機動戦士Gundam 喪服の魔女【第三部進行中】   作:王子の犬

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連邦軍視点


U.C.0079 - 連邦軍視点 - 星一号作戦
《05》絶望からの再集結と沈黙の進軍(12月30日 21:00〜12月31日 05:00)


 

 

 

 宇宙世紀〇〇七九年一二月三〇日、二一〇〇時。

 

 人類が宇宙空間という絶対的かつ無慈悲な真空の海へとその版図を拡大して以来、圧倒的で、理不尽で、かつ純粋暴力としての光の奔流が観測された例はない。

 少なくとも有史以来、いかなる兵器体系群をもってしても、これほどの破壊的エネルギーを単一の瞬間に解放した記録は存在しなかった。

 星一号作戦を完遂すべく集結しつつあった地球連邦軍主力艦隊に向けて、ジオン公国軍が放った決戦兵器、コロニー・レーザー「ソーラ・レイ」の閃光に他ならなかった。

 ゲル・ドルバ照準と呼称されたその座標軸上。

 連邦宇宙軍の総司令官たるレビル大将が座乗する旗艦フェーベを中核とした、第一大隊の大艦隊が展開していた。

 何十隻にも及ぶマゼラン級戦艦。

 無数のサラミス級巡洋艦。

 そしてそれらに随伴するおびただしい数の特務艦艇群。

 連邦がその強大な工業力と国力の全てを注ぎ込んで再建した、誇り高き大艦隊である。

 だが、マハルという名のスペースコロニーを改造して造り上げられた、直径数キロメートルにも及ぶ光の円柱に呑み込まれた瞬間、その軍事力の結晶たる巨大な鋼鉄の群れは、一切の戦術的抵抗すら許されずに文字通り「()()」したのである。

 真空の宇宙空間において、光は一切の音を伴わない。

 艦体の装甲が沸騰し融解する金属の絶叫……。

 その内部で瞬時に炭化していく数万の将兵の断末魔……。

 すべては絶対零度の空間に、無音のまま呑み込まれた。

 圧倒的なまでの光量が網膜を灼き、熱線が暗黒の空間を瞬時に沸騰させたのみである。

 

「第一、第二大隊ロスト! レビル将軍の旗艦からの応答ありません!」

 

 全艦に向けたオープン回線を通じて、私が所属する強襲揚陸艦のブリッジからオペレーターの悲鳴のような報告が響き渡った。

 その声は、軍人としての最低限の訓練すら忘却した、単なる恐怖に震える青年の絶叫であった。

 

「なんだあの光は……全滅だ、俺たちはもう終わりだ!」

 

 直後、通信回路は完全に阿鼻叫喚の坩堝と化した。

 レーダーモニター上から、つい数秒前までそこにあったはずの巨大な光点群——友軍の主力艦隊を示すマーカー——が、まるでシステムのバグであるかのように一瞬で消え去ったのである。

 残されたのは、強烈な電磁波の嵐(EMP)がもたらすノイズの海と、圧倒的な暗闇だけであった。

 私は自らの搭乗機であるRGM-79ジムのコックピット・ハッチの傍らに立ち尽くした。

 艦内の巨大なモニターに映し出された光の航跡を、ただ呆然と見上げていた。

 我々は勝利を確信していたはずであった。

 ソロモンを陥落させ、大艦隊をもってア・バオア・クーを包囲し、一気にジオンの息の根を止める。

 講和の席に着くか、それとも徹底抗戦の末に宇宙の塵となるか。

 その選択の主導権は完全に連邦の側にあり、我々は戦勝パレードに参加するつもりでこの宙域へ赴いたのだ。

 だが、その傲慢な確信は、あの一条の光によって跡形もなく粉砕された。

 最高司令官を喪失し、戦力の半数以上を瞬時に蒸発させられた軍隊。

 それはもはや軍隊ではなく、頭部を圧砕された巨大な爬虫類の死骸に等しい。

 圧倒的な絶望。

 冷たい泥水のように艦内の空気を満たしていった。

 整備兵たちは工具を取り落とし、パイロットたちはその場にへたり込んだ。

 誰もが「敗北」という現実を突きつけられ、死の恐怖に身を竦ませていたのである。

 

 

 

 二二〇〇時。

 

