機動戦士Gundam 喪服の魔女【第三部進行中】   作:王子の犬

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《48》拒絶と受容の結婚(4月〜6月)

 

 

 

 宇宙世紀〇〇八四年、四月。

 

 春の柔らかな陽光が、地球の地方都市の街並みにも少しずつ降り注ぎ始めていた。

 シイコ・スガイは、自室にこもり、ただ静かな待機の時間を過ごしていた。

 親族たちは、凄惨な戦地から生還したものの、魂を抜き取られたかのように能面のような顔つきで日々を送るシイコの姿に、ひどく心を痛めていた。

 彼らが何よりも案じたのは、シイコを強引にでも日常の枠組みへと引き戻すことであり、「社会復帰」という名目の、切実な願いでもあった。

 その一環として、親族会議の末に一つの「見合い」の席が設けられた。

 相手は、奇しくも同じ「スガイ」という姓を持つ、遠い親戚にあたる青年であった。

 地方の市役所に勤める彼は、軍事とはおよそ無縁の、平凡で温厚な性質の公務員であった。

 親族からの強い勧めに対し、シイコは少しの拒絶も示さなかった。

 彼女にとって、見合いの席へ赴くことは、親族という上位の指揮系統から新たに下された「作戦行動」に過ぎなかったからだ。

 指定された日時に、指定された衣服を身に纏い、指定された場所──料亭の個室──へと移動する。

 それ以上の意味合いは、彼女の冷え切った思考回路には存在していなかった。

 だが、その無機質な作戦行動は、見合いの席で彼女と対面した青年の人生を、そして後に綴る日記の文面を、決定的に変えてしまうことになったのである。

 

『夫となる青年の日記』

『記録日時:UC〇〇八四年四月某日』

 

 今日、親族の紹介でシイコさんという女性とお見合いをしました。

 事前に「戦争に行っていて、少し口数が少ないかもしれない」とは聞かされていました。

 ですが、料亭のふすまが静かに開き、彼女が頭を下げたその瞬間、私は自分がひどく場違いな、決して触れてはいけないものに触れてしまったような、不思議な感覚に捉われたのです。

 彼女は、本当にひどく静かな人でした。

 仕立ての良いワンピースに包まれたお体は、折れてしまいそうなほど痩せこけており、春の陽気のなかにあっても、透き通るように青白く見えました。

 何よりも私の心に焼き付いたのは、彼女の瞳です。

 どこか遠く……私たちが決して覗き見ることのできない、暗くて冷たい宇宙の果てをじっと見つめているような、少しの光も反射しない漆黒の瞳でした。

 親族たちが和やかに世間話や昔話に花を咲かせている間も、彼女はただお膝の上に両手をきちんと揃え、お人形のように微動だにせず座っていらっしゃいました。

 相槌を打つことも、微笑まれることもありません。

 ただ、時折こちらへ向けられるその視線は、私の感情や人となりを見定めようとするものではなく、まるで私の体温や心拍数を、ただの物理的な数値として冷ややかに計測しているかのようでした。

 彼女の周りだけ、空気がピンと張り詰めているような気がしたのです。

 それは、激しい嵐が過ぎ去った後の廃墟に佇むような、痛ましいほどの静謐さでした。

 傷ついた小鳥のように庇護を求めているようにも見え、同時に、決して素手で触れてはならない、極限まで研ぎ澄まされた冷たい刃物のようでもありました。

 お見合いが終わった後、同席してくれた親戚の叔母は「あの子、ちっとも笑わなくてごめんなさいね。

 嫌だったなら遠慮なく断ってちょうだいね」と、ひどく申し訳なさそうに言っていました。

 ですが、私は彼女からどうしても目を離すことができなかったのです。

 その細い肩に抱えているであろう、底なしの孤独と冷たさ。

 私はなぜか「逃げなければ」ではなく、「あの凍りついた手を、どうか温めてあげたい」という、ひどく不条理で、それでいて抗いようのない強い衝動に駆られていました。

 彼女が一年戦争や、その後の過酷な作戦を生き抜かれた軍人だということは存じています。

 ですが、彼女がそこで何を見て、何を失ってこられたのか。

 私はそれを知りたいのです。

 そして、彼女のあの暗い瞳に、いつかこの世界の美しいものを映してあげたいと、身の程知らずにも本気で思ってしまったのです。

 

 

 

