機動戦士Gundam 喪服の魔女【第三部進行中】   作:王子の犬

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《15》聖痕の証明と病的な畏敬(U.C.0081年 10月〜12月)

 

 

 

 宇宙世紀〇〇八一年一〇月。

 

 暗礁宙域における非合法掃討戦が「完了」した後、アナハイム・エレクトロニクス社は自らの痕跡を完全に隠滅するべく、すぐさま特務回収班を現地へと派遣した。

 撃破されたジオン残党機――ザクIIおよびリック・ドム――の残骸を回収、完全に消滅させ、戦闘の痕跡を宇宙の闇へと葬り去る。

 だが、デブリ帯に到着した回収班の作業員たちを待ち受けていたのは、想像力を遥かに凌駕する、猟奇的としか表現しようのない地獄の光景であった。

 

『AE社 暗礁宙域テスト施設 特務回収班・作業報告』

『現場責任者による私的音声メモ(後に精神科医のカルテより押収)』

『録音日時:UC〇〇八一年一〇月四日 〇二五〇時』

『……酒だ。酒を持ってきてくれ。

 シラフでこんな録音を残せるものか。

 俺たちは今日、セクターBのデブリ帯で、あの上層部が「海賊」と呼んでいた連中の残骸を回収した。

 仕事柄、一年戦争の激戦地で焼けたモビルスーツの死骸は腐るほど見てきた。

 ビームで溶かされたコックピットも、推進剤の誘爆で四散した手足も、俺にとってはただの鉄クズ(スクラップ)に過ぎなかったはずだ。

 だが……今日見たものは違う。

 あれは戦闘の痕跡じゃない。

 「処刑」の跡だ。

 最初に回収したザクの残骸を見た時、俺は自分の目を疑った。

 右肩のシールドと、胸部装甲の分厚い部分に、まるで巨大なハンマーで杭を打ち込んだような、深く、異様に整った「十字の穴」が穿たれていたんだ。

 ビームの溶断痕でも、実体弾の着弾痕でもない。

 物理的な、十字架の形をした「(くさび)」が、強引に装甲をねじ切って食い込んだ跡だ。

 「十字の傷」は、回収した四機すべての残骸に、例外なく、まるで儀式のように刻み込まれていた。

 ……最も俺たちを震え上がらせたのは、ザクの最終的な破壊状況だった。

 メインカメラのある頭部から胸部コックピットハッチにかけてが、至近距離……いや、「ゼロ距離」からの高出力ビームによって、文字通り蒸発していた。

 状況を推測して、俺は宇宙服の中で吐きそうになった。

 あの黒いキメラ……"ウィッチズ・ブルーム"に乗った女は、ワイヤーの先端についた十字の楔を敵機に打ち込み、高圧電流を流し込んで敵の制御を奪った後、自機の方へと強引に引き寄せたんだ。

 そして、ザクを自らの「(ミートシールド)」として前面に構えながら、他の敵機の砲火をやり過ごし、最後に、盾にしたザクの頭部に自分のビーム・キャノンの砲身を直接押し当てて、引き金を引いた……。

 俺は残骸のコックピットを覗き込んでしまった。

 感電と恐怖で顔を引き攣らせたまま、至近距離からのビームの余波で炭化した、パイロットだった「炭の塊」が張り付いていた。

 自分が盾にされ、味方の弾を浴びながら、背後から頭を吹き飛ばされるまでの数秒間、彼はどんな地獄を味わったんだ……?

 なあ、上層部の連中はどうかしちまってる。

 あの女が叩き出したデータを「次世代機の基礎」だなんて持て(はや)しているが、冗談じゃない。

 あんな戦い方をする人間が、まともな軍人であるはずがない。

 敵に対する敬意も、人間としての最低限の倫理も持ち合わせていない。

 自分の狂気を満たすためだけに、他人の命を十字架に張り付けて玩具にする、血も涙もない「猟奇殺人鬼」ですよ。

 俺たちは、とんでもないバケモノの片棒を担がされている。

 あの十字の傷跡(聖痕)が、俺の夢の中にまで出てきやがる……』

 

 この回収班の男は、その後重度の睡眠障害とフラッシュバックに苛まれ、年末を待たずにAE社を退社し、精神病院の閉鎖病棟へと姿を消した。

 戦場の現実は、血生臭く、人間の精神を容易く破壊する。

 おぞましい現実が巨大企業という冷徹なシステムに吸い込まれた瞬間、匂いも温度も持たない「完璧なデータ」へと無慈悲に漂白されていく……。

 

 

 

