機動戦士Gundam 喪服の魔女【第三部進行中】 作:王子の犬
コロニー『アイランド・イーズ』の地球への質量兵器としての落着を阻止すべく、地球連邦軍の強襲揚陸艦アルビオンより、人類の兵器史を根本から塗り替える威容を誇る『巨城』が発進した。
ガンダム試作三号機『デンドロビウム』である。
規格外の巨躯が投射する巨大な暗影の只中には、暗黒の宇宙よりもさらに黒い、一機のモビルスーツが静かに張り付いていた。
特務〇一機『ウィッチズ・ブルーム』に他ならない。
アルビオンのクルーたちが、地球を死守するという悲壮なる大義と覚悟に自らの血を燃焼させる中、漆黒の魔改造機のコックピットに座すシイコ・スガイ中尉の精神構造は、一切の『熱量』を保持せず、絶対零度の虚無の中に漂っていた。
彼女にとって、眼前に展開される星の屑の最終決戦は、歴史の転換点でもなければ、血に飢えた狂戦士の『狩り』の舞台でもない。
一年戦争の地獄から一日たりとも途切れることなく継続している、「終わらない戦争」の日常的かつ無機質な『
『地球連邦軍 強襲揚陸艦アルビオン 所属』
『シイコ・スガイ中尉の電子手記(出撃直前のログ)』
『記録日時:UC〇〇八三年十一月一二日 一七五五時』
『……特務〇一機、デンドロビウムのコンテナ下部、指定座標への
Iフィールドの有効範囲内であり、かつ敵機の視覚的死角となる完璧なポジションである。
この巨大な鉄の塊が形成する暗がりは、自機の熱源を完全に秘匿し、アンカーの射出支点を無数に提供してくれる。
なんという極めて合理的で、血の凍るほどに甘美なる最高の『作業環境』であろうか。
「
膝の上に広げた古びた詩集の、あの呪文のような一節を、指の腹でなぞる。
大義という名の熱病に骨の髄まで冒されたジオンの死兵どもは、まさにこの預言の通りに、「
先行するメガ・ビーム砲の狂暴な光の奔流が、彼らの脆弱な防衛網を食い破り、宇宙の暗闇に巨大な間隙を穿とうとも、彼らは己の命の髄まで燃焼し尽くすために、狂熱に浮かされた火の羽虫のごとく、必ずやこの死角という暗い懐へと殺到してくるのだ。
それこそが、彼らの煮えたぎる血と熱が指し示す、必然に他ならない。
だが、彼らがどれほど熱い血を吐き、大義の獣のように怒りを咆哮し、その顔面を絶望の泥に歪めようとも、私の鼓動をひと打ちたりとも揺るがすことはない。
私は、この冷徹なる最高の作業環境へと飛び込んでくる彼らの肉と鉄を、冷たい十字のワイヤーでことごとく物理的に縛り上げ、裁断し、絶対的な『
私はただ、目の前に群がる
どうか勘違いしないでほしい。
ここに、血湧き肉躍るヒロイズムも、狂気じみた猟奇的な獣の狩りも存在しはしない。
ただひたすらに、命という名の一時的な熱を冷たい数字へと変換し、無へと屠っていく……それは、この上なく純粋で、最高効率の『作業』の時間なのだ。』
彼女は操縦桿を握り直すことすらなく、モニターに流転する弾道計算のパラメーターだけを無表情に凝視し続けていた。
デンドロビウムという圧倒的な『動』の暴力の裏面において、魔女による冷たく機械的な『静』の屠殺の準備が、完全に完了していたのである。
同一時刻。
デラーズ・フリートがコロニーの軌道上に構築した、玉砕を前提とする『絶対防衛線』。
地球の重力井戸へと沈降していく巨大なシリンダーを背に、連邦軍の追撃部隊を待ち構えていたジオン残党軍の前衛部隊は、暗黒の宇宙の彼方から極めて急速に接近してくる『巨大な熱源』を捕捉した。
当初、彼らはアルビオンを旗艦とする連邦の艦隊が突撃を敢行してきたのだと錯覚した。
だが、光学センサーの最大望遠がその熱源の正体をモニターに結像させた瞬間、彼らの大義への熱狂は、論理的理解を超越した巨大な物理的暴力の顕現に対する『驚愕』へと、一瞬にして凍結した。
『ジオン公国軍 デラーズ・フリート コロニー軌道防衛部隊』
『前衛第二大隊・戦闘開始を告げる通信記録(復元データ)』
『記録日時:UC〇〇八三年十一月一二日 一八〇三時』
[通信ログ開始]
前衛兵A:
「何なのだ、あれは……!
