機動戦士Gundam 喪服の魔女【第三部進行中】 作:王子の犬
宇宙世紀〇〇八三年十一月九日、一八〇〇時。
アルビオンの作戦室では、明日のコンペイトウ観艦式防衛任務に向けた最終的な戦闘配置の策定が完了し、司令部へと報告書が提出されていた。
作戦参謀たちもまた、現場のパイロットたちと同様に、あるいはそれ以上に、シイコ・スガイという『戦術的異常値』の扱いに頭を抱えていた。
彼女の機動データ――最大一五Gの慣性無視機動と猟奇的な超近接拘束戦術――は、通常のパイロットのベクトルとはあまりにも乖離しており、コウのGP01Fbや、ベイトたちのジム・カスタムと連携させることは、物理的にもシステム的にも絶対不可能であった。
無理に小隊に編入すれば、彼女の予測不能なワイヤー機動によって、味方機が巻き添えになる危険性が極めて高かった。
苦渋の決断の末に作成された戦闘配置報告書は、極めて官僚的な文面を装いながらも、アルビオンという艦が抱え込んでしまった『絶望的な矛盾』を隠蔽しきれずにいた。
『地球連邦軍 強襲揚陸艦アルビオン 作戦室』
『コンペイトウ観艦式 宙域防衛任務・戦闘配置報告書(最終稿)』
『記録日時:UC〇〇八三年十一月九日 一八〇〇時』
『[部隊編成および配置プラン]
明日の観艦式防衛任務における、我がアルビオン搭載MS部隊のフォーメーションを以下の通り決定する。
第一小隊(ウラキ少尉機、キース少尉機)および第二小隊(ベイト中尉機、モンシア中尉機、アデル少尉機)は、事前の教範通り、相互支援を前提とした迎撃陣形を採用し、コンペイトウ宙域セクターA~Cの防衛網を構築する。
[特記事項:特務〇一機の運用について]
本日AE社より補充された特務〇一機「ウィッチズ・ブルーム」(シイコ・スガイ中尉搭乗)については、機体特性およびパイロットの戦術ドクトリンが通常規格から著しく逸脱しているため、既存の小隊フォーメーションに組み込むことが戦術的に困難(連携不能)と判断した。
よって、特務〇一機は全小隊の連携ネットワークから完全に切り離し、コンペイトウ宙域セクターDにおける単独の遊撃・哨戒任務に配置する。
当該機には「指定空域に侵入するあらゆる敵性目標の物理的排除」という極めて単純化された命題のみを与え、他小隊は特務〇一機の戦闘空域(ワイヤーアンカーの射程圏内)に絶対に入らないことを厳命する。
[司令部への所見]
本艦は現在、部隊の精神的支柱であったバニング大尉喪失の悲嘆と、得体の知れない『魔女』を抱え込んだ不気味な緊張感に支配されている。
本来、一丸となって敵に立ち向かうべき出撃前夜において、艦の内部にこれほどの深い断絶と不信感が渦巻いている状況は、作戦遂行上、極めて憂慮すべき事態である。
我々は、ジオン残党の脅威と同時に、この特務パイロットが味方にもたらす予測不能な被害(
明日の観艦式が無事に終わることを祈るのみである』
作戦室がこの絶望的な報告書に署名を行っていたその時刻。
アルビオンの最下層、一般クルーの居住区から隔離されるように割り当てられた特務パイロット用の個室では、艦内に渦巻くあらゆる喧騒や不安、怒り、そして悲哀から完全に切断された『絶対的な静寂』が支配していた。
シイコ・スガイは、宛てがわれた狭小な自室の簡易ベッドに浅く腰掛けていた。
部屋の照明は極限まで落とされており、薄暗い闇の中において、彼女の纏う漆黒のパイロットスーツは完全に周囲の暗黒と同化していた。
部屋の中には、家族の写真も、私物も、生活の痕跡は何一つ存在しない。
彼女の鼓動は、明日の激戦を控えたパイロットのものとは思えないほど、恐ろしく緩慢であり、平坦であった。
手汗を握ることも、恐怖に震えることも、バニングという見知らぬ士官の死を悼むこともない。
彼女の精神は、一切のノイズを受信しない完全な
彼女の膝の上には、ひどく擦り切れた古い紙の詩集だけが置かれていた。
彼女は、瞬きすらほとんどしない
『――
彼女にとって、明日のコンペイトウ宙域にどれほどのジオン残党が殺到しようとも、そこで戦術核の閃光が明滅しようとも、アルビオンのクルーたちが彼女を恐れ憎悪しようとも、いかなる意味も持たなかった。
ただ、入力された座標へと向かい、十字のワイヤーを敵の装甲に打ち込み、物理的に沈黙させるという、終わりのない『作業』を反復するだけである。
彼女の魂はとうの昔に死に絶えており、もはや死そのものすら彼女を支配することはできない。
アルビオンという一個の閉鎖空間の中に同居する、ジオンの脅威に怯え、戦友の死を悼む『生きた人間』たちと、巨大な資本と狂気によって捏造された『絶対零度の魔女』。
その残酷なまでのコントラストを孕んだまま、強襲揚陸艦アルビオンは、星の屑作戦という歴史の巨大な暗黒面が口を開けて待つコンペイトウ宙域へと、静かに、そして後戻りのできない速度で滑り込んでいった。
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