機動戦士Gundam 喪服の魔女【第三部進行中】   作:王子の犬

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《40》絶対防衛線と狂気の準備(11月12日 06:00〜17:00)

 

 

 

 UC〇〇八三年十一月一二日。

 

 奪取されたコロニー『アイランド・イーズ』は、すでに不可逆的な慣性をもって地球の重力井戸(グラヴィティ・ウェル)へとその巨大な質量を傾斜させ始めていた。

 デラーズ・フリートの首魁、エギーユ・デラーズ中将の掲揚する『星の屑』作戦は、今や歴史のパラダイムを覆す最終フェーズへと突入している。

 しかし、地球への落着を確実なものと為すためには、血眼となって追撃してくる地球連邦軍の討伐艦隊を、一定の作戦限界時間が経過するまで物理的に食い止めねばならない。

 そのためにデラーズ・フリート方面司令部が構築した陣形は、戦術的合理性よりも、狂信的な玉砕を前提とした異常極まる代物であった。

 コロニーの後背に幾重にもモビルスーツ部隊を展開させ、連邦軍の進撃を分厚い『肉の壁』によって阻絶するという、文字通りの絶対防衛線である。

 

『ジオン公国軍 デラーズ・フリート 方面司令部』

『コロニー軌道防衛・絶対防衛線陣形図および全軍防衛指令(暗号通信ログ)』

『記録日時:UC〇〇八三年十一月一二日 〇六一五時』

 

『全将兵に告ぐ。

 アイランド・イーズは現在、最終軌道調整段階にある。

 我が軍の全生存権を懸け、これよりコロニー後方に絶対防衛線を構築する。

 連邦の討伐部隊は、我々の大義を無に帰すべく、あらゆる手段を用いてコロニーの破壊、もしくは軌道の変更を試みるであろう。

 我々の任務は、作戦限界時間を迎えるまで、彼らの進撃を完全に停滞させることである。

 一機たりとも、連邦のネズミをこの防衛線から通過させるな。

 弾が尽きれば機体をぶつけ、機体が砕ければ自らの命を盾とせよ。

 我々の流す血の一滴一滴が、地球の呪縛を断ち切る聖なる楔となるのだ。

 大義は我らと共にある! ジーク・ジオン!』

 

 この悲壮なる指令を受信したジオン残党軍の将兵たちは、誰一人として異論を唱えることはなかった。

 

「己の命を盾とする」

 

 通常の軍事組織であれば非人道的暴挙に他ならないが、三年に及ぶ屈辱と大義への異常な陶酔により、自らを巨大な作戦における『尊い部品』だと完全に認識していた。

 しかし、「自らの意志で命を盾とする」ことと、「何者かによって強制的に肉の盾(ミート・シールド)にされる」ことの断絶を、司令部は未だ正確に捕捉していなかった。

 その猟奇的な絶望が、間もなく絶対防衛線を内側から食い破る致死性の猛毒となる。

 最前線のパイロットたちのみが、本能レベルで感得していたにすぎなかった。

 

 

 

 一方、コロニーの追撃を急行する地球連邦軍の強襲揚陸艦アルビオンは、連邦の宇宙ドック『ラビアンローズ』において、およそ正規軍としてはあり得ざる、修羅の道への不可逆な一線を踏み越えようとしていた。

 星の屑作戦の真の企図がコロニー落着であることを看破したエイパー・シナプス艦長は、軍の待機命令を完全に黙殺。

 独断をもってラビアンローズへと進路を指向する。

 地球を死守するためには、同施設に係留されていると目される巨大な決戦兵器、ガンダム試作三号機《デンドロビウム》の圧倒的な火力が絶対的に不可欠であった。

 しかし、ラビアンローズの駐留責任者たるナカト少佐は、命令違反を犯したアルビオン隊に対し、銃口を突きつけて武装解除を要求。

 刻一刻とコロニー落着のタイムリミットが迫り来る中、大義と大義、正義と正義が狭小なハンガー内において激突し、ついに取り返しのつかない流血の惨事へと発展したのである。

 

『地球連邦軍 宇宙ドック・ラビアンローズ』

『施設内警備兵の緊急通信記録(傍受データ)』

『記録日時:UC〇〇八三年十一月一二日 十一〇八時』

 

『こちら第三ハンガー警備班! 応援を頼む、発砲だ!

