機動戦士Gundam 喪服の魔女【第三部進行中】   作:王子の犬

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《45》ティターンズの台頭と排斥の暗闘(12月4日~12月中旬)

 

 

 

 北米大陸に突き刺さったコロニー『アイランド・イーズ』の巨大な残骸は、地球の重力井戸の底において、ある種の禍々しい記念碑(モニュメント)として横たわっていた。

 未曾有の大惨事を防絶し得なかった地球連邦軍は、地に堕ちた威信を回復し、肥大化の一途を辿る反地球連邦運動を徹底的に弾圧すべく、軍内部に新たなる『特権階級』を創設した。

 ジオン残党の物理的排除を至上命題とし、極端な地球至上主義を掲揚する特殊部隊『ティターンズ』の結成に他ならない。

 ジャミトフ・ハイマン准将とバスク・オム大佐の主導によって産み落とされたこの新組織は、権力基盤を盤石たるものへと構築すべく、直ちに独自の戦力増強と情報収集機構の稼働を開始した。

 彼らの冷徹な視線が真っ先に向けられたのは、星の屑作戦の裏面においてアナハイム・エレクトロニクス(AE)社と結託し暗躍していた『ある特務機関』、およびそこから提出された極限の機動データ『File:STIGMA』であった。

 

『地球連邦軍 ティターンズ設立準備委員会』

『特務要員・シイコ・スガイ中尉に関する査定報告書(極秘)』

『記録日時:UC〇〇八三年一二月四日 一〇〇〇時』

 

『[対象の戦歴およびデータ評価]

 

 AE社より提供されたデータ『File:STIGMA』、ならびに対象パイロット(シイコ・スガイ中尉)の経歴を精査した。

 対象の対MS戦闘能力は、現存するいかなるエースパイロットの基準をも完全に凌駕している。

 公式記録から黒塗りされているものの、彼女の単独撃墜数は計六四機に及ぶ。特筆すべきは、そのうちの約四〇機が、開戦前のUC〇〇八一年から二年間にわたる「暗礁宙域での非合法作戦『ブラックオプス』(残党狩り)において、極めて静的かつ一方的に処理されたものであるという事実である。

 その後、コンペイトウ観艦式およびアイランド・イーズ防衛戦においても、彼女はデンドロビウムの火力と連携し、巨大な死角を流用した近接制圧で多数の敵機を物理的に解体している。

 

[バスク・オム大佐の所見に基づく査定]

 

 対象の戦術思想は、敵の死角から無音で接近し、ワイヤーを用いて強制的に捕縛・肉の盾(ミート・シールド)として利用するという、連邦軍の正規教範(ドクトリン)から著しく逸脱した猟奇的極まるものである。

 しかし、バスク・オム大佐は、この「感情という機能を欠落させ、いかなる残虐な命令であっても機械的に遂行する」対象の特性を極めて高く評価している。

 大佐は対象を、ジオン残党を恐怖によって制圧し、あるいは不穏分子を秘密裏に物理排除するための「完璧な猟犬(特務・暗殺要員)」として、我がティターンズの最暗部に直轄で引き入れることを強く推挙している。

 対象の乗機である改修型機体(呼称:ウィッチズ・ブルーム)ごと、ティターンズの特殊戦力として編入する方向で、AE社との最終調整へと移行したい』

 

 ティターンズの実行部隊を統理するバスク・オムにとって、シイコ・スガイという「感情の死滅した連続殺人鬼(シリアルキラー)」は、喉から手が出るほど渇望する手駒であった。

 大義も倫理も介在させない純粋な暴力装置は、恐怖政治を敷く上において、これ以上ないほど合理的な道具であるからだ。

 このまま進めば、シイコと漆黒の魔改造機は、ティターンズという新たなる檻の内部へと極めて円滑に接収されるはずであった。

 しかし、査定報告書がティターンズ内で回覧されたという情報を捕捉した瞬間、ダカールの国防省執務室において、ジョン・バウアーは全身の血液が凍結するような絶望的悪寒に襲われた。

 彼が長年にわたり構築してきた「清潔な設計者(アーキテクト)」としての防護壁が、今まさに、内側から音を立てて崩落しようとしていたからである。

 

(……詰んだか)

 

 バウアーは、分厚い革張りのデスクに両手をつき、低く呻吟した(うめいた)

