機動戦士Gundam 喪服の魔女【第三部進行中】   作:王子の犬

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U.C.0083/11/10 - 連邦軍視点 -
《33》静寂の出撃と焦燥の防衛線(11月10日 10:00〜11:45)


 

 

 

 宇宙世紀〇〇八三年十一月一〇日、一〇〇〇時。

 

 アルビオンはコンペイトウの防衛ライン外縁部における哨戒任務を始動した。

 デラーズ・フリートの動向を探知すべく、MS部隊が次々とカタパルトから漆黒の宇宙空間へと射出されていく。

 コウのGP01Fb、ベイトたちのジム・カスタムが、推進剤の無駄な消費を抑制した教範通りの滑らかな軌道を描き、指定された宙域へと整然と散開していく。

 そして、特務〇一機「ウィッチズ・ブルーム」の発進シーケンスが到来した。

 アルビオンのブリッジとMSデッキの管制を直結する通信回線には、この機体が発進直後に露呈させた、常軌を逸した異常機動に対する管制官の恐慌状態(パニック)が生々しく記録されている。

 

『地球連邦軍 強襲揚陸艦アルビオン ブリッジ・管制通信ログ』

『記録日時:UC〇〇八三年十一月一〇日 一〇〇五時』

 

[通信ログ開始]

 

管制官:

「特務〇一機、発進準備完了。

 スガイ中尉、コンペイトウ宙域セクターDのデブリ帯周辺へ向かえ。発進(ランチ)どうぞ」

 

シイコ:

「……シイコ・スガイ、出る」

 

(直後、カタパルトから射出された漆黒の機体が、アルビオンの光学カメラの露出を狂わせるほどの、異常な推進剤の爆発的燃焼光を放つ)

 

管制官:

「なっ……中尉!

 カタパルト射出後のスラスター全開は危険だ!

 セクターDのデブリとの相対速度が計算値の限界を突破している!

 激突するぞ、直ちに減速せよ!」

 

(通信回線には冷徹なノイズが流れるのみ。

 スガイからの応答は一切存在しない)

 

管制官:

「くそっ、推力異常! 機影をロストする!

 ……いや、メインレーダーの端に捕捉した。

 なんだあの加速は……!

 モビルスーツの通常の機動ではない。

 デブリの隙間を、まるでライフル弾のようにすり抜けていく……。

 まるで、自分から暗礁の闇の中へ消滅していったみたいだ」

 

シナプス艦長:

「管制、特務〇一機にフォーメーションを維持するよう伝達しろ。

 単機での突出は許可していない!」

 

管制官:

「艦長、駄目です!

 指向性通信を試みていますが、特務〇一機からの応答は皆無です。

 完全に独自の判断で、デブリの密集地帯深部へと潜行しています!」

 

[通信ログ終了]

 

 シイコ・スガイの精神構造には、艦隊の防衛網を構築するという「軍事組織としての協調性」など微塵も存在しなかった。

 彼女にとっての戦場とは、いかなる大義も介在せず、敵を最も効率的に屠るための『狩場』に過ぎない。

 彼女は、正規軍の小隊フォーメーションという窮屈な檻からいち早く離脱し、自らのワイヤー機動を最大限に有効活用できるデブリの密集地帯――すなわち暗黒の密室へと、自らを完全に溶け込ませていったのである。

 後方に取り残されたアルビオンのクルーたちは、彼女の背中を見送りながら、味方を出撃させたというよりは、決して首輪を外してはならない狂犬を宇宙に解き放ってしまったのだという、絶対的に拭い去れない不安に苛まれていた。

 

 

 

 午前十一時。

 

 アルビオンのMS部隊は、コンペイトウ外縁部における広域哨戒網の展開を完了させていた。

 コウのGP01Fbやベイトの小隊は、ミノフスキー粒子が散布された空間において、互いのレーダーレンジと目視範囲を厳密に重複させるように、絶えず戦術データリンクを維持しながら宙域をカバーしている。

 バニング大尉から徹底的に叩き込まれた「僚機との絶対的信頼」を基礎とする、正規軍としての極めて模範的な防衛陣形であった。

 しかし、アルビオンのCIC(戦闘指揮所)で戦況モニターを監視していたバサロム副長は、その美しく構築された陣形図の中に、一つだけ極めて不気味で異質な光点が存在している事実を認識していた。

 特務〇一機である。

 バサロム副長が、作戦中の気づきとしてシステムに書き留めた業務日誌には、シイコ・スガイの異常な戦闘ドクトリンに対する、軍人としての根源的な恐怖が綴られている。

 

『地球連邦軍 強襲揚陸艦アルビオン 副長室』

『バサロム副長の業務日誌(私的所見を含む)』

『記録日時:UC〇〇八三年十一月一〇日 十一二〇時』

『コンペイトウ外縁にて哨戒網を展開中。

 各機からの定時報告は異常なし。

 だが、スガイ中尉の機体だけが、戦術レーダー上で極めて特異な挙動を示している。

 ウラキ少尉やモンシア中尉の小隊が、互いの死角をカバーし合うように一定の空域を継続的に巡回しているのに対し、彼女の特務〇一機は、巨大なデブリの陰に張り付くように完全な静止状態を維持している。

