機動戦士Gundam 喪服の魔女【第三部進行中】   作:王子の犬

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《43》大義の散華、後に残る絶対零度(11月13日 12:00~16:00)

 

 

 

 十一月一三日、一二〇〇時。

 

 コロニー『アイランド・イーズ』の地球落下を巡る攻防は、地球連邦軍上層部が下した決断によって、かつてない非情な様相を呈しようとしていた。

 バスク・オム大佐の指揮する連邦軍地球軌道艦隊が、コロニーを完全に焼却すべく、戦略兵器『ソーラ・システムⅡ』の照射準備へと移行したのである。

 だが、その光の焦点には、コロニーの落下を阻止すべく内部コントロール艦へ突入している味方部隊や、デラーズ・フリートと死闘を演じているアルビオンのモビルスーツ隊――すなわち、コウ・ウラキのデンドロビウムの座標も完全に包含されていた。

 

『地球連邦軍 強襲揚陸艦アルビオン ブリッジ』

『通信記録および艦橋内音声ログ(復元データ)』

『記録日時:UC〇〇八三年十一月一三日 一二〇一時』

 

通信士:

「……バスク大佐の旗艦よりオープン回線で通達!

 ソーラ・システムⅡ、最終稼働!

 照射まであと六〇秒!」

 

バサロム副長:

「何だと!? 照射範囲には未だ、ウラキ中尉の試作三号機と、我が艦のMS部隊が展開しているぞ!」

 

シナプス艦長:

「バスクめ……!

 味方ごと、コロニーを焼却する腹積もりか!

 全機に直ちに退避命令を発令しろ!

 照射軸から一刻も早く離脱せよ!」

 

 アルビオンのブリッジに、シナプス艦長の悲痛なる絶叫が木霊した。

 しかし、デンドロビウムの常軌を逸した巨体と、群がるジオン部隊との乱戦状態という極限的状況下において、数十秒という時間的猶予はあまりにも短すぎた。

 無慈悲なるカウントダウンはゼロを迎え、数万枚のミラーパネルが集束させた太陽の光が、致死の超高熱プラズマとなって宇宙の暗黒を白く塗り潰した。

 光の奔流が到達するコンマ数秒前。

 交戦空域に存在したすべてのパイロット――連邦も、ジオンも――が、迫り来る圧倒的な死の光を前にして恐慌状態(パニック)に陥り、絶叫を上げながら盲目的にスラスターを吹かして逃げ惑った。

 彼らの行動は、純粋な「生存本能」と「死への恐怖」に突き動かされたものに他ならなかった。

 だが、狂乱の宙域において、シイコ・スガイ中尉の特務〇一機『ウィッチズ・ブルーム』ただ一機のみが、全く異なる物理法則で駆動していた

 彼女は、ソーラ・システムⅡの照射警告を受信した瞬間から、恐慌状態に陥ることも、無駄な回避行動を取ることも一切なかった。

 迫り来る光のベクトル。

 エネルギーの減衰率。

 そしてデンドロビウムという巨大な障害物の装甲厚と耐熱限界値。

 彼女の高度に最適化された脳内処理は、瞬時にして数値化し、演算していたのだ。

 

『……照射軸の偏差、プラスマイナス〇・二度。

 光圧による装甲の融解予測、四・七秒後に限界点突破』

 

 シイコは、一切の表情を変化させることなく、無機質な指の動きで操縦桿とコンソールを弾く。

 特務〇一機は、光の波が到達する直前の最も合理的なタイミングにおいて、ワイヤーを射出。

 デンドロビウムの中で最も装甲が分厚く、かつIフィールド・ジェネレーターの偏向余波が到達する「最も堅牢な装甲の裏側(完全な死角)」へと自機を強制的に引き寄せ、係留アンカーで機体を強固に固定した。

 さらに、機体の全エネルギーを冷却システムと装甲表面の耐熱フィールドへとバイパスさせ、カメラアイの保護シャッターを閉鎖し、機体を極限まで縮こまらせたのである。

 死を恐れる人間が取る「生存本能」からの逃避行動などでは断じてなかった。

 あくまで自機というシステムの稼働率を最適に維持し、次なる『作業』へと円滑に移行するための、極めて機械的で冷徹な『ダメージ・コントロールの物理的処理』に過ぎなかった。

 直後、すべてを焼却する光が戦場を呑み込む。

 連邦もジオンも関係なく、逃げ遅れたモビルスーツが次々と装甲を沸騰させ、プラズマの海へと溶解していく。

 巨大なデンドロビウムもまた、凄絶な熱線に焼かれ、装甲がひび割れ、一部のコンテナが誘爆を起こした。

 その光の嵐が通過した後、焼け焦げたデンドロビウムの暗影から、漆黒の機体は一切の損傷を負うことなく、何事もなかったかのようにカメラアイのシャッターを開放し、無音で這い出してきたのだ。

