機動戦士Gundam 喪服の魔女【第三部進行中】   作:王子の犬

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《27》腐敗の密約と星の屑への胎動(U.C.0083年 9月〜10月)

 

 

 

 宇宙世紀〇〇八三年、九月。

 

 ガンダム試作一号機および同二号機の地球・トリントン基地への搬入が完了し、重力下環境における最終稼働テストが始動しようとしていた矢先のことである。

 月の表側に位置する巨大地下都市フォン・ブラウン市の一角に佇む高級料亭において、歴史の暗部へと永遠に隠匿されるべき極秘の会合が執り行われていた。

 月面という極めて人工的な環境下にありながら、旧世紀日本の伝統建築を完璧に再現した庭園と数寄屋造りの個室を完備し、連邦軍の腐敗した高官や巨大軍産複合体の重役たちが、大衆の監視を逃れて『非公式な合意』を形成するための御用達の空間であった。

 人工の滝が静謐な水音を奏で、鹿威しが竹を叩く乾いた音が反響するその密室において、二人の男が冷酒を酌み交わしていた。

 一人は、地球連邦軍上層部において急進的な地球至上主義を掲揚し、ジオン公国の残党に対する徹底的な強硬路線を主導するタカ派の将官。

 もう一人は、アナハイム・エレクトロニクス(AE)社の常務取締役であり、ガンダム開発計画の最高責任者として軍産複合体の頂点に君臨するオサリバン常務に他ならない。

 彼らの醜悪な密談は、連邦軍情報部内の内部監査部門によって密かに敷設された盗聴デバイスによって傍受されていた。

 その音声記録は、権力者たちがいかにして人間の命をチェスの駒のごとく、あるいは実験動物《モルモット》のごとく弄んでいたかを後世に証明する、極めて冷酷な一次史料となっている。

 

『地球連邦軍 情報部第三課(内部監査部門)』

『フォン・ブラウン市 料亭「月影」における密会音声データ(傍受記録)』

『記録日時:UC〇〇八三年九月二一日 二一四〇時』

 

[録音開始]

 

連邦軍高官:

「……して、オサリバン常務。

 トリントン基地でのテストの進捗はいかがかな。

 我が軍としては、一刻も早くあの忌まわしいジオンの残光を完全消滅させるための、絶対的な力の象徴(シンボル)が不可欠なのだ。

 計画の遅延など断じて許容できんぞ」

 

オサリバン常務:

「ご安心を、閣下。

 試作一号機、二号機ともに、コンディションは完璧な仕上がりを見せております。

 とりわけ空間戦闘用のプログラムに関しては、我々AE社が全社的総力を挙げて収集した『()()()()()()()()()』を実装済みです。

 次期主力機の座は、すでに揺るぎないものと確信しておりますよ」

 

連邦軍高官:

「ほう、あの『File: STIGMA』とやらの件か。

 技術局の連中が、人間の生理的限界を超越しているだの、悪魔のデータだのと喚き散らしていたがね。

 私に言わせれば、単なる軟弱者の泣き言に過ぎん。

 機械が耐え得る限界まで機体を振り回せないような三流パイロットなど、連邦軍には不要の長物だ」

 

オサリバン常務:

「御意に。

 優れた剣には、優れた使い手が要求されるのは道理ですからな。

 我々としても、限界値ギリギリの生きたデータを取得するためには、少々『特殊な環境』と『特殊な人材』を用意する必要がございました。

 それこそが、軍の皆様にご提供したあのデータの実証記録に他なりません」

 

連邦軍高官:

「ふん。

 暗礁宙域での『環境テスト』のことだな。

 例の『黒い犬』はよく働いているようではないか。

 私の方にも、非公式な情報ルートから報告が上がってきているぞ。

 昨今、あの宙域を徘徊していたジオン残党の哨戒機が、次々とデブリの海に沈降していると。

 しかも、回収された残党の死骸や機体の残骸には例外なく、奇妙な十字の傷が意図的に刻印されているそうだが」

 

オサリバン常務:

「(静かに笑い声を漏らす)ええ、その通りでございます。

 それは彼女の『署名(サイン)』です。

 彼女は一年戦争のトラウマに起因するものか、敵対目標を撃破する際に必ずワイヤーアンカーで対象を物理的に緊縛し、十字の痕跡を刻み込まずにはいられないという、少々厄介な(バグ)を抱えておりましてね。