連邦の艦隊ではない、たった一機の機動兵器だぞ!
な、何だあの巨大なモビルアーマーは!?」
前衛兵B:
「規格外すぎる……!
コンテナの化物か!?
駄目だ、高出力のビームが来るぞ、全機回避ィィッ!」
(通信回線を劈くような強烈な電磁ノイズ。
デンドロビウムのメガ・ビーム砲が放射され、絶対防衛線の一角が、数隻のムサイ級巡洋艦ごと一瞬にして宇宙の塵と化す)
前衛小隊長:
「怯むな! メガ・ビーム砲の火線を回避しろ!
敵は図体が巨大な的だ!
Iフィールドを突破して懐に潜り込め!
大義は我らと……!」
前衛兵C:
「……ち、違う! 巨大な機体の影から、何かが飛び出して……ああっ!」
前衛小隊長:
「どうした! たった一機に怯懦するな、撃て!」
前衛兵C:
「ま、真っ黒な機体だ! 奴が来た、暗礁宙域の『十字の魔女』だ!!」
(通信の向こうで、
前衛兵C:
「来るな、俺を肉の盾にするなァァッ!
自爆だ、自爆してやるゥゥッ!」
前衛兵D:
「やめろ、落ち着け! ああっ、ワイヤーが……小隊長の機体に十字の楔が!」
前衛小隊長:
「(苦悶の呻き声)……動かん……電流が……!」
前衛兵E:
「小隊長が盾にされた! 撃てない、メガ・ビーム砲がまた来るぞ!」
[通信ログ終了]
決戦の火蓋が切って落とされた直後、デラーズ・フリートの絶対防衛線は、デンドロビウムという常識を凌駕した巨体による『圧倒的な破壊の光』と、その足元から無音で這い出てくる魔女の『猟奇的な暗闇』という、二つの極端な恐怖の同時顕現によって、瞬く間に恐慌状態へと叩き落とされた。
「弾が尽きれば機体を盾にせよ」と厳命されていた彼らは、自らの意志で盾となる前に、暗闇から飛来する不可視のワイヤーによって『
大義と虚無が真っ向から激突する、真の地獄が開幕した。
戦闘開始から半日が経過した、十一月一三日、〇六〇〇時。
地球への落着限界点が刻一刻と迫り来る中、コロニー軌道上の宙域は、無数のモビルスーツの残骸とビームの閃光が乱れ飛ぶ、文字通りの阿鼻叫喚の坩堝と化していた。
連邦軍アルビオン隊による追撃は、デンドロビウムの無尽蔵とも思える火力と、特務〇一機が構築する絶対的な近接防御網――『
ジオン残党軍のパイロットたちは、デンドロビウムのIフィールドを突破するためには、決死の覚悟でメガ・ビーム砲の火線を掻き潜り、その巨大な懐(コンテナの死角)へと肉薄する以外に術を持たなかった。
しかし、大義を胸に死地へと飛び込んだ瞬間に待ち受けていたのは、英雄的な相撃ちでもなければ、華々しい散華でもなかった……。
『地球連邦軍 方面軍情報部』
『コンペイトウ宙域・ジオン残党軍通信傍受記録(抽出)』
『記録日時:UC〇〇八三年十一月一三日 〇六一八時』
[通信ログ開始]
前線指揮官:
「巨大MAの懐に潜り込め!