 恐慌状態(パニック)が一種の飽和を迎え、艦内に奇妙な静寂が訪れ始めた頃、戦術データリンクを介して司令部からの新たな命令が通達された。

 残存艦隊の再編と、ア・バオア・クーに対する作戦行動の継続を指示するものであった。

 第一大隊を喪失し、指揮系統(チェーン・オブ・コマンド)がズタズタに寸断された状況下において、残存艦隊の指揮権は、ルザルを旗艦とする司令部へと委譲されたのである。

 彼らが下した決断は、戦力温存を目的とした戦略的撤退でも、ジオンに対する一時的な休戦交渉の申し入れでもなかった。

 致命傷を負い頭目を失った獣が、最後の反射神経で敵の喉笛に食らいつくような、およそ軍事的合理性とは無縁の、狂気に満ちた強行突撃(アサルト)の決意に他ならなかった。

 

『我々には、ここで退くという選択肢はない。

 ここで引けば、あの光の中で死んでいった者たちに顔向けできないのだ!』

 

 司令部から発せられたその悲壮極まりない檄。

 ある種の呪縛となって全軍を覆い尽くした。

 冷徹な戦略家であれば、この状況下におけるア・バオア・クーへの強襲など、単なる自殺行為に過ぎないと一蹴したであろう。

 だが、あの圧倒的な光の暴力を見せつけられ、理性を消し飛ばされた将兵たちの心には、その「()()()()()()()()()()()()()」という非論理的な言葉が、不気味なほどの説得力をもって響いたのである。

 もはや、そこに戦争の大義や、国家の存亡といった高邁な政治理念は存在しない。

 ただ、理不尽に命を奪われた仲間たちの無念を晴らすための、血塗られた弔い合戦。

 生存本能すらも、集団的な復讐心という名の狂気によって完全に塗り潰されていく。

 艦内の空気は、絶望から一転して、静かで冷徹な怒りへと変貌していった。

 パイロットたちは無言で立ち上がり、自らの愛機の点検を再開した。

 その瞳に、明日生きて故郷へ帰るという希望の光はない。

 ただ一人でも多くの敵を道連れにして地獄へ落ちるという、死狂い(しぐるい)の暗い炎だけが宿っていたのである。

 

 

 

 二三〇〇時。

 

 強襲揚陸艦内のMSデッキ待機室。

 出撃を数時間後に控えた、その密閉空間には機械油と作動液のツンとする臭気に混じって、兵士たちの恐怖と極限の緊張が分泌させる濃密な汗の臭いが充満していた。

 簡素なパイプ椅子に腰掛けたパイロットたちは、最後の手紙をしたためる者、無心に拳銃の手入れを行う者、あるいは虚空を見つめてただ小刻みに震え続ける者など、各々の方法で迫り来る死の恐怖と向き合っていた。

 私は、不味い合成コーヒーの入ったカップを片手に、同じ中隊の僚機パイロットたちの会話に耳を傾けていた。

 彼らは、明日の作戦宙域における部隊の配置図を覗き込みながら、ひどく引き攣った顔で囁き合っていた。

 

「……おい、明日の先陣、第四中隊の『喪服の魔女』と同じ宙域らしいぞ」

 

 一人の少尉が、まるで呪詛でも口にするかのように言った。

 その名を聞いた瞬間、周囲の空気がさらに数度、冷え込んだような錯覚を覚えた。

 

「マジかよ……」

 

 別のパイロットが、深い絶望を含んだため息を漏らす。

 

「あいつの後ろだけは絶対に飛ぶなよ。

 支援機であるガンキャノンのくせに、スラスターを限界まで吹かして最前線に突っ込んでいくんだ。

 おかげで、後ろについていく随伴機が敵の十字砲火に巻き込まれる羽目になる」

「だが、あいつが通った後は、ジオンの残骸しか残らないって話だぜ。

 ワイヤーで敵を引き寄せて、ゼロ距離から頭を吹き飛ばすとか……。

 とても人間のやることじゃねえ」

 

『喪服の魔女』——シイコ・スガイ中尉。

 地球連邦軍という巨大な官僚組織の中において、彼女の存在はあまりにも特異で、かつ不気味なものであった。

 彼女が搭乗する機体は、本来であれば中距離からの火力支援をドクトリンとして設計されたRX-77D 量産型ガンキャノンである。

 だが、彼女の機体は、夜間迷彩という建前のもとに全身を漆黒に塗り潰されていた。

 上半身には分厚い増加装甲が、下半身には規格外の推力を生み出すブースターが無理やり増設された、異形極まりない魔改造機であった。

 我々連邦軍のパイロットにとって、アムロ・レイの駆るRX-78 ガンダムが輝かしい勝利の象徴であり、「彼がいれば勝てる」と信じさせる希望の光であるならば、シイコ・スガイの黒いガンキャノンは、全く質の異なる存在であった。