 しかし、その猟奇的とも言える執着心と、異常な空間認識能力の恩恵により、我々はモビルスーツの極限機動における膨大な実戦データを、何者にも察知されることなく継続的に収集できているのです。

 連邦軍の正規討伐作戦を発動させれば、議会や世論がうるさく喧伝する。

 しかし、我が社のテストパイロットが『()()()()()()()()()()()()()』残党軍と接触・交戦し、これを物理的に排除したというのであれば、誰の視界にも入らない。

 我々にとっても、軍の皆様にとっても、彼女は極めて都合の良いデータ収集機なのですよ」

 

連邦軍高官:

「くくく、違いなかろう。

 議会のハト派どもは、ジオンの残党に対しても『融和』だの『人権』だのと寝言を抜かしておるが、テロリストに人権など存在せんのだ。

 あの魔女がワイヤーで残党どもを串刺しにし、絶対的恐怖の底に突き落としてから屠殺しているという報告を耳にするたび、私は胸のすく思いがしている。

 だが、常務。

 あの猟犬は、いつまで鎖に繋いでおけるのだ?

 狂犬はいずれ、飼い主の腕をも噛み千切るぞ」

 

オサリバン常務:

「ご懸念には及びません。

 彼女の精神は、すでに完全に凍結しきっております。

 彼女には自発的な意志も、社会的な野心も一切存在しません。

 ただ『標的を処理せよ』という命題を与え、十分な推進剤と『十字の楔』を補給してやりさえすれば、永遠に死の舞踏を継続するだけの精巧な自動人形(オートマタ)に過ぎないのです。

 もし彼女が不要になれば、その時は……機体ごとデブリの海に投棄すれば済む話です。

 データさえ抜き取ってしまえば、生体部品の代用品などいくらでも調達できますからな」

 

連邦軍高官:

「頼もしいことだ、常務。

 君たち死の商人(アナハイム)のその冷徹さこそが、この腐りかけた連邦を根底で支えているのだ。

 引き続き、あの宙域での『清掃作業』とデータ収集を頼むぞ。

 ガンダムが完成するその日まで、な」

 

オサリバン常務:

「承知いたしました。

 ……さあ、閣下。

 月の夜は長うございます。

 もう少し、お酒をお注ぎしましょう」

 

[録音終了]

 

 二人の権力者の間で交わされたこの密談は、連邦軍という官僚組織と、AE社という巨大企業が抱え込む底知れぬ腐敗構造を完全に浮き彫りにしていた。

 彼らは、一人の人間の精神が完全に圧壊している事実を熟知した上で、それを「都合の良いデータ収集機」として非合法な殺戮作戦(ブラックオプス)に酷使し続けていたのである。

 さらに恐るべきは、ジオン残党の兵士たちがワイヤーで捕縛され、恐怖に絶叫しながら嬲り殺しにされているという凄惨な事実を、酒の肴として嘲笑していることであった。

 彼らにとって、シイコ・スガイという『魔女』は、自らの手を汚すことなく政敵や敵対勢力を物理的に排除し、なおかつ次世代機の開発データを搾取するための、極めて完璧な道具に過ぎなかった。

 しかし、歴史は常に、人間の傲慢な計算を嘲笑うかのように残酷な結末を用意しているものだ。

 自らの保身と利益の最大化のために飼い慣らしたはずの『最悪のジョーカー』を、彼ら自身の手で、白日の下に、そして正規の戦場へと解き放たなければならない時が、すでに彼らの喉元まで迫っていた。

 

 

 

 宇宙世紀〇〇八三年、一〇月一三日。

 

 オーストラリア大陸に展開する連邦軍トリントン基地において、歴史の歯車を決定的に狂わせる大事件が発生した。

 重力下テストのために搬入されたばかりのガンダム試作二号機(サイサリス)が、ジオン公国軍の残党勢力『デラーズ・フリート』の精鋭、アナベル・ガトー少佐の手によって強奪されたのである。

