機動戦士Gundam 喪服の魔女【第三部進行中】   作:王子の犬

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《34》核の閃光と崩壊する戦線(11月10日 12:00〜13:00)

 

 

 

 宇宙世紀〇〇八三年十一月一〇日、一二〇〇時。

 

 地球連邦軍の威信を賭けた一大軍事行事(イベント)、コンペイトウ(旧ソロモン)観艦式。

 その虚飾に満ちた式典が最高潮を迎えんとする正午、強襲揚陸艦アルビオンのMS部隊は、不可視の真の脅威から式典会場を防衛すべく、コンペイトウ外縁の暗礁宙域において極限まで神経を摩耗させる防衛戦を展開していた。

 しかし、彼らが直面していたのは、正面から堂々と挑んでくる名誉ある艦隊決戦などでは断じてなかった。

 デラーズ・フリートの残党軍が繰り出してくるのは、防空圏の境界を掠めるような散発的な『一撃離脱(ヒット・アンド・アウェイ)』に過ぎない。

 数機のザクやドムが散発的に出現しては、長距離から牽制のバズーカを放ち、アルビオン隊が迎撃のベクトルを向ける前にデブリの陰へと退避していく。

 本命の打撃目標から目を逸らさせるための極めて巧妙な『陽動(デコイ)』であることは、ベテランであるアルファ・A・ベイト大尉をはじめ、誰もが論理的には理解していた。

 だが、陣形を維持し続けるための精神的忍耐力は、すでに限界点を突破しつつあった。

 「防衛線を突破されれば観艦式が壊滅する」という過剰な重圧が、コウ・ウラキ中尉やベルナルド・モンシア中尉らパイロットたちの論理的判断力を奪い、焦燥感を極限まで煽り立てる。

 彼らは見えない敵の影に対して過敏に反応してしまう。

 無駄な推進剤を消費し、戦術通信回線には苛立ちと疲労の混じった荒い呼吸音が絶え間なく響き続けていた。

 アルビオンのCIC(戦闘指揮所)は、パイロットたちの『生命維持状態《バイタルサイン》』をモニタリングするオペレーターたちによって、張り詰めた熱気に支配されていた。

 彼らもまた、最前線に展開する戦友たちと同期するかのように、額に脂汗を浮かべながらコンソールと格闘している。

 しかし、パイロットたちのステータスを監視する医療・生体データ解析班の若きオペレーターは、自らの眼前に存在するモニターが弾き出している『ある単一のデータ』に視覚神経を疑い、やがて背筋を這い上がるような絶対的な悪寒を自覚し始めていた。

 前日に配属されたばかりの特務パイロット、シイコ・スガイ中尉の生体テレメトリーデータであった。

 

『地球連邦軍 強襲揚陸艦アルビオン CIC(戦闘指揮所)』

『生体データ解析担当オペレーターのモニターログおよび所見』

『記録日時:UC〇〇八三年十一月一〇日 一二一〇時』

 

『[パイロット・バイタルステータス監視報告]

 