 青年は、シイコがかつて暗礁宙域でどのような陰惨な任務に手を染めてきたかなど、知る由もなかった。

 ただ、彼女の放つ虚無に、平凡な市民である彼自身の「体温」で寄り添おうと固く決意したのである。

 宇宙世紀という時代の巨大な狂気に対し、一個人の無償の愛情が真っ向から立ち向かおうとする、ささやかで無謀な、しかし確かな第一歩であった。

 

 

 

 宇宙世紀〇〇八四年、五月。

 

 見合いから数週間の月日が流れた。

 青年からの歩み寄りは、誠実でひたむきなものであった。

 彼は週末ごとにシイコを外へ誘い出し、公園の緑陰を歩き、美術館の静寂を訪れ、落ち着いた喫茶店で時間を分け合った。

 シイコは、それらの誘いを拒むことはなかった。

 親族からの「彼との関係を構築せよ」という要請はまだ解除されていないため、これも一連の任務として淡々と処理していたからである。

 しかし、シイコの冷徹な思考回路のなかには、次第に処理しきれない(おり)のようなものが蓄積し始めていた。

 この男は、なぜ自分のような「空っぽの器」にこれほどまで執着するのか。

 自分が彼に対して見せているのは、いっさいの感情を伴わない、無機質で冷たい反応だけである。

 通常の人間関係において、このような一方的な交わりは早々に綻びを生み、関係は途絶えるはずだ。

 それなのに、彼はいつも穏やかな声で語りかけ、彼女の冷たい沈黙を丸ごと肯定しようとする。

 

(……彼の考え方は、間違っている)

 

 シイコは、自らの存在が彼にとって取り返しのつかない破滅をもたらす前に、この歪みを正さなければならないと判断した。

 彼女は、自分がどれほど温かな家庭を持つ資格のない、血に塗れた人間であるかという事実を彼に突きつけ、彼自身に「拒絶」という正しい選択をさせようと決意したのである。

 ある夜。

 二人の間に結納の段取りが組まれようとしていた矢先のこと、シイコは青年を人気の少ない川沿いの遊歩道へと誘い出した。

 

『夫となる青年の手記』

『記録日時:UC〇〇八四年五月下旬』

 

 初夏の夜風が、心地よく吹き抜ける夜でした。

 川のせせらぎだけが聞こえる遊歩道のベンチのそばで、彼女は突然立ち止まり、じっと私の目を見つめてきました。

 街灯の薄明かりの下で、彼女の青白い横顔はさらに色を失って見えました。

 彼女は、まるで明日の天気を語るかのような、いっさいの感情の起伏がない淡々とした声で、こう告げたのです。

 

「私はこれまでに、百以上の棺桶を作ってきた人間です」

 

 私は、一瞬自分の耳を疑い、息を呑みました。

 百以上の棺桶。

 それが、彼女がご自身の手で奪ってきた命の数であることを理解するのに、数秒の時間を要したのです。

 彼女は静かに言葉を継ぎました。

 

「私の手は、敵の機体を焼き切り、盾にし、効率的に命を奪うためだけに最適化されている。

 私の頭の中には、人の命が消える瞬間の記憶しかない。

 あなたのような人間が求める、温かい家庭を作る機能は、私には備わっていない。

 ……だから、私を選んではいけない」

 

 彼女のその言葉は、どこまでも冷酷で、逃れようのない事実の開示でした。

 ですが、その恐ろしい言葉を発する彼女の瞳の奥に、私は初めて、微かな「怯え」の色を見たのです。

 彼女は、自身が恐ろしい人間であると私に突きつけながら、同時に、私が恐れをなして逃げ出すのを、まるで処刑を待つ罪人のように、じっと耐えて待っていらっしゃいました。

 私は、気の利いた慰めの言葉など一つも思い浮かびませんでした。

 百の命を奪ったという重い事実。

 それがどれほどの地獄であり、どれほどの狂気を孕んだものであるか、平和な世界で生きてきた私に真の理解などできるはずもありません。

 ですが、私は彼女をたった一人で、その冷たい暗闇に置き去りにすることだけは、どうしてもできなかったのです。

 私は、コートのポケットから震える彼女の冷たい手を引き出し、自分の両手で強く、包み込むように握り返しました。

 氷のように冷え切った指先でした。

 

「……百の棺桶を作ったのなら、これからの人生で、それ以上の花を育てればいい」

 

 私は、自分でも驚くほど静かな声で言いました。

 

「あなたが軍にいらした頃、どれほどの地獄を見られたのか、私には想像することしかできません。

 でも、あなたの手はこんなにも小さい。

 これからは、何かを壊すためじゃなく、私と一緒に生きていくために、その手を使ってほしいのです」

 