 アルビオン隊を生贄(スケープゴート)に仕立て上げ、星の屑作戦の致命的失態を彼らとAE社になすりつけることには成功した。

 軍事法廷も彼のシナリオ通りに推移している。

 パイロットであるシイコ・スガイ個人の「証言」など、彼は微塵も危惧していなかった。

 彼女は政治的野心を保持しておらず、一切の言語を発しないからだ。

 だが、バウアーにとっての真の「時限爆弾」は、彼女が搭乗している機体――データ収集機『特務〇一機』そのものに他ならなかった。

 あの漆黒の機体の背部には、バウアーがAE社と結託し、正規の予算と仕様書の枠組みを完全に無視して横流しさせた「GPシリーズの試作推進ユニット」が強引に実装されている。

 仮に、バスク・オムの直轄として機体がティターンズの技術施設に搬入されればどうなるか。

 バスクの麾下に存在する優秀な技術将校たちが、あの機体の内部フレームを開放し、推進ユニットの製造番号、稼働ログ、そして実戦運用による異常な損耗パターンを解析すれば……数日以内にその非合法な調達経路がバウアー自身へと一直線に連結されることになる。

 

(私の職務管轄の関知するところではない、という官僚的詭弁はもはや通用しない。

 あの機体がバスクの掌中に落ちた瞬間、私はGP計画の不正流用と非合法作戦(ブラックオプス)を主導した首謀者として、完全に白日の下に炙り出される)

 

 運良く失脚を免れ得たとしても、ジャミトフ・ハイマンという底知れぬ政治的怪物に絶対的な「弱み」を掌握され、一生涯、彼の軍靴の裏を舐めるような隷属を強要されることとなる。

 バウアーにとって、物理的な死を遥かに凌駕する屈辱であった。

 

「汚れ仕事を他者に委託し、自らの手は無菌状態に保つ」

 

 その支配的戦略が、今まさに「外部へと放逐したリスクが制御不能な『物証』となって回帰してくる」という、最悪の形態をもって、彼自身の喉元に冷徹な刃を突きつけていた。

 

(何としても……ティターンズへの編入だけは絶対的に阻止せねばならない。

 あの機体は、闇から闇へと完全に消去する以外に生存の道は存在しないのだ!)

 

 バウアーの双眸は、官僚としての冷徹な仮面を剥ぎ取られ、剥き出しの生存本能と極限の焦燥によって醜く血走っていた。

 彼はジャミトフに直接交渉を持ちかけるという愚行は選択しなかった。

 そのような挙に出れば、自らの関与を自白する行為に他ならない。

 だからこそ、自らの影響下にありながら、事象の全体像を知悉していない「間接的な道具」たちを流用した、極めて危険な盤外戦術へと打って出る決断を下したのである。

 

 

 

 一二月中旬。

 

 結成されたばかりのティターンズ内部において、不可解で、極めて強烈な「ある運動」が突如として発生した。

 それは、バスク・オムが強力に推進していた「シイコ・スガイ中尉の特務編入」に対する、若手エリート将校たちからの猛烈極まる排斥運動であった。

 発端は、ティターンズの人事および戦術担当将校たちの端末に、出所不明の「ガンカメラ映像」がリークされた事に起因する。

 そこに記録されていたのは、特務〇一機が暗礁宙域やコンペイトウにおいて、敵の残骸をワイヤーで破断し、生存している敵兵を物理的な盾(ミート・シールド)として前面に拘束、ゼロ距離からコックピットを焼き切るという、背筋の凍るような猟奇的戦闘の記録であった。

 ジョン・バウアーは、己の息がかかった将校グループを暗部から操作し、彼らの内包する「歪んだエリート意識」を徹底的に煽動した。

 

『地球連邦軍 特殊部隊ティターンズ』

『新設人事担当将校間の機密メール(抜粋)』

『記録日時:UC〇〇八三年一二月一五日 〇九二〇時』

 

『……昨日共有されたスガイ中尉なる女の戦闘記録映像を確認したが、率直に言って直視することができなかった。

 あのような振る舞いは正規の軍人の戦術ではない。

 単なる猟奇的な殺人鬼、あるいは血の味を覚えた狂犬の所業に他ならない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()はずだ。

 我々の制服は、連邦の崇高なる大義を体現するものでなければならない。

 しかるに、血と泥の匂いが染み付いた下劣な猟犬を組織の内部へと引き入れれば、我々の崇高な大義名分は完全に地に堕ちる。

 連邦の正規軍ですら制御し得なかった猟奇殺人鬼など、我々の組織には一切不要である。

 バスク大佐の意向とはいえ、この編入は断固として却下すべきである』

 

 「()()()()()()()()()()()()()」という肥大化した自尊心をくすぐる言辞。

 スペースノイドを劣等種と見下し、選民思想に凝り固まっていたティターンズの若手将校たちの間で、爆発的な支持と共感を得た。

 

「魔女をティターンズに混入させるな!」

 

