機動戦士Gundam 喪服の魔女【第三部進行中】   作:王子の犬

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《42》大義の極致、死の詩を詠む魔女(11月13日 08:00~11:00)

 

 

 

 十一月一三日、〇八〇〇時。

 

 地球連邦軍の苛烈極まる追撃と、ソーラ・システムⅡの展開準備という絶望的状況下において、デラーズ・フリートはついに歴史的な『勝利』の瞬間を迎えた。

 彼らが強奪し、地球の重力井戸(グラヴィティ・ウェル)へと突き落としたコロニー「アイランド・イーズ」。

 自力での軌道変更はおろか、外部からのいかなる物理的干渉をもってしても落下を阻止できない絶対的なポイント――すなわち『阻止限界点』を通過したのである。

 デラーズ・フリートの旗艦グワデンをはじめ、残存する各艦艇のブリッジは、三年に及ぶ忍従の年月と、膨大な同胞の流血が報われたという、爆発的な歓喜に包み込まれた。

 

『ジオン公国軍 デラーズ・フリート 方面司令部』

『旗艦グワデン・ブリッジ内環境音声および通信ログ(復元データ)』

『記録日時:UC〇〇八三年十一月一三日 〇八〇五時』

 

航法長:

「……コロニー『アイランド・イーズ』、阻止限界点を通過! 軌道は完全に安定しています! もはや連邦のいかなる兵器をもってしても、地球への落着は回避不可能です!」

 

司令部将校(艦内放送):

「総員に告ぐ! コロニーは阻止限界点を通過した!

 我々の『星の屑』は、今まさに成就したのだ!

 大地に魂を引かれ、宇宙を私物化せんとした連邦の傲慢に、我々の正義の鉄槌が下る!

 ジオンの栄光は、永久に不滅である!」

 

 ブリッジの随所において、感極まった将兵たちが落涙し、軍の階級すら忘却して抱擁を交わしていた。

 

「ジーク・ジオン!」「デラーズ閣下万歳!」

 

 という咆哮が、艦内の至る所で木魂する。

 彼らは自らが地球圏の歴史を塗り替え、真のスペースノイドの解放者となったのだという巨大な陶酔の中にいた。

 しかし。

 熱狂と涙で充満したブリッジの片隅。

 外部からの戦術通信を処理するオペレーターのコンソール周辺だけは、まるで全く別次元の地獄と直結しているかのような、凄惨で異様な空気が滞留していた。

 メインスピーカーからは「勝利の宣言」が鳴り響いているが、オペレーターが耳に圧着させているヘッドセットからは、今この瞬間も前線で戦闘を継続している兵士たちの、身の毛もよだつような『断末魔』が絶え間なく出力され続けていた。

 

『――助けてくれ! ワイヤーが外れない!

 誰か、この黒いワイヤーを切断してくれ!』

『――駄目だ、振り切れない!

 十字の化物が来る!

 何故だ、我々は勝利したはずだろう!?

 大義は成就したのに、何故俺がこんな……あァァァァッ!』

『――隊長が盾にされて……!

 撃つな、やめろ、俺を盾にするなァァッ!』

 

 落涙しながら「ジーク・ジオン」を咆哮する司令部のクルーたちの背後において、最前線の防衛線を死守していた兵士たちは、魔女が行使する猟奇的なワイヤーによって、虫けらのごとく解体され続けていた。

『星の屑』という巨大な大義の成就。

 そして、その足元で一切の感情を介在させず無機質に命をすり潰していく絶対零度の屠殺。

 二つの全く異なる現実が、単一の空間に同居している。

 宇宙世紀という時代の業を極限まで煮詰めたような、あまりにもグロテスクで異様な光景。

 前線で絶望の悲鳴を上げる兵士たちにとって、地球へのコロニー落着という「大義の成就」すらも、目前に迫り来る黒い悪魔のワイヤーの前では、いかなる救済にもならない無意味な音声信号へと成り下がっていた……。

 

 

 

 一〇〇〇時。

 

 コロニーの落下が確定したとはいえ、戦場は依然として無数のメガ粒子が飛び交う殺戮の坩堝(るつぼ)であった。

 連邦軍の強襲揚陸艦アルビオンを中核とする追撃部隊は、コロニーを完全に破壊できずとも、デラーズ・フリートの残存戦力を徹底的に殲滅すべく、ガンダム試作三号機『デンドロビウム』の圧倒的な火力と、特務〇一機『ウィッチズ・ブルーム』の猟奇的な近接制圧を以て、ジオンの防衛線を物理的に破断し続けていた。

 崩壊寸前の戦線に、緑色の巨大な流星が舞い降りた。

 アクシズ先遣艦隊から供与された巨大モビルアーマー『ノイエ・ジール』を駆る、「ソロモンの悪夢」アナベル・ガトー少佐である。

 ノイエ・ジールの高出力メガ粒子砲が、連邦のジム・カスタム部隊を一瞬にして薙ぎ払う。

 ガトーの圧倒的な武威と、その機体が放射する王者のごとき威圧感は、恐慌状態(パニック)に陥りかけていたジオン残党兵たちの精神に、辛うじて戦士としての正気を取り戻させた。

 

『ジオン公国軍 デラーズ・フリート 方面司令部』

『アナベル・ガトー少佐による戦術通信(全周波数帯・オープン回線)』

『記録日時:UC〇〇八三年十一月一三日 一〇四一時』

 

ガトー:

「ジオンの騎士たちよ、恐れるな! 私は帰ってきた!

