機動戦士Gundam 喪服の魔女【第三部進行中】 作:王子の犬
午後二時。
戦術核の閃光がコンペイトウ宙域に未曾有の
地球連邦軍の若き将校コウ・ウラキ少尉の駆るガンダム
二機の『
『地球連邦軍 強襲揚陸艦アルビオン
『局地戦闘詳報(GP01Fb対GP02A)』
『記録日時:UC〇〇八三年十一月一〇日 一四一五時』
『一四〇五時。
コンペイトウ宙域セクターEにおいて、当隊の試作一号機Fbが、核攻撃を完遂し離脱を図る試作二号機と交戦状態に突入。
両機は互いの射撃兵装を完全に消費し尽くした後、ビーム・サーベルによる極近接格闘戦へともつれ込んだ。
パイロットのバイタルデータは双方共にレッドゾーンを突破し、極度の興奮と闘争心に支配されていることが確認された。
それは単なる兵器同士の物理的衝突ではなく、パイロット個人の『絶対に退けない誇り』の激突に他ならなかった。
激甚なる斬り合いの中、両機の機体フレームは限界を超越した応力によって悲鳴を上げ、装甲が融解する。
そして一四〇八時、両機は互いのコックピット・ブロックを照準に収めたまま、ビーム・サーベルを交差させ、致命の一撃を同時に放った。
完全なる『
高出力のメガ粒子がジェネレーターを貫通し、両機は同時に制御不能の臨界状態へと陥った。
機体が爆散する数秒前、自動脱出システムが駆動するよりも早く、ウラキ少尉およびガトー少佐は、爆発寸前のコックピット・ハッチを自らの手で蹴り開け、身ひとつで真空の宇宙空間へと緊急脱出した。
直後、二機のガンダムはコンペイトウの暗黒を焦がす巨大な火球となって爆散し、完全に喪失された。
ウラキ少尉のノーマルスーツから発信される生存信号は確認され、その後
防衛線の完全な瓦解が危ぶまれる中、残存するジオンのMS部隊が、一気にアルビオンの絶対防衛圏へと雪崩れ込もうとしていた。
だが、その絶望的状況下において、本艦の制止命令を完全に黙殺し、単機で敵陣の側面へと突出していく一つの漆黒の機影が存在した。
特務〇一機「ウィッチズ・ブルーム」。
シイコ・スガイ中尉である』
ガンダム同士の交戦は、いかに泥臭くとも『人間の熱量』に満ち溢れた、武人としての誇り高き死闘であった。
しかし、その熱狂の残滓を冷徹な真空へと無機質に吹き飛ばすがごとく、一切の感情を欠落させた『純粋なる機械』が、静かに殺戮の舞台へと躍り出ようとしていた。
午後三時。
アルビオンの整備班詰め所においては、メインモニターに投影される特務〇一機のリアルタイム・テレメトリーデータを目撃し、整備班長モーラ・バシット中尉と数名のメカニックたちが、驚きのあまり言語能力を喪失していた。
シイコ・スガイの駆る漆黒の機体は、およそモビルスーツが描くべき論理的軌道とは決定的に乖離した、物理法則と安全基準を完全に嘲笑うかのような『殺人的機動』を平然と繰り広げていたからだ。
『地球連邦軍 強襲揚陸艦アルビオン 整備班詰め所』
『実戦テレメトリーデータ解析および環境音声記録』
『記録日時:UC〇〇八三年十一月一〇日 一五二五時』
[録音開始]
整備兵A:
「うわあああっ! 何だこのデータは!
Gの数値が完全に狂っている、機体が……フレームが引きちぎれるぞ!」
(若きメカニックが頭部を抱え込み、
モニター上では、特務〇一機が敵のザクⅡ小隊の十字砲火を浴びる寸前、信じ難い相対速度で急減速を敢行したデータが流転している)
モーラ:
「落ち着きな! ……いや、何なの!?
