機動戦士Gundam 喪服の魔女【第三部進行中】   作:王子の犬

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U.C.0083/11/10 - デラーズ・フリート視点 -
《36》静寂の潜伏と、星の屑の閃光(11月10日 08:00〜13:00)


 

 

 

 宇宙世紀〇〇八三年、十一月一〇日。

 

 地球連邦軍の威信を懸けた大観艦式(パレード)が挙行されるコンペイトウ――旧ジオン公国軍宇宙要塞ソロモン――の宙域は、無数の連邦艦艇群が放出する推進剤の航跡と、式典を虚飾する煌びやかな信号光によって、まるで一つの巨大な銀河のごとく幻惑的な輝きを放っていた。

 だが、その光の到達し得ない暗黒の外縁部。

 一年戦争の凄惨な残骸が漂流する分厚いデブリベルトの深淵において、息を殺して蠢動する漆黒の影の群れが存在した。

 デラーズ・フリートのモビルスーツ部隊に他ならない。

 彼らの作戦的企図は明白であった。

 アナベル・ガトー少佐が搭乗するガンダム試作二号機(GP02Aサイサリス)を、連邦軍の厳重な哨戒網の死角を掻き潜らせ、核攻撃の最適射程内であるコンペイトウ中枢へとデリバリーすること。

 彼ら自身もまた陽動および撤退援護部隊として、死と隣り合わせの極秘接近を敢行していた。

 各機のメインジェネレーターは極限まで出力を絞られ、コックピット内の生命維持装置すら最低限の稼働レベルに抑制されている。

 氷点下に近い絶対零度の冷気がパイロットスーツ越しに兵士たちの肉体を刺すが、誰一人としてヒーターの出力を上昇させようとする者は存在しない。

 推進器の微弱な燃焼光や、排熱による赤外線シグネチャーの漏洩は、即座に連邦のセンサー網に捕捉され、作戦の全貌を致命的な破綻へと導くことを意味しているからだ。

 岩塊や大破した戦艦の残骸を蹴り、その反動のみを利用した完全なる無音の慣性移動によって、じりじりと、文字通り泥を這うような進軍を継続していたのである。

 

『ジオン公国軍 デラーズ・フリート MS援護部隊』

『第二小隊 小隊長機~僚機間の指向性レーザー通信記録(復元データ)』

『記録日時:UC〇〇八三年十一月一〇日 〇八二五時』

 

[通信ログ開始]

 

小隊長:

「……全機、熱源の漏洩を厳に慎め。

 捕捉されれば即座に蜂の巣だぞ。

 デブリの影から絶対に身を暴露するな。

 これより本小隊は、予定ポイント・デルタにて『完全静止状態(サイレント・ランニング)』へ移行する。

 ガトー少佐の突入ルートが確立するまで、完全なる岩塊と化せ」

 

僚機A:

「(ノイズ混じりの押し殺した音声)……了解。

 しかし隊長、連邦の奴ら、戦術的合理性を疑うほどの物量です。

 遠距離光学センサーの映像が、まるで冗談のようだ。

 コンペイトウの周辺が、連邦の艦艇で隙間なく埋め尽くされていやがる……」

 

[通信ログ終了]

 

 

 

 午前九時。

 

 予定ポイントへ到達し、巨大な暗礁の裏側に機体を物理的に固定したジオンのパイロットたちは、自機のメインモニターの片隅に投影された「遠距離光学センサー」の拡大映像を、網膜に焼き付けるように凝視していた。