 ……ナカト少佐が、アナハイムのルセット・オデビー社員を銃撃!

 オデビー社員、被弾しました!

 ああっ、アルビオンのクルーが反撃!

 ナカト少佐も撃たれました!

 駄目だ、止められない!

 アルビオン隊が、試作三号機(デンドロビウム)を強制接収します!

 本部、指示を! 撃ち合いますか!?』

 

 ルセット・オデビーは、己の開発した試作三号機をコウ・ウラキ中尉に託すため、自らの命を代償として供出した。

 アルビオンのクルーたちもまた、彼女の流した血と引き換えに、味方であるはずの連邦軍将校を射殺し、軍規という名のリミッターを完全に破却してしまった。

 

「ルセットさんの命を……これ以上無駄にするものか!」

 

 コウ・ウラキ中尉は、血に染まるデッキを蹴り、試作三号機の中核を成すコア・ファイター(ステイメン)へと搭乗を果たした。

 自らの信奉する正義と、地球に迫り来る未曾有の危機を排除するためとはいえ、味方の血を流してまで兵器を強奪したアルビオン隊。

 切迫した極限状況下において、もはや後戻りの許されない修羅の道へと足を踏み入れた事実を完全に自覚していた。

 正義を貫徹するための行動が、結果として暴走と殺戮を惹起する。

 アルビオンという艦そのものが、地球を守護するという巨大な大義の重圧に圧壊され、徐々に『狂気』の領域へと変質し始めていた。

 

 

 

 午後〇時。

 

 ラビアンローズにおける流血の惨劇から一時間後。

 デラーズ・フリートの絶対防衛線の一角を担うモビルスーツ部隊の陣地において、ある小隊長が出撃前の部下たちを招集し、信じ難い『訓示』を叩きつけていた。

 通常の近代軍隊であれば即座に軍法会議に処されるであろう、絶対的な絶望と狂気に満ちた命令であった。

 

『ジオン公国軍 デラーズ・フリート コロニー軌道防衛部隊』

『第五MS小隊長による出撃前訓示(部隊内通信ログ)』

『記録日時:UC〇〇八三年十一月一二日 一二二〇時』

 

「よく聞け、お前たち。

 我々はこれから、命を懸けて連邦の追撃部隊を食い止める。

 司令部の言う通り、弾が尽きれば機体をぶつけてでもコロニーを守り抜く覚悟だ。

 だが……もし、乱戦の中で、貴様らが『十字の傷の黒い機体』に遭遇し、あの忌まわしいワイヤーで捕縛され、引き寄せられた場合は……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 整列していた部下たちの間に、息を呑むような動揺が走った。

 

「味方の弾除けの盾にされて嬲り殺されるくらいなら、あの魔女を巻き込んで、名誉ある自爆を遂げよ!

 それが、誇り高きジオンの魂だ!

 分かったな!」

 

 魔女の猟奇的戦術に対する極限の恐怖を、さらなる狂気たる『自爆命令』で強引に被膜しようと企図するデラーズ兵たち。

 彼らの精神構造は、すでに大義の重圧とトラウマの連鎖によって完全に瓦解の危機に瀕していた。

 しかし、非情な訓示を咆哮した小隊長自身、ヘルメットのバイザーの奥において、恐怖に充血した双眸を激しく泳がせていた。

 彼には論理的に推算できていたのだ。

 「自爆して道連れにしろ」などと強弁したところで、あの化物がそのような陳腐な手段で消滅するはずがないという残酷な事実を。

 彼は、ア・バオア・クーの地獄の戦場において、『喪服の魔女』の姿を網膜に直接焼き付けていたのだ。

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(……自爆程度で、あの悪魔が殺せるわけがない……)

 

 小隊長は、己の痙攣する指先を隠蔽するように後ろ手に組んだ。

 

(至近距離でのジェネレーターの誘爆すら、あいつは装甲の入射角とスラスターの爆発的推力によって回避しやがる。

 俺たちに可能なのは、あいつにワイヤーを打ち込まれた瞬間に、盾にされるという究極の屈辱を味わう前に、自分から死という結果へと逃避することだけだ)

