機動戦士Gundam 喪服の魔女【第三部進行中】   作:王子の犬

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U.C.0083/01〜10 - 連邦軍視点 - 『File: STIGMA』
《24》異常データの到来と絶望のシミュレーション(U.C.0083年 1月〜3月)


 

 

 

 宇宙世紀〇〇八三年、一月。

 

 一年戦争の終結から三年余りが経過し、地球連邦軍は疲弊極まる戦力の再建と、次代の地球圏における覇権を確固たるものとするための次世代主力機動兵器開発プロジェクト――『ガンダム開発計画』を極秘裏に推進していた。

 この巨大プロジェクトの主導権を掌握したのは、戦後の軍産複合体として圧倒的な資本力と技術力を誇示するアナハイム・エレクトロニクス(AE)社である。

 連邦軍の要求仕様を凌駕するため、自らの絶対的な技術的優位性を軍上層部に見せつけるため、複数の特化型プロトタイプ(GPシリーズ)の建造を並行して進めていた。

 その開発プロセスにおいて、空間戦闘仕様である「ガンダム試作一号機フルバーニアン(GP01Fb)」の姿勢制御プログラム構築を担う連邦軍技術委員会宛てに、AE社の先進開発部門から一纏めの基礎データ群が提出された。

 『File: STIGMA』とナンバリングされたそのデータファイルは、連邦軍の技術士官たちにとって技術的ブレイクスルーをもたらす福音であると同時に、彼らが長年培ってきた常識を根底から粉砕する『悪夢の教典』のプロローグに他ならなかった。

 提出された実測値を目にした技術士官たちの根源的な戸惑いと疑念は、軍内部のセキュア回線を通じて提出された一通の受領報告書に、冷徹な分析と隠匿しきれない困惑の入り交じった筆致で記録されている。

 

『地球連邦軍 次世代機動兵器開発推進委員会 技術評価局』

『AE社提出データ『File: STIGMA』に関する一次受領報告書および所見』

『提出者:システム評価担当・技術大尉 アーロン・クライヴ』

『機密指定:レベル三』

 

『[要旨]

 本年一月一二日付で、AE社先進開発部門より、空間高機動戦闘に関する基礎データ群『File: STIGMA』を受領した。

 本データは、GP01Fb等に実装予定の空間戦闘用AMBAC(能動的質量移動による自動姿勢制御)プログラムの最適化を目的としたものと推測される。

 しかしながら、本データの解析結果は、既存の連邦軍の兵器運用教義(ドクトリン)、およびパイロットの生理的限界の基準値を著しく逸脱しており、これを原型のままシステムに実装することには極めて重大な懸念が存在する。

 

[データ評価および技術的懸念事項]

 

 一、AMBAC上限値の異常設定

 本データにおける機体重心移動とベクトル変化の相関モデルは、従来の連邦軍標準の上限値を()()()()近く凌駕する設定となっている。

 とりわけ特筆すべきは、対象機体が推進器の爆発的なパルス噴射と、何らかの物理的な支点(外部環境へのアンカー射出と推測される)を併用して敢行している、極端な鋭角の『振り子機動(スイングバイ)』の記録である。

 この機動時のテレメトリーデータは、最大で一五Gを超える横方向への加速度が機体およびコックピットに加わっているという、物理的異常を示している。

 

 二、人間工学との決定的な乖離

 提出された数値とアルゴリズムは、物理演算上は確かに「最も効率的に空間を立体機動し、敵の死角を突く最適解」として極めて美しく、矛盾なく成立している。

 だが、あくまで「機体の構造がその負荷に耐え得る強度を持ち、かつ搭乗者が無機質な機械であった場合」という前提に立脚しての話である。

 このデータを、生身の人間が実機において記録したとは、私には到底考えられない。

 一五Gの負荷が数秒間継続すれば、人体の脳内血液は一瞬にして偏位し、深刻なブラックアウトを引き起こす。

 さらに、急激なベクトル変化に伴う頸椎や内臓への物理的ダメージは完全に致死的である。

 

[結論]

 

 本データは、AE社のスーパーコンピューターが机上の空論として弾き出したシミュレーション上の『仮想の最適解』、あるいは何らかのセンサー系の異常に起因する『バグ・データ』の類である公算が極めて高い。

 もし仮に、これが実際に宇宙空間でテストパイロットが実機を操縦して記録した生の実測値であるならば、それは「パイロットが人間ではない」か、あるいは「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()」かのいずれかである。

 次工程のシミュレーター・テストへの移行に先立ち、AE社に対してデータの取得環境に関する詳細な情報開示を求めることを具申する』

 

