機動戦士Gundam 喪服の魔女【第三部進行中】   作:王子の犬

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《32》迫る開戦と、自己を欺く兵士たち(後半:14:00〜18:00)

 

 

 

 宇宙世紀〇〇八三年十一月九日、一四〇〇時。

 

『星の屑』作戦の決行を翌日に控え、デラーズ・フリートの艦隊群は、コンペイトウ(旧ソロモン)宙域の外縁部に向けて、巨大なデブリベルトの暗がりを縫う隠密航行を継続していた。

 自らの熱源と電波放射を極限まで抑制し、強大極まる地球連邦軍の索敵網を潜り抜けるという、文字通り薄氷を踏むような極度の緊張感が各艦のブリッジとMSデッキを支配している。

 窓の外に広がる漆黒の宇宙は、かつて彼らが誇り高く闘争し、そして完膚なきまでに敗れ去った一年戦争の墓標の群れに他ならない。

 その墓標の影を這うように進撃する彼らの元へ、エギーユ・デラーズ中将の座乗する旗艦グワデンより、極めて高い指向性を持たせた暗号レーザー通信が着信した。

 通信室のオペレーターたちは、呼吸すら忘却して送られてきたデータパッケージの復号化を実行する。

 明日の作戦の成否を根本から覆しかねない、連邦軍の不穏な動向を告げる戦術警報であった。

 

『ジオン公国軍 デラーズ・フリート 方面司令部』

『旗艦グワデン発:各襲撃部隊への戦術警戒通達(暗号通信ログ)』

『記録日時:UC〇〇八三年十一月九日 一四〇五時』

 

『[状況通達および警戒命令]

 

 作戦宙域に接近しつつある全艦艇、ならびに全モビルスーツ小隊に告ぐ。

 我が軍の事前偵察および通信傍受ネットワークの解析により、コンペイトウ防衛ラインに展開中の連邦軍艦隊の陣容に、ペガサス級強襲揚陸艦アルビオンの存在が確認された。

 各部隊は、連邦の強襲揚陸艦アルビオンの動向に対し最大限の警戒を払え。

 同艦は、ガトー少佐がガンダム試作二号機を奪取した直後より、執拗に我々を追撃してきた連邦軍の独立特務部隊である。

 我々の『星の屑』の真の企図を最も深く疑念し、かつ、作戦の致命的障害となり得る非正規(イレギュラー)な戦力を有している公算が極めて高い。

 さらに、先のキンバライド基地での交戦記録や情報提供を総合するに、同艦には現在、未知の新型特務機が配備されている可能性が指摘されている。

 各機はアルビオン所属機との接触時には陣形を固く維持し、決して単独での交戦を試みてはならない。

 我々の至上目的はあくまで作戦の完遂であり、局地戦での戦果ではない』

 

 この通達は、直ちに各艦の戦術ネットワークを介し、出撃を待機するパイロットたちにも共有された。

 

『アルビオン』

『未知の新型特務機』

 

 その無機質な文字列は、一年戦争の地獄から生還し、この三年間を絶望の淵で過ごしてきた兵士たちの意識の底辺に、得体の知れない冷徹な影を落とし込んだ。

 連邦軍は絶対的な物量を誇示している。

 それに加え、いかなる悪辣な非合法手段(ブラックオプス)を行使してくるか予測不能である。

 暗礁宙域での過酷な潜伏任務において、彼らは幾度となく『見えざる恐怖』によって同胞を屠られてきた。

 絶対的恐怖の記憶が、胃の腑から這い上がってこようとする。

 だが、『恐怖』を論理的に直視することを極度に忌避した。

 直視してしまえば、己たちが掲揚する大義の脆弱さに気づき、トリガーを引く指が痙攣してしまうからだ。

 ゆえに、恐怖を異常なまでの『作戦への没入』と『大義への狂信』によって、強引にねじ伏せようと企図していたのである。

 

 午後三時。

 作戦開始の刻限が秒読み段階へと突入する中、各艦のブリーフィングルームにおいては、モビルスーツ小隊ごとの最終的な陣形確認と戦術シミュレーションが、息の詰まるような切迫感の中で反復されていた。

 明日直面する戦場は、連邦軍の観艦式という敵の絶対的防衛網の中枢である。

 いかにガトー少佐のガンダム試作二号機が放つ戦術核が連邦の艦隊を半壊させようとも、残存する連邦のモビルスーツ部隊の総数は、デラーズ・フリートの全戦力を優に凌駕している。