 我々の大義はすでに果たされた。

 だが、連邦の愚物どもは未だ自らの敗北を悟らず、我々の誇りを汚辱しようと企図している!

 ……何をしている、たかが一機のジム紛いの奇怪な戦術に惑わされるな!

 陣形を再構築し、誇り高きジオンの魂を見せてみよ!」

 

 ガトーの檄が戦域を圧する中、ノイエ・ジールのメインモニター越しに、戦場の暗黒で蠢動する『それ』を明確に視覚神経に捉えていた。

 巨大なデンドロビウムのコンテナの暗影から、音もなく這い出る漆黒の機体。

 特務〇一機『ウィッチズ・ブルーム』。

 その機体は、接近してきたザクⅡの胸部に十字のアンカーを正確無比に打ち込み、高圧電流でショートさせると、そのまま機体を暴力的に牽引して自らの肉の盾(ミート・シールド)とし、背後から無造作にコックピットを撃ち抜いていた。

 

「己の命すら懸けず、死を弄ぶ卑劣な外道め……!」

 

 ガトーは、コンソールを破砕せんばかりの怒りに震えた。

 しかし、歴戦の武人であるガトーの双眸は、単なる憤怒に我を忘却してはいなかった。

 彼は、漆黒の機体が露呈させたコンマ数秒の挙動の内に、戦慄すべき事実を看破していたのだ。

 

『……信じられん』

 

 ガトーは、ヘルメットの奥底でギリリと歯を食い縛りながら独白した。

 

『あの質量を、スラスターの爆発的な推力とワイヤーの張力のみで、完全に制御しているというのか?

 発生するGは優に限界を超越しているはずだ。

 それを、全く姿勢を崩すことなく、寸分の狂いもなく標的の死角へと滑り込んでいる。

 あれほどの、神がかった圧倒的な空間認識能力……。

 それを以てすれば、正面から堂々と刃を交えても、誰もが是認する武人の誉れとなったであろうに。

 何故だ。

 何故、その神に選ばれたかのような技を、味方を盾にし、命を弄ぶような『屠殺』にのみ行使するのだ!』

 

 ガトーの義憤は、単なる敵対者への憎悪を凌駕し、武人としての魂の根幹を激しく揺さぶる「論理的理解の及ばない根源的な断絶」に対する激甚なる怒りであった。

 命を燃焼させ、大義のために散華することこそが戦士の美学であると信奉するガトーにとって、卓越した技量を保持しながら、一切の誇りも感情も介在させずに命を数値として解体するあの魔女の存在は、宇宙の理そのものに対する絶対的な冒涜に他ならなかった。

 

「……私が直々に引導を渡してくれる!」

 

 ガトーは、ノイエ・ジールの巨大なスラスターを全開駆動させ、デンドロビウムと、それに寄生する漆黒の魔女が待機する死の暗黒宙域へと、一直線に突撃を敢行した。

 

 

 

 十一〇〇時。

 

 巨大なデンドロビウムのメガ・ビーム砲と、ノイエ・ジールの偏向メガ粒子砲が、宇宙の真空において激しく交錯し、プラズマの嵐を巻き起こす。

 かつてコンペイトウで死闘を演じた二人の男、コウ・ウラキとアナベル・ガトーは、それぞれの最大火力を以て再び正面から激突した。

 しかし、この戦場には、武人同士の誇り高き一騎討ちを許容しない『第三の極』が存在していた。

 

『地球連邦軍・デラーズフリート 両軍戦術通信回線(オープン回線傍受)』

『戦闘詳報および通信ログ(GP03&特務01機 vs ノイエ・ジール)』

『記録日時:UC〇〇八三年十一月一三日 十一〇五時』

 

ガトー:

「ウラキか!

 貴様は未だ、そのような外道の犬に成り下がってまで私を追撃するか!

 誇りすら喪失したか、連邦の愚物め!」

 

コウ:

「違う!

 スガイ中尉は……だが、星の屑は絶対に阻止する!