 そこには、地球連邦軍の傲慢と強大極まる軍事力を象徴する、圧倒的かつ虚飾に満ちた光景が展開されていた。

 マゼラン改級戦艦、サラミス改級巡洋艦。

 数百隻に及ぶ真新しい艦艇群が、コンペイトウを包囲するようにして、寸分の狂いもない無意味な幾何学模様を描いて整列している。

 その周囲を、パレードのために装甲を磨き上げられた無数のジム改が、誇らしげに飛翔していたのである。

 三年前にア・バオア・クーで散華した同胞たちの血を啜り、ジオンの屍を土台として構築された『偽りの平和のモニュメント』に他ならなかった。

 飢餓と寒冷に耐え、命脈を保ってきた残党兵たちにとって、その光景は腸が煮えくり返るほどの屈辱と憎悪を励起させるものであった。

 だが同時に、あまりにも密集し、無防備なまでに整列した艦隊の姿は、間もなく放たれる『Mk-82戦術核』にとって、これ以上ないほど理想的かつ致命的な『標的』でもあったのだ。

 

『ジオン公国軍 デラーズ・フリート MS援護部隊』

『パイロットのコックピット内環境音声記録』

『記録日時:UC〇〇八三年十一月一〇日 〇九一〇時』

 

「……フッ、ははっ。

 見事に陳列しやがって……。

 まるで自ら焼却炉へ飛び込みに来た藁人形の群れではないか」

 

 暗冷なコックピットの中で、ある若きパイロットが、怨念が滲むような暗い嘲笑を漏らしながら呟いた。

 

「俺たちが暗黒の宇宙の果てで息を潜めて逃げ回っている間、連邦の豚どもは、己が絶対的勝者であると信じ切って、あのようなお遊戯会に耽っていたというわけだ。

 ……いいぞ。

 もっと密集しろ。

 艦体が衝突するほどに密集陣形を構築しろ。

 貴様らのその無価値なプライドごと、ガトー少佐がまとめて地獄の業火で燃やし尽くしてくれる」

 

 圧倒的な戦力差を前にしても、彼らの精神構造は圧壊していなかった。

 むしろ、連邦軍が己の戦力を過信し、無防備なパレードに狂奔しているという事実が、彼らの優越感と『大義への陶酔』を限界値まで押し上げていたのである。

 奴らは完全に弛緩している。

 我々の『星の屑』の真の絶望を知覚することなく、愚かにも自ら死の祭壇へと歩みを進めているのだと。

 暗黒に潜伏するジオンの兵士たちの双眸は、異常な熱を帯びたまま、静かに、しかし極めて冷徹に迫り来る『破滅の刻』を渇望していた。

 

 

 

 午前一〇時。

 

 作戦の絶対的要(中核)であるアナベル・ガトー少佐のガンダム試作二号機が、ついに援護部隊から離脱し、コンペイトウの防衛網の微小な間隙を縫って単独潜入を開始した。

 その傍らには、少佐の直掩任務を帯びたカリウス・オットー軍曹の駆るリック・ドムⅡが、影のごとくぴたりと随伴している。

 連邦軍から強奪した機体であるという利点と、デラーズ・フリートが保有する最高峰の電子戦技術。

 そして何より、ガトー少佐の神がかった空間認識能力と、それを完全に信頼して死角をカバーするカリウス軍曹の阿吽の呼吸により、二機は連邦の監視網を完璧に欺瞞しながら、核の最適射程である観艦式の中枢へと音もなく接近していく。

 援護部隊のパイロットたちは、レーダーから完全にロストされた自軍の英雄たちの航路を脳内でシミュレートしながら、今か今かと自らが陽動(デコイ)として飛び出すタイミングを待機していた。

 

『ジオン公国軍 デラーズ・フリート MS援護部隊』

『部隊指揮官の独白(個人端末音声メモ)』

『記録日時:UC〇〇八三年十一月一〇日 一〇一八時』

 