 姿勢制御用のバーニアすら点火していない。

 熱源を完全に殺し、宇宙の闇と完全に同化している。

 そして時折、スラスターの燃焼光を一切暴露することなく、フッと相対位置を変換するのだ。

 おそらく、自機から射出したワイヤーを別のデブリに打ち込み、その張力と巻き取りの力だけで、無音のまま空間を跳躍しているのだろう。

 空を飛翔するモビルスーツの力学ではない。

 巨大な暗闇の中で、静かに獲物が網にかかるのを待機する、蜘蛛の挙動そのものだ。

 彼女の機体だけが、我々のアルビオン隊のネットワークから完全に遊離している。

 同じ連邦軍の防衛網を敷いているはずであるにもかかわらず、彼女だけは全く別の次元の、彼女自身の「狩り」のルールに従って行動している。

 味方を守護しようという意思は微塵もなく、ただ、敵が自らの「十字の射程」に飛び込んでくるのを、冷たい息を潜めて待機しているのだ。

 ……あの機体が味方であることを、私は心の底から恐ろしく感じる。

 もし彼女の認識回路にエラーが生じ、我々アルビオンの機体を「獲物」と誤認した時、果たして我々はあの無音のワイヤーから逃れる術を保持しているのだろうか』

 

 バサロム副長の懸念は、決して神経過敏な杞憂などではなかった。

 血の通ったホモ・サピエンスたちが、互いを信じ、守り合うために神経を極限まで尖らせているそのすぐ傍らで、「心を持たない殺戮機械」であるシイコ・スガイは、絶対的な沈黙の淵から、ただ無機質に標的の到来を待ち続けていた。

 

 

 

 午前十一時半。

 

 コンペイトウ観艦式の式典が最高潮を迎えつつある中、アルビオンの哨戒空域に、ついにデラーズ・フリートのモビルスーツ部隊がその姿を現した。

 しかし、大規模な艦隊決戦を挑むような正面からの進撃ではなかった。

 ザクⅡ後期型やリック・ドムⅡといった数機の小隊が、防空圏の外縁から散発的な攻撃を仕掛け、こちらが迎撃のベクトルを向けると即座にデブリの陰へと後退する。

 典型的なヒット・アンド・アウェイ。

 敵の戦術的企図は明白であった。

 巨大な戦術核弾頭を抱えたアナベル・ガトーの試作二号機の接近を完璧に隠蔽するため、連邦軍の防衛網の注意を逸らし、「大した戦力ではない」と誤認させるための『陽動(デコイ)』である。

 だが、精神的なダメージから立ち直りきれていないアルビオンのパイロットたちは、この散発的な攪乱攻撃に対して、極めて脆弱な反応を露呈してしまった。

 自分たちが防衛線を突破されれば、背後に展開する観艦式が壊滅する。

 その過剰な重圧が、冷静な論理的判断力を奪い、陣形を徐々に破綻させていく焦燥感となって表出していた。

 

『地球連邦軍 強襲揚陸艦アルビオン MS小隊・戦術通信回線』

『記録日時:UC〇〇八三年十一月一〇日 十一四五時』

 

コウ:

「デブリの裏から熱源!

 ザクです! くそっ、また撃って逃げる気か!」

 

ベイト:

「チィッ、また一撃離脱か!

 防空圏外からちょこまかとちょっかいを出しやがって。

 ウラキ、深追いするな!

 敵の狙いはかく乱だ、陣形を崩すなよ!」

 

キース:

「でも中尉! このままじゃ、いつか防衛線を突破されます!

 右からも回り込んでくる機影が……!」

 

モンシア:

「ああっ、うっとうしい!

 アデル、俺が牽制に出る。

 カバーしろ! デラーズのネズミどもめ、オヤジの仇、一匹残らず叩き落としてやる!」

 

ベイト:

「馬鹿野郎、モンシア!

 持ち場を離れるなと言ってるだろうが!

 バニング大尉ならどう動くか考えろ!

 今は耐えろ、引き込まれるな!」

 

(各機からの焦りに満ちた報告と、連携の乱れを修正しようとするベイトの怒号が通信回線上で激しく交錯する)

 

コウ:

「(荒い息遣いで)……駄目だ、敵の数が読めない。

 レーダーの反応が散っている。

 あっちも、こっちも……! 大尉がいれば、こんな陽動……!」

 

 血の通った人間であるコウやモンシアたちは、見えない敵の陽動に神経をすり減らし、重圧と不安の中で必死に足掻いていた。

 彼らのバイタル数値は急上昇し、コックピットの中は焦燥の汗で満たされていた。

 しかし、その防衛網の末端、最もデブリが密集した暗黒の宙域において。

 特務〇一機「ウィッチズ・ブルーム」だけは、味方の悲痛な叫びが飛び交う通信回線を完全に遮断し、デラーズ・フリートの陽動攻撃に対しても一切の反応を示すことはなかった。

 他のパイロットたちが血眼になって索敵し、スラスターを吹かして陣形を立て直そうと狂奔している中、シイコ・スガイは、ただの一度もバーニアを点火することなく、暗闇の中で『完全に静止』し続けていたのである。

 彼女の高度に最適化された戦術論理は、目前の敵が単なる「陽動」であり、真の脅威(排除すべき本命)ではないことを極めて正確に演算し弾き出していた。

 だから、動かない。

 味方がどれほど焦燥に駆られようとも、陣形が崩壊の危機に瀕しようとも、そのような「無駄な熱量」に同調する理由は、彼女のプログラムには存在しないのだ。

 観艦式という巨大な政治的イベントの裏で、死の恐怖と戦う生身の軍人たち。

 彼らの焦燥を完全に黙殺し、絶対零度の沈黙を保ったまま『本命の獲物』の到来だけを待つ、心を持たない猟奇的な機械。

 アルビオン隊の防衛網は、すでに内側から致命的な断絶を抱え込んだまま、この直後に訪れる『破滅の閃光』の瞬間へと、後戻りのできない速度で突き進んでいた。

 

 

 

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