 のみならず、その試作二号機には、南極条約で厳しく禁忌とされているはずの戦術核兵器(Mk-82)が装填されていた。

 この凶報は、地球連邦軍の上層部と、AE社の重役たちを大恐慌状態(パニック)へと陥れた。

 連邦軍にとっては、自軍の最高機密であり、なおかつ戦術核を搭載した新型機がテロリストの掌中に落ちたという事実は、軍の存立基盤そのものを揺るがす致命的な失態に他ならない。

 一方、AE社にとっても、自社の威信を懸けて開発した機体が強奪されたとなれば、今後の軍からの信用失墜と、ガンダム開発計画そのものの無期限凍結、ひいては莫大な開発費用の未回収という企業存亡の危機に直結する――。

 事態の収拾と機体の奪還、あるいは完全破壊を命じられたのは、ガンダムのテスト母艦としてトリントン基地に寄港していたペガサス級強襲揚陸艦「アルビオン」とその搭載部隊であった。

 彼らは直ちにガトーの追撃を開始し、アフリカ大陸のキンバライド鉱山基地での激戦を経て、宇宙へと逃亡したガトーを追撃することとなる。

 しかし、アルビオン隊の戦力は、正規の討伐部隊としてはあまりにも心許ない代物であった。

 急造の部隊であり、優秀なテストパイロットを擁しているとはいえ、歴戦のジオン残党軍を相手に回すには、絶対的な『手駒』が不足していたのである。

 特に、AE社のオサリバン常務は、この戦力的な劣勢に強い焦燥感を抱いていた。

 アルビオンには、自社の最高機密であるガンダム試作一号機(ゼフィランサス)が搭載されており、さらに極めて重要なシステムエンジニアであるニナ・パープルトンら自社の社員も同乗している。

 仮にアルビオンが撃沈され、試作一号機までもが喪失するような事態となれば、AE社の被る損害は文字通り計り知れない。

 また、デラーズ・フリートが本腰を入れて連邦に牙を剥くのであれば、アルビオン隊の生存確率は極めて低いと論理的に見積もられた。

 自社の資産――機体とデータ――を絶対的死守。

 あわよくば強奪された二号機を物理的に破壊して自社の『過失』を隠滅するためには、もはや手段を選んでいる猶予など存在しなかった。

 オサリバン常務は、軍の正規の命令系統を迂回。

 自社が抱え込む「最も黒く、最も危険な切り札」を、アルビオン隊の補充要員という名目で、直接戦場へと投下する決断を下したのである。

 その冷徹な決断は、連邦軍人事局宛てに送付された一通の極秘要請書という形態をもって実行に移された。

 

『地球連邦軍 人事局 特務人事課 宛』

『アナハイム・エレクトロニクス社 役員会(オサリバン常務名義)』

『強襲揚陸艦アルビオンへの人員補充および特務機材提供に関する極秘要請書』

『記録日時:UC〇〇八三年一〇月二八日』

 

『[要旨]

 貴軍のトリントン基地において発生したガンダム試作二号機強奪事案に対し、弊社としても極めて深い憂慮と責任を痛感しております。

 現在、本件の解決に向けて単独で追撃任務にあたっている強襲揚陸艦アルビオンの部隊状況を鑑みるに、対モビルスーツ戦闘における戦力不足は極めて深刻なレベルにあると推察いたします。

 デラーズ・フリートの精鋭部隊との交戦が想定される今後の展開において、現在のアルビオン隊の戦力では、任務の完遂はおろか、部隊の生存すら危ぶまれる状況です。

 弊社は、ガンダム開発計画のパートナーとして、この国家的危機を速やかに排除するため、弊社が極秘裏に管轄・運用している『特務戦力』を、アルビオン隊へ無償で提供・出向させることをここに要請いたします。

 

[提供人員および機材の詳細]

 

 一.提供人員:シイコ・スガイ 中尉(連邦軍特務機関籍・現在弊社出向中)

 

 二.提供機体:RGC-83 ジム・キャノンⅡ "ウィッチズ・ブルーム"(特務改修仕様)

 

[推薦理由および特記事項]

 

 スガイ中尉は、空間高機動戦闘において、現在の連邦軍内に並ぶ者のない極めて特異かつ卓越した操縦技術を保持しております。

(※彼女の機動データは、先日貴軍に提出いたしました『File: STIGMA』の実証データそのものであります)

