機動戦士Gundam 喪服の魔女【第三部進行中】   作:王子の犬

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《46》魔女の放逐と設計者の陥落(12月下旬)

 

 

 

 宇宙世紀〇〇八三年、一二月下旬。

 

 ダカールを覆う重篤な冬の雲層は、地球連邦政府および軍部が内包する底知れぬ政治的汚濁を象徴するかのごとく、極めて冷徹に垂れ込めていた。

 『星の屑作戦』という未曾有の災厄が招来した巨大な混乱は、特殊部隊ティターンズの結成という新たなる力学を産み落とした。

 同時に軍にとっての『不都合な真実』を歴史の深淵へと完全隠匿するための、巨大なる情報操作(カバーアップ)を極限まで加速させていたのである。

 隠蔽工作が最終的フェーズへと移行する決定的な引き金(トリガー)となったのは、アナハイム・エレクトロニクス(AE)社のフォン・ブラウン支社において、ガンダム開発計画(GP計画)の最高責任者であったオサリバン常務が、自室にて極めて不可解な『()()』を遂げた事象に他ならなかった。

 

『地球連邦政府 議会特別調査委員会』

『ガンダム開発計画に関する最終答申(公式発表抜粋)』

『記録日時:UC〇〇八三年一二月二四日 一〇〇〇時』

 

『……当委員会は、AE社主導の下に推進せられていた「ガンダム開発計画」において、重大なるセキュリティ上の瑕疵、ならびに一部役員による非合法組織(デラーズ・フリート等)への機密情報漏洩の疑義が存在したと断定する。

 先日、本計画の統括責任者たる同社常務が自ら命を絶ったという事実は、その不正を裏付ける動かざる物的証拠に他ならない。

 これを受理し、地球連邦軍は本計画の全面凍結を決定。

 すでに製造・ロールアウトされた試作機群、および関連するすべての技術データ、設計図面、運用ログは「当初より存在しなかったもの」として、軍のメインフレームより完全に抹消・破棄されるものとする。

 併せて、本計画に付随して運用されていた一部の特務機関についても、その存在意義を喪失したものと認定し、本日をもってすべてを解体・廃止する』

 

 オサリバン常務の死が、純粋な責任感に基づく自死であったのか、あるいはAE社中枢、もしくは連邦軍暗部による非合法な『物理的排除(サイレンシング)』であったのかは、永遠に解明されざる謎として凍結された。

 だが、彼の死という決定的な事象により、AE社内においても「GP計画に関わるすべての毒を完全に摘出する」という方針が徹底されたのは紛れもない歴史的事実であった。

 この方針は、自らの非合法作戦への関与を隠蔽せんとするジョン・バウアーら軍の官僚グループの利害と、完璧なまでに合致していた。

 彼らは強固に結託し、GP計画の裏面そのものである極限機動データ『File:STIGMA』と、その生成元たる「特務〇一機」、さらには専任パイロットであるシイコ・スガイ中尉を、歴史の表舞台より完全に消去(デリート)するためのプロセスを、極めて暴力的な速度で推し進めていったのである。

 ティターンズへの編入がバウアー派の盤外戦術によって白紙撤回された現在、軍の暗部と致命的なまでに連結している彼女は、もはや組織にとって抱え込むにはリスクが過大すぎる『極度汚染物質』に成り果てていた。

 そして、官僚機構が選択した『処理方法』は、暗殺でも政治的幽閉でもなく、ある意味において宇宙世紀の醜悪な歪みを最も象徴するような、極めて皮肉な事務的な手段であった。

 

『地球連邦軍 人事局 特務機関担当官』

『担当官の私的録音(愚痴・暗号化解除済)』

『記録日時:UC〇〇八三年一二月二六日 二三三〇時』

 

[録音開始]

 

担当官:

「(氷を転がす音、深い溜息)

 ……まったく、論理的理解に苦しむ。

 上の連中はいかなる計算に基づいて決断を下しているのだ。

 上層部の最終的な裁定が下った。

 あの『喪服の魔女』……シイコ・スガイ中尉はティターンズへの異動を見送られ、彼女の所属していた特務機関そのものが完全に解体・消滅することとなった。

 そこまでは許容できる。

 あの狂気的な女を軍組織に残留させるのは、起爆スイッチの壊れた爆弾を抱え込むのと同義だからな。

 だが、問題はその『事後処理』のプロセスだ。

 完全なる厄介払いのために、我々人事局は、AE社の裏帳簿より捻出された非合法資金と合算し、彼女に対して『天文学的規模の退職金』を算定するよう強要されている。

 一生遊んで暮らせるどころか、コロニーのブロック一つを丸ごと買収し得るほどの莫大な金額だ。

 要するに、巨額の口止め料を物理的に握らせて、彼女を完全に一般市民として野に『放逐』しろという至上命令だ。

 ……正気の沙汰とは到底思えん。

 私は彼女の実戦記録と、精神心理査定の生データを開閲したのだぞ。

 彼女は、資本の概念はおろか、自由という価値すら微塵も理解し得ない『完全な虚無の器』だ。

 他者の命を数ミリ秒の単位で数値化し、極めて機械的に解体・処理することしか脳髄にインプットされていない、血に飢えた狂犬なのだ。

 そのような化け物の首輪を外し、無尽蔵の資金を供与したまま、いかなる監視体制も存在しない市民社会へと放り出すだと? 上層部の連中は、自分たちがどれほど致死的な劇薬を一般社会へと散布しようとしているのか、その致命的リスクを本当に理解しているのか!?