 圧倒的な戦力差を強引に覆すための、決死の特攻にも等しい突撃作戦に他ならない。

 第三MS小隊を統率する歴戦の小隊長は、ホログラム・テーブルの上に展開されたコンペイトウ周辺のデブリ宙域図と、予測される連邦軍の防衛ラインを睨みつけながら、額に脂汗を浮かべる部下たちへ向け、血を吐くような訓示を敢行していた。

 

『ジオン公国軍 デラーズ・フリート MS部隊・第三小隊』

『最終ブリーフィングにおける小隊長の訓示(作戦指揮所録音)』

『記録日時:UC〇〇八三年十一月九日 一五三〇時』

 

[録音開始]

 

「いいか、よく聞け。

 明日の作戦は、我々の三年間のすべてを懸けた歴史的分水嶺だ。

 我々の忍従の日々は、明日、コンペイトウに上がる閃光とともに報われるのだ。

 だが、致命的な勘違いをしてはならない。

 我々の任務は敵部隊の殲滅ではない!

 連邦の艦隊を焼却するのはガトー少佐の役目だ。

 我々が為すべきことは、核の閃光によって指揮系統が崩壊し、恐慌状態(パニック)に陥った連邦の防衛網の間隙に、楔のごとく打ち込まれることだ。

 少佐が核を放った直後、連邦の残存MS部隊は、確実に少佐の試作二号機を血祭りにあげんと狂ったように殺到してくる。

 我々第三小隊は、その追撃部隊の側面に強襲をかけ、彼らの陣形を物理的に破断する。

 ガトー少佐の航路を開き、一機でも多く帰還せしめること。

 それこそが、我々に与えられた唯一絶対の至上命題であると骨の髄まで刻み込め。

 連邦のジムの首を一つでも多く獲りたいという功名心は理解できる。

 だが、単独での追撃は厳に禁ずる!

 我々は物理的な数量において劣勢なのだ。

 足を止めれば、一瞬にして十字砲火を浴びて宇宙の塵と化す。

 スラスターを吹かし続けろ。

 一撃離脱を反復し、敵に火線を絞らせるな。

 僚機との相対距離を厳密に維持し、死角をカバーし合え。

 いいか、貴様らの命は、もはや貴様ら個人の所有物ではない。

 少佐を無事に帰還させ、星の屑の大義を宇宙に証明するための、尊い『盾』なのだ」

 

[録音終了]

 

 小隊長の言辞は、悲壮なまでの決意によってコーティングされていた。

 彼らは、己たちが連邦の巨大な軍事システムの前には取るに足らない質量であることを、痛いほど理解していたのである。

 自分たちは使い捨ての駒(デコイ)に過ぎないかもしれない。

 無惨に宇宙の塵と化すかもしれない。

 その本能的な死の恐怖を抹消すべく、彼らは個人的な感情を完全に凍結し、全体が一つの有機的な機械部品となって、極限までストイックに戦術を遂行するという『作業』に没頭した。

 若きパイロットたちは、額に冷たい汗を滲ませながら、幾度となくホログラムの戦術マップ上で自機の動線をトレースしていた。

 

「ポイント・アルファにてジムの小隊と接触。

 牽制のバズーカを放射後、直ちにベクトルを反転。

 ポイント・ブラボーで第二小隊と合流し、少佐の追撃に回る敵の死角を突く……」

 

 生還のためのプロセスではなく、大義のために己の命を最も効率よく『消費』するための、極めて残酷なシミュレーションであった。

 彼らの双眸には、死への恐怖を完全に凌駕するほどの、強烈な使命感という名の狂気が宿っていた。

 我々は歴史の英雄となる。

 ジオンの正義を体現する閃光の一部となる。

 圧倒的な戦力差を前にして、ジオンの将兵たちは己の魂を極限まで研ぎ澄まし、一振りの無機質な刃へと変貌することで、意識の底で蠢く得体の知れない恐怖から必死に目を背けようと企図していたのである。

 

 

 

 宇宙世紀〇〇八三年十一月九日、一六〇〇時。

 

 ジオン残党が、血の滲むような覚悟で決死の戦術ドクトリンを構築しているその同一時刻。

 デラーズ・フリートの旗艦グワデンに設営された通信傍受班(SIGINT)の暗く閉鎖的な区画では、オペレーターたちがヘッドセットを耳に圧着させ、コンペイトウ周辺に飛び交う無数の電波を拾い集めていた。