 

 大義の光が強烈であればあるほど、暗礁宙域で植え付けられた『死神』の影は、彼らの足元をより色濃く、そして冷酷に侵食していく。

 生還という選択肢など最初から完全に剥奪されていたが、「名誉ある戦死」すらも強奪されるという、底知れぬ猟奇的な絶望へと自ら突き進むしかなかった。

 

 

 

 午後一時。

 

 ラビアンローズのハンガー内は、依然として戦場のような喧騒に包まれていた。

 アルビオンの整備班は、強制接収したガンダム試作三号機「デンドロビウム」と、特務〇一機「ウィッチズ・ブルーム」という、規格外の2機の最終調整と同時整備に追われ、疲労の極限に達していた。

 全長一四〇メートルにも及ぶ巨大な武器庫であるデンドロビウム。

 複雑を極める火器管制システムと、ステイメン(コアユニット)とのデータリンクの同期作業だけでも、通常であれば数日を要する工程である。

 それを数時間で終わらせろというのだから、メカニックたちは文字通り不眠不休の死闘を強いられていた。

 加えて、特務〇一機のパイロットであるシイコ・スガイ中尉から、常軌を逸した「改修要求」が突きつけられていたのである。

 

『地球連邦軍 強襲揚陸艦アルビオン 整備班』

『整備班長モーラ・バシットの音声メモ(環境録音)』

『記録日時:UC〇〇八三年十一月一二日 一三三五時』

 

整備兵:

「班長! 特務〇一機の両肩のアンカー射出機ですが、スガイ中尉から『射出速度をさらに〇.二秒縮めろ』って、また無茶な要求が来ています!」

 

モーラ:

「なんだって!? ただでさえデンドロビウムの火器管制の同期で死にそうなのに、あの中尉、頭おかしいんじゃないのかい!?」

 

整備兵:

「ウィンチの巻き取りモーターはすでに限界です!

 これ以上出力を上げたら、射出の反動で内部フレームが焼き切れる寸前ですよ!」

 

 モーラは、データパッドを乱暴に叩きながら、忌々しそうに頭を掻きむしった。

 特務〇一機の装甲の裏側にびっしりと搭載された、猟奇的な十字のアンカーヘッドの山。

 敵を確実に捕縛し、殺戮の効率をコンマ数秒単位で引き上げるための、純粋な「処刑器具」。

 

モーラ:

「味方を守る気もないくせに、殺すための道具だけは一丁前に要求してきやがって……!」

 

 吐き捨てるように愚痴をこぼした。

 彼女自身、感情を持たない魔女の戦術には、強い生理的嫌悪を抱いていた。

 

モーラ:

「……だが、やるしかないんだよ!」

 

 血走った目で周囲の班員たちを睨みつけ、叱咤の声を張り上げる。

 

モーラ:

「いいかい、私たちの『正義』は、あのデンドロビウムと、あの気味の悪い魔改造機の暴力に依存してるんだ!

 コロニーを止めるためには、あいつのイカれた殺傷効率が必要不可欠なんだよ!

 愚痴を言ってる暇があったら手を動かしな!

 モーターが焼き切れるなら、冷却材のパイプを無理やりバイパスさせてでも〇.二秒縮めるんだよ!」

 

整備兵:

「は、はいっ!」

 

 疲労と極度のストレス、そして「狂った兵器」を自らの手で組み上げているという生理的嫌悪感。

 アルビオンの整備班の空気は、まさに極限まで張り詰め、爆発寸前の臨界状態にあった。

 

 

 

 午後五時。

 

 出撃を直前に控えたアルビオンの作戦室。

 ホログラム・テーブルを包囲するパイロットたちとシナプス艦長の顔貌には、コロニー落下という未曾有の地球規模危機を前にした、極めて重篤で沈痛な覚悟が刻印されていた。

 議題は、間もなく展開されるデラーズ・フリートの絶対防衛線突破に向けた、最終的な戦闘詳報のプレビューと戦術フォーメーションの確認である。

 バサロム副長が、ホログラムのポインターを操作しながら説明を開始した。

 