 その主張は組織の総意として急速に膨張し、ついには会議の場において公然とバスクの人事案に反旗を翻す事態へと発展した。

 いかに強硬派のバスクといえども、結成されたばかりの組織において、屋台骨となる若手エリート将校たちの士気を根底から砕くわけにはいかなかった。

 さらに、AE社との非合法な癒着の象徴たる彼女を引き入れることは、組織の政治的リスクが過大であるという論調も大勢を占め始めた。

 結果として、ティターンズの首脳陣は、シイコ・スガイの編入を土壇場において「白紙撤回」せざるを得ない状況へと追い込まれていったのである。

 バウアーの間接工作は、完璧に機能したかに見受けられた。

 「高貴なるエリート意識」というティターンズ自身の傲慢さを逆利用し、自らの時限爆弾を組織の外殻へと弾き出す。

 設計者(アーキテクト)としてのバウアーの面目躍如たる、極めて鮮やかな盤外戦術であった。

 

 しかし。

 

 その熱を帯びた排斥運動の報告書を、ダカールのティターンズ最高司令部において俯瞰しながら、ただ一人、底知れぬ冷笑を漏らしている男が存在した。

 ティターンズ創設者、ジャミトフ・ハイマン准将である。

 

「……若手たちが、随分と鼻息を荒くしているようだな」

 

 薄暗い執務室において、ジャミトフは手元の葉巻を揺らしながら、報告に訪れたバスク・オムへ向けて低く笑い声を落とした。

 

「はっ。申し訳ありません、閣下。

 エリートを自負する青二才どもが、あのような猟奇的な戦術に嫌悪感を抱き、スガイ中尉の編入に猛反発しております。

 ……部隊の士気を鑑みれば、現段階で強行すべきではないかと」

 

 バスクが極めて忌々しげに報告するのを、ジャミトフは静かに片手を挙げて制止した。

 

「構わんよ、バスク。

 若手のガス抜きも組織運営には不可欠だ。

 あの女の編入は見送れ」

「……よろしいので?」

「ああ。……それにしても、見え透いた真似をする男だ。

 ジョン・バウアー局長は」

 

 ジャミトフのその言辞に、バスクは怪訝な顔貌を浮かべた。

 ジャミトフの双眸は、若手将校たちの騒乱など全く結像していなかった。

 彼は騒ぎの背後に隠蔽され、必死に糸を操作しているジョン・バウアーの焦燥と、その企図の『すべて』を、恐ろしいほどの精度で完全に見透かしていたのである。

 

(あのバウアーが、己の影響下にある将校たちを扇動してまで、必死にあの機体をティターンズから遠ざけようと狂奔している。

 ……なるほど、そういう論理か。

 あの『特務〇一機』の内部には、バウアーにとって絶対的に秘匿されねばならない、軍の予算やAE社との不正な癒着を証明する証拠が充填されているというわけだ)

 

 ジャミトフにとって、バウアーの工作を途中で看破し、その場において彼を社会的に破滅させることなど造作もない処理(こと)であった。

 しかし、この政治的怪物は、あえてその選択肢を棄却した。

 バウアーの工作を『あえて成功させる』という道を選んだのである。

 

「バウアー局長は、自らの『清潔な手』を保全するために、あの時限爆弾を必死に我々から遠ざけようと企図している。

 ……ならば、その希望通りにやらせてやろうではないか」

 

 ジャミトフは、紫煙を空中に吐き出しながら、氷点下のごとく冷たく、そして酷薄極まる笑みを深めた。

 

「私がこの排斥運動を黙認し、彼女の編入を見送ることで、バウアーは『ティターンズ()に救済された』という形態が完成する。

 彼が焦燥に駆られて裏工作に奔走し、私がそれを見逃してやったという事実そのものが……今後の彼に対する、これ以上なく強力な『握り(脅迫材料)』へと変質するのだ」

 

 バウアーは、機体という物理的な物証をティターンズから隠滅することには成功したかもしれない。

 だが、隠滅工作を完遂するためにジャミトフの暗黙の了解に依存してしまった瞬間において、彼はジャミトフに対して致命的かつ不可逆的な「()()」を構築してしまった。

 

「賢しい設計者気取りの男が、自ら首輪を差し出しに参上するとはな。

 これで、一生涯私の掌の上だ」

 

 ティターンズが内包する歪んだエリート意識すらも、バウアーの保身への異常な執着すらも、さらなる高みから俯瞰し、自らの権力基盤を強固にするための「資産」へと無機質に変換していくジャミトフ・ハイマン。

 「魔女の処遇」を巡る泥沼の暗闘は、純粋な暴力装置を巡る物理的な奪い合いから、宇宙世紀の暗部を支配する怪物たちの政治的心理戦へと完全に変貌を遂げていた――。

 

 

 

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