「……少佐とカリウス軍曹の機影、予定通り光学および熱源センサーから消失。

 これより彼らは、連邦の心臓部へと直接メスを突き立てることになる。

 カリウス、少佐の背中は任せたぞ。

 そして少佐、どうかご無事で。

 我々はここで、地獄の蓋が解放されるのを待機しております。

 あの核の閃光が宇宙を白昼のごとく照らし出した瞬間、我々の三年間に及ぶ忍従は報われ、そして同時に、凄惨極まる撤退戦の幕が切って落とされる。

 連邦の残存部隊は、確実に少佐を仕留めようと狂犬のごとく群がってくるであろう。

 我々の任務は、その連邦の猟犬どもを自らの命と引き換えに足止めし、少佐をアクシズの先遣艦隊の元へ確実に届けること。

 生きて還れる確率など算出するだけ無駄だ。

 だが、歴史の歯車を覆すこの瞬間に立ち会えることこそが、ジオンの戦士としての最高の誉れに他ならない」

 

 指揮官の独白は、悲壮な覚悟と大義への殉教精神によって強固に糊塗されていた。

 しかし、強固な意志の裏側で、末端の兵士たち、とりわけ暗礁宙域での過酷な潜伏任務を生き延びた古参兵たちのコックピット内は、全く別の、生理的でおぞましい緊張感に支配されていた。

 

 

 

 午前十一時。

 

 暗黒のデブリの陰で完全静止(サイレント・ランニング)を維持する狭小なコックピットの中。

 聴覚を打つのは、循環器が吐き出す微かな駆動音と、己自身の荒く、不規則な呼吸音のみ。

 この息の詰まるような『絶対的な静寂』の中において、大義への熱狂と、本能的な『死の恐怖』の間で激しく引き裂かれそうになっていたのである。

 脳裏にフラッシュバックするのは、連邦軍の正規艦隊の姿ではない。

 暗礁宙域の暗黒の中において、音もなく現出させ、味方の機体に十字のワイヤーを突き刺し、肉の盾として嬲り殺しにしていった、あの『喪服の魔女』の記憶であった。

 今日、このコンペイトウの宙域に、己たちを絶望の淵まで追い詰めた連邦の特務艦アルビオンが展開している事実は、昨日のブリーフィングですでに通達されている。

 もし、あの猟奇的な「十字の傷」を刻む化け物が、アルビオンの部隊に混入して出撃してきているとしたら。

 もし、この完全静止の無防備な状態の最中に、暗闇の死角からあの冷徹なワイヤーが射出されてきたら……。

 

『ジオン公国軍 デラーズ・フリート MS援護部隊』

『ある残党兵のコックピット内環境音声(復元)』

『記録日時:UC〇〇八三年十一月一〇日 一一二五時』

 

(荒い息遣い。

 ヘルメットのバイザーが曇り、手袋越しの指が操縦桿を強く握りしめる軋み音)

 

「……落ち着け……。

 落ち着け、俺。

 相手は連邦の腑抜けだ。

 パレードの虚飾に浮かれているただの案山子に過ぎない。

 俺たちの敵ではない。

 あのバケモノじゃない。

 あいつがこのような表舞台に姿を現すはずがない……。

 あれは暗礁宙域だけの亡霊だ。

 これほど光に溢れた宙域に、あの真っ黒な機体が出現できるはずがないのだ。

 そうだ、我々は勝利する。

 ガトー少佐が核を投下すれば、連邦の傲慢は灰燼に帰す。

 大義は、我々と共に存在している……!」

 

 彼は、震える音声で幾度も己に言い聞かせていた。

『大義』という麻薬の効力が途切れた瞬間に押し寄せてくる、根源的な恐怖と絶対的虚無感。

 それを強引に封じ込めるため、彼は狭いコックピットの中で必死に自己欺瞞(セルフ・デセプション)の呪文を反復し続けていたのである。

 彼らはすでに、己たちがこれから敢行する闘争が、栄光あるものでも何でもなく、ただ圧倒的な物理的暴力によって無惨にすり潰されるだけの『無機質な死の消費』であることを、意識の深層で悟ってしまっていたのだ。

 

 

 

 午後一時。

 

