機動戦士Gundam 喪服の魔女【第三部進行中】   作:王子の犬

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U.C.0083/11/09 - 連邦軍視点 - 強襲揚陸艦アルビオンの部隊再編
《28》部隊再編の訓示(U.C.0083年11月9日8:00〜10:00)


 

 

 

 宇宙世紀〇〇八三年一一月九日。

 

 地球連邦軍第三地球軌道艦隊所属、ペガサス級強襲揚陸艦アルビオン。

 その艦内を支配していたのは、循環システムの低い駆動音すらも呑み込んでしまうほどの、極めて重篤で息苦しい沈黙であった。

 つい数日前まで、この艦のMSデッキには、荒くれ者の古参パイロットたちを怒鳴り散らす野太い音声が轟き、若き士官たちがその背中を追って駆け回る、闘争集団としての確かな『熱量』が存在していた。

 しかし現在、熱量の根源は永遠に喪失してしまったのである。

 サウス・バニング大尉の戦死。

 一年戦争の激戦を潜り抜け「不死身の第四小隊」を統率した偉大なる前線指揮官の死。

 アルビオンの将兵たちにとって、単なる一士官の物理的損耗を遥かに超越する意味を内包していた。

 彼は若きコウ・ウラキやチャック・キースにとっては厳格なる父に等しく、アルファ・A・ベイトやベルナルド・モンシアにとっては、己の背中を預け得る唯一無二の戦友であった。

 彼を喪失した今、アルビオンのMS部隊は、魂の半身を抉り取られたかのような深い虚脱状態へと陥っていたのである。

 しかし、無情なる戦局は彼らに立ち止まる時間的猶予を付与しない。

 ジオン公国軍残党『デラーズ・フリート』が企図する『星の屑』作戦の全貌が未だ暗礁に乗り上げている中、翌十一月一〇日には、コンペイトウ(旧ソロモン)宙域における地球連邦軍の観艦式が迫っていた。

 アルビオンもまた、巨大な防衛網の末席に連なることが決定づけられていたのである。

 午前八時。

 艦内のスピーカーから、エイパー・シナプス艦長の重苦しい音声が響き渡った。

 悲嘆に沈むクルーたちを再び狂気の坩堝へと駆り立てるための、苦渋と諦観に満ちた訓示であった。

 

『地球連邦軍 強襲揚陸艦アルビオン 艦内定時放送(艦長訓示)』

『記録日時:UC〇〇八三年十一月九日 〇八〇〇時』

 

『総員に傾注を命ずる。

 艦長のエイパー・シナプスである。

 すでに周知の通り、我がアルビオンのMS部隊隊長、サウス・バニング大尉が昨日の戦闘において名誉の戦死を遂げた。

 バニング大尉の喪失は、我が隊にとって、いや、地球連邦軍全体にとって計り知れない戦略的痛手である。

 彼の卓越した戦術指揮能力と、いかなる絶望的状況下においても部下を導き、生還させる強靭な精神構造は、我々アルビオンクルーの誇りであり、絶対的な支柱であった。

 私自身、彼という得難い戦友を喪った悲哀は、言語に絶するものがある。

 だが、我々には立ち止まって感傷に浸る時間的猶予は与えられていない。

 デラーズ・フリートは、強奪した戦術核搭載型ガンダム試作二号機を擁し、未だこの宇宙の暗がりで我々の喉元を狙い澄ましている。

 彼らが『星の屑』と呼称する作戦の真の企図を看破し、そして何としてもこれを物理的に阻止する義務が、我々アルビオン隊には課せられているのだ。

 我々がここで崩壊すれば、バニング大尉の尊い犠牲は完全に無為へと帰すこととなる。

 現在、我が艦は明日挙行されるコンペイトウ観艦式の宙域防衛任務に就くべく、航行を継続している。

 戦力再編の緊急措置として、部隊の指揮系統に空白を作ることは許されない。

 よって、本艦の権限において特例措置をとる。

 