接近戦ならあの巨体は脆いはずだ!」
突撃兵A:
「了解!
Iフィールド突破、実弾を叩き込み……うおあっ!?
何だこのワイヤーは!」
前線指揮官:
「どうした!?」
突撃兵B:
「巨大MAのコンテナの影から、黒い機体が飛び出してきたぞ! 馬鹿な、
突撃兵A:
「(激しい痙攣音と共に)……助け……」
前線指揮官:
「退け、奴のワイヤーの射程に踏み込むな!
捕まれば串刺しにされるぞ!」
突撃兵C:
「駄目です、速すぎる!
スラスターを吹かしていないのに、コンテナの隙間を振り子のように跳ねて……ああっ、俺の脚部に十字のアンカーが!」
前線指揮官:
「くそっ、外道め! あの黒い奴を撃ち落とせ!」
突撃兵B:
「撃てません!
自機の前面にドム二機を張り付けて盾にしています!
あれでは味方を撃つことに……!」
(直後、特務〇一機のゼロ距離射撃によって、盾にされた二機のジオン機がコックピットから内側に爆散する不快な音響)
[通信ログ終了]
巨大なデンドロビウムの周囲には、特務〇一機から射出された高張力ワイヤーが、文字通り『蜘蛛の巣』のごとく張り巡らされていた。
デンドロビウムの巨体そのものを物理的支点として流用し、推進剤をほとんど消費することなく、一五Gを超える遠心力と慣性のみで死角から死角へと無音跳躍を反復する漆黒の機体。
大義に燃焼するジオンの戦士たちがその死角に飛び込んだ瞬間、彼らは不可視のワイヤーによって捕縛され、高圧電流によって機体の自由を剥奪され、そして「次の味方からの攻撃を防ぐための肉の盾」として強制的に再利用されたのち、用済みとなればゼロ距離でコックピットを焼き切られる。
戦争という最低限のルールすら根底から破壊する、悪夢のごとき『作業』の光景であった。
その地獄の光景を、誰よりも至近距離で、かつ誰よりも特等席において目撃させられていたのは、巨大要塞デンドロビウムの
眼前に群がる敵をメガ・ビーム砲や大型ビーム・サーベルで薙ぎ払いながらも、自らの『背面』で淡々と繰り広げられる猟奇的な殺戮の気配に、常に胃の腑がねじ切れるような恐れと生理的嫌悪感を抱き続けていた。
『地球連邦軍 強襲揚陸艦アルビオン 所属』
『コウ・ウラキ中尉の戦闘中の独白(フライトレコーダー音声より抽出・推測)』
『記録日時:UC〇〇八三年十一月一三日 〇七一〇時』
「(荒い呼吸)……くそっ、右舷から敵の増援!
無数のミサイルが不規則な軌跡を描き、接近するジオンの部隊を面制圧によって吹き飛ばす。
だが、その爆炎を掻き潜り、死に物狂いでIフィールドの有効範囲内へと飛び込んでくるリック・ドムⅡと、高機動型のドラッツェの姿が、コウの全天周囲モニターの端に結像した。
「懐に入られた! 近接防御……!」
コウがステイメンの武装を切り替えようと試みたその刹那、
特務〇一機である。
「スガイ中尉……!」
シイコ・スガイの機体は、スラスターの燃焼光を一切暴露せず、デンドロビウムの装甲に打ち込んだワイヤーの張力のみで機体を振り回し、先頭のリック・ドムⅡの背後へと一瞬にして回り込んだ。
パイロットが反応するよりも早く、漆黒の機体の腕部から射出された十字のアンカーが、ドムのメインジェネレーター直上の装甲に深々と突き刺さる。
強烈な電流のスパーク。
リック・ドムⅡが瞬時に機能停止状態へと陥り、特務〇一機の前面へと暴力的に牽引された。
直後、後続のドラッツェが放ったガトリングガンの実弾が、盾にされたドムの背面を無惨に削り取る。
特務〇一機は、ドムを盾として銃弾を受け流しながら、その脇下から自身のビーム・キャノンを突き出し、ドラッツェのコックピットを正確無比に撃ち抜いた。
ドラッツェが爆散した直後、特務〇一機は盾としていたドムのコックピットを背後からゼロ距離で貫き、無造作にその残骸を宇宙空間へと蹴り捨てたのである。
Iフィールド内に肉薄した二機のMSを、ほんの数秒の間に、自らはいささかの損傷も負うことなく連続して処理する神業。
「(戦慄する声で)……スガイ中尉、やめてくれ!