 コンペイトウの宙域に、観艦式のハイライトを告げる眩いばかりの礼砲が打ち上げられていたその刹那。

 連邦軍の旗艦バーミンガムのブリッジを完全に捕捉する座標に、一機のモビルスーツが悠然とその姿を現出させた。

 アナベル・ガトー少佐の駆る、ガンダム試作二号機である。

 その機体は、巨大なアトミック・バズーカの砲身を、眼下の連邦艦隊へと真っ直ぐに指向させていた。

 

『ソロモンよ、私は帰ってきた!』

 

 全周波数帯に乗せて放たれたガトーの狂信的な咆哮。

 直後、バズーカの砲口から、Mk-82戦術核弾頭が射出された。

 音を伝達する媒質の存在しない宇宙空間において、世界そのものの法則を塗り替えるような『絶対的な光』の暴力であった。

 着弾点から発生した超高熱のプラズマ球は、一瞬にして数千度の熱線を全方位に放射し、コンペイトウ宙域の暗黒を『白昼』のごとく照らし出したのである。

 その圧倒的な閃光は、遠く離れた暗礁宙域で待機するパイロットたちの光学バイザーを黒く焼き焦がし、メインモニターを強烈なホワイトアウトで塗り潰した。

 続いて、物理法則をねじ曲げるような強烈な電磁パルス(EMP)と、デブリやガスを巻き込んだ破壊的な衝撃波が、光の速度に遅れて戦場を容赦なく蹂躙する。

 誇らしげに整列していたマゼラン改級やサラミス改級の艦隊群は、その光の津波に呑み込まれた瞬間、装甲が飴のごとく融解し、内部のジェネレーターと弾薬庫を連鎖的に誘爆させながら、次々と無惨な火球となって宇宙の真空へと消滅していった。

 連邦軍が絶対の自信をもって誇示していた『無敵の艦隊』は、文字通り紙屑のごとく焼却され、為す術もなく物理的に崩壊したのである。

 その圧倒的な破壊の光景を、デブリの陰から光学フィルター越しに目撃していたジオンの兵士たちは、歓喜と恐怖が入り混じった狂乱の絶叫を上げた。

 

『ジオン公国軍 デラーズ・フリート MS援護部隊』

『部隊戦術通信回線(核炸裂直後)』

『記録日時:UC〇〇八三年十一月一〇日 一三〇五時』

 

[通信ログ開始]

 

兵士A:

「やった……! やったぞ!

 連邦の艦隊が、塵芥のごとく消え去っていく!」

 

兵士B:

「見ろ、あれこそがジオンの正義だ! 俺たちの三年間の忍従が、ついに報われたのだ!」

 

小隊長:

「歓喜に浸るのはまだ早い!

 衝撃波が到達するぞ、機体をデブリに固定しろ!……これよりが本番だ。

 恐慌状態(パニック)に陥った連邦の残存部隊が、確実にガトー少佐の首を狙って殺到してくる!

 全機、スラスター点火!

 第一波、突入開始!

 少佐の航路を絶対的に死守せよ!」

 

[通信ログ終了]

 

 戦術核の閃光がもたらした圧倒的な破壊の物理的カタルシスは、彼らの精神構造にこびりついていた『魔女』への恐怖を、一瞬だけ完全に蒸発させた。

 彼らは再び『大義の戦士』へと還り、歓喜の雄叫びを咆哮しながら、推進剤を全開にしてデブリの陰から宇宙空間へと躍り出た。

 生き残った連邦軍の艦隊やモビルスーツ部隊へと向けて、雪崩を打って突撃を開始したのである。

 だが、彼らはまだ理解していなかった。

 この核の閃光は、彼らの大義を宇宙に証明する輝きであると同時に、連邦軍の陣形の中に封印されていた『最悪のジョーカー』――シイコ・スガイという、心を持たない猟奇的な殺戮機械の完全なロックを解除してしまう、致命的なトリガーでもあったという冷徹な事実を。

 星の屑の閃光によって、誇り高き大義と絶対的な虚無が交錯する、真の地獄の幕が切って落とされたのである。

 

 

 

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