 アーロン大尉の所見は、常識を備えた技術者としての極めて真っ当かつ論理的な反応であった。

 だが、彼らはまだ理解していなかった。

 軍という巨大な官僚機構が、『異常なデータ』の背後に潜むおぞましい真実に意図的に目を瞑り、ただ結果のみを渇望してシミュレーション・テストを強行するという冷酷な事実を。

 

 

 

 宇宙世紀〇〇八三年、二月。

 

 技術局からの真っ当な懸念具申にもかかわらず、開発スケジュールの遵守を最優先課題とする連邦軍上層部は、『File: STIGMA』の機動プロトコルを無修正のまま次世代機の訓練用シミュレーターに組み込み、テストパイロットたちによる実証検証を命じた。

 選抜されたのは、オーガスタ基地等で数多の新型機のテストを完遂してきた、連邦軍でも指折りのエース級パイロットたちである。

 彼らは自らの技量と、いかなる機体であろうとも乗りこなしてみせるという強烈な自尊心に満ち溢れていた。

 しかし、シミュレーターのコックピットに収まり、『魔女の機動』を追体験しようと試みた瞬間、彼らを待ち受けていたのは純粋なる『恐怖』と『肉体的・精神的な完全破壊』であった。

 その日、シミュレーター室に併設されたパイロット用の待機・更衣室には、プライドを徹底的に粉砕されたエリートたちの、生々しい悲鳴と惨めな愚痴が反響していた。

 

『連邦軍 特別テストセンター パイロット待機室』

『非公式音声記録(メンタルヘルス管理用環境マイクの記録より抽出)』

『記録日時:UC〇〇八三年二月一八日 一六三〇時』

 

[録音開始]

 

テストパイロットA:

「……クソッ! 吐き気が収まらない……。

 おい、誰か水を持ってきてくれ。

 胃袋が喉の奥までせり上がってきているのだ……」

 

テストパイロットB:

「無事か? ……いや、私も他人の心配をしている余裕はない。

 何なのだ、あのイカれた機動は。

 私はオーガスタで対G訓練は吐くほど積んできた自負がある。

 だが、あれは次元が違う。

 シミュレーターの体感G設定を七〇パーセントに制限していたにもかかわらず、最初の旋回(ターン)で視界が完全にブラックアウトしたのだぞ」

 

テストパイロットC:

「俺は最後まで意識の維持に努めた。

 だが、あのプログラムが要求してくるタイミングでスラスターを吹かそうとすれば、いかに操作しようとも慣性が殺しきれず自機が空中分解する。

 デブリにワイヤーを射出し、自重を振り回して反転するだと?

 狂気の沙汰だ。

 あのような機動を実機で敢行すれば、機体が千切れる前にパイロットの頸椎がへし折れるぞ」

 

テストパイロットA:

「(荒い息遣いで)……ああ、あのような機動、人間の成せる業ではない。

 内臓が破裂する。

 連邦のドクトリンにも、ジオンの空間戦闘マニュアルにも、あんな物理法則を無視した飛び方は記載されていない。

 AE社の連中は、一体何を企図してあのようなデータを送り付けてきたのだ?

 コンピュータのバグ・データをそのまま横流ししたのではないか?」

 

テストパイロットB:

「そう思いたいところだがな……。

 もしあれが、実在する何者かが実機で叩き出したデータであるならば……我々は、そいつの足元にも及ばない単なる能無しということになる。

 だが、人間であればあのような機動は絶対的に不可能だ。

 絶対にだ。

 あんなものは、機械が自らを破壊するために狂い踊っているような代物だよ」

 

テストパイロットC:

「……気味が悪い。

 シミュレーターの中で『模範解答』として再生されたあの機動……一切の無駄がなく、流麗で、だが、己の命を惜しんでいる気配が微塵も感じられない。

 まるで『いつ死んでも構わない』と宣言しているかのような、絶対零度の飛び方だった。

 あんなものをガンダムに実装する腹積もりか?

 俺は御免被る。

 あんなデータが組み込まれた機体に乗らされれば、間違いなく殺されるぞ……」

 

[録音終了]

 

 自らの技量を絶対視していた連邦のエリートパイロットたちは、『File: STIGMA』という単なる『数値の羅列』の前に為す術もなく完全敗北を喫した。

 彼らは、データの中に内包された『人間の生存本能の完全なる欠落』を本能レベルで嗅ぎ取り、深い生理的嫌悪感と根源的恐怖を抱いたのである。

 人間の生理的限界を優に超越した『魔女の機動』。

 常識と自尊心を無慈悲に粉砕し、ガンダム開発計画の輝かしい未来図に、極めて暗澹たる影を落とし始めていた。

 

 

 

 宇宙世紀〇〇八三年、三月。

 