 彼女は、私の手の温もりに驚かれたように、わずかに目を丸くされました。

 そして、振り払おうとしたその指の力がゆっくりと抜け、やがて私の手の中にすっぽりと収まってくれたのです。

 彼女は泣きもしませんでしたし、笑いもしませんでした。

 ただ、その瞳に、初めて微かな戸惑いの揺らぎが見えたような気がしました。

 

 

 

 シイコにとって、自らを温かな家庭を持つ資格のない人間だと断じる告白は、彼を遠ざけるための最後の防衛線であった。

 だが、青年は彼女の血に塗れた罪を、人間の体温で丸ごと包み込み、受容するという非合理的な選択を下したのである。

 この瞬間、シイコの完璧な虚無のなかに、決して計算では弾き出せないもの──生者の熱が、初めて静かに侵入を果たしたのだった。

 その後、二人は結納を交わし、身内だけのささやかな式を挙げて、夫婦として入籍した。

 

 

 

 宇宙世紀〇〇八四年、六月。

 

 緑豊かな地方都市の郊外に、二人のささやかな新居が構えられた。

 シイコは、専業主婦として家庭に入った。

 彼女にとって、「妻」であり「主婦」であるということは、軍から与えられる任務に代わる、新たな「作戦行動」の開始を意味していた。

 朝、夫の起床時間から逆算して最適な時刻に目を覚まし、緻密な計算に基づいた朝食を整える。

 夫が出勤すれば、家中の清掃を隅々まで行き届かせ、洗濯物を最も効率的な手順で干す。

 買い物に出ればわずかな価格差を比較して最適な食材を買い求める。

 彼女のこなす家事という任務は、いっさいの無駄がなく、完璧であった。

 だが、そこには新婚家庭特有の甘やかさや、生活の喜びといった感情の起伏は皆無であった。

 彼女はただ、与えられた役割を機械的に処理し、夫が帰宅すれば「おかえりなさい」という正しい言葉を出力し、翌日の任務に備えて眠りにつくだけだ。

 彼女の心はまだ、絶対零度の虚無という暗い宇宙から、完全には抜け出せていなかったのである。

 その異様なまでの完璧な冷たさは、時折新居を訪れる夫の母親(シイコの義母)を、深く戸惑わせていた。

 

義母(夫の母)から、親族へ宛てた手紙』

『記録日時:UC〇〇八四年六月中旬』

 

 前略、ご無沙汰しております。

 先日、息子の新居にお邪魔してまいりました。

 シイコさんは、本当に働き者で、感心するばかりです。

 家の中はどこを見ても塵一つないほど綺麗に磨き上げられており、お料理の味付けも、まるで一流の料亭のように隙がありません。

 息子のシャツのアイロンがけなんて、プロの職人さんよりもピシッとしているほどです。

 でも……なんだか、お人形みたいに淡々としていらして、見ているこちらが息苦しくなってしまうのです。

 私が世間話を振ってみても、彼女は「はい」か「いいえ」、あるいは必要最小限の言葉しか返してきません。

 テレビの賑やかな番組が点いていても、彼女の目は画面を素通りして、壁の模様を見つめているようです。

 私は、彼女が新居に来てから、あの子が声を出して笑ったお顔を、まだ一度も見たことがありません。

 怒ったお顔も、悲しんだお顔もです。

 ただお茶を淹れてくれる時の所作が、あまりにも正確で、静かすぎて、少し不気味に思えてしまうことすらあるのです。

 息子には「もう少し、彼女のお気持ちを聞き出してあげたらどうなの?」と心配して言ってみたのですが、あの子はただ穏やかに笑って、こう言って聞きません。

 

「お母さん、心配しないで。

 シイコさんは、今までずっと一人で重い荷物を背負って生きてきたんだ。

 だから、急に変われなんて言えないよ。

 時間をかけて、ゆっくり家族になればいいんだ」と。

 

 息子の言う通り、あの子にはあの子なりの深い傷があるのでしょう。

 でも、このままでは、二人が本当の夫婦になれる日が来るのか、私には不安でならないのです。

 

 

 

 周囲の不安と戸惑いをよそに、青年はシイコの特異性を丸ごと受け入れ、急かすことなく、ただ隣で同じ時間を静かに過ごし続けていたのだ。

 彼は、シイコが家事という任務をこなすだけの機械ではなく、いつか自分の意志で「生きたい」と願う人間になってくれる日を、静かに待ち続けていた。

 

 

 

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