 味方が焼殺され、宇宙が白く燃え上がったその地獄の底で、ただ「ダメージ計算が正確であったこと」のみを認識し、次なる標的の選定へと無機質に移行する魔女の異質さ。

 連邦軍の狂気すらも凌駕する、虚無の極致に他ならなかった。

 

 

 一三〇〇時。

 

 ソーラ・システムⅡの照射をもってしても、すでに阻止限界点を突破していた巨大なコロニーの落着を完全に阻絶することは不可能であった。

 コントロール艦を破壊され、軌道を逸らすことに失敗した『アイランド・イーズ』は、無情にも地球の重力に牽引され、北米大陸へとその巨大な質量を叩きつけた。

 大気圏を貫いて地球に突き刺さる巨大な光の帯。

 連邦軍にとっては地球の悲鳴であり、デラーズ・フリートにとっては、三年に及ぶ屈辱が報われた『正義の墓標』に他ならなかった。

 

『ジオン公国軍 デラーズ・フリート 方面司令部』

『全軍撤退命令(全周波数帯・オープン回線)』

『記録日時:UC〇〇八三年十一月一三日 一三二〇時』

 

『全将兵に告ぐ。

 コロニーの北米大陸への落着を確認した。

 我々の大義は果たされた。

 地球の重力に魂を引かれた者どもに、神の裁きは下ったのだ!

 これより全軍、アクシズ先遣艦隊の合流ポイントへ向け、直ちに撤退を開始せよ!

 生きて還ることこそが、次なるジオンを創る礎となる!』

 

 司令部からの撤退命令を受信したジオン残党兵たちは、焼け焦げたモビルスーツのコックピットの中で、あるいは撤退用のランチの中で、地球へ落下する光の帯を凝視しながら、声を上げて泣き崩れた。

 

「やった……俺たちは、ついに連邦に一矢報いたのだ……!」

「ア・バオア・クーの英霊たちよ、見てくれているか……!」

 

 ランチの中では、生存した兵士たちが傷だらけの身体で抱き合い、涙で顔面を歪めながら「ジーク・ジオン」を唱和していた。

 だが、彼らが無事にアクシズの艦隊へと到達するためには、血眼となって追撃してくる連邦軍の包囲網を突破せねばならない。

 撤退戦の殿(しんがり)を務めたのは、満身創痍となったアナベル・ガトー少佐であった。

 彼の駆るノイエ・ジールは、すでに機体の至る所から白煙を噴出し、ジェネレーター出力も限界を迎えつつあった。

 しかし、その機体が放射する武人としての闘気は、いささかも減衰してはいなかった。

 

「連邦の愚か者どもめ!

 我々の大義はすでに達せられた!

 これ以上、我が同胞の血を流させるわけにはいかん!」

 

 ガトーは、全通信回線へ向けて咆哮を上げた。

 

「星の屑成就のために!!」

 

 ノイエ・ジールは、巨大なスラスターの残存する全推進剤を爆発させ、連邦軍の追撃艦隊の中心へと向かって、文字通りの特攻を敢行した。

 生き残っていた有線クローアーム。

 メガ粒子砲。

 隠し腕。

 そして大量のミサイル。

 稼働可能な兵装のすべてを同時に展開し、オールレンジ攻撃の暴風となって周囲のジムやサラミス改級を次々と粉砕していく。

 鬼神のごとき突破力は、連邦の艦隊陣形を瞬く間に崩壊させた。

 

「ガトー少佐が……我々のために、散っていかれた……!」

 

 撤退するランチの中で、兵士たちはモニターに結像する英雄の姿に釘付けとなり、慟哭した。

 嗚咽が漏れるランチの中、彼らはガトーの最期を網膜に焼き付けようとしていた。

 ガトーのノイエ・ジールは、集中砲火を浴びて装甲を剥離されながらも、連邦軍のサラミス改級巡洋艦へと一直線に突進していく。

 

「ジオンの……栄光は……!」

 

 巨大な緑色の機体が、サラミス改級のブリッジへと激突し、その堅牢な構造物を紙屑のごとく圧壊させた。

 直後、艦のジェネレーターの轟沈による大爆発にノイエ・ジールも誘爆し、宇宙空間に太陽のごとき超巨大な火球が現出する。

 武人の誇りと大義に殉じた、あまりにも美しく、そして凄絶なる英雄の散華。

 その最期を見届けた撤退兵たちは、涙で視界が閉ざされるほどに泣き叫んだ。

 しかし、美しき大義の余韻を、どこまでも冷酷で無機質な『現実』が引き裂く。

 彼らの搭乗するランチの背後、遠くのデブリの暗影から、音もなく漆黒の機体が現出させたのである。

 特務〇一機『ウィッチズ・ブルーム』は、特攻し爆炎と共に散華したガトーの火球には一瞥もくれなかった。

 シイコ・スガイにとって、どれほど高邁な大義を咆哮しようとも、どれほど劇的な最期を遂げようとも、「機能停止した標的(ガトー)」はすでに演算から除外された単なるゼロでしかない。

 彼女のシステムには、英雄の死を悼む機能も、敵将への敬意も一切実装されていない。

 特務〇一機は、特攻する英雄を完全に黙殺し、ただ「次なる処理対象」として、撤退兵たちの乗るランチの背部へと無機質なカメラアイを指向したのである。

 ランチのレーダーが、強烈な接近警報を鳴動させ始めた。

 

「……嘘だろ、熱源が接近してくる! 背後からだ!」

「……急げ! あの悪魔が来るぞ!