信じられない」
(モーラもまた、絶句してモニターを凝視している。
特務〇一機は、急減速した直後、両肩に内蔵されたアンカー射出機から、高張力ワイヤーの先端に懸架された十字型の
アンカーが付近を漂流するデブリに深々と突き刺さった瞬間、スガイ中尉はワイヤーの巻き取りモーターを全開駆動させ、同時に背部に強引にマウントされたブースト・ポッドに最大推力を叩き込んだ)
整備兵A:
「振り子の原理だ……だが、速度が異常すぎる!
ワイヤーを支点にして、機体を無理やり鋭角にターンさせているぞ!」
(テレメトリーが弾き出した最大横Gの数値は『一五・八G』。
連邦軍の安全基準を遥かに超越しており、通常の人間であれば脳血管が完全に破裂し、頸椎がへし折れて即死する致死的な負荷である。
機体のフレーム応力警告が全画面で真っ赤に点灯し、装甲の継ぎ目が物理的な悲鳴を上げている)
モーラ:
「あの女、重装甲の上半身を遠心力で振り回して、ブースト・ポッドの推力のみで姿勢を立て直しやがった!
敵の弾幕をミリ単位で回避して、完全な死角――つまり真上――に潜り込んだんだ!」
[録音終了]
パイロットの生命という概念を完全に度外視し、純粋な『機動の効率』のみを極限まで追求した狂気のアルゴリズム。
敵パイロットの予測を完全に裏切る、異次元からの強襲に他ならなかった。
ジオンの兵士たちが上空に舞い降りた『死神』の存在を視覚神経で捕捉した時、彼らの運命はすでに、冷徹なワイヤーの射程圏内に完全に囚われていたのである。
午後四時。
コンペイトウ宙域の暗黒の中において、デラーズ・フリートの残党兵たちは、勝利という甘美な美酒を味わう直前に、最も忌まわしい過去のトラウマを強制的に励起されることとなった。
彼らは、アルビオン隊の防衛線を完全に突破すべく殺到していた。
しかし、その陣形の側面に突如として出現した漆黒の機体によって、部隊は戦術的合理性を完全に喪失。
『地球連邦軍 方面軍情報部』
『コンペイトウ宙域・ジオン残党軍通信傍受記録(抽出)』
『記録日時:UC〇〇八三年十一月一〇日 一六二〇時』
[傍受ログ開始]
(特務〇一機は、敵の死角から音もなく舞い降りると、先頭を進撃していたザクⅡの肩部に向けて、
楔は装甲を容易く貫通し、深々と食い込む。
直後、高圧電流が流し込まれ、敵機は強制的に捕縛された。
特務〇一機は、ワイヤーの巻き取り機能を酷使し、機能不全に陥った敵機を自らの前面へと暴力的に牽引した。
完全なる『
ジオン兵A:
『隊長が捕縛された!? 撃つな! 隊長に
(後続の部隊が、唐突に自機の射線上に引きずり出された味方を前に、トリガーを引くことを躊躇する。
だが、特務〇一機には人間的な躊躇は一切存在しない。
シイコ・スガイは、盾として拘束したザクⅡの背面越しに、ゼロ距離からキャノン砲のトリガーを引き絞った。
僚機の放つ牽制の砲火を肉の盾で受け流しつつ、盾ごと敵機を完全に粉砕する。
宇宙空間に、味方の血と鉄が混在した無惨な爆発が連鎖した)
ジオン兵B:
『な、何なのだあの真っ黒な機体は……!
待て、装甲に刻まれたあの十字の傷跡!』
ジオン兵C:
『十字……冗談だろう、ア・バオア・クーの『魔女』か!?