 僕は、僕の信奉する正義のために闘うんだ!」

 

 コウの絶叫と共に、デンドロビウムの巨大なフォールディング・バズーカが火を噴く。

 だが、ノイエ・ジールはIフィールドでそれを易々と弾き返し、複数のサブアームを展開して猛烈な反撃へと推移する。

 巨大兵器同士の規格外の武力衝突の足元において。

 特務〇一機『ウィッチズ・ブルーム』は、大義や正義といった「熱量」とは一切無縁のまま、極めて静謐に、そして冷徹にノイエ・ジールの死角(足元)へと潜り込んでいた。

 

シイコ(独白):

「……目標、巨大MAノイエ・ジール。

 Iフィールドの減衰率を演算。

 ……アンカー射出、強制スタンへと移行する」

 

 オープン回線に、突如として、極めて流暢で冷え切った英語の音声信号が響き渡った。

 それは、シイコ・スガイの脳髄に暗記されている、ディラン・トマスの詩の朗読であった。

 

"And death shall have no dominion."(死は覇者にあらず)

 

ガトー:

「何だと!? 貴様、戦場において何を……!」

 

"Dead men naked they shall be one"(裸の死者たちは一つとなるだろう)

 

 朗読の音声が継続する中、特務〇一機はノイエ・ジールに対して徹底した超近接格闘を強要した。

 ガトーは直ちに有線クローアームを射出し、漆黒の機体を捕縛せんと企図する。

 しかし、シイコは有線クローの軌道を完全に演算し切り、背部の巨大なブースト・ポッドを常軌を逸したタイミングで点火させた。

 強烈な一五Gの加速度。

 機体は直角にベクトルを変換し、有線クローを紙一重の距離で回避する。

 さらに、予めデブリに打ち込んでいたワイヤーを瞬時に巻き取り、ノイエ・ジールの頭上へと弾丸のごとく跳躍した。

 

ガトー:

「小賢しい! その程度の機動で、このノイエ・ジールを捕捉し得ると錯覚するな!」

 

 ノイエ・ジールの偏向メガ粒子砲が特務〇一機を薙ぎ払う。

 装甲の一部が蒸発し、機体は激しくスパークを飛散させて被弾する。

 だが、シイコのバイタルサインも、機体の制御も全く揺らぐことはない。

 致命的損壊を完璧な演算によって回避していたのである。

 

"With the man in the wind and the west moon"(風のなかの男と、西の月とともに)

 

 極めて平坦な詩の朗読は、途切れることなく通信回線を流転し続ける。

 被弾の物理的反動すらも推進力へのベクトルへと変換したシイコは、相対的な質量差を極限まで流用し、ノイエ・ジールの巨大な装甲の『懐』へと完全に張り付いた。

 そして、両肩の射出機から放たれた十字のアンカーが、ノイエ・ジールのサブアームの基部と、スラスターの偏向ノズルへと深々と突き刺さったのである。

 

ガトー:

「チィッ……! 取り付かれたか!」

 

コウ:

「スガイ中尉、そこを退け!」

 

 コウ・ウラキが絶叫し、デンドロビウムの規格外の大型ビーム・サーベルが、ノイエ・ジールを両断すべく暴力的に振り下ろされる。

 しかし、シイコは自らが味方のビーム・サーベルの絶対的な破壊圏内に位置しているにもかかわらず、全く意に介することなく最大出力の高圧電流を流し込み続け、ノイエ・ジールの火器管制を物理的にショートさせていく。

 彼女は、自らの命を惜しんで退避するのではなく、あえてデンドロビウムの濃密な弾幕やサーベルの射線内へとガトーを誘引し、巨体の回避ベクトルを完全に封殺した上で、至近距離から確実に『解体』のプロセスを進行させていた。

 

"When their bones are picked clean(骨の髄までつつき出され、) and the clean bones gone,"(その綺麗な骨すら消え去ろうとも)

 

ガトー:

「貴様……! 己の命すら、囮の数値としてしか演算していないのか!

 これが、人の戦い方か!」

 

 ガトーの義憤に満ちた咆哮に対し、シイコからの人間的な応答は一切存在しなかった。

 ただ、無機質な詩の朗読の続きと、アンカーを通じて流し込まれる致死的な高圧電流のノイズだけが、通信回線を冷徹に満たしていくのみであった。

 命を極限まで燃焼させ、大義に殉じようとする武人アナベル・ガトーの『極限の熱量』。

 そして、名詩を朗読しながら、己の命を含めたすべての存在をただの数値として徹底的に解体していく魔女シイコ・スガイの『絶対零度の虚無』。

 宇宙世紀が産み落とした最も極端な二つの狂気が、巨大なデンドロビウムの投射する暗影の只中において、凄絶な火花を散らして激突していた。

 いかに『ソロモンの悪夢』と畏怖されたガトーと言えども、常軌を逸した旋回速度と、自らの死(被撃墜リスク)すらも初期条件として計算に組み込む魔女の異常なまでの戦術的合理性の前に、決定的な一撃を放ち得ず、底知れぬ苦戦を強要されていたのである。

 

 

 

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