 地球連邦軍の観艦式。

 一年戦争の勝利者たる連邦が、圧倒的な軍事力をスペースノイドに誇示するための、巨大な政治的デモンストレーションである。

 コンペイトウ宙域には、マゼラン改級戦艦やサラミス改級巡洋艦が数百隻という規模で集結。

 幾千ものモビルスーツがその周辺を展開しているはずであった。

 本来であれば、周辺宙域は厳重なミノフスキー粒子の散布と、息もつかせぬ哨戒活動によって、針の穴ほどの隙間も存在しない鉄壁の防御陣地を形成しているべきである。

 しかし、通信傍受班のスピーカーから出力される連邦軍の無線交信は、ジオンの兵士たちの聴覚を疑わせるほどに、絶望的なまでに弛緩しきった代物であった。

 

『ジオン公国軍 デラーズ・フリート 旗艦グワデン』

通信傍受班(SIGINT)による連邦軍通信解析レポート』

『記録日時:UC〇〇八三年十一月九日 一六三〇時』

 

オペレーター:

「……班長。

 またコンペイトウの哨戒部隊の回線を傍受しました。

 暗号化すら施されていません、完全な平文です」

 

(ヘッドセットを押さえた若いオペレーターが、理解不能な事象に直面したような目で上官を振り返る)

 

班長:「聞かせろ」

 

(班長がスイッチを切り替えると、スピーカーから、連邦軍のパイロットたちの間の抜けた会話が再生される)

 

連邦軍機A:

『――アルファ・ツーから管制。

 第四ブロックの哨戒ルートを消化した。

 デブリの影にも異常なし。

 もう帰投していいか?

 明日のパレードに備えて、機体の装甲をポリッシュし直さなきゃならないんだ。

 式典の最中に塗装の剥げたジムじゃ、提督の機嫌を損ねちまうからな』

 

連邦軍管制:

『 ――管制了解。

 まったく、テロリストどもがこんな大艦隊の真っ只中に突っ込んでくるわけがないのにな。

 パレードの隊列の確認作業でこっちは手一杯だ。

 さっさと帰ってこい』

 

 あまりにも緊張感を欠落させた会話を聴取し、傍受班の狭小な空間に、底冷えのするような冷ややかな嘲笑が伝播した。

 

「……どうやら連邦の連中、完全に弛緩しきっています。

 明日のパレードの隊列の話題ばかりで、周辺宙域の索敵は単なる形式的ルーチンに過ぎません」

 オペレーターが、汚物でも吐き捨てるように報告した。

 

「愚劣な奴らだ」

 

 班長は、冷徹な怒りと圧倒的な優越感が混在した音声で呟いた。

 

「己たちが絶対的な強者であると信じて疑わない傲慢さが、奴らの視神経を完全に塞いでいる。

 コンペイトウの周辺に集結したあの艦隊は、戦闘を行うための軍隊ではない。

 ただ着飾って陳列されているだけの、巨大な鉄屑のパレードに過ぎん」

 

 ジオンの兵士たちは、この三年間、飢餓と寒冷に耐え、連邦の特務部隊という見えざる恐怖に怯えながら、ただ連邦の喉元を食い破るためだけに呼吸を継続してきた。

 彼らの機体はツギハギのパッチワークであり、塗装は剥げ落ち、推進剤は常に枯渇寸前である。

 それに対し、連邦の兵士たちは、真新しい機体の「塗装の剥げ」を憂慮し、パレードの隊列を乱さないことのみにリソースを浪費している。

 平和ボケを極めた連邦軍の醜態は、決死の覚悟を完了したジオンの将兵たちにとって、極めて滑稽であると同時に、決して許容し得ない深い侮蔑の対象であった。

 

「笑っていられるのも今のうちだ、地球の寄生虫どもめ。

 明日の今頃は、その綺麗に磨き上げられた艦隊ごと、核の炎で焼却されている事実すら認識できまい……」

 

 この圧倒的な優越感が、彼らの精神をさらに麻痺させていく。

 連邦は弱体であり、愚鈍である。

 我々の大義の前に屈服すべき存在なのだ。

 その自己正当化を強固にすることで、彼らは明日、己たちがどれほど無惨な肉塊を宇宙空間に晒すかもしれないという『死の恐怖』を完全に遮断し、我々は歴史の英雄となるのだという異常な陶酔状態へと、自らを強制的に追い込んでいった。

 

 

 

 宇宙世紀〇〇八三年十一月九日、一七〇〇時。

 

 コンペイトウ宙域における地球連邦軍の観艦式まで、残すところ十数時間。

 デラーズ・フリートの艦隊群は、作戦の中核であるアナベル・ガトー少佐搭乗の試作二号機を、核攻撃の最適射程まで完全に無傷で届けるための、最終フェーズへと移行していた。

