機動戦士Gundam 喪服の魔女【第三部進行中】   作:王子の犬

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《61》偽りのルーキーと透明な独房(7月~9月)

 

 

 

 宇宙世紀〇〇八六年、七月。

 

 酷烈なる真夏の陽光。

 地球連邦軍の絶対的拠点たるダカール周辺の地表を、容赦なく焦がし尽くさんばかりに照りつけていた。

 厳格なる選考プロセスを突破し、ティターンズへの入隊を完遂したシイコ・スガイ中尉は、MS教導部隊へと正式に配属の辞令を受領し、基礎訓練プログラムへと従事していた。

 ティターンズという特権的軍事組織は、『地球至上主義』という選民思想に完全に凝り固まったエリートたちの集合体に他ならず、その内部構造は常に張り詰めた緊張感と、他者を蹴落としてでも権力階層を這い上がらんとする野心、そして暴力的な熱量によって充満していた。

 そのような血の気の多い将兵たちが跋扈するMS部隊のただ中において、シイコの存在はあまりにも決定的な異物(イレギュラー)であった。

 彼女の体格は極めて矮小かつ脆弱に見受けられ、彼女自身も常に沈黙を保ち続けていた。

 漆黒と濃紺を基調としてデザインされたティターンズの威圧的な制服は、まるで幼児が強引に大人の衣服を纏わされているかのような物理的アンバランスさを露呈する。

 のみならず、彼女は自らの真の正体たる『魔女の冷徹さ』を分厚い偽装の奥底へと完璧に封印。

 視線を下方に指向させ、いかなる対象に対しても摩擦を生じさせない、ある種の『怯懦(きょうだ)な平凡さ』を纏った無害な女性士官という役割(ロール)を、寸分の狂いもなく演じ切っていたのである。

 

 そのような偽装された姿を、危惧と庇護の念を抱きながら、しきりに気に掛けている一人の女性士官が存在した。

 地球連邦の正規軍からティターンズへと志願し、転属の辞令を受けたばかりの優秀なパイロット、エマ・シーン中尉に他ならない。

 生真面目にして強固な正義感を内包し、他者への介入を厭わないエマの精神構造において、シイコは『庇護すべき対象』の筆頭として認識されていた。

 エマは、シイコが同位の階級(中尉)を保持しているという事実を知悉してはいた。

 だが、外見的特長と、後方勤務のテストパイロット出身という表面上の経歴データから、完全に「実戦の苛烈さを一切経験していない、庇護を要する同年代の同僚」として誤認していたのである。

 

『エマ・シーン中尉の私的メモ(配属初日)』

『記録日時:UC〇〇八六年 七月下旬』

 

『今日から同じ部隊になったスガイ中尉。

 あんな小柄で物静かな人が、荒くれ者ばかりのティターンズでやっていけるのか心配になる。

 階級は同じ中尉だけれど、私がしっかりサポートして(お姉さんとして)引っ張ってあげなければ。

 彼女が重いマニュアルの束を抱えて落としそうになっていた時、思わず駆け寄って半分持ってあげた。

 「ありがとうございます、シーン中尉」と、少し困ったように、でもとても上品に微笑んでお礼を言ってくれた。

 その笑顔がなんだかすごく可愛らしくて、私が守ってあげなきゃという気持ちになった。

 彼女のような優しい人が潰されてしまわないように、私が気を配ってあげようと思う』

 

 エマの抱いた庇護の決意は、人間としての純粋な善意に満ち溢れた、道徳的で美しい代物であった。

 しかしながら、その無垢なる善意を向けている対象こそが、無数のジオン兵の精神を圧壊させ、拿捕した敵機の残骸を物理的な肉の盾(ミート・シールド)として流用し、ゼロ距離からコックピットを蒸発させ続けてきた『魔女』その人であるという事実は、宇宙世紀の歴史が産み落とした、あまりにも滑稽で残酷極まる喜劇に他ならなかった。

 

『シイコ・スガイの内的視点(エマの第一印象)』

『記録日時:同日』

 

(……エマ・シーン中尉。

 真っ直ぐな目をしている。

 この人は、見たものをそのまま信じるタイプだ。

 私の仮面を「本物」と信じてくれる。

 ……それが、少し申し訳ない)

 

 シイコは、エマの純粋な善意を、自らの偽装に一切のノイズを生じさせることなく受容し続けていた。

 エマ自身は、己がどれほど絶望的な破壊力を秘めた『時限爆弾』に対し、庇護者として振る舞い世話を焼いているのか、真実を知る由もない。

 完全なる無知に根ざした善意と、本性を深淵へと隠蔽した冷徹極まる狂気。

 ティターンズという軍事拠点の片隅において、二人の女性士官の間に、ある種の滑稽さを孕みながらも、決定的な破局と隣り合わせの薄氷を踏むがごとき危うい関係性が、静かに構築されつつあった。

 

 

 

 一方、その同一の時間軸において。

 

