言葉を遮り、氷のように冷たく、一切の感情を排した声で)……十字よ」
兵装担当技術者:
「は?」
対象者(スガイ中尉):
「十字架の形にしなさい。
先端の
兵装担当技術者:
「中尉、何を言っているんですか。
十字型など、物理的な貫通面積が無駄に大きくなるだけで、装甲を打ち抜く際の抵抗が増すだけです。
実戦において、そんな非合理的な形状を選ぶ理由が……」
対象者(スガイ中尉):
「……あれを、ジオンの連中を『
兵装担当技術者:
「……っ!」
対象者(スガイ中尉):
「十字の楔を打ち込んで、
そうしなければ、あいつらは、地獄へ落ちてもまた這い上がってくる……だから、十字架の形にしなさい。
もし変更しないなら、私は二度と、この機体には乗らない」
[録音終了]
コックピット内の通信マイクが拾った彼女の声は、決して声を荒らげることはなく、ひどく静かで、平坦であった。
だが、その言葉の裏に潜む、およそ軍人やテストパイロットという枠組みを逸脱した「純粋な猟奇性」と「強迫観念」は、通信を聞いていた兵装担当者の全身から一瞬にして血の気を引かせるのに十分であった。
彼女にとって、ワイヤーアンカーとは単なる質量移動の支点や、敵を拘束するための合理的な兵器などではなかったのだ。
己の狂気を物理空間に刻み込むための、宗教的儀式に用いる「祭具」に他ならなかったのである。
結局、AE社の技術陣は彼女の要求に屈した。
物理的な貫通力の低下を補うため、射出時の火薬量を限界まで増量し、ワイヤーに高圧電流を流し込むスタン機能を付与するという、さらなる魔改造を施す羽目になったのである。
巨大企業は、一人の狂人の妄執を叶えるために、自らの技術的合理性すらも無慈悲に売り渡したのだ。
宇宙世紀〇〇八一年六月。
ついに、その異形の怪物が暗礁宙域の極秘テスト施設においてロールアウトの日を迎えた。
形式番号「RGC-83」。
表向きは連邦軍の次世代中距離支援機「ジム・キャノンII」のテストベッドを偽装していたが、実態は、シイコ・スガイという一人の魔女のためだけに誂えられた、専用の「箒〈ウィッチズ・ブルーム〉」であった。
ハンガーに鎮座するシルエットは、見る者の精神に根源的な不安を抱かせるほどに醜悪であった。
上半身には、ジム・キャノンIIから流用された分厚いチョバム・アーマーが纏われ、まるで鋼鉄の甲冑を着込んだように鈍重な威圧感を放っている。
しかし、下半身は対照的に、防御装甲が極限まで削ぎ落とされ、細く脆弱なフレームが剥き出しになっていた。
脚部や腰部には、開発中の
機体色は、光の一切を吸い込むようなミッドナイト・ブラック。
肩と胸部にのみ、かろうじて連邦の機体であることを示す濃紺のラインが引かれている。
両肩とシールドに備えられた「十字型の楔」を持つアンカー射出機が、この機体が通常の兵器ではないことを雄弁に物語っていた。
だが、この「部品の寄せ集め」が真の恐怖を放つのは、静止している時ではなかった。
六月下旬、暗礁宙域のデブリ帯において実施された初動テスト。
その醜悪な機体は、設計した技術者たちの想像すらも超える「悪夢」を体現して見せたのである。
『AE社 暗礁宙域テスト施設 整備班詰め所』
『整備班長による非公式な愚痴(私的音声メモ)』
『録音日時:UC〇〇八一年六月二八日 二一〇〇時』
『……酒でも飲まなきゃ、やってられない。
今日、ついにあの黒い「ツギハギのバケモノ」のテスト飛行が行われた。
正直な話、図面を見た時は吐き気がしたぜ。
設計部の連中はどうにかしてる。
あんな上半身が重くて下半身がスカスカの機体、重心もクソもあったもんじゃない。
だが……あいつが、あの「歩く幽霊」のスガイ中尉がコックピットに座った瞬間、信じられないことが起きた。
あの醜悪な機体が、水を得た魚のように……いや、血の匂いを嗅ぎつけた悪魔のように、デブリ帯を躍動しやがったんだ。
機体の破綻した重心バランスを、彼女は
デブリに楔を打ち込み、巨大なブースト・ポッドの推力を爆発的に吹かして、慣性を無視した直角ターンを平然と繰り返す。
そのたびに、重装甲の上半身が遠心力で振り回されるんだが、彼女はその遠心力すらも次の機動へのエネルギーとして利用していた。
まるで、最初からあの機体が「自分の手足」であるかのように、完璧に制御しきっていたんだ。
図面の上では破綻していたはずの設計が、彼女の狂気的な操縦技術と結びついた瞬間、一つの「完成された殺戮兵器」へと変貌を遂げたんだよ。
モニター越しに見ているだけで、俺たちは総毛立った。
美しいとか、凄いとか、そういう次元じゃない。
「不気味」なんだ。
命を持たないはずの機械が、彼女の殺意を吸って生き物のように蠢いているように見えた。
だがな……俺が一番恐ろしいのは、彼女が帰還した後だ。
機体をハンガーに収容して装甲を開けた時、俺は耳を疑った。
装甲の隙間から、フレームの軋む音が……金属が限界を超えて引き伸ばされ、悲鳴を上げているような音が、
あの女は、この機体の強度の「
あと少しでもGをかければ、機体は完全に空中分解していた。
彼女はそれを本能で理解しながら、あえて死の淵ギリギリのラインを綱渡りしていたんだよ。
あんな狂った機体、二度と整備したくねえ。
俺たちはとんでもないものを創り出しちまった。
あの女と、あの黒い箒を合わせた時、俺たちは「神」の領域を侵したんじゃない。
純粋な「悪魔」を、この世に現出させてしまったんだ』
巨大企業アナハイム・エレクトロニクスの飽くなき欲望と、一人の壊れた帰還兵の狂気。
二つの異常性が最悪の形で交わった時、宇宙世紀の技術史における最も忌まわしき異端児「ウィッチズ・ブルーム」は、ついにその産声を上げたのである。
これから彼女が向かうのは、単なるテスト宙域ではない。
データ収集という名目で正当化された、