 本隊に先駆けて発進。

 連邦軍の哨戒網の注意を逸らすための偽装航路を先行する『先行部隊(陽動部隊)』のパイロットたちは、いち早く自室を後にし、薄暗いMSデッキへと集結していた。

 彼らの任務は過酷を極める。

 連邦軍の巨大な艦隊群の前に寡兵をもって姿を暴露し、可能な限り敵の火線を誘引しながら、ガトー少佐の突入ベクトルをこじ開ける。

 生還の確率が限りなくゼロに近い、事実上の特攻(自爆攻撃)任務に他ならなかった。

 ある若きパイロットが、自らの乗機であるザクⅡ後期型のコックピットに収まった。

 ハッチが密閉され、外部の喧騒が完全に遮断される。

 狭小なコックピットの中には、計器類の低い駆動音と、自身の規則正しい呼吸音だけが支配する閉鎖空間が形成された。

 コンソールの上に貼り付けられていた、退色した一枚の写真を手に取った。

 コロニーに残してきた、妻と幼い娘の画像データである。

 彼は、その表面を親指で緩慢に撫でる。

 コックピットのコンソールから剥がし、胸のポケット……ではなく、傍らに設置された私物保管用のボックスの奥底へと、静かにしまい込んだ。

 

『ジオン公国軍 デラーズ・フリート 先行襲撃部隊所属』

『ある若手パイロットの独白(出撃直前のコックピット内音声記録)』

『記録日時:UC〇〇八三年十一月九日 一七〇五時』

 

「……家族の写真は置いていく。

 三年間、この暗く冷徹な宇宙の果てで、俺の精神を繋ぎ止めてくれたのは、お前たちの笑顔だけだった。

 いかに飢餓に苦しもうとも、いかに寒冷であろうとも、いつかジオンが勝利を収め、お前たちを地球の重力から解放し得る日が到来すると信じて、俺は臥薪嘗胆してきた。

 だが……これより先は、大義のためだけにこの質量()を消費する。

 あの愛しい笑顔を胸に抱いたままでは、俺は確実に、トリガーを引く指がコンマ数秒遅延してしまう。

 最期の瞬間、敵のビームが迫り来る際、お前たちの顔が網膜にフラッシュバックすれば、俺は生存を渇望してしまうだろう。

 明日の作戦遂行において絶対に許容されないエラーだ。

 俺たちは、連邦の分厚い防衛網に楔を打ち込むための、文字通りの『捨て石(犠牲)』として機能しなければならない。

 ガトー少佐の進撃ルートを、俺たちの機体の残骸と命で舗装するのだ。

 そこに、個人の未練や感傷が入り込む余白は存在しない。

 明日、コンペイトウに明滅する核の閃光は、必ずや地球に縛られたお前たちの空をも照らし出すであろう。

 俺は、その光を現出させるための、一片の『星の屑』と化す。

 ……ジェネレーター、オンライン。

 メインスラスター、予熱開始。

 我が命、デラーズ閣下とジオンの栄光の礎に。

 さらばだ、俺の愛したすべての存在よ」

 

 

 

 午後六時。

 先行部隊の発進準備が完了し、デラーズ・フリートの全艦隊は、連邦軍のセンサー群を完全に欺瞞するための『完全な沈黙(サイレント・ランニング)』の状態へと移行した。

 艦内のメイン照明が切断され、必要最低限の非常用レッドランプのみが、薄暗い通路やMSデッキを不気味に照らし出している。

 換気扇の低い回転音と、時折響く金属の軋みだけが、この巨大な鉄の塊が宇宙空間を推移していることを証明していた。

 嵐の前の静けさ。

 作戦開始前の絶対的な静寂。

 兵士たちはそれぞれの配置に就き、暗闇の中で自らの内面と対峙していた。

 しかし、静寂の暗闇の中において、全身に脂汗を滲ませ、激しい心悸亢進(動悸)を必死に抑制している一人の下士官が存在した。

 彼は、一年戦争の最終決戦であるア・バオア・クーの地獄から生還を果たし、さらにこの数ヶ月間、暗礁宙域の過酷な潜伏任務を生き抜いてきた古参兵であった。

 若兵たちを酩酊させている「大義」という名の麻薬が通用しなかった。

 修羅場をこれまで生き延びてこられた理由は、大義への妄信などではなく、戦場における『本能的な死の嗅覚』と、生存するための冷徹な現実主義を保持していたからに他ならない。

 そして現在、研ぎ澄まされた死の嗅覚は、明日の戦場から、かつてないほど強烈で、おぞましい『死の匂い』を感知していた。

 

『ジオン公国軍 デラーズ・フリート 本隊所属』

『ある古参下士官の胸中』

『記録日時:UC〇〇八三年十一月九日 一八四〇時』

 

