機動戦士Gundam 喪服の魔女【第三部進行中】   作:王子の犬

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《26》データに潜む「殺意」と重力下への影(U.C.0083年 7月〜8月)

 

 

 

 宇宙世紀〇〇八三年、七月。

 

 六月に発生した痛ましいテストパイロットの死亡事故は、「隕石との偶発的な衝突」という極めて官僚的な隠蔽工作によって、歴史の暗部へと速やかに葬り去られた。

 だが、事故の直接的な引き金となったアナハイム・エレクトロニクス(AE)社提供の極限データ『File: STIGMA』の解析作業は、その後も極秘裏に継続されていたのである。

 連邦軍上層部は、このデータが人間の生理的限界を完全に凌駕している事実を是認しつつも、その圧倒的な効率性と空間制圧能力を惜しんだ。

 次期主力機である『ガンダム』の火器管制システム(FCS)および姿勢制御OSの基礎アルゴリズムとして、デチューン(安全係数の引き下げ)を施した上で強行実装することを決定した。

 このFCS統合化という技術的実務を委任されたのは、連邦軍技術局の若手士官であった。

 彼は敬虔な教徒である。

 兵器開発に加担しながらも、己の仕事が「極めて効率的に敵対能力を剥奪し、無益な流血を抑止するための手段」となることを信じて疑わない、ある意味で幸福な男であった。

 しかし、彼がモニターの向こう側に広がる『File: STIGMA』の深層領域――姿勢制御の裏側に隠匿された「武装のトリガータイミングと機体軌道の同期ログ」を解析し始めた瞬間、ささやかな信仰と技術者としての良心は、無残にも粉砕されることとなる。

 夜な夜な解析室に幽閉され、血走った眼球でモニターを凝視し続ける彼を襲撃したのは、単なる高G機動の物理的恐怖などではない。

 無機質なデータの奥底に冷たくトグロを巻く、純粋かつ猟奇的な『殺意』への気づき。

 精神の均衡を決定的に崩壊させ始めた彼は、己の罪深さと根源的な恐怖を告白すべく、幼少期より世話になっていた故郷の教会の神父宛てに、一通の長大な手紙を書き送っている。

 この書簡は情報部の検閲によって投函前に没収され、暗号化されたアーカイブの深淵に今も沈殿している。

 

『地球連邦軍 技術局 火器管制システム担当技術士官の告解録』

『宛先:〇〇教区 〇〇神父』

『記録日時:UC〇〇八三年七月一八日』

 

『親愛なる神父様。

 私がこの手紙を記述している今も、窓の外には月の裏側の冷徹な荒野が広がっています。

 私はここ数週間、十分な睡眠を確保できていません。

 眼瞼(まぶた)を閉じると、漆黒の宇宙空間において、不可視の蜘蛛の糸に捕縛され、冷たい銃口を額に押し付けられる悪夢がフラッシュバックするからです。

 神父様、どうか私を赦免してください。

 私は今、とてつもない悪魔の創造に加担しているのかもしれません。

 私が担当しているのは、連邦軍が威信を懸けて開発を推進している次世代機動兵器の、火器管制システムの構築です。

 平和を維持するための、英雄的な象徴となるべき機体です。

 その中枢を担う電子頭脳に、私は外部の巨大企業(AE社)から持ち込まれたある戦闘データを移植する作業を行っています。

 初期段階においては、それが単なる異常な高機動テストの記録であると誤認していました。

 人体には到底耐え得ない負荷を機体に強要する、狂気に満ちた飛び方のデータであると。

 しかし、機体の挙動と、火器のトリガーを引くタイミングのログを同期させ、シミュレーターでその『戦闘の軌跡』を可視化した時、私は己の視覚神経を疑いました。

 神父様。

 通常の空間戦闘というものは、互いに間合いを保ち、対象のベクトルを予測して射撃を行うものです。

 しかし、このデータに記録された軌道は全く異次元の代物でした。

 このデータの実証者(それが何者であれ)は、敵の弾幕をミリ単位で回避しつつ、信じ難い相対速度で敵機の完全な死角――直上や真後ろ――へと潜り込みます。

 そして、有利なポジションから直ちに射撃して目標を撃破するのではなく、両肩やシールドから『ワイヤー状の物体』を射出し、敵機に物理的に突き刺して捕縛しているのです。

 ログが示す機体の挙動は、あまりにも猟奇的でした。

 捕縛した敵機を、ワイヤーの巻き取りによって強引に自機の前面へと牽引する。

 敵のパイロットが恐慌状態(パニック)に陥り、身をよじって逃れようとする――その際にかかる不規則な張力の変化すら、データには極めて正確に記録されています――のを、まるで観察して楽しむかのように、一定時間そのまま『肉の盾』として保持する。