 大義を果たしても、あいつに殺されちゃ意味がねえんだ!」

「嫌だ、助けてくれ!

 英雄の死を見た直後に、あんな肉の盾(ミート・シールド)にされるような無惨な死に方は……あァァァッ!」

 

 ガトー少佐が命を懸けて死守しようとした、誇り高きジオンの戦士たちの命。

 それが今、たった一機の魔女の『無機質な作業』によって、単なる数値として背後から冷徹に刈り取られていく。

 感動は一瞬にして絶望に塗り潰され、大義の熱量は絶対零度の虚無に呑み込まれていった。

 狩りは終わっていない。

 魔女にとっては、ただ作業の対象が「撤退する標的」へと切り替わっただけに過ぎなかった。

 

 

 

 一六〇〇時。

 

 戦闘が完全に収束し、コロニー落としという宇宙世紀最大の歴史的事件が招来した熱狂と破壊の嵐が去った後。

 傷ついた強襲揚陸艦アルビオンは、残存宙域での回収作業と、拿捕したジオン残党軍の捕虜収容を実行していた。

 アルビオンの重苦しい空気が滞留するMSデッキには、両手を拘束された十数名のジオン兵が連行されてきていた。

 彼らは皆、ア・バオア・クーから暗礁宙域の地獄を生き延びた古参兵たちであった。

 捕虜の屈辱に耐えながらも、ガトーの最期と『星の屑』の成就を見届けたという、戦士としての誇りを胸の奥底で辛うじて維持していた。

 だが、彼らの足が、デッキの片隅で硬直した。

 そこには、装甲が焼け焦げ、無数の十字アンカーを消費し尽くし、機体の各所から冷却ガスを噴出させている漆黒の魔改造機、『ウィッチズ・ブルーム』が鎮座していた。

 捕虜たちは息を呑み、憎悪と根源的な恐怖の混在した双眸で漆黒の機体を睨みつけた。

 あれが、同胞を肉の盾とし、自分たちの名誉を徹底的に蹂躙した、悪魔の機体。

 その時、ウィッチズ・ブルームのコックピットハッチが開放され、パイロットがワイヤーを伝って緩慢な動作でデッキに降り立った。

 捕虜たちは、食い入るようにその姿を凝視した。

 猟奇的な殺戮を平然と敢行するのだから、どれほど血に飢えた狂戦士か、あるいは強化人間手術によって感情を破壊された異形のサイボーグに違いないと、誰もが推測していた。

 しかし、ヘルメットを脱ぎ、彼らの前を無言で通過しようとしたパイロットは、血に飢えた狂戦士でも、冷酷なサイボーグでもなく、青白い肌をした小柄な東洋系の女であった。

 すれ違いざま、一人の古参兵が、その女――シイコ・スガイと視線を交錯させた。

 その瞬間、古参兵は心臓を鷲掴みにされたかのように呼吸を忘却してしまう。

 彼女の瞳には、ジオンへの憎悪も、連邦としての勝利の歓喜も、戦闘の興奮も、何一つ存在しなかった。

 ただただ、底知れぬ『絶対零度の虚無』が存在するのみであった。

 

「……何だ、あの虚ろな目は」

 

 古参兵は、痙攣する口唇から無意識に言辞を漏らした。

 

「ガトー少佐は……俺たちの英雄は、こんな心を持たない人形に怒りをぶつけ、大義を咆哮していたというのか……?」

 

 自分たちが三年に及ぶ忍従を耐え、命を懸けて成就させた『星の屑』という熱を帯びた大義。

 膨大な同胞が血を流し、英雄が散華していったこの壮絶なる戦争のすべてが、この心を持たない女にとっては「何の意味も持たない単なる作業」に過ぎなかったという冷酷な事実。

 絶対的な温度差を前にして、古参兵が精神の奥底で縋り付いていた「大義の誇り」が、音を立てて崩落していくのを彼は知覚した。

 英雄の熱狂。

 歴史の理。

 それらは、たった一人の魔女が内包する『無機質な虚無』の前では、いかなる意味も成し得ない。

 宇宙世紀が産み落とした業の深淵と、決して埋まることのない絶対的な空虚さだけを残留させ、星の屑の物語は、暗く冷徹な宇宙の闇の中へと静かに幕を下ろしたのであった……。

 

 

 

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