『地球連邦軍 強襲揚陸艦アルビオン 作戦室』

『コロニー追撃戦・戦闘詳報プレビュー(録音データ)』

『記録日時:UC〇〇八三年十一月一二日 一七三〇時』

 

バサロム:

「……作戦の主軸は、ウラキ中尉の試作三号機『デンドロビウム』のメガ・ビーム砲による、敵防衛網の強行突破である。

 圧倒的な火力で中央に穴を開け、本艦はその航跡を追従する。

 しかし、デンドロビウムは巨大な質量を持つがゆえに、急加速や細かな旋回が効かない。

 Iフィールドでビーム兵器は防げるが、懐に潜り込まれての至近距離からの実弾攻撃や格闘戦が最大の弱点となる」

 

 バサロムは、ホログラム上のデンドロビウムの機影の「背後」、巨大なウェポン・コンテナが作り出す広大な死角を赤くハイライトした。

 

バサロム:

「そこで、このデンドロビウムのIフィールドの内側、およびコンテナの死角となる懐に、スガイ中尉の特務〇一機を配置する。

 特務〇一機はアンカーでデンドロビウム本体に係留し、接近する敵機を片っ端からワイヤーで迎撃・捕縛する。

 名付けて『蜘蛛の巣(Spider's Web)』陣形を採用する」

 

 その陣形図を視た瞬間、コウ・ウラキの顔面は苦痛に歪み、胃の腑が物理的に捻り切られるような強烈な不快感と根源的恐怖に襲われた。

 

(僕の……すぐ背後に、あの女を配置するというのか)

 

 コウの脳髄に、コンペイトウの暗黒の中で目撃した猟奇的な悪夢がフラッシュバックする。

 敵機を肉の盾とし、ゼロ距離から一切の感情を介在させることなく敵を消滅させていく、あの漆黒の機体。

 連続殺人鬼(シリアルキラー)を、自らの背後に密着させて闘争を行う。

 常に自己の背面に冷徹な凶刃を突きつけられている状況と同義であった。

 コウは思わず異議を申し立てようと口を開きかけた。

 

「そのような狂気を孕んだ陣形は御免だ。

 僕単機で戦線を突破してみせる」

 

 と。

 だが、その言辞は彼の喉の奥で完全に閉塞し、決して声として出力されることはなかった。

 何故なら、一個の卓越したMSパイロットとしての彼の『論理的思考回路』が、その陣形の持つ『圧倒的な戦術的合理性』を、極めて冷酷なまでに肯定してしまっていたからである。

 デンドロビウムの超巨体は、それ自体が一つの強固な『要塞』として機能すると同時に、巨大な『デブリ』でもある。

 その暗く入り組んだコンテナの死角に、スラスターの燃焼光を一切暴露せず、ワイヤーの張力のみを用いて無音移動する特務〇一機を潜伏させれば、敵パイロットの予測を完全に凌駕した、回避不能の『致死の罠』が完成する。

 デンドロビウムの致命的弱点である低加速性を補完し、懐の死角を完璧にカバーする戦術的最適解としては、これ以上なく理にかなった悪魔的ドクトリンであった。

 

(……僕は、コロニー落としを阻止するためなら、悪魔とすら手を結ぶというのか。

 いや……僕自身が、すでにその悪魔の戦術の持つ合理性に完全に呑み込まれているのか……)

 

 自らの信奉する正義を貫徹するために、倫理を根底から嘲笑う魔女の暴力を利用することに同意してしまった、己の脆弱さ。

 コウは、自身もまた「後戻りの許されない狂気の一線」を踏み越えてしまったのだという底知れぬ自己嫌悪に苛まれながら、痙攣する音声でただ一言、「……了解しました」とだけ応答した。

 大義のために自爆を強要するジオンの狂気。

 正義のために猟奇的な殺戮機械を自らの懐に抱き込む連邦の修羅の道。

 両陣営の歪み切った狂気が限界値まで膨張する中、地球の命運を懸けた真の地獄たる最終決戦の火蓋が、今まさに切って落とされようとしていた。

 

 

 

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