 そして、敵の僚機が放ったビームをその『盾』で受け流した後、完全に密着したゼロ距離から、敵機のコックピットを主兵装で蒸発させているのです。

 一度や二度の偶発的な事象ではありません。

 この『File: STIGMA』というデータ群には、何十回、何百回という戦闘の記録が重なり合って一つのアルゴリズムを形成していますが、そのいずれもが、この「敵を拘束し、盾として利用し、至近距離で破壊する」というプロセスを、まるで工場における単純作業のごとく正確無比に反復しているのです。

 これが、単なる高機動テストであるはずがありません。

 この機動を記録したパイロットは、実戦の場において、敵対者をただ無力化するのではなく、生きたまま捕らえ、極限の絶望と恐怖を味わわせた上で屠殺しているのです。

 あのデータには、恐るべき『殺意』がコーディングされています。

 憤怒や憎悪といった熱を帯びた感情ではありません。

 昆虫の羽を一枚ずつむしり取るような、冷徹で無機質な、徹底的に嬲り殺すためのアルゴリズムです。

 私はこの悪魔の教典を、次代の希望となるべき『ガンダム』の火器管制システムに、最適な空間制圧の解答として移植しなければならないのです。

 英雄的な白い装甲の下に、連続猟奇殺人鬼の冷酷な脳髄を埋め込む。

 我々は、悪魔のレシピによってガンダムを捏造しようとしているのかもしれません。

 この機体が戦場に投入された時、搭乗するパイロットはOSの導きに従い、気づかぬうちに敵を猟奇的に惨殺する『魔女』へと変貌させられてしまうのではないか。

 私は恐ろしいのです、神父様。

 己のタイピングするコードの一行一行が、この星に新たなる地獄を招来する呪詛のように思えてなりません。

 どうか、罪深き私に祈りをお与えください』

 

 技術士官の血を吐くような告解は、誰の耳朶を打つこともなかった。

 彼が異常を訴求すればするほど、上層部は「巨大なデータの一部に過ぎない」として一蹴。

 彼をプロジェクトの中枢から速やかに排除したのである。

 ガンダム開発計画は、連邦軍という巨大な官僚機構の無責任な承認の連鎖によって、その本質に潜伏する『殺戮者の聖痕(サイン)』を黙殺したまま、着々と実機の完成へと歩みを進めていった。

 

 

 

 宇宙世紀〇〇八三年、八月。

 

 様々な疑惑と官僚的な隠蔽、そして技術者たちの苦悩を呑み込みながら、アナハイム・エレクトロニクス社の月面工場――フォン・ブラウン市において、ついにガンダム試作一号機(コードネーム:ゼフィランサス)と試作二号機(コードネーム:サイサリス)がロールアウトを迎えた。

 地球連邦軍の威信を物理的に具現化したかのような、美しくも力強い二機のプロトタイプ。

 これらの機体は、次なるフェーズである「重力下環境における稼働テスト」を実施すべく、地球のオーストラリア大陸に位置する連邦軍トリントン基地へと極秘裏に搬入される運びとなった。

 トリントン基地は、広大な砂漠と草原に囲まれた、極めて牧歌的な辺境のテスト施設である。

 一年戦争の激戦地帯からも完全に外れており、基地の将兵たちは、どこか弛緩した平和な日常を謳歌していた。

 そんな彼らの領域に、突如として持ち込まれることとなった軍の最高機密たる『ガンダム』。

 受入準備の陣頭指揮を執る基地のシステム担当士官は、事前に送付されてきた膨大なマニュアルと機体スペックのデータディスクを読み込みながら、技術者としての歓喜と、そして論理的に説明のつかない奇妙な不安の狭間で揺れ動いていた。

 彼の個人的な音声ログには、輝かしい新型機の足元に落ちる、得体の知れない暗い影への本能的な恐怖が記録されている。

 

『地球連邦軍 トリントン基地 司令部システム管理室』

『受入担当官 オースティン・ベック大尉の私的音声メモ』

『記録日時:UC〇〇八三年八月二八日 一九三〇時』

 

[録音開始]