 宇宙世紀〇〇八一年十一月。

 

 回収班が震え上がった猟奇的な戦場の真実は、AE社先進開発部門の分厚い防音扉の向こう側において、極めて官僚的で、狂気的なほどに冷徹なプロセスを経て処理されていた。

 彼らのデスクの上に広げられているのは、焼け焦げた肉の匂いでも、パイロットの絶叫でもない。

 黒いキメラ機体がテレメトリーを通じて送信してきた、美しくも異常な数値の羅列だけであった。

 

『AE社 先進開発部門 第一データ統合室』

『次期主力機動兵器開発プロジェクト・クラブ・ワークスへの申し送り事項』

『文書番号:AE-CW-TRANS-0081-11』

『件名:特務データ『File: STIGMA』の適用と、空間機動プロトコル(AMBAC)の再構築について』

『[要旨]

 本年九月に実施された非合法稼働テスト(対象:RGC-83 "ウィッチズ・ブルーム"、搭乗者:シイコ・スガイ中尉)において収集された一連の実戦データ群を、本日付で『File: STIGMA』としてナンバリングし、クラブ・ワークス(ガンダム開発計画)統括チームへと移管する。

 本データは、連邦軍の既存の兵器運用ドクトリンを完全に陳腐化させる、極めて高い技術的価値を有する。

 

[データ評価および適用方針]

 

 1.人体とフレームの限界を超越したAMBAC入力

 本データにおいて最も注目すべきは、対象パイロットがワイヤーアンカーの張力と大推力スラスターを併用して行った「スイングバイ機動(魔女の振り子)」における、機体重心とベクトル変化の相関データである。

 最大横G・一五.三Gという、本来であれば機体が空中分解する負荷領域において、パイロットは「ユニバーサル・ブースト・ポッド」の推力方向をミリ秒単位で制御し、機体の崩壊を回避しつつ、運動エネルギーを殺すことなく急旋回を成功させている。

 これは、人間の生理的限界と機体フレームの強度限界を極限まで見極めた、特異(異常)な空間認識能力の産物である。

 

 2.次世代機GP01Fbへのフィードバック

 この異常な実戦データは、現在開発が難航している「ガンダム試作1号機空間戦仕様 GP01Fb」のプロトコル構築において、決定的なブレイクスルーをもたらす。

 対象パイロットの直感的なスラスター制御のアルゴリズムを解析し、GP01Fbのメインコンピューターの補正プログラムとして組み込むことで、凡庸なパイロットであっても、「魔女の機動」の片鱗を、安全なGの範囲内で、再現することが可能となる。

 彼女の行った猟奇的な格闘戦術(敵機を物理的に拘束し、盾として利用する行為)そのものは連邦軍の教範には採用し得ないが、その過程で叩き出された「空間を三次元的に支配する」という機体制御の絶対的な解は、次世代機の運動性能を劇的に向上させる劇薬である。

 

[結論]

 

 対象パイロット(スガイ中尉)の精神構造や、戦場における倫理的逸脱行為は、我々技術開発部門が関知すべき問題ではない。

 我々に必要なのは、彼女の肉体と狂気が産み出す「結果(データ)」のみである。

 本『File: STIGMA』を、クラブ・ワークスの最重要基盤データとして承認し、速やかなシステムへの統合を命ずる』

 

 敵を十字架に張り付け、生きたまま焼き尽くすという血塗られた真実は、「画期的な姿勢制御アルゴリズム」という無機質な名前を与えられ、次世代の白いガンダムの電子頭脳へと移植されていった。

 人間の狂気さえも、資本と技術の歯車として完璧に消費し尽くす。

 それこそが、軍産複合体という名の怪物が持つ、最も恐るべき「悪食」の証明であった。

 彼らは、自らが取り込んでいるものが、いずれ周囲を破滅させる劇毒であることを、この時点ではまだ理解していなかった。

 

 

 

 宇宙世紀〇〇八一年十二月。

 

 暗礁宙域の極秘テスト施設における、シイコ・スガイ中尉への認識は、この一年間で劇的かつ病的なまでの変容を遂げていた。

 春先には、コックピット外で一切の感情を見せず、ただ古い詩集を見つめる彼女を「歩く虚無」「気味の悪い幽霊」として忌避していたメカニックたち。

 彼らは今や、全く別の感情に支配されていた。

 

 「狂信」である。

 

 何度限界を超えたテストを行おうとも、非合法な殺し合いの泥沼に放り込まれようとも、彼女は絶対に「生還」した。

 破綻した設計であるはずの黒いキメラ機体を、あたかも自らの手足であるかのように完璧に操り、無数のエラーと金属疲労の悲鳴を上げさせながらも、決して「沈める(ロストする)」ことはなかった。