 地球の重力井戸から遠く隔絶されたサイド6のMS技能専門学校にあっては、一人の少女が重篤な閉塞感に(さいな)まれていた。

 前年、シイコ・スガイからプチ・モビの機体制御を徹底的に刷り込まれた少女、アマテ・ユズリハ(一八歳)に他ならない。

 アマテは、旧態依然とした故郷のコロニーの閉塞的環境や、自身の母親に象徴される凡庸な大人へと成長することを強硬に拒絶し、『外宇宙には真なる自由が存在する(宇宙って、自由ですか)』という未熟な幻想を信奉してコロニーの外縁へと飛翔した。

 しかし、彼女が到達したMS技能専門学校という教育機関は、結果として彼女を捕縛する『新たなる檻』として機能するに過ぎなかった。

 シイコ・スガイによって直伝された、完璧な操縦基礎を有するアマテにとって、学校が規定する画一的なカリキュラムはあまりにも緩慢であり、耐え難いほどの退屈さを強制する代物であった。

 彼女は、世界を物理的に反転させて観測する――すなわち逆立ちを行う――ことによって、体制側の常識や権威を恣意的に相対化するという『逆立ちの視点』という名の危険な遊戯へ没入していく。

 教官の論理的指示を黙殺し、機体の構造的限界を挑発するような常軌を逸した操縦入力を反復し、その規律違反行動を際限なくエスカレートさせていった。

 

『アマテ・ユズリハの言い分(廃棄区画での無断飛行中、無線越しに)』

『記録日時:UC〇〇八六年 八月某日』

 

「うるさいなぁ、ちょっと借りてるだけじゃない!

 ……あーっ、もう、いちいちギャーギャー喚かないでよ。

 通信切るわよ?

 ほら、ここをこうやって……逆さまに抜けたら、最高に気持ちいいんだから!」

 

 実習用機体に施されたOSの安全リミッターを非合法に解除し、進入が厳禁されているコロニーの廃棄区画を殺人的な相対速度で突破していく。

 入り組んだデブリの隙間を、教範を無視した非常識な姿勢制御をもって擦り抜けるその機動は、確かに卓越した空間認識能力の証明に他ならなかった。

 同時にそれは『絶対的退屈からの逃避』という、破滅的な暴力的衝動の発露でもあった。

 

『アマテの言い分(格納庫・機体を煙を吹かせて戻った後)』

 

「……何よ、その目。

 壊してないわよ、ちょっと限界を引き出してあげただけ。

 だいたい、この機体のセッティング、重たいのよ。

 私の反応速度に全然ついてこないんだもん。

 鈍亀に合わせてチューニングしてるから、こんなすぐ煙を吹くのよ」

 

 激怒する教官や整備士たちに包囲され、非難の視線を浴びせられながらも、アマテは不敵なる笑みを維持して自己の正当性を強弁した。

 しかし、過剰に傲慢な態度によって、彼女は組織から疎外され、孤立の淵へと追いやられていった。

 『自由』を渇望して飛翔した結果として獲得したものが、絶対的な『孤独』であったという残酷な皮肉。

 アマテは、自らの手で構築してしまった『透明な独房』において、精神的酸素を奪われ、徐々に窒息の度合いを深めつつあった。

 己の向かうべき道すら演算できぬまま、ただ漠然と「現在座標(ここ)ではない何処か」への脱出を希求し、無意味にもがき苦しみ続けていた。

 

 

 

 宇宙世紀〇〇八六年、九月。

 

 酷烈な夏期の気温が幾分かの減衰を見せ、ティターンズの訓練カリキュラムが実戦形式のMSシミュレーションフェーズへと移行した。

 所属するパイロットたちの間において、シイコ・スガイという『異物』に対する共通認識は、明確な冷笑と侮蔑へと遂げつつあった。

 彼らの大部分は、連邦の士官学校を優秀なスコアで卒業し、『地球圏の絶対的治安維持』という大義名分に深く酩酊する、肥大化した自尊心を内包するエリート集団に他ならない。

 そのような彼らにとって、小柄にして沈黙を貫き、後方勤務のテストパイロット上がりという非戦闘的な経歴しか提示できないシイコは、己たちと同一の権威ある軍服を纏っている事実そのものが、耐え難い生理的嫌悪を呼び起こす存在であった。

 そして何よりも彼らの神経を逆撫でし、苛立ちを増幅させた要因は、シミュレーターでの『機体制御の様相』であった。

 

『ティターンズ所属パイロットたちの会話(基地内の酒保にて)』

『記録日時:UC〇〇八六年 九月某日』

 