 現在、当艦搭載のMS部隊はコンペイトウ宙域セクターDにおいて、敵残党部隊の散発的な攻撃と交戦中である。

 継続的な陽動攻撃による疲労と焦燥から、各パイロットのバイタルサインには強烈な緊張状態が確認される。

 ウラキ中尉(GP01Fb搭乗):心拍数一三五bpm、血圧一四〇/九五。

 交感神経の優位状態が継続し、発汗量著しく増加。

 モンシア中尉(ジム・カスタム搭乗):心拍数一四二bpm、血圧一四五/九〇。

 同様に極度の緊張とストレス反応を呈している。

 他のパイロットも概ね同等の推移であり、これは実戦の交戦空域において極めて正常な「ホモ・サピエンスの生体反応」であると断定できる。

 しかし。

 特務〇一機「ウィッチズ・ブルーム」に搭乗するシイコ・スガイ中尉のバイタルデータのみが、現在、完全に異常な数値を弾き出し続けている。

 スガイ中尉:心拍数六一bpm、血圧一一〇/七〇。

 呼吸数一四回/分。

 発汗量ゼロ。

 瞳孔の散大なし。

 アドレナリンの分泌兆候、一切皆無。

 出撃時から現在に至るまで、敵機がレーダー圏内に侵入しようと、味方の機体が至近距離で火器を発砲しようと、彼女の生体データにはコンマ一ミリの変動すら認められない。

 本官は、生体センサーの通信エラー、もしくはノーマルスーツ側のハードウェア故障を疑い、三度にわたりシステム・ダイアグノシス(自己診断プログラム)を実行した。

 しかし、ハードにもソフトにも一切の異常は確認されなかった。

 センサーは完全に正常稼働しており、この数値は紛れもなく、現在宇宙空間に展開している彼女自身の『生の実測値』である。

 これは、医学的にも軍事心理学的にも、到底あり得ざる事象である。

 ここは戦場だ。

 いつデブリの死角から高出力ビームが飛来するか予測不能な、死と隣り合わせの真空の密室である。

 他のパイロットたちが、味方を死守し、敵を排除するために血眼になって精神を摩耗させているというのに。

 彼女は、交戦の予兆が極めて濃厚なこの空域において、完全に睡眠状態にあるか、あるいは『何も感知していない』としか論理的に説明がつかない。

 彼女の機体は、先ほどから指定された防衛エリアの辺縁で、巨大なデブリの陰に張り付いたまま、ピクリとも動こうとしない。

 陽動部隊のザクが彼女の視界を横切ろうとも、まるで無機質な岩塊のごとく沈黙を維持している。

 味方が窮地に陥りかけても、彼女の心拍数はただの一度も跳ね上がらない。

 敵が接近しても、彼女の呼吸は全く乱れない。

 恐怖も、憤怒も、焦燥も、戦友への連帯感も、そこには何一つ存在しない。

 本官は、このモニターの向こう側に存在する個体が、本当に我々と同じ血の通った『人間』であるのか、極めて深い疑念と戦慄を禁じ得ない。

 我々は、とてつもない代物を味方として防衛網に組み込んでしまったのではないか』

 

 オペレーターの額から、極度の緊張を伴う冷たい汗が滑り落ちた。

 血の通った人間たちが、大義と戦士としての矜持、そして根源的な死の恐怖の間で激しく揺れ動きながら「無駄な熱量」を放出している、その同一の戦場空間において。

 シイコ・スガイという『魔女』は、ただ一人、絶対零度の虚無の中に佇んでいた。

 彼女の高度に最適化された殺戮の論理回路は、目前の敵が己にとって処理する価値すら持たない「陽動」であることを、極めて正確に演算し看破していたのだ。

 だから、動かない。

 無駄な酸素も消費しない。

 彼女はただ、自らの『十字の射程』に、排除すべき『本命の獲物』が飛び込んでくるその瞬間だけを、感情という機能単位を完全に物理的切断(シャットダウン)した機械の心臓で待ち続けていた。

 この異常なまでの静寂は、直後にこの宙域を襲う未曾有の大破局への、あまりにも冷酷で不気味な前奏曲(プレリュード)に他ならなかった。

 

 

 

 午後一時。

 コンペイトウ宙域に集結した地球連邦軍の艦隊群が、その圧倒的な軍事的威容を誇示し、虚飾の式典がまさに大団円(フィナーレ)を迎えようとしていたその刹那。

 宇宙の深淵から、沈黙の防壁を暴力的に粉砕するようにして、一個の巨大な『絶望』が飛来した。

 アナベル・ガトー少佐の駆る、ガンダム試作二号機(GP02Aサイサリス)

 彼がその右肩に懸架されたアトミック・バズーカのトリガーを引き絞った瞬間、連邦軍の傲慢と平和への甘美な幻想は、文字通り一瞬にして宇宙の塵へと変換されたのである。

 

「ソロモンよ、私は帰ってきた!」

 

 その狂信的な咆哮と共に射出されたMk-82戦術核弾頭。

 コンペイトウの観艦式中央へと寸分の狂いもなく弾着した。

 次の瞬間、宇宙空間に絶対に出現してはならない『超巨大な人工恒星』が産み落とされた。

 音を伝達する媒質の存在しない宇宙において、その圧倒的な光の暴力は、あらゆる光学センサーを瞬時に焼き切り、パイロットたちの視覚神経を容赦なく蹂躙する。

 続いて襲来する数百万度の超高熱プラズマ。

 物理法則を根底から歪曲させるような強烈な電磁パルス(EMP)

 そして無数のデブリを巻き込んだ破壊的な衝撃波が、整然と陳列されていたマゼラン改級やサラミス改級の艦列を、まるで紙屑のごとく次々と呑み込み、溶解し、物理的に粉砕していった。

 アルビオンのブリッジもまた、この未曾有の閃光と衝撃波の余波の直撃を受け、完全な阿鼻叫喚の地獄へと叩き落とされていた。

 メインモニターは強烈な光束によってホワイトアウトを起こして機能不全に陥り、艦内の主電源は喪失、赤黒い非常用ランプだけが不吉に明滅している。

 システムは致命的な異常を告げるアラートを狂ったように喚き散らし、鼓膜を圧迫する警報音と、クルーたちの絶望的な悲鳴、そして怒号が、ブリッジという密室の中で暴力的に反響し合っていた。

 

『地球連邦軍 強襲揚陸艦アルビオン ブリッジ内の緊急通信記録』

『記録日時:UC〇〇八三年十一月一〇日 一三〇五時』

 

(強烈な電磁ノイズの直後、艦のメインフレームが軋むような激しい震動音)

 

通信士:

「うわあああっ!

 目が、モニターが焼け切れた!