 極限の状況下で、機械の限界を引き出し、絶対に死なないパイロット。

 技術者や整備兵たちにとって、もはや理解を超えた「神」、あるいは抗いがたい魅力を放つ「悪魔」へと昇華していたのである。

 

『AE社 暗礁宙域テスト施設 第二ハンガー』

『年末・整備班内ミーティング(班長による私的録音データ)』

『録音日時:UC〇〇八一年十二月二八日 二三〇〇時』

『……よし、これで今年の稼働テストに伴う全メンテナンス工程は終了だ。

 野郎ども、一年間よくやってくれた。

 上から配給された合成酒だが、今日くらいは浴びるほど飲んでくれ。

 それにしても……信じられるか?

 あの黒いツギハギのバケモノ(ウィッチズ・ブルーム)が、この一年間、一度もロストすることなく、俺たちのハンガーに鎮座しているなんてよ。

 最初の頃、俺たちはあの女……スガイ中尉のことを気味悪がってた。

 人間の心を持たない、ただのイカれた殺人マシンだってな。

 今でも、あいつがイカれてるって事実に変わりはない。

 先月のテストでも、また規定値の三〇〇パーセントを超えるトルクをかけて、腰部のショックアブソーバーを粉々に砕いて帰ってきやがった。

 だがな……あいつは「絶対に死なない」んだよ。

 どんなに無茶な機動をしてフレームを歪ませても、絶対に「機体の急所」だけは守り抜いて、自分の足でこのデッキに帰還してくる。

 俺たち整備の人間にとって、これほど頼もしく、『恐ろしい』パイロットが他にいるか?

 どんだけ装甲をひっぺがして、推進器のバランスを狂わせた欠陥機(キメラ)を渡しても、あいつは何も言わずに乗り込み、完璧に飛ばしてみせる。

 俺たちの技術力が、あいつのイカれた技量に試されてるような気分になるんだよ。

 見ろよ、あの取り外されたアンカー・ユニット(スティグマMk-II)の先端を。

 十字の形をしたあの楔……摩耗率が異常だぜ。

 想定された耐用回数の八〇〇パーセントを超えてる。

 あいつが宇宙に出るたびに、十字架をどれだけ多くのデブリや、『別の何か』に深々と突き立ててきたかの証明だ。

 先端はひん曲がり、高圧電流で焼け焦げているが、それがたまらなく美しく見えるんだよ。

 あいつが空を飛ぶためには、あの十字架が必要なんだ。

 楔を打ち込んで、死神のダンスを踊るための「箒」がな。

 いいか、お前ら。

 軍の背広組どもは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、まるで分かっちゃいねえ。

 俺たちは、魔女の専属(マスター)だ。

 あいつが望むなら、この『魔女の箒』の装甲を何枚でも、何度でも貼り替えてやる。

 フレームがひしゃげるなら、もっと硬い金属を探してきて繋ぎ合わせてやる。

 あいつの狂気がどこまで加速するのか……俺は、見届けずにはいられないんだよ。

 この命と引き換えにしてでもな。

 さあ、来年もあの魔女のために、最高の鉄の棺桶を磨き上げようぜ。

 乾杯だ!』

 

 録音データから響く整備班長の濁った声と、それに賛同する整備兵たちの狂騒。

 彼らはもはや、正常な技術者としての判断力を喪失していた。

 恐怖はいつしか病的な畏敬へと反転し、彼らは自ら進んで「魔女の共犯者」となることを望んでいたのである。

 シイコ・スガイが放つ絶対零度の狂気は、見えない呪いとなってテスト施設全体を包み込み、周囲の人間を一人残らず狂信の泥沼へと沈めていった。

 

 一人の壊れた帰還兵。

 彼女は、巨大企業という冷徹なシステムに「部品」として組み込まれたはずであった。

 しかし、圧倒的な虚無と死のカリスマは、逆にシステムそのものを内側から侵食し、彼女の狂気の色に染め上げてしまったのである。

 

『……And Death Shall Have No Dominion(そして死は覇者にあらず)……』

 

 暗礁の闇の底で、魔女の唇が静かに、そして残酷な詩篇を紡ぎ続けている。

 彼女の戦いは、まだ終わらない。

 連邦の官僚も、AE社の死の商人も、自分たちが何の封印を解いてしまったのかを真に理解するのは、まだ先の話である。

 

 

 




U.C.0082 - To Earth - Continued...
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