何故あの悪魔がここに存在している!!』
ジオン兵A:
『退避しろ! 捕まったら盾にされるぞ!!』
[傍受ログ終了]
通信回線に反響する断末魔の絶叫。
大義に殉じる名誉ある戦死すら許容されず、味方の弾除けとして嬲り殺しにされるという極めて猟奇的な処理方法は、残党兵たちの強固な精神構造を根底から粉砕した。
彼らはガトー少佐の撤退を死守するという本来の絶対的任務を放棄し、人間としての生存本能に従い、漆黒の機体から遠ざかろうと無秩序に逃げ惑う。
部隊の陣形は完全に瓦解。
暗礁宙域において病魔のごとく囁かれていた『喪服の魔女』のトラウマが、致死性のウイルスとなって敵陣全体へと一瞬にして伝播していった。
午後六時。
コンペイトウ観艦式に対する核襲撃に伴う一連の交戦は、一応の収束を見た。
デラーズ・フリートは戦略核による打撃という至上目的を達成。
多大な戦力損耗を払いながらも宙域からの撤退を完了させた。
一方のアルビオン隊は、最大の戦力であるガンダム試作一号機を喪失するという致命的痛手を被りながらも、特務〇一機の常軌を逸した『
アルビオンの艦長室において、エイパー・シナプス艦長は、提出された戦闘詳報と被害報告書を精読しながら、極めて深い疲労と苦悩に顔面を歪めていた。
彼の手元のデータパッドには、特務〇一機――シイコ・スガイ中尉が叩き出した猟奇的極まる戦果の推移が、無機質な数値として克明に羅列されている。
『地球連邦軍 強襲揚陸艦アルビオン 艦長室』
『コンペイトウ宙域防衛戦・事後報告書(司令部提出用)』
『作成者:エイパー・シナプス艦長』
『記録日時:UC〇〇八三年十一月一〇日 一八〇〇時』
『……特記すべき事項として、新任の特務パイロット、シイコ・スガイ中尉の戦果を報告する。
彼女は単機で敵部隊を完全に蹂躙し、極めて確実な撃破スコアを記録した。
アルビオン隊が試作一号機を喪失し、防衛線が瓦解の危機に瀕していた状況を鑑みれば、彼女の戦術的貢献は多大なものであると評価せざるを得ない。
しかしながら、その戦術の異常性について、本官は指揮官として強く指摘する義務を有する。
敵機をワイヤーで拿捕し、自機の盾として流用し、ゼロ距離から破壊するというその猟奇的行為は、連邦軍の
それは戦争という極限状態においてすら最低限遵守されるべき軍事的倫理を完全に破却した、極めて非人道的な殺戮行為に他ならない。
この戦術は、交戦した敵兵の精神構造を回復不能なまでに圧壊させ、同時に、その地獄絵図を現認させられた我がアルビオンの将兵の精神にも、決して払拭し得ない深刻なトラウマと倫理観の腐敗という『猛毒』を植え付けている。
平時であれば、即座に軍法会議の対象となり得る許されざる暴挙である。
……だが。
現状、絶対的な戦力不足に陥っているアルビオンにおいて、試作一号機という最大の防衛の要を喪失した我々が、デラーズ・フリートの次なる
彼女の戦術は部隊を内側から蝕む致死性の毒薬であるが、現状、彼女の存在が本艦の『最大の抑止力』として機能したという冷徹な事実は、いかなる詭弁を用いても否定できないのである。
よって、本官の全責任において、星の屑作戦を完全に阻止・破砕するまでの当面の間、シイコ・スガイ中尉によるこの非道なる戦術の行使を『黙認』するという、極めて苦渋に満ちた決断を下す。
この決断が、後に本艦のクルーたちの魂をどれほど深く腐食させる結果になろうとも、連邦軍の艦長として、私はこの致死量の毒を飲み下さねばならない』
シナプスは、痙攣する指先でデータパッドに署名を行い、ひどく重くなった電子ペンをデスクへと放り出した。
武人同士の誇り高き死闘は終焉を迎え、後に残されたのは、血の匂いすらも凍結させるような絶対的な虚無のみ。
『星の屑』という巨大な大義に狂信するジオンの熱狂。
『効率的な殺戮』という絶対零度の虚無を纏う魔女の狂気。
二つの決定的に異なる狂気が真っ向から激突する新たなる地獄の戦場へ向けて、強襲揚陸艦アルビオンは、自らの内に致死量の猛毒を抱え込んだまま、航海を継続せざるを得なくなっていた。
U.C.0083/11/10 - デラーズ・フリート視点へ続く