機動戦士Gundam 喪服の魔女【第三部進行中】   作:王子の犬

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《77》毒を食らう覚悟(U.C.0087年 3月5日)

 

 

 

『アーガマ内会議室:シイコ・スガイ中尉 聴取記録』

『記録日時:UC〇〇八七年 三月 五日 一三:〇五』

 

 強襲巡洋艦アーガマ艦内に設けられた会議室には沈黙が横たわっていた。

 ヘンケン・ベッケナーは、薄暗いテーブルの対岸に座す女性士官を、値踏みしながらも、困惑とともに凝視していた。

 シイコ・スガイ。

 直前の連絡艇(ランチ)護衛戦において彼女が示してみせた、常執を逸した操縦技量。

 それを振るった当人が、眼前の童顔の女だという事実に、ヘンケンの常識は激しく軋みを上げていた。

 外見はせいぜい二十歳そこそこにしか見えない。

 だが、微動だにしないその姿は、数多の死線を跨いできた古参兵(ベテラン)のそれに他ならなかった。

 

「……さて、始めようか」

 

 ブレックス・フォーラ准将が静かに口を開いた。

 その傍らでは、クワトロ・バジーナ大尉がサングラスの奥で眼を光らせている。

 立会(オブザーバー)として同席したレコア・ロンドは、一言も発することなく、シイコの微細な反応すらも逃すまいと気を張っていた。

 

「名前と階級、これまでの軍歴を述べてくれ」

 

 クワトロに促され、シイコは感情の揺らぎ一切見せず、無機質な声で答えた。

 

「シイコ・スガイ中尉。

 宇宙世紀〇〇七八年、短期士官候補生制度により地球連邦軍へ入隊いたしました。

 本来は文学部への進学を希望しており、軍に身を投じた目的は、そのための奨学金全額免除の権利獲得にありました」

 

 文を学ぶために、軍隊という名の暴力機構へ身を投じたというのか。

 ヘンケンは微かに眉を潜めた。

 

「翌〇〇七九年、一年戦争勃発に伴い航空隊へ配属。

 TINコッドに塔乗。

 その後、空間認識能力への適性を見出され、モビルスーツ部隊へと機種転換。

 ガンキャノン最初期型、ならびに量産型ガンキャノンを受領して終戦を迎えました。

 戦後は一年間にわたり療養施設へ収容され、〇〇八一年にアナハイム・エレクトロニクス社へ出向。

 〇〇八三年末を以て除隊いたしました」

 

 淡々と、事務的に語られる履歴。

 だが、戦後の「療養施設」という奇妙な単語に、クワトロの眼光がわずかに険を帯びた。

 

「そして〇〇八六年。

 家族を守るための組織としてティターンズを志願しました。

 ハイザック、ジムⅡ、ガルバルディβに搭乗。

 グリーン・ノアにおいてはベースラインの技術実証将校(テストパイロット)、および仮想敵(アグレッサー)を務めておりました」

「……失礼だが、君の年齢を伺ってもいいかな?」

 

 不意を突くようなクワトロの問いに対し、シイコは一片の躊躇いもなく答弁した。

 

「二七です」

「……っ!?」

 

 堪えきれず、ヘンケンから息の漏れるような音が発せられた。

 彼の推測との間にある数年の乖離。

 それこそが、彼女が背負い込んで来た圧倒的に濃密な死の時間を如実に物語っていた。

 

「では、スガイ中尉。

 君の一年戦争時における総合的な戦果(スコア)を教えてはもらえないか」

 

 クワトロの更なる問いが、小会議室の空気を一層重く泥のように沈殿させた。

 シイコは、己の戦果を誇示するでもなく、死者へ懺悔するでもなく、ただ「処理した事実」としての英数字を提示した。

 

「モビルスーツ換算で八一機。

 加えて、艦艇が三隻です」

 

 沈黙が、会議室を完全に制圧した。

 

 

 

『ブレックス・フォーラ准将の極秘備忘録』

 

「MS八一機、艦艇三隻」

 

 この途方もない死の数字を耳にした瞬間、私の背筋を冷たい悪寒が駆け下りた。

 そのような戦果記録は地球連邦軍の公式記録に存在しない。

 いや、正確を期するならば、「意図的に抹消された」数字である。

 一年戦争の最終段階、星一号作戦。

 基本戦術(ドクトリン)を踏み躙り、殺戮を撒き散らしたと囁かれる「黒いガンキャノン」。

 その存在自体が、連邦にとって隠匿すべき不都合な真実と化し、歴史の闇へと葬り去られたはずの殺戮者。

 眼前の、物静かで平凡にすら見えるこの女が、あの偏執的な「猟奇殺人鬼」だと言うのか。

 ヘンケンは混乱の極みにある。

 無理もない。

 あの血塗られた数字と、眼前の容貌が彼の中で結びつくはずもないのだ。

 だが、クワトロ大尉は違う。

 彼は気付いているはずだ。

 自分と同じ、地獄の底を這いずり回った者だけが持つ、魂の「欠落」の気配に。

 彼女は、我々エゥーゴの理念など、欠片ほども見てはいない。

 己の目的のためのみに、我々という組織を「傘」として利用しようとしているのだ。

 その合理性こそが、私には何よりも恐ろしかった。

 

 

 

「……八一機だと」

 