 

「……ふう、ようやく第一級機密のデータロックが解除できた。

 来月の第二週に搬入されるという新型機、GPシリーズの事前マニュアルの確認作業だが……まったく、信じられない代物だ。

 装甲材質、ジェネレーター出力、ジェネレーター直結型のビーム・ライフルの収束率。

 どれをとっても現行のジム改やジム・カスタムとは次元が異なる。

 これが連邦の新たなる剣か。

 トリントンみたいな田舎の辺境基地でテストの立ち合いができるなど、技術屋冥利に尽きるというものだ。

 ……だが。

 この分厚いオペレーション・マニュアルの、空間戦闘に関する項目の後段……『システム限界値およびOS補正の注釈』のページを参照するたびに、どうにも腹の底が冷え切る。

 このマニュアルを執筆したAE社の人間は、精神に異常を来しているのではないか?

 たとえばこの一文だ。

 

『本機の姿勢制御OSには、特務空間戦闘データが基本アルゴリズムとして組み込まれており、対象をアンカー等で物理的に拘束した状態におけるベクトル変化の演算に極めて優れる』

 

 物理的に拘束?

 モビルスーツ同士の空間戦闘において、何故敵をワイヤーで緊縛する必要があるのだ? 我々は宇宙空間で魚釣りでもするというのか?

 それに、この『空間戦闘時の最大限界値』のグラフ。

 注釈には極めて小さく『※()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』と明記されている。

 横Gの最大値が、瞬間的とはいえ()()()()()だと?

 冗談ではない。

 私はパイロットではないが、最低限の物理法則くらいは心得ている。

 そのようなGが加われば、人体の眼球は飛び出し、脳の血管は完全に破裂する。

 機体のフレーム強度だって、設計上の安全マージンを完全に食い破っている異常数値だ。

 機体は文句なしに美しい。

 だが、このマニュアルの端々にこびりついている、異常な数値と猟奇的な戦術の痕跡を見るたびに、背筋が粟立つのを抑えきれない。

 これを『実測値』であると強弁するのなら、これを実際にやってのけた『何者か』が存在するはずだ。

 宇宙の真空において、機体がバラバラになる一歩手前のGに耐えながら、敵をワイヤーで縛り上げて至近距離から破壊する……そのような悪夢めいたテストを平然と完遂し、この数値を叩き出した人間が、今どこかで呼吸をしているということになる。

 そいつは、今どこで何をしているのだ?

 連邦軍の正規部隊に、そのような化け物が所属しているという情報は聞いたことがない。

 ということは、AE社の暗部に飼育されているのか? そいつは本当に人類なのか?

 それとも、痛覚を忘却するよう脳内物質を弄られた哀れな実験動物(モルモット)なのか?

 オーストラリアの空は青く、今日もディンゴの遠吠えが聞こえるほどに平和だ。

 だが、我々の基地に搬入されようとしているこの白くて美しい英雄的なモビルスーツの電子頭脳には、その『何者か』の狂い切った殺戮者の思考回路――悪魔のレシピ――が、確固として刻み込まれている。

 我々がこの機体にテストパイロットを搭乗させれば、そのパイロットは、機体の深部に潜伏するその『何者か』の亡霊に、脳を侵食されるのではないだろうか。

 考えすぎだと一笑に付されるかもしれない。

 だが、このマニュアルからは、どうしようもなく濃厚な死の匂いが漂ってくる。

 来週、ガンダムの随伴としてやって来るというAE社のシステムエンジニア……確か、ニナ・パープルトンと言ったか。

 彼女であれば、この狂ったデータの出所を把握しているのだろうか。

 ……頼むから、我々のこの平和な基地に、厄災を持ち込まないでくれよ」

 

[録音終了]

 

 トリントン基地の担当官が抱いたその漠然とした不安は、間もなく最悪の形態をもって現実のものとなる。

 英雄となるべく産み落とされた二機のガンダム。

 その根本に猟奇的な殺戮者のデータを組み込んだ連邦軍の傲慢な業は、ジオン残党軍『デラーズ・フリート』による試作二号機強奪という大事件を引き寄せ、地球圏全体を巻き込む新たな紛争の火種となっていく。

 そして、その戦乱の渦中において、この悪魔のレシピを構築した張本人である『喪服の魔女』自身が、アルビオン隊の補充要員として直接戦場へと解き放たれる日が、刻一刻と秒読みを開始していたのである。

 

 

 

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