 テストパイロットたちの相次ぐリタイアと、彼らからの強硬なクレームを受け、ついに連邦軍の軍務局・監査部が重い腰を上げる事態となった。

 異常なデータの実証性と、仮に実測値であるとするならば「何者が、いかなる手段で」記録したのかについて、AE社への公式な情報開示照会が行われたのである。

 軍の兵器開発において、出所不明のブラックボックスを主力機に実装することは、安全保障上の致命的リスクとなり得るからだ。

 しかし、AE社側からの公式回答は、要領を得ないどころか、監査官の疑念と薄気味悪さをさらに増幅させる代物であった。

 その顛末は、調査を担当した監査官の私的な調査メモに、戦慄と共に克明に記録されている。

 

『地球連邦軍 軍務局監査部 調査メモ』

『件名:AE社提供データ【File: STIGMA】の出所に関する調査と所見』

『担当監査官:ルイス・マクファーソン少佐』

『記録日時:UC〇〇八三年三月二五日』

 

『[経過報告]

 去る三月一〇日、本官は軍務局の権限を行使し、AE社先進開発部門の責任者に対し、データ『File: STIGMA』の取得環境、使用機体、およびテストパイロットの身元に関する公式な情報開示を要求した。

 しかし、回答には二週間もの遅延が生じた上、提出された書類の大部分は『企業秘密(コーポレート・シークレット)』を理由に黒塗り処理されていた。

 注目すべきは、当該データがシミュレーションによる推論値などではなく、「実機によるテスト飛行の生の実測値である」とAE社が公式に認定した点である。

 そして、過酷極まるテストを誰が担当したのかという本官の執拗な追及に対し、AE社の担当者は、まるで機械の交換部品でも説明するような無機質な音声で、こう言明したのだ。

 

「極秘のテスト施設において、複数の優秀なパイロットが『身を挺して』収集したものです」と。

 

[私的所見および疑念]

 

「複数のパイロットが、()()()()()収集した」

 

 この一文が内包する意味を想像し、本官は背筋に冷たい汗が流れるのを自覚した。

 あの一五Gを超える異常機動を実機で敢行し、身を挺したというのであれば、そこには必然的に「肉体が限界を超え、物理的に破壊された」結果が伴うはずである。

 すなわち、重傷者、あるいは死者の発生に他ならない。

 しかし、軍の公式記録をいくら精査しようとも、AE社に出向しているテストパイロットの中で、直近一年間に空間機動テストで重篤な負傷を負った者や、殉職した者の記録は一切存在しないのだ。

 死傷者の公式記録が存在しない。

 ならば、AE社がテストに投入した「複数の優秀なパイロット」とは、一体何者なのだ?

 戸籍を有さない非合法なクローン人間か?

 それとも、薬物投与や外科的処置によって痛覚や生存本能を完全に麻痺させた、人型の実験動物(モルモット)でも使い潰しているというのか?

 あるいは……一年戦争の混乱に乗じて軍籍を抹消され、AE社に『生体部品』として買収された、名もなき帰還兵たちなのか。

 AE社という巨大な怪物は、自らの技術的覇権を確立するためであれば、人間の命を単なる数値に変換して使い潰すことに、いささかの躊躇いも持たない。

 あの『File: STIGMA』という美しく完璧なデータの羅列……。

 その一つ一つの数値の裏面には、コックピットの中で内臓を破裂させ、眼球から出血し、絶叫とともに肉塊へと変異していったパイロットたちの、生々しい血と死の匂いがこびりついているように思えてならないのだ。

 我々連邦軍は、とてつもない代物を次期主力機に組み込もうとしている。

 悪魔のレシピによって抽出されたこの呪われたデータ群が、次世代のガンダムの電子頭脳に移植された時、果たしてそれを操縦する連邦のパイロットは、正気を維持していられるのだろうか。

 本調査はこれ以上深入りすべきではないと、本官の生存本能が強烈な警告を発している。

 あの巨大企業の暗部を覗き込めば、私自身もまた、無機質なデータの深淵に「身を挺して」沈められることになるだろう』

 

 監査官のルイス・マクファーソン少佐は、このメモをシステムに残した数日後、自己都合による退役を申請し、軍から完全に姿を消した。

 連邦軍の官僚機構とエリートパイロットたちは、単なるデータとして突きつけられた『人間の限界の超越』を前にして、為す術もなく自らの常識を崩壊させていったのである。

 そして、彼らが恐怖し、あるいは意図的に黙殺したそのデータの裏側。

 『たった一人の魔女』が、今なお暗礁宙域の絶対的な暗闇の中で、血に塗れた十字架を狂気とともに振り回し続けている。

 ガンダム開発計画はその機体深部に、決して解呪することのできない冷たく重い狂気を孕んだまま、もはや後戻りのできない最終段階へと歩みを進めていった。

 

 

 

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