 ヘンケンが胃から絞り出すように発した声には、明らかな戦慄が混ざっていた。

 クワトロは静かに瞼を閉じた。

 ア・バオア・クー、Nフィールド。

 乱戦の渦中における噂話を、彼はかつて耳にした記憶がある。

 その禍々しい輪郭が、眼前のシイコと重なり合い、確信へと変わっていく。

 シイコだけが、無表情のまま、男たちの動揺が鎮静化するのを静かに待っていた。

 そこに、「人間」として当然備わっているべき情動の揺らぎは見当たらない。

 目的を遂行するために、研ぎ澄まされた機能だけであった。

 重石の如き沈黙を破ったのは、その非現実的な数字の背後に累積された血みどろの「戦術」を読み解こうとするクワトロ・バジーナ大尉の、低く冷静な声であった。

 

「……MSのスコアもさることながら、艦艇三隻撃沈というのは看過できない事実だ」

 

 クワトロは色付きの眼鏡を指先で直しつつ、卓上の端末データに視線を落としたまま言葉を継いだ。

 

「私のささやかな経験則に従えば、モビルスーツの携行火力だけで艦艇を沈めるには、対空砲火を潜り抜け、ブリッジやエンジンブロックへ致命的な一撃を叩き込む『肉薄戦闘(クローズ・コンバット)』を行う必要がある。

 君は、一年戦争のどこを歩いてきた?」

「オデッサ以降の主要会戦には、すべて参加しておりました。

 ジャブロー、ソロモン、そして最終決戦たるア・バオア・クーに至るまで」

 

 シイコの応答に淀みはない。

 彼女にとって自らの記憶とは、記号化された履歴データの再出力に過ぎないのだ。

 クワトロはさらに一歩、言葉を踏み込んだ。

 

「最後のア・バオア・クーでは、どの戦域にいた?」

「……Nフィールドです」

 

 その一言が、クワトロの脳髄の底に封印されていた忌まわしき記憶の蓋をこじ開けた。

 一年戦争の最終局面、激烈を極めたNフィールドの死闘。

 ジオンの将兵たちから死神そのものとして忌み嫌われた、一機の悪鬼のごとき「黒いガンキャノン」の都市伝説があった。

 ワイヤーアンカーで敵機を捕縛して身動きを封殺し、「肉の盾」として使いながら、片端からビーム・キャノンのゼロ距離射撃を放つ狂気。

 携行弾薬が尽き果てれば、撃破したザクからヒート・ホークをむしり取ってまで白兵戦を続行したという、およそ戦場の論理から逸脱しきった記録。

 

(……やはり、あのア・バオア・クーの『魔女』か)

 

 クワトロは心中で断じた。

 眼前の物静かな女こそが、ジオン兵を無慈悲に屠り続けた戦慄の化身に他ならないと。

 ブレックス准将が、沈痛な面持ちで口を開いた。

 

「スガイ中尉。

 君のような傑出した兵士が、なぜティターンズを捨てた。

 我々の理念に共鳴したからか?」

 

 その時であった。

 シイコは初めて、瞳の奥底に、特異な光を宿した。

 

「……ヒルダ・ビタンへの仕打ちです。

 あの惨殺は、同じ母親として到底許し得ることではありません」

「母親として……?」

 

 ヘンケン中佐が、完全に虚を突かれたように当惑の声を漏らした。

 

「君は……」

「地球に息子が一人おります。

 子供を守るための『傘』としてティターンズという力を選びましたが、あのような野蛮な連中に、私の家族を守る資格はないと判断しました」

 

 彼女の声に昂りはない。

 だが、カミーユの母親を単なる殺戮の道具へ貶めたティターンズへの怒りは、冷たい静寂となって室内を満していた。

 

「我々に、君の望む『傘』になれる保証はないが?」

 

 ブレックスが静かに問う。

 

「現時点においては、エゥーゴが最も有用な傘に見えます」

 

 シイコは平然と言い放った。

 

「パイロットとして戦い続ける道を選びます。

 それが、私が家族を守る唯一の手段ですから」

 

 事情聴取は終了した。

 ヘンケンが室外で待機していた兵士を呼び、シイコをMSデッキへ案内するように命じた。

 ガルバルディβの敵味方識別装置(IFF)の書き換え作業への立ち会いが、彼女のアーガマでの最初の任務となった。

 

 

 

 シイコが退室し、さらに重苦しい沈黙が降りた。

 ブレックスが、壁際で沈黙を保っていたレコアに視線を向け、所見を求めた。

 

「……嘘はついていません」

 

 レコアは微かな疲労を滲ませながら、慎重に言葉を選んで言った。

 

「ですが、彼女の経歴の空白には、決して触れてはならない闇が横たわっているのを感じます。

 あれは、一度壊れてから作り直された『人間』です」

「同感だ」

 

 クワトロが即座に肯定した。

 

「彼女を仲間として受け入れるのは、猛毒を自ら食らうようなものだ。

 だが、ティターンズに立ち向かうには、その毒すらも薬に変える必要がある」

「……アナハイムに身元照会をかける。

 彼女が真に我々の味方か、見極めねばならんな」

 

 ブレックスのその疲労に満ちた呟きを最後に散会となった。

 得体の知れない「魔女」を自らの艦へ迎え入れたという、拭いがたい不安を、各々の腹の底に抱え込んだままで。

 

 

 

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