敵はもう行動不能だ、何故そこから至近距離でコックピットを撃ち抜くんだ!」
コウは思わず通信回線に向かって絶叫したが、返ってくるのは冷徹な電磁ノイズのみであった。
「……駄目だ、彼女には僕の声なんて届いていない。
コンテナの影で、彼女はただ黙々と敵をワイヤーで縛り上げ、十字の穴を穿ち続けている」
あまりにも高効率に、そして手際よく
背中に冷たい凶刃を突きつけられているような絶対的な感覚。
(……僕は、コロニーを阻止するためとはいえ、こんな怪物を背負って闘争を行わねばならないのか!)
デンドロビウムという圧倒的な破壊の光の中心において、コウ・ウラキは魔女の冷たい虚無という『深い影』に精神を侵食されつつあった。
十一月一三日、午前七時。
連邦のコウ・ウラキが戦慄に打ち震えていたのと同一時刻、魔女の直接的な標的となっているデラーズ・フリートの艦隊全体には、戦術的合理性を完全に超越した『根源的な恐怖』が蔓延し、作戦の遂行能力を致命的に奪い始めていた。
『ジオン公国軍 デラーズ・フリート コロニー軌道防衛部隊』
『第四・第五大隊間のパニック通信(傍受データ統合)』
『記録日時:UC〇〇八三年一七月一三日 〇七四二時』
兵士F:
「駄目だ、接近できない!
あの黒い悪魔が存在する限り、巨大MAの懐には入れないぞ!」
兵士G:
「俺の目前で……味方の機体が盾にされ、内側から焼き切られた!
あいつ、隊長がまだ生存しているのに、通信回路をショートさせて叫び声を上げさせながら撃ち抜きやがった!」
兵士H:
「もう戦争ではない、ただの『処刑』だ!!
連邦は俺たちを殺しに来たのではない、解体処理しに来たんだ!」
通信回線には、もはや「ジーク・ジオン」という大義の言辞は一言も発せられていなかった。
そこに存在するのは、己の尊厳を完全に否定され、虫けらのごとく処理されていくことへの底知れぬ恐怖と、戦意喪失の泣き声のみであった。
兵士I:
「逃げろ……陣形を解いて離脱しろ!
俺はジオンのために死ぬのは恐れないが、あんな十字架に磔にされて肉の盾にされるのだけは御免だ!」
兵士J:
「助けてくれ! ワイヤーが……俺の機体に……!
嫌だ、俺を盾に……あァァァァッ!」
[通信ログ終了]
『蜘蛛の巣』陣形に捕獲された同胞たちが、見せしめのごとき『磔刑』に処されていく光景は、死兵と化していたはずの彼らの精神構造を根底から粉砕した。
デンドロビウムのメガ・ビーム砲による物理的な損害に加え、足元で蠢動する魔女の猟奇的な屠殺がもたらす『精神的破壊』によって、デラーズ・フリートにとって遥かに致命的なダメージとなっていたのである。
巨大な大義を掲揚し、歴史のパラダイムを覆そうと企図したジオンの兵士たち。
彼らは今、圧倒的な熱量を持った戦争という舞台から強制的に引きずり下ろされ、一切の感情を保持しない魔女の『静かで無機質な作業台』の上において、ただの肉塊として極めて効率的にすり潰されていくという、地獄を味わっていた……。