機動戦士Gundam 喪服の魔女【第三部進行中】   作:王子の犬

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U.C.0087/03 - アーガマ
《74》密航者とマニュアル通りの敵(U.C.0087年3月2日)


 

 

 

 宇宙世紀〇〇八七年、三月二日。

 

 反地球連邦組織「エゥーゴ」の強襲巡洋艦アーガマは、サイド7のスペースコロニー群「グリーン・ノア」付近のデブリ帯へ密かに接近していた。

 彼らの主目的は、地球連邦軍の特殊部隊「ティターンズ」が極秘裏に開発を推進している次世代主力モビルスーツ「RX−178 ガンダムMk−Ⅱ」の奪取である。

 クワトロ・バジーナ大尉率いる少数精鋭のリック・ディアス部隊が、闇に紛れてコロニー内部への潜入を開始したその時。

 いつ戦闘状態へと移行してもおかしくない緊張下にあって、艦内の保安体制(セキュリティ)は最高水準に引き上げられているはずであった。

 だが、厳重な警戒網を、まるで吹き抜ける風のように、軽やかにすり抜けてしまった者が存在した。

 

『アーガマ警備担当クルーの報告書(特記事項:不法侵入者について)』

『記録日時:UC〇〇八七年 三月二日 一四:三〇』

 

「本艦のMSデッキにおいて、不審な気配を察知した整備班からの通報により、不法侵入者の確保に至った。

 身元は、サイド6出身のアマテ・ユズリハ(一八歳・女性)。

 港湾施設からの密航と推測されるが、侵入経路の詳細は現在調査中である。

 当該人物がMSデッキに侵入後、予備機として待機状態にあったリック・ディアスのコックピットに無断で潜り込み、あろうことか機体のOSプロテクトをわずか数十秒で突破して『火を入れた(ジェネレーターを起動させた)』。

 リック・ディアスの起動シークエンスは、アナハイム・エレクトロニクス社の最新の暗号化プロトコルによって保護されている。

 十代の少女が、しかも訓練を受けていない民間人が、直感的な操作のみで突破したことは、保安上の重大な懸念事項である。

 発見が数分遅れていれば、そのまま機体を動かし、ハッチを破壊して宇宙へと飛び出していた可能性が高い。

 さらに問題なのは、彼女の態度である。

 アストナージ・メドッソ整備長を中心としたクルー数名でコックピットから引きずり下ろした際、彼女は反省や恐怖の色を見せるどころか、警備班の腕に噛み付き、『どいてってばぁ!』と大声を出して暴れ回った。

 現在、()()()()()()であるが、常に隙を窺っている様子であり、厳重な監視が必要である」

 

 エゥーゴの将兵たちは、地球圏の未来を背負うという大義名分の下、死と隣り合わせの覚悟を以て行動していた。

 彼らにとって、機動兵器(モビルスーツ)とは戦争の道具であり、命のやりとりをするための重き十字架である。

 もっとも、このアマテ・ユズリハという少女にとって、MS(リック・ディアス)は、己を退屈なコロニーから連れ出してくれる「自由への翼」でしかなかった。

 

(うるさいなぁ……。

 ちょっと借りて、(そら)を飛んでみたかっただけなのに)

 独房の硬い寝台(ベッド)に放り出されたアマテは、不満げに唇を尖らせ、赤く染めた毛先を指でくるくると巻き付けていた。

 

(ここなら、あの息苦しいコロニーよりもマシな場所へ行けると思ったのになぁ。

 結局、大人たちはどこに行っても同じ。

 ルール、規則、安全。

 ……そんな重力に縛られてたら、いつまで経っても本物の(そら)なんて飛べないじゃない)

 

 彼女の脳髄には、「胸の高鳴り」を最優先する『直感的突破(扉なんか蹴り破れ!)』への衝動があるのみ。

 アーガマという秩序だった軍事機構の中に、決して飼い慣らすことのできない「野生」が、迷い込んだ瞬間であった。

 

 

 