 また、彼女は直近の一年間、暗礁宙域において「データ収集任務」に従事しており、ジオン公国軍残党のMS部隊との実戦経験を豊富に有しております。

 彼女の『実戦経験』と、目標を確実かつ物理的に沈黙させるその圧倒的な空間制圧能力は、現在の事態解決、および敵対勢力の完全排除に必ずや多大な貢献をなすであろうと確信しております。

 なお、対象人員の精神状態は「極めて平坦」であり、過酷な命令に対してもいかなる感情的動揺を示すことなく、機械的かつ合理的に任務を遂行いたします。

 彼女の搭乗する特務改修機『ウィッチズ・ブルーム』に搭載された特殊近接兵装(スティグマ・アンカー)の運用についても、実戦での無制限な使用を許可されるよう、アルビオン艦長への通達を併せて要請いたします。

 この未曾有の危機的状況において、手段を選んでいる猶予はございません。

 どうか、弊社の「()()()」であるこの特務戦力の編入を、可及的速やかにご承認いただけますよう伏してお願い申し上げます』

 

 この要請書は、連邦軍の上層部と人事局の腐敗した官僚たちによって、ほとんどまともな議論の俎上に載せられることもなく、形式的なスタンプを連打されて即座に承認された。

 彼らもまた、自分たちの致命的な失態をリカバリーするためには、毒をもって毒を制するしか道はないと完全に追い詰められていたからである。

 

「魔女が何をしようと一向に構わない。

 テロリストどもを皆殺しにして、核搭載機を取り戻せるのであれば、いかなる化け物を投入しても構わない」

 

 それこそが、軍上層部の偽らざる本音であった。

 要請書の承認と同時に、暗礁宙域の凍てつく暗闇の中で休眠状態にあった『漆黒の機体』と、その主である魔女に対し、出撃の命令が下された。

 暗礁宙域の極秘テスト施設。

 ハンガーの薄暗い照明の下、極限まで強化されたムーバブル・フレームと、暴発寸前のジェネレーターを内包した異形の魔改造機「ウィッチズ・ブルーム」が、鈍く冷たい光を放っていた。

 両肩とシールドの先端には、ジオンの残党兵たちに死の十字架を刻み続けてきた赤い楔(ウェッジ)が、新たにフル装填されている。

 その足元に、喪服のごとき漆黒のパイロットスーツに身を包んだシイコ・スガイが立っていた。

 地球の重力下において、自然の美しさや人々の温もりに接触しても一切解凍されることのなかった彼女の『絶対的な虚無』の瞳が、機体の黒い装甲を静かに見上げていた。

 彼女の端末に、アルビオン隊への合流と、デラーズ・フリートの殲滅を命じる短いテキストが着信する。

 大義も、正義も、復讐の念も、彼女の精神構造には何一つ存在しない。

 在るのはただ、「新たなる狩場が提供された」という、極めて冷徹な事実の確認だけであった。

 

『……十字の楔が、足りるだろうか』

 

 無機質な呟きだけを虚空に落とし、魔女はコックピットの暗闇へと姿を消した。

 腐敗しきった官僚と、利益と保身の最大化に血道を上げる死の商人たち。

 彼らは、自らの手で、この世界に最も解き放ってはならない『最悪のジョーカー』の封印を完全に解除してしまったのだ。

 ガンダム試作二号機の強奪によって幕を開けたこの『デラーズ紛争』は、大義と大義が正面から激突する軍事衝突から、やがて一人の魔女によって、無数の命がワイヤーに緊縛され、十字架に磔にされるという、凄惨かつ猟奇的な地獄へと変貌を遂げていくことになる。

 そして、地獄の中心において、正義の象徴であるはずの白いガンダムと、殺戮の具現である黒い魔女が並び立つ時、地球圏の歴史に、決して拭い去ることのできない深く暗澹たる絶望の爪痕が穿たれる。

『星の屑』作戦。

 ジオンの理想が散華する激闘であると同時に、軍産複合体が生み出した純粋なる『狂気』が、宇宙の暗黒に完璧な死の芸術を描き出すための、血に塗れた舞台の幕開けに過ぎなかった。

 

 

 




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