機動戦士Gundam 喪服の魔女【第三部進行中】   作:王子の犬

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U.C.0083/11/10 - アクシズ先遣艦隊視点 - (エグザベ/レズン・シュナイダー)
《38》アクシズ先遣艦隊の動向とノイエ・ジールの静寂 (11月10日 15:00~17:00)


 

 

 

 コンペイトウ(旧ソロモン)宙域において明滅した『星の屑』第一段階の成就を告げる戦略核の閃光。

 圧倒的な物理的破壊の余波が宇宙空間を蹂躙し、地球連邦軍の誇る大艦隊が為す術もなく瓦解していく様を、デブリ帯の裏側に潜伏するアクシズ先遣艦隊は極めて冷徹な観測者として見届けていた。

 ユーリー・ハスラー少将の座乗する旗艦グワンザンの艦橋においては、三年に及ぶ雌伏の時が報われたという静謐なる歓喜が充満していたが、その熱量に酩酊することなく、速やかに次なる戦術的フェーズへと移行しつつあった。

 すなわち、歴史的偉業を完遂したアナベル・ガトー少佐と、その退路を死守すべく援護を継続しているデラーズ・フリートの残存部隊を回収し、安全圏へと退避させるための強固な『防波堤』を構築することに他ならない。

 

「……コンペイトウ宙域にて交戦中のデラーズ・フリート各部隊、後退行動へと推移した模様。

 連邦軍の追撃部隊との間に激甚なる乱戦を展開しつつ、予定合流ポイントへとベクトルを指向しております」

 

 オペレーターからの報告を受領し、ハスラー少将は厳かに頷いた。

 

「よし。

 本艦隊も直ちに合流ポイント・ブラボーへ向けて密行を継続せよ。

 ミノフスキー粒子の散布濃度を維持。

 連邦の手負いの獣どもに、我々の存在を気取らせるな。

 ……譲渡予定の特務物資、とりわけあの『()()()()()()()』の最終稼働準備を急がせろ。

 ガトー少佐が帰還し次第、即座に引き渡せるように手配するのだ」

 

 艦隊は静かにスラスターの推力を上げ、漆黒の暗礁宙域を滑るように進撃を開始した。

 全事象は計画通りに推移しており、大局的観点においてジオンの勝利はもはや不可逆なものとなりつつある。

 艦橋に詰める将兵の誰もが、絶対的な事実を認めていた。

 しかし、極めて微小な、決して看過し得ない『致命的な亀裂』が穿たれようとしていたのは、艦の奥深くに位置する通信情報局(SIGINT)の薄暗い区画においてであった。

 アクシズ艦隊の通信班は、戦局の推移を正確に捕捉すべく、引き続きコンペイトウ周辺に飛び交う連邦およびデラーズ・フリートの無線交信を傍受し、その解析作業を継続していた。

 核弾頭炸裂の直後、彼らの聴覚器官を打ったのは、連邦兵が発する絶望の断末魔と、それに重なるようにして轟くジオン残党軍の狂気じみた歓喜の絶叫――「ジーク・ジオン」の狂信的唱和であった。

 だが、一六〇〇時を回った頃から、その傍受回線の様相が、全く論理的説明のつかない異様な方向へとねじ曲がり始めていた。

 

『ジオン公国軍 アクシズ先遣艦隊 旗艦グワンザン』

通信情報局(SIGINT) 局内音声記録』

『記録日時:UC〇〇八三年十一月一〇日 一六二〇時』

 

通信士:

「……班長。

 デラーズ・フリート側の戦術通信回線ですが、極めて不自然な推移を見せています」

 

(ヘッドセットを耳に圧着させていた若き通信士が、顔面を蒼白に染めながら上官へと振り返る)

 

班長:

「様子がおかしいとは? 連邦の追撃部隊の抵抗に手こずっているのか?」

 

通信士:

「いえ、そのような戦術的次元の事象ではありません。

 ……お聴きください」

 

(通信士がコンソールのスイッチを切り替えると、不快な電磁ノイズに混じって、ジオン残党軍パイロットたちの音声がスピーカーから放出される)

 

『――来るな! こっちへ来るなァァッ!』

『――隊長が捕縛された!? 撃つな、隊長に被弾するぞ!』

『――何なのだあの真っ黒な機体は……!