 彼女の戦術には、一切のヒロイズムも、軍事的な洗練も存在しない。

 あるのは、ただひたすらに泥臭く、執念深く、そして絶対的な物理的暴力をもって敵を粉砕するという、純粋な殺戮の意思のみであった。

 敵機に十字型の楔(アンカー)を打ち込み、力任せに引き寄せては二四〇mmキャノンで至近距離から粉砕する。

 その狂気じみた近接白兵戦の様は、味方である我々から見ても深い戦慄を覚えるほどに異常であった。

 

「……ガンダムが光なら、あいつは影だ。

 戦場に巣食う、真っ黒な蜘蛛だよ」

 

 誰かが吐き捨てるように言った。

 その言葉には、連邦の軍人としての共感や連帯感など微塵も存在しない。

 ただ「あんなものとは関わりたくない」という本能的な忌避感だけが色濃く滲んでいた。

 我々はジオンのモビルスーツ部隊を恐れていたが、それと同等か、あるいはそれ以上に、明日の戦場であの黒い魔女の射線上に立たされることを恐れていたのである。

 

 

 

 日付が変わり、宇宙世紀〇〇七九年一二月三一日。

 〇〇〇〇時から〇五〇〇時。

 

 ア・バオア・クー空域に向けた、連邦残存艦隊の「沈黙の進軍」が開始された。

 ルザルをはじめとする艦隊群は、メインエンジンの推力を極限まで絞り込み、濃密なミノフスキー粒子の海の中を、まるで音もなく滑る幽霊船の群れのごとく進路を取っていた。

 目標は、ア・バオア・クーのNフィールド、およびSフィールドである。

 艦内の照明は戦闘配備を示す赤色の非常灯へと切り替えられた。

 全てのスピーカーからは余計な音声が完全にカットされていた。

 パイロットたちは極度の緊張状態の中で、自らの機体のコックピットにチェックインする。

 ハッチが閉鎖され、完全な密室となったコックピット内。

 私は一つ一つの計器類を神経質なまでに確認していった。

 ジェネレーターの出力、推進剤の残量、ビーム・スプレーガンのエネルギー・キャップ、ヘッドアップディスプレイの焦点。

 その全てのプロセスが、自分自身を戦闘という名の死の舞踏へとチューニングしていくための儀式であった。

 息を吸い込むたびに、フィルター越しに流れてくる再生空気の無機質な匂いが鼻腔を突く。

 外部モニターには、星々の微かな光と、周囲を同じように無音で進む友軍艦艇のシルエットだけが映し出されている。

 嵐の前の静けさという言葉すら生温い。

 まるで、巨大なギロチンの刃が振り下ろされる直前の、首筋に冷たい鉄の感触を待ち受けているかのような、永遠にも似た極限の緊張感であった。

 

 一方、その頃。

 私がいる強襲揚陸艦から少し離れた宙域を航行する、別の部隊の艦内。

 その暗がりのハンガーで出撃を待つ漆黒のRX-77Dのコックピットにおいて、シイコ・スガイ中尉はただ一人、静寂の中に身を置いていた。

 狂気的な重装甲と大推力スラスターを備えたその異形の機体の中。

 彼女はヘルメットのバイザーを上げ、手元を照らす極小のコンソールライトの光だけを頼りに、一冊の古びた本を開いていた。

 それは、二〇世紀の詩人、ディラン・トマスの詩集であった。

 彼女の指が、特定のページを静かになぞる。

 その瞳には、これから始まるであろう数万人規模の殺し合いに対する恐怖も、連邦軍全体を覆い尽くしている悲壮な復讐心も、一切浮かんでいない。

 ただ、暗黒の深淵のごとく凪いだ、絶対的な虚無だけがそこにあった。

 

And death shall have no dominion(そして死は覇者にあらず)

 

 彼女は、その一節を声に出すことなく唇だけで紡ぐと、静かに本を閉じ、ノーマルスーツの懐へと滑り込ませた。

 それは神への祈りなどではない。

 これから彼女自身が戦場に振り撒くであろう「死」そのものに対する、極めて冷徹な宣誓に他ならなかった。

 間もなく、沈黙の時間は終わる。

 ソーラ・レイの光によって全てを喪失し、死に物狂いの亡霊と化した連邦軍艦隊が、ア・バオア・クーという巨大な墓標へと襲い掛かる。

 そして、あの漆黒の魔女が、戦術も合理性も全てを蹂躙する狂乱の舞踏を開始するのだ。

 我々は皆、後戻りのきかない暗黒の海へと、すでにその足を踏み入れていたのである。

 

 

 

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