 アマテがアーガマの独房でふてくされていた頃、グリーン・ノア1においては、事態が急速に悪化の一途を辿っていた。

 ジェリド・メサ中尉が搭乗したガンダムMk−Ⅱの墜落。

 クワトロ・バジーナ率いるリック・ディアス部隊の侵入。

 戦火と無縁のはずのコロニー内部において、重低音が響き渡り、ビーム兵器の閃光が人工の空を切り裂いていた。

 この前代未聞の事態に対し、グリーン・ノア1に駐留していたティターンズの評価試験部隊も即応を迫られた。

 その中には、予備パイロットとして配属されていたシイコ・スガイ中尉の姿もあった。

 彼女に与えられた機体は、赤い装甲を持つ旧式機、RMS−117ガルバルディβである。

 操縦席(コックピット)に収まったシイコの瞳には、恐怖も、焦燥も、そしてエゥーゴへの政治的な怒りも、一切存在していなかった。

 これまで通り、規定の手順に則って職務を全うしようと考えていたからだ。

 司令部からの速報によれば、エゥーゴと思しき新型機三機がコロニー内部に侵入。

 連邦軍のジムⅡ部隊が交戦中とのことだった。

 無線通信が錯綜しており、オペレーターの声が上擦っている。

 

(私は、住宅地付近の空き地にガルバルディβを降ろす。

 上官からの指示を待つ)

 

 シイコは、ガルバルディβの単眼(モノアイ)越しにMSの推進器(スラスター)の炎が飛び交う光景を見つめる。

 

(……指揮系統が混乱している)

 

 エゥーゴの新型——リック・ディアス——がコロニー内でビーム・ピストルを使用した。

 ジムⅡにビーム・ライフルを撃たれての応戦であったが、シイコの位置からは因果関係はわからなかった。

 

「こちらスガイ中尉。指示を請う」

 

 だが、応答はなかった。

 ハイザックで待機していた同僚から、ジェリド中尉の墜落で司令部施設が損壊、多数の職員が負傷したと伝えられた。

 事故とコロニー内へのテロリスト侵入(エゥーゴ部隊侵入)が立て続けに起きたことで、指揮系統が硬直し、ティターンズのMS部隊は動けないままだった。

 彼女の思考回路は、流れるように現状を整理し、最適な行動指針を弾き出していく。

 

(対象を、コロニー内での武装テロ実行犯と認定。

 交戦規定が定める、防御戦闘の条件が整った。

 なすべきことは、このテロリストを、居住区画から遠ざけ、排除すること)

 

 侵入の目的や目標、エゥーゴ側の大義など、彼女の思考には全く関係がなかった。

 

(テロリストがコロニーで武器を使っている)

 

 彼女は、スラスターのペダルに足を乗せ、操縦桿を握り直した。

 

(ガルバルディの性能限界は出さない。

 ここはグリーン・ノアであり、周囲には住民がいる。

 過剰な機動や破壊は二次被害を生む)

 

 シイコはオペレーターに向けて、一方的な通信を発した。

 

「こちらスガイ中尉。

 交戦規定に基づき応戦します」

 

 頭上を飛び交っていたジムⅡが爆煙を噴出し、錐揉み回転しながら墜落していく。

 吹き飛んだ防盾(シールド)やジムⅡの機体の一部が住宅地や基地施設に落下した。

 同僚のハイザックも応戦した。

 墜落したガンダムMK-Ⅱへと接近する赤いリック・ディアスの進路を阻害する。

 だが、頭部を斬り払われ、よろめいたところを蹴り飛ばされた。

 シイコが待機するすぐ近くで黒いリック・ディアスとジムⅡがビーム・サーベルで斬り結ぶ。

 ジムⅡの肩が断ち切られ、バランスを崩して尻餅をつく形で民家を圧し潰した。

 難を逃れた住人が身ひとつで逃げ、追うようにしてジムⅡのコックピットハッチが開いてパイロットが転がり出る。

 エゥーゴのクワトロ大尉とアポリー中尉がMk−Ⅱの奪取に向かう中、殿(しんがり)を務めるために残ったロベルト中尉は、リック・ディアスの光学装置(カメラ)で、シイコのガルバルディβを視認し、ペダルを踏み込む。