 待て、あの十字の傷跡!』

『――十字……冗談だろう、ア・バオア・クーの『魔女』か!?

 何故あの悪魔がここに存在している!!』

『――退避しろ! 肉の盾にされるぞ!!』

 

 スピーカーから溢れ出したその音声は、勇猛果敢なジオンの戦士が放つ怒号でもなければ、名誉ある散華を覚悟した者の悲壮たる遺言でもなかった。

 それは、絶対的な暗闇の中で論理的理解の及ばない猟奇的な化物に遭遇し、精神の均衡を完全に圧壊された者たちが発する、純粋な恐慌状態(パニック)の絶叫に他ならなかった。

 

班長:

「……何なのだ、これは」

 

 通信班長は、眉間を深く刻みながらその狂気的な音声記録を聴取した。

 

通信士:

「連邦軍の追撃部隊との交戦報告に混入して……デラーズ・フリートの一部部隊が明らかに極度のパニック状態へと陥落している模様です。

『十字の化物』、『味方を盾にするな』等と……」

 

(通信士は、痙攣する指先でコンソールを操作しながら報告を継続する)

 

通信士:

「彼らの交信内容から推論するに、連邦軍の陣容の中に、通常の正規戦ドクトリンから完全に逸脱した、極めて猟奇的な近接戦術を行使する機体が混入している公算が高いと思われます。

 敵機をワイヤーで捕縛し、自らの物理的な(ミート・シールド)として流用しながら砲火を浴びせる……そのような狂気じみた外道の戦術を、連邦がこの正規の戦場において行使しているとでも言うのでしょうか?」

 

 通信班の密室に、氷点下の沈黙が滞留した。

 アクシズの将兵たちは、地球圏から遠く隔絶された木星圏において、苛烈極まる軍事訓練を反復してきたエリート集団である。

 彼らにとっての戦争とは、大義と大義が正面から激突するものであり、国家の存亡と威信を懸けた総力戦であった。

 ゆえに、この通信回線の向こう側――コンペイトウの暗黒の中で今まさに現出しているであろう、「敵を捕縛して肉の盾とする」という軍人の名誉や倫理観を根底から嘲笑うような猟奇的殺戮の光景は、彼らの論理的理解の範疇を完全に超越していた。

 

班長:

「『魔女』……だと? 馬鹿馬鹿しい、近代兵器の運用にオカルトなど持ち込むな」

 

 班長は極めて不快げに吐き捨てたが、その背筋には得体の知れない冷たい悪寒が確実に這い上がっていた。

 

班長:

「大方、連邦が試験投入した新型の特務機か何かの奇襲戦術に直面し、残党軍の連中が浮き足立っているに過ぎまい。

 だが……この恐慌状態の伝播速度は尋常の域を脱している。

 まるで、部隊の戦意そのものが『得体の知れない何か』によって内側から食い破られているかのようだ」

 

 安全な後方距離から大局的観点において戦況を『観測』していたはずのアクシズ艦隊。

 しかし、彼らが覗き込んでいるレンズの奥底において、単なる連邦とジオンの物理的衝突とは決定的に異なる、異質で不吉な『狂気の浸食』が静かに、しかし確実に戦場を汚染し始めている事実を、SIGINTの者たちは本能レベルで感得していた。

 

 

 

 午後五時。

 

 旗艦グワンザンの巨大なMSハンガーは、来るべき『星の屑』作戦の最終フェーズに向けた兵装準備作業によって、息の詰まるような極限の緊張感と熱気に支配されていた。

 その広大な空間の中央座標において、周囲に林立する通常のモビルスーツ群を完全に矮小化し、まるで邪教の神殿に祀られた巨大な御神体のごとく鎮座する圧倒的な機影が存在した。