 アルファ・A・ベイト中尉。

 貴官を本日付で大尉に戦時昇進とし、我がアルビオン搭載MS部隊の隊長に命ずる。

 一年戦争を生き抜いてきた貴官の経験と統率力に、本艦のMS部隊の全指揮を託す。

 

 コウ・ウラキ少尉。

 貴官を本日付で中尉に戦時昇進とする。貴官のガンダム・パイロットとしての目覚ましい戦果は、誰もが認めるところである。

 今後は中尉としてベイト大尉を補佐し、我が隊の中核として十全な働きを見せてもらいたい。

 

 さらに、本日付で、アナハイム・エレクトロニクス社より特務パイロット一名と、その専用機体が本艦に補充される手はずとなっている。

 軍上層部と軍産複合体(企業)の間の特例的な政治的人事ではあるが、彼らもまた、我々と同じくジオン残党を殲滅するための『戦力』として供与されるものである。

 昇進者および補充要員を組み込んだ新たな小隊フォーメーションについては、追って作戦室より通達する。

 クルー諸君。

 悲哀を乗り越えよ。

 バニング大尉の闘争心は、今も我々と共にある。

 明日の観艦式防衛任務、ならびに星の屑作戦の阻止に向け、各員、その持ち場において全力を尽くすことを要求する。

 以上だ』

 

 スピーカーからのノイズが途絶した後も、MSデッキに活気が還流することはなかった。

 シナプス艦長の言辞は、軍人としての責務を説く極めて真っ当なものであったが、クルーたちの腹の底に沈殿した冷たい鉛を溶解するには至らなかったのである。

 むしろ、「AE社からの補充」という一言が、一部のクルーたちに奇妙な不協和音を現出させていた。

 バニング大尉という血の通った『人間の戦士』の空隙を、巨大企業から派遣される素性の知れない特務パイロットで埋め合わせようという上層部の冷徹な算段。

 そこには、戦場を単なるデータ収集の実験場としか認識していない軍産複合体の傲慢なエゴが透けて見え、残された者たちの虚無感をより一層深淵へと追いやるばかりであった。

 

 

 

 宇宙世紀〇〇八三年十一月九日、〇九〇〇時。

 

 漆黒の宇宙空間を滑るように進みゆくアルビオンの左舷側に、一隻の輸送艦が接近しつつあった。

 それは地球連邦軍の正規補給艦などではなく、アナハイム・エレクトロニクス(AE)社のコーポレートロゴが控えめに塗装された、特務仕様の偽装輸送艦であった。

 一切の通信を発することなく距離を詰め、アルビオンの第二ハッチへとドッキング・チューブを伸長させるその威容は、どこか死体を搬送する霊柩車を想起させる不気味さを漂わせていた。

 アルビオンの甲板管制所では、オペレーターたちがモニターに投影される接舷作業の推移を監視していた。

 彼らもまた、前日のバニング戦死による精神的疲労と沈鬱を引きずっており、作業は必要最低限の業務的音声のみで進行していたのである。

 しかし、輸送艦のカーゴ・ハッチが開放され、そこに積載されていた『補充機体』が姿を現した瞬間、管制所内に滞留していた淀んだ空気は、一瞬にして根源的な当惑と奇妙な悪寒によって塗り替えられることとなる。

 

『地球連邦軍 強襲揚陸艦アルビオン 甲板管制所』

『第二ハッチ接舷および搬入作業における通信記録・管制官音声ログ』

『記録日時:UC〇〇八三年十一月九日 〇九一二時』

 

[録音開始]

 

管制官A:

「こちらアルビオン管制。

 AE輸送艦『コロンブス改』のドッキング・ラッチ固定を確認した。

 気圧調整プロセスへ移行。

 搬入用カタパルト、スタンバイ」

 

管制官B:

「了解。

 ……データリンク完了。

 AE社からのマニフェストを受信しました。

 補充人員一名、および機体一機。

 弾薬コンテナ三基……随分と寡兵だな。

 大尉の穴埋めであるなら、せめてジム・カスタムの一小隊くらいは供与してくれても罰は当たるまいに」

 