 ロベルトは、エゥーゴの中にあっても熟練(ベテラン)に位置する優秀なパイロットである。

 彼は、ガルバルディβの挙動を観察し、当初は「連邦軍のジムⅡと同程度の凡庸なパイロット」であると高を括っていたかもしれない。

 シイコは敵機接近警報が鳴動するよりも早く、ガルバルディβを滑らせるように動かし、ビームライフルを盾越しに構える。

 交戦が開始された直後、ロベルトは己の認識が致命的に誤謬している事実に直面させられることとなった。

 ガルバルディβは、決して無理な機動を行わなかった。

 奇を(てら)った回避行動もとらない。

 予想外の角度から射撃してくることもない。

 すべてが、連邦軍の教範に記されている「正しい」挙動であった。

 だが、ロベルトがビーム・ピストルを構えた瞬間には、ガルバルディβはすでに有効な射界の外へと、最短距離で移動している。

 彼が間合いを詰めようと試みれば、正確な牽制射撃でそれを阻み、決して一定の距離より内側への侵入を許さない。

 

(……マニュアル通りの動きだ。

 だが、なぜ当たらない?)

 

 ロベルトの背筋に、冷たい汗が流れた。

 まるで、ロベルトの思考の先を読み、彼が行動を惹起する前に「その行動を無意味にするための最適解」を、盤上の駒を動かすように冷徹に配置しているかのようであった。

 シイコは、ロベルトを「撃破」しようとはしていなかった。

 彼女の目的は「住宅地への被害を局限し、テロリストを遅滞させる」ことである。

 だからこそ、リック・ディアスの攻撃を無意味にするための位置取り、射撃に徹したのだ。

 結果として、この戦闘はカミーユ・ビダンがMk−Ⅱを奪い、エゥーゴ部隊が撤退を開始するまで膠着状態が続いた。

 ロベルトは、性能の劣る旧式機(ガルバルディβ)に対し、一発も命中させることができないまま、コロニーからの退却を余儀なくされたのである。

 

 

 

 数時間後。

 作戦を完了し、無事にアーガマへと帰投したエゥーゴのパイロットたちは、デッキで緊張を弛緩させていた。

 Mk−Ⅱ奪取成功という多大な戦果を挙げたことで、艦内は一種の高揚感に包まれている。

 その喧騒から少し離れた場所で、アポリー中尉は、ヘルメットを小脇に抱えて沈黙している僚友、ロベルト中尉に声をかけた。

 

「……お前、さっきのガルバルディβと戦ってたよな」

 

 アポリーは、手元の端末で戦闘記録(データ)を確認しながら尋ねた。

 

「お前が殿を務めてくれたおかげで、大尉たちが上手く立ち回れた。

 でも……お前が一発も当てられなかったなんて、珍しいじゃないか。

 どんな奴だった?」

 

 ロベルトは、アポリーの横を一歩通り過ぎてから、不自然にピタリと歩みを止めた。

 感情が大きく揺さぶられた時にだけ露呈する、彼特有の挙動であった。

 

「……マニュアル通りの動きだった」

 

 ロベルトは、アポリーの方を振り向くことなく、低い声で返答する。

 アポリーは怪訝そうな表情を浮かべた。

 

「それだけ、か」

「それだけだ」

 

 ロベルトは言葉を断ち切り、そそくさとロッカールームの方へ歩み去ってしまった。

 残されたアポリーは、首を傾げた。

 教範(マニュアル)通りに動く操縦者など、ロベルトの技量であれば三分で鉄屑(スクラップ)にできるはずだ。

 それが、完全に遅滞させられた上に、ロベルトがあんなにも不機嫌に口を閉ざしている。

 ロベルト自身も、己の内に渦巻いている感情の正体を、言語化できていなかったのだ。

 彼には「理解できないものが、自分より上位に存在する」状態への強い恐怖があった。

 あのガルバルディβに自分が完全に支配され、圧倒されていたという底知れなさに向き合う恐怖から逃避するため、「マニュアル通り」という言葉を用いて思考を停止させたのだ。

 それは名状しがたい恐怖の裏返しであった。

 

(……あのガルバルディβのパイロット。

 コロニーの中で、一度も本気を出さなかった。

 出さなかったのに、俺は完全に押し込まれていた。

 ……本当に『マニュアル通り』だったとしたら。

 あいつの本当の限界は、どこにあるんだ?)

 

 ロベルトのこの「保留された恐怖」が、最悪の形で彼の眼前に再び現れることになるとは、この時の彼は知る由もなかった。

 

 

 

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