 アクシズがその軍事技術の総力を結集して建造した、超大型モビルアーマー「AMX-002 ノイエ・ジール」に他ならない。

 全高七六メートルを超越するその威容は、ジオン公国の国章を物理的に具現化したかのような、極めて流麗かつ暴力的なフォルムを誇示していた。

 機体各部に内蔵された多数のメガ粒子砲。

 常軌を逸した大出力スラスター群。

 本機が単機で連邦の艦隊を殲滅し得るほどの絶大な空間制圧能力を内包している事実を、無言のうちに雄弁に物語っている。

 この戦略級の怪物は、明日、デラーズ・フリート本隊との合流が完了した暁には、『ソロモンの悪夢』たるアナベル・ガトー少佐の座乗機として引き渡される手はずとなっていた。

 ノイエ・ジールのコックピット・ハッチ近傍において、中空に懸架されたリフトに搭乗し、データパッドを片手に機体の最終キャリブレーションを黙々と実行している一人の男の姿があった。

 アクシズのテストパイロット、エグザベ・オリベ少尉である。

 彼は地球圏への極秘裏の艦隊行動を隠れ蓑としつつ、これまで幾度となくこの巨大な怪物の稼働テストを反復し、膨大なフィードバックデータを機体のOSへと徹底的に落とし込んできた。

 ノーマルスーツのバイザー越しに覗く彼の横顔は極めて冷徹であり、機体の各部から生じる微細なノイズを一つ一つ論理的に潰していく手つきには、技術者としての静謐なる矜持が漂っていた。

 そこへ、金属製のキャットウォークを極めて乱暴な歩調で踏み鳴らしながら、一人の若き女性パイロットが接近してきた。

 短く切り揃えられた頭髪と、常に他者を威圧するような吊り上がった双眸。

 アクシズの若手パイロット陣にあって一際血の気が多く、空間戦闘の技量において己の右に出る者は存在しないと絶対的な自負を抱く、レズン・シュナイダーであった。

 彼女はリフトの直下に立ち止まると、腰に手を当てて極めて不機嫌な面持ちで見上げ、鋭利な音声でエグザベを小突いた。

 

「よう、優等生。

 未だにそんな鉄クズの機嫌を取っているのかい?」

 

 エグザベはデータパッドの数値から視線を外すことなく、平坦な音声で応答した。

 

「最終段階のシステム・チェックだ、レズン。

 ジェネレーターの出力配分は完璧に推移しているが、Iフィールドの展開シーケンスにコンマ数秒の遅延(ラグ)が観測された。

 ガトー少佐に完全なコンディションで譲渡するためには、この微細な誤差が致命的欠陥となり得るからな」

「ふんっ……」

 

 レズンは極めて忌々しげに鼻を鳴らし、眼前に聳え立つノイエ・ジールの巨大な装甲を睨みつけた。

 

「どうにも納得がいかないね。

 せっかくこの地球圏まで舞い戻ってきたというのに、私たちアクシズの部隊は単なるお守り役の傍観者かい?

 デラーズの連中がコンペイトウで派手な花火を打ち上げている間、私たちはデブリの裏に隠れてビクビクと震えているだけだ。

 ……その巨大なMAにしたってそうさ。

 あんたがそれに搭乗したまま、連邦のフネを片っ端から沈めに往けばいいじゃないか。

 どうしてデラーズの連中にくれてやらなきゃならないんだ!」

 

 最前線において自らの血を燃焼させる直接的闘争に飢餓感を抱いている彼女にとって、この『観測者』という消極的ポジションと、自軍の最強の矛を易々と他者へ譲渡するという政治的決定は、戦士としてのプライドを著しく逆撫でする代物に他ならなかった。

 エグザベはリフトを降下させ、レズンと同一のキャットウォークに降り立つ。

 彼女の挑戦的な眼差しを真っ向から見つめ返した。

 

「不満を口にするのはよせ、レズン。

 本機は、我々アクシズが連邦軍と直接的な戦端を開くために建造された兵器ではない。

 『星の屑』を完全に成就せしめ、ジオンの魂を再び統合するための『絶対的な希望の象徴(シンボル)』だ」

 

 エグザベの声に感情の暴走は微塵も存在しなかった。

 歴史の大局的推移を冷徹に俯瞰する者特有の、極めて重篤で静謐な説得力であった。

 