(……静かだ。

 恐ろしいほどに静まり返っている。

 艦全体が、まるで巨大な柩へと変質してしまったかのようだ。

 先行部隊の連中は、皆一様に死んだような顔貌で出撃の時を待機している。

 あいつらは、自分が歴史の英雄になれると錯覚している。

 己の死が大義の礎になると、本気で妄信しているのだ。

 ……愚か者どもめ。

 本当に救いようのない愚か者だ。

 大義など一片の価値もない。

 そのようなものは、上層部の連中が、自分たちの都合の良いように歴史を編纂するための虚飾に過ぎない。

 戦場で最後に残存するのは、剥き出しの物理的暴力と、肉体が破断される苦痛と、絶対的な死の恐怖のみ。

 俺はア・バオア・クーで現認した。

 大義を咆哮しながら突撃していった若者たちが、連邦のビームの前に塵芥のごとく蒸発していく様を。

 そして……この三年間、俺はさらに恐るべきものを目撃してきた。

 連邦軍は、絶対にあの化け物を明日の戦場へと投下してくる。

 ガトー少佐が核を起爆させれば、連邦は決定的に面子を粉砕され、文字通り手段を選ばなくなるだろう。

 正規軍の交戦規定など容易く黙殺し、あの『鎖に繋がれた狂犬』の制御を解除し、俺たちの陣形の中央へと放り込んでくるに決まっている。

 もし、乱戦の最中、あの漆黒の機体が俺の視界に結像したら?

 俺は、いかに行動すべきだ?

 逃亡するか? どこへ向かって?

 この宇宙のいかなる座標に、安全が担保された領域が存在するというのだ?

 ……嫌だ。

 俺は死を拒絶する。

 いや、違う。

 正面から撃ち合って消滅するのならば、まだ許容できる。

 ただ、無惨に引きちぎられるような死に方だけは絶対にお断りだ。

 味方の銃弾を浴びながら、暗冷な宇宙の真空において、絶望と恐怖に顔面を歪め、単なる肉塊として処理されるのだけは、絶対に御免だ……。

 ……俺は歴史の証人となるのだ。

 俺たちの闘争は無為ではない。

 大義の礎となるのだ。

 そうだ、我々は歴史の英雄だ。

 すべては大義のためだ。

 俺たちは英霊に……!)

 

 下士官の切実な祈りは、恐怖に痙攣しながらも、最終的には自らを『大義』の濁流へと強制的に投棄し、自己暗示のループへと逃避することで辛うじて精神の完全崩壊を免れていた。

 彼の全身は脂汗に塗れ、握りしめた拳からは血が滲出していた。

 その内部では、作戦の狂熱と「猟奇的な死への恐怖」が激しい軋轢を生じ、「すべては大義のためである」という狂信の接着剤で強引に補修していたのである。

 デラーズ・フリートという一つの巨大な艦隊群。

 その外殻は、『星の屑』という英雄的な大義によって塗装され、燃焼するような熱狂と悲壮な覚悟によって強固に装甲されているように見受けられた。

 先行部隊の若きパイロットが自らの命を大義の祭壇に供物として捧げようとしたように、彼らは確かに、連邦の傲慢を粉砕するための「正義の刃」として研ぎ澄まされていた。

 しかし、強固な外殻の内側、兵士たちの意識の最下層には、軍人の尊厳を根底から否定する『無惨に処理されることへの本能的恐怖』という名の、深く暗澹たる断層が走っていた。

 恐怖から視線を逸らすため、「歴史」「英雄」「大義」と異常な陶酔によって懸命に自己を偽装し、狂気と評すべき精神状態で死地へのベクトルを進めていたのである。

 大義に殉じようとする英雄的な熱狂。

 絶対的な死の恐怖を無理やり隠蔽した自己欺瞞。

 極めて脆弱で極限的な心理状態を内包したまま、ジオン公国軍残党の巨大な群れは、完全な静寂の中、破滅の舞台であるコンペイトウ宙域へと、その歩みを止めることなく進撃していった。

 彼らはまだ理解していない。

 明日、戦術核の閃光が宇宙空間を白昼のごとく照らし出した直後、彼らが対峙せねばならない真の絶望が、すでに暗闇の中で息を殺して待機している事実を。

 星の屑という名の大義の裏面において、彼らの自己欺瞞を無惨に引き裂く絶対的虚無の幕が、ゆっくりと、極めて冷徹な足音を伴って開こうとしていた。

 

 

 




U.C.0083/11/10 - 連邦軍視点へ続く
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