管制官A:

「ぼやくな。

 アナハイムがわざわざ自前の輸送艦で直送してくるんだ、どうせまたガンダム試作機のごとき、ピーキーなテスト機体のお守りを強要されるに決まっている。

 ……おい、ハッチが開放されるぞ。

 搬入アーム、作動開始」

 

(モニター上で、輸送艦の暗澹たるカーゴスペースから、重機に牽引されたモビルスーツが緩慢な動作でアルビオンのハンガーへと引き出されていく)

 

管制官B:

「……おい、何なんだあの機体は。

 真っ黒だぞ。

 宇宙空間用の低視認塗装(ロービジ)にしても、あのようなインクをぶち撒けたごとき塗装は連邦の教範には存在しないぞ」

 

管制官A:

「識別信号を確認する。

 機体登録コードは……RGC-83。

 ジム・キャノンⅡ系のようだが……」

 

管制官B:

「ジム・キャノンⅡだって?

 冗談だろう!?

 あの分厚いチョバム・アーマーを着込んだ鈍重な火力支援機を、この熾烈な追撃戦の真っ只中へ放り込む腹積もりか?

 ……いや、待て。

 カメラの倍率を上げろ。

 脚部……下半身のバランスが完全に狂っているぞ。

 何なのだあの巨大なスラスターの塊は。

 キャノンの脚部じゃないな、あれではまるで……ガンダム(GP01Fb)のブースト・ポッドを、無理やり直付けしたみたいじゃないか!」

 

管制官A:

「(息を呑む)……両肩のあのユニットは何だ?

 キャノン砲の他に、巨大なウインチのような構造物が……先端に、十字架めいた形状のアンカーが懸架されている。

 一体何なのだこれは。

 上半分は重装甲の支援機で、下半分は超高機動型のスラスターの化物。

 重心設計などという概念を完全に黙殺している。

 あんなツギハギのゲテモノが、まともに空間機動できるはずがない」

 

管制官B:

「……あれが、新たなる戦力だというのか?

 大尉の代替品として、あんな薄気味悪いバケモノを送り付けてきたのか、死の商人(アナハイム)の連中は」

 

管制官A:

「……口を慎め。

 搬入作業を継続しろ。

 我々は命令を遂行するのみだ。

 だが……不快な匂いがする。

 あの機体は、連邦の血が通った兵器ではない。

 何か、もっと決定的に別の……」

 

[録音終了]

 

 アルビオンのMSハンガーに物理的に固定された漆黒の機体――『ウィッチズ・ブルーム』。

 その圧倒的な存在感は、悲哀に沈む艦内に強引に持ち込まれた巨大な異物であった。

 整備兵たちは遠巻きにその機体を凝視し、絶句していた。

 平和を維持するための抑止力でも、兵士の命を保護するための盾でもなく、ただ純粋に何かを『徹底的に破壊し尽くす』ためだけに、狂気じみた設計思想によって組み上げられた拷問器具のごとき禍々しさを放射していたからである。

 

 

 

 宇宙世紀〇〇八三年十一月九日 一〇〇〇時。

 

 機体の搬入と同時に、アルビオンの技術・整備班のメインフレームには、AE社先進開発部門から極めて厳重なプロテクトが施された機密データが転送されていた。

 整備班長のモーラ・バシットと、AE社から出向中のシステムエンジニアであるニナ・パープルトンは、ブリーフィングルームのモニターにおいてそのデータファイルの解凍作業を実行した。

 画面に投影されたのは、先刻ハンガーに搬入された漆黒の機体、特務〇一機『ウィッチズ・ブルーム』に関する取扱説明書(オペレーション・マニュアル)であった。

 しかし、そこに羅列された数表と運用プロトコルを精読するにつれ、二人の技術者としての常識は根底から蹂躙され、やがて背筋を凍結させる戦慄へと変貌していった。

 

『アナハイム・エレクトロニクス社 先進開発部門』

『特務機材に関する申し送り書(機体編・抜粋)』

『宛先:地球連邦軍 強襲揚陸艦アルビオン 技術・整備局』

 