「……見たかよ、今日の合同シミュレーション。

 あのスガイって女の操縦」

「ああ、見た見た。

 なんつーか、教科書通りすぎて欠伸(あくび)が出たぜ。

 障害物への隠れ方とか、射撃のタイミングとか、士官学校の初等マニュアルの第一章をそのまんまビデオで流してるのかと思ったよ」

「確かに、ペダルの踏み込みもスラスターの制御も綺麗にまとまってはいるがな。

 だが、あんな殺意のない動きじゃ、実戦の泥沼に放り込まれたら三分で撃ち落とされるな。

 テロリストどもは、マニュアル通りに動いちゃくれないんだぜ?」

「どうせ、一年戦争の時は後方の安全な基地で、上官にお茶でも淹れてたんだろ。

 そのあと企業に出向して、シミュレーターの中で綺麗に飛ばすことだけ覚えた、お嬢様上がりのテストパイロットってわけだ。

 ティターンズの軍服が泣くぜ、まったく」

 

 彼らの冷嘲は、酒保の薄暗い密室空間において、極めて下劣な反響を繰り返していた。

 シイコの機動を『闘争心の欠如した、実戦的価値が単なる遊戯』であると断定し、彼女の存在を完璧に見下していた。

 実戦という名の泥沼。

 テロリストの法則性を逸脱した機動。

 そして剥き出しの殺意。

 彼らが酒杯を片手に誇らしげに語る不確定要素こそが、かつてシイコが、最も効率的に、そして最も冷徹極まる手法をもって機械的に解体し続けてきた『無機質な日常』に過ぎないという真実を、彼らの貧困な想像力は知覚し得ていなかったのである。

 嘲笑の対象としている「教範通りの退屈な機動」とは、シイコが自らの最深部に秘匿する『狂気』と『殺戮の気配』を封印し、彼らのような人間たちの認識スケールに適合するよう、意図的に出力させている、精緻な機能制限(ダウングレード)の産物に他ならない。

 

『シイコ・スガイの内心(揶揄を聞いた後)』

 

(……予想通りの反応だ。

 「平凡で退屈な女」という評価が定着すればするほど、私の仮面は厚くなる。

 腹を立てる理由がない。

 これは成功の証拠)

 

 シイコは、同僚たちの侮蔑といったノイズを完全に黙殺し、カリキュラムをただ無機質に消化・完了し続けていた。

 己の家族の生存を脅かす「真の排除対象」が現出する瞬間まで、強大な暴力装置(ティターンズ)の最深部において、『透明な歯車』として稼働し続ければ事足りるからだ。

 

 

 

 しかし、シイコが極めて巧妙に役割(ロール)を演じきっているその裏面において。

 地球から遠く隔絶された月の裏側、アナハイム・エレクトロニクスの最暗部にあっては、シイコ・スガイという「最高の部品」を再び迎え入れるための狂気じみた機体開発プロジェクトが、異常な熱量をもって推進されていた。

 五月に稼動開始したRMS-099(MSA-099) リック・ディアス量産ライン、そして一二月には本格稼動を始めるMSA-003 ネモの量産ライン。

 この二つの製造ラインに書類の上で紛れ込ませる形で、シイコ専用の特務機体『ウィッチズ・ブルームⅡ』の建造プロセスが、後戻りの許されない段階へと移行していた。

 開発部門に突きつけられた「一八G耐久フレーム」という狂気の要求仕様を物理的に具現化せしめるべく、先進開発部の技術者群は、機体の主フレーム材質を高密度複合装甲材を用いた多重積層構造へと完全置換し、さらには全関節駆動用の油圧系統を徹底的に二重化・超高圧仕様へと換装するという、抜本的改修を強行していた。

 このおぞましい設計工程の過程において、一体何本のテスト用フレームが限界応力試験によって無惨に粉砕されたのか、その正確な損失数は公式記録のいかなる階層にも残されていない。

 

『アナハイム社内・ジャンク記録(走り書きのメモ)』

 

【ストリップ・ネモ(フレーム応力測定試験機)】

 一八G耐久フレーム開発における破壊試験の生き残り。

 フレーム本体は試験をくぐり抜けた「証明済みの頑丈さ」を持つが、計測機器は全撤去済み。

 

【ワイヤーアンカー統合試験フレーム「タコ足」】

 両腕に六本のワイヤーアンカーを取り付けた試験用半完成品。

 四本が引きちぎれ、残った二本のみが採用。

 引きちぎれた跡がそのまま残った状態で放置。

 

 さらに、異常な開発狂騒の死角において、もうひとつの完全に非公式なる機体が、ひっそりと産声を上げていた。

 上層部の厳格な管理下にも正規の予算枠組みにも属さない絶対的ブラックボックスにおいて、アナハイム社内のジオニック系、ツィマッド系、そしてNT-1(アレックス)開発関係の狂信的な技術者数名が、純粋かつ暴走した『個人的な技術的情熱』のみを推進力として組み上げた規格外の機体。

 ――gMS-01『()()()()』に他ならない。

 管理書類においては単なる「廃棄処理済みの試験用機材」として無害に偽装されている。

 だが、その実態は、各開発陣営の技術者たちが相互のすり合わせや論理的統合を一切放棄し、各自が担当するブロックを自らの技術的エゴの赴くままに極限まで先鋭化させ、最終段階において力任せに結合させたという、極めてグロテスクな『キメラ』のごとき異形の代物であった……。

 

 

 

 

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