 バウアー局長も、AE社の背広組も、自らの保身と清潔な経歴を維持するためだけに、最も安直で、かつ最も無責任な手段を選択したのだ。

 あの女が社会でいかなる猟奇的凶行に及ぼうとも、彼らにとっては『()()()()()()()()()()()』であるとして、完全に黙殺する腹積もりなのだ。

 ……激しい嫌悪感を禁じ得ない。

 この組織は、根底から完全に腐りきっている」

 

[録音終了]

 

 自らの意志を持たず、ただ入力されたプログラムに従って無機質に命をすり潰してきた『純粋なる機械』に対し、巨大組織は「自由」と「莫大な資本」という、彼女にとって最も無意味かつ残酷な対価を一方的に付与し、その関係性を強制的に切断した。

 権力者たちの保身の論理が極限まで煮詰まった結果として、宇宙世紀のブラックジョークとしか形容し得ない、最悪の『厄介払い』が極めて事務的に実行へ移されたのである。

 

 

 

 宇宙世紀〇〇八三年、末日。

 

 ダカールの国防省において、ジョン・バウアーはただ一人、執務室の防弾ガラス越しに沈降していく夕陽を冷徹な眼差しで俯瞰していた。

 彼の巨大なデスクの上からは、特務〇一機に関するあらゆる書面が完全に消去され、関連するすべての電子データは軍のメインフレームから完全に払拭(デリート)されていた。

 専任パイロットであったシイコ・スガイも、すでに軍籍を完全に剥奪され、物理的座標を追跡する術は存在しない。

 彼を破滅させ得る『()()』は、完全にこの世界から消滅した。

 自らが非合法作戦(ブラックオプス)を主導し、GP計画の開発リソースを横流ししたという『時限爆弾』は、誰の視覚神経にも捕捉されることなく、完璧に解体されたはずであった。

 だが、彼の背中には、ジャミトフ・ハイマンという底知れぬ政治的怪物が放つ、極めて冷たく、そして未来永劫逃れることのできない視線が深々と突き刺さっていた。

 ティターンズ内部における魔女の排斥運動。

 ジャミトフの『()()』によって成立したという事実はすなわち、ジョン・バウアーという連邦政府の強大な官僚が、ジャミトフ・ハイマンに対し、決して返済不能な致命的『負債(弱み)』を構築してしまったという冷徹な現実に他ならない。

 自らの手を汚染させることなく、他者を単なる道具として行使することで安全圏を維持してきた設計者(アーキテクト)

 しかし彼は、自立的意志を持たない爆弾(シイコ)の生還というイレギュラーに極度の焦燥を覚え、保身を最優先して駆動した結果として、自らの政治的自由を長期的に縛り付ける、途方もなく重篤な隷属の鎖を自らの首に巻き付けてしまった。

 やがて訪れるであろう血塗られた時代。

 バウアーは、このジャミトフの強固な『握り』から逃避するためだけに、本意ではない政治的再編を強要され、見えざる鎖に捕縛されたまま権力の泥沼を這いずり回ることとなる。

 自らの経歴の『清潔さ』を死守せんとするがゆえに、彼は自らの首に、最も汚濁に塗れた隷属の首輪を嵌め込んでしまったのだ。

 そして、もう一つの『首輪』の物語もまた、何者も論理的予測を為し得なかった形態をもって終焉を迎えていた。

 

 ダカール郊外に位置する、一般市民が無数に行き交う巨大なターミナル駅。

 星の屑作戦が刻み込んだ絶望の爪痕など微塵も感知させない、慌ただしくも平和な日常の喧騒の只中を、一人の小柄な女が音を立てることなく歩んでいる。

 シイコ・スガイ。

 彼女は、長年にわたり己の皮膚のごとく纏っていた軍服を完全に剥奪され、軍の配給品である安価なコートを無造作に着せられていた。

 彼女のポケットの内部には、極めて精巧に偽装された市民IDカードと、一生涯を浪費しても決して使い切ることの不可能な、天文学的数値の電子マネーが記録されたデータチップが収められている。

 彼女は、絶え間なく流動する人々の波の中において、ふと、その歩みを完全に停止させた。

 彼女の双眸は、やはりいかなる対象をも視覚的に『認識』してはいなかった。

 排除すべき標的を示す赤いロックオン・マーカーも、ワイヤーのアンカーを突き立てるべき装甲の脆弱部も、もはや一切存在しない。

 そこに在るのはただ、果てしなく膨張を続ける、極めて無意味で空虚な『自由』という名の完全なる真空状態のみであった。

 

(……)

 

 シイコは、コートのポケットの奥底で、データチップの物理的感触を、一切の感情を交えることなく無機質な指先でなぞった。

 そして、誰の記憶にも残ることなく、ダカールの冷たい冬の群衆の中へと、ゆっくりと溶けて消えていった……。

 

 

 




第一部、完結。お読みいただきありがとうございました!
次回からは第二部へと突入します。
年号はU.C.0084から。どうぞお楽しみに。
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