『[機体概要]

 本機体(登録コード:ウィッチズ・ブルーム)は、RGC-83 ジム・キャノンⅡの基本フレームをベースとしながらも、特務パイロットの極めて特異な戦闘教義(ドクトリン)に適合させるため、大幅な魔改造を施した実験検証機である。

 本機は、上半身の重装甲(チョバム・アーマーによる耐ビーム・耐衝撃性能の極大化)に対し、下半身の脚部ユニットにガンダム試作一号機フルバーニアン(GP01Fb)と同等の推力を誇る試作ブースト・ポッドを直付けした、極めてピーキーな機体構成となっている。

 

[運用上の注意および機体特性]

 

 一.重心の意図的な破綻

 本機体の設計上、重心は完全に破綻しており、通常の歩行プログラムや標準的なAMBAC(能動的質量移動による自動姿勢制御)システムでは、宇宙空間における姿勢維持すら困難を極める。

 しかし、本機は専任パイロットの『()()()()()()()()()』を前提とし、OS側がパイロットの反射神経に合わせてAMBACを「歪ませて」同調させるという、通常とは完全に逆行する制御アプローチを採用している。

 

 二.極限機動におけるG負荷の警告

 同封した実戦データ『File: STIGMA』のテレメトリーが立証する通り、本機はワイヤーアンカーと巨大推力を併用し、物理法則を黙殺した()()()()()の急旋回(慣性無視機動・振り子機動)を頻繁に敢行する。

 この機動は、機体のフレーム限界応力値の九九%を酷使するものであり、毎回の出撃後にフレームのマイクロクラック検査を義務付ける。

 また、この一五Gという負荷は人間の生理的限界を遥かに超越している。

 専任パイロット以外の、通常のパイロットが本機に搭乗してこの機動を実行した場合、急加速時のGによって頸椎を粉砕し、即死あるいは致命的な脳障害を惹起する。

 したがって、いかなる緊急事態下においても、絶対に他者を搭乗させないこと。

 

 三.兵装の特殊性

 本機の主兵装は、両肩および専用シールド先端に内蔵された電磁アンカー・ユニット『スティグマ Mk-Ⅱ』である。

 これは単なる牽引用のワイヤーなどではなく、対象の装甲に物理的に食い込ませ、高圧電流を流し込むための近接拘束・破壊兵器である。

 このアンカーの使用によって敵機を捕縛し、自機の『肉の盾』として運用しながらゼロ距離射撃を敢行するのが、本機の基本戦術(聖痕戦術)である』

 

「……冗談ではないわ」

 

 モニターを凝視していたニナ・パープルトンが、震える声で呟いた。

 彼女の顔面からは完全に血の気が失せ、蒼白になっていた。

 

「このような代物、モビルスーツではないわ。

 ただの鉄の棺桶よ。

 GP01のブースト・ポッドを、あんなズングリとした上半身に無理やり接合して、一五Gで振り回すだなんて……機械工学への明らかな冒涜よ。

 パイロットを物理的に殺害するための設計としか思えない」

 

 傍らに屹立するモーラも、丸太のような腕を組みながらギリッと奥歯を噛み砕かんばかりに食い縛った。

 

「大尉の代替品として送り付けてきたのが、こんなイカれたのだと言うの?

 しかも、敵をワイヤーで緊縛して盾として流用する?

 そのような外道極まる戦術、連邦の教範のどこに記載されているというの……。

 ……アナハイムの連中、『星の屑』の混乱に乗じて、とんでもないバケモノをウチの艦に押し込みやがった」

 

 偉大なる戦友の死を悼む『人間の感情』が充満していたアルビオン艦内に、突如として投下された『人間の命を単なる部品としてしか認識しない』軍産複合体の冷徹なエゴイズム。

 その漆黒の異物は、発進を待つコックピットのように、静かに、しかし確実に、艦内の空気を異質かつ不気味なものへと変質させていった……。

 

 

 

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