 コンペイトウ方面に超巨大な閃光!

 な、何事ですか!?」

 

シナプス艦長:

「(肘掛けに強引にしがみつきながら)核だ……!

 ガトーの試作二号機が、観艦式を撃ったのだ!

 速やかに被害状況を報告せよ!」

 

レーダー手:

「駄目です、メインレーダー、サブシステム共に完全にダウン!

 電磁障害(EMP)により、半径数百キロの索敵が不可能です!

 観艦式の艦隊との戦術データリンク、全喪失!」

 

副長:

「艦長! 観艦式の艦隊の三分の二が……消滅しました!

 推進剤の誘爆が連鎖しています!

 防衛線は完全に崩壊しました!」

 

シナプス艦長:

「くそっ……!

 各機、目視と光学センサーのみで警戒を維持せよ!

 敵の陽動部隊が本隊と合流して殺到してくるぞ!

 コウ中尉、ベイト大尉、応答せよ!

 なんとしても陣形を立て直せ!」

 

コウ(通信越し):

「(激しいノイズ混じりで)……こちらウラキ!

 駄目です、衝撃波で姿勢制御が……!

 敵のザクが、デブリの影から一斉に……!」

 

モンシア(通信越し):

「囲まれた! 奴ら、核の混乱に乗じて突っ込んできやがる! 目が見えねえ!」

 

通信士:

「艦長、敵MS部隊、当艦の防衛ラインに殺到してきます!

 このままでは突破されます!」

 

(飛び交う怒号、システムの警告音、クルーの絶望的な悲鳴。

 アルビオンのブリッジは、血の通った人間たちの秩序が完全に瓦解し、死の恐怖という恐慌状態(パニック)に完全に呑み込まれていた)

 

 

(――その、耳を劈くようなノイズと絶叫の只中で。

  ブリッジのメインスピーカーから、突如として、氷のように冷たく、極めて平坦な音声が割り込んできた)

 

シイコ:

「……大型の熱源反応、および敵MS部隊の多角的接近を確認。

 これより、物理的排除に移行する」

 

シナプス艦長:

「中尉! 何を言っている、単機で突出するな!」

 

シイコ:

「戦術的フォーメーションは既に崩壊している。

 現状における最適解は、個別の物理的破壊のみ。

 ……特務〇一機、システム・エンゲージ。

 アンカー射出のセーフティを解除」

 

シナプス艦長:

「待て、スガイ中尉!

 許可しない、戻れ! 中尉ィィッ!!」

 

(通信途絶。

 ホワイトノイズの向こう側で、強烈なスラスターの異常燃焼音が轟く)

 

[通信ログ終了]

 

 戦術核攻撃という絶対的な破壊の顕現。

 その圧倒的な物理的暴力と恐怖を前にして、誇り高き連邦軍のパイロットたちも、冷静沈着を旨とするシナプス艦長も、等しく恐慌状態(パニック)に陥り、軍隊という組織が保持すべき『秩序』を完全に喪失していた。

 彼らの精神は死の恐怖に蹂躙され、絶対的な絶望の淵に立たされていたのである。

 しかし、無残に崩壊する秩序の中にあって、ただ一人。

 シイコ・スガイという『魔女』だけは、その絶対零度の虚無をいささかも揺るがすことはなかった。

 核の閃光が宇宙空間を焼き尽くそうとも、味方が恐怖に発狂し叫喚しようとも、彼女の心拍数は六一bpmからただの「一」すらも変動しない。

 彼女にとって、あの規格外の核爆発すらも、自らの周囲の環境パラメータが急激に変化したという、単なる『外部情報』の入力に過ぎなかった。

 連邦の防衛網が完全に瓦解し、獲物たるジオン残党軍が狂信的な歓喜と殺意を剥き出しにして殺到してくるこの瞬間。

 彼女の脳髄において、極めて精緻にコーディングされた『殺戮のプログラム』が静かに、そして冷徹に起動した。

 味方を救出するためではない。

 連邦軍の誇りを死守するためでもない。

 ただ、最も効率的に、最も確実に、眼前に存在する物理的障害物――すなわち敵の生命――を解体し、処理していくためだけに。

 漆黒の魔改造機「ウィッチズ・ブルーム」は、アルビオンからの制止命令を完全に黙殺し、機体の安全基準を完全に食い破る致死的な推力でスラスターを点火した。

 恐怖と狂乱が支配する地獄の戦場へ向けて、心を持たない猟奇的な殺戮機械が、単機で、いかなる熱量も伴わぬ無音のまま飛び込んでいく。

 英雄同士が魂を削り合う熱い死闘とは一切無縁の、あらゆる大義名分を冷酷にすり潰す『真の絶望』の幕開けに他ならなかった。

 二機のガンダムが互いの誇りを懸けて激突するその足元で、魔女による極めて冷徹で猟奇的な『狩り』が、今まさに開始されようとしていた。

 

 

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