「連邦の傲慢な体制を物理的に粉砕し、スペースノイドの真の独立を知らしめる。

 その歴史的神話の中心に立つべきは、後詰めの支援部隊に過ぎない僕であってはならないんだ。

 一年戦争の泥沼から不屈の闘志を貫き通した、あの『ソロモンの悪夢』たるガトー少佐でなければならない。

 個人の矮小な功名心は……、この巨大な大義の前にあっては一片の塵芥にも等しい」

 

 レズンは、非の打ち所のない論理で自己を封じ込めてくるエグザベの言辞に露骨な苛立ちを露わにし、盛大な舌打ちを放った。

 

「ちっ……優等生ぶりやがって。

 あんただって、本心ではそいつを駆って派手に暴れ回りたかった口だろうが」

「……暴れる、か」

 

 エグザベの顔貌に、極めて微細な陰りが生じた。

 彼はノイエ・ジールの巨大な装甲から視線を外し、ハンガーの強固な隔壁の向こう側に広がる絶対的な暗黒の宇宙へと眼差しを向ける。

 

「レズン、我々がこの宙域へ進入する以前のことだ。

 僕はテスト飛行中、暗礁宙域の濃密なセンサーノイズの向こう側に『ある異常な事象』を観測した」

「異常な事象?」

 

 レズンが訝しげに眉をひそめる。

 

「物理法則を黙殺した軌道を描く『漆黒の機影』だ。

 推進器(スラスター)の燃焼光を一切暴露せず、射出したワイヤーの張力と慣性力のみを流用し、まるで獲物を捕捉せんとする毒蜘蛛のごとく、デブリからデブリへと完全な無音状態で跳躍する、極めて不気味な影をな……」

 

 エグザベの脳髄には、通常のモビルスーツの力学を嘲笑うかのようなその猟奇的かつ奇怪な軌跡が、拭い去り難い絶対的な悪寒と共に焼き付いていた。

 

「何だい、そりゃ。

 連邦軍の隠し持っていた新型機ってことかい?」

「断定はできない。

 だが、確実なのは、あれが僕や君、あるいはガトー少佐のように『戦士の誇り』や『大義』を胸に闘争を行う類の存在ではないということだ。

 ……戦場という空間に対する根本的な認識が、致命的に欠落しているか、あるいは完全に狂い切っている。

 純粋に、最も効率的に目標の命を刈り取るためだけに特化して最適化された、冷徹で歪な『純粋なる殺意の塊』に他ならない」

 

 通信情報局のオペレーターたちが、血の気を失った顔面で囁き交わしていた『十字の化物』による猟奇的殺戮の報告。

 エグザベの論理的思考の中で、自らの網膜が捉えたあの黒い毒蜘蛛のごとき機影と、その狂気に満ちた噂が、一つの確固たる絶望的真実として結びつきつつあった。

 

「……明日、この機体をガトー少佐へと引き渡す際、あの不可視の影について最大限の警告を進言しておくつもりだ」

 

 エグザベは、ノイエ・ジールの威容を見上げながら、半ば自己に言い聞かせるように呟いた。

 

「我々が提供するこのノイエ・ジールは、正面から火線を交える正規の武力衝突においては無敵のポテンシャルを誇る。

 だが……あの絶対的な暗黒に潜伏する『外道』に、ジオンの希望の背後から突き刺されるような事態だけは、絶対に回避せねばならないからな」

 

 レズンは、平素の彼らしからぬ深刻な顔貌で語るエグザベの横顔を一瞥すると、小馬鹿にしたように肩をすくめた。

 

「……幽霊話に付き合う趣味は持ち合わせていないね。

 もしその真っ黒な化物が私の射線上に現れたら、ビーム・マシンガンでただの鉄屑に変えてやるまでのことさ」

 

 そう吐き捨てるように背を向けたレズンの足音は、やがてハンガーの喧騒の中へと溶けて消えていった。

 残されたエグザベは、再びただ一人、ノイエ・ジールの巨大な装甲の前に直立し、深い沈黙に沈んだ。

 

 

 




U.C.0083/11/11〜11/13は複合視点にて一気に進めます。
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